~ 森の中の異変、雨林の奥に出来た腫瘍 ~

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      ~5~ 悪魔が出た街道の分岐点から人の足で半日ほどの離れた距離の街道上にて。 「どうどう、おしおし。 もういいぞ」 濃霧の中で、こんな人の声と共に馬の嘶きが聞える。 「よっ」 街道上ながら馬を下りたKが、馬の疲れを労って首を撫でた。 役人の施設で借りた中年の赤毛馬。 休みなしで街道を直走ったこの馬にも、そろそろ限界が来ていた。 (後は、自分で行った方がいいな) 暗黒のオーラを微かに感じたので、辺りを探りながらに為るとKは馬を下りたのだ。 これは別の意味合いでは、霧の中に強い瘴気を感じ始めた・・と、云っても良く。 “悪魔が近くに居る” と、Kは思ったのだ。 - ヒヒヒーーーン! - 首をブルブルと動かす馬は、鈍い歩みで街道を歩き出す。 何故、Kは馬を連れずに行くのか。 馬とは訓練を受けると、見知った基点に向かう事を覚える。 元々、経験豊かな老いた馬は、その来た道を忘れず。 精悍な群れのリーダーたる牡馬は、仲間を連れて決まった場所に引き連れる。 だからこの馬も、放って置いても街道分岐点の施設に戻るのは、Kも読めた。 さて。 何処に誰が居るのか、この広大な森に濃霧まで立ち込めては簡単には解らない。 Kは、街道を早歩きに進みながら、周囲の森の気配を知ろうと感覚を研ぎ澄ませる。 「誰か居るかっ?!! 居るなら返事をしろっ」 声を出し、森に呼び掛けるK。 気配を探り、オーラの淀みやうねりが無いか感じ、また少し先へと急ぐ。 Kが、森の中を行くこの街道に降り立ち、まだ暗い夜明け前に捜索を開始したのだが。 それから、白み始めた朝方まで探し歩いたKは、死体こそ見付けれど。 直ぐには悪魔にも、人にも出くわさなかった。  彼が呼びかけと察知を幾度も繰り返し、もう街道の分岐点に近付こうとする頃だ。 「ん? また血か…」 微かに、鼻を突く血の臭い。 森の中から漂ってくるらしい。 (チィっ、臭いが格段に強い。 調査の先鋒隊は、全滅かっ?!) 朝の陽によって見える白い濃霧と、その霧に染まった街道上。 Kが森の中へと瞬時的に飛び込み、血の臭いを頼りに奥へと疾風の如く走ると。 - ウケケケ、ソロソロトドメトイコウカナ - キリキリと不気味なトーンで聞える、たどたどしい言葉。 (この辺か、今の声が聞こえたのは…) 濃い血の臭いが漂う場に飛び込んだKは、宙を浮遊している小悪魔がその手にする短い漆黒の槍の先を、傷だらけの役人の喉元に突き立てようとしている現場を目の前にする。 其処で、槍を構えた小悪魔の“プランドキュバス”も、背後で“バサッ”と小枝が揺れた音を耳にし。 - ン~? - と、振り返る。 「邪魔だ」 そうプランドキュバスに云うKは、もう全身に傷を負う役人の下に立っていた。 - ジャマ・・・テ? - 声の方に振り返った体を戻そうと、浮遊しながらに動くプランドキュバスだが。 漆黒の体をした身体と、悪意に満ちた顔の繋がりが感じなくなり。 何が起こったのだろうかと考える間も無く、注に浮いていた顔が送れて地面に落ちた。 Kが走り抜け様に、首を切り落としたのだ。 「おい、しっかりしろっ! もう悪魔は死んだぞ」 木の根元に屈み込み、若い役人へ声を掛ける。 その若い役人は怪我から失血してか、意識が薄らいでいる様なぼんやりとした表情をし。 「いあ・・もっ・もりに・・・なか・・」 たどたどしい声を発しては弱々しく片手を地面から少し上げて、森の方に指差す若者なのだが。 (こりゃあ酷ぇや) 全身の衣服を黒ずむぐらいに血で染め上げる若者で。 Kは、怪我の具合を確かめるのに、彼の上着の様な傷だらけのレザーメイルを外した。 (出血が激しいな。 傷が、2・・5・8・・。 相当なやり方で悪魔から嬲られたらしい) いたぶられたその若者を診て、怪我で大きいものは3つ。 細かい怪我は、もう血が止まっている。 恐らく、この地面に転がって灰化するプランドキュバスに追われながら、魔法やその手の武器で何度も傷付けられたのだろう。 その証拠と云うべきか、魔法が当ったと思われる右肘は、有らぬ方向に曲げられていた。 彼への基本的な処置を素早く終えたKは、まだ息が有る彼を抱えて街道に戻る。 (悪魔が居た以上、おいそれとこの兄ちゃんを何処までも連れてけないな。 後から召還した悪魔が、あの小悪魔一匹って事は無さそうだ) Kの予感では、 “大物を1匹も呼べないなら、小物を多数呼ぶ” と、云う事も想定内である。 生じ数だけ多く呼ばれても、掃討するのに時間が掛かりそうで嫌な予想だが。 呼び出し易い小悪魔の存在に、その予感を確信へと変える気持ちが湧いた。 そのまま、とにかく道を進もうと。 Kは、若者を背負って移動するのだが…。 差ほども進まない所で、影の様な悪魔に襲われて、喚きながら逃げている役人の2人を見つける。 酷い濃霧と曇天の空で、悪魔も微妙に行動がし易いらしい。 そして…。 悪魔をKが倒し。 命辛々に、 “助かったっ!!” と、実感できた警察役人の2人。 2人の内。 年配の者は、浅い傷だらけの体をKが診るに、疲れ果ててか無言で。 中年の無精髭を生やした者は、怪我も少なく助かった安心からか、おんおんと泣き出してしまう。 年配者の役人の怪我を診るKは、 「この若いのも、お宅等の仲間か? 出血が酷く、気を失い掛けてる。 何処か、治療の出来る場所は無いか?」 魔法を掠らせて、足の骨を脱臼させた年配者の役人は、マシューを見て眼を見開いて。 「おお・・、マシューだ。 ポーター長官の御子息が・・生きてるとな」 と、安堵を口に出してから。 「こっ、この・・近くに在る施設は、砦と夜営施設が・・・在る街道分岐点しか、無い。 だが・・、ああ悪魔が出たのが、その近くなんだ」 気力を振り絞って話す年配の者の折れた骨を、槍の折れた柄で固定してやるK。 「冒険者は、居なかったのか?」 「いやっ、いっ・いたさ。 彼らが・・10数もの悪魔の内、た・大半を引き付けていたからこそ。 此処まで、わっ、わ・我々が、逃げれたんだ」 「へぇ、下級の悪魔とはいえ、10数か・・。 そりゃ、名うてのチームでもきっついゼ」 「奴等・・、亡霊やがが・・ガイコツのモンスターも従えてたぞ」 「だろうな。 悪魔を呼び出すのに、大勢の犠牲をつぎ込んだんだ。 その遺体や浮かばれない魂は、悪魔にとっては僕(しもべ)を生み出す格好の道具よ」 年配の役人は、悪魔を斬る処も見せなかったKの腕に片手を預け。 「まだ、冒険者も・・、我々の仲間や・・へっ、兵士も生きているかもしれない。 た・・助けれるかっ?」 疲労と生死を掛けた緊張の連続で、もう精魂尽き果てる処まで来ていそうな年配者の役人だが。 それでも、仲間や他の心配を捨て置けないらしい。 今にも気を失いそうな虚ろな目ながら、必死に意識を保って聞いてきた。 包帯の隙間から見える瞳に、落ち着きを窺わせるKは。 「その為に俺は、こうして無理して来たんだ。 まぁ、後は任せろ」 こう云ったKは、比較的怪我の少ない動ける中年の役人へ。 「処で、なぁ~んか焦げ臭いが? 火事か?」 「たたた、多分は、砦近くのもっ森だっ」 「灯りか、魔法か。 くすぶる程度に鎮火してるみたいだが、災害は防がないとな」 Kは、周囲を察して云う。 そして、比較的に怪我の少ない中年男の役人へ。 「もう少しすると、俺が乗ってきた馬が、街道を歩いて来るはずだ。 その馬にこの若いヤツを乗せて、砦に来てくれ。 俺は、悪魔の掃討と生存者の捜索に出る」 「ひぃっ、も・・もど・ももも森に戻るのかぁっ?!」 立ち上がるKは、辺りの気配を感じながら。 「下級の悪魔なんざ、俺には千でも万でも敵じゃねぇさ。 面倒は、生存者の安全の確保・・。 向うか」 Kの独り言に、 「へぇっ?」 と、反応する中年の警察役人。 だが。 「きっ・・」 「消えた」 言葉を失った中年役人と、Kが消えたのを見届けた年配の役人。 「これが・・本物の冒険者の凄腕か…」 年配の役人は、今までに自分が見た如何なる冒険者よりも凄いKに、助かったと再度に亘って実感をした。 悪魔との戦いが熾烈を極めた森の一部へと、Kが近付いて行く中。 「チィっ、見つかったっ!!!」 霧の中の木陰に隠れていたヒートが、非情に切羽詰った物言いをして、呻いた。 片足を負傷して、顔や顎に血糊を着けている。 「ひっ、ヒートさんっ、僕はいいですっ!! スカーレットだけ連れてっ、はや・・早くっ逃げて!」 鎧をズタズタにされ、剣を杖代わりにし、片方の足を引き摺っているアフレックが、ヒートの後方で叫ぶ。 その掠れながら上ずった声を聞くだけでも、彼がもう相当な体力を消耗していると解るだろう。 「アフレックっ、私だけなっ・てっ!!」 鳴き声で云うスカーレットだが、右耳を負傷して、額も怪我していた。 血が目に入り視界は良くない状態だと、彼女の様子からも見受けれし。 言葉もハッキリ言えない様子からして、この彼女も追い込まれていると解る。 この怪我をした3人が必死に逃げているのは、街道から斜面を降りた森の中である。 最も街道との斜面が急で、高さも一番高い場所だった。 斜面から街道に上がれる様にと、獣道程度に作られた九十九折りの脇道に差し掛かるスカーレット。 満身創痍ながら武器を頼りに動くヒートは、街道を見上げられる斜面の下に出て来た処だ。 「皆さんっ、早く此方へっ!!! 街道に上がれそうな場所が在りますよっ!」 3人から離れた街道の方で、薄まった靄の中からやや枯れ声の男性の声がする。 先に先行している僧侶の中年男性のものだ。 (くそっ・・、何とか此処まで逃げて来たのにっ) 焦るヒートは、霧の晴れない森の中に居るアフレックを心配した。 (悪魔は半数以上・・生きてやがる。 このままじゃ・・・全滅だ) 最悪の事態が目に見えたヒートは、痛む身体を武器で立たせながら。 「アフレックっ! はっはや・早くっ、姿を見せろぉぉぉぉっ!!!!」 叫び過ぎて声の枯れたヒートだが、姿の確認が出来ないアフレックを呼んだ。 - ウケケケケ、ヒトノコエスル - - チダ、オイシイチ、ニク - - コロソウ。 チニクヲバラマクノダ。 暗黒ノチカラヲヨブタメニ - 森の奥から、悪魔6体が空中と歩行の二手でアフレックに迫っていた。 「アフレックっ、いやっ、アフレックぅっ!!」 悪魔の近付く気配に怯えたスカーレットは、森の中へとよろめきながら戻ろうとした。 「バカっ! 逃げ道が見つかったんだっ、あっ諦めるなぁっ」 ヨロっと木陰を離れたヒートは、 「スカーレットっ、止めろっ!」 アフレックを探す様に斜面土手際から、森の中に戻ろうとするスカーレットを抱き止める。 「スカーレット君っ、先に逃げるんだっ!」 「さっ、早く斜面を来いっ」 こう、靄の中から言って来るのは、先行して逃げ。 獣道を街道に上がろうとしている僧侶と神官戦士の2人だ。 街道が見える獣道の上に上がっているのは、口数少ない若き女性の神官戦士アモーレ。 もう死に掛けたエリックと、片腕の無い女性の新米兵士を背負っていた。 兵士の生き残りは、確認が出来ているのは彼女1人。 冒険者の生き残りも、自分達6名のみだった。 森の中から立ち込める異臭。 焦げた臭い、血の臭いが混じり、街道にまで漂って来ている。 この現実を見ても、昨夜から今までに起こった惨状が、如何に酷いかと想像出来た。 時を少し戻し。 昨夜の、深夜の森の中である…。 先行して来た悪魔と不死モンスターを倒した後。 森の中の奥へと退いたミザロ達。 本当は、一目散に逃げたかった。 処が、最初に襲って来た2・3体の悪魔と、付随して来たモンスターの襲来。 これが、他の悪魔の陽動行為だと気付かなかったのだ。 街道を逃げようとした兵士達が悪魔に追われ。 舞い戻る様にして、森の中へと四散して散った。 森へ逃げる兵士達、警察役人達、そして冒険者達。 数十人の生け贄が逃げ迷う森で、人間を包囲した悪魔とモンスター達に因るハンティングが始まった。 警察役人4人、兵士5人、冒険者7・8名を一緒に行動する事と為ったミザロのチーム。 “逃げるにしても、悪魔やモンスターを街にまで誘導する訳には行かない” この思いは、一致する処なのだが…。 戦う事には悩み、縮こまる兵士と怯える警察役人。 ミザロは、森を動き回りながら、悪魔やモンスターを各個撃破して行こうと。 朝に為れば、太陽光の下では悪魔は思うように動けない。 完全に陽が上がるまで、森の中で休み休み戦おうと決まる。 逃げ回る兵士や役人も助ける予定で、戦いは始まった。 処が、である。 夜の戦いは、悪魔達に分が在るのは当たり前であった。 狡猾な小悪魔などは、タフで力の在る悪魔やモンスターを態と先行させ。 その悪魔を奇襲する冒険者を背後から狙うなど、裏を掻いて来た。 悪魔が生み出したモンスターは、最初に打ち倒しただけではなかった。 だが、ミザロとて悪魔の側が有利だとは熟知している。 十分に警戒しながら、奇襲をした。 その・・つもりだった。 ミザロのチームの5人とミザロやヒートの事を知る3名の冒険者は、一丸と為って事に当たった。 然し、他の者はそうは行かない。 恐怖から焦ったり・・慌てて奇声を上げたり。 頭上、後ろを、別の悪魔とモンスターに取られ。 群れから剥がされ1人・・また1人と殺されて餌食にされた。 集団の面子が1人1人と殺されて行く中で、森を動くと新に見つかる者も居た。 宿泊施設に、ミザロの他にもう1チーム居たのだが。 一緒に戦う冒険者達は、そのチームの生き残りが半数以上だった。 彼等とて、散り散りに為った仲間の事を案じて居なかった訳では無い。 逃げ回る者と遭うたびに注意が逸れ、個人的行動に走る。 あの、エリックが見かけて声掛けた、我先にと逃げた魔術師の若者。 再び森の中で見つけた時には、手足が触手の様な膜状態の悪魔に五体を掴まれ。 バラバラに引き裂かれて、そのまま食われてしまう。 仲間を殺され、冷静な判断を出来る者は限られる。 ましてや、リーダーが殺されているのだから。 「このぉっ! 許せんっ」 「私も同じだっ、我慢が為らないっ!!」 女剣士と女性の神官戦士の2人が、いきり立って悪魔に立ち向かった。 ヒートやミザロが止めても聞かなかった。 だが、この状況下で冷静さを欠いたのは、何も彼女達2人だけでも無い。 同業者と言える人間が殺されるのを見て、 「悪魔なんてっ、大っ嫌いっ!!!!!!」 スカーレットも怒りに燃える。 「チッ、やるしか無いか」 直前に助けた兵士の事を、ミザロも、ヒートも、心配したが。 目の前で戦いが始まってしまった。 仕方ないと、加勢に向かう。 だが、その傷付いた兵士や喰われた冒険者の血の臭いにより。 他のモンスターや悪魔が近づいて来たのだ。 この後に遭遇したスケルトンとゴーストを嗾ける悪魔は、冒険者に女が居ると解っただけで、異常な執念を持つ悪魔だった。 真っ先にこの悪魔に見初められたのは、女性の剣士だった。 霧に包まれ孤立化した時に、暗黒魔法の幻惑術を掛けられ。 仲間に追われたと勘違いした女性剣士は、どうしただろうか。 後に、追って行った仲間の男性僧侶が確認したのは、血みどろになった剣と、それを握っていた手首のみ。 近くで保護したのは、彼女の最後を見たと云う旅の学者。 背中にボウガンを背負う中年男は顔面蒼白で、冷や汗か霧でびしょ濡れながらに震え上がっていて。 「ああ、アイツは・・もうダメだぁっ。 食われた・・全部ぅ・く・食われたぁぁっ」 と、掠れた声で言葉を繰り返すのみ。 結局、この学者と他のチームだった2人の生き残り、合わせて3人がミザロのチームへと合流した。 それから、明け方近くまで、襲われる者の声を聞きつけては助け。 疲れて休む処で、近付いて来た悪魔やモンスターから不意を突かれ。 戦い疲れて戦意が落ちる度に、誰かを失うハメとなる。 守られる兵士や役人達も、自分達を守るミザロ達が傷付いて、誰か殺されるのを見て覚悟を決めるのだ。 奮戦するヒートを庇って魔法を食らう年配兵士が、若い兵士の命を冒険者に託して死に逝き。 皆を守り傷付いたアフレックを庇い、支給された聖水を残した警察役人が喰われた。 死に物狂いで悪魔を倒すミザロ達。 悲しみに暮れる暇もなく、次々とモンスターや悪魔を倒す。 だが、夜明け前。 ミザロとヒートを雑魚から庇い、スカーレットを守ったアフレックは、全身を怪我してもう戦力に成らなく為った。 アフレックに代わって前に出て、相打ち覚悟で次々と戦う悪魔と魔法の撃ち合いをしたスカーレット。 此処までは最も温存されたスカーレットだから、戦力として力は発揮が出来た。 然し、盾となるアフレックを失ったのだから。 やはり脆さも露呈した。 最後の悪魔との戦いで、耳の遠い死角を攻められ、魔法を頭部に掠めてしまった。 スカーレットの怪我により、守られていた役人や兵士も、生き残る為に前へと出て戦い、次々と死んだ。 死んだ兵士や役人から託された聖水を使い、ヒートは寄って来るゴーストやスケルトンを倒す。 そして、怪我人の血の臭いを嗅ぎ付けてやって来た亡霊の様な悪魔と、足が円盤体の身体の周囲をグルっと囲む悪魔を待ち伏せや奇襲で倒す。 だが。 ヒートの奇襲攻撃の為に、敢えて陽動行為に回ったエリックと学者の冒険者。 ヒートの奇襲攻撃が成功した裏には、悪魔の逆襲に遭ったエリックと。 首を捻じ切られた学者の中年男の存在が在る。 そして・・、今。 「アフレックっ!! 早く来いっ!」 漸く明け方と成った中で、陽の光が射し始めた明るい街道へ、生きて居る者皆で逃げようと。 生き残った者は必死だった。 (ちくしょうっ!!! 死んだミザロの旦那の為にもっ、生き残ったアイツ等だけはっ!) ヒートの眼に、ミザロが霧の中に走って行く姿が、焼き付いていた。 皆を逃がす為に、ミザロは突撃して死に急いだ。 さっきだ。 本当に、さっきの事だ。 アフレックの剣の片方が無いのは、ミザロが差し違える武器に使ったからだ。 先ほど確認が出来た20体以上の悪魔は、10体ぐらいにまで減っていた。 そして、今に至り。 アフレックの元に戻ろうとするスカーレットを押し留める様にして捕まえたヒートは、 「スカーレット。 アフレックの事は、俺に・・任せろっ。 お前達2人が気遣い合ってちゃ、荷物が2つだ。 お前は魔法が遣えるぶん。 眼が見えなくても、先に行く僧侶と女神官の後を追えるだろう? 先に行けっ。 アフレックは・・、俺が命に代えても引き摺って行くっ!」 こう云われても、その視界の利かない中で、アフレックのオーラさえ良く見えて居無い彼女。 逃げる事も侭成らない上、何よりも心配なアフレックが傍に居無いのが、怖かった。 「ヒートさん、アフレックが死ぬなら・・私も此処に残る」 汗と朝霧で髪を濡らしたスカーレットは、弱弱しい声でヒートに言い出した。 ドロと血で汚れた顔だが、その素の女らしさが若々しく、また儚げで美しく見えたスカーレット。 「お前………」 彼女の顔を見て、嘗ての仲間だったシャナスを思い出し、そして重(ダブ)らせたヒート。 あの、彼女を失った辛い記憶が甦り、全身に熱い力が湧いた。 「・・死なせるか、バカ共。 俺がミザロから預かったのは、お前達とエリックの3人分だっ。 さ、早く行け。 若造を捕まえていくから」 スカーレットの肩を押して、街道の方に行かせるヒート。 スカーレットの様子に、明らかな愛情に近いものを感じた。 お互いが好きなのか、彼女の片想いか良く解らないが。 彼女の顔には、ハッキリとその感情が見える。 「ヒートさん…」 弱弱しい声のスカーレットが、ヒートに向こうとする。 「行けっ! アイツを探す余裕が無くなるだろうがっ!!」 突け離して動くヒートだが、その内心では………。 (俺の命も、此処で終わりか? 全く、この非常時でっ、仲間とは云え他人を捨て置けない俺は、只のバカか?) 声を出さずに思うヒートは、アフレックが霧の中に消えている方へと歩き出す。 本当なら、直ちに逃げなければならない。 此処で森に引き返すなど、悪魔に捕捉されるのが明白なのはヒートも解り切っていた。 仲間だ、チームだ、力量を超えた事態の中で、そんな悠長な事は無謀でしかない。 だが・・、 “スカーレットを死なせたくない” と、強く想う自分が居る。 あのシャナスを亡くして帰った絶望感は、もう味わいたくない。 過去の二の舞を演じるぐらいなら、死んだ方がマシと思える自分が居る。 体が・・思考が・・感じるままに遣りたい方に動いていた。 そして、戻りながら掻き分ける霧の先には、悪魔に迫られ木の幹へと寄りかかるアフレックが居た。 「アフレックっ!!」 引き摺る足を急かせ、アフレックの前に居る真っ黒い悪魔に斬り掛かるヒート。 鈍い斬り掛かりだから、余裕でフワッと霧の中の木陰に逃げる黒い悪魔。 人型で、蝙蝠の様な翼を持った悪魔に殺され掛けたアフレックを発見し。 間一髪の間合いで、助けに割って入ったヒート。 アフレックと合流が出来たので。 「もう逃げろっ! お前が逃げなきゃ、スカーレットも死ぬぞっ!!! 俺の分身をっ、お前は作る気かぁぁっ?!!」 ヒートに怒鳴られるアフレックは、もう片目しか開いてない顔を傾け。 「だ・だけ・・ど」 言い合う2人だが…。 悪魔が退いた霧の中で、薄らと黒い光がチカチカする。 それを見た2人は、声を揃え。 「魔法だっ!」 アフレックの凭れ掛かる木は、枯れ掛けた太い古木だった。 その裏側へと、アフレックを庇う様に逃げるヒート。 「アフレックっ! 横の大きな木の陰に行くぞっ!!」 押し殺す様な声だが、鋭く言ったヒート。 頷いたアフレックの背中に手を伸ばしたヒートは、アフレックの腰ベルトに手を入れ。 彼を抱え持つ様にして、木から下がりながら横の大木に移った。 だが、その悪魔の魔法を避けて、別の木陰に逃げたまでは良かったが。 大木の陰か、周りを見回し悪魔を窺ったヒートは、霧の中に影を見る。 (ぐっ、違う陰が後方に居るっ。 魔法を遣った悪魔・・以外の奴か) 他の悪魔との合流を許して、逃げる方向が無くなった。 「ひ・・トさん、スカー・・の方・・・には」 「あぁ、解ってる」 アフレックを肩に抱え、2人して後ずさるままに森の中へと…。 悪魔を連れて、先に逃げた者の所へは行けない。 街道の方から離れる様に、追い込まれていく。 大木から街道の方を窺うと、あの黒い悪魔の陰がボンヤリと見える。 また、逆の奥の広い方を窺えば、霧の中の地面を黒い塊がモゾモゾと移動している。 何度か見た、“黒い液体(スライム)状の悪魔”だと解る。 悪魔が余裕を持ってるのは、此方が街道から離れて、暗がりに逃げるしか無いからだ。 (チィっ、コイツの血の臭いが強い。 1人で逃がしても、掴まっちまう。 戦うしか・・ないか? 近くに、あの霧の様な悪魔さえ居なきゃいいんだが…) 人型で、翼と鋭い槍型の先端の様な尻尾を持った悪魔は、肉弾戦を好むタイプならしい。 その手にする黒い剣と鉤爪の様に伸びる爪。 そして、鋭い針状の尻尾で襲い掛かってくるからだ。 一方、スライムの様にドロドロとしている悪魔は、動きが鈍い代わりに魔法を連発して遣ってくる。 多彩な暗黒魔法遣う様子から、魔力に長けている様だ。 だが、この2匹より侮れないのは、実体が無い霧の悪魔だ。 音や気配も無く近寄って来ては、獲物の体に纏わり着く。 纏わり着かれると、無数の手が霧の中から生み出されて、衣服や体を掴まれる。 その手は、まるで意思が在るかの様に、首を、手首を締め付けて来る。 そして、髪の毛を掴み頭を固定すると、目を潰そうともして来る。 この悪魔との戦いは、深夜から続いている。 基本的に霧の姿をしているから、その姿を見つけても遠くからでは視界に捉えておくのが難しく。 また、その動きが思いの外に素早い。 怪我をしたヒートも、大怪我をしたアフレックも、見つかったら逃げ切れる相手では無かった。 もし、あの霧の悪魔に掴まった時に、他の2匹の悪魔の接近を許すなら、それはもう“必死”を意味すると云って良い。 アフレックを第一に逃がす事を考えるヒートは、逃がす為には自分が囮に成るしか無いと思った。 其処で。 「アフレック、良く聞け。 この巨木を見ろ。 縦に、幹に雨露の亀裂が出来てる。 お前は此処に入って、俺が悪魔を引きつけた後に、街道方面へ逃げろ。 いいか、必ず、逃げるんだっ」 ヒートは、死ぬ覚悟を決めた。 彼を逃がす為に、これしかないと云う方法を云う。 だが、もうまともに喋れないアフレックは、自分だけ助かりたくないと、弱弱しくも首を振っている。 「アフレックっ、スカーレットの為に、俺の云う事を聞けっ」 「で・・も・・・いや……」 なんかして、アフレックを逃がしたいヒート。 ヒートだけを犠牲に出来ないと、拒否するアフレック。 2人が意見を合わせられず、どんどん危険が迫って来ると焦る。 だが・・其処へ突然にである。 - ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!!!!!! - けたたましい断末魔の悲鳴が、突如として森の中に轟いた。 人の声とは思えない、おぞましい声である。 「・・・」 「・・・」 必死の相談を終える前に、こんな声が響くのだ。 声のした方を見るヒートに、辺りを窺うアフレックは、情報を得るのに必死だった。 そして、霧と木の向うから。 「おい、生存者は2人だけか」 いきなり、人の声がした。 誰が逃げて来たのかと思うヒートは、直ぐに。 「だっ・誰だ? 兵士か? 役人かっ?」 と、返した。 「一応、お宅等を救援に来た。 まぁ、俺一人だがな」 1人で誰が………。 驚いたヒートはアフレックの肩を担ぎ、2人して急いで声の方に。 すると其処には、霧の悪魔を黄金色に光る右手に掴み上げ、握り潰そうとする黒い衣服の人物が見えた。 - アワっ! ア゛・アグォォォォォォォ………………。 - サラサラとした塵に変わりながら、霧の悪魔が倒される。 「おぉ・・あ、それは気孔の体術かっ? ほほっ、他の悪魔は、もうい・居無いのか?」 驚く技だが、ヒートも冒険者の生活が長い。 “体気仙”と云う気孔の技を手足に出して、不死のモンスターと戦う格闘武術を見た事が在った。 オーラが有り得ない程に、異常に強いが。 倒した具合からその類だと理解した。 「3体は、此処で倒したぞ。 他は、どっちに居る?」 Kは、ヒートに質問を仕返した。 Kに近寄ったヒートは、返す様に。 「街道の上に、仲間が逃げたっ。 おっ大怪我した者を背負ってだからっ、そっちに行ったかも知れない」 助かった事から、興奮して枯れ声が上擦るヒート。 だが、黒尽くめ姿のまるで悪魔の様なKは、差して大変そうにも見えない様子で。 「あ? それなら、もう保護してある。 そっちに向かってた大型の悪魔は、もう倒した。 ・・・って、おいおい。 2人して結構な大怪我してんなぁ~」 話の最中で2人の状態を目視で確認したKは、アフレックの両足の怪我を見てこう云い。 彼の手当ての為に、アフレックの足に屈んだ。 「あ~あ、無理して動いてるから、折れた骨がズレてら。 このまま治したんじゃ、もう元に戻らず棒みたいになっちまうぞ」 足の歪みを診て、そう言うK。 ヒートは、後から悪魔が近付いてくると思い。 「とにかく、街道まで戻ろう。 それからでも治療は出来る」 と、提案する。 が。 「いや、此処で応急処置をする」 Kは、ハッキリと言い切った。 「え゛っ? だっ、だが、悪魔が何処に居るかも…」 慌てて、辺りを窺うヒート。 Kは、全くの緊張感も無い様子のままに。 「向うに、徘徊してる悪魔の気配が、此処からでも薄っすら感じられる。 進路からして、こっちに気付いてる気配だ。 集まっている人の元に、わざわざ誘導する事もあるまい」 アフレックの全身をざっくり診たKは、ヒートから受け取る様にアフレックを動かして、その場に座らせる。 然し、こんな悠長な物言いに驚くのは、殺される掛けたヒートだろう。 「おっ、おいっ!! 悪魔に気付かれてるのに、此処で治療するのかぁっ?!!」 出血を抑える薬を持ち運べる丸薬にしたものを取り出すKは、ヒート見る素振りも無く。 「高が低級悪魔の群れでガタガタ云うな。 迎え撃つ事も出来ないで、1人で応援に来るかよ。 それより、アンタ。 骨を矯正するから、コイツの肩を押さえてろ。 結構イタいぜ」 「あ・・悪魔が来てるって・・云うのに。 アンタこそ、何なんだ?」 傷だけではなく、アフレックの足の骨は骨折して捩れ、原形から離れはじめていた。 これを一気に矯正すると云うのだから、その痛みは想像を絶する程に酷い。 Kの存在を飲み込めないヒートだが、助けられたから主導権はもう無い。 仕方ないとばかりに、アフレックの体を押さえる事に。 「うあ゛っ、あがががーーーーーーーーーーっ!!!!!!」 見事な手捌きのKだが、肉を破って動いた骨が戻される激烈な痛みに、アフレックは我慢成らずに思わず絶叫。 (チィっ、完全に気付かれる) 内心に焦るヒートなのだが。 「いいぞ。 どうせ悪魔には気付かれてるんだ。 大声を上げようが、気にするな」 と、Kは全く気にしない。 そして・・、案の定。 - オ~オ~、イタゾォォォォ~~~~~~。 - 低級の悪魔でも、高い魔力を秘める三つ首をしたハゲタカの悪魔が、霧の晴れ掛かる木陰先に現れた。 鳥足は人の様に長く、胴は鳥のそのもの。 そして、翼に手が着いていて羽ばたき。 頭部には、ドス赤い目をしたハゲタカの顔が、死角無き方向で3つ付いている。 汚らしい灰色みを帯びた曇る銀色の体毛は、見るも毒々しい照りを覗わせていた。 「おいっ、きききっ来た…」 ヒートは、その悪魔を直視する事が出来ない。 この悪魔、低級ながらにフィアーズ・コートに似た能力を持っているらしい。 然し、Kは…。 「あぁ、来たな。 それより、布で足を固定しちまう。 ビビらずに押えてろ」 陽が上がって来て、霧が街道沿いから晴れ始めているのだろう。 薄っすらと、森の中が晴れて視界が広がり始めている。 だが、ヒートが焦るのも無理は無い。 視界が開けるなら、此方の様子も丸見えに成るのだから。 それでもKは、全く動じていなかった。 もう何がなんだかと思うヒートは、こんな悠長が在っていいのかと思う。 そんな中に於いて、Kは一本の安物のダガーを手に持つと。 「もう朝だ。 モンスターは塵に還って寝てろ」 と、アフレックの脇に屈んだ態勢から横に投げる。 「おい・・・」 何をするのか、とヒートは思う。 然し、アフレックの足の固定に入るKが投げたダガーは、鋭く放たれた弓矢の如く宙を走り。 瞬く間に、我先にと漂ってくるゴーストを、3体続けて串刺しにして消してしまう。 (ダガーの先に、聖水でも掛けられていたのか?) どうしたのか、見ているヒートにも解らない。 が。 ゴーストを倒したダガーは、急に真上へと捨てられる様に跳ね上がったかと思えば。 後から遣って来たスケルトン2体をその場の宙で待っていたかのごとく落下。 (おおっ・・、凄ぇ!) 見ていたヒートは、一瞬にして身体の痛みを忘れた程に驚いた。 刃を下に向けて落下したダガーは、スケルトンの一体目の頭部に当り、その頭部を粉々に砕いて弾かれ飛ぶ。 そして、ダガーは更に動き。 後方から近付くスケルトンの胸に飛び込んで、背骨に突き刺さりダガーは壊れて落下。 スケルトンは、瞬時にしてバラバラに砕かれて、塵に還るのであった。 アフレックを押さえながら、その一部始終を見ていたヒートは、 「おい・おいおい、あれって・・ダンシングダガー・・か?」 と、Kに尋ねる。 モタツく事もない見事な手つきで、骨を戻し両足を固定するK。 「いいから、固定するまで押さえに集中してろ。 動かれると、やり直しだぞ」 と・・だけ。 「あ、あぁ」 生返事の様に短く応えたヒートだが。 (この包帯男・・何者だ? こんな凄腕、居るなんて聴いた事ないぞっ? まさか・・主の、シュヴァルティアスさんの知り合い・・か?) 自分など足元にも及ばない凄腕のKに、その胸の内で湧き上がる疑問は尽きぬ。 一方、さっさと固定し終えたKで。 「これでよし。 後は、アンタが背負っていけ。 街道の上に居た女が、コイツだか、アンタだかを心配して泣いてたぞ」 と、立ち上がる。 痛みで気絶しかけてるアフレックを見たヒートは、ゆっくりと顔を上げながら。 「それはコイツ・・・、だぁっ!!」 語尾が驚きに変わるヒートだが。 (ままっま・・マジか) 目の前にKが居らず。 三つ首のハゲタカの悪魔をズタズタに斬って捨てた先に、彼が居たからである。 「んじゃ、残りの悪魔を潰しにいく。 街道か、宿泊施設に居りゃ~助けも来るだろうさ。 精々あの疲労困憊の僧侶2人に、魔法を頑張って貰え」 そう言うKは、霧の中へと溶ける様に消えていく。 「・・な・ナニモンだ? マジでよ」 ヒートは、Kの全てが解らず。 そしてこの微妙な助かり方が、熾烈な生き残りを掛けた夜からすると夢の様である。 だから少しの間だけ身動きもせず、Kの消えた先を見ていた。 「あ・・・す・スカ・・・」 アフレックの呻きを聴いたヒートは、我に返る。 (おっと、この色男を連れて行かなきゃな) 助かったと安心したヒートは、アフレックの顔を見て、スカーレットを助けられたと確信した。       ~6~ 悪魔との死闘から3日後の事。 古都アクエリア=カロノスの最上段北側。 断崖最上部から北東・北西方面の街道と通じる大門前にて。 救出された役人や兵士達が、荷馬車を改良して作られた輸送馬車に乗せられて、この街まで戻って来た。 「ウチの息子はっ、だ・大丈夫かぁっ?!!!!」 「ライサは? む、娘は生きてるのかっ?!」 漸く霧も収まり、久しぶりに良く晴れた昼前。 警察役人のポーター長官を始めに、迎えに来た役人達と。 警備活動に加わった役人や兵士の無事を確かめに来た家族が、その迎えに出た役人達を取り囲む様にしており。 まるで、戻って来た馬車を堰止められている様な状態に在る。 家族の生死確認をしたい家族の声が、必死の思いで上がる処へ。 生存者を乗せる馬車が次々と入って来ては、混雑する繰り返し。 「・・・」 黙って役人数名を従えて、迎えをするポーター長官。 その存在に気付いた兵士の一人が、馬車の操作席の補助席から飛び降りた。 「ポーター長官。 態々のお迎え、有難うございます」 「うむ。 大変な事に為ったな、疲れただろう」 先頭馬車に乗っていた兵士は、畑違いながらに労いを貰って恐縮し、敬礼をしてから書類を纏めた書簡の様なものを出して。 「街道分岐点に在る砦に居られる兵士長より、状況の詳細と役人の生存者・死亡者の報告書となります」 険しくした眉を震わせ、その書類を受け取るポーターであり。 「死者が、お・・多いと聞いた。  被害は・・さ・最悪か?」 「・・は。 兵士は、街道警備に当っていた者、総勢31名中、25名が死にました。 砦に待機していた14名、ならびに。 街道警備の交代で事態に巻き込まれた残りの11名も、悪魔掃討に参加し・・亡くなりました」 すると、ポーターは深々と一礼して。 「済まない。 冒険者のチームも雇い、戦力を増して警備する作戦に遅れが出た。 第二陣の警備調査隊から協力警備に成ると決まっていただけに。 我々、監督する上の者の不手際が大きい。 死傷者の家庭には、階級や俸禄に照らした相応の見舞金を出す様に、私から統括へ掛け合う。 恐らく、兵士の家族達から色々と不満が出るだろうが、駐屯軍を束ねる将軍への陳情は、此方へ回して貰いたい」 と、云ったのである。 然し、この兵士は、事実的な裏事情を知っていた。 (あのバカな大臣達の為に、ポーター長官などが御苦労をされている。 ふぅ) 行方不明者の存在が解り、この一件が話し合われた時の際。 兵士を貸し出した軍部の現場指揮及び、幹部下位指揮官の間では。 “冒険者の力を借りる必要は無い” “何のために、兵士が体を張って街道を日々守っていると思う” “そうだ、冒険者などに手柄を奪われて堪るか” と、言い張った者が居る。 また、役人や街の財政を扱う市政幹部も、冒険者を一々雇い入れる必要などないと同調したらしい。 この街の兵士は、元々からモンスターとの戦闘経験も他の国の兵士に比べれば、格段に多い場数をこなしている。 だから、悪魔が居らず死霊モンスターぐらいならば、聖水の携帯を許しているので何とかなろう・・と。 タカを括っていた部分が在ったらしい。 捜査が開始された日からポーター長官は、強く冒険者の雇い入れを主張したらしいが。 カギンカムが顔馴染みの他部署となる、財務管理庁や市街の防衛・防災庁などとの掛け合いで、逆に言いくるめられた。 悪魔の存在を確認していないお役所で、倒されたと云うのだから。 “もしも” の場合は、宿泊施設に居る冒険者の手を先ずは借りれば良く。 その緊急手当て分だけの用意で、後は成り行きを見守るとしたとか。 上の見通しの甘さと、カギンカム以下大臣達の危機感のいい加減さが丸見えだと、この伝達役の兵士は知っていたので。 「は。 では・・失礼します」 と、何も文句は云わなかった。 兵士が去ると、直ぐに書簡を開いたポーター。 生存者として運びこまれた者は、緘口令も有って。 街に着いたそのまま、軍医施設へと運ばれる手筈になっていた。 色々と事情も重なり、おいそれとこの家族達を後目に、自分だけが子供の様子を確かめる訳には行かない。 「・・・」 生存者の中に、マシューの名前を見つけたポーター。 だが、死者の方には、マシューの先輩で自分の側近達の息子の名前などがズラズラと…。 (嗚呼…) 苦渋と云うか、苦悩がフツフツと胸の中に広がって来る。 自分の息子を最も危険な先発調査部隊に組み込んだのは、ポーター自身の所謂ところの“親の欲目”が有ってだ。 自分の息子とは言え、権力で強引な出世をさせようとは、ポーターは思わない。 こうゆう突発的で上下の役職関係がハッキリしない処で、任務へ息子を参加させ。 その作戦成功を手柄に、息子の地位を確立させてやろうと云う親の欲目だった。 (嗚呼、嗚呼っ、い・生きていた。 これだけでも、私には最大の朗報だ。 だが、息子を預かってくれた若者達が、皆・・亡くなってしまった) 報告の死亡欄にある名前を見ても、 “欲目” それがハッキリと裏目に出た。 いや、外側の一般人や住人から見れば、ポーターの息子で在ろうと規律正しく選考が行われて、こんな危険な任務に配属された様にも見えるだろう。 また、報告に因ると。 生き残った役人の中では、マシューが一番の重病人らしい。 瀕死の大怪我なれば、色々と言い訳も出来る。 だが、ポーターは悩む。 後からの言い訳な考え方だが。 (やはり、粘って冒険者の参加まで、今回の合同作戦の立案計画の範疇と漕ぎ着けて。 調査隊の出発が遅れても構わぬ位に、慎重論を言い張っても良かったか……) こう思うが、実際には悪魔は2度も呼び出されたのだ。 調査隊を派遣しようが、しまいが、被害は出た。 そうなると。 (だが実際には悪魔が暴れた。 警備隊も、捜索部隊もあの時に投入せずして、悪魔の被害が街道で出ては、なんの言い訳も出来なかっただろう。 嗚呼・・嗚呼………) 内心に、慟哭に等しい嘆きを吐き出しながら。 報告書を良く見れば、半日遅れで到着したKの御蔭で、兵士や役人は全滅を免れたらしい。 今回は彼の存在なくして、この一件の被害の最小化は無かっただろう。 彼が居なければ、被害は街に迫ったかも知れぬ。 この犠牲、大きく見れば非常に大きく。 小さく見れば、非常に小さい。 「報告書を受け取った。 後は、総務部の一員に任せ。 我々は引き上げて、事態の収拾と事後処理に動くぞ」 ポーターは、上辺に冷静を装い。 静かにそう数名の部下へ。 「はっ」 「では、その様に部長へ伝えて参ります」 「うむ。 では、先に動くぞ」 ポーター長官は、この事後処理と不手際の責任だけは、自分で背負う気でいた。 それから・・、更に2日後。 冒険者協力会の出張所たる斡旋所にて。 戻っていたKがシュヴァルティアスの私室にて、ソファーに伸びている。 「リーダー、紅茶」 ティーテーブルに出された紅茶に合わせ、シュヴァルティアスがデスクから応えて言い掛ける。 「おう、ありがとうよ」 だがKは、紅茶を作り出した執事のゴーレムに言うのである。 「いえ、命令ですから」 恭しくそう言うゴーレムの執事を一瞥したKは、腕枕で横に成った態勢から紅茶に手を伸ばし。 「んで、後処理はどうだ?」 デスクを前に、送られて来た書簡を見るシュヴァルティアスは。 「書いてある内容から、悪く無い進行具合ですね。 冒険者との合同での始末を命令された調査部隊が、今朝に出発しましたし」 話を聞くKは、紅茶を堪能する事に気を向けていた。 シュヴァルティアスは、一応は書簡の内容をすべて伝え様と。 「後、カギンカム大臣は、この大事を企んだ首謀者があの過去に消された侯爵殿下の御子息と認めましたし。 ま、ポーター長官の辞表だけは、恐らく受理されないでしょうね。 責め腹を切らされるのは、カギンカム大臣らしいので…」 「あ、そ」 気の無いKは、紅茶を啜ってまた執事のゴーレムに。 「ミルクと紅茶の割合、バッチリだの~」 と、云っている。 シュヴァルティアスの瞳の中で、悪魔をものともしない怪物は、完全に元の暇人に変わっている。 ポーターからの謝礼金も、必要な一部だけ貰うとして。 残りの大半は入院した冒険者達の治療費に当てろ、と冷たく言い捨てた。 カギンカムの態度と掴まった魔術師達の様子で、粗方を悟ったKの読みは正に当っていた。 Kに父親を始末された息子は、歪んだ憎しみから遂には悪魔を使って街を滅ぼし。 モンスターの住む街を作って、自ら王と成って君臨する気だったらしい。 この事実は、今の統括及び、街政政府には痛い事実だ。 あの濃霧嵐が起きた夜に、侯爵の息子はカギンカムを抱き込もうとした事が解り。 この街を統括する長官は、カギンカムと一緒に、秘密裏に息子を処理するらしい。 カギンカムが悪く見えないが、命を助けて貰う為に誘いに乗りそうだった事を息子が言った。 それが、統括には悪く思えたとか。 だが、全てを知るKからするなら、 “どうせ過去の処理をするなら、表立ってやりぁいいんだ。 隠したって、妙な謎と不審な恨みが残るだけよ。 どいつもこいつも、てめぇが可愛いのは変わらないってか” な、らしい。 父親の意向で調査隊に加えられたマシューは、瀕死の重傷を負った。 また、兄貴分を全員失って、その受けた精神的な傷も大変なものだろう。 これとは別に。 意味が解らず巻き込まれた冒険者とて、6名しか生き残らなかった。 一番症状が軽かった中年男性の僧侶と女性の神官戦士は、ヒートやスカーレットの回復を待っているらしい。 信頼が出来そうな彼らと、チームの再結成でも見ているのだろう。 だが、アフレックの怪我は、非常に重く。 スカーレットは、精神的な負荷による意思の浮沈が大きい。 更には、エリックの怪我は、生きていれば御の字と云う症状で、冒険者にはもう戻れないだろうと思われた。  然し、此処でもKが動いていた。 街でも最高司祭となる者に掛け合い。 彼が調合した薬と魔法で回復をさせた。 時間は掛かるだろうが、アフレックは回復するだろう。 エリックも、まともに歩けるかどうか解らないが。 それでも、周りから視れば奇蹟の回復をした。 何故、Kが其処まで動いたのか。 あの過去の一件から派生した事件だが、起こる事を想定するのは難しい。 誰の所為とも云えないが・・。 Kが動いていたのは、責任を感じただろうか…。 事件の事を気の無いKと色々と話し込むシュヴァルティアスだが。 一つ、どうしても解らない事が有って。 「そう言えば…」 紅茶を飲み干すKは、そのだらしない格好から。 「あ? あ、御代わり」 と、シュヴァルティアスに反応しつつも、カップを執事へ。 「畏まりました」 執事のゴーレムがそう動くのを見てからシュヴァルティアスは、だら~んとしたKを見つめ。 「あ~~~、あのね。 僕の代行をしてるリンリィーと~・・その~面識有るみたいだね。 それも、かなり嫌われてるらしいケド?」 「あぁ~、それか」 どうでもいい、と言いたげなK。 然し、今、斡旋所の窓口を見張る中年女性が居る。 長身で、長い黒髪をポニーテールにする麗しの中年美女リンリィーは、Kを見て彼に気付くと。 いきなり魔法でも唱えそうな気迫で、此処に居る理由を聞いてきたのだ。 今でも、Kに自分から話そうとするクセに、その話し掛ける態度にあからさまな険が見える彼女。 だが、Kは何処までもうざったそうに。 「向うに居るネ~サンの事ね」 「知り合いなんだ」 「まぁ、な。 前に冒険者協力会の治める国のお膝元で、なぁ~んでか・・あのネ~サンに呼ばれてさ。 仕方なく家に行ったら、誘われたのさ。 だから、一晩な」 「え゙っ、抱いたの?」 「まぁ、な。 だが、俺は落ち着く場所なんざ探してなかったから、そのまま朝には出て行ったよ。 だが、向うはそれが“捨てた”って事だと、煩くて…………」 Kの話を聴いて、なんと云う事か・・と感じたシュヴァルティアス。 男女の痴情の縺れとは想像してなかったから、実に驚きである。 「へ・・へぇ。 でも、抱いた以上の感情は無かったから、やっぱり捨てたんだ」 「・・そうかぁ? まぁ、でも要らんからな、結果はそうなるか」 シュヴァルティアスは、こうゆう処は前と変わってないと思いながら。 「人生の先輩として・・酷いと思う」 「フン。 なら、人生の後輩として、あのオネ~サンを先輩に進呈しようか?」 「僕が貰うとかじゃないだろう? 君と彼女の問題じゃないか」 「だけんど、俺は一緒に為るなんて云った覚えもなければ、約束を交わした気も無いゼぇ? まぁ・・あの当時、あの年齢で初めてだったみたいだが?」 「ぶっ。 そっ・それは、君に捧げたんだよ」 「知るか。 聞いてねぇ」 不毛と云うべきか、何と云うべきか。 こんな話で昼間を過ごすKだが、二杯目の紅茶を飲むと立ち上がり。 「さて。 おれは次の街へに流れるかな」 と、ソファーから立ち上がる。 「えっ? 最後まで処理を見ていかないの?」 驚くシュヴァルティアスだが。 「アホウ。 処理ってのは、後々まで責任が持てるヤツがするんだ。 影は、罪を被って必要な時にだけ在ればいい」 丸で季節の移り変わりの様に、後味も残さないこの男。 付き合いが長く、見ているシュヴァルティアスからするならば、それが非情に寂しく見えてしまう。 (金も、名声も、異性すら捨てたのか……。 抜け殻の様で在りながら人の心を汲み取って生きる事を、こうも彼に決心させたものって何なんだ? ・・150年以上も生きてるのに、それが僕には解らない) 出て行くKの後ろ姿を見たシュヴァルティアスだが。 彼が街を去って行くのは、見送らなかった。 また、何処かで会えると解っていたからだった。
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