秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

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 ≪アハメイルに入港。 年末の騒ぎに沸く大都市の午後≫ もう一年が終わろうとしている。 年末年始を都市部で過ごそうと、アハメイルの街に地方などから富豪や商人や貴族が家族と押し寄せていた。 港に着いた船に、街の中で行われているパレードの音が聞えている。 船の上で、クラウザーは船員達を集めていた。 「年末と年始の二日は、自由にする。 だが、迷惑に成る様なハメは外すな。 まだ、最後の航海を控える。 今日と明日は、船の整備に働いてくれ」 船員達は、カルロスの指揮の下でそれぞれに動き出した。 湾の中は塩分が低いのか、海面のあちこちが氷で埋め尽くされている。 高さの有る甲板では、風の影響も有って冷え込みが非常に厳しかった。 金の在る客は、暇だと街中に繰り出してゆく。 流石に等級の高い部屋に泊まる金持ちは、自由を楽しむかのようだ。 代わって、冒険者などは斡旋所に行こうと話し合って出てゆく。 懐の寂しさを、一稼ぎして紛らわせたいのだろう。 クラウザーは、地下船内の清掃も決めた。 病気の蔓延を防ぐ為にだ。 甲板でカルロスの分けた船員分隊へ、細かく命令を出すクラウザー。 彼に近寄ったKは、短く。 「んじゃ、良い年明けを、な」 Kは、港の近くに宿を借りる為に動くオリヴェッティ達とも別れた。 働くウィンツを夕方に迎えに来ると言ったKは、街中に消えて行ったのである。 客の世話と船主の連絡を控えたクラウザーは、ウォーラスの居場所を知っているKを気にしていた。 ウィンツに、Kが何をさせようとしているのか…。 ウォ-ラスは、このアハメイルの何処かに住んでいる。 だが、何処に住んでいるのか解らなかった。 もう、クラウザーとウォーラスの縁の糸は、とうの昔に切れていたのだ。 さて………。 屋根や手入れの少ない裏通りに雪の積もった街中で。 最も太い通りの十字路では、その幅の広さを利用してお祭り騒ぎと解る出し物が行われている。 曲芸やサーカス、似顔絵書き、大掛かりな大道芸、魔法も織り交ぜたマジック。 王国や、世界の安定した平和を祝うパレードなども。 ステージを持つ酒場では、営業と共に吟遊詩人や歌姫が歌い。 劇などをする旅の一座や踊り子なども、昼間から踊る。 立派な劇場と席数の多い観客席を備えた飲食店は、宿との提携でお客を引き込む為に、一年のサービスとして料金を安くするらしい。 通りに面する大方の店が活気付いて、アハメイルが一番騒がしい時を迎えるのが年末年始。 フサフサした動物の毛が付いたフードを被り、コートやマントを着たオリヴェッティ達4人。 賑やかな街に出た中でリュリュは、人が溢れ返り、賑やかな大都市の雰囲気に目を輝かせた。 「すごいっ、おね~さんがいっぱい居るぅぅ~~」 着飾った貴婦人や若い娘が日傘を刺して、従者や伴侶を伴い歩くのが見えている。 この寒い中でも、ドレスなどは胸元が広く、動物の毛皮で作られたマフラーなどで隠すだけの女性も少なくなかった。 逆に、キッチリと首元まで襟を整える女性も、見目麗しく着飾っていてイイ。 リュリュは、オリヴェッティの手を繋ぎながら、彼方此方の女性に目移りしていた。 「はぁ~、これが噂の“アハメイルの開花”か…。 なんて賑やかなんだろうか」 ビハインツは、前にも訪れた事の在るアハメイルが、更に賑やかになった様子に目を奪われている。 年末年始のアハメイルは、“開花した都市”と賑やかさを謳われる。 確かに、来て見れば一目瞭然だと解る。 彼方此方で、ショウの始まりなどを告げる花火が上がり。 駆け込み客を誘う客引きの威勢の良い声が発せられている中で。 貴族として毎年訪れていた経緯の在るルヴィアは、物珍しく見るリュリュやビハインツなどとは対照的に微妙に醒めていて。 「何時に来て見ても、喧しい限りだ。 その昔は、年末年始は粛々と家族で過ごしていたと云うのに…。 何時からこうなったものか」 と、昼間から飲んで謳う男達に訝しげな視線を向かわせた。 そんなルヴィアと肩を並べるオリヴェッティは、賑やかさを嫌う素振りも無く。 荷馬車が付けた店を見る。 「あ~? この時期にキャベツかい。 この雪の中じゃ~~凍みてるんじゃ~ないのかよ」 「いやいや~。 雪の中に埋もれた野菜は、どれも凍らない様に甘さを増すんだ。 ホラ、一つ齧ってみなさんよ」 「んっ、あ~ホントだ。 歯応えもイイねぇ~」 「見た目は少しばかりマズイが、味はイイのさ。 遣うなら、調理する料理人の腕次第なんだよ」 「よし。 んなら~そうさね、ざっと20個は欲しい。 彼方此方に納めたいからね」 「荷台に、40玉以上は積んであるよ。 一玉3シフォンは欲しい、纏めて買ってくれるなら少し安くしてもいいけど」 「んじゃ~ヨシッ、全部買う。 店先に並べるから、中に入れるの手伝ってくれっかい? 代わりに、全部で150出す」 「あぁ~、ありがとう。 助かった」 村などから個人で売りに来た者は、雪に閉ざされた中で塩や薬をこうして金を得ては手に入れているのだろう。 農家なら大抵の物は作れるだろうが、金を基本にどうしても買わなければいけない物も有る。 人の並ぶ行列に揉まれながら見回り疲れたオリヴェッティは、昼下がりの街中から抜け出そうと斡旋所を覗く提案をし。 ルヴィアが同調して決まった。 延々と続く行列を遅々と進み、夕暮れまでまだと云う空の下で斡旋所に到着すれば。 「昼過ぎから…、もう入店が可能ならしいな」 男性ばかりの冒険者の一団が、バニーガールの看板を指差してガラス戸を押し開くのを見たルヴィア。 実に怪しからんとばかりの言い草だ。 ビハインツは、飲み屋だと思い違いした過去を思い出すと。 「はじめて見ると、絶対にパブだとしか思えないよな~」 リュリュは、ビハインツの腕を引き。 「ねっ、ねねっ。 ビハツーのお兄ちゃんっ、アレってオネ~サンの居るお店でしょっ?!!」 と、一段と元気な声を…。 困った作り笑いをするオリヴェッティは、黒い柄のステッキを持つ手を下に動かし。 「オホホ。 リュ・リュリュ君、此処は地下に斡旋所が在るのよ。 下に……」 ルヴィアも透かさず。 「そうだ。 こんな明るい内から、この様にはしたない女性の居る飲み屋などへ行く訳無かろうに」 二人の女性に入店拒否を突きつけられたので、瞬時にブー垂れた顔をしてみせるリュリュは。 「え゛~、そんなのつまんなぁ~い。 オネ~サンに会いに行こうよぉぉぉ~」 と、駄々を捏ねる。 隣で、ウンウンし掛けたビハインツは、路上に残る雪よりも冷たい視線を2名から向けられ。 「ゔ……、リュリュ。 今は、仕事でも探してみようじゃないか。 オネ~サンには、お金が有れば何時でも会える」 どうにかしたいリュリュは、ビハインツを見上げ。 「ビハツーのお兄ちゃんっ、二人に負けちゃだめだよぉぉ~」 「スマン。 正直、二人がコワイのだぁぁ~」 リュリュとビハインツの詰まらない馴れ合いを、薄目を開けて窺うルヴィアはやや怒り気味。 「おのれぇぇ、どいつもこいつも………。 こうゆう輩が居るから、何時までも女はいい目を見ないのだ」 と、ボヤキまで出る始末。 さて。 地下に在る斡旋所に踏み込んだオリヴェッティ達だが………。 「ふわわわわぁぁ~、此処ってオシゴトをうけられる所なのぉ~?」 リュリュは、煌びやかな大きいシャンデリアのぶら下がる天井や、広くダンスでも出来そうなホールに驚く。 最初の自分と同じ感想だと思うオリヴェッティも。 「本当に。 冒険者の方々が先に居ませんと、何処かの高級レストランの会食場みたいですものね」 ルヴィアも、同意と一つ頷き。 「確かに。 然し、此処へ降りる階段の所に屯する輩が嫌な感じだ」 と、閉じた扉を睨む。 ビハインツは、先を歩き出しながら。 「ほっとけ、気にするだけ面倒だ」 処が。 年末の忙しい時期で、少しでも何か稼ぎをしようと集まった500名以上の冒険者がごった返す中。 パーティー会場の様に配されたテーブルと椅子の林を奥に進むと、左手の壁側に有るテーブルに威厳を醸(かも)す一団が居た。 他の冒険者がチラチラ見るのだが、少し遠巻きに其処だけポッカリと別世界の様。 ルヴィアは、ビハインツへ軽く肘突きを入れて。 「あの一団は一体・・何なんだ? 随分と有名そうな雰囲気を周りが認識していそうだが…」 「さぁ~。 周りの反応を見るに、そうみたいだな」 だが、リュリュと来たオリヴェッティは、その一団を知っていた。 「まぁ、あそこに居る方々って、“バブロッティ”の一団ではありませんか?」 と、小声で。 通称を魔物殺し(モンスターキラー)と謳われたチームは、バブロッティと云うチーム名の6人だ。 天辺だけ禿げ上がった頭をして、日焼けした顔に渋みの備わった巌の様な中年戦士。 彼がリーダーの《ギルディ・アズロンダル》。 六角を模る棍棒の武器〔スタークィンダー〕は、金属で出来た刃も有する得物である。 交錯する黒のベルト状をしたブレストメイルを上半身に着込み。 龍の紋章を刻み込んだ黒いマントは、所々の破れた古着。 然し、その静かなる座った姿とは裏腹に、モンスターを相手にするなら、豹変したかのように凶暴な戦士と変わるとか。 次に。 白い肌をして物静かな笑みを湛える青年は、何処か切れ者らしき狡猾さが窺える印象だ。 杖も持たない魔法遣いで、右手に填める指貫の金属手甲が発動体。 魔想魔術の攻撃魔法においては、先ず5本指内で名の出る人物だ。 “駿魔のハザック”と聞いて、魔法遣いに知らない者はまず居ないだろう。 《ハレーザック・ベン・フーニ》が彼の名前である。 彼が有名なのは、魔想魔法の異端を遣えるからだとか。 次に。 褐色の肌をして、真一文字に結ばれた黒きルージュの栄える唇。 身長と変わらぬ黒髪を自由に伸ばすままに、赤い神官服を着た弓遣いが、戦女神アテネ=セリティウスに仕える神官狩人の《サデュア・ホロバン》。 年齢不詳の女性ながら、無口には理由が在るとか。 リーダーのギルディとはチーム結成時からの付き合いらしく、彼女の意思はギルティが知ると云われるぐらい。 次に。 剣ながら、独特の反りを持つ“カタナ”と呼ばれる長剣を佩くのは、《ノブナガ・ヒロエツ》と云う変わった名前の東方諸島出身の剣士。 男の癖にポニーテールの様な髪型をして、バブロッティの中では一番の美男。 30そこそこの顔つきは、厳しい修行や冒険者生活で鍛えられた威厳が備わる。 黄色肌の偉丈夫で、“斬速ノブナガ”と云う異名があり。 居合い抜きの太刀筋は、世界でも指折りの速さらしい。 1対1の戦いでは、目を瞑って気配だけで敵やモンスターを倒すとか。 次に。 手に貴婦人用のシルクグローブを填め、黒い葬儀用の婦人ベールを意味深に被り。 面体の解らないままに、黒いドレス風の皮コートに身を包むのが、《モナリサ・リロマージン》。 鞭、投げダガー、細剣を使う器用者であり。 薬学・サバイバル知識も豊富なブレインの一人。 身体能力にも優れ、その俊敏な動きで振るう細剣捌きは、ダンスをしている様だとも。 最後は、フルフェイスのマスクをした面体・性別不明の格闘家(ノエビム・ギャザード)。 腕に填めて遣う“ファング”と云う鉤爪武器の達人だ。 高音のか細い声を出すこの人物は、白く厚手のマントと繋ぎの衣服を着るので、性別がどっちなのか判らないままなのだとか。 ギルディと何等かの因縁が有ったらしいが、今ではギルディの信頼厚い仲間と云う事だ。 流石に有名なチームの面子だ。 奇抜さだけでも一筋縄で行かぬ猛者の集まりで、その物静かなチームの雰囲気も、周りの一般冒険者から見ると“異質”の一言。 「ん~、アレが有名なバブロッティか…。 流石に、貫禄あるな」 感心するビハインツの脇で、ルヴィアもそのチームの発するオーラみたいなものを感じて。 「確かに、確かに……」 処が、何事にも強さではKが基準のリュリュは、何が良く凄いんだか解らず。 「なぁ~んか、お顔の解らない人ばっかりぃぃ~」 と、首を傾げる。 其処で、各テーブルで屯する冒険者達の一般請け負いカウンター側に居る者達が。 「出て来たぞ」 「アレが・・噂の、か」 「俺は初めて見た」 などと騒ぎ出す。 急に、カウンターの在る前方が騒がしく成ったのに気付くリュリュは、騒がしくなった方にピョンピョン飛び跳ねて。 「え? なになに~?」 魔法を遣えば、風の力で浮き上がる事も出来ようが。 Kに、“人前では魔法を遣うな”と云われ。 自身でも納得しているリュリュは、幼く若い男の子の様な素振り。 (かっ・可愛いですわね) オリヴェッティは、注目を浴びるチームよりもリュリュの仕草の方が気に成ったり…。 さて、地下の特別・上級依頼を請けれる“開かずの子供部屋”から出て来たのは、世界最高の名高いチーム“スカイスクレイバー”(摩天楼)の面々だった。 柔かい金髪をした長身で、貴公子然とした美男の剣士(アルベルト)。 蒼い瞳に薄紅の唇は、世界最高峰の剣士に更なる箔を付け加えること間違い無いと云える。 〔グレートハイブラスランダー〕と云う大剣と長剣の間の剣は、聖なる力を宿したマジックブレードの一級品。 やや反りも有る剣で、彼以外には扱えないと謳われる。 剣の愛称は、〔セルレイデュース〕。 “清らかな至宝”の古代地方名詞だとか。 白き狼の刺繍が入ったコートに、白銀のスレンダーメイルを着るその姿は、“白き稲妻”だとか、“白銀の天狼”だとか謳われるのだ。 その他の面々は。 先ず。 剥げた頭に耳付き皮帽を被る老人で、司祭服に似た前掛けを持つ衣服姿の魔法遣いは、魔想魔術と自然魔法の両方を操れる両魔使い(ハイブリッダー)であり。 〔叡智のイナフ〕と称された賢者だ。 アルベルトの良き相談相手で、ブレインを担う博識学者。 何かを捜し求めて、アルベルトのチームに加わっているとか。 次に。 白いピアリッジコート風の神官服に身を包むのは、アメジスト色の瞳をした愛らしい笑みを湛えた美人の僧侶〔リルマリア〕。 漆黒の三つ編みにされた長い髪に、抜けるような肌理細かい色白の肌は天の与えた賜物。 大司祭レベルの神聖魔法遣いと云う噂で、カクトノーズの司教長マルズロフの長女である。 アルベルトとは恋仲とも言われ、彼女を憎む女性は多いとか…。 次に。 タワー・フポロンドと云う髪を上に立てた髪型をするキツイ目付きの女性は、元盗賊の〔アジョリナ〕。 白味掛かった金髪と肌色色白い容姿は、まだ若く見える美女とも云えなくないアジョリナ。 細身の体つきながら、身体能力の高さと投げナイフの正確さは天下一品と噂される。 喧嘩っ早い性格と、思い込みの激しさからトラブルメーカーならしいが。 200人を超える盗賊を束ねていた実力は、伊達では無い。 最後に。 深い褐色の肌に短い天然パーマが掛かる頭髪をし、アルベルトより頭二つ高く。 武人然とした厳格な顔の全身鎧姿をするのは、戦士の〔サンザルガ〕。 得物は、大剣の先が斧に成るアクスソード。 棒術・格闘・アクス・大剣を操れる猛者で、バブロッティのリーダーであるギルディとは下積み時代の友とか。 腕前は、略互角と云われる。 この5人が、スカイスクレイバーの面々だ。 「終わったか」 テーブルに就いていたギルディが、アルベルト達の登場で席を立った。 屯組みや駆け出しなど、一般冒険者の枠から抜け出せない冒険者達の目の前で、有名な二大チームが出会っていた。 アルベルトの前に出向いたバブロッティのリーダーであるギルディ以下仲間達。 「久しいな、ギルディ殿」 アルベルトが小声で言えば、ギルディも少し顔を解(ほぐ)し。 「あぁ。 お互い、ま~だポリア殿などに抜かれていない様だ」 其処で、アルベルトの近くにて、腕組みしていた口の悪い元盗賊のアジョリナが口を挿み。 「なんだとぉ? アタイ達が何で、あんな美人だけが取り得の貴族に負けなきゃいけないんだいっ?!」 と、言葉端を荒げる。 だが、同じアルベルトの仲間である賢者イナフは。 「何を偉そうに…。 御主など、何度戦ってもポリア殿に勝てまいよ。 卑怯な手を使えば別じゃが・・な。 今のポリア殿は、正に剣士として成長期。 剣の腕の真っ直ぐさは、アルベルトに似とるわえ。 大体、夏に不意打ちの勝負で負けたであろうに、偉ぶった口利きは慎め」 と、静かな語り草で嗜めた。 「フンっ」 アルベルトは、ソッポを向くアジョリナを一瞥だけすると。 「処で、ギルディ。 貴方は知っているか? 俺達の他に、凄まじい手練(てだれ)の流れ狼居るらしいぞ」 「あぁ~、確か・・黒尽くめの男だろう。 秋に、その男の現れた此処を訪れた」 「知っていたか」 「うむ。 顔は良く解らぬが、野党に落ちた冒険者などを混ぜた盗賊を数百、たった一人で斬り伏せたらしい。 スター・ダストのリーダーに聞いたが、ポリア殿が深くを知るバケモノだとな…」 ギルディの話に、少し顔を伏せがちにしたアルベルトは。 「ギルディ。 この世には・・超えられない壁が存在するのだろうか……」 「どうした、お前らしくも無い。 弱気だな」 其処に、アルベルトの脇に控えていたサンザルガが、半歩だけ進み出て。 「実は、その男のしたと思われる殺人の被害者を眼にした。 あの悪名高く挙がったガロンだ」 「おぉ、死んだらしいな」 アルベルトの語るガロンの死に様に、バブロッティの面々も驚いた。 「そんな使い手が・・この世に居ると?」 普段はとても無口な剣士のノブナガだが、凝らした目をそのままにアルベルトとサンザルガに聞き返した。 ガロンの斬られ方が、同じ剣を扱う者としても信じ難い有様だと思ったからだろう。 アルベルトは、ガロンの死に様を思い返し。 「もし、我々が駆けつけたのが斬られた直後なら、マリアの魔法で助けられたかも知れない。 急所を斬りながら、その相手を生かすなど・・人でないなら悪魔の仕業だ。 万が一にも敵に回したら、此方が殺される。 ポリア殿の言う通り、全てを弁えた者だと願う」 バブロッティの面々も。 アルベルトの仲間も。 天才の褒め言葉を欲しい儘にしたアルベルトの口から、こう弱気な発言が出た事に、驚き以上の印象を受けた。 下の地下二階へと向かうギルディは、 「天辺ってのは、手の届かないモンなのかもな」 と、歩いてゆく。 バブロッティの面々を見送ったアルベルトは、周りから注目されながらも気にしない素振りで。 「行こうか」 と、テーブルの列に集まる冒険者達の方に向かった。 アルベルト達を一目見ようと遠巻きながらに集まった冒険者達。 だが、逆に進んで来られると、自然と道を譲るべく左右に動いた。 道が出来、そこを歩むアルベルト達。 然し、冒険者達の壁に挟まれながら外を目指すアルベルト達だったが…。 「あら、貴女は…」 アルベルトの脇を平行するリルマリアは、オリヴェッティの顔を見つけて足を止めた。 同じく歩みを止めたアルベルトは、 「マリア、どうした?」 皆の注目を一身に集めたオリヴェッティは、恐縮する様に一礼し。 「覚えていて下さいましたか。 お久しぶりでございますね」 と、リルマリアに云うのだ。 驚くビハインツは、オリヴェッティに後ろから。 「知り合いか?」 「えぇ、実力の至らない私達のチームをお助け下さいましたの…。 2年以上前の事ですわ」 と、脇を向いて云うオリヴェッティ。 アルベルトも思い出した様で。 「あぁ、あの時か。 マーケット・ハーナスの北方で、モンスターの異常発生が起こった時だったね」 リルマリアは、優しげに柔かく頷き。 「えぇ。 お仲間の方が逃げた中、残った二人の魔法遣いさんがモンスターの進行を食い止めて居ましたでしょう? あの時の片方の女性ですわ。 名前は、確か・・オリヴェッティさん?」 「はい。 覚えていて下さるとは・・真に恐縮です」 このやり取りの一方で。 賢者イナフは、オリヴェッティの後ろから顔を出しているリュリュに目が奪われていた。 (こっ・この気配はっ? 微かだが、自然には在り得ない凝縮された風の力は、まさか神竜の……。 彼の者は、子供・・・か?) 口に出せない驚きを覚えたイナフだったが。 アルベルトは、オリヴェッティと一声二声を交わし。 「では、これから知り合いに逢うので、これで。 また逢えたなら、声を掛けてくれていい」 と、先に歩む。 オリヴェッティと握手まで交わした聖女リルマリアは、少し名残りを残した様子で。 「では、失礼しますね」 「はい、リルマリア様もお健やかに」 立ち止まったままのイナフを鋭く見たアジョリナが。 「ジイサン、行くよっ」 と、声を上げる。 「あっ? あぁ、ああ……」 アルベルトの後を追う様に行くイナフは、赤い杖を付きながら俯いてしまった。 (ワシは・・・まさか見誤ったのか? ポリア殿の他に、“天燐の相”を持つのはアルベルトだと思ったのだが。 まさか、まさか…ワシはっ?!) その内心に湧くイナフの驚きは、何を示すのか解らない。 さて、彼の思う“天燐の相”とは、一体何なのだろうか。 そして、ポリアもそうだと………。        ★ 「然し、驚きだった。 あのアルベルト殿とオリヴェッティに面識が在るなどとは」 テーブルに座ったオリヴェッティ達。 ルヴィアは、それしか頭に無かった。 いや、ビハインツも同様である。 アルベルト達の去った後の余韻が香る斡旋所内で、未だにコソコソと噂話をされながら視線を受けるのは、オリヴェッティであった。 実は、冒険者に成ったオリヴェッティが旅立ち、数年。 ある時に一時加盟させて貰えたチームは、フラストマドの北側からマーケット・ハーナスに入った。 街道を南下して首都のヘキサフォン・アーシュエルに入り。 懐に吹き抜ける隙間風を止めるべく、その日に請けた仕事は北の山を抜けた森の偵察。 モンスターが急増したとかで、薬草などを取る狩人が被害に遭い。 その調査の為の仕事だった。 この時に作られた緊急の偵察依頼は、当時の主であったブレンダが見込んだ5チームにそれぞれ頼んだ。 炙れていた冒険者も数名各チームに加わり、戦力としては増強も出来ていたと思う。 だが。 5チームは、被害の起きたくぼ地の様な谷型の森へ、競争する様にルートを分けて潜入。 連携も協力も出来ない形でモンスターに襲われ、チームがそれぞれに四散して大被害を出した。 協力すれば良かったのだろうが、当時のそれぞれのチームリーダーが手柄を焦った。 モンスターを幾らかでも駆逐し、他チームより成果を過大に挙げようと目論んだのである。 危険が満ちた森の中には、それこそ一匹でも駆け出しチームがそこそこ梃子摺るモンスターが、多数に潜んでいた。 大昔に小さなカオスゲートの開いていたと伝わる場所だった所に、原因不明のイービルループが出来上がっていた。 “イービルループ”現象とは、非常に魔と闇の力が淵の様に溜まった場所と場所が、離れていながらに繋がれる事で。 戦争が頻繁に起こっていた時代では、死人の塁を築いた場所に出来たヘイトスポットなどが変化すると伝わる。 戦争が起こらず久しい今では、先ず起こり得ない事だと思われる。 さて。 そんな事など知らないオリヴェッティの加わったチームは、森から溢れ出そうなモンスターの群に次々と鉢合わせしてしまうのだった。 各チーム、それぞれに実力程度には戦ったと思う。 だが、数が多すぎたのだ。 その中でも、モンスターが村に近づくのを必死に食い止めていたのが、オリヴェッティの居たチームで。 過酷な連戦の末に、真っ先に逃げ出したリーダーを皮切りに、9名も居た大所帯ながら、踏ん張って残ったのは4名。 内二人は、逃げ損なって死亡。 危うく死に掛けたオリヴェッティ達を救ったのは、禍々しい森の気配を読み切り。 ブレンダを諭したアルベルトのチーム。 他のルートには、今居るバブロッティが向かい。 他にも、増強して認められたチームが二つ加わった。 アルベルトのチームは、モンスター出現の原因であるイービルループをリルマリアが塞ぎ、モンスターの出現元を断ち切った。 然し、モンスターの多さにそれが限界で、原因究明までは至らなかったのである。 その後は、一月も残ったバブロッティの面々他、訪れた冒険者達の活躍でモンスターはかなり駆逐され激減したとか。 この時にオリヴェッティは、正しい評価を受けず。 リルマリアなどに別れを告げて、西に移動した。 アルベルト達の活躍を基本とした長い話に感心するルヴィアは、頻りに頷き。 「流石に、流石にな。 素晴らしい活躍だ」 と、アルベルト達の功績を称える。 そんなルヴィアとは違い、暇で周りを見るリュリュはあっさりと。 「ケイさんの方がスゲー。 だって、ま……」 “魔王を倒した”と言おうとして、Kに余計な事を言うなと言われているのを思い出し。 「ま・まま~~魔じゃなくて、幽霊船とか潰せるしぃぃぃ~」 と、苦しく言い換える。 その不自然な言い換えを見逃さないルヴィアは、細めた眼でリュリュを見つめながら。 「御主、な~にか隠して居らぬか?」 必死に凄い速さで首を左右へ振るリュリュ。 オリヴェッティとビハインツは、残像が残るほどに速い動きを見て。 (はっ・速い) と、二人揃ってリュリュにビビった。 処で。 このアハメイルを含め、世界の大都市では年末から年始にかけて、仕事は目まぐるしく入れ替わる。 小銭でもいいから金を求めるチームが急増するからだ。 なるべく遠出せず賑わう間を楽しめる様にと、簡単で遣り易い仕事が一気に裁けるのがこの数日と云う訳なのだ。 金の有るオリヴェッティは、焦る他の冒険者達の事情を知るに、仕事を請ける事を躊躇う。 必死に仕事を請け負おうとするチームに、結局は遠慮した。 その頃。 夕方の色合いが高い建物の側面を染め。 都市を支配し始めた夕暮れの影が冷え込みを呼ぶ。 港に停泊したクラウザーの船では清掃が終り、外で待たされブツブツと文句を垂れたりしていた地下の乗客が戻る姿が目に入る。 その船内で。 ジョベックの見舞いをしようとしていたウィンツは、船員医務室の前に来た。 「あ・あの……アムリタさん」 ジョベックの声がする。 (アムリタ? あの女・・何故かジョベックと一緒に居るな) ウィンツは、モナと名乗っていたアムリタの素性をKから聞いていた。 正義感も強いウィンツだから、アムリタの事は信用してなかった。 聞き耳を立てていると。 「なぁにさ」 と、やや醒めたアムリタの声がして。 「あの・・長々と、か・看病ありがとう御座います」 「いいのよ。 どうせ外を出歩くお金も無いし、する事も無くなったし…。 私みたいな女に感謝を言ってくれるなんて、今はアンタぐらいだわ」 と。 普通に聞くなら、人生に醒めた気の無い女の口調だった。 でも、ジョベックは気にしていない様子で。 「もう直ぐ、一年が終わりますね。 船を下りる時には、ウィンツさんに・・・お別れ言わないと」 ウィンツは、ジョベックが自分の足手纏いに成らない道を選ぶ気だと解り。 (アイツめっ、まだ…) と、出て行こうとするのだが。 「言わなくて、いいんじゃないかい?」 と、アムリタが…。 (何?) また、動きを止めたウィンツ。 「で・でもっ、この体のままでは……」 と、ジョベックが声を弱めて言うのに対し。 「話を聞くと、アンタとあのウィンツって船長は、仲間なんだろう?」 「はい」 「なら、傍に居ておあげよ。 仲間なら、何かで役立てるかも知れないじゃないか」 「で・でもっ、こ・こここんな身体じゃ……」 塞ぎ込む様なジョベックの声に、アムリタは淡々と異論を投げた。 「いいかい? あのウィンツって男は、男気もある真面目な男さ。 アタシみたいな怪しい女を訝しげに思い、一緒に居るアンタの身を心配してる。 何処までも、アンタの一生を考えてる」 「はぁ~…。 でもっ、あ・アムリタさんは、悪い人じゃないですよ」 「それは、今は・・さ。 汚い道を歩んだ人間ってのは、一生その闇を引きずるもんだよ。 例え真っ当な道に戻っても、過去は変えられない。 ウィンツって男は、その辺もよぉ~く知ってるのさ」 「…、はい」 「そんな男だ。 アンタみたいな仲間が居れば、これから頑張る上で意欲に繋がるハズさ。 アンタが変わらず頑張るなら、あのウィンツって男も応えてくれるってモンさ。 アンタは、あの船長さんから離れちゃいけないと思う。 身を崩してないだけに、誰かに悪く騙されない為にもね」 醒めた口調で、何とも素っ気無い言い方をするアムリタ。 だが立ち聞きしていたウィンツは、この時に初めてアムリタの言葉から、人間として温情の様な匂いを嗅いだ。 (この女……) ウィンツは、Kが “アムリタは、ジョベックと一緒に居させても大丈夫だ” と言い切った意味を、此処で漸く少しだが理解した。 部屋の中では、寒さで冷える事を心配し。 身体を動かせないジョベックの手を擦り、冷たくなり掛けた手を温めるアムリタが居た。 手を擦って貰えるジョベックは、静かに横に成りながら。 「アムリタさんて・・温かいですね。 死ぬ前に握ってた…母ちゃんの手みたいだ」 ジョベックにそう言われ、思わず手を離し掛けたアムリタ。 「バカっ」 と、アムリタが言った時。 「あの・・い、居なく成らないで」 と、ジョベックが続ける。 急にそう云われて驚き、ジョベックの手を離す事も、身体を動かす事も躊躇われたアムリタ。 15は年下のジョベックに言われ、思わず驚いたままに唖然とする。 一方のジョベックは、自分の身体の事をKから聞いていた。 「包帯男さんから自分の事……聞きました。 僕、あんまり永くないそうです」 この事実に驚いたのは、アムリタも、立ち聞きしていたウィンツも同じ。 「なっ・何を言うんだいっ」 無意識にジョベックの手を再びしっかり握ったアムリタへ、ジョベックはやや泣き声に成りそうな様子で。 「でも…、本当みたいです。 前の怪我で壊れ掛けた身体が、こっここ・この前の事で・・更に壊れたみたいなんです。 身体半身が冷たいの、解るし…。 あれから片目が少し・・ぼやけてる。 永く持って、10年とか………」 その余命を聞いたアムリタは衝撃を受けて、ジョベックの手を思うままに強く擦り。 やや感情の表れた声で、 「だい・大丈夫さっ。 頑張れば・・もっと生きられるよっ」 と、ジョベックを覗き込む。 すると、涙を目に溜めたジョベックは、ぎこちなく首をアムリタに向けて。 「…はい。 でも、アムリタさん」 「ん? なんだい?」 ジョベックは、微かに身を震わせながら。 「あ・あの、ぼっぼぼ……」 「ん? ハッキリ言いよ」 「ボクの・・・支えに成ってくっ・下さいっ!!」 その言葉を聞いたウィンツは、衝撃に目を見開き動けなくなった。 少し前に別れたマキュアリーを思い出してしまう。 ジョベックに気持ちを告げられたアムリタは、時間を止めた。 ジョベックは、もう止め処無い思いを吐き出す様に。 「いき・生きるっ、ががが・・頑張るさっささ・支えに成ってくだしゃいぃ…。 貴女が・アムリタさんがイイんですっ。 みすて・見捨てないで……下さいっ。 このっ・この通りっ」 ジョベックの泣きながら詰りながらも縋る言葉は、更に続いた。 其処で、ウィンツの肩に何かが触れ。 「?」 振り返ったウィンツの目の前には、Kが居た。 (なりに任せろ。 あの男は、本気なんだ) 小声で言うKは、立ち去る様に踵を返した。 ウィンツは、アムリタに告白をするジョベックを思い浮かべ。 (俺の立ち入る事じゃないな………) と、同じく踵を返した。 一方、ジョベックの気持ちに驚いたアムリタ…。 金を払ったからと強引に抱かれた事など幾らでも有れど、こんなに懇願された事は無かった。 罵倒されて、相手の我儘のままに叩かれていた過去の自分が、今にこんな若い男から求められるとは…。 (ハァ………変わる、か。 アタシ・・足を洗って少しだけ、普通の女に成ったんかねぇ) Kが自分でも変われると言い、ライナは自分に変われると願った。 その意味を、アムリタは、このまだ若いジョベックに見せられた気がした。 (こんな若い男なのに…、初心にアタシなんかに……) だが、そう思うと尚に可愛く思える。 「・・はい、解ったよ」 アムリタは、鼻水を垂らして必死に言うジョベックに、気恥ずかしさを覚えて言う。 「え?」 固まったジョベックに近づき、手拭いで鼻を拭ってやるアムリタは、軽い笑みと共に溜め息を交え。 「ふぅ、解ったって言ったんだい。 もういいから、落ち着きなよ」 「はいっ、は・はいぃ……」 アムリタは、ジョベックの手を擦り続けながら。 「全く、場を知らない男だこと。 恥ずかしい言葉ばっかり言って、驚くじゃないかい」 「すすす・すい、すいません」 だが、ジョベックを見るアムリタには、薄っすらとマリーに見せる様な慈しみを浮かべた笑みが有った。 その直後である。 「いでででっ、足っ・足がぁっ!!」 細い金属の杭を膝に刺してしまった船員が、この医務室へと運び込まれた。 一緒に来た僧侶の男性を手伝うアムリタは、大声で喚く船員に。 「煩いっ!! 大の男が、これっぽちの怪我で大声出すなっ」 と、消毒を手伝い。 魔法で治癒するまで付き合っていた。 その頃に、夕暮れの港に降り立ったKとウィンツ。 振り返るまま船を一瞥したKは。 「あの若いの、俺より立派だ。 本気で女一人でも愛せるなら、もうバカには出来ねぇ~一端だぜ」 ウィンツは、同じく船を見返り。 「俺は、まだまだだなぁ~。 アイツより長く生きてるのに、あの女を疑うしか出来なかった」 歩き出すKは、 「ま、人それぞれさ」 と、だけ。 頷いたウィンツは、静かにKの後を歩いた。 一方で、甲板の上から。 (………。 ケイよ、ウォーラスを頼む) Kとウィンツの行く姿を見送るクラウザーが居た。 何処か寂しそうな、何処か済まなそうな彼が居た。
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