秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

9/12
前へ
/42ページ
次へ
≪アハメイルまで、短くも長き旅≫        ★ Kとクラウザーが、ライナ親子の話して居た日の翌日。 「うわぁ~~~、バリバリいってるぅぅ~」 晴れた朝。 海に張った氷を船体の頑丈な前部で割り進むので、 “衝撃による転落防止に船首甲板には客を出さない様に” と、クラウザーより指示が在る中。 Kとリュリュだけが船首に居た。 氷がびっしりと張り付く手摺の外、見える海面は凍り。 氷を割って進む船を見るリュリュは、白い息を出して珍しそうに見下ろす。 Kは、リュリュに。 「おい、リュリュ」 「なぁ~に?」 「前のアレを見ろ」 「ん~?」 リュリュは、Kの指し示す方向。 海上の彼方に、氷の島の様な尖った形の物を見る。 「ケイさん、アレなぁ~に?」 「氷の浮島だ。 “流氷”よりも大きい氷山って処だな」 この寒い中、マントのフードすら外して然したる厚着でも無いリュリュは、物珍しそうに目を輝かせて。 「コオリで島が出来ちゃうの~? スゴイスゴ~イ」 「確かに、凄い。 上に見えている島のン倍ものデかい氷が、その下の海に沈んでる。 この船でも、ぶつかったら終わり、ブッ壊れる」 風の流れを感じるリュリュは、潮の流れからして船は真っ直ぐその氷山へ向かっているので。 「ケイさん、このまま行ったらヤバヤバ~?」 Kも、あっさりと。 「ンだな」 「壊しちゃおうっか」 「いやぁ、大丈夫だろ~。 クラウザーはポンコツ船長じゃねぇ~し」 「でも、あかちゃんノってるしぃ~」 「ふむ。 だが遣るなら、今遣らんと。 あの大きさの氷山を壊すには、相当の力が必要だ。 近くで壊したら、砕ける爆風で船が危うくなるぞ」 するとリュリュは、フワッと風の力で浮いて。 「んじゃ~いく~」 と、氷山に向かって飛び出した。 Kは、喜び勇んで飛ぶリュリュを見送り。 (まぁ~ったく、随分と人に慣れちまったなぁ~。 母親が嘗て味わった人への危機感、それをどう教えていいやら…、困るぜ) 万能な者に見えるKでも、悩みは尽きないらしい。 だが、それも過去に事例が有るからだ。 リュリュの様な神竜の子供は、その莫大なエネルギーから時として人の悪意に狙われた。 欲望に目を奪われた者と、それを阻止しようとした者。 そして、神竜を巻き込んだ歴史は、平坦な信仰対象だけのモノではない。 過去に幾度か、強大な力を持つ神竜の子供は人に殺され、人と神竜の絆は壊され、摩擦を起こした事例が在る。 そして、事に、ブレーレイドーナの過去とは、悲惨な例だ。 過去の事だ。 人間が欲望の果てに、世界に二つと無い精霊力の篭った神器を作ろうと企み。 そして、ブルーレイドーナの卵を奪った。 怒り狂ったブルーレイドーナは、その卵を取り返そうと奪った者達の逗留していた街を襲う。 だが、ブルーレイドーナを脅迫した盗人達の誤りで卵は壊れ、四散した風のエネルギーを吸ったブルーレイドーナは怒りで暴走した。 今も、書物や魔法学院ではその事実を後世に伝えている。 建物は破壊し尽くされ住人の全てを失って滅びた街。 また他に、その後のブルーレイドーナの暴走と、嘆きによる長き暴風雨。 北の国々、特にホーチト王国、フラストマド大王国、スタムスト自治国に及んだ被害は、代償と云うには軽過ぎる。 小規模の戦争よりも悲惨な様であったとか。 その後、山へ去ったブルーレイドーナは、後に話し合いに来た賢者に言う。 “ヒトナドミタクモナイ。 ワタシノセイカツケンニフミコムモノハ、スベテコロス” 賢者はその意向を各国に伝えたが、話し合いは決裂と同じで。 それ以降、山へ入る者は大変な苦労を背負うことになる。 その時から遥か途方も無い世代を超えて、Kが何かの理由でブルーレイドーナの棲む山に入り、リュリュを助けた。 その数年後には、ポリア達と…。 Kに助けられ、母親の与えた逆鱗によって人の生活を見ていたリュリュには、母親の味わった悲しみより興味が先行している。 特に、Kとポリアには、丸で友達か幼馴染のお兄さんやお姉さんと云った親近感を持っている様で、Kとしては微妙な思いだ。 「………」 黙して海上を眺めていると。 リュリュの向かった方角から蒼いエネルギーが光って見えた。 (おいおい、なんちゅう~力を…) 呆れて見ていたKの視界で、彼方に見えた氷山が小さくコナゴナに散った。 直後。 轟く爆音の様な強風が、海面の凍った氷を粉々しながら疾走して向かって来たではないか。 「あ、ヤバ」 Kは、スっと船首で手を前に翳すと…、耳を劈く不思議な音がした。 最も大きい大型旅客船が、眼に見えない力で押されて動きを止める。 「………」 Kが手を下ろすと、船の左右に分かれた強風…。 いや、爆風の疾走は、更に海上を駆け抜けてゆく。 “ザブ~ン” 宙に浮き上がった船が激しく波を立てて海上に落ちた。 今の風の力で、少し宙に持ち上がったのだ。 「きゃあああーーーっ」 「うわぁぁぁぁーーーーーーーっ」 船内から、客の悲鳴が無数に上がる。 その声を聞いたKは、そ知らぬ顔を横に向け。 (し~らね) と、思いながらも。 戻ったリュリュに、魔力と集中に纏わる講義が必要だと再認識した。 Kのお勉強会が、この日からまた始まる。 さて、リュリュが氷山の浮島を壊した翌日の午前。 「ホラ、しっかり集中せい」 K達が泊まる部屋の中で、特訓が行われていた。 「うむむむ………」 胡坐を掻いたリュリュは、Kを手本にイリュージョンの魔法を繰り返していた。 グラスや瓶をイメージして具現化。 その数を増やしたり、大きさを変えたりする。 一緒に練習するオリヴェッティは、リュリュの魔力の強さに驚いたり。 何故かKが、イリュージョンを天才の域で使いこなすのに呆れ果てた。 Kは、然程の集中を要さず、部屋の宙にグラスを無数に浮かべる上。 多角的・多段的にグラスを具現化してみせ、更には拡張・縮小・消去・着色を自由自在に行える。 下手な高位を謳う魔術師より、Kの出来る事は凄い。 一方。 まだ精神年齢が幼く、集中力に欠けるリュリュ。 魔力を消費して一気に数を増やしたりは出来るものの。 集中して少ない魔力の消費で数を増やしたり、減らしたりする事が難しい。 宙に出来た無数のワイン瓶を消してしまったリュリュは、床に寝転がり。 「ぐわぁ~ん。 ケイさぁ~ん、むづかしいよぉ~~~」 と、弱音を吐いた。 Kは、床に座ったままソファーに腕を預けた様子で。 「リュリュ、何度も繰り返せ。 お前の魔力なら、自然魔法だけでなく、魔想魔法も遣える」 横に成ったリュリュで。 「ケイさ~ん、どうしても必要なの?」 ビハインツやルヴィアが居ない中で、Kは淡々とした言い方で。 「あぁ、必要だ」 オリヴェッティは、少しリュリュの肩を持ちたくなって。 「ケイさん、今直ぐに出来るように成る必要は無いかと思いますが…。 リュリュ君は、まだ子供なのでしょう?」 処が、Kは詰まらなそうに外を向くと。 「コイツの母親も含めて、人目の触れない所に居るならそれでいい。 だが、人前に出ては、子供だからなんて言い訳にも成らん。 もし、リュリュが魔法を暴走して唱えれば、人に被害が及ぶ。 リュリュが好んで抱く赤子にも、知らずと被害を与える事となる。 リュリュが何かを起こして、もし被害を出したら…」 オリヴェッティは、正論に何も言えなくなった。 リュリュは、身体を起こして。 「う゛ぅ……、人の姿ってタイヘンだぁ~」 と、また訓練を開始する。 「リュリュよ。 これからも人の居る場所に来たいなら、魔力の制御は出来る様にしろ。 鋭い爪を出して、赤子や女を抱き抱える様な事は、お前も、お前の母親にも面倒を招く」 「ほわぁ~い」 その様子を見るクラウザーは、リュリュが子供ながらにKに言わんとする意味を理解しているのを見知った。 ドラゴンの子供なれど、妹の様にマリーをあやし、女性に対して素直な様子を見せるリュリュが、非常に興味深い。 (人と同じ考えを持つモンスター・・か。 同じ生き物である事には、変わり無いと云う事かの。 然し、その橋渡しを自然としとるK(コイツ)は、さっぱり不思議な男よなぁ) と、しみじみ傍観していた。 さて、午後に入り。 クラウザーは、Kを連れてデッキへ。 リュリュとオリヴェッティは、ルヴィアやビハインツの居る下に。 船体3階の一部には、ゆったりと寛げるリビングフロアがある。 囲んだり、向かい合ったテーブルとチェアーや、窓の外を眺める長椅子。 一階のラウンジで買った物は持ち込めるし、紅茶などの飲料は此処でも飲める。 夜泣きをするマリーの面倒などで疲れるライナを休ませる為、マリーを抱いたモナが其処に居た。 人見知りの少ないマリーは、誰かが大声で喚く事などでも無い限り、泣く事も少なく。 面倒を看る皆からしても育て易い赤子だった。 また、普段は何処までも醒めた感じのするモナだが、マリーを抱く時だけは微かに笑顔を見せる。 「赤ちゃんって、かわいい~」 と、マリーを見る、一緒に来たリュリュ。 オリヴェッティやルヴィアは、ビハインツと共に雑談に興じる。 モナは、過去の殆どが他人から使役を強請される生活で、他人の過去などどうでもいいと思ったが。 決死の覚悟でモンスターなどと戦う経験話には、別世界を覗く様な興味をそそられた。 マリー以外に笑顔を見せない彼女だが、醒めた顔は少し形を潜めている。 前日のリュリュの魔法のお陰と、風邪の様な流行病などもあり。 リビングフロアに人は少ない。 モナは、オリヴェッティにやや素っ気無い言葉遣いで。 「アンタ達、このまま何処まで行くんだっけ?」 「東の大陸まで…。 フラストマド大王国を出たら、長く船旅になりますね」 「そうかい。 じゃ、コンコース島を経由して、東の大陸に行く訳かい」 「はい」 「じゃ、次の港でお別れだねぇ」 「ですね。 モナさんは、どうしますの?」 モナは、マリーを見下ろしながら。 「アタシか……。 これから何をして生きてイイんだかねぇ。 今まで支配されて、彼方此方で飼い慣らされて来たアタシなんか、突然・・こう自由になってもサ。 生き方が解らないよ」 ビハインツやルヴィアには、長年強制された人生を歩んだモナに掛ける言葉など見つからない。 だが、リュリュだけが。 「赤ちゃんって、誰でも産めるの?」 と、モナの腕の中に居るマリーの手を撫でて云う。 モナは、15・6歳ぐらいにも見えるリュリュから、意外な幼い言葉が出たと呆れて笑い。 「女なら、誰でも産めるさ」 すると、リュリュは屈託の無い笑顔で。 「じゃ~、モナおね~さんも産めるんだ」 言われたモナはハッと息を呑んだ。 リュリュは、マリーを見て。 「赤ちゃん、いっぱい居るとイイねぇ~。 可愛いし~、淋しくないし」 いきなりの事に驚いたオリヴェッティは、リュリュに何か云おうとするのだが…。 「・・そうだねぇ。 赤ちゃんも、一人だと淋しいもんね。 いっぱい居た方が、仲良く楽しいかもね」 と、モナはマリーの手に指を絡める。 「モナおね~さんや、ライナおかあさんの腕の中って、優しいところなんだね。 赤ちゃんがイイキモチ~って寝てるもん」 リュリュの見た目にずれた発言は、モナには悪くないようだ。 「ウフフ、優しい所・・か。 マリーちゃんには、そうかもね」 モナの顔は、この二日で少し変わった。 夜の女性特有の憂いが少し薄まった様で。 何処か、いい年齢をした女性に見える時がある。 ルヴィアやオリヴェッティの瞳には、マリーと過ごす時間は、モナにも必要なのだと感じた程だった。       ★ 人の人生とは、不思議なものだ。 外に出ない人には、それなりの。 出る人間には、それなりの運命が待っている。 Kとて、誰とて、そんな人の運命など用意は出来ない。 そして、その運命に手を伸ばす気が在るかどうか…。 その小さな繋がりが結ばれた瞬間、人の運命は廻る。 モナのKとライナに救われた命、そしてマリーに癒される時が、モナ…。 いや、アムリタと云う女性の運命を不思議と導いた。 夜になって。 Kがクラウザーに乞われ、ディーラーとしてカジノに立っていた。 リュリュ達はライナと共に、船内一階の大ホールに降りていた。 クラウザーのお陰で、全て顔パスで。 モナは、人を避けて4階後部の展望テラスに出ていた。 寒い風が吹き、曇った空は黒いぐらいだ。 「………」 暗い海を眺めるモナは、ルヴィアに貸して貰った赤いカーディガンを纏い。 リュリュから借りたマントを羽織るだけでいる。 一人に成って、アムリタはモナの名前を捨てる気持ちを固め始めた。 今さっき、一人旅の裕福そうな紳士の男性が金で一夜の遊興を求めて来た。 誘われたアムリタは、マリーの顔が脳裏に浮かんでしまい、冷たい言葉を残して紳士を帰した。 (金をぶら下げてくる男なんてっ) アムリタは、もう金で男と寝るのは嫌だった。 然し今は、寒い強風に吹かれ。 凍える身体の軋みで心の悲しみを凍らせようと思う。 未来が不安で、どうしようにも無いのも現実だ。 そこへ。 「お客さんっ、中へどうぞ。 これから、少し吹雪きますよ!」 アムリタは、掛けられた声にハッとして振り返る。 廊下の扉を開いているのは、汚れた船員服を着た若い感じの男だった。 「あ・ごめんなさい」 風に耐えて見回りをしていたジョベックは、此方を振り返ったアムリタへ。 「新しい乗客さんだね。 今夜から明日の昼過ぎまでは、船内に居て下さいって船長命令が出されてます。 お客さんに何か有ったら困るんで、中へどうぞ」 迷惑は掛けたくなかったアムリタは、ジョベックの元に向かった。 アムリタと入れ替わりに外に出たジョベックは、丸いガラス窓の付いた扉を半分閉めてテラスを見回す。 (ん? あ、この人・・身体が) アムリタは、ジョベックが片腕を畳んだままにぎこちない歩みで進むのを見て、目の前の船員は怪我でもしてるのかと思った。 テラスから戻ったジョベックが中に入ると、まだ立っていたアムリタを見て。 「お客さん、どうしました?」 アムリタは、ややジョベックの半身を見てから。 「怪我してるの?」 自分を卑下する様に頭を下げるジョベックは、モナへ失礼をしないようにと下手に。 「えぇ。 傷はもう治ってるんですが、後遺症というか…。 障害が出てます。 見苦しかったらすいません」 「そう…」 「上に泊まってるお客さんで、包帯を顔に巻いた人に助けて貰ったんで。 ホントならもう死ぬ所だったですから、生きてるだけでも儲けモンです」 “包帯を巻いた”と聞いたアムリタは、Kを思い出して。 「アナタも?」 ジョベックは、身体を上げて。 「あ…、“も”って?」 あっ、と思ったアムリタは、強張る顔で。 「いや・・、私もちょっとその人に助けて貰ってね。 この船に、こうして乗せて貰えたから…」 「あぁ、そうでしたか。 あの人は凄いなぁ~。 人助け出来るって、いいですよね。 俺の様なサマに成ったら、もう人助け処か助けて貰うばっかりで………」 照れる様に、然し有り難いと見せるジョベックを見るアムリタは、Kが自分以外にも人を助けていると解り。 「ねぇ。 少し話し出来ない?」 急に言われてしまった感の有るジョベックは、ポカンとして。 「………。 あ~、お・俺とですか」 「えぇ。 その助けられた話、聞かせてくれない?」 ジョベックは、妙に色艶の漂うアムリタに気を奪われた。 だが、仕事も残る上に、船員が客と親しくするのは咎められる事もある。 「あぁ・・いや。 俺達船員は、お客さんと馴れ馴れしくは…」 と、断りを示した。 アムリタも、K繋がりで興味が湧いてしまった自分がらしくないと思い。 「あら、まだ仕事してたのよのね。 ごめんなさい、我儘だったわね」 ジョベックは、頭を下げ下げして。 「すいません」 と、外の見回りに向かおうと廊下を先に行った。 此処で、身なりが良く身体の大きな肥えた男と、廊下のぶつかる角に向かったジョベックが出くわした。 お客に気付いたジョベックは、手前で立ち止まり階段へと向かう道を譲った。 だが…。 「ん~? おい、お前ぇ~」 酔った声を出した客は、ジョベックを見て云う。 「はい、何でしょう?」 下手に出たジョベックだったが。 恰幅な身形の良い中年男は、ジョベックの歪な身体の動きに何かを感じたのか。 「お前ぇ、身体を壊れてるのかぁ~? 俺は金を払った客だぞ、キチンと挨拶してみろっ」 と、偉そうに高圧的な態度を見せて言う。 ジョベックは、出来る限り姿勢を正し。 「御気に障りましたら、すいません」 出来るだけ深く頭を下げる。 だが…、体の神経を痛めたジョベックは、正しい礼が出来なかった。 「フンっ!」 酔った男は、突然に鼻で一つ息をすると。 アムリタの見ている視界の中で、ジョベックを蹴り飛ばしたではないか。 「まぁっ」 驚いたアムリタの視界の中で、蹴り飛ばされたジョベックは壁側に激突。 大きな音を立てて床に転がった。 酔った中年の男は、床に転がったジョベックを見下げ。 「こんな豪華な船の船員に、お前ぇ~みたいな壊れモンが居るなんて気に入らんっ」 と、更に踏み込んだのである。 アムリタは、苦しみながらも声を上げないジョベックを見て、思わずに身体が動いた。 「チョット待ちなよっ!!」 中年の男は、声に首を巡らせる。 「ん~~?。 なぁんだ、女かぁ」 ジョベックを蹴った男に睨まれたアムリタにしてみれば、こういった金持ちの高圧的な男を相手にさせられて生きて来た。 自由になった今、こうして見ると腹が立つ。 ジョベックの元に来たアムリタは、キツイ視線で中年の男を見上げると。 「客だかなんだか知らないが、抵抗も出来ない船員をイジメて憂さを晴らすのかいっ。 男のクセに、みみっちい事するんじゃないよっ!」 アムリタの上げた声で、部屋へ帰ろうとした客なども彼方此方から顔を見せる。 其処で、見回りながらジョベックを捜していたウィンツとブライアンが、他の船員と共に来た。 人が集まって来た事で、ジョベックを蹴り飛ばした中年の男も居心地が悪く成って来たのだろうか。 「フン、醜い。 醜態を晒す船員など、見たくもないっ」 と、階段を上がり始める。 アムリタは、急に震えるジョベックに屈み。 「アンタ、大丈夫かいっ?」 と、様子を見ると…。 頭部を激しく激突させたのか、ショックで鼻血を出した上に、一時的な痙攣症状を引き起こしたジョベックは、ガクガクブルブルと全身を震わせるままに。 「かっ・かかかか…かあ・かかか……」 と、異常なまでにブルブルと言葉を震わせてるではないか。 「どうしたっ、ジョベック?!」 「大丈夫かっ?」 走り寄って来たウィンツは、慌ててブライアンとジョベックを抱えて船員医務室へ運ぼうと。 アムリタは、ハッとKを思い出し。 「あのケイって男…。 薬師だって云ってたね」 ウィンツは、今はディーラーとしてカジノに立つKを知っているだけに。 「ダメだっ。 ケイは、今は親方の頼みでカジノのディーラーをしてる。 高等船舶客のお相手だ、途中で止めさせるには・・」 「何をっ、こんな時にっ!」 アムリタは、そんな事は関係ないと動いた。 Kは、玄人の客相手にカードゲームをしていた。 もう、顔見知りばかりになった頃合で。 アムリタが来た事に少し驚けど、話を聞いて直ぐに。 “お客さん、チョイト面倒事だってさ。 また、明日にでも” と、云えば。 客達も、Kの見事なディーラーに惚れ込んで来ているので、明日の約束を喜んで切り上げさせて貰えた。 アムリタから話を聞いたKは、船内を歩きながら。 「傷は治ったが、身体の健康状態は中途半端なんだ。 壊れた身体に慣れてない所で衝撃を受けたから、身体の“利き”がショックを受けたんだろう。 早く薬を飲ませないと、本当に壊れ切るな」 船員医務室に入ったKは、医師の真似事が出来る僧侶の男性とジョベックの治療に入った。 Kは、誘眠作用の有る弱い弱い麻薬に、神経痛に効く薬等を混ぜて飲ませる。 少ししてジョベックの痙攣は治まり。 Kは、彼の全身を少し触診して、とにかく休ませる様にとウィンツに告げた。  アムリタは、自分の事を知る数少ないKとウィンツに。 「あの蹴った男は、どうするんだい。 人一人をこんなにして、見逃すのかいっ?!」 と、喰って掛かる様に。 Kは、アムリタが少し変わったと思いながら。 「それは、クラウザーと話す。 それより、良かったら此処に居て、彼の様子を見ててくれないか。 震えながら、母親の事を言っていた。 死を覚悟して、心底から脅えたんだろう。 起きたら、ショックに脅えたり、塞ぎ込む」 Kは、ジョベックが震える声で言う意味を理解していた。 “母ちゃん、すまねぇ…” ジョベックがそう言うのは、死を感じたからだろう。 モナと云う名前を捨てたアムリタは、寝るジョベックを見て。 「金持ちってのは、こんな事しか出来ないのかい。 何も悪い事してないってのに・・腹立たしいにも程があるよ」 切羽詰った事に追い込まれた場で、アムリタはその本性を見せ始めた。 マリーを助けた彼女は、どうやら真心を見せた様である。 ウィンツは、Kを廊下に連れ出し。 「なぁ、いいのか? あの女性(ひと)を借りて」 と、影で言う。 「大丈夫だ。 悪い女じゃない」 「だが・・その、悪党の手先だった女なんだろう?」 「今を良く見ろ。 金も無いジョベックを、性根から悪い女が助けに入るかよ。 それより、アンタは仕事に戻れ」 ウィンツを仕事に戻し。 自身でライナの元にアムリタの事を言いに行き。 その後、デッキに向かったK。 ジョベックが目覚めたのは、朝方だった。 だが。 「うわぁっ!!!!!!」 跳ね起きたジョベックは、もう錯乱した様になり。 「あわわっ!! はっ! はっ! はぁっ!!!!」 と、呼吸を激しく乱し、まともに喋れないままに脅え出した。 部屋続きの奥で寝ていたアムリタは、椅子に座って目を閉じていたKと共に急いでジョベックに近寄る。 Kが、 「大丈夫だ、もう大丈夫だぞ」 と、落ち着かせようとして言うのだが。 ジョベックの“ひきつけ”を起こした様な震えと脅えは、全く治まらない。 アムリタは、ジョベックに抱き寄り添い。 「しっかりしなっ、もう大丈夫だから。 もう大丈夫だから……」 母親の事を狂った様に言うジョベックは、また薬で眠らせないといけないと思われた程。 だが、Kの言葉より。 アムリタの抱きしめが徐々に効果を現した。 「あ・・あああああ……」 目の焦点が少し合って来たジョベックは、アムリタの覗き込む真剣な目を見て、彼女の語り掛けに応じ始めて次第に落ち着きを見せ始めた。 そして、それと同時に、激しく慟哭するようにアワアワと泣き出したのである。 「大丈夫・・もう大丈夫だから、落ち着きな。 ね、ね…」 ジョベックを抱きしめてKを見るアムリタに、Kは“そのまま”の仕草を。 彼女は頷き、そして抱き続けた。 Kの知らせを受けてウィンツが見に来た時、ジョベックは昏睡するように横に成っていた。 旅客船は金持ちが乗る事も多い分、こうした船員に対する暴力も多いとか。 ジョベックを看ながらその話を聞くアムリタは、何処にも格差による暴力が存在するのだと思い知った。 その後。 目覚めないジョベックを看てウトウトするままに居たアムリタは、悩む間を看病へ奪われたままに至る。 ジョベックの容態が気に成り、自分の不安感に入り込む様な悩む時間を与えられなかった。        ★ ホーチト王国のマルタンを旅立ち、5日目の早朝。 まだ夜の様に外が暗い中で、アムリタは仮眠から起きた。 あれから一度、ジョベックは意識を戻したものの。 死にそうになった恐怖が大きかった所為か、食事も出来ない程にオドオドして緊張し、薬でまた眠りに落ちた。 この時になって初めて、ジョベックは大量の失禁をした。 取替えをKが考え、手伝ったアムリタ。 これまで用を出さなかった彼の容態を看たKは。 “余程に怖かったんだろうな。 一日近くも身体が強張っていた証だ” と、言っていた。 休む以外、なにかとジョベックが可哀想で看病しながら。 時折、起きては震えるジョベックの手を擦ったアムリタ。 見知らずの若者だが、Kと関係が在ったり、同じ船に居候している様な雰囲気から親近感は湧いていた。 眠い目を軽く拭いて。 (はぁ…。 世の中も末だわ) 虚ろに思いながら起きたアムリタは、ジョベックの様子を窺いに。 するとジョベックは起きていて、目を開いたままに薄暗い明かりの天井を見ていた。 「起きてたの?」 声を掛けてみるアムリタに、ジョベックは弱く頷いた。 「あ、ありがとう・ご、ざいます」 弱弱しく吐き出したジョベックの言葉に、アムリタは安心して。 「ホント・・災難だったわね。 あの客、数日前も別の船員に手を挙げてた人みたい。 船員も、あんな客ばっかりじゃ身体持たないわね」 頷くジョベックは、また…。 「ありがとう、ありがとうございます……」 と、繰り返す。 その声を聞くと、アムリタも何か聞き返したくて。 「お母さんの事をずっと言ってたみたいだけど、国に残してるの?」 ジョベックは、首を弱く左右不対象に動かした。 一般的に国許へ母親を残さないとは、亡くなったか、もしくは移住したか。 こうゆう身の上話を仕事の経験上、時に重ねる事もある仕事だったアムリタだから。 「………。 居ないの?」 「はい」 ジョベックは、非常に貧しい村の出。 金も身寄りも無い母親は、病弱で死んでいた。 どうして良いか解らなかったジョベックは、その冷たくなった母親と三日暮らして居たらしく。 死人の冷たさは知っていた。 あの男に蹴られた時、急に身体が冷たくなる感覚を覚え、母親の様に死ぬのだと感じたらしい。 ジョベックの様な働き盛りの若者が、ジョンソンの様な者の下で出す安い給金でも働くのは、いい加減な船長の下働きに付くしかない現状が在ったのだろう。 元々、ジョベックやブライアンは、船乗りしか知らず。 雇われ船員として、雇い主をころころ変えて来た身だ。 そんなジョベックだから、部下に対して優しいウィンツに出会い。 “嗚呼、この人に一生着いて行けたら有り難い” と、思った。 だが……。 アムリタが何よりも驚いたのは、ウィンツが見舞いに来た時。 身動きも出来ないジョベックは、ウィンツに迷惑を掛けた事にひたすら謝り。 ウインツの部下を辞めると言った事だった。 「バカ野郎っ!!  何を言い出すかと思えば…。 お前一人ぐらい、俺が面倒を看てやる。 一緒に此処まで来て、今更にお前を見捨てられるかっ」 ウィンツは怒るままに廊下へと出て、また仕事に戻る。 ウィンツの気持ちも最もだったが…。 ジョベックの目覚めを知り、安心したウィンツが去った後だ。 Kが持って来たリンゴや梨を剥くアムリタは、細かくしてジョベックに食べさせながら。 「ホラ。 ねぇ、無理しなさんなよ。 その身体じゃ~まともに働けないよ」 だが、夜が明けて船内に客が動き出す頃。 ジョベックは、船員の現状を知らないアムリタに、助けられた経緯を話した。 ジョンソンの呪縛から逃れ、独立した様に一人に成ったウィンツだが、その実態は船も保有しない船長だ。 商人に雇って貰うか、船持ちの船団に雇って貰うしかない。 そうなると、どちらにせよ賃金は交渉に成るだろう。 怪我をした船員は、その交渉では負の査定対象に入る。 ウィンツにブライアンの他船員として経験を買えるのは、誰も居ない。 ブライアンだって、足の怪我と熟練の経験は相殺で、賃金としては一般船員ぐらいしか貰えないだろう。 其処に今のジョベックが加われば、交渉自体を敬遠されかねないのだ。 アムリタは、ジョベックの話を聞いて。 (確かに、誰に迷惑を掛けて生きたいだなんて・・思わないね。 でも、このままじゃ……) この若者には、自分以上に未来は無いと思えた。       ★ ジョベックの元にアムリタが看護で付き添う様になってから二日ほどして。 本日は海上が湿気て、霙や雪が降る。 朝、薄暗い中で眼を覚ましたオリヴェッティは、リュリュに抱き付かれている事に気が付いた。 (あ、ヤダ。 リュリュ君ったら……) 胸に抱き付かれていて、リュリュは豊満なオリヴェッティの胸を擦っていた。 完全に子供が甘える仕草そのものだ。 「嗚呼…、どうしよう」 言葉に成らないくらいの小声で呟くオリヴェッティ。 リュリュの体から沸き上がる風のオーラは、自然魔法遣いのオリヴェッティには甘い誘惑と同じ快感が在る。 此処にライナやルヴィアが居なければ、可愛いリュリュを抱きしめてしまうかも。 また、リュリュが甘える手を動かす。 「ん、ん……」 無理矢理に眼を閉じたオリヴェッティ。 そして、夜明けが来て…。 「コラッ! お前、またオリヴェッティのベットに入ったか!!」 リュリュを叱るルヴィアが居て、笑うライナがマリーをあやす。 そして、ビハインツとも合流する頃には、オリヴェッティも仲間を得た冒険者らしくなり。 Kが居なくとも気兼ねも少なく船内を動ける様になる。 乗り合わせた他の冒険者達に話し掛けられても、以前の様にオドオドして困る事も少なくなかった。 まぁ、見た目の良さから、異性より誘われることはたまに在る。 さて、のんびりした船旅でもオリヴェッティは仕事を探しては船内を動く。 ジッとしているのがクラウザーに済まないと感じるらしい。 毎日、リュリュとの集中力を鍛える事も。 そして、航海の途中にて。 氷に嵌まった小型旅客船を助ける。 クラウザーの大型客船が行った後ならば行けると、乗客だけクラウザーが受け入れた。 その日の夜だ。 アムリタへ食事を持っていったオリヴェッティ。 一緒にリュリュとルヴィアが居る。 船内を歩いていると…。 「あ、君はオリヴェッティ・・・か?」 男性の声に呼び止められた。 「あ、何方でしょうか」 目の前には、背の高い貴族風の黒い衣服を身に纏う男性が居た。 見た目からの歳は30半ばぐらい。 鼻筋が通り、面長の栗毛頭。 だが、この人物に心当たりが無いのか、思い出せないオリヴェッティで。 「あ、あの……」 すると、話し掛けて来た男性へ、ルヴィアより。 「そなた、オリヴェッティとどんな関わりが?」 貴族風の男性は、ルヴィアを見てより。 「私は、貴女と同じく貴族だ。 ま、三男だから冒険者に成ったがね。 このオリヴェッティとは、2年ほど前に会った」 “貴族”を一々と持ち出されて不満を持ったルヴィアは、何処か軽々しい相手の男性へ。 「然し、この通りに彼女は思い出せない様だが?」 と、鋭い視線を投げる。 睨まれた形の男性は、やや苦笑い気味の笑みから頷く。 「確かに、印象的な出会いはしてないサ。 寧ろ、私のリーダーだったクロッサイの方が印象が強かったろう」 その途端だ。 「え゙ぇっ?!」 〔クロッサイ〕。 この名前を聴いたオリヴェッティは、驚きを全身から現す。 そんなオリヴェッティを見たルヴィアやリュリュは、 「どうしたの? お姉さん」 「オリヴェッティ、知った相手か?」 と。 話し掛けた男性は、無理もないと解っていて。 「彼女には、聞きたく無い名前だよ。 私のリーダーだったクロッサイは、船に乗り合わせる一時的なチームを探していたオリヴェッティを気に入ってしまってね。 何処かのチームに入ろうとしていたオリヴェッティに、自分のチームに入れと強要し。 他のチームに入れない様に、デマを言いふらしたんだ」 それを聴くルヴィアは、気性から怒りを露にし。 「なんだとぉっ、そいつは何処に居るっ!」 もう夜なので、オリヴェッティは。 「ルヴィアさん、大声は出さなくても」 ルヴィアに怒鳴られた男性は、右手の人差し指を天にむけ。 「もう死んだよ。 殺された」 急転な話の展開となり、オリヴェッティとルヴィアは驚き。 「えっ?」 「こ、殺された?」 頷きながら、全く変化の無いリュリュを見た男性だが。 「粗野で横暴なクロッサイは、チームに女性が居着かないことに苛立ってね。 女性の冒険者を誘拐して乱暴しようとした」 何処までもふざけた人物と感じるルヴィアは、拳を握り締めては怒りを更に募らせ。 「なんたるバカ者かっ。 目の前に居たら私が斬る」 男性は、ルヴィアに睨まれたこともあってか。 「まぁまぁ、もう死んだからさ」 オリヴェッティは、本当に死んだのかと。 「それは、貴方も確認されたのでしょうか?」 「うん。 女性の冒険者を拐おうとして、仲間の冒険者と喧嘩になり。 夜の街中で武器を抜いて戦い、相手を斬ってもう罪人さ。 私は、彼の無謀な計画を聴いてチームから抜けたが。 その夜に騒ぎを起こして、斬った冒険者の仲間に捕らえられた。 余りに罪状の動機が短絡的だったから、翌朝には斬首と成ったよ。 私も、その時には事情を聴かれたし」 話を聞くオリヴェッティは、今から2年ほど前の記憶に恐怖を思い出した。 「・・そうですか。 あの方からは2年前の時で、とても怖い印象を受けました。 2度と会いたくない方でしたが、そんなことに成ったんですか……」 「いやぁ、君が落ち込む必要もないよ。 どうせクロッサイみたいな奴は、どのみち何時かは似た死に方をしただろう。 それより、座乗した船を助けてくれた冒険者に君が居たとは驚きだ。 助けられた時はチラっと見ただけだったが。 今、近くで見てそうと解った。 いやぁ、仲間にも恵まれたみたいで、良かった良かった」 こう言ってから男性とは別れた。 然し、彼は懐が温かいらしい。 中等個室の料金を払った割に、食事は料金別の食堂に行くとか。 シェフが作りメイドの支給を受けられる食堂は、駆け出しの冒険者では中々に利用が出来ない場所だ。 さて、仲間と合流して。 賑やかな劇を二階のテラスより見下ろすオリヴェッティ達。 リュリュに腰を抱き付かれながら、手摺に両手を預けて居るオリヴェッティは虚ろな眼。 「ハァ…。 嫌な話を聞きましたわ」 そんな彼女をチラ見するビハインツは、内心ではクロッサイなる男の心境を幾らか理解する。 (悪者の味方はしたくないが…。 オリヴェッティみたいな美人だからな、気持ちは解らなくもない) 自然魔法と云う高度な技術を扱えるだけで特異な方と云えるのに。 情緒的な美人であり、また肉体も魅力的と来ているオリヴェッティ。 これまで不遇な境遇だったらしいが、それは個人の生き方の問題とも感じられたビハインツ。 それは、自分のことをそう思ってないルヴィアも同じらしく。 「だが、オリヴェッティ自身も悪い。 そんな容姿をしていながらに、一人で世界を動いて居る。 野蛮な男からしたら、襲いたくもなるだろう。 私も、過去に1度や2度か、女性や子供を旅の最中に助けたことも在るが。 やはり仲間の居ない者ほどに危ないのは当然だ」 言われて言い返せないオリヴェッティ。 新しい旅は始まった。 だが、過去を経ての今でも在る。 無かったことには出来ない。 そんな事を考えるオリヴェッティで在る。        ★ フラストマド大王国の交易都市アハメイルまで、遅い速度で10日近くを掛けた。 その間、アムリタは名前を完全に戻し。 そして、ジョベックの看病に落ち着いていた。 Kやライナなどが見舞いに来る他、ジョベックの身の回りを世話し続けたアムリタ。 若いながらに必死に生きて来たジョベックを、面倒を看ながら何かと可愛いと思い始めたのは、男と女の情の通いからだろうか。 ジョベックは、母親の様な愛情を醸す一面を持ったアムリタに、素直な感謝を繰り返した。 自由に生き始め、人の感謝を受ける事に満ち足りた気持ちを見つけたアムリタは、働いてジョベックを助けてやりたいと思った。 何より、性根を曲げてないジョベックは、普通に良い青年だった。 家族も居ない幼い頃からの苦労、そして雇われの苦労を互いに滲ませる二人には、歳の差より同情や労わり合いが先んずる。 互いの身の上などは、同じ時を過ごせば解るもので。 アムリタから悪ぶっった態度で元娼婦と云う事を聞いたジョベックだが、顔色を変える事もなかった。 寧ろ、天災で親を亡くしたと聞いた時、アムリタに涙を見せたジョベックは、純粋な感情をそのままに出す。 その部分部分を見ていたKは、自分の言葉より確かな誠意を見せたジョベックと、看病をするアムリタの取り合わせを気に入った。 (人の縁なんざ、何処で好転するか解らねぇ~モンだ。 然し、あんなに愛情深い女が、ライナの他に居たとはね。 ゴーストシップのお宝の使い道が、また一つ決まったなぁ~。 ウィンツのオッサンには、一肌脱いで貰うとしよか~。 ふん…、全く持って、どんな状況でも誰かを思い歩む生は、死より強い) Kの仕業で不幸を背負った人が集められ、所々で小さく運命が回る。 やや醒めた面とは裏腹に、アムリタと云う女の内面は自由を得て、新しい人生を見つけれそうな様子だった。 そして。 アハメイルでKは、全てに決着の糸口だけ見つける事を望んだ。 生きるのは本人で、決着と新たな生き方は本人達が切り開いていく必要が在る。 だが、強引に変えたKである以上、その糸口だけは模索してやる気構えだった。 快晴の冬晴れの昼。 遂に、アハメイルへと船が入る。 Kは、オリヴェッティにだけ金の使い道をどう考えているのかぼんやりと明かし。 そして、一つ一つ動く事にするのだった…。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2587人が本棚に入れています
本棚に追加