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~3~
〔悪魔〕(デーモン、イビル、エビル)
その呼び名は古来より様々だが。 人に、街に、国に、あらゆる方面に、最も不利益を齎すモンスターの筆頭である。
今の悪魔は、凡そが人を敵視しかしていない存在であり。 人の国や社会を破壊したり、乗っ取ろうと画策する存在だ。 そんなモンスターが出たなら直ぐに調査を開始して、悪魔の出所は突き止めておくのは、現実に必要な作業だろう。
シュヴァルティアスの云う
“4日後…”
などとは…。
天才魔術師シュヴァルティアスが直々に出向くにしても、4日は遅過ぎるかも知れない。 その意味は、今夜に斡旋所の別室にて明らかと成る。
包帯を顔に巻いた男、K。 彼は、内装の良い客室で踏ん反り返って、横に成っている。 勿論、ソファーに、だ。
近くの応接用のソファーには、シュヴァルティアスと礼服に上質なマントを着けた紳士風の年配男性が、テーブルを挟んで向かい合って座っている。
「シュヴァルティアス殿っ、それは真の話なのかっ?!」
綺麗に整った鼻髭に、片目へ“モノクル”を掛けている紳士は、驚きを込めて問う。
「えぇ、恐らく事実です」
真顔のシュヴァルティスは、淡々として答えている。 だが、彼が真顔に成るのは珍しい事で。 逆に言えば、本気と云うか、真剣な彼が居ると云えた。
年配男性は、その皺も刻まれた目じりを細くさせて、黙っているKを気にして見てから。
「あの者が、悪魔を退治したのでしょうか?」
と、聞く。
シュヴァルティアスが頷くのに付随して、Kが。
「ン年前だか。 此処に君臨していた偉そうな2人の大臣を国の総意として、統括だかの密かな頼みと俺は斬った。 そのゴタゴタで、色々と街政の大臣が代わったらしいが…。 アンタも、その口かい?」
その話に、ギョッとした目をKに向けたまま、年配の紳士は動けなくなった。
シュヴァルティアスは、Kを見ずして。
「カギンカム大臣。 彼は、もうあの頃の殺伐とした家業は辞め、タダの風来坊に成りましたが。 今回の話は、一大事ですよ」
「えっ? あ・・捜査の依頼?」
「はい。 悪魔が出た場所は、北東に伸びる山岳街道の中腹付近。 詰まり、人が往来する道の、直ぐ近くなのです。 悪魔は、冒険者の気配に歩いて近付いてきたとか。 これが事実なれば、悪魔を生み出した場所がとても近くに在ると思えます。 また、困った事に出て来たのが〔上位悪魔〕(グレートデーモン)と、手下の下級悪魔がたったの数体だとか。 これは早急に、行方不明者の捜査を貴方に依頼したい理由に繋がるのです」
云われた大臣は、全く何がなんだか飲み込めず。
「あ・あ、話がイマイチ・・の・飲み込めないの・・だが?」
すると、それまで寝っ転がっていたKが、腕枕となり。
「凡そ悪魔を呼び出すには、大きく二通り在る」
「今でも、かっ、可能な事でかね?」
「そうだ。 一つは、言わずと知れたゲートだ。 昔の話で云われる〔カオスゲート〕だの、〔イヴィルゲート〕だ言われる“魔界の門”を開くこと。 そして、二つ目は魔方陣に因る、悪魔召還だ」
Kの話に、Kを見た初老の紳士は。
「どちらが、どう違うのかね?」
と、疑問を返すと。
「一つ目は、魔界の門を開く事。 つまりは、這い出る悪魔は、開かれた門の大きさに因って違ってくるから。 普通は下級の小悪魔が先んじて出て来て、その後に拡大してゆく最中に中級、上級の悪魔が後から出る。 処が。 後の二つ目の魔方陣に因る方法は、な。 ゲートの在った場所やヘイトスポット、それから強く瘴気の蟠る場所に作るモノでよ。 人の血肉を供物にして、呼び出した悪魔と契約する形だ」
話を聞くカギンカムは、まだイマイチ事態の重要さが解ってない。
「それは、悪魔が現れた事に繋がるのは解るが。 それと、人捜しと関係あるかね?」
すると、シュヴァルティアスとKは視線を合わせる。 そして、Kから。
「ゲートを開くにしても、召喚にしてもな。 何よりも必要なのは、“生贄”だ。 特に、この魔法陣を遣った場合は、召還者の技量や魔力は必須要素だが。 何よりも重き要素は、用意の出来た供物の多さで、呼び出せる悪魔が変わるんだ。 そして、その生け贄が足りたならば、己の任意に近い性格の悪魔を自由に召還する事が出来る、ってのが特徴だ」
「あ・・、それで?」
「下級の悪魔ってのは、上の階級の悪魔に逆らえないギアス(制約)が在る。 俺が森で斬った悪魔は、グレートデーモンと総称される上級の悪魔でな。 然も、破壊の悪魔だった。 コイツは別名を、“上に取って代わる悪意”とも云うヤツで。 その性格は残虐で、凶暴で、血に飢えた部類の凶悪な悪魔。 あんなのを召還しても、召還者の言う事なんか聞きゃしないゼ?」
これには、シュヴァルティアスが補足が必要と感じ。
「つまり、召喚者は悪魔の事を良く知らない者か。 若しくは、目的の為に殺戮を態と放任した?」
と、噛み砕いた説明を加える。
すると、紳士風のカギンカム大臣が。
「なんだとっ?」
事の大きさに気付き始める。
遅いと言わんばかりに呆れたK。
「まぁ、余裕が無い中で、一応は周りに気を配ってみたが。 地獄の下層に居る亡霊や魔意、理知的な小悪魔などは倒した以外には居無かった。 もし仮に、悪魔がゲートから這い出てきたと想定するには、デーモン自身がかなり弱ってやがったし。 また、ゲートから真っ先に外へと現れ出れる下級の悪魔やら亡霊や魔意に、地獄の精霊が居ないからなぁ。 ゲートって云う事態は、先ず違う」
「よっ、弱ってたぁ?」
「そうだ。 ゲートって代物は、完全に悪魔が出入り出来る穴だが。 魔法陣は、人間からする感覚だと、燃えたぎる火の輪だ。 悪魔が此方側に来ると同意しても、潜って来るにはそれなりのダメージを喰らう」
「では、方法はもう…」
「そうだな。 魔法陣を使い、ゴリ押しで人の血肉を求めさせて、この世界に這い出させた悪魔が、だ。 出て来た後から更に魔力を削って、最下級の魔意程度の悪魔やモンスターを召還した・・そんな感じだった」
「でっ、では・・その悪魔は、誰かに因って、明らかな故意で、呼び出されたと云う事か?」
「恐らく、ほぼ間違いないな」
Kの話に、今度はシュヴァルティアスが続き。
「カギンカム警察大臣。 悪魔を呼び出す為には、何人・・。 いや、何十人もの犠牲が必要なのです。 最近、急激に人が減っているなどの話は、報告に在りませんか? 悪魔の求む生け贄には、女性や子供が特に好まれ。 男性を使うなら今回の悪魔からして、ざっと100人超の数が必要に成ります。 どうか、その辺の調べを進めて下さい。 我々は、街の内外、近場から悪魔の気配を探って行きます」
「う・・うむ」
今一、現実味を感じられずに、生返事をしたカギンカム大臣。
そんな様子を察したK。
「それからよ、後で言うと怒られそうだから、今に言っとくゼ。 悪魔ってのはよ。 一度でも召還に成功すると、同じ術者、同じ種族の悪魔なら、次は召喚が簡単に成る。 理由は、召還されて自由に、好き勝手できると、悪魔側が理解するからだ。 理知的な悪魔は、基本的には魔法陣より、ゲートの開放を強く望む傾向に在るが。 それに対して残虐で凶暴な悪魔ってのは、その辺はテメェ勝手なんだ。 ま、犠牲が目に見えて街に及ぶまで、信じずに動かないのも良し。 先んじて調べに動くのも良し。 ただ………」
此処でKは、身を起こして座ると。
「ちゃんと呼んで、ハッキリ忠告はしたんだ。 後で、責任を俺達に押し付けるなよ。 協力会も、冒険者も、都合のいい道具じゃないからな」
すると、悪魔が出たとなれば、モンスター退治には冒険者へ依頼を出す事は念頭に置くことと思い。 カギンカム大臣は、Kに。
「然し、今は冒険者に助力を頼まなくても、その事の調査やモンスター捜索などは、仕事としては斡旋所より宛がわれるかも知れないぞ」
「ンなこた、端っから承知済みだ。 だが、過去の様に、政府が後手に回って結果的に被った被害や不手際を、だ。 それこそ捨て駒的に此方が使われて、尻拭いなんざぁ~俺は絶対にしないゼ」
その伝法な物言いから、Kから脅しを掛けられて居る様な…。 そんな気分に成るカギンカム大臣。
だが、シュヴァルティアスは、冷静にして真面目に。
「悪魔の事が嘘だと思うなら、大臣。 地下に保管した冒険者の遺体を、その眼でご覧下さい。 明日の葬儀ですが。 浄化に手間取るので、神殿側が今日の葬儀を蹴った程なので……。 それで、悪魔の恐ろしさが解ります」
言われたカギンカム大臣は、何よりも必要なものを考えた。 現実的に、今から早急に動くたるに必要な動機。 つまりは、危険な一大事が迫っていると頷けるだけの、分かり易い確証が欲しかった。 だから大臣は、強く頷いた。
「よし。 是非、見せてくれ」
すると、寝転がるKは。
「2日か、3日…。 肉が食えなくなるのを覚悟しなよ」
と、だけ。
そして、それから少しして。
「はいやーっ!」
霧雨の煙る街中を黒塗りの馬車が駆けて行く。 乗車する主に急かされたのか、猛烈な全速力でだった。
「急げっ!! 急いで政務核に戻るのだぁぁぁっ!!!!!!」
車体の中で、御者に対する大声が喚かれた。
そして、巨大な円盤が複数突き出すこの街の、最も高みに在る街にて。
“巨大な要塞”
とも云える、石造建築物が在る。 今は、政府の街政を司り。 過去には、モンスターから住民を守る為に存在した砦でも在った要塞。 住民や役人は、この場所を“核所”と呼ぶ者もいる。 古来より、重要な要害や要塞で、政治の部分も担う場所は、“核”と呼ばれた。 今では、その半分が公共サービスの利用に使われている。
だが、この建物の半分は、街政の各部署の取り扱いとなっていて…。
その施設の一角にて。
真夜中に叩き起された市街警備も兼ねてする警察役人の長官と、特殊捜査と刑事捜査の2部の部長。 更に、その下で現場指揮官に当る5名の役人は、マントや制服を雨に濡らしてカギンカム大臣の大臣室へと招集させられていた。
その見た目から推察するに、50歳前後ぐらいだろうか。 小柄ながら抜かりのなさそうな威厳を纏う年配男性が先ず。
「一同、敬礼」
警察役人の長官ポーター氏は、一同を代表して敬礼の号令をすると。
「カギンカム様。 この夜更けに、幹部召集とは何用でしょうか?」
重厚な木製デスクを前に座り、手を祈る様な仕草のままに前に出しているカギンカムは、瞑想する様に瞑目しながら云った。
「長官、並びに部下の君達を呼び出したのは、他でもない。 一昨夜の出来事だが、冒険者の一団が北の山岳街道付近にて、その・・悪魔に襲われたそうだ」
“悪魔”
このモンスターの名前に、いきなり真夜中に呼び出されて少々不満も在った彼らが、ガラッと神妙に変わる。
異常事態だと思うポーター長官は、直ぐにズィっと前に進み出て。
「真ですか?」
「うむ。 先程、斡旋所の長であるシュヴァルティアス殿からその事を話したいと連絡を貰って、先程に斡旋所へと行って来た。 助けられた冒険者は、女性の一人だとか言っていて、俄に信じるに微妙だったが…。 地下に安置されている殺された遺体を見て・・心臓が凍りついたよ。 あの様な殺し方、人では到底に考えられん。 レクイエムを交代で唱える僧侶に聞いたが。 悪魔に殺された人の遺体は、短時間で不死・亡者のモンスターに変わるそうな。 だから葬儀まで、レクイエムを歌い続ける必要が有る、とな…」
「大臣、して・・その悪魔は?」
「もう、女性を助けた強者に倒された様だ」
聞いた一同は、悪魔と戦う必要が無いと安堵の顔を覗かせる。
だが、大臣は…。
「悪魔が倒されたのは、確かに朗報だ。 だが、呼び出した元凶は、残ったままなそうだ」
政治的な面を含む極秘捜査を任される部長が。
「悪魔とは、人に呼び出された・・のですか?」
「うむ。 伝説に謳われる魔界の門とは、もっと多くの悪魔が出て来るそうな。 だが、倒された悪魔は、低級な悪魔やモンスター以外では、上位の悪魔それ一匹だとか。 倒した冒険者に因れば、魔方陣で契約により呼び出したのではないか・・とな」
「なるほど。 悪魔は倒された、その情報が確かならば、先ず一安心ですな」
すると、ポーター長官が。
「だが、呼び出した者が判らずでは、根本の解決には成らない。 これは、由々しき事態だ」
この意見に、カギンカム大臣が重く頷いた。
「その通りだ、諸君。 然も、二度目の召喚は、もっと容易に呼び出せるらしい」
長官のポーターは、大臣に本題へ入って貰おうと。
「大臣。 して、我々を呼び出したのは、何の為にでしょうか?」
するとカギンカム大臣は、目を見開いて。
「うむ、それだ。 何でも契約で悪魔を呼び出す為には、“供物”と云うべきか。 生き物の犠牲が必要なのだとか。 処女の女性や幼い子供なら数人単位。 だが、成人の男性となると、数十から100人と云う生け贄が必要なんだそうな。 君達を呼んだのは、他でも無い。 明日から別働の特別捜査部隊を組織し、その犠牲にさせられたと思われる行方不明者を徹底的に探してくれい」
ポーター長官は、闇雲に捜し回るのかと。
「捜しは致しますが、手広くしましょうか? 情報が無いのでは、聴き回る事からですな?」
「いや、詳しい者の話では、犠牲に必要な者は定期的に1人や2人ではないらしい。 血の魔方陣を作るのだけでも、なんと1度に10人以上の血が必要なのだとか。 更には、悪魔の強さや性格的傾向により、更なる生け贄が1度に多く必要だと…」
此処で、下位役人ながら、現場指揮を担当する老人の指揮官が口を挟んだ。
「あの、調べる事を前提に・・ですが。 それらしい行方不明者の情報が、既に報告に有ります」
老人指揮官の発言に、この場の全員が向き。 長官ポーターが。
「カーフ指揮官、それはどの様な?」
「はぁ。 半年ほど前・・からでしょうか。 浮浪者の間で、これまで聞いた事も無い割の良い日雇いの仕事が、山向こうの村や町に在ると云う噂が流れたらしく。 この街から報告だけで、えーと5・60人の者が消えています。 また、その報告に挙がった誰1人も戻って来ない為、捜査して欲しいと仲間の浮浪者から頼みが来ましたが。 正式な住人では無いので、手を付けませんでした」
その情報は臭いと感じ取った大臣は、目の届き難い者を狙っているかも知れないと踏んだ。
「よし。 明日からは、流れ者や浮浪者から、夜遅くにまで商売をする女などを含め、住民の目から届きにくい者を重点的に聞き込んで調べてくれ。 それから、若い女性や、特に6・7歳以下の子供も対象に、詳しく調べて欲しい」
カーフと云う小柄な老人指揮官は、骨が折れそうな事態だと。
「全部・・ですか?」
カギンカム大臣は、強く頷いて。
「悪魔を呼び出した者が誰か、解っていないのだ。 情報に因ると、短期間で悪魔を呼び出す為には、悪魔の好む肉が必要らしい。 理知的な悪魔は、若い処女を欲しがり。 悪意ある策謀好きの悪意は、子供の瑞々しい血肉を欲しがるそうだ。 破壊を好む凶悪な悪魔は、多大なる血肉を求めるらしい。 呼び出したい悪魔の為に、それぞれ要求に沿った供物も必要となるかも知れぬ、という話だ」
「また、呼び出す事も想定しての捜査・・ですな?」
頷くカギンカム大臣は、捜査をする役人はその現実を受け止める意味で。 斡旋所にて、一度は遺体を見ても構わぬと云った。
“悪魔などと云う、見知らぬ漠然とした名称より、遥かに危険性を認識が出来るものを見よ”
と云う事で在る。
そして、解散となると。
「では、帰り掛けに見るか」
「うむ。 悪魔など俄かには信じられん」
ポーター長官以外の幹部は、それぞれに大臣室を出て行った。
そして、その後。 更に更け行く深夜の中。
「カギンカム様、私を残した訳は?」
ポーター長官が、1人で残されている。
「ん」
問われて先ずは・・と、席を立つカギンカム大臣。 黒い絨毯の上に立って、背後の雨が伝う窓に向いて。
「数年前……。 新任の統括を蔑ろにして、随分と横暴を働いたロマノスワ総督大臣長は、覚えているな?」
「は」
この話に、何故かポーター長官は項垂れた。
その彼の姿を、窓に映る形でギロッと見るカギンカムで。
「君が落ち込む必要は、無い。 あの暗殺は、国や街の・・我々の総意だ」
「は」
「だが・・その暗殺をした男がいまだに自由と云うのは、実に困るのだがな」
この話に目を大きくして、何か感付くポーター長官であり。
「まさか・・大臣、“P”に出会いましたか?」
窓を見て、徐ろな動きにて頷くカギンカム。
「悪魔を殺し、冒険者を助けたと云うその男よ」
「あっ、・・・なるほど。 上位の悪魔と言えば、名うてに成ろうかと云う冒険者チームでも恐怖の壁に戦(おののい)て、全滅を恐れる相手。 あの御仁ほどに強くなければ、無事に帰れるとは行きますまい。 酷く、納得致します」
すると、ポーターに横顔を向けたカギンカムの表情は、“渋い”を通り越して“怒り”に近く。
「ポーターっ、褒める相手か? 私は、あの暗殺をした者の存在が、酷く不安なのだ。 出来るなら、あの者も始末してしまいたいっ」
焦りからか、カギンカムの本音が出た。
が。
「は・ははは、その様な世迷言を」
と、ポーター長官は呆れて笑ったのだ。
「何っ、世迷言だとっ?!」
苛立ってポーターの方に振り返るカギンカムだが。
その、見られるポーターの顔は、逆に冷めたものであり。
「その通りで御座います。 モンスターの中でも、最も恐ろしい悪魔を易々と倒し。 そして、此処へ戻る強者ですぞ? 大体、かの者は、世界の裏事情に関係を持ち。 今までに暗殺も、謀略も、全て跳ね除けて来た過去を持つバケモノ。 その彼を、我々が此処で殺すなど、どう在っても出来ぬ事ですよ」
語るポーター長官の顔は、まるで諦めがついているかの様に涼しいものである。
代わりに、カギンカム大臣の顔は、怒りを押し殺している様な…。
間を空ける形を取ったポーター長官は、黙るカギンカム大臣へ。
「一度立ち消えした燃え残りにまた火を付ける様な始末など、返って過去を蒸し返す事態に成ります。 あの彼が我々を脅して来たのならともかく、フラリと立ち寄った先が此処だった・・というだけでしょうから。 触らぬ神のなんとやら。 その話には私の他、誰も巻き添いは御免です」
カギンカムは、ポーターが全く話しに乗らない意思を見せた事が非常に腹立たしい。 一蓮托生の歩みで来たはずなのに、此処でこんな答えが返って来るとは思わなかった。
「ポーターっ、キサマっ!! 仮にも上官に当る私に、その言い草は何だっ?! あの者が全てを喋れば、私もっ、貴様もっ、只では済まされんのだぞっ!!!」
普段は至極冷静なカギンカムが、珍しく怒鳴り散らした。
だが、首を傾げるポーターは。
「・・私設兵500以上、役人兵350、雇われた冒険者や悪党230余名以上。 計1000人以上が警戒していたランディス邸に、計画もままならない時に単身で乗り込み。 誰も出来ないと云われる中で、誰にも見つからずにロマノスワ侯爵様、ダキニート侯爵殿下を暗殺したのは、何処の誰でしたでしょうか?」
ポーターにこう云われたカギンカムは、
「それは・・」
と、急に怯える様にして口を濁す。
ポーターは、今の安泰を思いながら続け。
「その暗殺で、現・統括は安泰に成った。 彼に感謝すらせど、この街の民の大半以上ですら彼を非難などしないでしょう。 その彼を、今更に御自分の保身の為だけに殺すと? 当時の関係者の誰が聞いても、貴方の意見に賛同する者は・・極少数派でしょうな」
此処まで云ったポーターだが、一つ考える仕草をしてから。
「いや、考えてみますと。 カギンカム大臣は、総督大臣を取り巻く派閥からの、乗換組でしたな。 総督大臣暗殺前、そして暗殺後に一番上手く動いて、現在の地位を御築きになられあそばした筆頭株…。 御自分の過去を嗅ぎ回られて一番困る方としては・・ま、心配でしょうかな?」
こう尋ねられたカギンカムは、シワが寄ってグニグニと動く眉間をどうにも隠す事が出来ない。 ポーターの言葉が嫌味を通り越し、もう脅しにしか聞えないのが恐ろしい。
だが、ポーター長官の云う事は、現実を包み隠さずに表現していた。
時を遡る事、数年前。
王都から離れたこの古都に、王命を拝して新しい統括がやって来た。 国王の近親者で、政治学者としてこの街の学習院からの出身者であり、政務官として国政にいた人物だった。
強力な派閥と長年に亘ってこの街の権利に根を張る貴族の力を、王権に因った改革で民主的権限を強めようと云う魂胆が、この統括の交代に在った。
が。
前統括を歴任したロマノスワ侯爵と、法務部局以外の各大臣を親戚関係にさせているダキニート侯爵は、王権すらも無視をする“絶対貴族至上主義者”だった。
新しい統括とこの2人の権威・権力の争いは、二月ほどで決まる。
法務局の大臣が暗殺され。 新任が来るまでの間に、新しい大臣特権法が大臣階級の話し合いだけで決められる。 議会も開かない独断専行の違法な決め方だが。 街の権力を完全掌握した2人の侯爵は、高い税金の制定や統括の決め方なども勝手に法にしようとしていた。
命の危険を感じた統括は、軍部を預かる将軍の元へ匿われる。 連絡を受けた王都からは、その内に特権化した治安維持の兵士を送ると、手紙が来たのだが…。
統括が居れない状況下で、この国でも古貴族(オールドエンブラー)であるロマノスワの権力基盤がこの街に存在し。 その派閥と王権・民主派閥が、新しい権力行動を巡って大議論をしていた。
当時のカギンカムは、ロマノスワ侯爵の派閥に居たが。 時勢に逆らい、住民・軍隊・王権側との対立を勝手に深める2人の侯爵には、ついて行けなくなっていた。 侯爵派閥は、2人への恐怖心だけで纏まっているだけ。 周囲の心意は、2人から離れていた。
この時、統括側と侯爵側の争いは、裏で情報を巡る心理戦だった。 軍部に居る統括が法務部局を司る大臣と連絡を取り合い司法部を動かして、不正捜査に乗り出したからである。
だが、買収により役人が情報操作する事で捜査は混乱、ニセ情報が錯綜して警察部局は赤っ恥を掻く事が多く。 地元に権力の根を張る侯爵側が、結局は情報戦も優位に立っていた。
処が、それが逆転する。 Kの存在である。
Kが、まだ“P”としてこの街を訪れたのは、王権側の依頼が在ったからだ。 高い金を積んだのはロマノスワの派閥側だが。 当時のPは、王権側に或る女性を求め、その要求が通ったので此方側に。 Kの当時のやり方は、
“敵対する相手は構わず斬る”
と、これ一卓。 Pを捜していると侯爵側の派閥が知れば、どうだろうか。
この時、侯爵派閥側は、Pに統括や国王の暗殺を依頼しようした。 だが、この大それた事は、既に統括側へ漏れてた。
そう、この辺りから侯爵派閥の結束が乱れ始めた。 幾ら何でも、国王や統括を暗殺するなど、もうクーデターを興して独立する様なもの。 このカギンカムを筆頭に、まともな性格の貴族は、挙ってロマノスワ侯爵やダキニート侯爵へ説得をし。 全く聞き入れて貰えないので、遂に統括側と密かな交渉と云う裏切りが始まる。 こうなると、侯爵側の情報操作が徐々に上手く行かなくなった。
こうなると裏切った者を捜す様になるのは、もう当たり前の事態だが。 疑って闇雲に仲間を殺せば、侯爵派閥側の結束は更に乱れる。 派閥の身内が遣えなくなると、侯爵達は金で悪党を遣う。 そうすれば民衆や役人の信頼をも失い、もっと結束は乱れてしまう。
王権側がPを捜し始め、仕事として依頼の受理を聞くまでの四ヶ月の間。 ロマノスワ侯爵とダキニート侯爵は、更に危険な強行策に転じる。
新しい統括が赴任する結果を齎した、政治の汚職事件。 これで一度は退陣をさせられたロマノスワ侯爵だが。 Pと云う暗殺者を王権側が捜していると知り。
“王権が異常な増長をしている。 我々は、直ちに権力を全て掌握しなくては”
と、派閥内で危機感を煽り。 カギンカム以下、派閥に入る貴族の引き留めも聞かず、軍部に居る統括を悪党集団に襲撃させた。 視察に出た所を襲われた統括は大怪我をして、療養を余儀無くされる。
そして、怪我をした統括に代理を、と。 盟友か悪友か、二人三脚で貴族至上政治を復活させようと協力しあうダキニート侯爵を統括へ押し就ける。 ダキニート侯爵の統括代理任命により、また全ての大臣の権力を掌握したロマノスワ侯爵。 そして、“国王代理総督”なる役職を勝手に作り上げ、その椅子にロマノスワ侯爵自身が座った。
だが、王権からも、住民からも認証されていない勝手な人事。 ロマノスワ侯爵より命令を遣わされる法務部局や軍部は、この人事を認めず。 怪我をした統括に軍権や行政権が在るとする。 ロマノスワ侯爵がどんなに権威を主張しても、軍隊だけは掌握が出来なかった。 こうして、権勢の二極化が対立する。
この一件で、数十年に亘って我が物顔で権威を振り翳した2人の貴族は、政治的権力者から悪党に転落していた。
そして、其処にPが依頼を受けたことの旨を告げる早馬が街にやってきた。
統括を主軸とした反対派が、横暴極まりない貴族派より情報戦では優勢を強める頃合い。 その隙を狙い、Kが暗殺した侯爵の派閥から密かに寝返ったのは、このカギンカムが最初であった。 もっと云えば、新たな統括が来た時からこのカギンカムは、双方の情報網に食い込み。 寝返る隙を窺っていた。 流石の彼にしても、もう絶対貴族至上主義派がどの道を選んでも崩壊すると、見えていた。 2人の侯爵は時勢に逆らい過ぎて、最早・・手に負えないと判断したのだ。
2人の侯爵の腹心的なカギンカムが裏切った事は、ある意味で侯爵派閥にすれば破滅的な結末だ。 他にも6名以上の貴族系大臣が寝返った。
一応、表向きに寝返った事は伏せて在る。 だが、侯爵派閥の情報は、途中から筒抜けだった。 不正事実の証拠や不正密会の行われる場所が次々に、軍部と法務部局が動かす警察役人に因って摘発されて行く。 また、2人の侯爵を支える高官や貴族に加え、金を都合していた商人の情報も流されていた。
全ての情報を反対派に教えたのも、実はカギンカムの指示や根回しが在ってのこと。 Kが暗殺を成功させた後、自分を含め寝返りをした数人の正確な情報を握り潰したのも、カギンカム自身なのである。
さて、権力を掌握したのにも関わらず、立て続けに不正な密会の現場を抑えられた2人の侯爵。 談合は当たり前、自分の息の掛かった商人だけに仕事をバラまく。 高官役人の採用は、貴族のみ。 下級役人の採用も、賄賂をした者が優先。 民間から政務官は採用しない。 そして、金で悪事が赦免されるのだ。 民心が、商人や他の貴族の心も完全に2人から離れた。
こうなると侯爵には口の上手い、いい加減な取り巻きだけが残る様になる。 暴走を加速させる侯爵派閥だが、正確な情報網が絶ち切られ、街の政治的権限が2人の貴族から急速に離れた。 毎日、数百人から数千の役人が登庁する街政庁舎となる城が・・ほぼ無人の廃虚の様になった。
呼んでも出て来ない貴族や政務官。 役人ですら、政務核とか、核所と呼ばれた施設に出勤せず。 軍部の作った仮の施設へと出勤する。 無政府状態に陥ったことで怒った2人の貴族は、段々となるこの街の二段目に在るロマノスワ侯爵の別荘地ランディス邸に、勝手な街政庁舎を作った。
この事態で、侯爵派閥側が悪党や無頼を役人として血税を使い雇う。 すると、悪党で組織された役人と、軍部や法務部局が組織する役人との間で争いが起こり。 もう街の状態は滅茶滅茶になる。 この様子に、横暴が極みに達したと統括はPに即刻の暗殺を頼む。
然し、税金を使って私設警備兵士団を作り。 買収した兵士、金で集めた悪党や冒険者を警備隊として常駐させるロマノスワ侯爵やダキニート侯爵。 その時のランディス邸は、王城より厳戒な警備がなされた。
そして、2人の侯爵には、当時の名前が売れ始めた剣士ガミシブと傭兵エクタイルと云う2人の下に、かなりの手練れた剣士や魔法遣いから成る護衛チームが警護に当たっていた。
Pに深い情報を与える為、5日間の猶予を求めたカギンカム以下寝返り貴族達。
だが、Pが彼等に求めたのは、ランディス邸の見取り図のみ。
Pが街に入ってから、2日目の夜。 貴族達の派閥の結束を謳うパーティーが、街の片隅に在る貸し館で行われた。 この夜の侯爵等は、凡そ6割の警護団とガミシブ、エクタイルの両名を連れて出席。 この間にPは、警備の手薄なランディス邸に忍び込んだらしい。
“らしい”とは、どうゆう事か。 忍び込んだPは、真夜中に一枚の絵を持って帰って来た。 それを見たカギンカムは驚く。 ランディス邸の居間となるリビングホールに飾って在った物で。 ロマノスワ侯爵の娘が描いた、別荘地の風景画だと…。 誰もが、カギンカム以外は信じられなかった。
だが、生意気で才能をひけらかすその娘に何かが起こった事で、次の日から不審者を血眼で捜すロマノスワ侯爵の私兵達が、街中に目に付いた。
カギンカム等がPへ問うと、P曰わく。
“物欲しそうだったから、食い散らかした”
と、怪しい瞳に笑みを湛えて答えた。
まだ男性との交わりなど知らない娘が、気の狂うほどに辱しめられた。 自分の居ぬ間に、誰に知られることも無く辱しめられた娘の姿に、帰って見付けたロマノスワ侯爵の怒りたるや非常なものだっただろう。
ただ、カギンカム等は心配した。 この一件でランディス邸の警戒は最大に成ったからだ。 それでもPは、街に訪れてから四日目に再度ランディス邸へ向かった。 夜更け前に屋敷へ入り、深夜には狙う2人の生首を揃えて・・カギンカムやポーターの居る反対勢力派の元へ。
ポーターも、カギンカムも、忘れられない。 仕事は終わったと、金に見合う宝石や装飾品を受け取ったPが宿に消えた後だ。 兵士達の訓練に付き合う雇われの老剣士が2人の首を検分するなり、ガタガタと震え始めたと見るや。
“な・なんと云う技量だ。 斬った辺りの肉に、全く抵抗した跡が無い。 天才・・本当に天才剣士だっ”
と、動けなく成る。
そして、その後。
暗殺の成功を確信したポーターは、統括の本当の代理として街の外に在る軍部に駐屯する将軍と一個大隊を共に、ランディス邸へと雪崩れ込んだ。
だが、守るべき対象者が首無しでは、組織された守備隊も反抗する気力が無くなる。 何の抵抗も無かった。 金を払う者が死んだことで、冒険者や悪党はもう逃げていたし。 私兵達も、大半が散り散りになる準備をしていた。 死んだ侯爵等の遺品等を漁って居た所だった。
さて。 侯爵家一族の捕縛を指揮したポーターが調べて、驚いた事が有る。 2人の貴族の家族がおかしく成っていた。 特に、奥方や娘などである。 税金を湯水の如く遣い捲った上、非道な仕打ちをメイドや街の人にした罪人では有るのだが……。
後に、ポーターやカギンカムが思い出した事実だ。
“Pは、戦う冒険者としては天才だ。 だが、同時に人を憎しむ悪魔でも在る。 利用しようとするならば、その力と我意の通った後に、多大なる犠牲が横たわると・・心得てくれ”
斡旋所の主がPの手配を頼むポーターなどに言った話だ。
次の日には、もうPは街に居なかった。
余りにも多大な悪である2人の侯爵が死に、街はその話で持ち切りとなって自由の到来に湧いた。
一方で。
その時に、派閥内の情報隠滅などの暗躍で、新たなる力関係の中で地位を築く以上に、莫大な財を得たカギンカムが居たのも確かだ。
そして、今。
ポーターなどが最初から居た反対派に寝返って、統括政権に食い込んでいたカギンカムだが。 Pで在ったKは、寝返った者達の事も良く知っている。 それを話されたく無いのが本音である以上、カギンカムが個人的に焦っているとしか思われないのは、当然だった。
「・・・ポーター。 下がれ」
「はい。 云われずとも」
下がって行くポーターを黙って見送るカギンカムは、どんな顔を自分でして居たか解らなかった。
(クソっ)
カギンカムが今の地位に居るのは、統括や各大臣他、警察役人の信頼を一身に集めるポーターを長官にしているからだ。
貴族の血を引くポーターだが、民主開放思考が強く。 家柄の位は低いが、若い頃は王都の警備政務官だった為、国王との面識や信頼も有る人物なのだ。
またポーターは、カギンカムの過去を殆ど知っているが。 カギンカムの裏切りと情報漏洩が、今の街の安定に繋がる功績として認めている。 だからこそ、誰にも全てを語らずに、今の関係を続けているのだ。
そして、ポーターは行く末に、今の統括から警察大臣に任命されるだろう。 あの2人の侯爵が権威を振り翳して居た頃、統括の事を始めから支持して支えた者の筆頭がポーターだ。 統括の本音は、もうポーターを大臣にしたいのだ。 あの混乱期からの脱却に当たり最大の功労者だから、その労に報いたいし。 また、ポーターは民衆からの支持も高い。
一方、裏切り側のカギンカムとしては、それが解っているので。 次の2・3年後に在る人事刷新会議の頃には、自分からポーターに大臣の座を譲り。 その意思を統括に告げて印象を良くし。 やや閑職となるが、大臣や役員的な相談室の地位に移動する時の、云わば足掛かりにしたいと思っている。
(全くっ。 悪魔を生み出したなどだけでも、由々しき事態なのに……)
煮出した紅茶の入っている大きなグラスに向かうカギンカム。 緊張から喉が乾いた。
(だが悪魔など、一体・・誰が?)
カギンカムは、ポーターと意見が分裂してしまった事が怖い。
実際。 今、都市の管理を任されている統括に然り。 全ての大臣や要職を束ね、また監督する新役の総督大臣に然り。 彼らに重要視されているはポーター以下、反対派の若き一端を担って居た者達だ。 あの暗殺された2人の侯爵が支配していた頃に比べれば、今のカギンカムは肩身が狭い。 然し、Pの存在を考えるに、寝返りをしなかったら…。 いや、確実に処分された側に成っていた筈だった。
(ポーターが、私の意を喋らねば良いが…。 クソっ、何で、今に成ってこうも不安が溢れる?)
Kの存在が、恐ろしさを招いていると感じるカギンカム。
だが、カギンカムも、ポーターを蔑ろにはしたくない。 反対派のまとめ役で、尻込みした反対勢力を鼓舞し続けたポーターは、カギンカムの目からしても大人物だと思った。
デキャンターの様なグラスから紅茶をグイッとコップへ注ぐ。 そして、グッと半分以上を飲む。
然し、此処でカギンカムはハッとした。
(あ゙っ、まさか……。 悪魔騒ぎを起こしているのは、ダキニート侯爵殿下の次男様では在るまいな。 粛清前の権力下では、ご自宅で暗黒魔法の何とかを研究していたとかどうとか…。 一族処刑を免れ逃げ遂せた者で、一番怪しいお方だ)
愕然とする記憶が、カギンカムの中で蘇った。
2人の侯爵家一族は、爵位剥奪の上、重罪の者は連座罪人として処刑された。 記憶に残る光景として。 住人や使用人に対する横暴が特に酷かった2つの一族だったから。 公開処刑では無かったのに、処刑の日には街の住人達が大勢この施設に押し寄せ。 処刑される一族に怨みや辛みを罵声の様に吐いていた。
その時、だ。 兵士の静止を振り切りカギンカムの胸ぐらを掴む者が居た。 見れば、それは自分の胸にすら背の届かぬ痩せこけた老婆だが。 此方を睨む眼は血走り、怒りを露にして。
“あの鬚貴族のバカ息子はどうしたっ?!!!”
“あの極悪非道な奴は、処刑されたのかっ!!”
こう言われたカギンカムは、老婆の問いには答えられなかった。
立派な鬚を自慢にしていたダキニート侯爵だが。 その次男は、魔法遣いながら暗黒魔法の研究をしていたらしい。 その為、若い女性を攫うと云う奇行が在った。 だが、あの混乱期の最中は、その悪事が人目を憚ることも無く行われて居た。
その当時、今と同じく警察役人の大臣をしていたカギンカムだが。 ダキニート侯爵の圧力から何度も情報不十分で次男の検挙を見送った。
だが、Pに因る暗殺直後。 軍部の兵士による捜査でも、次男の姿は見つからなかった。
(そ、そうだ。 あの方が生きてたら、何れは・・く・来るな)
心当たりが在る自分が、非常に恨めしいカギンカムであった。 彼の知る次男の性格は非常に陰湿で、他人を見下す人物だ。 また、残虐性も高い。
(悪魔・・街の住民の犠牲……。 あぁっ、嗚呼・・マズい、これはマズいぞっ!!)
あの人物が復讐に駆られたら、その矛先はこの街の全てで在り。 また、一番に怨むのは、自分を含む裏切った者達。
慌てるカギンカムだが、直ぐに。
(いやっ、だが・・奴だっ。 奴、Pが居るっ!)
この状況を楽々と切り抜けられる者は、1人しか居ないと思えた。
~4~
さて。 様々な事態の全てが大きく動き出すのは、カギンカム大臣の指示から3日後である。
先ず、好まれない事が起こった。 この古代都市と周辺一帯を季節性の酷い“濃霧嵐”が襲った。 山間の冷涼な気候へ、東の海側と、南西の大陸側から挟み包む様に、温かい雨雲が押し寄せた為に、昼夜を通して濃霧が風に乗って漂い動く現象だ。
毎年、秋の終わりから春先に掛けて、数度現れるこの現象。 湿気が多い為、火の不始末などから小火(ボヤ)が出たり。 視界が極端に悪く成るので、窃盗や空き巣の軽犯罪、営利・暴行目的の誘拐も発生して、警戒に当たる役人は大忙しになった。 捕り物、消火活動に走る役人が街に目立ち。 夕方前には、兵士が臨時参加として、夜の見回りを役人に代わり厳戒な見回りをすると成った。
この日。 夜に為って…。
Kとシュヴァルティアスが、警察部局を束ねるポーターを尋ねた。 捜査の状況を聞くのと、光が普段以上に遮断されたこの日は、本当に注意をした方が良いと云いに来たのだ。
夜に為っても薄まる気配を見せない濃霧の中、2階の大部屋となる捜査役人詰め所にて。
「一度、またお目に掛かりたいと思っていました。 あの時は…」
長官たる地位のポーターが仕切られた部屋の中とはいえ、Kに頭を下げたのはどうだろうか。 シュヴァルティアスは、何も云えずに黙るのみ。
外は、肌寒い濃霧が立ち込めている。 隣接した別棟の建物しか見えない光景を、シャンデリアの灯りで窓から見るK。
「全ては、昔の事よ。 今は、アンタ等が上手くやってるんだ、もういいじゃねぇ~か。 それより今は、今の事に集中した方がいい」
云われたポーターは、従者一人と幹部一人を従えたままに一礼を捧ぐ。
「確かに」
従者も、幹部も、あの混乱期には、ポーターの配下として反対派に組していた。 “P”と名乗っていたKが、人では為し得ない離れ業をしてのけた事も知っていた。
だが、2人が黙っていて、ポーターの様に態度が正しく無いのは、Pのした事の恐ろしさと非道さをも知っているからだ。 いきなり現れるとは、何か金の無心など脅しに来たのかと思った。
Kは、窓の外を窺いながら。
「それより、ソッチの捜査の進み具合は、どうだ? 今日のこの濃霧嵐は、チョイと酷すぎる。 見回りに手が足りないなら冒険者に仕事を出してはどうか、とコッチが、な」
頷いたシュヴァルティアスも。
「ポーター長官、冒険者を犯罪に加担させない意味でも、依頼して下されば、役人の主導で警戒に当たりますよ」
この申し出を受けたポーター長官は、表情を柔らかくさせて。
「いや、それは助かります。 火事の消火活動に、自然魔法が扱える者が居ると助かりますし。 是非、今夜一夜は、夜半からの活動を依頼しましょう」
すると、シュヴァルティアスが笑み返し。
「今は、屯する冒険者より、流れて来た者が多いので。 十分に働けますよ」
ポーター長官は、来客の2人に対して説明を始める。
「実の処、行方不明者は150人を超えています。 一番多いのは、街の郊外や暗部に住む浮浪者です。 不審な消え方をしている者だけでも、ざっと100人を超えてます」
普段から殆ど外に出ないシュヴァルティアス。
「その他は?」
すると、Kが。
「お前、150年も生きてるのに、察しが悪いぞ。 浮浪者以外なら、夜遅くまで接客する酒場の女。 夜の相手をする女に決まってるだろうがよ」
「あ・・そうなの?」
ほろ苦く笑ったポーター長官で。
「流石は、貴方だ」
「んで? そう・・・、あ?」
話の続きを誘おうとしたKだが、窓の外の光景に尋ねる話を途中で止める。
「?」
何事か、とポーター長官が窓を見て。
「どうした・・の? って、魔想魔術のオーラが……」
と、怪訝に思うシュヴァルティアスは、立ってKの居る窓の傍に行くと…。
極至近で、隣接する様に建てられた隣の建物。 その1階部分が、この警察部局の建物から窺える。 薄暗いが、霧が十分に入り込めない隙間の視界は悪く無い。 見下ろせる隣の廊下にて。 魔法の光を杖に宿す黒いローブ姿の何者かと、その黒いローブの人物に護られて立つ灰色がかったローブを着る何者かが居る。
「あっ、カギンカム大臣っ!!」
窓越しに見たポーターは、その3人のローブ姿の何者かに迫られているのが、カギンカムだと解った。
「うわぁっ、こんな街中の施設で暗黒魔法ってっ?!」
驚いたシュヴァルティアスは、魔想魔術の最高域魔法である瞬間転移魔法の詠唱に入る。
「ほう、こいつは面白い展開ってかぁ」
云うKは、もう窓のカギを開いていた。
何事か解らないが。 “大臣に何か在っては”と焦るポーター長官が、休憩の為に待機している大広間の警察役人に
「向かいの建物にっ、曲者が居るっ!! 直ちに向かうのだぁーーーーーっ!!!!!」
と、命令を飛ばした。
だが、誰より先に動くのは…。 隣の建物の廊下に、窓ガラスを斬り開いてKが降り立った。
月も出ていない夜だが、煌々と明るい警察局の部屋部屋その明かりが、隣の建屋にも薄っすらと入り込んだ。 だから、ローブ姿の3人は、カギンカムと自分達の間に立ったKを、よりハッキリと確認することが出来ただろう。
「キサマ、何者だ?」
ローブ姿の男が尋ねる先に、一番長い刃渡りの短剣を持って立つKで。
「俺が何者か尋ねる前に、後ろを見ろよ」
灰色と思わしいローブを着た何者かが、素早く後ろへと振り向くと。 其処には、転移してきたシュヴァルティアスが。
「よっ、と」
フワリと降り立った。 魔想魔術のカテゴリーでも、幻惑・幻想魔法の真髄でもある転移魔法。 扱える者は、この世に一握りでしかない。
「転移の呪術? まさか、大魔法遣いシュヴァルティアスかっ?!」
酷いガラガラ声でそう言う灰色のローブを着た人物。 声からして、男性らしい。
一方。
役人が大騒ぎして、建物の周囲を包囲しようとしている中。
Kは、そのローブ姿の人物達を見回し。
「この大臣のオッサンを狙うって事は、昔のお知り合いか? 昔の、あのバカ侯爵達の…」
灰色のローブと思しき人物は、Kに云われて激しく振り返る。
「口を慎めっ!! 昔の何を知るかぁっ、キサマ如きの下種がっ!」
処が、此処でカギンカム大臣が。
「こやつがっ、貴方の呼んだ悪魔を倒した者ですぞっ!!!」
と…。
灰色のローブの魔術師を含め、3人の魔法遣いがKに向く。
Kも、シュヴァルティアスも、目を見張ったのはカギンカムの言動、他無い。
「二度手間を取らせた下種めっ、此処で死ねぇぇぇっ!!」
感情任せに、この場で魔法を遣おうとする魔法遣いの者達。 詠唱も始る間際にて、素早く飛び込んだKに、目にも留まらぬ手練で気絶させられるのだが。
「大丈夫ですかっ?!! 御二方っ!」
「曲者だぁっ! 魔法遣いを捕らえろっ」
ポーターの指示で集まって来た役人達は挟み撃ちにする形で、この建物の廊下に攻め込んでくる。 繋ぎの衣服である下級役人は、グッタリとするローブの者共を捕まえるのだが。
Kは、息を切らせて遣って来たポーターに。
「その大臣のオッサン。 どうやらこの魔術師達と面識以上の関係在るゼ」
と、顎をしゃくって云う。
「はっ、まさか?!」
廊下にヘタっているカギンカム大臣だが、ポーターや役人見られているのを見上げて知ると。
「しっ、知らんぞっ! この包帯男の戯言だっ!!!!」
焦りからか、カギンカム大臣は肌寒い空気にも関わらず有り得ない程に大汗を掻いていて。 知らぬ存ぜぬを決め込もうとしているのが、誰の眼にもありありと見受けられる。
Kは、それを無視するかのごとく。
「ポーターさんよ。 その魔法遣いの3人、あの過去の残存物かも知れないゼ。 取調べは、慎重にした方がイイ」
と、外に向かい出す。
「あっ…」
取調べに同席を願おうと思ったポーターは、Kが移動するのは困ると思った。
だが、シュヴァルティアスが。
「リーダー、いっ・今から行くのかい?」
すると、足を止めたKは、斬りつける様な視線でシュヴァルティアスを睨み見て。
「お前も魔術師なら、その灰色のローブの男から漂うオーラで、何が行われたか解るだろう?」
「それは、解るけど………」
「いいか。 森には、俺の情報から警戒の為の見回りをしに、大掛かりな警備部隊も組織されて出てる。 そして、モンスター討伐にも、何組もの冒険者も行ってる。 今から誰かが動かねぇと、被害が最悪に成るだろうが」
「・・だが」
シュヴァルティアスが奇妙に口を濁すのに、Kは察してか。
「後始末と説明は、お前に任す。 “二度手間”をしてる以上、存在は確定だ」
Kは、そのまま施設の外に出て行った。
Kの背中を見送るシュヴァルティアスは、唖然とさえする程に黙ったままだった。
(か・変わった。 以前の彼なら、見捨ててた。 彼よりは非情では無いって思ってたけど・・、もう僕の勝てる要素は無くなったみたいだね)
力無く佇むシュヴァルティアスに、ポーターが歩み寄った。 周囲には、カギンカム大臣を窺いながら、どうして良いか動けない役人達。
何かを察したKがもう居なく為ってしまった、とポーター長官が。
「あの・・何か、まだ?」
事態を重く捉えるシュヴァルティアスは、顔を険しくさせ。 そして、意を決してポーターを見返すと。
「森に・・、まだ悪魔が居る様です。 彼は、それを始末に行ったんだ」
「げぇっ!!! あ・悪魔がっ、まだ?」
ポーター長官の驚き以上に、ザワツく役人達。
「そうです。 あの今に捕らえた1人が」
“二度手間を掛けさせた”
「と、言い放ち。 3人の彼らからは、悪魔特有と言って良い闇のオーラが、べったりと纏わり付いているのを強く感じる…。 血肉の腐臭も香る処を窺うに。 後からもう一度、悪魔の召還を行ったのは明白でしょう……」
「ま・真ですかぁっ?!」
その話にポーターは、酷く慌てた様子でシュヴァルティアスに飛びつく。
黙って頷くシュヴァルティアスだが…。
「緊急事態だぁっ!!!! 街の守備兵士にも連絡を入れ、救出活動を行うっ!! 誰かっ、連絡係に為れぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
ポーターのこの大声と共に、大きく慌て出す警察役人達。 連絡係を我先にと名乗る者も居れば、腕の立つ捕り物役人を見回りから呼び戻そうと動く者も。 警察役人の若い家族や仲間が、兵士と共に森や街道の見回りに加わっている。 ポーターの息子も、警察役人の1人として加わっていた。
(不味いっ、あんな危険が待ち受ける場所にっ)
ポーター長官を含め、一部の役人は悪魔に殺された冒険者の遺体を見ていた。 森に悪魔が居ると解ったなら、あの殺された冒険者達の遺体を見た彼らは、大きく動揺するのは明白だった。 又聞きをした、他の役人達も同じだろう…。
一気に慌しくなる施設内で、シュヴァルティアスは淡々と動いた。 Kが先に救出へと動いた以上、自ら出来る事は処理に動く事だった。
(リーダーは・・、どうして変われたのかな。 私は・・あれから変わらないのに)
さて、街の警察役人に、“悪魔がまだ居る”と云う激震が走った頃。 街から徒歩で、1日半近く以上は離れた街道の脇の森。 夜が深まり始めた頃に、方々から人の悲鳴や絶叫が聞こえて来た。
「いいか・らぁっ、お・俺をっ、置いて逃げろつってんだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!!」
山林から降りてくる山岳街道や細分街道が、一点に集まる集合付近の森の中で、複数の荒い息遣いと大声がするのだ。
「だけ、だけどっ」
「マシューっ、か・帰って・・父上にっ、お前の父上にっ、この事態を伝えろっ!! 向うで戦ってる冒険者に・・てつだ・てつ・・・手伝って貰へ・・えぇぇっ」
闇夜の上に濃霧で、視界がかなり悪い中。 役人か、兵士らしき槍を持った男性2人が、大きな木の根元に座り込み、もつれ合っていた。
「だっ、駄目だよおっ! 1人で逃げ帰ったら、タキオンさんのお父さんにっ、僕はどう会えって云うのさっ!!」
「う・うるっ、一緒に・・し・しし、死んだら・・だれがぁ・まま・街にっ、しら・せるん・・だぁ」
お互い必死に、押し問答をする2人。
その2人の内、自分に掴み掛かっている若者をとにかく逃がそうとしている長身の人物は、凄い大怪我をしていた。 支給されたレザーメイルをも引き裂かれ、胸を鋭い何かで3本線に引き裂かれている。 裂けた傷口からは内臓が見えていて出血も酷く、街までは到底に辿り着けぬ怪我の具合いだ。
また、近くのからは大声で掛け声がしたり。 奇妙な唸り声がしたり。
また、別の方からは。
「マシューーーーーっ、タキオーーーーーーンっ、何処だっ?!! 返事しろぉぉぉーーーーっ!!!!!!」
と、誰かを呼ぶ声も。
ポーター長官の長男であるマシューは、兄貴分で父親の部下に当る部長の息子タキオンを抱え。
「マシューでぇぇぇぇぇすっ!!!!!! タキオンさんと・・此処にいまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!!!」
と、慣れぬ大声を呼び声の様にして応える。 霧が濃過ぎて、声の距離感すらどうにも成らない。 有りっ丈の声で応えたのだが、返って物言いが可笑しくなっていた。
そして、タキオンを支えるマシューと云う若者の方へ。
「おーーーーいっ、大声の方に悪魔が行ったぞっ!!!!!!」
「マシューっ! タキオンを連れてっ、今すぐ其処から逃げろっ!!!!」
「逃げろっ、逃げろぉーーーーーーーーーっ!!!!」
戦いが行われている方から次々に、こんな声が響いて来る。
危険が迫っていると解ったマシューは、装備品に包まれた体を夜露に濡らしながら焦った。
「クソっ、此処も危険だぁ。 タキオンさんっ、とにかく、とにかく逃げましょうっ!!!!!!」
自分より背の高いタキオンの両肩を後ろから抱えるマシューだが。 彼は、父親似の優男。 その背丈も低い彼では、長身大柄て筋肉質のタキオンを抱えて歩くなど、到底に無理である。 なんとか引き摺るのが、精一杯だった。
多大な失血から、意識が薄らぐタキオンだが。 その精神力は、並み成らずに強かった。 どうしたら全滅を防げるかを朦朧としながらも考えていて、掠れる声で声量も無いながらに。
「まっ・・マシュぅぅぅぅぅぅぅぅっ…。 このバカ野郎っ!! 足手纏い・・引き摺るなっ! ぼ・ぼぼ・・冒険者と・・にげろ。 生き残る・・最善を尽くせェェェェェェっ!!!!!!」
と、掠れる声で吼えると共に、護身用の短剣を引き抜き。 なんと、自分の胸に突き立てたのである。
「あ゛っ!!!」
喉が飛び出そうな程に驚いたマシューは、息絶える兄貴分の脱力を感じたのであった。
この惨劇こそ、再度に呼び出された悪魔達の仕業だった。
そして、この壮絶な事態は、先程に急に起こった。
ミザロ率いる、アフレックやスカーレットの居るチームは、この街道の分岐点に作られた共用宿泊施設を基点にして、モンスター退治や薬草採取に励んでいた。 濃霧が酷いので、暗くなる前には頑丈なだけの石造の宿泊施設へと戻っていたのだが…。
宿泊施設の横には、街道警備や定期巡回をする兵士だったり、捜査に遠出する役人が、休む為に遣う三階建ての施設も在った。
“街道先、砦”
その施設へ一日遅れで、役人と兵士の合同警備隊が来たのである。 森の様子を今朝に聞かれたミザロやヒートは、その合同部隊に不自然さを覚える。
“悪魔は倒されたんだろう? ゴーストやスケルトンの群れでも出たのか?”
他に、一夜を明かした1人旅の冒険者達も交え、宿泊施設では、噂や憶測が話された。
兵士達は、街道警備兵として巡回し。 警察役人は、宿泊施設に泊まる冒険者や、街道を行き来する商人・旅人・出稼ぎ人等に、何らかの事情聴取を掛けていた。
そして、今夜。
事が勃発した頃。 ミザロのチーム一行は、もう寝ていた頃合いである。 濃霧の立ち込める闇のしじまを破り、生き物の絶命する鳴き声が響いた。 然も、施設の近くで、である。
「何事だっ?!!」
「人じゃないっ、モンスターかっ?」
「様子を窺うっ、灯りを外に掲げろっ!!!」
驚いた兵士や役人が様子を見に行けば、太古にモンスター化を余儀なくされた8本ヅノを持った大牛が、悪魔に殺されて血を吸われていた。
兵士の驚きと臨戦態勢に入る掛け声は、ミザロのチームや一緒の施設で休む別の冒険者チームにも聞えた。
“モンスターが出たっ!!”
と、思う彼らは、実践に不慣れな居残る警察役人と共に、戦う応援へ…。
だが、其処に待ち受けていたのは、姿形がそれぞれ違う低級悪魔の群れである。
“大柄な岩の様な悪魔”
“伸び上がる影に、悪鬼の顔が逆に浮かび上がる悪魔”
“やや短い槍を手に、尖った尻尾を持つ漆黒の悪魔”
“幾つもの苦悩する人の様な顔を、黒い血肉の塊の様な肉体に浮かび上がらせる悪魔”
“霧に紛れる実体の解らない悪魔”
など他、下級の悪魔に殺されたモンスターが、何故かゾンビ化していたり。 何処で呼び出したのか、亡霊・死霊の不死者を多数に悪魔が従える様子も見えた。
この時、“森が静か過ぎる”と感じるミザロは、あの殺された牛のモンスターの存在が奇妙に思え。 仲間で唯一の魔法遣いであるスカーレットに。
「モンスターを感知する事が出来るかっ?」
と、問う。
だが、この1日に渡って続く濃霧の影響で、森に蟠る不穏な闇のオーラは、冒険者の魔法遣いや僧侶の誰もが気付かなかった。
“嫌な気配がする”
とは、何人もの僧侶や察しの良い魔術師が感じた。 だが、それが悪魔の放つオーラだとは、間近に来るまで解らない。
「無理っ、霧の奥のオーラは、感知がとても鈍るよぉっ」
悪魔など初めてだから焦るスカーレット。 霧の中を消えたり現れたりするゴーストとて、応援に森へと入ってからその闇のオーラに気付き。 そして、初めて悪魔を見る結果と成ったのだから。
「アフレックっ、聖水を掛けても直に斬れなくなるわっ! 無理しないでよっ!!!」
二刀を片手ずつに持って、先んじて向かってくるゴーストやスケルトンと戦うアフレック。
「そらっ、うらぁぁーーっ!」
掛け声を吐いて、スカーレットの声も聞くだけに。
(視界が悪いっ)
ヒートやミザロと共に意を決して、霧の中から飛び出してくる様に現れるモンスターと、生死を掛けて斬った躱したの緊張のど真ん中で渡り合う。
(逃げる訳には・・いかない)
決死の覚悟を決めて思うアフレック。 彼は、スカーレットの体の事は大体だが知っていた。 彼女の片耳は、普通の人の能力より劣りが在る。 代わりに、魔法の炸裂の威力が格段に強い。 スカーレットの魔力が、想像に勝る為だ。 これは、身体を巡るエネルギーの流れに、偏りが出来る為なのだ。 そして、彼女は視力に必要以上の信頼を寄せている。 こういった混戦状態では、スカーレットを絶えず後衛に置いて、安全な場所から魔法銃にて攻撃させなければ成らない。 この濃い霧はアフレックに、過度なその必要性を訴えていた。
緊張するアフレックの狭い視界に、また新しくゴーストが見えた。 ミザロとヒートは、スケルトンと悪魔に近づいていた。
「うぉぉぉぉ、たぁーーーっ!」
ミザロの背中に這い寄るゴーストを左手の一刀で斬り裂く。 ゴーストの中に剣が入り込む時、闇のオーラと聖なる力の摩擦から、剣がほんのり白く光る。 この森に立ち込める霧の様なゴーストだが、斬る時には奇妙な手応えが有るのだ。
ヒートの周りに集まろうとする数体のスケルトン。 アフレックは、悪魔に主力の2人を集中させたいからと、スケルトン一体の背後にサイドステップで近づき、頭部に振り向き様で突きを見舞う。
誰の眼から見てもアフレックの剣術は、基本的な下地が出来上がっていた。 もう、剣を振り回す駆け出しではない。 実戦で腕を磨く時期で、ミザロやヒートも、その成長がまだまだもっと伸びると思う傍ら。 背後を任せられると感じていた。
「ミザロっ、スケルトンは、エリックとアフレックにお嬢が居ればいいっ」
「解っているっ、悪魔に我々が行こう」
意志は同じと、確認した2人。
「魔法だっ」
「悪魔は魔法も使うぞっ!」
周知させる為、敢えて声を出しながら、悪魔の放つ魔法を先陣でかわすミザロとヒート。
一方で。
「アフレック、こっち側は任せろ」
と、珍しく声を出すエリック。
その2人の周りで立ち回るアフレックとエリックは、疲労で立てなく為るまで、2人の助力として働くのが役目だ。
さて。 役人達や兵士達に混じり、悪魔とモンスターの群れと戦い始めた一行。
然し、その後方の右手側からは…。
「悪魔だぁぁっ!」
「に・逃げるなっ! 一匹一匹、皆で掛かるっ!!!」
「バカ云うなっ、ゴーストやスケルトンも居る! 兵士だって散り散りなんだぞっ?!」
他に居た冒険者達は、慌てて戦いながらも、話声からして統制は取れて居無い。
「俺はっ、お前のチームの仲間じゃ無いっ!」
「この状況で何を云ってるのよっ!!」
「逃げようっ! 街まで逃げれば…」
「もう囲まれてンだぞっ! 兵士や他の冒険者達見捨ててっ、逃げ切れるかよっ!」
「俺は関係なっ、あ゛っ!! うぎゃぁーーーっ!」
個人で街を目指していた、数名の冒険者達。 その数名と共に外に出た別のチームは、恐怖と意志の疎通の無さから混乱して、戦いさえままならない。
その声を聴くアフレックが。
「いけない、加勢が必要かなっ!」
すると、そちらを見たエリックが。
「行ってくる」
「エリックさんっ、戻るまで守ります」
アフレックの言葉に、霧で顔を確認が出来ないエリックだが。
「任せる」
場を離れたエリックは、“ワーワー”と騒ぐチームに近づいた。
「おいっ」
最初に見たのは、斜面の上の街道付近に居る影だった。 近付くと其処には、恐れによって動けない魔想魔術師の若者が居た。 ガチガチと歯を噛み鳴らし、道端の草むらにうずくまっていた。
「戦わないなら、仮の宿に逃げろっ」
エリックは怒った。
が、然し若者は…。
「だだだだ・め・駄目だぁ・・さっき来た・・あの3人がっ!」
「殺られたのか?」
エリックの言葉に、激しく頷いた魔術師の若者。
苦虫を噛むエリックには、その殺されたと思しき者達に心当たりが有った。
悪魔が襲来する前、夜の入り頃だ。 あのコナンが率いるチームの3人が、宿泊施設にやって来たのだ。 遠目に見掛けたエリックは、見るのも嫌で男性の大部屋に引っ込んだ。 顔を合わせたアフレックとスカーレットは、何やらイヤミを云われたらしいのだが…。 恐らく、亡くなったのは彼等だと思った。
「チッ」
舌打ちしたエリックの耳に。
「ひゃっ! くっ、首がぁ転がってるっ!!」
「悪魔がっ、女の魔術師の内臓を…」
絶望的な言葉が、霧の向こうから聞こえた。
近くで散り散りになる4・5人の冒険者達。 草むらから森に斜面を下った方では、若い魔術師の組してるチームが戦っているらしい。
(どっちに・・)
誰からどうするか、咄嗟の判断に迷うエリックは、戦っているチームに向かった。
さて、ミザロ達は本格的に悪魔の一体、子悪魔と戦い始めた。
「ヒートさんっ、魔法が来るっ!」
「アフレック、前にゴーストっ!!」
極至近の霧の中に、モンスターの放つオーラを感じれるスカーレットは、細い槍の魔法を長筒の銃にストックしながら。 暗黒魔法の飛来や、モンスターの進行を読んで伝え続ける。
「解ってる」
ヒートの鋭い声が霧の中でしたと思いきや、黒い稲妻の魔法が飛んで来て。
「了解っ」
と、ゴーストに走るアフレックの近くを飛んで、地面に突っ込んだ。
「くっ」
湿った土煙が飛んで来る中で、ゴーストに迫ったアフレックだが。 その間近にスケルトンも居て、スケルトンが掴み掛かって来た。
「こいつっ!」
カツカツと噛み鳴らすスケルトンの口に、右手の剣を伸ばして押し留めて。
「とぅっ!」
左手の剣で、腕を伸ばしてゴーストを斬る。
「アフレックっ、ゴーストやスケルトンの他に、森の奥からモンスターが来てるかも知れん!!」
「悪魔の存在や暗黒の力の為に、暴走している可能性も警戒しなさい」
ヒートが、ミザロが、霧の向こうから云う。
「このっ!」
スケルトンの頭部を剣で突き押し。 体勢を立て直したアフレックは、大きく踏み込んで、右手、左手と剣をスケルトンに見舞った。 乾いた砕ける音を立て、腕の骨が砕け飛び、顎から顔面の骨も砕け散ってスケルトンが倒れる。
「はいっ、気をつけますっ!」
遅れて返事するアフレックだが。
「このっ! 当たれぇぇぇーーーっ!!」
気合いを込めたスカーレットの声がして、青白い魔法の光が連続して霧の彼方に疾走して行く。
先が見えないので、思わず行方を見送ったアフレック。
すると、見えない濃霧の向こうから、
- ギャあ゙っ!!!!!! -
と、子供の声が不気味に割れて濁る様な、奇っ怪な叫び声が霧の向こうから響いて来て。
「スカーレット、魔法が当たった。 無理せず頼むぞ」
ミザロの変わらない落ち着いたトーンの声がする。
「はいっ」
冒険者として一度は羽ばたいたミザロの存在は、まだ駆け出しのスカーレットやアフレックからすると、とても有り難い存在で。 こんな状況で緊張はしているが、混乱するまで焦る気持ちは無い。
加えて、2人に妙な肩入れをしてくれるヒートの存在も、ちょっと尖った兄貴分が出来た感じで有る。
さて、霧の向こう側では……。
「消えろっ」
長柄の両端に、逆刃の鎌の様な刃が付く“伐鎌”(カッター)と呼ばれる武器。 これを操るヒートが、不意打ちの魔想魔法を食らった悪魔に踏み込み、素早くカッターを振るった。
- ギェェェ………。 -
カラスの翼に似た黒い羽根を生やした赤子が、丸でハイハイする様に空中を動く黒い悪魔。 身体は毛むくじゃらの赤子なのに、顔は犬と猿が融合した様な印象だ。
この悪魔、先にスカーレットの魔法を喰らい。 片腕と翼の片方を千切れ飛ばされた。 完全に飛ぶ事がままならない処へ、ヒートがカッターを見舞ったのだ。 下級悪魔〔インパァプ〕は、その赤子の様な身体を真っ二つにされて、地面に転がった。
この悪魔の放った魔法をかわし、青い骨の色をしたスケルトンを聖水の掛かった長剣で倒すミザロは、
「見事。 腕は全く衰えて無いのだな」
と、ヒートを誉める。
今回以外に、これと決めたチームを一緒に組んだ事は無い2人。 ミザロに憧れたヒートと、若い頃の彼が苦労しながらも成長する様を、離れ見てた先輩と言って良い関係だろうか。
互いに見合ってから、黒いエネルギーを放出しながら灰化する悪魔インパァプを見下ろした2人。
処が、其処へ。
「ミザロさんっ、ヒートさんっ、前に気を付けてっ!!!!!!」
スカーレットの張れ割れんばかりの声がする。
ハッと前を見たミザロとヒート。 地面を駆ける音がどんどん迫って来て、突如として濃霧が引き裂かれた。
「ミザロっ!」
「何か来たっ!」
二人は、インパァプの死骸から左右に飛び退いた。
この時、近くの大木の向こう側で。
「バカっ! 森の中で炎の魔法を使うなぁっ!!」
エリックの珍しい怒声が上がる。
視界が悪い中で、急に森の一部が明るくなった。
何が起こったのか…。
実は、モンスターの死体を見て、恐怖に狂った自然魔法遣いが居た。 とにかく夜道を街へと逃げようと、ランタンを持って来たのだが。 逃げ道をモンスターに塞がれて、兵士や役人や冒険者が戦う森に逃げた。
前にも書いたが、魔想魔法とは集中力と想像力と魔力の加減による。 たが、他の種の魔術でも、この条件が大きく変わる訳ではない。 例えば、僧侶の遣う神聖魔法は、他者を想い、信仰に想いを寄せる心の強さが必要だ。 自然魔法の場合は、精霊の力の様子を把握し、産み出す魔法に精霊力を集める様な、その集積することに意志が求められる。 詰まりは、想いは様々でも精神が求められるのが魔法の大元と言って良いか。 そんな魔法だ、魔力の強弱に左右されるのも魔法だが、狂った精神状態では、その発生が暴走する事が多々ある。
そして、これがまた起こってしまったのだ。
自然魔法遣いの若者は、ミザロ達とは違う、別の統制が取れてないチームに合流してしまった。 逃げ場の見え無い乱戦状態の中に入ってしまった彼は、精神的な制御が利かない中で強引に魔法を唱えた。 精神の集中もなく、魔力の制御も無い。 唱えた炎の魔法が、一方的に暴走してしまった訳だ。
そして。
- ブモォォーーーーーーーっ!!!!!!!!!! -
急に明るくなる森の一角で、モンスターの咆哮が上がった。
“木が燃えた”
ミザロ達は、明るくなる周りの中で、新なるモンスターを見た。
四つ目を持つ一角牛のモンスターが、黒ずんだ緑色の体色をして突っ込んで来たらしい。
即座の判断で飛び退いて、湿った地面を転げ起きるヒートは立て膝でモンスターを見ると。
「温和しい筈のこのモンスターがっ、悪魔の所為で凶暴化したってのかっ?!」
だが、反対側から見るミザロは。
「ヒートっ、違う! ソイツはもう死んでるっ! 内臓が食い破られているぞっ!!」
立ち上がるヒートは、背後で燃える木の音が聞こえる中で。
「なぁんだってぇぇっ?!!!!」
すると、またしてもスカーレットが。
「あ゛っ、モンスターがっ………」
燃える木の熱で、周囲の霧が薄らぐ。
ヒート、ミザロが、牛のモンスターが突撃して来た先に顔を向ける時。
同じく先を見たアフレックは、新たなモンスターの姿を見た。 燃える木の炎に照らされて、此方へと歩いて来る蛇頭の悪魔を…。
(こっ・怖い。 悪魔だ・・本物のっ、悪魔だっ!!!!)
見るだけで“怖い”と思うその悪魔の周辺には、新たなスケルトンやゴーストが集まっていた。
兵士や役人の悲鳴やら慌てる声が森の中を飛び交っている。
戦う者全てが、無数に出現したこの悪魔の群れの出現に、明らかに怯えていた。
普段は夜でも、様々な生き物の営みでそれなりに騒がしい筈の森なのに。 今宵は何故か、森の周辺はシーンと静まり返っている。 濃霧時には、何時も吹く特徴的な強風も今は収まり。 それはまるで、森も含めた生き物の全てが、何かに戦(おののい)ているのではないかと感じられる。
この状況で、生きて帰れる者が居るのだろうか。
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