秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

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 ≪過去を抱いて、死の淵に向く老人≫ 夜に成ったアハメイルは、何時も以上に街灯や魔法の明かりでライトアップされて、商業区から文化区までが昼間の様に明るく成っていた。 何時もより明るい印象の街灯ランプは、この数日間だけ使う為に油の品質が代わり。 街中でも普段はランプだけしか明かりを灯さないのに、金の在る店は魔法の明かりを閉じ込めた水晶も照明に用いる。 もし、鳥に成って空からアハメイルを見たら、光が溢れてさぞ美しい光景を見れるだろう。 また、普段は馬車が往来している太い道路は、馬車の通行禁止によって店の明かりに挟まれ。 そこを練り歩く様々な人が、年末の賑わいを楽しんで居る様子を見せてくれる。 普段は貴族や富裕層だけの住む区域に居る者達も、この数日は下々を伺いに来た様な感じで、お供や家族と共に賑わいを楽しんで歩いている。 この短い数日間は、アハメイルの街が、何時も以上に活き活きとしていた。 さて、そんな中である。 ウィンツを伴ったKは、酒屋で軽く食べる物やワインなどを買った。 一応は上着にと、厚手のコートを着て来たウィンツだが、海風に吹かれて寒く。 ポケットに手を入れて、Kを店先で待つ。 これから尋ねるウォーラスは、重い病気だとKから聞いていたウィンツで。 だから、店から出て来たKへ。 「おい、病人を見舞うのに……酒か?」 港や海沿いに伸びる海岸通りを歩き始めたKは。 「もう、何もかもが手遅れなんだ。 今更に身体を気遣っても始まらない」 「手遅れって・・ウォーラスさんが、か?」 「そうさ。 正直な所、今夜に死んでも驚けないね」 「こ、今夜にって……」 「この話には、冗談は微塵も無いぞ。 昼過ぎにウォーラスの従兄弟を尋ねたが、最近は身体の具合が更に悪いらしい。 何も食べず寝ている事も多い様だと」 「あ……そ、そこまでなのか。 なぁ、其処まで悪いならば、親方を連れて来た方が良くないか?」 「おいおい、過去は語った筈だ。 今更、無理を言うな」 「だがっ」 「遅い、今更・・な。 クラウザーが今にウォーラスと逢っても、ウォーラスには辛いだけさ。 あの時にウォーラスは、クラウザーに全てを預け、運命の糸を切ったも同然。 今のウォーラスに、クラウザーの姿は毒でしかない」 困惑するウィンツで。 「それなのに、俺なら・・いいのか?」 そんな彼を見るKは、呆れるままに口元を崩し。 「おそらく」 その曖昧な言い方に、ウィンツは見事なまでに発する言葉を見失い。 込み上げる気持ちのままに、もやもやし始めた声で。 「お・いや。 な、なんだよ、そのいい加減な曖昧さはよ。 “おそらく”って」 「いや……」 言ったKは、少し間を於いて。 「多分、本当にそのままだ。 クラウザーとウォーラスは、その人間としての今の根本が食い違ってる。 だが、アンタはまた違う。 だから“おそらく”、なんだよ」 ウィンツには、Kの言わんとしている事が良く解らなかった。 それから、結構歩いた。 商業区を行き過ぎ、住宅が並ぶ所まで来ると。 「向こうだ」 Kは、海側を指差す。 ウィンツは、明かりの無い方を指差したので。 「あんな真っ暗な方か?」 「今のウォーラスは、もう世捨て人と同じさ。 ただ、船に対する愛着は残してるんだろうなぁ。 もう遣われてない古いドックの後ろか、其処に在る船上げ倉庫に居る」 「えっ、あんな所に? 夏はまだいいだろうが、冬の今頃じゃ暖炉でも無いと凍死するんじゃないか?」 「過酷な場所と解っていても、他に行く所が無いのさ。 堕ちる処まで堕とされたウォーラスを微かに生かしてるのは、ウォーラスの無実を知る者。 俺とクラウザーを抜けば、他にはウォーラスの従兄弟しかいない」 「その人が・・今まで面倒を?」 「あぁ…。 隠れて会いに行き、時々だが食べ物なんかを届けてる。 元は、ウォーラスの元で、片腕として副船長をしてたみたいだ。 少し前にウォーラスを尋ねた時、俺と再び再会して…。 フッ、喰って掛かられた」 (“喰って掛かられた”・・か。 当然だろうな…。 客観的に見れば、ウォーラスさんを追い落とす事をしたのは、ケイだ) ウィンツには、寧ろその従兄弟の気持ちが一番解る。 Kの事件に対する仕様や証言によっては、クラウザーには迷惑が及ぶだろうが。 逆にウォーラスが全てを失う事も無かったかも知れない。 住宅の立ち並ぶ区域へと伸びる道と、海岸沿いに伸びる道が別れ。 街灯も無い海岸沿いに向かった。 ウィンツがまだクラウザーから独立する前は、此処に大きく敷地を取って修理ドックが有った。 今のクラウザーが船長として運行する巨型の船はとても入らない、古い船の修理ドックであり。 そのドックの裏手には、広大な倉庫郡が広がっていたのだ。 処が今では、もう遣われない船を仕舞いっ放しにしてある数列の倉庫を残し。 大半の倉庫は壊され、空き地にされている。 星空が広がる寒空の下。 古びた大型の倉庫が建ち並ぶ中を少し歩いた所で。 「ウォーラス、俺だ」 倉庫の裏手出入り口を叩いて言うK。 少しの静けさが隙間を埋めて。 「………入れ」 と、掠れた老人の声がした。 Kは戸を開く前に、ウィンツへ顔を向け。 「少しだけ、中の内側に立っててくれ。 警戒させないために」 「解った。 驚かせても悪い」 軋むボロ戸を開けたKとウィンツが中に入れば、弱く弱く絞った明かりでランプが正面壁に掛けられていた。 入った先は、左右に廊下が伸びていて。 右側の奥には、水瓶らしい黒い大瓶と、朽ちた木樽が置いてあるのがなんとか見える。 Kは、ウィンツをランプ前に残すと。 やや明るさが窺える左の通路を行き、直ぐに壁の向こう側へと曲がった。 この倉庫の床は、地面剥き出しの土間だ。 天井も広く吹き抜け、内部を分ける壁らしい仕切りも全く無い中、少し倉庫の真ん中へ踏み込んだ場所に火が見える。 地面を掘り石を敷き詰め、簡易的に作った竈代わりなのだろう。 「お~、夏に来たと思ったら、こんな死に損ないに逢いにまた来たか…。 クソ寒い中、態々有り難いね」 皺枯れた声とは、こうした声を言うのか…。 弱弱しい老いた声が、酷く乾いて聞える。 火の有る竈の前に、朽ち掛けた古木を横にした物を椅子にする老人が居た。 「ウォーラス。 ほら、差し入れ持って来た」 近づいたKは、酒の瓶が入った紙袋を持ち上げた。 「おぉ~、コイツは助かるなぁ。 マベルのヤツは、今に成っても俺の身体を心配しくさってよぉ。 いくら言っても、好物の酒を持ってこねぇ。 こりゃ、有り難い」 喜んだ老人を誰でも直視が出来る間近まで来たK。 (なるほどな。 確かに、更に悪化してるな………) 丸太に座る老人の目や顔を診るに、それが窺えた。 その老人は、正しく家も無い浮浪者と同じだった。 垢が染みきった肌は、皮ごとポロポロに成って剥がれ掛け。 その下に見えた肌は、感染(かぶ)れや寒さで赤くなっている。 白くなった頭髪は、乱れ放題でボサボサ。 皺を刻む顔は、頗る血色の悪いやや浮腫んだ感じがしていた。 医術に心得など無くても、この老人は身体が悪いと推察が出来そうなものだった。 Kは、海岸通りの商店先に掛けてあった厚手のコートも購入していた。 「寒くないか? 少しでも温かくするのに使ってくれ」 と、コートと酒瓶の入った紙袋を老人に渡す。 「ん、ん~~~、お前ぇ…」 受け取った老人の衣服は、もう汚れて黒ずみ。 彼方此方を擦り切り、何枚着ていても防寒効果が有るのか解らない物だ。 Kからコートとワインを受け取った老人は、確かに顔付きは悪くなかった。 身綺麗にして紳士風の衣服を着せれば、中々悪くない風貌だと思える。 目の輝きは失われている様に思えるが、物を見定める目や人を見る目には、まだ光が霞む。 「ま、座れよ」 Kは、老人・・いや。 ウォーラスの勧めで、火に向かう別の木に腰を下ろした。 ウォーラスは、酒とコートを持ち上げ。 「こんな物を持ってきてはお前、まぁ~だ俺に悪気を感じているのか? 気にするな、もういいんだ。 お前があの時、悪事を暴いて俺を止めなかったらよ。 俺ぁは、最悪の所まで悪党の片棒を担いでいたかも知れねぇ~んだぞ。 人を見る目の無かった俺の責任も有る。 ・・差し入れは嬉しいがよ、あんまり気を遣うな。 もう直に、俺は死ぬんだ」 そう語るウォーラスの声は、確かに落ち着き払っていた。 隠れて聞いていたウィンツは、 (なんて落ち着いた声だろうか…。 本当に、腹を括ってるな) と、解った。 口元を解すKは、炎に片手を差し出し。 コルクを歯で引き抜くウォーラスへ。 「解ってるさ。 だが、テメェが追い落とした人間の中身が真っ当なら、人の一面を辛うじて残す悪魔だって同情するさ」 またウィンツは、そのKの声に。 (そうか、後悔じゃない…。 同情・・やるせなさか) と、感じるままに思う。 Kの真意を受け止めたウォーラスは、軽く乾杯がてらにワインを持ち上げて見せると。 ワインを素飲み(ラッパ呑み)にして、深く味わう様に一息ついた。 「フゥ~~~、旨い。 然し、お前も物好きだなぁ~。 この年の瀬だ、一緒に過ごす女にでも不自由してるんと違うか?」 「はは、もう女も、酒も、要らないさ。 只の捨て鉢人生、知り合いに逢うぐらいしか遣る事が無い」 「はは~ん、お前さんがねぇ~」 Kは、此処で。 「実は、今な…。 或る冒険者の創ったチームに加わってる」 「ほぉ」 「昔の誼で、クラウザーの船に乗せて貰ってる」 「ん、………そうか。 それで、アイツは元気か?」 「今の所は・・な」 「なぁんだ、そりゃ」 「言葉の通りだ。 アンタと似たり寄ったりで、内腑(ないふ)に腫(シコリ)が出来てるな」 すると、ウォーラスは声を少し焦らせ。 「それじゃっ、あ・・・直にヤツもっ?!」 「アンタよりは長生きするだろうが、多分は・・な」 「そっ・そうか……。 くっ、クラウザーには、俺なんかよりずっと・・長生きして欲しいんだがなぁ………」 Kとウォーラスの会話を聞くウィンツは、ウォーラスの本意が何処までも憎しみなどに支配されていない、大らかなものと解る。 (こうなっても、こんなに親方と似た人が居るのか…。 クソっ、勿体無ぇ・・本当に、ホント勿体無いっ) しんみりするウォーラスへKは、そっと差し出す様な語りで。 「処で、お宅。 クラウザーの夢って、まだ覚えてるか?」 「ん? あぁ・・夢、な。 確か、海旅族のお宝を探す・・・だったな」 「そうだ。 それで、実はよ。 その手掛かりを追って、一族が没落するまで捜し求めた学者が居てさ。 その最後の末裔である若い娘が、俺のチームのリーダーだ」 「ふむ、クラウザーと似た奴が他にも居たか」 「それから、クラウザーは今回の船旅を最後に船長を辞めて。 俺達と一緒に冒険者となり、秘宝を探す旅に加わる」 そう言うKに、ウォーラスは喰えない顔を向け。 「な、はっ・ははっ、お前ってヤツは………。 俺の弟弟子に、人生のケジメって云う引導渡す気かよ。 全く、死神みたいな真似を…」 鈍く笑うKは、ウォーラスの云った言葉の雰囲気を借りるまま、サラっとした言い方で。 「ん。 そのついでだが、今日はアンタにも引導を渡しに来たんだ」 Kを見るままウォーラスは、グィっとワインを含んでから、やや大きく構えるままに。 「んぁ~、俺にだとぉ?」 「あぁ。 実は、今な。 後ろの壁の裏に、クラウザーの下で修行した弟子が居る。 クラウザーの弟子の中でも、腕は最もだとか」 「ほぉ~。 んじゃ、ヤツの息子か?」 「いや」 「違う? ん、んじゃ~分けた大船団の一つを任された誰かか?」 「いや、違う」 Kの言っている事が嘘だと思ったウォーラスは、何とも下らないと。 「なら、ソイツは嘘を言ってるぞ。 クラウザーの弟子で腕のイイヤツは、みぃ~んな名の通ったヤツに成ってる。 他じゃ~、マーケット・ハーナスの大商人に仕えてるバッファー、モーガイフ、ジョンダー。 この港じゃ、ヤツの率いた大船団の分割組が主流…。 他には、そんな腕の良いヤツは居無い。 これは兄貴分の俺が断言してもいい」 と、言い切る。 だが………。 緩やかな眼差しで炎を見つめながら、Kはやや笑み。 「それが~~~よ、一人だけ、異端の経緯を辿った大馬鹿が居るのさ」 と、云うと。 「いいぞ。 出て来てくれ」 と、後ろに声を掛けた。 ウォーラスは、Kの声に酒を呑むのも忘れる様子で壁側を見る。 歩み現れ出たウィンツは、ウォーラスと炎を挟む形で対面するまでに進むと。 「初めて、お目に。 親方、クラウザーの弟子だったウィンツと云います」 と、挨拶した。 ポカ~ンと見上げたウォーラスは、抜けた歯茎すら見えるままに。 「こらまたぁ~~随分とまぁ…、みすぼらしいヤツだなぁ~、おい。 ま、座れ」 「失礼します」 頭を下げたウィンツは、古びた切り株の椅子に腰を下ろした。       ★ ウォーラスとウィンツが、会ったその頃か。 「ん~~~、おいちぃぃぃ~」 骨付きの大振りな肉の塊を香ばしく焼いたものをモシャモシャと食べるリュリュは、衣服が変わって貴族の御曹司みたいに成っていた。 だが、それはリュリュだけではない。 チームの全員が、それなりに衣服を正していた。 安目の宿は何処も満杯で、仕方なく質の良い宿を取るしか無かったオリヴェッティ。 マルタンの街を出航した頃のクラウザーの予定では、早めにアハメイルを出港し、船上で年越しを祝う予定だったのだが…。 海の氷の具合が酷く、日程がずれにずれた。 夕方に聞いた話では、これから年の瀬3日に加え、年越しを迎えて更に3日はこのアハメイルに逗留するとか。 他の船の出入りや、雇い主と話して決めた結果なのだろう。 さて、オリヴェッティ達の泊まる宿は、世間的に一般とされるテーブルマナーの好まれるレストランを内に抱えた宿だ。 リュリュにも、それなりのマナーを教えなくては成らない。 白いタイトなピアリッジコートを着たルヴィアは、リュリュの横で食べる様子を窺いながら。 「ホラ、フォークやナイフを汚したままに、クロスの上に置くな」 とか。 「海老は、殻を砕き過ぎると散らかるぞ」 とか、しっかり教えている。 処が、リュリュはと云うと。 「はぁ~い」 手取り足取りの様にルヴィアが身近で教えてくれるので、ルヴィアにべったり。 (なぁ~んか、仲良しですわね) オリヴェッティは、リュリュの逆隣でその様子を窺うだけ。 ビハインツは、オリヴェッティやルヴィアの作法を見真似る。 鎧を縫いで、それなりのコートを着た上で。 見立てて買ったスカーフネクタイをオリヴェッティにして貰ったビハインツ。 広いレストラン内を見回すに、紳士的な正装した客以外では、他の冒険者客より様になっている彼。 そして、此処には。 「良く寝てるわ。 この子、私より物怖じしないみたい」 と、マリーを連れたライナも。 オリヴェッティは、宿を取るのに人数が多い方が得だと知ったので、気晴らしを含めてライナを招いた。 事件の影響で影を背負ったライナだが。 マリーを育てる事には、本気の意思を持ったのだろう。 どんな時でも、過去を振り返る仕草は人前では見せない。 新しい生活が始まれば、ライナは強く生きれるだろうと思えた。 ライナと会話をするビハインツやオリヴェッティは、少しでもライナを支えてやりたくなった。 リュリュは、今やライナに。 「ライナお母さん、赤ちゃんと一緒に冒険しよ~よ。 チームで居ればイイんだよ」 と、勝手な発言をする。 苦笑するライナは、 「私だけなら、それでもいいのだけれど…。 でも、他に上手く仕事が見つけれないと、それも仕方ないかも」 と、云う。 “赤子を連れた冒険者” 奇抜なチームではある。 だが、人数の多いファランクスチームでは、そうゆうチームも存在するのは事実。 それにしても、僧侶は神殿の他に僧兵や医者の助手としても求められる。 上手い具合にそういった仕事の口を見つけれるか…。 一人で生きる決意をしたライナには、重要な問題だった。 その頃、また街中の別の場所では………。 リオン王子が居る軍部の要塞の様な建物。 その一室で、リオンとアルベルトが会っていた。 やや明るい蒼の軍服を着たリオンは、応接用のソファーに座ったアルベルトを前にして。 「アルベルト殿、久しいな。 前の頃から、3・4月は経っていたかな?」 「そうですね、王子」 「直ぐに旅立つのではないのだろう?」 「はい。 年末年始は、この街で過ごそうかと立ち寄りました」 リオンは、脇にテトロザまで座らせていた。 流石は剣士として有名な者達。 お互いに見知って、付き合いはそれなりに深い。 だが。 アルベルトを見るテトロザは、以前のアルベルトには無い陰りを見透かし。 「アルベルト殿、先程から御窺いしておりますと、どうもお顔が優れませぬが…。 どうかしましたかな?」 紅茶の湯気を見つめるアルベルトは、声を低くし。 「実は…。 去年からポリア様の伝で、その・・凄まじい技量を持った剣士の存在を知りました」 “凄まじい技量の剣士”と聞いて。 「ほお、これは奇遇だ。 実は俺も、凄い腕の人物を朧気に知った。 して、アルベルト殿の知る人物は、どんな人物だろうか?」 「恐らく、秋にこの都市で、徒党の群れを斬った人物だと思います」 パッと自分を向くテトロザを見て、リオンは驚愕の表情を浮かべ。 「テトロザ……、あの黒尽くめの男だ」 頷くテトロザも、アルベルトに。 「その御仁が、どうされました?」 アルベルトは、ガロンの死を克明に語り。 「今まで・・自分の剣はある程度上り詰め始めた、と思っていました。 噂の剣神皇や斬鬼帝の方々に、幾らか近づいたと…。 だが、あのガロンと云う者の斬られ方を見て、決して超えられぬ壁を見た気がします。 人の手練では無い・・正直、目指す目標を見つけたのと同時に、神業の粋を見せ付けられたと思います」 テトロザは、今になってアルベルトが悩む時期に差し掛かったのだと読み取った。 リオンは、寧ろアルベルトに思いが近く。 「確かに…。 秋に、俺もその手練を見た。 大勢の悪党が惨殺されたが、その斬られた者を見てな。 その・・思わず美しいと、そう思ってしまった。 傷跡・・血の出方、どれも今の私ですら及ぶ所では無い、とな」 テトロザは、そう言い合って俯く二人を見て。 「失礼ですが。 お言葉を宜しいですかな?」 名を世に轟かす二人は、先輩として剣豪と謳われたテトロザを見る。 老い始め皺の目立つ顔をしたテトロザの表情は、落ち着き払ったものであり。 悩む二人を見て、こう言った。 「私がこう云うのもどうかと思いますが…。 御二人は、そのままで良いと思います。 私も斬られた悪党を見ましたが、あの技量は悪魔か・・バケモノの領域。 あの様な剣技は、リオン様やアルベルト殿には不要かと存じます」 リオンは、その意見を受けて素直に捉え。 「人で在れ・・と?」 と、聞き返せば、テトロザは頷き。 「そうで御座います。 あの剣技を手に入れる代償は、人を捨てる修羅や悪鬼の道。 御二人の思われる使い手は、その道を使いこなし切っているのかも知れませぬが。 誰が手にしてもそうなるとは思えませぬ。 あの斬り方の主は、過去に人も、モンスターも、無数に殺め、殺め、殺め尽した者と見抜けます。 その様な道は、リオン様やアルベルト殿には到底到底、人としての御二人には渡れませぬ」 テトロザの言葉に、リオンも、アルベルトも黙った。 死体の後処理をしたリオンは、役人から相談された。 あの様に人を斬れる者をこのまま、自由にのさばらせていいのかと………。 二人の若き剣士に、一つの波紋を投げたバケモノ。 そのバケモノとは、古い倉庫に居るKであった。        ★ さて、話を戻そう。 ウォーラスの向かいに座ったウィンツへ、ワインを含んだウォーラスは。 「ウィンツ、ウィンツ…な。 確かに、その名前は聞いた事が有る様なぁ。 おい、お前。 今は、何処で船を動かしている?」 こう尋ねられたウィンツは、首を左右に振り。 「お恥ずかしい話ですが、先日に全てを失いました。 今、親方のご好意で此処まで乗せて貰いました。 これから仲間の船員と一緒に、新たな雇い主を探そうと思っています」 話を聞きながら次第に訝しげな目付きでウィンツを見続けるウォーラスは、どうも気に入らないとばかりに。 「お前、随分と生っちょろい事を言うなぁ。 自前の船は?」 「・・・有りません。 少し前まで雇われの身でしたが、幽霊船と出くわして船を沈めました」 船長として大変に不味い立場に成っていたウィンツの現状を知り。 ウォーラスは何とも渋い顔をして。 「なんだぁ~お前。 情っけねぇ~ヤツだぁ~、逃げる事も出来なかったのかよ。 クラウザーの有能な弟子が、それじゃ~聞いて呆れるな」 云われて俯いたウィンツに代わり、Kは事情を話した。 その補足する様に、細かく事情を吐露するウィンツの話も聞いて。 またワインを飲むウォーラスは、口を開くと。 「全く、なぁ~んてクソ真面目なアホだぁ~、おい。 その使えない悪党のジョンソンだか言う輩の話にも、確かに一理が有るぞ? お前、何で出港した素振りで近場に停泊しなかった。 状況を悪く報告するとかで、出戻っても良かっただろうに…」 ウィンツは、強風に因る海流の様子や、寒波の異常な速さを指摘。 そして、乗客が無理な触れ込みで集められた者達ばかりで、状況的にそれは難しかった事を細かく語った。 その様子を見つめたウォーラスは、少し声を正し。 「確かに、お前さんの海の見立ては正しい。 船がポンコツのガタ船なのも、それはそれでしょうが無ぇ~だろうがぁ…。 俺が何よりも気に入らねぇのは、よ。 クラウザーの弟子たる者が、そんなアホウの三下に成り下がる事、それ自体だろうがよっ。 お前、船分けもされないままに飛び出したのか?」 と、何処か叱り付ける様な言い方に変わる。 ウィンツは、クラウザーの元を飛び出した経緯を語ると。 「うははっ、あはははははは~~~っ! こいつは愉快だっ!! 馬鹿だっ、久しぶりにクソったれな大馬鹿を見たぁっ!!」 と、ウォーラスは周りも憚らない大声で笑うのだ。 其処に、Kも素直なままに。 「やっぱり、アンタもそう思うか? 俺も、正直に事実を聞いて同じく思った」 と、添えるのである。 二人の言い草に、少しムッとしたウィンツ。 「現実だ、しょうがない」 と、横に向きながら云うのだが。 「馬鹿ヤロウっ!!!」 突然に、ウォーラスがウィンツを怒った。 驚いたウィンツに、ウォーラスは怒った目を向け。 「おめぇ、船乗りをナメてるのか? その前までの独立した兄弟子を見てねぇーのかっ?! えぇっ?!!」 と、ウォーラスは畳み掛けたではないか。 「あっ、え?」 何故に、こうも怒られるのかが解らず。 唖然とするしかないウィンツだが。 ワインをまた飲んだウォーラスは、ウィンツを睨み。 「クラウザーって男はなぁ、世知辛いこの世界を生きる者の中でも、壮絶な生き方を垣間見た本当の苦労人だっ。 その経験から弟子一人一人の性格や、その運気を見計る眼にも長けていた。 お前の兄弟子だって、それなりにクラウザーが見計って独立を示唆したはずだろうがよっ。 えぇっ?!! 違うけっ?!」 こう問われるとウィンツは、昔を思い返し。 「確かに・・仰る通りです」 「はんっ!! テメェの腕を過信して、親方の眼を黙殺したんだ。 蛆虫みたいな船長人生も、そらぁ~仕方無ぇ~だろうがよ。 笑われても仕方無ぇっ!」 此処で。 ウォーラスはまたワインを口に含むと、声をどっしりとさせ。 「俺ぁは、な。 若い時からクラウザーに、その部分だけは絶対に勝てないと確信してた。 クラウザーってのは、人を見る眼に掛けてはそこらの玄人や占い師より勝る。 直属の弟子で、それも解らねぇのが大馬鹿って言う証拠だぜぇ」 それが今に成って解ったウィンツは、深く項垂れた。 クラウザーの商売敵で、最大のライバルと思っていたウォーラスに、自分の師匠であるクラウザーの正しさを説かれたのだ。 今にして、何も言い返せない。 現実的に実証された事実だった。 だが。 「おい、ホラ」 と、ウォーラスの声が…。 ウィンツが顔を上げると、もう一つのワイン瓶を差し出すウォーラスが居た。 「あ・・・俺に・ですか?」 聞き返すウィンツに、ウォーラスは瓶を揺らし。 「他に誰が居るんだ。 こっちのミイラは、もう酒を飲まん。 ま、とにかく呑め」 ウィンツは、その仕草にクラウザーと似た雰囲気をまた感じ。 「頂きます………」 「お前、俺とクラウザーの関係(こと)は、コイツから聞いたか?」 コルクを齧るウィンツは、頷きを一つして引き抜く。 「そうかい、な~ら話は早い。 俺は正直な所で、クラウザーに何一つ勝てた試しは無いと思ってる。 コイツは、本心だ」 先ずとワインを含んだウィンツは、直ぐにウォーラスの偉業を思い。 「んぐ・・。 え? あ、ですが・・・疾風船団を率いて、世界最速の荷運びをしたと聞いてますが?」 「あぁ、アレか。 あんなの、船が同じならクラウザーでも出来る。 でも、クラウザーはしなかった。 何故だか解るか?」 ウィンツは、クラウザーの心構えなどを云い。 更に、船を早く運行しても、それを出来るのは春の終りから冬の前まで。 時期が時期である上に、波以上に早く移動する為、揺れの多い航海を強いられる。 そんな状態での輸送で運べる物には、確かに様々な制限が入る事を指摘した。 頷いたウォーラスは、本腰を入れて話をし出し。 「そうだ、その通り。 俺の遣り方はリスクを過大に背負っての運行だ。 全ての物流に適用できないのが、正に難点の一つ。 他に、俺の通っていた海運ルートは、潮の流れに乗ると早いがな。 途中の海が荒れたら最悪のルートでもある。 天候、運、腕、どれに於いても普通の船長では無理なんだ。 そんな危険なルートを俺が開拓した御蔭で、海を良く知らない商人は、テメェの抱える他の船長にそれを押し付けた。 つまり、一人の英雄染みた行為が、他の者の命を危ぶませる結果を生んだ。 クラウザーはそれを十分に理解していたんだ。 だから、俺と同じ真似をせず、安全で時期に合った航海を心掛けたんだ」 更に続くウォーラスの経験談…。 ウォーラスの話を真剣に成って聞くウィンツがいた。 丸で、教育を受けている様で、弟子時代の学ぶ気持ちが自然と湧き上がる。 その二人の様子に、Kは言葉も無く。 (やっぱり、同じ熱い血と気持ちを持ってるな) と、見透かし。 余計な口を差し挟まない。 ウィンツに、自身の体験した危ない経験を語り。 そしてウィンツに、その場合の切り抜け方を問うウォーラス。 ウィンツは、真剣に考えて答え。 ダメ出しを貰ったり、褒められたり。 ウィンツとウォーラスの話し合いは、時折に感情も入ってか大声のものになったり。 時には、笑い合う話になったり。 中でも、女性の話に成り。 ウィンツの彼女がハルピュイアと聞いたウォーラスは、大いに喜び。 「お前ぇ、なっかなかの男前じゃないかよ。 あのハルピュイアをなぁ~、こりゃイイや」 と、ウィンツを赤面させる。 その後。 ウォーラスは、クラウザーの妻と成った愛おしい女性の事を口にし始め。 「俺は・・、今でもよ。 リドリーと一緒に成らなくて正解だと、そう思ってる」 ウィンツは、マキュアリーを思いながら。 「でも、愛していたのでしょう?」 すると、ウォーラスは弱弱しく頷き。 「あぁ。 ・・思いは、クラウザーにも負けないさ。 だが・・・、そうさなぁ。 俺の思いを押し付けても、リドリーは俺の子を生んでも、俺に愛情を向けなかっただろうさ。 それに、歪んだ彼女の義弟は、どう転がっても悪事に加担しただろう。 どの道、俺と結婚したらリドリーは、不幸に成ってたな」 「ん……、そんなもんでしょうか。 リドリーさんとウォーラスさんが一緒に成れば、普通に行くと…。 ウチの親方は、責任を取って廃業していたと思いますが?」 「バカ…、逆だ。 だから俺は、リドリーを諦めたんだ」 「え?」 「このケイから話を聞いたなら、解るはずだ。 クラウザーを廃業に追い込む切欠は、リドリーが作ったも同然だろう?」 「あ、は・はい…」 「リドリーと云う女は、強い意思を持った人だ。 もしクラウザーがそうなれば、責任を感じた彼女は命を絶っただろう。 そうなりゃ俺も、クラウザーも、真っ当に仕事なんか出来ねぇ~さ」 「な、なるほど」 「ホレた俺も、クラウザーとリドリーの関係には驚いたが。 リドリーって女は行動力が有るだけ、その覚悟が出来る。 俺とて、真実を知らなかった親友で弟弟子のクラウザーをあんな形で失うなんて、とても・・とても無理だ」 そう言い切ったウォーラスは、その充血した目に涙を光らせる。 彼の真意を聞いたウィンツは、このウォーラスと云う男の気持ちを目の前にして、熱く、純粋に感じた。 正直、このままにしておくには惜しいと、切に思う。 涙眼のウォーラスは、ウィンツを見て。   「こうなったが・・俺は、な。 クラウザーとリドリーに、全てを託せた……。 今、何度も思っても、な。 自分の部下をバラバラにせず、リドリーに迷惑を掛けない。 その今に出来た事を、本心から嬉しく思ってる。 全てを預けたクラウザーには、す・済まなかった・・・ともな」 「そうですか…。 親方は、何故か貴方の悪口を嫌ってました。 俺達が言うのでさえ、決して許しませんでしたが。 今に貴方と会って、その意味が解りました。 親方も、逆に心配だったでしょうね。 親友であり、兄弟子の貴方の事を………」 ウィンツの話に、涙を流しながら弱い笑みを見せるウォーラス。 「ははっ、ははは…。 お前と話してると思い出すぜ、懐かしいよなぁ。 クラウザーとは、一緒に夢を語り合ったからなぁ~。 二人で肩を組んで、安い酒を朝までかっ喰らったりなぁ~。 アイツとの出会いってのは、俺の・・・俺のっ、至宝だよ」 深夜の冷え込みが倉庫にも遣って来る。 だが、暖かな心の温もりを握ったウォ-ラスとウィンツには、その寒さなどどうでも良かった。       ★ ウォーラスとウィンツの話が永くなる。 そんな夜に、人気の少なくなった船内では小さな愛が生まれようとしていた…。 奥のベットに移動と成ったジョベックが居て、薄暗い部屋で自分の手を擦るアムリタに。  「あの・・アムリタさん。 寒いですから。 も・もう・ね、寝て下さい」 ジョベックの看護をするアムリタの様子は、確かに優しかった。 ジョベックにしてみれば、アムリタに無理はさせたくない。 化粧もせず寝不足気味のアムリタは、少し老けて見えるかもしれない。 が、ジョベックには、今のアムリタが綺麗で好きだった。 すると…。 「そうだねぇ。 んじゃ、隣に寝かせて貰おうかな」 と、アムリタはなんと、ジョベックと床を共にしようと…。 驚いたジョベックだが、身体を動かせる自分では無いだけに。 「あっ・ああ・・アムリ…」 声を上ずらせたのだが。 ジョベックの横に寝たアムリタは、静かな口調で。 「静かにおしよ。 アタシに離れるなって云ったのは、アンタんなんだよ」 と、子供にでも言い聞かす様な大人びた声。 「…はい」 アムリタに抱かれたジョベックは、何も言えなく成った。 死人と成っても、尚も自分を心配するように手を伸ばしていた母親が思い出され。 ジョベックは、今に成って、優しいアムリタの腕に抱かれて、母親を感じる。 その一方で、最初の子供が生きていれば、ジョベックぐらいだと思うアムリタ。 「アタシさ…、昔に、アンタみたいに若い頃、お腹に出来た子供を産めなかった。 アタシの願いは、一人でもいいから・・子供が欲しい」 ジョベックは、アムリタの腕の中で静かに頷いた。  この日の夜は、船に泊まる者にとっては静かな夜だった…。        ★ 年末年始を目前に。 騒がしいアハメイルの街が、少しだけ静けさを取り戻す時が有る。 それは、騒ぎ疲れた人々が眠る朝方。 最後の月に入り、多く雪が降ったアハメイル。 年の瀬が迫る今に、珍しく晴れ間が続いた。 ピンと張り詰めた空気が凍る様な朝だった。 昔話に花を咲かせるウォーラスは、ウィンツやKを相手に朝まで話し続けた。 燃やす薪が無くなるまで話し、竈には熾きと成りつつある炭だけが赤く燃えているのみ。 もう、炎は出ていなかった。 「おいおい、朝まで元気だな~。 ウォーラス、本気で養生すれば、後1・2年ぐらいは生きるんと違うか」 起き続けるウォーラスに、Kが小言臭い事を言えば。 「なぁ~にを、お前らしくもねぇ。 病気を知るテメェは、俺の寿命ぐらい知ってるハズだろうが。 今更に、そんな戯言を言うな」 「全く、可愛く無ぇ~腐れジジィがよ」 Kは、ウォーラスの目を見て、自分の気休めを言い返されたと疲れた。 だが、それでもウィンツは、クラウザーの大切な兄弟子あるだけあり。 「ウォーラスさん、それでも少し休んだ方が…」 と、心配を。 何もかも包み隠さないウォーラスと語らい、もう一人クラウザーが出来た様な印象さえ受けた。 だから、尚更に心配に成る。 すると、ノロノロと立ち上がるウォーラスは、 「はんっ。 クラウザーのガキ弟子に心配される必要も無ぇっ」 と、ワイン瓶を逆さにし、残りの滴を飲み干すと。 「おう。 俺と同じで、運命を読めねぇ~バカ野郎ぅ。 ほれ………こっち来い」 と、だけ言い。 悪くなっている両足で倉庫の表に向かって行く。 その姿に心配の増したウィンツは、どうしたらいいかとばかりにKを見る。 Kは、ウォーラスの方に首を巡らせるのみ。 頷いたウィンツは、ウォーラスの後を追った。 左右に押し開ける滑車付きの大きな木戸を押すウォーラスには、押し開くその力は無く。 「………」 黙ってウィンツが手伝って開き、外に。 「うははーっ。 眩しいなコイツめ」 古いドック脇の海岸沿いに出たウォーラスは、白い息を吐いて眩しいまでに明るい日の出を見てそう言う。 そんな彼の脇に立ったウィンツも、眩しい朝日を見た。 すると、突然に。 「ん」 ウォーラスは横に左手を伸ばし、ウィンツに何かを差し出した。 「え?」 ウォーラスを見たウィンツは、そのままから視線を巡らせて差し出された物を見た。 それが大きな錠前の鍵らしき物だと解るので。 「あの・・こ、コレは?」 金属の太い鍵を揺らすウォーラスは、老いた顔を少し厳しいものにして。 「俺の船で、動かねぇ成ったままに唯一残したのが、この倉庫並びの右外れに残ってる。 今時に自前で船も持って無ぇ~んじゃ、胸張って船長とは言えないだろうが。 くれてやるから、ちった~立派になってクラウザーに恩返ししろい。 断るなんざ…許さねぇぞ」 「あ、………」 クラウザーの兄弟子であるウォーラスの言葉を受け、ウィンツの全身をゾワっと駆け巡った鳥肌。 恐れ多いぐらいに震える手で、徐ろに鍵を取る。 込み上げる感謝と、済まなさ。 「こんな・・すいま………」 鍵を握り横を見たウィンツに視界に、立って居る筈のウォーラスは・・居なかった。 「あっ、ウォーラスさんっ!!」 ハッとして更に下を向けば、吐血して蹲る様に倒れ込んだウォーラスが居て。 既に右脇に居るKが、彼を抱える様にしている。 「かっ・かん・・しゃ・・・すっ・すぅるぜ。 たくせ・・る・・・アホ・あ・あ・ありが・と・・よ」 絞り出すその言葉を聴くKは、緩やかにウォーラスを下に座らせ。 身を崩した時に肩から落ちた新しいコートを取り、またウォーラスの肩に掛ける。 「これぐらいしか出来ない…。 本当に、済まなかった」 Kの後悔が、その短い言葉に全て集約されていた。 ウォーラスは、横に転がる様にKに向き。 「じゅ・じゅう・ぶん・・・さ。 うっ、う゛っ・うぐぐ・・・がはっ!!!」 弱っていた内臓が破れたのだろう。 多量に血を吐き、ウォーラスはそのままに目を閉じた。 ウォーラスの名前を叫ぶウィンツは、もう必死でKに処置を頼むが…。 「もう手遅れだ。 今、此処で、ウォーラスは死ぬ」 「そっ・そんなっ!! 親方・おっ、おやか・た・・だってっ」 せめてクラウザーとだけは最後に逢って欲しかったウィンツ。 鍵だけ託されても、返せるものが今は何も無い。 こんな終わり方など、あまりにも可哀想過ぎると思える。 Kとウィンツに看取られ、ウォーラスは吐血から程なく死んだ。 自分に縋り付く様にして、“死なないで下さい”、“死んじゃダメだ”と必死に声を掛けるウィンツの手に、ウォーラスは弱弱しい手を掠る様に置き。 2度、微かに叩いた直後だった。 “船を頼む” そう云われた様なウィンツ。 鍵を手にし、その様子を見るしか出来なかった。 「あ・あああ…。 そ・そんなっ、うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!」 石で出来た下を激しく叩くウィンツ。 Kは、ウィンツの叫びを止めなかった。 座って抱えるウォーラスの顔は、苦労の多い人生の割に安らかで。 (辛い人生だったろうにな・・・。 苦しかったハズなのに、コレぐらいの事で安らかな面してやがる…) Kから見ても、ウォーラスには何かの満足が有ったと知ることが出来た。 それは、やはり船を託せる誰かを、最後に見つけれたと云う事だろうか。 疾風船団を率いたクラウザーの兄弟子ウォーラスは、年を越さずして息を引き取った。 クラウザーの弟子であるウィンツに、残した最後の物を託して。 叫び上げた後、無力感に支配され掛かったウィンツ。 だが…。 「そら、見て来いよ。 この偉大だった男から託された船を。 今からアンタの船なんだろう?」 Kに言われたウィンツは、涙で濡れた目に力を込めて、託された鍵を見た。 「あぁ・・・そうだな。 み・見てくる」 ウォーラスと語り明かした昨夜の記憶を、託された鍵と共に握り締めたウィンツ。 大粒の涙を流しならも、立って倉庫の列の前を進み始めた。 ウォーラスを抱えたまま、朝日を見るK。 「なぁ・・ウォーラス。 今日のアンタの目利きは、クラウザーと遜色無いぐらいに間違って無いと思うゼ。 アンタとクラウザーのバカ弟子は、何処に出しても劣り無い一端の船長だ。 アンタの夢も、船も、しっかり受け取るさ」 心に安心を覚えるKは、心配だったのかも知れない。 ウォーラスが、誰に看取られる事も無く死ぬ事、それ以上に。 心に何かを残したままに、死ぬ事が………。 死神のKがそれに間に合わせたのか、それとも齎してピリオドを打たせたのかは、解らない。 だが、時はまだ進む。 運命と希望は託され、そして時を紡ぐのだっ
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