~ 森の中の異変、雨林の奥に出来た腫瘍 ~

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~ 森の中の異変、雨林の奥に出来た腫瘍 ~

Kの旅は、長きに亘る。 その所々では、彼独りの時に遭遇する幾多の物語が在る。 番外編では、それを所々から拾ってゆく事にしよう。 *注:番外編では、様々なKの経験した物語をお送りします。 ですが、その明確な時節を明らかにせず、大体の説明から入る事もあろうかと思います。 どうぞ、細かい点は流してお読み下さい。   【2人の若い冒険者】      ~ 序 ~ その日は、まるで冬を思わせる様な、冷たい雨が降る秋の終わり頃だった。 シャラシャラと降る雨音が、古都に木霊する。 〔水の王国、ウォッシュ・レール〕。 この国の北部に位置するするのが、〔古都アクエリア=カロノス〕である。 世界でもかなり古い歴史がある水彩都市で。 街並みが、古代レンガ調建築を今に継ぐ、大型都市なのである。 街に入れば一目瞭然なのだが。 縦横無尽に街を走る水路によって街中の交通から運搬が行われ。 周辺地域の村や町から流れてくる物資が大量に大河水運で運ばれる中継地でもある。 この街を彩るのが、年間を通して降る雨だ。 1年の半分以上が雨、晴れ間など100日も無いと云われる。 その雨が齎す水の支配するの街に今、2人の冒険者が流れ着いた。 2人して黒っぽい雨避けの仕様をしたローブを纏い。 フードを被る為、面体は解らない。 その内、少し背の低い人物の方が。 「長雨の晩秋って言うらしいけど、本当に降るわねぇ~」 と。 その声は、若い女性のものである。 この話に、背の高いもう1人の人物が頷く。 (話には聞いてたけど、本当に雨が良く降る所だな) この街を目指して、別の街から徒歩で来たが、断続的に4日も降っている。 旅人に聴いた話では、これで当たり前と云うのだから、知らなかった此方としては驚きで……。 背の低い女性の声をした人物は、 「街に入ったから、早く斡旋所に行きましょ。 風邪を引く前に、建物に入りたいわ」 と、並ぶ背の高い人物へ。 「そうだね。 まだ朝だけど、斡旋所は開いてるよね」 男性の声をした人物も、同じ考えで街の様子を観た。 往来を行く人や荷馬車を避けて、大通りの片側に寄って歩き始めた2人。 歩く最中に。 女性らしき一方は、大通り脇の手摺りから顔を出し。 下を流れる太い水運河を見下ろして。 「アフレック、見て。 船、凄いよ」 と、言うのだ。 手摺りより下を見下ろせば、街の玄関口となる太い水路運河を利用する多数の運搬船が往来する様子を見る事が出来る。 この街の低い場所を流れるのは、交易・運搬用の太い運河で。 他の街や集落から人を運んだり、物資の輸出入を担う水の街道である。 背の高い男性らしき声の人物も、手摺りから身を乗り出して見て。 「運河が、街の少し低い場所を流れて行くんだね。 ひゃ~、何十・・いや、もっと船が見えるよ」 手摺りより身を戻した2人は、また街中を歩く。 街の建物は、基本が白っぽい石と黒っぽい石の石造建築で。 壁や屋根に使われているのが、レンガだ。 どの建物も三角の鋭い屋根を基本とした建物で、北の国に多い四角調の建物は見当たらなかった。 そして、街の形をざっくり一望が出来る公園の高台に来て、若い男性の声をする背の高い人物が。 「スカーレット、見てよ。 “水彩空中都市”って云われる由縁、たぶんはこの景色のことなんだよ」 一方の、女性らしき声をする人物も景色を見て。 「うわぁ・・、これが古代に作られた、“ハルメニィーの輪陣都市”ね」 と、感嘆の声を上げる。 2人の若者が雨に濡れるフードを上げて見上げる先には、円盤型の土台に築かれた都市が段々に為って浮きながら聳える光景だった。 標高の高い場所に作られた、この立派な“ハルメニィー”と嘗て呼ばれた都市は、元は独立していた国の首都だった都市であり。 世界でも屈指の学力を備えた、教育都市であった。 超魔術時代の終演と共に、純然たる軍事力の有った水の国に降ったが。 今でもその学術都市の面影は衰えていない。 今、この周辺の森にモンスターが出没し始めて、街の周りの危険度は増しているものの。 今でも、この街の大學院にて優秀な成績で学業を修めて。 それぞれの国への仕官を確実にしようとする若者の傾向は根強く。 年齢に差有れど、他国から高等学習院を卒業して入学に遣ってくる若者。 また、魔法学院を卒業して更に金が有る者には、この都市に来て教育学院へ入る者も少なく無い。 更に、物流・高価格石材採掘・学業・特殊農産物。 この都市で扱う産業の多さは、多雨多湿の環境ながらに、数百万の人口を維持させるに十分な包容力を持っていた。 標高の高い高地と云う、高温に成らない冷涼な気候が続くのも、その一つの要因だろうか………。 さて。 どしゃ降りの大雨だった昨日の日中を、岩間の洞窟で寝て過ごし。 雨脚が弱まった深夜から休み休みこの街に来たあの若者らしき2人は、庇の有る石造りの東屋風公園に入った。 そして、その公園の外周を流れる水路で、船乗りをしている初老の男性に声を掛ける。 声で男性と判別が出来る〔アフレック〕と呼ばれた者が。 「すいません。 協力会の館に行きたいんですが」 すると、4・5人も乗ればもう一杯一杯と思える木の船に、雨除けの屋根を付けたもの。 “傘船”に乗る船頭の男性が、ローブ姿の2人を見て。 「“協力会の館”? ・・あぁ、斡旋所の事か。 なんだ、お前さん達は冒険者かい?」 今度は、女性の声とおぼしき〔スカーレット〕と呼ばれた者が応え。 「そうです」 答えるや、 「ふぅ~ん」 船頭は2人をまじまじと良く見てから。 「身の丈も大きく無いし、魔法遣いかい? 今時、斡旋所を“協力会の館”だなんて云うって事は、お前さん達は新米だろう?」 「だって、正式にはそうゆう名前でしょう?」 スカーレットの素直な返しに、船頭の男性は苦笑いを浮かべると。 「斡旋所なら、この第5段の街の右奥に在るよ。 名前は、【雲霧に煙る山間の石亭】と云う、大きな円形の建物だ。 シナン8丁目だよ」 場所を教えて貰えたアフレックが。 「どうも有難う」 と、先に頭を下げるなら。  隣のスカーレットも、 「助かります」 と、素直に云った。 其処へ、繋ぎの衣服を汚した、中年と若い男性が2人して遣ってきて。 「お~い、おやっさん。 エルゴ通りの6番地まで頼むよ」 斡旋所の場所を教えた船頭の男性は、 「いいよ。 乗ってくんな」 と、竿を取った。 若い2人が見ている中、屋根付きの傘船に汚れた衣服の2人の男性が乗り込み。 船頭は、船を出しながら。 「活躍しなよ」 と、声を掛けてくる。 こんな雨の中だが、2人は手を振って船頭に返した。 斡旋所の場所が判ったので、2人はその公園を離れ、街の右奥を目指して向かった。 土地勘の無い2人だから、水飛沫を飛ばす馬車の御者に注意されたり。 店を開ける老人に怪しまれたりしたが。 傘船が行き交う水路沿いを行き。 水路を越える橋を幾つも渡って、街中を右へ、右へと行くと。 「あっ、アフレック。 あれ」 通りに、冒険者らしき集団を頻繁に見かける様に為り。 「よし、斡旋所の場所を聞こう」 軒下が連なる店の下を行く冒険者達に尋ね、何とか斡旋所に辿りつけた。 無数の槍が突き出す様な屋根をする、白いモニュメント調の巨大建物である斡旋所。 この建物には、様々な顔を持つ複合施設で。 先ず。 地下にはカジノ。 次に。 地上部2階までが、街の人々に解放された自由市場。 更には。 地上部3階から5階までが、斡旋所。 そして。 6階から最上階の9階までは銀行やその他と云う、大型複合施設である。 そのため、施設内の壁の中に水路が入り、内部の四隅に水道用の水が貯まる角を持つ。 然し、大雨で浸水しないように、大きな入り口が地上の中2階部に設置されてある。 また、市場一階との直通搬送用の出入り口が、四方に有る。 実に変わった姿をしている、そんな建物だった。 さて。 中に入った2人は人の出入りの邪魔に成らない様にと、各階の内部四隅の一角に有る広い休憩場にて、雨具用のローブを脱いだ。 「うわぁ、雨具は荷物に入れられないよ。 コレって結構嵩張るね」 と、アフレックが水気を植木鉢に捨てている。 「そうね。 濡れてるから、蒸れるとイヤだ」 返すスカーレットは、手拭いで拭いていた。 外は、曇って薄暗いながらも。 外の鈍い光が差し込んで来る窓が、何十歩も片側に続く休憩場の前で。 この2人が容姿をすっぽり覆うローブを取れば、その姿がやっと解った。 黒髪をやや長めに生やし、温厚そうな双眸をするのが、アフレックと呼ばれた若者である。 均等の取れた体にピッタリの、小型モンスターの鱗から作られるスケイル(鱗)メイルを装備し。 左右の腰には、片手用に造りを変えられた中剣を佩いている。 紫の帯状となるバンダナには、獅子の様な刺繍が入っていた。  見た目の年齢は、まだ10代と思しき若々しさであるが。 腕や首筋など、目に見える肌の引き締まり具合は、相当に鍛えてきていると覗える若者である。 一方のスカーレットは、その衣服やボディーラインを見るに、色白の女性だ。 黒と金の、澄んだオッドアイの瞳。 金髪が乳白色を帯びる様に長く伸びて、カチューシャを遣って、オールバックに整えているのだが。 その髪の手触りが柔かそうな感じは、如何な物か。 丸で、高価な絹糸の様に美しい。 腰から下がズボンスタイルとなる、タイトで白いワンピース風の衣服に。 小手や具足は、革製では無く金属製である。 だが、背負う袋がやや大きものの、得物らしき物が見当たらない。 両手の中指に、特徴的な黒い宝石らしきものが填まる指輪をしているので、魔法遣いかもしれない。 雨具を畳み、背負い袋に括り付けた2人は、3階の斡旋所に向かった。 3階へと向かった2人は、紅い壁したフロアが煌々と明るいのに、先ず驚く。 「うわ~、外は曇りなのに、此処ってば凄く明るい」 スカーレットが云うと。 吹き抜けの天井の宙に、白い魔法の光を生み出す球体を幾つも見つけるアフレックが。 「スカーレット、見て。 あの、幾つも下がってる球体の光が、この吹き抜けの場を、こんなにも明るくしてるんだよ」 「そうね。 あんな魔法の篭った水晶・・どうしてるのかしら。 買ってるなら、相当な費用よ」 ガヤガヤと喧騒が響く、斡旋所の広いフロアに入った2人。 そのフロアの奥に横たわるカウンターに、看板が幾つも下がっているのが解る。 “一般依頼、請付け窓口” “新人及び、炙れチーム探し相談窓口” “報酬受け渡し窓口” “成功・失敗報告窓口” “依頼相談・雑談・相談の窓口” カウンターテーブルが奥の一辺を支配し。 乗り越え禁止とばかりに、鉄格子が掛かる。 窓口サイズだけ、格子窓が空いているという、不思議な見た目が在り。 その窓口の向こうに居るのは…。 「アフレック、見てよ。 カウンターの向こうに居るのって、石のモンスターじゃないっ?!」 こう言うスカーレットに習い、アフレックも光景を見て。 「石みたいな人形が・・動いてるね」 そう。 窓口の向こうには、顔の虚無感が有り過ぎな衣服を着た石像が、人が作業しているのと変わらずに、動いて働くではないか。 然も、ちゃんと言葉を発しているし、スムーズに作業をしている。 スカーレットは、その石の人形を見て。 「これって、ゴーレムマジックだわ。 でも、暗黒魔法の方じゃなくて、魔想魔術側の秘術かな・・。 全然、闇や暗黒の波動を感じないもの」 すると…。 「ほう、初めて見る顔にしちゃ、随分と解るねぇ」 低く、何処か冷めた印象を受ける男性の声が、2人の背後に投げ掛けられる。 「え?」 「うわっ?」 驚いて2人が振り返ると。 カウンターを遠目に見ていた2人の背後に、背の高い男が立って居た。 前髪を右側だけ開けて下ろし、頭の髪を黒い帯布で巻き固定している。 碧眼の眼は、垂れ目ながら細く開かれ。 低い鼻に分厚い唇をしているので、人相としては奇妙な印象を受ける。 だが、剣士としてアフレックが直ぐに目に付くのは、寧ろその背中に背負う逆向きの片刃をする鎌が、短槍(スピア)の様に長い棍棒の上下先端に着いた武器。 非常に珍しい造りで、特別注文の一品では、と思う。 見た目に引き摺られていたスカーレットは、その男性に。 「お・おはよう・・ございます」 と、緊張する構えた声で挨拶を。 すると、その中年の・・40前後と見れる男性は、見下ろす瞳でスカーレットを見ると。 「おう。 処で、御嬢は魔法遣いか? ゴーレムマジックの細けぇ事を、なかなか知ってる素振りだな」 「はい。 エンチャント・マジシャン・・・です」 耳慣れぬ言葉に、男性は眼を細めた。 「“エンチャンター”なのか? それとも、“マジシャン”なのか?」 だが、スカーレットは首を左右に振り。 「その間です」 と、背中の荷物に触れ。 「私、魔法の具現化までは出来るんですが、固体として切り飛ばせないの。 だから、このバックに入ってる特殊銃に、唱えた魔法を装填して、撃つの」 男性は、珍しいものを見る様に、スカーレットを見て頷く。 「適正がズレてやがるのか」 「はい。 それに、攻撃魔法しか使えないの。 幻惑魔法は、適正が皆無的にナシ。 ま・・解りやすく云うと、マジックガンナー?」 頷いた男は、アフレックを見て。 「そっちの若造は、剣士みたいだな」 声掛けられたアフレックは、ビクンとして。 「あ・・はい。 二刀流ですけど」 「そうかい。 これはチョイト面白いのが来たな。 ま、精々ガンバレ。 近年のモンスター増加で、モンスター討伐の仕事は常に在る。 いい仲間を見つけて、死なない程度にこなしていきな」 なんと云うか、会話を窺い見ると、好意的な素振りは在るものの、物言いは冷めている様な。 どちらとも取れそうな言動を見せて来た男性は、勝手に会話を切り上げ歩き出す。 其方は、吹き抜けとなる2階の壁側に在る、寛ぎスペースへと上がる階段が在る方向だった。 その姿を見たスカーレットが。 「あっ、私はスカーレット。 こっちはアフレックですっ」 すると男は、片手を上げてフラフラ動かし。 「俺は、ヒート。 しがな~い屯組だぁ」 やはり何処か世捨て人の様な雰囲気を背負う、ヒートと云う冒険者に出逢った2人だった。        ★ そして、数日後。 或る、曇り空の午後である。 「このぉぉぉぉぉぉっ!!!」 気合いの怒声が、森の中で響く。 二刀の剣を構えたアフレックが、牙の鋭い大きなイノシシのモンスターと戦っていた。 周囲は、奥深い森の中。 「アフレックっ、もっ・もう少し踏ん張ってくれっ!!!」 やや慌てた感じのする、高いトーンの男性の声がした。 イノシシの周囲とは、また別の方向からする。 「はいっ」 上向きの長い牙と、突き刺す用の短い牙を生やしたイノシシのモンスター。 その猪突猛進を何度もかわし、アフレックは何度も斬り付けている。 だが、硬い皮膚と剛毛な体毛に阻まれ。 薄皮を裂く程度にしか、傷を与えられていなかった。 一方。 「このっ、このっ」 パシュンパシュンと乾いた空気を切る音と共に、スカーレットが上空の林環を跳ねる小猿のモンスターを撃ち落そうと、魔法の飛礫を飛ばしていた。 彼女が軽く抱える程の長い筒に、金属で舗装・補強を為された青緑色の銃。 これを構える彼女は、既に4・5体のモンスターを狩っていた。 アフレックとスカーレットは、地元で活動しているチームだという、“アラード・コナンブル”の面子に入っていた。 リーダーは、大剣を使う総身屈強な印象の壮年男性コナンである。 新参者の彼ら2人以外に、チームの面子としては…。 先ず、目立っている1人として、大人びた女性であるキロウ=リリシュ。 黒を基調としたドレスローブ姿で、首から肩に掛かる手前の短めな髪の割に。 印象としては、どこか人を喰った様な、お高くとまった姐さんに見える。 スレンダーな身体にしては、声が大きな女性だ。 2人目は、自然神を信仰していると云う、人の良さそうな印象の僧侶、トリーマンと云う男性である。 リーダーのコナンやリリシュとは、長くチームを組んでいるらしく。 メンバーの中でも一番年上の男性で、神官服を着て杖を持つ何処にでも居そうな僧侶姿の男性だった。 所が・・。 笑みを絶やさずに、雑談など気楽な会話をしている時は、付き合い易い、話し易い人物なのだが。 いざ、何かを決めたり、意見を求められたりすると、俯いて全く話さなくなるトリーマン。 常に命令口調のコナンとリリシュにも、全く頭が上がらない男性なのだった。 後、アフレックやスカーレットと共に加わった人物で、逆手でレイピアを遣う男、エリック=ボスモークが居る。 無口と云うか、口数の少ない人物なのだが。 戦いには率先して向かう。 細剣、弓、短槍を遣う流れ狩人だ。 素っ気ないが、ちょっとミステリアスな野性味のある男性で。 無口ながら、水場を探したり、偏る旅の食事に食べられる果菜を探して来るなど、生きる行動に魅力をそっと感じる人物である。 さて、戦いに戻る。 特に苦戦しているモンスターは、コナンとリリシュに、エリックが加勢して戦っている相手だ。 大きなトカゲの姿で、鈍足ながら直立した二足歩行が可能な、〔ロボノギガノトス〕。 こげ茶色の体に、サンショウウオの様な平べったい頭をして。 その全長は、背の高いコナンの3倍強。 立ち上がられると、皆が見上げなければ頭が見えない相手だ。 背の高い木々が繁殖し、苔が生い茂る地面が広がる古木の森を動き回り。 このモンスターを相手にする3人だった。 木漏れ日の光に当ると、緑色が薄っすら光るダークブラウンヘアーを揺らし。 大きな声とモーションで、魔法を生み出して飛ばしたリリシュ。 放った飛礫の魔法は、立って森の太い木々を手摺の様にして近付いてくるロボノギガノトスの、コロコロとした細い眼に飛んでいく。 然し、ぶつかった後に炸裂をする魔法にて、ロボノギガノトスの眼は傷付く。 だがそれでも、巨体の進行は止められなかった。 中途半端に投げつける時までしか集中していない魔法であるから。 炸裂は派手に見えても、魔力の爆発力そのものが弱いのである。 「うわぁぁっ、これはマズいよ゛っ」 と、危機感を募らせた僧侶のトリーマンが云う時だ。 「これでぇぇぇぇぇ・・、終わりだぁぁぁっ!!!!!!!!」 イノシシのモンスターへ、決定的な一撃を浴びるアフレックの鋭い声が上がる。 後退しかけた古株の3人は、声の方に顔を向けると。 イノシシのモンスターの頭部に馬乗りと成ったアフレックが、両手の剣をモンスターの眼に突き刺していた。 また。 「エリックさんっ!! 上の猿の相手を代わってっ、あのデカいのに一発喰らわすからっ!!!!!!」 エリックに弓で役を交代して貰ったスカーレットは、逃げ腰の古株3人の元へ走り出しながら。 「狙いが違うのよっ!! あのモンスターは、鼻を狙うのっ!」 と、手を胸の前に握って、魔法を唱える。 ロボノギガノトスが向かって来る方に小走りに向かう中、青く光り出した手を銃の後部に触れて、銃の上部後方の箱型の水晶が光り出すと。 「まだまだ、逃げるなんてしないんだからっ」 と、上向きに銃を構えて云う。 「喰らえっ」 短剣の形をする魔法を込めた銃で、スカーレットはロボノの鼻頭を狙った。 最新の魔法技術が組み込まれた銃により、分散して装填された6連弾の魔法を発射。 青白く光る魔法のダガーは、全て高みの鼻に当る。 体表の皮膚とは質感の違う、ブヨブヨした鼻に魔法を受けたロボノギガノトスは、炸裂した魔法によって鼻先の皮膚を削られてしまう。 一気に突撃が止まり、極端に嫌がって仰け反った。 「やったっ、効果有りっ!」 片手でポーズを取るスカーレット。 脇目にそれを見たエリックは、“この戦いに勝てる”、と。 残る小猿のモンスターを倒すべく、矢を腰の束から抜いて番た。 一方、その時。 「リーダーっ、早くスカーレットとあのデカいのをっ!! 違うワームのモンスターが、倒したモンスターの死骸を漁り始めてるっ!」 巨木の根っこの盛り上がった隙間から這いずり出てくる移動型の蔦系モンスター。 それと戦うアフレックの声がする。 3方で、新戦力の面々が善戦する。 その状況を見るリーダーのコナンだが、身体は前に動く気配が無かった。 然も、リリシュは、 「コナン、どうすんのよっ?!」 と、苦虫を噛み潰す様な顔になり。 2人の後ろでは、俯いて震える年配者のトリーマンが居た。 更に、強い魔法の詠唱をしようと、スカーレットが意識を集中させ始める。 彼女に、小猿のモンスターを寄せない様に。 素早く矢を引き抜いては、次々と小猿のモンスターを射落とすエリック。 木の上の掃除が済み次第、スカーレットか、アフレックの手こずる方に、手助けするつもりでいた。 其処へ、アフレックが。 「リーダーっ!!!! 早くスカーレットにっ」 と、催促をした時だった。 「ダメだっ! 逃げるぞ!!!!」 と、森に声が木霊した。 その瞬間である。 ハッと、スカーレットが集中を欠いて。 「え?」 残り2匹となった小猿のモンスターに、矢を番え掛けたエリックは、コナンの声に弦の引きを戻す。 そして、伸びてくる蔦を斬って間を取ろうとしたアフレックは、コナンの言葉を理解が出来なくて。 思わず、相手への集中を止めたのだった。 新戦力の3人が、戦いから注意を逸らした…。       ~1~ この戦いから、二日後の事だ。 「はいはい、モンスター討伐の御清算ですね~」 人型のパペットゴーレムが、やや陽気な声を出して云う。 物品を査定してくれる窓口に立つコナンは、 “引き抜かれたイノシシのモンスターの牙” “ゼリー質が溶けて消滅したスライムの核” “大型カエルの舌や目” “ドロドロしたモンスターの体液” この入った瓶をカウンターに出す。 コナンが1人で、斡旋所の報告窓口に立っている。 モンスター討伐は、その報酬が持ち帰った証拠品によっての査定で決まる。 モンスターの部位は、家畜を巨大化させたりする飼料に成ったり。 一方では、薬と変わる。 特殊な物品の卸店(競を含む)を営む斡旋所であるから、売れる部位ほど報酬が跳ね上がるのだ。 「あららら~、随分と大量デスネぇぇ~。 はいはい、サテ~しちゃいますよ~~~~」 他のゴーレムと違い、この窓口のゴーレムは、主か、査定主の声をそのまま伝えるらしい。 他のゴーレムとのやり取りとは、大きく雰囲気が変わるのだが…。 「3500シフォンよ~~。 向こうで受け取って」 云われたコナンが、別の窓口で報酬を受け取ったのだが・・。 此処からが、少しおかしな展開に成る。 何故なら、コナンが一般相談や結成・解散の旨を伝える窓口に向かったからだ。 もっと奇妙なのは、コナンを見て待っているのが、何故か。 神妙な顔付きをするアフレックとスカーレットの2人と、押し黙っているエリックのみ。 この場には、リリシュやトリーマンの姿が見えない。 「済まない、主。 アラード・コナンブルのリーダーだが。 チームから、3人の脱退を申請したい」 真四角い顔型を持つゴーレムは、 「理由は、何かな?」 と、厳かな物言いの質問が返る。 するとコナンは少し鋭く。 敵意に似た様な視線を待っている3人に向け。 「使えないからだ」 こう言うと、ゴーレムに顔を戻し。 「チームの面子としての行動が全く出来ない。 リーダーの判断を無視されては、命が幾ら有っても足りないよ」 すると石の人形が。 「解った」 と、手続きを…。 手続きを終えたコナンは、2分けにされた麻袋の片方を、突っ立っているアフレックに投げてよこし。 「分け前だ」 と、出口に向かう。 「あわわ」 落しそうになったアフレックがその袋を受け取ると。 「ゴメン」 急に、スカーレットが誤った。 コナンが去るまで、一応はと見送ったアフレック。 姿が見えなくなると、頬に出来た瘡蓋を指で掻きながら、苦笑いで。 「スカーレットが間違いを云った訳じゃないよ。 仕方ない。 それより、これを3等分にしよう」 口数の少ない男であるエリックだが、去って行くコナンの背中を見て。 「狭いな…」 と、呟いた。 3人は、屯が出来る中2階に上がって、テーブル席を選んで座り。 貰えた報酬1500シフォンを、三等分にして分けた。 三等分が終わって、これからどうしようか・・と、話し合おうとした其処に。 「おう、もう仕事をこなしたのかよぉ」 アフレックやスカーレットには、聴いた事が在る声がする。 3人が、声の来た横を向けば。 其処には、以前に“ヒート”と名乗った長身の男が居た。 「あ、ヒートさん」 アフレックが名前を言うと、あの少し訝しげな屯する冒険者ヒートが。 「ちょいと見ないと思ったら、やっぱり稼いで来てたかぁ。 見所あると思ってたよ」 と、言ってくれる。 だが、全く浮かない顔のスカーレットが。 「でも、せっかく入れて貰ったチームから今、捨てられちゃった」 ヒートは、見慣れた顔のエリックを見てから。 「其処に居るのは、狩人のエリックだろう? お前達、何で捨てられたんだ?」 エリックは、ヒートの顔ぐらいは知ってそうな素振りだが。 話した事も無い様で、 「野暮な話だ」 と、だけ。 代わって、一番に責任を感じるスカーレットが。 「あのね、討伐の仕事で森の奥まで行けて。 少し珍しいモンスターとかと戦えたの。 でも、チームの魔術師さんとか、リーダーがその対処を知らないみたいで…。 もう切羽詰ってた状態だったから、私達強い口調で情報を教えたり。 その・・、自己判断で倒したりしたの」 聞いたヒートは、極当たり前の事に。 「それは、戦いの最中なら当たり前だろうが」 処が、アフレックは困った顔で。 「でも、コナンさんとかは、それが新人の利く口じゃないって…。 生意気で、命令に背く者は要らないって」 3人を見るヒートは、呆れた顔を見せ。 「何だ、お前達はあのボンクラチームに居たのか」 こう返って来た言葉を聞くスカーレットは、ヒートがこの斡旋所の冒険者事情に相当詳しそうだと思ってか。 「ヒートさんは、コナンさんのチームの事を知ってたんですか?」 「あ? あぁ、まぁ~な」 其処へ、スカーレットが。 「根降ろしの人って、みぃ~んな、ああなの?」 と、尋ねる。 近くに在る椅子に逆向きで座ったヒート。 「いや、ありゃ~奇抜と云うか、ボンクラって云うか」 「え゛? ぼっ・ボンクラなの?」 「だな。 あのコナンやリリシュってのは、森に何度も入っても死なない事をさぞ生存率が高いと自慢にしてる、在る種のホラ吹きさ。 自分達を凄腕だと持ち上げる世間知らずや、崇める様に言う事を聞くヤツにだけは、滅法甘くてよ」 スカーレットからして、その意味が解らず。 「はぁ? なんで? 何か目的があるの?」 「さぁ。 だが、大してモンスターの討伐も出来ないし、命の危険を大きく冒す事も嫌がる腰抜けなんだ。 討伐なんて、自慢話のネタ作りにやってるだけだ」 「嘘・・全然、意味が解らない」 悩むスカーレットに対して、アフレックが続いて。 「ロボノギガノトスみたいな大型のモンスターを倒す事に、なんか恐怖みたいな感情が見えましたけど?」 「あぁ・・・ん~~、アイツ達は・・そうかも知れないな」 「と、言いますと?」 「実績が上がると、例え次に討伐依頼を請けてもよ。 前と同じ成果じゃ、斡旋所の評価が良く成らない事も在る。 ま、本当は天候やら戦う状況で、戦える内容も変わって来るからな。 毎度毎度、以前より良い成果が出るって訳でもない」 「なるほど…。 でも、それにしても、どうして良い成果を出さないんですか?」 「ん。 恐らく、コナンの奴ら3人じゃ、イノシシのモンスターを一匹仕留めれば上出来と思える。 後は、真新しい他の死体を探して、そこから部位を剥いだり、ちょっと珍しい薬草や花を持って帰って報酬にすりゃ~それでいいのさ」 「それで、満足なんですか」 「基本的に、チームの稼ぎが悪いからな。 あの3人みたく地元に根降ろしして、生活に大金が掛からない様なヤツでないと居つけない。 リーダーとしての評価も、チームの評価も最低の方だぜ」 アフレックは、それを聞いて納得。 「そっかぁ~、それでロボノを倒さず撤退したんだぁ~。  スカーレットが鼻を傷つけて怯んだから、足元から責めれば持久戦で倒せると思ったのに…」 ヒートは、アフレックの方を見て。 「ほう、ロボノギガノトスともやり合ったのか」 「はい。 ま、デカかったし、倒せる確証は無かった相手でした」 「そうか………」 アフレックやスカーレットを見るヒートは、徐に。 「ん・・・そうだなぁ。 んならよ、お前達。 俺の知ってるチームに、これから一時参加しないか?」 3人は、パッとそれぞれの動きでヒートを見る。 3人の視線を集めたヒートは、この中2階で、真ん中吹き抜けのサークルフロアの、対岸方向に首をしゃくって見せ。 「モンスター討伐で、金を稼ぎたがってる地元のヤツが居る。 身内の為に、高価な薬を買う金が必要らしい。 だが、信用は出来る人間だとは、俺からも言えるぞ」 スカーレットは、向こうなど人が彼方此方に動いていたり、座っていたりするぐらいしか解らないと思いながら。 「ヒートさんは、どうしてその人を私達に紹介するの?」 「いや、俺も加わって、手助けしてやろうと思ってたんだ。 1人息子が病気で、薬代と生活費の為に、毎年この時期に冒険者へ戻って来る人物なんだがよ。 何時も協力してくれる仲間の大半が、手の足りない別のチームに加わって、仕事に出払っちまったらしい。 この数日内に、どうしても1000シフォンは必要らしいから、森に入ってもチンタラできないんだが…」 すると、エリックと云う狩人は、 「いいだろう」 と、短く了承した。 アフレックも、どうせなら何事も経験だと。 「スカーレット。 エリックさんやヒートさんが行くなら、行ってみない? 違う経験も出来るかも」 「・・、解ったわ。 明日からの予定も無いしね」 チームに捨てられたばかりだと云うスカーレットは、イマイチ乗り気では無かった。 だが、人助けでもあるし、遣り甲斐が有るならそれでもいいと思う。 ヒートに連れられ、別のテーブルの方に行くと…。 「悪いが、もうイヤだ。 一々、面倒見てられない」 「ま、済まないな。 悪く思うなよ」 年上の相手に対して、随分と偉そうな態度で座る5・6人の冒険者に、無精髭も随分と長くなった男性冒険者が、嫌々とあしらわれていた。 その冒険者へ。 「ミザロ、話が在るんだが」 ヒートがそう声を掛けると、伸び放題の髪・髭をした男性は振り返り。 「ヒート・・、どうかしたか?」 「お前の頼みを聞いてくれそうなヤツ、俺を含めて4人集まった。 5人も居れば、2・3日でもなんとかなろうさ。 とにかく猶予の為にも、まだ未払い金を稼ぎに出よう」 ヒートのその話を受けて。 “ミザロ”と呼ばれた人物が、アフレックやスカーレットの前にやってくる。 背が高いヒートやエリックに比べ、頭半分以上低い、ミザロと云う人物だが。 間近に来た彼を見て、アフレックは内心驚く。 (うわぁ、鎧も剣も古そうだぁ・・。 この人、装備もまともじゃないよ) と。 一方、スカーレットは、 (この人、随分とフラついてるけど、大丈夫?) と思い。 そのフラフラした様子のミザロに。 「あの、フラフラしてますけど・・、大丈夫ですか? 具合が悪いなら、私達だけでも・・」 だがしかし、ミザロは首を左右に振り。 「金も欲しいが、少し希少な薬の原料も欲しいのだよ、お嬢さん。 見て楽に解ると云う草でも無いから、私も行かなければ・・」 エリックは、そのミザロと云う人物を知っている様で。 「早い方がいい」 と、言った。 一行は下に降りて、ゴーレムにチーム結成を伝えた。 そして、モンスター討伐の依頼を請ける事に。 だが、依頼受付にて、突然ゴーレムから。 「ミザロさん、3階の奥へどうぞ。 主から、御話が有るそうです」 こう云われたミザロは、言葉が出なく。 「おいおい、俺達が何をしたって言うんだ?」 と、ヒートも変わった事に身構える。 アフレックやスカーレットは、何がなんだか…。 だが、ゴーレムは同じ話を繰り返した。 仕方無いと、ミザロを先頭にカウンター外れの壁に開いたドア枠の中を行き。 専用の螺旋階段にて、3階まで上がると…。 「お待ちしてました、こちらでございマス」 と、人の格好をしたゴーレムが、黒い礼服を着て遣って来る。 顔も、目鼻立ちもシッカリしたゴーレム(人形)で。 その恭しい態度などは、まるで人の様な…。 一緒に案内をされるスカーレットとアフレックは、下のカウンターから見上げた天井の上に、この3階が広がっているのだと今更に解った。 だが、5階はマスタールームで、厳選された上級・特殊依頼の請け付場であり。 他では、主から直接に叱責や相談を受ける階である。 何が起こるのか、今のチーム事情で来れる訳が無い階なのだが………。 何かの棚の裏と、石壁に鋏まれた通路を案内され。 開けた場所は、薄暗い周囲に囲まれた広間だ。 然も、明るい光が中央にだけ、そっと降り注ぐ。 その光に照らされて、2段の円形フロアが見える。 そのフロアは例えるなら、パーティーなどでフルーツタワーを作る3段程の専用食器の様な。 下のフロアが、やや底が丸みを持つ広い皿の様で。 二階には、ソファーやテーブルが見えていた。 さて。 下の円形フロアには、3人の背丈が似通った老人が人型のゴーレムを手伝いにして、あれやこれやと書き物をしたり、書類に目を通したり。 服装は礼服、3人がする眼鏡は、どれもフレームが金だ、銀だ、プラチナと云う様に。 どう見ても、金には困ってなさそうな印象を受ける。 「アフレック・・此処って下と雰囲気が違うね」 此処に、厳かな雰囲気を感じたスカーレット。 円形のフロアの上にだけ、煌々と明るい魔法の込められた水晶が在り。 天井や壁の周囲は、何故か宵闇の如く仄暗い。 床に面する壁側は、2・3本の通路が壁に向かって伸びる以外は、本棚が数段積まれた資料の保存場所の様な感じなのだ。 大きな皿の様な円形のフロアを見る一同に、礼服を着たゴーレムが。 「後ろの魔床昇陣から上に上がって下さい。 主がお待ちかねデス」 フルーツタワーを作る食器の、向こう側が見えない中心支柱の裏に回ると。 床から少し浮いた、魔力で昇降が出来る石陣が在る。 魔想魔術師のスカーレットは、魔法を教わる学院の外では初めてコレに乗ると心が踊った。 円形の浮いた床に乗った一行。 「上に上がるのは、もう6年ぶりだな」 と、呟くミザロ。 「御宅で6年も前? こりゃ俺達じゃ、一生掛かっても自力で上がれないね」 適当そうな雰囲気を醸し出して、こうボヤくヒート。 エリックは、その無口な顔を冷めさせ、緊張に対する準備をしているかのようだ。 ヒートが、石陣の出っ張りを踏み。 二段に置かれた皿の様な、フロアの上部へと全員で向かうと…。 上の階に魔方陣が到着するなり。 「やぁ、ミザロ。 わざわざ済まない」 鼻眼鏡をする若い人物が、デスクに向かって何か書き物をしながらに云ってくる。 最初に、その人物か居る上部フロアへと足を出したミザロは。 「シュヴァルティアス様、何か御用でしょうか」 その名前が出た瞬間だ。 スカーレットは、この人物が誰か、瞬時に解る。 150年の時を生き、〔不老の魔術師シュヴァルティアス〕。 貴族出の、貴族嫌い。 偏頭痛としゃっくりの重病者。 そして・・・、暗黒魔法に頼らないゴーレムマジックを生み出した、稀代の大天才。 魔想魔術の幻惑呪術に関する天才にして、古代魔法や超魔法の第一線研究者でもある有名人物なのだ。 (ひぇぇぇぇぇぇ、あんな偉大な人が・・こっここ・・此処に居るぅぅぅ) 1人で慌てふためき出したスカーレット。 そんな彼女を他所に、一歩先に踏み出したヒートは。 「マスター、俺達が呼び止められた経緯は? 咎められる事も無いはずだし、此処へ呼ばれる実力もまだ無いと思うが?」 すると、書く手を止めたシュヴァルティアスは、ヒートにその麗し過ぎる顔を向ける。 白銀の髪、白い瞳、搾り立てのミルクの様な素肌。 よくもまぁ、こうも整ったと思える顔は、美しき貴公子の様。 だが、彼は先ずミザロを見て。 「20年前で、ミゲザリスロと云う名前を出せば、如何なる宿も乞い拝んで彼を迎え入れただろう。 それに…」 シュヴァルティアスは、今度はヒートに顔を向けて。 「ヒルマン・リートキエ。 またの名を、怪物潰し(モンスタークラッシャー)のヒート。 貴方も、元は一線を張っていた冒険者。 前のチームでは、上級依頼を専属で請けていた方でしょうに?」 そしてシュヴァルティアスは、一同を見渡し。 「そのお2人が居るチームが、此処に来る実力が無いとは・・・云えませんね」 「チィ。 ・・知ってやがるのかよ」 横を向くヒートに、シュヴァルティアスは微笑み。 「無駄に長生きしてますからね」 と、付け加える。 ミザロは、長話はしたくないと。 「処で、呼ばれる様な何かが?」 その、一言がシュヴァルティアスに届くと、彼はややミステリアスな細い眼をする。 (わっ) (え?) 今まで、フワフワとした緩やかな雰囲気が、まるでカーテンを引くかの様に緊張した雰囲気に変わる。 アフレックも、スカーレットも、何事かと驚いた。 今も尚、生き続ける大魔術師シュヴァルティアス。 この多雨多湿が続く山間高原の中に、どっしりと聳え立つ大都市に居て。 斡旋所のマスターを気晴らしにやっていると云う、生存する魔道研究者の第一人者だが。 その彼の口から、奇妙な話が出た。 「ミザロ。 それから、此処に居る一同。 これからする話は、他言無用で願いたい」 こんな緊張する場面は初めてのアフレックとスカーレットの2人は、生唾を飲み込んで話に参加していた。 シュヴァルティアスの話では、最近この街の周辺をモンスターが闊歩する様に成ったのには、奇妙な変化が原因だと云う。 して、その原因とは…。 モンスターが活発化する以前から、モンスター討伐依頼にリストされるモンスターは、周辺の大森林地帯の奥地に居たらしい。 この街の周囲は、国の西南西から南方の運河水道と街道以外、全ての方向に深い山岳森林が続いている。 特に、北方から北東方面は、国を跨いで広大な山岳森林地帯と森林地帯が、海沿いにまで伸びて行くのだ。 この地帯の山間部は、非常に奥深い森と、岩山や渓谷が広がる秘境であり。 独自に成長したモンスターの種類に入る“生物”が生息していたのだ。 つまり・・。 今、討伐されているのは、モンスター化を古代に余儀なくされた生き物が大半なのである。 では、何故にその生物達がこの周辺に出て来て、人と軋轢を産む様に成ったのか…。 シュヴァルティアスは、指の爪を気にしながら。 「実を言うと、昨日の夜にだね。 私の知り合いとなるメレードゥが大怪我をして帰って来た」 その名前を聞くミザロは、急に顔を歪め。 「何だと? して、あの娘は大丈夫なのか?」 と、心配そうに聞くのである。 頷くシュヴァルティアス。 「命に、別状は無い。 彼女を森で助けたのは、私の以前からの友人でね。 非常に優秀な薬師である人物なんだ。 その彼に、ホラ、ミザロ。 貴方の御子息にも効く、素晴らしい薬を調合して貰った。 妙薬の“ヒール・テノ・ラクリマー”。 内臓の病気に効く薬で、即効性が期待できる」 「なんとっ! そっ、それはっ!」 座るシュヴァルティアスからスッと差し出された薬瓶。 それに手を伸ばすミザロは、もう一瞬に全てが頭から消えた。 だが、それを見たヒートが。 「おいおい、その薬ってよ。 作る素材を集めるのに100年とか200年と掛かるとも言われる、至高にして奇跡の妙薬エリクサー。 あの手前で在る3大妙薬の一つが、ラクリマーだろう? そんなのを簡単に調合出来る薬師が居るのか? 大体、薬師に何で、その窮地を救えたんだ?」 と、色々と疑問が噴出す展開である。 シュヴァルティアスは、ヒートへ何の気ない様子から。 「疑問が出るのは、当然かな。 でも、ね。 その友人には、“普通・常識”って云うのが通用しないんだよ。 この世界でも類稀な腕の薬師だが・・・、一方では常識外れの凄腕の剣士でもある。 もう名声に興味が無く、世界をブラ~リブラ~リしてる放浪人なんだけどねぇ」 そんな説明を受けても、ヒートは意味が理解出来ない。 「そんなヤツが、この世に居るのか? チームを作れば、直ぐにでも…」 かえって、ウンウンと頷くシュヴァルティアスだ。 「解るよぉ~、・・解る。 私もね、是非に彼にその・・チームを作って欲しいよ。 面倒な依頼を、ぜぇぇ~~~んぶ解決してくれそうだもの・・・。 でも、彼にも事情が在るみたいだ。 そうゆう事が、全て面倒に思えてるのは、見て解る」 「・・・」 何も云う言葉が見つからず、黙ったヒート。 薬瓶を大事そうに持ったミザロに、シュヴァルティアスは続けて。 「んで、もしも森に討伐に行くなら、相当に気をつけて欲しい。 メレードゥを傷付け、その仲間を皆殺しにしたのは・・“悪魔”らしいからね。 チームに実力が在る分だけ、奥に行ける者達はみんな危険な様だ」 「なっ?!!!」 一同は、“悪魔”と聞いて本当に驚きを隠さなかった。 「あああ・悪魔ってさぁ…」 「アフレック・・すっごいヤバイモンスターだよぉぉぉ」 若い2人は、聞いたぐらいにしか知らない恐怖の対象である。 だがエリックは、憎しみめいた顔を横に向け。 「く・・此処にも」 と、呟く。 また、ミザロとヒートは、その顔を見合わせて。 「聞いたか、ミザロ。 此処に悪魔だってぞ」 「信じられん、この4・50年でも、遺跡や古代洞窟の方でしか聞いた事が無いハズだが」 一同の様子に、シュヴァルティアスが手をパンと打ち。 ミザロやヒートを含め、5人の眼がシュヴァルティアスに向く。 「皆さんの眼が、こっちに向いたので・・。 この街の北へ、10日以上掛けて行った山の向こうから。 北東方面に下って広がる大森林地帯は、何故か周囲の山岳地帯の様な上り下りする景観とは違っている。 それは、あの地で忌まわしき大戦争が在ったからだ」 ヒートは、戦争などは古代王国時代だろうと思い。 「相当に古い話だろう?」 「そうだね。 今から・・ざっと、超魔法時代を間に挟むけど、1000年は軽く経過しているらしい。 秘蔵伝承だから、正確な年月は解らない」 ミザロは、そんな昔話を持ち出すのか・・と。 「それが、何の関係が?」 「うん。 実は、あの地はね。 古代に於いて、イヴィルゲートが開き掛けた跡地みたいだ。 大森林の中央には、古い古い地下神殿が在り。 嘗ては、あそこに死に掛けた魔王が居たと云う」 「まっ・魔王っ?!!」 声を揃えて驚くアフレックとスカーレット。 全く良い話ではない、とミザロやヒートは眉が険しい。 シュヴァルティアスは、ゴーレムの執事が出した紅茶に手を伸ばしながら。 「驚くのは、当然かな。 んで、その魔王を利用して、この東の大陸を支配しようとしたドアホが居て。 魔法学院、冒険者、その他の国が差し向けた連合軍と凄い戦に成ったみたい」 と、紅茶に口を付ける。 ミザロは、その結果と経過が知りたくて。 「して・・、その後はどうなったのですか?」 質問を受けると、緩やかに首を傾げるシュヴァルティアス。 「ご想像が付くと思いますが? ま、魔王側が勝ったら、今の魔法学院やこの王国も今に無いですよ。 そう、勝った訳です」 「ほっ」 「怖い話…」 安心を見せるアフレックやスカーレット。 だが、視線を少し逸らすシュヴァルティアスは、その端正な顔から表情を薄くして。 「だけど、本題は此処からなんだけどね。 メレードゥを救った友人が言うに、魔王は倒しても、向うン百年から千年超は遺体が存在し続けるみたい。 然も、身体に宿っていた強い魔力が、死のエネルギーから瘴気に変わって。 ダラダラと暗闇(ダーク)の力を垂れ流すんだそうな」 顔を険しくするヒートは、直ぐに返す様にして。 「おい、良く考えると相当に古い話じゃないか。 何で、今更に悪魔がっ!」 シュヴァルティアスは、一つだけ頷くと。 「それ、それが問題なんだよ。 友人が云うには、魔王の遺体が有った場所から、まだその力の残り香~的な何かを持ち帰り。 その力を利用して、誰かが何処かで悪魔を召還したんじゃないか・・って、言うんだ」 その予想は、聞き捨て成らない。 ヒートは、目元をヒクつかせながら。 「その確証は?」 と、踏み込む。 紅茶を啜ったシュヴァルティアスは、カップを皿に戻すと。 「今の話の確証は、今の処は無い。 けれど、メレードゥ達を全滅させられる悪魔が出没して。 モンスター化した森林奥地の生物が、まるで森の奥地から避難する様に、この街の方に来ている。 符号の一致としては、嫌味ったらしいよね。 それから・・少し前、あの・・・ホラ。 少し前のさ、有名に成った美人の自然魔法遣いの・・・。 え~っと」 スカーレットは、直ぐに浮かんだ人物を。 「もしかして、オリヴェッティさん?」 するとシュヴァルティアスは、手を彼女に向けて。 「ナァ~イスアシスト。 そう、彼女が秘宝を探してた時に、秘密裏に凄い事件を解決しちゃった訳。 その時も、なんと上位の悪魔が裏で暗躍してたらしいよ。 ま、私の知人に、バッサリだがドッカリだか倒されたけど」 魔王などとは、丸で過去の話だと思って居たミザロ。 「何て事だ。 我々が知らない裏で、そんなに悪魔だのと云う恐ろしい魔物が倒されていたなんて」 俯く彼に、ヒートが。 「ミザロ。 アンタは、悪魔とは?」 「過去に、幾度か。 だが、下級のデーモンや、デーモンの使役する下っ端程度だ。 フィアーズ・コートの様な恐怖を纏う大物など、一回も無い」 これを聞くヒートは、今度はシュヴァルティアスに。 「マスター、大まかでいい。 年間、悪魔との遭遇例は、斡旋所としてどれぐらいの報告が在るんだ?」 シュヴァルティアスは、書物に目を向けながら。 「う~ん、そうだね。 下級なら、結構な数になります。 上位や中位の悪魔とは、数例って処かな」 「数例…」 「だけど、一応コレも云っておくけど。 これは、“報告例”だからね」 その全てをひっくるめた意味合いを理解するヒートは、顔をワナワナと歪め。 「それ以上に、悪魔が居る可能性も在るってか。 ま、人が脚を踏み込めない領域は、世界に大陸一つほど残ってやがるしな。 平和な今で、狂ったバカがカリスマ視される事も在る。 支配だ、勢力拡大だ、面倒な事に悪魔は打って付けの利用材料。 チッ・・嫌な予感しかしねぇぜ」 ヒートの言葉の意味は、シュヴァルティアスも十分に理解している。 だから…。 「ま、貴方の経歴も、それを裏付ける。 討伐は、精々深入りしない程度でお願いします。 4日後から私は、その友人と調査で不在に成るので。  代わりに、オーエン・リソリィーが代行しますから」 スカーレットは、その名前も知っていた。 「うわぁっ。 協力会の幹部で、自然魔法の水の神域を使える人だわっ。 凄い人脈っ」 シュヴァルティアスは、ただただ物静かな雰囲気のままに姿勢を崩さず。 「最初に釘を刺した通り、他言無用でね。 噂で金を得ようとする屯のバカには、聞かせないで」 「あ・はいっ!!」 ビシっと手を胸に翳して、敬礼をしたスカーレット。 ミザロは、シュヴァルティアスの態度から必要な話は済んだのだと理解し。 「ご忠告と薬、本当に感謝致します。 ・・では、これで」 話がまだ聞きたいヒートは、不満を顔に表している。 だが、シュヴァルティアスに滅相な口を利くにもゆかず。 石陣に戻るミザロと肩を並べた。 そして・・。 一行がこの3階から消えた直後である。 書物に目を落すシュヴァルティアスだが、ふと顔を上げて・・。 「しっかしだね。 あ~ぁ、風のポリアさんとか~、オリヴェッティちゃんとかぁ~、こ~~口説きたい美女ランキングの上位に入るチーム来ないかなぁぁぁ~~~。 チキショウっ!!! 肩抱いて・・、ゾワゾワ来る様な歯の浮くセリフ云いたいよ~~~~~。 俺の魅力の出番は無いのかにゃんっ?!!!」 1人であ~~だこ~~だ言い出すシュヴァルテゥス。 一方………。 執事代わりのゴーレムは、何故か横を向いて首を左右に動かしていた。 どうやら、この人物のこうした様子は、周知の………。       ~2~ ミザロの作った一時的なチームに、アフレックとスカーレットは加わったが。 欲しい薬を思い掛けない方向から手に入れる事が出来た為、ミザロは森に入るのは無理せず明日からと云う事にする。 何よりも、薬を子供に届けたいのだろう。 「では、明日にもう一度、斡旋所で」 薬を早く飲ませたがるミザロに云われ。 「なら、今日は俺も」 と、エリックとも別れる事になった。 エリックは、この街の出身だ。 親類が、薬屋や雑貨屋などを個別に営業している。 その店が楽に仕入れ出来ない物品を彼が森を巡り採取したりする。 この都市と王都周辺を行き来して、根降ろしの冒険者をしている彼だった。 明日に、もう一度この斡旋所辺りで落ち合う事にした3人は、地元に生活の基盤が在るエリック。 そして、ミザロと別れて宿屋街に。 曇天下の夕方ともなると、山間の都市なのでもう暗い。 街灯に火が入れられ、街を行き交う馬車や人の様相も変わってくる。 荷馬車は減り、帰宅する馬車や人が多く。 飲食店街が活気づく足音が聞えた。 アフレックとスカーレットは、ヒートのなじみの宿に案内される。 だが、宿へ向かう途中の話は、やはり悪魔の事。 ヒートは、馬車の往来を見定め、道を渡ろうとしながらに。 「俺は、過去に一度だけ、上位の悪魔と戦った事が有る」 と、切り出した。 アフレックは、直ぐに反応し。 「それは、昔の事ですか?」 「あぁ。 って云っても、10年どうかって処か…」 スカーレットは、ヒートが凄く腕の達つ者なのだと判断し。 その純粋に湧く疑問をつい口にした。 「じゃ、ヒートさんて、元はこんな風に屯してなかったの?」 「ん? あぁ。 嘗て俺は、リー=シャナスって女がリーダーをしていた、或るチームに居たんだ。 結成から2年、漸く地力が付いて来た頃だった。 もっと南に在る国の斡旋所で、古代遺跡に変な生物が出たって言う話が出た。 成り立ての主が、慌てて早急に作った調査依頼を請けてよ。 いざ、その遺跡の内部まで行ってみりゃ、グレートデーモンとその呼び出した手下共の巣に、知識も薄いままにブチ当っちまったのさ」 ヒートの語りに、何処か後悔が滲む。 シュヴァルティアスの口から“悪魔”の言葉が出てから、彼の顔は何処か辛そうで。 また、イライラ感が目立っていた。 1人である彼を、今に見たアフレックは、その話は最悪の事態に向かったのではないか・・と、予感して。 「もしかして、ヒートさん以外は?」 すると、ヒートは道を渡りながら。 「・・違う。 シャナスだけ、だ」 スカーレットも、アフレックも、黙って道を渡る。 レンガで外装を彩る石造の立派な大型宿屋が、大きく構えるその裏。 水路沿いに行く脇道に、人気を嫌って入ったヒートは…。 「正直な話、情けねぇ話だ。 悪魔の纏うフィアーズ・コートに、俺達は屈しかけた。 僧侶だったシャナスは、自分の力に吊り合わない防御魔法を唱え。 俺達は、その魔法の御蔭でなんとか戦った。 だが、終わって見れば、結果は最低。 俺以外の面子は、もう重傷で。 シャナスは、向うの大将だったグレートデーモンと魔法で刺し合って、・・討ち死にだった………。 仕事は辛くも成功だがよぉ、内容は・・・完全なる負け試合だっ!」 アフレックとスカーレットも、まだ仲間を亡くす事は経験に無く。 この切ない気持ちがヒートの気持ちにどこまで近いのか、よく解らない。 だが、失いたくない仲間が居る以上、ヒートの無念さは感じられた。 怒りと無念のやり場が見つからないヒートで。 「俺と・・同郷の、妹みたいなヤツだったのにな。 ・・失ってみれば、自分達は無力さに打ちひしがれてよ。 チームはバラバラさ。 俺は、この通りに屯へと堕ち。 仲間は逃げる様に、他の大陸へと渡ったよ」 スカーレットは、ヒートを見て感じる。 彼が、そのリーダーの女性に対して、男女として親近感を抱いていたのではないかと。 「ヒートさん、・・悪魔に遺恨が在るんだね。 悲しみを背負って、今まで?」 するとヒートは、脇目にスカーレットを見ると。 「それよりも、だ。 ・・お前達も、逃げ所は見誤るな。 俺だ、ミザロに、無用な意地や義理立てするな。 勝てない相手に遭ったら、何より逃げろ。 斡旋所に知らせに戻るだけで、上出来なんだからな」 スカーレットは、その鋭く突け離す様な瞳と言葉に気圧され、何も云えなかった。 宿に着くと、各自勝手と云う事に成り。 ヒートは、1人部屋に消えていった。 2人で、仕切りの在る一部屋を借りたアフレックとスカーレット。 風呂に入り、近くの飲食店で軽く済ませた後。 早く寝てしまおうとなったのだが…。 霧雨が降り出した街で、宿に戻った2人は軽く髪の毛を濡らしていた。 鎧だ、プロテクターだと、身に着けぬままの軽装の2人。 急いで部屋に戻って、手拭いで髪の湿りを取ろうと云う時。 方や。 仕切り壁の奥となる部屋の中で。 ベッドが在る脇に、簡易的なテーブルが在るのだが。 軽く頭を拭きながら、その上に置かれた曇りガラスの水差からコップを使い、水を飲んでいたアフレック。 方や。 入り口に近い、仕切り壁の手間に在るベットに座り、髪を拭くスカーレット。 先に、スカーレットはふと想い。 仕切りの向うに居るアフレックへ。 「ねぇ、アフレック?」 急に呼ばれた彼なので。 「ん? どうしたの」 と、飲むのを途中にして応えた。 「うん・・、もしね。 もし、悪魔が出たらどうしよう」 不安げなスカーレットの言葉に、忠告を受けたばかりなので。 「・・“どうしよう”って云われてもなぁ。 勝てない相手なら、なるべく全員で逃げるしか無いんじゃない?」 すると…。 「じゃぁ、さ。 最悪の場合には、私を置いて1人で逃げてくれる?」 そのスカーレットの言葉に、アフレックは言葉を飲んだ。 「・・・」 沈黙するアフレックに、スカーレットが誘い水を与える様に。 「やっぱり、無理?」 「・・・」 何故か、無言を続けたアフレック。 このアフレックとスカーレット。 こんな雰囲気を見ると、恋人か、同郷の仲良しと思える。 実の処。 2人の関係は、微妙な螺旋の形を画く紐同士の様な感じだ。 先ず、スカーレットの家は、元はそこそこの基盤を持っていた貴族である。 スカーレットは没落した一族の生き残り、転落した姫の様な存在である。 では、家が没落した彼女に、魔法学院へ行く支援をしたのは、誰か。 それは、同じ地元の商人で在り。 そして、血縁だけから云えばアフレックの実の祖父に当たる人物なのである。 複雑そうな事情を持った家の間柄である2人だが。 どうして一緒に、こうして冒険者をしているかと云うと。 この2人、・・いや。 スカーレットにより、アフレックは道連れ的に冒険者に成って。 そして、此処まで逃げて来たのだ。 ベッドに座るアフレックは、変な事をスカーレットに言われ。 もう故郷に帰れない自分のこれまでを、まるで走馬灯の様に振り返ってしまった。 (思えば、スカーレットに子供の頃に会わなきゃ、普通の冒険者に慣れたのかな) 自分の祖父が商人として居て。 その兄が、執事として没落する前からスカーレットの家に長年に亘って仕えていた。 先ず、面倒な関係を先に説明すると。 アフレックの父親は、アフレックの実の祖父に当たる人物が、金で囲っていた飲み屋の情婦に産ませた子供なのだ。 互いに子供が欲しくも無い間で、出来たから産んだ程度だった。 そして、そのアフレックの祖母に成る女性は、冒険者同士の諍いに巻き込まれて死んでいた。 つまりアフレックの父親は、親類と成る祖父の兄へ、面倒だからと養子に出されたのだ。 だが、その裏には・・。 冒険者に成って、まだ若くして死んだ実の娘の代わりに、執事をしていた兄が弟の子供を引き取ったと云う事情が在った。 厳しい養父の元にて、アフレックの父親は執事の代わりに成る様に。 貴族の子供と余り変わりない教養が身に付く教育を受けながら。 一方では、絶対的な使用人としての生活に、かえって落ち着きを感じていた。 執事で、養父の祖父と。 秘書の真面目一本な父親を持って、アフレックは産まれた。 つまり、 “スカーレットの一族の下僕” と、これがアフレックの立場に、生まれながらにして在ったのだ。 そして現に、アフレックが少年期に入る頃まで。 地元でも最有力の地主で、商売人だったスカーレットの家。 彼女は、誰の眼からしてもお姫様的な、お嬢様であり。 豪邸の在る敷地の中で、方やお嬢様。 方や、離れの使用人宅に住む、厩舎で働く小間使い。 この存在の中で、2つ歳上の幼馴染の様な従者にされていたのだ。 然し、少女となるスカーレットが学習院へと通う様に成る頃。 二年分近い教育を先に学習院へと入って受けていたアフレックだったが…。 此処にて、これからの生活を一変させるに至る、衝撃的な出来事が起こる。 それは、スカーレットの父親がアフレックの実の祖父に騙されて、地元の名士としてから完全なる失脚を余儀なくされたのだ。 その事件は、未だにハッキリとした解決に至ってないのだが。 手広く商売をしていたスカーレットの父親だが、彼が売った酒で死人が出たこと。 役人からの依頼で薬師の調べから、その辺の庭に生えている極ありふれた草から取れる毒が入っていた、と判断される。 そして、容疑者として捕まったのは、工場の管理を任されたスカーレットの一族の親類との事だったが。 実際は、アフレックの実の祖父の策謀らしい、と噂に云われている。 その後、スカーレットの一家は、奇妙な形で家を保つ。 地元で仕事を貰う為、スカーレットの父親は、アフレックの実の祖父の下で貿易交渉役になるのだった。 アフレックは、商売人として“のし上がった”実の祖父と、執事として生き方を貫く養父となる祖父の言い争いを、こっそり目にした事が幾度も有った。 どうやら若い頃は、方々に借金ばかりを抱えた実の祖父で。 その面倒を見たのが、養父となる祖父とスカーレットの祖父だったらしい。 或る時だ。 実の祖父と、養父の祖父が屋敷で言い争いをしていて。 “兄さん、もう執事などしないで、楽に暮らしなよ” “喧しいっ!! 罪人として島流しにされそうだったお前を救ってやった恩を忘れおって!!” “恩なら、もう返してるだろ?” “バカ者がっ!!!! 我が主を使用人の様に使いおって!! 然も、お前のバカ息子がっ、奥様に穢らわしい狼藉を働こうと、断りも無くやって来るっ!” “それは、当人の勝手でしょう” “煩いっ!!!! ワシと息子が居る限り、スカーレット様にも、奥様にも、指一本として触れさせんからなっ!!!! お前の様な恥曝しがっ、この貴族の名前を世襲しようなど言語道断だっ!!” 今でも、アフレックの耳から離れない言葉だ。 成長するアフレックは、お金の無いお嬢様と為ったスカーレットを一番近くで見守って来た。 執事をする義理の祖父は、地元の街でも信用の在る人物で。 方々の貴族とも面識が深い、厳格な執事として“顔”に成っていた。 そんな義理の祖父からアフレックは、使用人としての心得を育ちながらに叩き込まれ。 幼なじみのスカーレットをお嬢様として、ずっと扱い続けたのだ。 処が、スカーレットが年頃に近付いて来る頃。 スカーレットの父親と、アフレックの実の祖父との間で、或る約束が交わされた。 没落した名家の名前を成人したスカーレットが引き継ぎ。 彼女が、アフレックの従兄弟に当る人物と結婚する、と云う事である。 この頃まで、スカーレットの一家をアフレックの父親は支え続けた。 養父の祖父が死んだ後も、実の祖父の嫌がらせや腹違いの正妻の子供となる兄弟からも、少し気弱なアフレックの父親はいびられたが。 毅然として、2人を守ったのである。 そして、学習院の上級教育課程を学ぶようにと、父親から申し付けられたアフレック。 お金の無い中でも、スカーレット専属の従者の様に為った。 さて。 アフレックの父親、そしてアフレックを誰よりも頼りにしたのは、スカーレットの母親だ。 この母親の父親や一族親類は、街の治世に関わる仕事をする。 スカーレット親子をアフレックの父親が守れたのは、この辺の権威も大きい。 だが、在る時。 スカーレットの父親は突然に、妻を離縁して敢えて実家に帰す。 また、アフレックの父親の経済支援も拒絶し。 その後、直ぐに病死したのである。 それまでが自暴自棄に近い生活で、過度の飲酒がその原因であった。 家に独りぼっちと成ったスカーレットは、父親から託された名前を継いだ。 然し、同時期。 スカーレットに、高い魔力が在ると解る。 同じ学習院・高等学習院に通う同じ地元の者として、主と使用人として仲の続いた2人だったが。 スカーレットが結婚に条件を付けて、単身で魔法学院に行くとなった。 “これで、別れる” と、感じるアフレックだった・・のだが。 まだ生きていた実の祖父がなんと、アフレックを世話係として。 そして、密かな見張り役として、スカーレットに同行させると言い出した。 急に云われて、驚いたアフレックだった。 この時には、もう基礎的な上級教育課程はとっくに修了していた。 そして、秋の卒業の後は、別の貴族の家に使用人として入り、仕えさせて貰う話が整いそうだった。 一番嫌いな実の祖父からの命令に、嫌で困ったアフレックである。 だから仕方なく、父親に判断を仰いだのだ。 息子の話を聞いたアフレックの父親は、 “スカーレットお嬢様が魔法学院を卒業するまでは、見守りなさい。 その後は、お前の自由でいい。 子供の頃に成りたいと言った冒険者でも、私は構わない。 但し、悪党や祖父の様な人間には、成るなよ” と、言ってくれたのだ。 スカーレットの生活の為に、別の貴族の元に執事として雇われた父親。 その苦労と不自由さを一番近くで見て来たアフレックだ。 自由を胸に、スカーレットの見届けを承諾したので有った。 気持ち新たに、魔法学院へと行ったアフレック。 若者達が多くて、自由な雰囲気が溢れる学院の都に、一瞬で染まった気がした。 紹介で働き先を見つけたアフレックは、スカーレットを監視する役目に当った。 卒業まで、学院が休院期を迎えると、スカーレットを護衛する傍ら、故郷の街へと連れて帰って来るのが役目に成った。 が。 この働きの間に、アフレックは冒険者に成りたいと云う夢を少しでも現実にしようと思った。 魔法学院の街に居た老人剣士に、休みの度に教えを乞うた。 細身ながら身体が丈夫なアフレック。 力仕事で鍛え始める身体に、持ち前の運動神経が合致したのだろう。 約5年半の間に、めきめきと実力を付けた。 時にはその師匠と手の足りないチームに加わり、実戦の経験も積んで行った。 一方。 適正の噛み合いから、魔法を上手く切り離せない事を知るスカーレット。 だが、偏屈で、ちょっと我が儘だが、適正のズレや不具合をどうにかする事に、なんでか喜びを見出している魔法学院の教諭に見込まれた。 実験や仕事を手伝う傍ら、特別製の銃に魔法を込める技能を修得したスカーレット。 その事はアフレックも知らず、スカーレットの卒業の時がやって来た。 働いて貯めた金で、特注の両手剣とプロテクターを買ったアフレック。 スケイルメイルは、師匠の物を作り直した物だった。 (冒険者として故郷に戻らずに自立する旨を、スカーレットから伝えて貰おう) こう思ったアフレック。 卒業して来たスカーレットと落ち合い。 港街に向かう寄り合い馬車に乗った。 ひと月ひと月、学院から卒業する者は多数現れる。 冒険者や、旅人も寄り合い馬車を利用する。 相乗りの幌馬車に乗る2人は、初めて片言ぐらいしか口を利かず。 お互いの真意には、触れない様にしていた。 だが、今に思えば、アフレックはこれが悪かったと思う。 港街に着いた後、スカーレットと指定された宿まで付き添うアフレックなのだが。 「スカーレット、簡単な話が有るんだけど」 と、宿に向かう街中で切り出したのだが…。 「アフレック。 私を宿に送り届けるまでは、“お嬢様”を付けて」 「あ・・、はい」 「お話は、宿でコトラムと話し合ってからね。 一応、私も色々と忙しいんだから」 明らかに、はぐらかされていると感じるアフレック。 だが、婚約者のコトラムに引き渡すまでは、アフレックの仕事だった。 (ま、いいか。 最悪、コトラムに言って置けば…) こう思うアフレック。 概ね学業の出来は悪い従兄弟のコトラムだが、不思議とアフレックとは仲良しだった。 コトラムは気弱だが、心根は温和で優しい男だった。 (スカーレットの相手に、コトラムが悪い訳じゃないさ。 金と名家が揃うんだ。 女性に汚いコトラムの父親が、もう寝たきりだし。 賢いスカーレットなら、上手く奥様に成れるだろう) アフレックの中で、スカーレットは半分妹、半分お嬢様と云う感覚だった。 自分が彼女と結婚など、仕える者としてから考えた事も無い。 大体、スカーレットの嫁ぎ先は、貴族や大商人と云われていたのだから…。 指定された宿に入って、高級宿だったからコンシェルジュから声を掛けられたが。 ソワソワして待ち望んでいたコトラムによって、すんなり入れた。 ヒョロヒョロの優男で、サイズの合わない白の礼服を着る老け顔がコトラムだった。 顔が悪い訳では無い。 根暗そうな、自信の無い人物なので、見栄えがしないだけだった。 スカーレットは、アフレックを待合い場に待たせ。 「コトラムさん、アフレックとは後で話が有るの。 少し、待たせてもいいわよね?」 見た目は、綺麗とも、可愛いとも云えるスカーレット。 彼女に言われ、緊張から言いなりで承諾したコトラム。 「あああ・アフレック、何でも注文して、まっま・・待ってていいよ」 50シフォンもテーブルに置いて、もじもじとして云うコトラム。 「解った。 夕方までなら、待つよ」 その時の今は昼前だから、男女の何かが有ろうと大丈夫だと思うアフレックだった。 初めて果汁が氷入りのグラスで出されたものを堪能して待っていたアフレックだったのに……。 昼頃、グラスを返そうとしたアフレックは、突撃する様にやって来たスカーレットに捕まった。 「さっ、此処を出るわよ」 血相をかくスカーレットに、緩やかに首を傾けるアフレックだが。 「んっ、もうっ!」 コンシェルジュに挨拶も無しに、外へと掴み出されたアフレックと連れ出すスカーレット。 「ちょっ、ちょちょっ待ってくれよ、スカーレットっ! これから何処に行くのさ」 引き摺られながらアフレックが聞けば。 「学院に戻るの」 「はぁっ?!!」 驚くアフレックに、スカーレットは。 「自分だけ冒険者に成ろうなんて許さないっ。 私が魔法を習ったのは、冒険者に成るためよ」 スカーレットまでが冒険者に成ると言い出し、アフレックは気が動転したのは言うまでもなく。 「スカーレットっ、コトラムをどうしたのさっ」 「縛った。 一緒に来た執事も一緒にっ」 迎えに来た従兄弟コトラムを拘束して、婚約の破棄を言ったらしい。 (ほ・本気か?) 結局、そのゴタゴタに巻き込まれる形で、逃げる様にスカーレットに連れられて来たアフレック。 魔法学院へ舞い戻り、学院の在学生の出す依頼を1つか、2つこなしてなんとか旅費を作り。 その後は、半ばごり押しで旅を続けて、彷徨う様にこの街まで遣って来たのだ。 とんでもない我儘を言い出したスカーレットだったが。 それまでは我儘など言った事も無い、貴族を貫くレディで在った彼女。 そして、アフレックもいざと成ると、義理の祖父と父親に仕込まれた、 “仕える者” の心得が、ジワジワと働いてくる訳である。 そして、スカーレットの気持ちが解るだけに、彼は妙な義理立てをしてしまった訳だった。 こんな経緯で、今は2人しているアフレックであるから・・スカーレットに、 “自分を見捨てられるか” などと聞かれるなら。 「・・んじゃ。 スカーレットは、同じ状況なら僕を見捨ててくれるんだね?」 と、皮肉の一つも言いたく成る。 「それは・・」 「今更、僕が君を見捨てて、その先をのうのう生きてたら…。 後々どう云われるかは、君が一番解ってるでしょ? どっちかと言えば、僕が君を見捨てるより。 君が僕を見捨ててくれた方が、凄く助かるけどな。 故郷に話が行っても、まだ軽く収まるよ」 「・・・そうね」 スカーレットが、急に力無い言葉を出す。 そのトーンの低さを感じるアフレックは、言い過ぎたかと思って。 「とにかくさ、今に悩む事じゃないよ。 逃げる時は、なるべく全員で逃げればいいんだし。 無理やり殿(しんがり)を作る必要も、無いと思う」 遣り込まずしてこんな補助を…。 「・・そうね、ヒートさんと同じ事に成るって、全然決まってないもんね」 そのスカーレットの幾分明るい声を聞き、ホッとしたアフレックは。 「そう。 だって、凄そうな悪魔は、もう倒されたんだしさ。 それに、あのシュヴァルティアスさんも、4日後に調査に出るって云ったじゃん。 森の奥に深く入らなければ、先ずは大丈夫だよ」 「そうね。 そうだよね」 「うん。 でも、出来るなら早く調査して欲しいよ。 何で、4日も後なんだろう」 こう話の論点をはぐらかした。  「そう云われて見れば・・、そうよね?」 「ま、多分は、大怪我して戻った人の意識が、まだはっきり回復してないとか。 心配が色々あるのかも」 言うアフレックだが、これ以上の突っ込んだ話はしたくなかった。 だから、態と。 「ふぁぁぁぁぁ~~~、じゃ、もう寝るよ。 なんか、色々在って眠いんだ」 と、天井と壁掛けランプの油調節するネジに手を伸ばし、絞りを暗くなるまで回した。 天井付近に在るランプが、連動して暗くなる。 部屋の片側が暗くなったのを、仕切りの切れ間から解ったスカーレット。 だが彼女も、アフレックが無用な心配をしたくないのは、もう理解していて。 (アフレック・・、ありがとう。 でも私ね、貴方が好きで、コトラムとの婚約を捨てたの。 どうしても、貴方以外の人とはイヤだわ…。 だから、もしもの時は、絶対に一緒に逃げてよ。 私1人とか、イヤよ) 我儘でも、口に出して云えない理由・・。 そんな思いに駆られ、アフレックを巻き込んで逃げたスカーレットである。 彼女は、生まれてから幼き頃より。 レディとしての扱いでずっと生きてきたが。 何時も隣には、近くには必ずアフレックが居た。 スカーレットの家は、街一番の旧家にして、歴史の深い貴族家で在る。 絶対貴族主義を根底にした貴族社会が崩壊をして、商人を基盤として、学者や高名な冒険者が地位を得る機会が増える昨今なのだが。 いまだにそのブランドとして箔を持った名前と、その正統な血を持った彼女を欲していた貴族や商人がいっぱい居る。 一方的な行為を寄せられたり、また政略的圧力が申し込まれた事など、これまでも何度有っただろうか。 アフレックの一族は、それから密かにスカーレットや母親を守って来た。 そして、スカーレットもまた言われた。 “スカーレット、父さんは・・もう永くない。 母さんにも新たな人生を送って欲しいから、離縁したんだ。 執事やその子のアフレックにも、これ以上の苦労や迷惑は・・掛けられない。 私の子供で在るお前は、心配で・・切り離せないが。 私が死んだ後は、この家を処分して宝石に変える話は付いている。 魔法を学ぶなら、名前を受け継ぐが・・。 その宝石も持って、自由に成りなさい。 無理して、政略結婚をしなくて・・・いいよ” 病死寸前の父親が、スカーレットを枕元に呼んで言った言葉だ。 没落してからは、夜に成ると何時も酷く酔っ払い、アフレックの実の祖父や家族などに激しい罵声を吐いたスカーレットの父親だったが。 その頭では、アフレックの父親と義理の祖父を、実の祖父とはちゃんと切り離していた。 失脚してからは、貴族の者として執事や使用人に給金を払えない事に、一入の悲しみを持っていた様だった。 娘と妻を守らせて、その働きに見合う気持ちを示せない事に、無念の一言だったのだろう。 また、アフレックの父親も、執事の義理の祖父も。 薄汚い一族の面汚しのような、商人の実の祖父には主を汚されたと恥じていた。 その両方をスカーレットは見て、知っていた。 (絶対に、嫌っ。 父親をこうした、コトラムの家と一緒になるなんてっ!!!) 暗い父親の寝室で、泣いて・・泣いて・・泣きじゃくって思った事だった。 周りの同い年の女の子とは、何処か違ったスカーレット。 お嬢様の雰囲気を纏わり切れないというか。 貴族の生き方そのものに対して、冷めた部分と華やかさを嫌う部分がそうさせるのか。 “お嬢様”と云う言葉が嫌いだった。 (私は、もう貴族には成らない) 魔法が使えるかも知れないと云う事が、まだ解り得なかった時からの想い。 父親の無惨な姿に、確固たる意識に為った。 自分も部屋を暗くして、何も言わず寝るスカーレットだが。 今までに二度だけ、嘘を付いた事だけは忘れない。 一つ目は、結婚を逃れて魔法を学びたいと嘘を言った事。 二度目は、魔法学院自治領の湾岸都市にて。 護衛に着いて来たアフレックに、 “私は自由に生きたいの。 もう、家族も居無い。 好きでもない男の人の子供を産むだけの人生は、絶対にイヤっ。 アフレック、私も冒険者に成りたくて、本当は魔法を学んだのよ” と、宣言し。 彼を道連れにした事。 本音は、アフレックの傍に居られるなら、冒険者じゃなくても良かったのだろうが…。 肌寒い空気の中で2人は、明日への時間を眠りに委ねた。 だが。 アフレックの他愛無い感想は、満更なものでもなかった。 今宵の夜は、まだまだ過ぎ去る訳には行かない理由が有った。 霧雨が煙る夜は、様々な思惑を流して行く。
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