元怪盗紳士ルアセーヌ~盗みを忘れた大泥棒と冒険者に成った令嬢~

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元怪盗紳士ルアセーヌ~盗みを忘れた大泥棒と冒険者に成った令嬢~

<前置き> 今や只々気儘に旅をするKが、まだ〔パーフェクト〕として冒険者に成るその少し前から。 世界の巷を時折に騒がせる、風変わりな一匹狼の大泥棒が居た。 その通り名は、〔怪盗シュアーツェル〕と、こう言った。 この泥棒は、狙った家にわざわざ推参状を送り届け。 誰に知られる事も無く、宵闇の様に忍び込み。 巧みな鍵開け技術や幻想の魔想魔術、さらには魔法アイテムを使って。 役人が敷く厳重な警戒態勢の中から狙った宝物を奪って行く。 そんな彼の有名なトレードマークとしては、月の光で美しく輝く銀色の瞳が挙げられ。 この瞳から、“シルバー・ジルコニア”=銀色の宝石とも渾名された。 また、女性に対し紳士的な振る舞いをしながらも、溢れる大人の色気で誘惑する。 時折、狙いを定めた屋敷のメイドだの、奥様を魅了して。 我が物とし、一夜の行為に及ぶ事も在った。 そのキザで紳士的ながら、犯罪と女性に関してある一方から見れば、それは明らかに傍若無人な態度。 各国の警察機関が目の敵にしていた大泥棒であった。 処が………。 Kが、“パーフェクト”のコードネームで暗躍している間に、その大泥棒が忽然と姿を消したのだ。 同じ泥棒の仲間でも、それは衝撃的な出来事であり。 一気に憶測から生まれた噂が、裏社会に飛び交った。 何故ならば、捜査する側、噂する側、その誰一人として彼の素顔を知らない。 原因として飛び交った噂は、 “ヤバい殺し屋に逐われた” とか。 “顔を誰かに見られた” とか。 有力な候補として信じられたは、 “彼を仲間に引き込もうと、世界的に蠢く組織的犯罪集団が探し回っているらしい。 だから、彼は姿を消したのだ” と、これだった…。 そして、噂が風化して行く。 幾年か、年月が過ぎた………。  《序話:女狐にナメられて》 不思議なもの、“縁”。 因果が廻り、錆び付いた運命の歯車がまた軋み。 砕け散った“縁”と云う繋がりが、何かの形へ再生しようと動き出す切欠は、あの包帯男Kが発端となる。 それは、ある年の新年を迎えたばかりで在る、世界最大の国家フラストマド大王国にて、形を成し始めた。 この時のKは、オリヴェッティと一緒に、秘宝を探す旅をしていた処だった。 そして、明日には東の大陸へと向かうべく、クラウザーが船長としての最後の航海に臨むことになるのだが…。 そんな前日の昼下がりに起こる、小さな出来事からこの物語は始まるのだ。 (ふぅ、また雪か。 今年は、良く降るな) 朝までは晴れていたのに、千切れた雨雲の群れが到来し。 また、雪が降り始めていた。 魔法の掛かったアイテムを扱う店が多く犇めく、商業区の中でも細い通りが網の目の這う、その何処かの路上にて。 曇天の空より舞い落ちて来る冷たく白い粉を肌に受けて、徐に空を見上げるK。 (ま、これは早く通り過ぎる雪雲だな。 長くは、降らないだろう) 天候を読めるKは、雲の様子からそう覚った。 処が、そのままの立ち姿から。 「ローズ、俺を尾行しようだなんて、舐めてるのか?」 人通りが極めて少ない細い路上で、雪が踏み固まった上を滑りその場でターンをしたK。 その視線の先には、店と店の狭間にある隙間へ、そっと身を隠す何者かが居た。 だが、尾行がバレてしまっては、身を隠しても意味は無い。 「あ~~らら、バレてたのね」 その女性の声をした何者かは、仕方無さそうに姿を路上へと現した。 頭に厚手の白い幅広マフラーを巻いて被り、余りを首周りに巻いていて。 純白の毛皮のコートを纏う人物は、非常に美しい大人びた女性だった。 緑色の瞳、この降りしきる雪の様に白い肌もそうだが。 どこか恋愛やら性愛に、随分と慣れ親しんだ感じのする雰囲気と、冬の服の上からでも解る肉体美からして。 男性に特に好まれそうな女性である。 その女性は、Kの前まで歩きながら。 「貴方、名前を変えてたのね。 いっくら探しても貴方の居場所は解らなかったし。 今だって包帯なんか顔に巻いてるから、さっき見掛けても直ぐに解らなかった」 そんな彼女を見て、スッと目を細めるK。 「昔の名前なんて、もう捨てた。 何と名乗ろうが、俺の自由だと思うが?」 “ローズ” Kにそう呼ばれた女性は、後ろで冒険者の2人が店から出て来た事を感じ。 Kへ間近まで歩み寄ると。 「ねぇ、暇なら・・チョット飲まない?」 と、甘える様に云う。 漆黒の立ち姿のKは、 「俺は、もう酒なんざ詰まらなくて飲まない。 用が有るなら、手短にしろ」 と、だけ。 「はいはい」 Kに近づいた女性は、仕方ないと云う苦笑で頷いた。 店を選ぶべく2人は大通りに入ってから、飲食店街へと向かう道に向かう。 シャンデリアが煌々と点いている、煌びやかな店を嫌ったK。 2人して入ったのは、グラスランプの灯りが仄かに店内を隅々まで照らす。 手軽な軽食のとれる喫茶店だった。 中に入ったKは、窓際ではなく。 入り口が格子の仕切りの隙間から覗ける、奥まった2人席に就いた。 Kの後に、ローズも従った。 「何になさいますか」 席に就くなり遣って来た、見た目からまだ10代前半と思しき働く少女の問いに、Kが。 「紅茶を、桃か・・柿でも添えてくれ」 フード代わりにしたマフラーを脱いだローズは、長い艶やかな髪を左の首から回して、前に下ろしたままに。 「まぁ、甘党になって」 と、感想を言いおいてから。 「私は、チーズをのせたパンを。 カリカリに焼いて」 テーブル上のランプで少し赤っぽく照らされた少女は、人懐っこい笑みで。 「承ります。 少々、お待ち下さいね」 彼女が去ると、その背中を見ていたローズが。 「カワイイ娘だわ~。 昔は、私もあんなだったのに」 すると、聞いたKは、実に詰まらなそうにして。 「テメェで告るなんざ、ろくでもない」 ローズほどの大人びた美人は、男性の誉めを誘うのが上手だ。 処が、Kはその誘いが下らないと、チクリ。 「はぁ~、相変わらず絆(ほだ)し甲斐の無い人ね。 数年前は、会えば私を強引にでも抱いてた人とは、とても思えないわ」 「俺に話とは、過去の詰まらない愚痴を言いたいのか? なら、早くしろ」 完全に呆れた様子のKは、もう言い合いを止める・・と楽になる様に椅子を座って受け身に。 然し、代わって笑顔に成るローズは、少し身を乗り出して、組んだ腕をテーブルに着き。 「ねぇ。 なんでシュアーツェルが、あんな飲んだくれに成ったの? 仕事の話も聴かず、今じゃ落ちぶれた貴族のルアセーヌさん、だわ」 緑色の瞳を見開くローズは、出逢って初めて真剣な顔をした。 横顔の・・下から見上げる様なKの視線は、ローズの目の奥に在る真意を見た。 「ほぉ、金持ちの男を狙って遊ぶのも、流石に飽きたらしいな。 どうやら女狐の略奪心に火がつくお宝が、何処かで出たらしい」 「あっ」 ビックリしたローズは、スゥ~っと態勢を、背中を背もたれに戻した。 やや呆れた笑みを口元に浮かべるKで、視線を外し。 「フッ…。 図星かよ」 Kの嘲笑とも見て取れる物言いに、ローズの瞳がやや細くなり。 「いけない?」 今までの柔らかい物言いが、ギッと鋭く成ったローズ。 「それは、お前の自由だ、ローズ。 だが、シュアーツェルの事は、もう諦めろ。 アイツは、もう盗賊としての牙が、完全に抜け落ちた。 二度と、盗みは出来ねぇな」 Kのサラリとした言い方に、ローズはまたグィっと前にのめり。 「何でよっ、たかが一回の失敗でっ!! 名前も、顔もバレてないのよっ?!」 声は押し殺しているが。 小声で感情的に強く云うローズ。 その顔を横目に見たKは、少し間を開けてから。 「………今のお前に、アイツの真意は解らんさ」 「…どうゆう意味よ」 「“愛”を知らず。 恋愛を売り物として、物欲の為の駆け引きにしか認めないお前さんには、ヤツの本意は解らないって事さ」 するとローズの美しい顔が、悪魔の様に狡賢い笑みに変わり。 「はぁ? 笑わせないでよ。 今まで散々に、女を食い物にして来た貴方や彼が。 家業を棄てたからって、いきなり善人ぶる訳? その腕前が泣いてるわよ」 この意見には、急に素直な態度でKは頷いた。 「そうだ。 それに関しては、お前の云う通りだ。 そして、その罪に心底から気付くから、家業が出来なくなったのさ…。 ヤツも、な」 Kの言葉に、何か言い掛けたローズだが。 「………」 二句を繋げなかった。 彼女の知る“飲んだくれ”と、Kの陰りが重なったからだ。 「あ、なっ・何よその言い方。 貴方、まさかそんな…。 パーフェクト、貴方が愛を理解したの?」 問われたKは、厨房の見えるカウンター席を見て。 「“知った”なんて、恐れ多い…。 生涯を掛けて、漸く答えが出る問題だ」 「はぁ? 子供でも平気で殺せた死神が、何を言うのよ。 パーフェクト、元に戻りなさいよ。 そんな話…、貴方に似合わないわ。 女性の身体が欲しいなら、私が何時でも抱かせてあげる。 貴方の強さは、それだけの価値が在るもの」 急に、媚びる様なローズの誘惑が。 白い肌の極上な美人であるローズの誘惑に、どれだけの男が堕ちただろうか……。 だが、余所を向くKの顔に、柔らかい微笑みが浮かび上がった。 「ありがとう、いい匂いだ」 包帯を巻いた顔だが、そのKの顔は朗らかだった。 木製のトレイで注文した品を運んで来た少女に、穏やかな礼を言った。 「おまちどおさんです」 目の前の光景を見るローズは、衝撃に近い驚きを隠せなかった。 “死神”とも、“悪魔”とも云われ、人に対して礼など一切示さなかったパーフェクトだったのに。 (なんで、そんな…) 目の前で少女に応対するKは、何処にでも居そうな男性にしか見えない。 包帯さえ巻いてないなら、気さくで話しやすい男性にしか目に映らないだろう。 (何で・・、何でこんなにっ! どいつもこいつも変わるのよっ!!!!!!!!!!) 喚き散らしたい衝動に駆られたローズ。 彼女の知るKは、恐ろしいまでに孤独を愛し、他人を人と思わない怪物だった筈。 そんなローズの憎らしげな視線を余所に。 「いい香りの紅茶だ。 店構えには見えない、しっかりとした吟味の拘りがあるな」 と、紅茶と果物を楽しんでいるK。 「パーフェクト、こんな店の紅茶で楽しんでる・・の?」 「これは、フラストマド大王国の南西部に生える茶葉を適量にブレンドしてる。 薬効の成分があり、鼻の嗅覚を刺激して匂いを感じ易くするんだ。 この、少し発酵した苦味が、そうだ」 目の前の人物が何者か、ローズは益々解らなくなって来た。 こんなに講釈好きな人物では、決して無かったのに…。 自身の目の前にも料理が運ばれ、Kに投げ掛けるローズの話は、一変した。 急に詰まらない、これまでのボヤキに。 Kが行方をくらませた後の話や、怪盗シュアーツェルが消えた後のグダ話などだ。 特に、シュアーツェルの話には、妙に念入りだった。 高価な宝石やら絵画やらを盗み。 持っている技術も、知識も、大金に繋がる矢面の人物であるから。 その彼を付け狙う輩も、千差万別だと。 実際このローズの話は、現実的な意味でも的を射ている。 彼の被害者と成った、貴族や商人は勿論だが。 捜査機関の役人だったり、身分を偽った要人だったり、はてまた悪い連中も。 何らかの目的が有ってか、彼を捜しているらしい。 然しながら、この現状の不思議に気付かない、ローズだったのか。 “手短にしろ” こうハッキリ言ったKが。 下らないローズの愚痴に、何も云わず黙って付き合っている。 適当だが、相槌までしていた。 ローズが、シュアーツェルと云う人物の事を深く聞かなくなって。 何故に、Kはそれを突かないのか。 結局、ムダ話をしただけで。 店を後にする時に、少女の一礼を受けながら出た2人。 処が、事態が急変したのは、その直後。 「じゃ、パーフェクト」 人気の無い裏路地の・・。 街中を流れるレンガ造りの水路脇に抜け出した2人は、其処で別れたのだ。 港の方に向かって、静かに去って行くK。 その背中をまるで食い入る様に見るローズは、凍りついた冷たい瞳をしながら、毛皮のコートの中にそっと手を差し伸べる。 (パーフェクト…。 貴方も所詮は、その辺の男と一緒なのね。 戦う牙も無い貴方なんて、もう語られるだけの“嘗ての凄腕”だわ。 落ちぶれた貴方をこのまま遊ばせて、他の誰かに殺らせはしない…。 私が殺して、貴方の嘗ての名声を拝借するわ) コートの下。 腰には、レイピアを佩いていたローズ。 Kの隙を窺い、彼を殺そうと店で思い付いたのだ。 細身の針の様な剣であるレイピアを引き抜いたローズは、雪景色に染まる水路脇の道に、目撃者と成りうる人が居ないのを確かめて。 (剣を、あの素晴らしいカタナまで棄てて、あんな安物の短剣を下げてるなんてっ…。 例え一時でも私を本気にさせた男が、こんな世捨て人だなんて・・、絶対に認めないっ!!) 覚悟を決め。 Kに向かって、自慢の駿足を以て走り寄ったローズ。 (死んでっ) これでもこのローズは、元は騎士を目指した貴族出の女性。 家が没落しなければ、騎士に成れたと思うだけの修練は、若き頃に積んだ。 その腕前と持ち前の美貌で、今まで女盗賊として生きてきたのだ。 白銀製であるこのレイピアで、モンスターとも幾度と渡り合った。 下手な冒険者の剣士などには、絶対に負けないと自負する技量が在るローズ。 そんな彼女の渾身の突き刺しが、背後からKを襲った。 だが。 (え゛っ?!) ローズは目を疑う事となる。 Kが…、フワリと消えたのだから。 あまりに手応えの無い、空を刺したレイピア。 そして、彼女の背後では爆発的に殺気が膨れ上がった。 (あ゙っ、違うっ! 弱くなって無いっ!!!!!!!!) その鮮烈にして、恐怖を纏う殺気は…。 「くっ」 思いっきり前に、Kが立っていた先に跳躍したローズ。 殺害しようとした事を気付かれた以上、どうにか対峙しては逃げ道を探す為に会話をするしか無いと思う。 然し、ローズは・・甘かったのだろう。 Kが、何故に普通の冒険者に成り、何故にパーフェクトの名前を棄てたのか。 そして、今の生き方をしているのか。 その意味が、彼女には全く…解っていなかった。 新たに降り積もる新雪の上に着地して、勢い余って滑ったローズは、必死の全力で背後へと振り返った。 「ひっ!」 何かを言い掛けたローズだったが。 顎の下、喉笛に、何かが当たっている事に気付く。 (うそ………) 視界に、いや目の前に、拳一つ入るかどうかの先に、包帯を巻いた男の顔が有った。 「ローズ……、何度も言わせるな。 お前の浅ましい魂胆が見抜けない、そんな俺だと思ってるのか?」 あらゆるものが瞬時に凍りつきそうな程に、冷たく乾いたKの物言い。 耳から入るKの言葉、此方の眼を射抜くKの視線に、ローズの全身が戦(おのの)いてしまいたいと震えたがる。 だが、喉笛の皮一枚に、Kの差し伸べる短剣の切っ先が在る。 大きく震えるだけでも、切っ先が皮膚から先に入り込むだろう。 幾度と修羅場を潜って来たローズだからこそ、必死に震える身体を抑えているのだ。 (しっ、しし・信じられない…。 ぱっ・パーフェクトはぁ……更にっ、強くなってるっ!!!!) “自分の判断が間違っていた”、とローズは今に気付く。 良く斬れる刃物が必要なのでは無い。 常時に人を怖(お)し、威圧しなければ成らない必要も、無い。 それ程にKは、強くなっていた。 そしてまた、家業を棄てたからその必要も無いだけ。 やろうと思えば、以前の事は雑作もない事なのだろう。 青ざめて、“死”の覚悟を迫られるローズの内面が現れた顔を、覗く様に顔を傾けて見たKで。 「お前が、仮に俺を殺そうが、よ。 俺の代わりは、到底に出来ないぞ。 欲深が祟ると、こんな風に命取りに成るんだ。 お前に、俺の跡も、ルアセーヌの跡も継げやしない。 無駄な高望みは、終いにしよう」 Kの話を聞いても、頷く事すらローズには許されていない。 背筋に溢れる汗が、恐怖に凍る体温でとても冷たく感じる。 ローズの瞳を見続けるKは、 「いいか。 俺やルアセーヌを、欲深い所に売るな。 その時は、元の姿が解らない、お前の死体が出るぞ。 過去に、詰まらなく縛られるなよ」 と、その短剣を引いて、ローズの脇をすれ違った。 「………」 雪の降る路上に、ローズは膝を崩した。 そして、雪に顔を埋める様に泣き出したのである。 周りなど気にする余裕など一切無かった。 それほどに怖かった…、魂さえ潰されそうになる程に。 恐ろしかった…、精神が消し飛んでしまいそうな程に。 もう二度と、この男を出し抜こうなどとは、思いたくない。 これから先、ローズとKの道は交差するが。 今までとは違う・・、新しい交差する道に塗り替えられた出来事だった。 《1話:不思議な縁(えにし)。 天然娘と包帯男》       【1】 ローズとKの再開から数年後の事。 1人で世界を放浪しているKは、各地で1人狼として他のチームに一時の参加をし。 懐を温めるまで居候し、頃合い…と云う大仕事や事件を機に、途中離脱する事を繰り返していた。 Kの事を見て、誰なのか直ぐに解る斡旋所の主も居れば、全く気付かない者も居る。 年齢やら何等かの機会で主の引退も在るからか、大半は後者だった。 さて。 それは、東の大陸をぼちぼちと彷徨くKが。 水の王国ウォッシュ・レールにて、大都市“フラルハンガーノ”を訪れた時であった。 時は、中秋の頃。 広い丘陵地と、北方・東北・東方・南方の山岳地帯から流れ来る川が広がる大自然地帯に在るのが、フラルハンガーノの街だ。 古代より石造建築が発達した街で、巨大な円形テーブルを象る空中都市が、巨石の柱に支えられた形になっている。 この大都市の真下は、広大な湖で。 この地で、幾つかの支流となる川が集まり、大湖を形成し。 そして、太い本流の大河を築いて、現在は西に在る王都へと水を運ぶのだ。 言い伝えや文献に因ると。 フラルハンガーノの街は、超魔法時代には魔術師の治める独立都市国家だったらしい。 水の国の所有領地では在ったが、王も勝手が出来ない支配地だったとか。 今は、王が派遣した市街統括官が、街を運営しているらしいが。 そして、この街の下から生まれる大河が、王国の東側、王国内右側半分の土地で産出される物資運搬の要にも成っていて。 人と商品などを運ぶ上で、河川を行き交う船が最速手段になっていた。 さて、包帯を顔に巻いたやや怪しき旅人のK。 行き交う人に、まぁまぁ見られたりする訳だが。 (いい時期に此方へ来たな。 夏の茹だる暑さが抜けた頃で、山地から涼しい風が来てる) 常夏の気候に当たるこの国だが。 一年を通じて、穏やかな寒暖の差が現れる地域が在る。 それは、山岳地帯を含む標高の有る地帯だ。 毎年に渡って、雪が降る様な冬は来ないのだが。 独特に生きて来た植物が、鮮やかな紅葉に似た色付きをするのだ。 紅葉と違うのは、一気に落葉しない事。 鮮やかな黄色や白や橙色に染まる樹木が見える山並みを、大河に添う大街道からKは見て歩く。 恐らく、フラルハンガーノの街までは、今の速さでKの足でも後、丸一日ほどは掛かるだろう。 まぁ、のんびり旅だから、彼の歩く早さは普通だった。 そんな、“のんびり旅”をしているKは、穏やかに晴れた昼下がりと景色で楽しんでいたのだが…。 ふと、明らかに自分を目掛けて、誰かが近付いて来る気配を感じた。 (殺気は・・ん、無いみたいだ…が?) すると、剣の鞘金具が動いて、鎧かプロテクターに当たる音が近付いて来て。 「あの…、た・旅の方」 ちょっと高めの、ハイトーンな声。 若い女性のものと思われた。 だが、どうして声が少し震えているのだろうか…。 「なんだ」 振り返ったKは、言いながら相手を見ると…。 「あっ」 相手も、Kを見た。 小声で驚くのは、相手が包帯の巻かれたKの顔を見てしまったからだろうが…。 「随分と髪や肌が汚れてるな」 先に質問を返したのは、Kである。 太陽の光で桃色に見える髪は、銀髪系の薄い赤髪だ。 化粧っ化も無い割に白い肌をして、全身的に肉感の有るちょっと背の低い女剣士が目の前にいる。 円らな瞳に、ほっこり膨らんだ頬と云い。 “美しい”より、“愛らしさ”が窺える女性だった。 だが、Kの眼からしても、この女性の様子が明らかにおかしいのは確かだ。 髪の毛や顔には、擦った様な泥が着いているし。 灰色のマントは、泥と枯れ葉が非常に目立って着いていた。 「あ゛っ、あああ・あの…フラルハンガーノへは、ここ・この道でぇ・・大丈夫でしょうか」 「そうだ、此処から街まで、後1日ぐらいだが?」 何をしたのか解らないが、全身から疲れが窺える若い女性剣士は、フランハンガーノの街が在る方に向いて。 「え゛へぇ。 あ・後、1日も…」 「道に迷って遠回りの山道でも来たなら、少し先の橋場から定期船に乗ったらどうだ? 此処からの乗船なら、20シフォンぐらいだぞ」 すると、Kの話を受けた女性剣士は、その場にヘナヘナと崩れ落ち。 「すいません…。 ワタジ、お金を盗られちゃってぇ・・」 「はぁ? なんだ、誰かに騙されたのか?」 「は…はひぃ」 “疲弊仕切った” と、云う感じの女性に。 「こら~困ったな。 仕方ない。 街に向かう馬車でも、行きずりに捕まえてみるか」 彼女を見るKは、その女性剣士を見過ごすのも面倒だと。 少しして通り掛かった荷馬車の一団を止め、声を掛けてみた。 止まった二台の荷馬車。 先頭の荷馬車を操るのは、見た目に40代と感じるふくよかな農婦らしきオバサンで。 「なんだい、まぁ~っ黒な旅人だよ。 顔に包帯なんか巻いてまぁ~~~」 良く喋る人物だが、疲弊している女性剣士の事を云うと。 「なんだい、そんな事かい。 街までならいいさ。 夜には街に入るから、乗っていきな~」 と、快く乗せてくれた。 寧ろKを訝しげに睨むのは、後ろの荷馬車を操る若い青年だが。 荷台の搬入する所の端に、女性剣士を座らせる。 そして、縁に座ったKは、 「んで? 一体、何が有ったんだ?」 と、確認に入った。 動き出した荷馬車。 西方の王都の方へと、人間の薬や家畜の薬に使う草などを大量に運んで行ったと云う。 そんな荷馬車の荷台には、得た金で仕入れて来た岩塩やら魚の塩漬けなどが、頑丈な木箱に詰めて積んで有った。 魚の御陰で、少し臭い荷台だが。 落ち着き始めた女性剣士は、Kにもそもそとした口調で。 「ワタシ、冒険者でシンディと申します」 「同じく冒険者だ。 名前は、ケイでいい」 「“ケイ”さん…ですね。 実は私、南方の中継都市のスレトから、フランハンガーノに向かって旅立ったんです。 でも…、山道の方に迷って入ってしまって……」 荷台の横縁に座って居るKだが。 シンディの話に、ギョッとして。 「なぁにぃぃ? あんな危険地帯に、お前みたいな女が1人で入ったのか?」 Kに驚かれたシンディは、本当に泣きそうな顔に変わり。 「はひぃぃ~、ワタジ・・本当に方向音痴なんですぅぅ…」 呆れ顔の片鱗が、口元に窺えるK。 「野党やら山賊に、モンスターも頻繁に出る山道だぞ。 通って、良く助かったな」 すると、シンディは泣き出した。 「う゛っ、うぅ…、助かってませんっ! 山の真ん中で、山賊の男3人に襲われて、隠れ家に…」 「だが……、俺の目の前に居るじゃないか」 「ちがいますぅよぉぉぉっ!! 身包み全部脱がされて、襲われてる最中にぃっ、モンスターが隠れ家にぃぃ…」 大体の成り行きを理解したKは、 「ふぅ、交わってる最中でねぇ…。 お助けじゃなく、二重に襲われたってか」 と、意味深に、何かを流す様な呆れの溜め息混じえて、横を向く。 すると、顔をパッと此方に向けて来たシンディが。 「交わる手前ですぅっ!! 私っ、初めてですからっ! 犯されてたら血の臭いからモンスターに襲われてますっ!!!!!!」 恥ずかしい事を感情任せに、怒声に近い大声で言ってしまったシンディ。 「はっ・ハハハ…。 そりゃあギリギリ助かって、良かったじゃ~ないか」 「でぅぇもぉぉぉぉぉ…」 また泣き出したシンディの様子に、Kはやや疲れが出る。 (なぁ~んだかな、1人で馬車に乗せれば良かったか?) 腕を縛っていた縄を必死で噛み切って逃げ出したシンディだが。 金を奪った男達は、触手を伸ばして獲物を漁る植物のモンスターに突き刺され。 殺されて、そのまま連れて行かれたらしい。 その証拠にシンディは、鎧やプロテクターの下に服を着ていなかった。 「街に着いたら、ど~するんだ? まさか、剣士が剣を手放す…とか?」 「グスン…、いえ。 いちお~ですがぁ、…隠れ家に有ったコレ、持って来たんですけどぉぉ」 と、プロテクターの背中に、ベルトを緩く巻いて差し込んでいた物を取り出す。 “ゴトっ”っと、木の荷台に置かれた物を見たKは、それが何か直ぐに解る。 「おっ、この真っ黒くデカい瓜みたいのは、〔ナデルコの実〕じゃないか」 「あ゛っ」 シンディは、そう言ったKに反応し。 「やっぱり、貴重な物なんですねっ?! 悪い人達が、私を街に売る時に一緒に売るって、言ったんですっ!!」 だが、Kは更にこの実の情報を思い出す。 (ん? ナデルコの実って、確か…) 「おい、シンディ。 ちょっとマントを捲って、背中を見せてみろ」 「へぇ?」 いきなり背中を見せろと云われたシンディは、ポカ~ンとKを見返す。 腕組みしてKは説明に入る。 「ナデルコの実を素手で掴むな…ってのは、採取の基本なんだ。 実の表面に、触れるとザラザラした粉がよく葺いてるが。 コイツは、肌に触れるとかぶれや湿疹の原因に…」 こう説明しているKの目の前で、こちらを向きながら背中をボリボリと、無意識に掻いているシンディ。 Kは、片目を見開き。 「って、掻くな。 炎症が広がるぞ」 言っているそばから、急に涙目に変わるシンディ。 まるで子供が愚図る様な、歪めた泣き顔をして。 「でもぉぉぉぉぉ…、痒いんですぅっ」 「チッ。 いいから、背中を診せてみろ。 薬ぐらいはやる」 “薬”と云われ、パッと表情を変えたシンディ。 「えっ?! ケイさんって、薬師さんなんですかぁ~?!」 間延びしたシンディの返しに…。 「街まで痒いままで、いいか?」 「ふぎゃんっ!!」 訳の解らない驚きの言葉を吐き出し、背中を見せて来るシンディ。 見せられた背中の一部は、完全に赤くなって発疹が出来ていた。 「あ~ぁ、掻きすぎて血が滲んでら」 マントを避けているシンディは、やや涙の残る真顔で。 「痒いデス」 サラッと診て、それは確実に解るKだから。 「診りゃ解る」 然し、何故か更に真剣な顔をしてシンディが。 「スッゴく、痒いデス」 「あぁ、掻いた所が化膿しかかってるしな」 すると、腰を揺らし始めるシンディであり。 「うわ~~ん、かゆ~いぃぃぃぃぃ~っ」 と、泣き出した。 冒険者で大人だと云うのに、いきなり泣き出すとは…。 呆れ顔も嫌になってKは。 「ホラ、コレを塗れ。 少し滲みるが、化膿止めにも効果有るから、我慢しろ」 金属製の筒状の入れ物を差し出すK。 携帯の薬師瓶で、長さも太さも中指に近い。 「うわ~~、匂いがクサ~~~い」 薬師瓶を開いたシンディは、ツンとくる刺激臭に顔を背ける。 馬車の向かう街道の先を、意図的に向くKで。 (スースーと滲みるから、また泣くな~) と、思いつつ。 「布もやるよ。 水で患部を脱ぐって綺麗にしてから、指先にしっかり出して、良く塗り込めよ。 少なく引き伸ばすと、効き目が弱まるからな」 と、布と水筒も出して彼女に後を預ける。 が。 「あっ…、スースーして気持ちイイ~~っ。 もういっかぁ~い」 キャッキャとシンディの喜びの声に、Kは脇目に見ると…。 (おいっ、アイツ…。 ノーテンキに鎧の留め金を外してやがるぞ。 脇から見たら、裸同然じゃないか) すれ違う他の荷馬車が在ると、それは結構な近さである。 街道の左側の方は、歩行者の者に空けなければならないからだ。 所々で、旅人やら冒険者を目にする。 (ん~、やっとリュリュの面倒もなくなって、この4ヶ月は気楽だったのにな~) 時折、Kの元へ遊びにフラ~っと突撃してくる、少年リュリュ。 神竜ブルーレイドーナの子供で、冒険者に成りたいだのとぬかし、甘えにやってくる。 そのお守りが漸くまた終わって、気楽にゆっくりしていたのに…。 「早く塗って終え。 お前、横から見ると、全くの裸同然だぞ」 見る気も起きないと、川の流れを見るKだが。 「え~~? ふぎゃん!! いゃゃゃ~~~んっ!!」 自分の姿を解って、1人で慌て、あたふたし出すシンディ。 (知り合いに思われたく無いな~) 天然娘のバカっぷりな天然度合いに、疲れ果てそうな感覚を味わうKだが。 (ん? あの髪・・そう言えば…) と、シンディを見る。 一方、鎧がずれて。 やや豊満な胸が脇から丸見えだったと、ジタバタ慌てるシンディは、パッとKを見返し。 「あ゛っ、ケイさん視てるぅっ!!!!」 と、指を指してくるのだが…。 Kの視線は、急に真剣になっていて。 「処で、シンディ。 お前のその瞳の色と髪の色・・、生まれつきか?」 Kに向ける手、左腕をわたわたと動かして、Kの視線を遮ろうとしているシンディ。 「そんな事を聞いてっ、スキを作る気ですねぇぇ~っ」 と、ジタバタしている。 だがKは、だだ冷静に。 「マリー・クリアベール・サラザールと、まさか血縁か?」 すると、その問い掛けに、今度はシンディがピタリと手を止めた。 「へぇ? あ・・け・ケイさん。 ワタシの母を知ってるんですか?」 返って来て欲しくない返答に、Kは顔を片手で抑え。 「そうか…。 もういい、薬塗って鎧を直せ」 「だってケイさんっ」 突っかかって、立ち上がりそうなシンディだが。 「ホレ、向こうから馬車が来る。 裸が見られるぜ」 このKの逸らしに、過剰反応する様にまたジタバタし始めて。 「ふぎゃんっ!! まままままマントぉぉぉぉぉっ!!!!」 Kは、そんなシンディを見ず。 1人で考え込み始める事とは…。 (全く、この巡り合わせは、一体なんだかな…。 ルアセーヌの奴めっ、テメェで過去の責任ぐらい、自分で取りやがれ!) 内心に、こう思ったKで有った。 そして、おどおどしながらシンディがマントの下で薬を塗り終わる頃。 自分達が来た道の後方を眺めて居たKが。 「おい、ありゃ~何だ?」 こう言って、荷台で立ち上がる。 「はフ? 何の事デスかぁ?」 シンディもまた、荷台で立ち上がった…。       【2】 あれから夕暮れが過ぎようとしている。 陽も殆ど暮れて。 ひんやりとした空気が、山側から森の中を抜けて来ている。 満天の星空が夜空に輝き始めた処で。 10台を超す荷馬車が、フラルハンガーノへと上がった。 “上がった” 普通の街に入るのには、ちょいと変わった表現だが。 フラルハンガーノは、巨石の円形一枚岩から削りだした都市が。 魔法で積まれたと思われるが、人の手で切り出したと思しき四角い巨石を、15個程積んだ・・そんな石柱の群の上に街が乗っかる。 まぁ、言わば一風変わった空中都市なのだ。 だから、フラルハンガーノに人馬が入るには、昇降機に因る助けが必要に成る。 この昇降機は、街の下に有る湖の水を水車にて利用した、水圧と歯車に因るもので有る。 重い荷馬車でもなんと10台位は乗せて、真上に見上げる高さへとせり上がれる昇降機だが。 同時に、街へ入る者を見張る検問所でも在る。 「次の馬車達よ。 定位置に止まって、荷物を見せるんだ」 街で検閲に携わる役人が、見張りの兵士数名を控えさせては。 夜でも、街に入る荷馬車の検閲を行う。 岩のテーブルを上げ下げする昇降機は、地上に設けられた砦の中に有るのだ。 さて、顔や服装から真っ先に怪しまれそうなKなのだが…。 荷馬車数台を走らせて来た商人や、Kとシンディを乗せた馬車を操るオバサンに、何故か手厚く擁護された。 実は・・。 あの昼過ぎの午後、Kとシンディのやり取りの後である。 荷馬車10数台に、大量の干し肉や塩漬けの魚を仕入れ積んだ商人の一団が、森から出てきた肉食の大型昆虫に襲われて。 Kとシンディの厄介になる荷馬車へと、必死になって追い付いて来た。 その大型モンスターとは、ゲジゲジの肉食モンスターで。 数匹が群れて、追って来ていたのだ。 逃げる商人の荷台には、西方の中継都市で雇った冒険者が、一応の護衛として居たのだが。 まだ駆け出しに毛が生えた程度の、若者中心チームだった為。 不意打ちを食らった上に、戦いも出来ずに8人中6人が喰い殺されたらしく。 商人の一団も、荷馬車1・2台を喰われた隙に、必死で逃げてきたとか。 馬車に乗ったままのKが、モンスターを瞬殺した手前。 命からがら助かったと云う処の、商人やオバサンの一家。 今しがた役人に疑われそうなKを結構な勢いで擁護したと云うのは、そんな経緯から成った。 Kが居なければ、全ての馬車や人は喰われていただろうし。 最悪、それを討伐するには、兵士や他の冒険者の力が必要になる。 そのモンスターを倒したのがKだ。 兵士に疑われても、擁護をしたくもなる。 荷馬車の荷台にしゃがんで乗るKは、マントをしっかりと纏って座るシンディに。 「金が無いって、さっき言ってたな。 あの商人から貰った礼金で、今夜の宿代を出してやろう」 箱型の昇降機が、ズズズっと上に昇る中。 すっかりKに感心したシンディで在り。 「面倒ばっかり掛けてっ、すみましぇ~~ん」 「フッ。 まぁ…自覚が有るだけマシだ。 んで?」 Kに聞き返されたシンディは、昇降する石の箱の中で。 松明の仄かな灯りで見えるKに。 「はぃ?」 「一応、冒険者なんだろう? どこかのチームに、口添えして貰って入るのか?」 「あ。 そうデス…よね。 私じゃ、リーダーはとても無理ですから」 やや力無い物言いで、シンディは言った。 そんなシンディを、冷静な視線で見るKから。 「お前、チームを作りたいのか?」 「出来たら・・いいなぁ~~と」 「なるほどな。 だが、安全な旅の道すら選べない者が、リーダーになっても仕方ないぞ。 仲間の助けを得るのは、リーダーだが。 助けられてばかりでは、チームを纏め上げられん」 「はぁ……」 「おい、シンディ。 お前はリーダーと成る上で、仲間に何を示す気だ?」 荷馬車の荷台にて、静かな語りでこう言ったK。 リーダーと云うのは、駆け出しの冒険者が思い描く理想とは、全く違う重責が有る。  仲間に入れて貰え無いからと、安易にリーダーを遣ればいいと思うのは、勘違いも甚だしいのだ。 困った顔に変わるシンディは、Kを恐々と見て。 「リーダーになって、仲間に助けて貰うのはぁ~、イケない事…ですかぁ?」 「お前ぇ、何を言ってんだ。 リーダーは、チームの仲間の命を預かる者であり。 また、チームの動く方向を決める役割だ。 適当に仕事を決め、適当にやってこなせるなら、年間に数千から数万の冒険者が死ぬかよ」 「ひう゛っ…」 「お前の様に、覚悟の見えない者が、実力も伴わずしてリーダーになってみろ。 それこそ、いざって時に見捨てられるぞ」 「じゃ、ケイさんはぁ、何でリーダーしないんですか~?」 「そりゃ、答えは簡単だ。 先ずは、遣りたくない。 それに、俺がリーダーをしたら、誰も、最後まで着いて来ないさ。 俺は、命の遣り取りすら瞬時に決める。 最小限の被害を想定した非情の決断に、最後まで付いて来れる奴が、この世にどれだけ居るか」 この話の間も、上へとせり上がる昇降機。 水力と歯車で昇る石の床が。 上に近付いて、ゴゴゴゴ……っと、違った音を立てる。 また、灯りとなる篝火が在り。 昇降する箱型の“篭”と呼ばれている場の隅となる四方に掲げ掛けられて、パチパチと音を立てて薄明かりで篭内を照らしていた。 「………」 Kに諭されたシンディは、灯りで見える荷台の床を見て俯いている。 何を考えているかは、子供の様なフテ腐れ顔で解らないが。 子供じみた突っかかる質問をして来ない処を見ると、本人も何か悩むだけの思案が浮かぶのだろう。 「ま、街に滞在中の間で、ゆっくりと考えるんだな。 さ、街に入るぞ」 Kの声に、シンディがハッと顔を上げると。 “ガシッ” と、音がして。 篭の動きが止まった。 「あ~ぁ、街中ですね」 ランプの街灯が灯る大通り脇に、荷馬車を乗せた篭が到着したのだ。 すると。 「んじゃ、黒い冒険者さん。 モンスターの事、ありがとうよ」 命からがら逃げて来た商人の男が、残った荷馬車10台前後に指示を出してからKに礼を言いに来る。 「いやいや、金を貰ったから、礼はそれで十分だ。 それからな、モンスターってのは匂いに敏感だから。 竹炭を藁で荷物に巻くとか。 虫除けを焚いた匂いを態と箱に着けるとか。 一般人でも出来る対処が、色々と有る。 売り物として在る物を工夫して活用するといい」 背の高い商人は、それは良い事を聞いたと。 「なるほど、学べる自衛手段も必要だな。 最近はモンスターの活発化で、他にも被害が多いと云うから。 商人の寄り合いで、自衛手段の勉強しよう。 では、夜分ながら、お先に」 「あぁ、また何処かで会ったなら、な」 「はい。 その時は、また」 なるべく“別れ”を告げない商人は、巡り合わせを大切にするとか。 Kのおかげで助かったのが、本当に良かったと言っている様である。 Kは、自分達を乗せてくれた中年のオバサン商人にも。 「宿屋街は此処から近いから、此処でな」 雇いの若者が動かす馬車を先に街中へ行かせる中年の女性商人は、荷馬車から降りたKに近付いて。 「アンタみたいな強い冒険者さんは、初めて見たよ。 冒険者なんて~、大半がいい加減な奴だって思ってたけどさぁ。 いやいや~、大した男も居たモンだ」 Kの脇から、シンディが顔を出して。 「あのぉ、乗せて頂いて助かりました」 と、言えば。 「いいよ、いいよ。 アンタとこっちの黒い人が出逢わなきゃ、アタシんとこの馬車に乗せなかっただろうからね。 下手してたら、あの行っちまう商人の馬車共々、モンスターに喰われてダメだったかも知れない。 これも、運の巡り合わせだよ」 中年の女性商人は、シンディから視線をKに戻し。 「んならさ、此処で。 冒険者の仕事、これからも頑張っておくれ」 「あぁ、適当にはやるよ」 人と荷馬車が退くと、昇降機に携わる役人が壁に向かって何かを大声で言う。 真下の砦に向かって、合図を通す連絡管が在るのだ。 それを見ないKは、暗い夜の中。 街灯に照らされるレンガで舗装された道路に歩き出し。 「シンディ、行くぞ」 馬車を見送っていたシンディは、アワアワと慌てながら。 「あ゛っ、ああ、待ってくださぁ~~いっ」 と、Kの後を追う。 モンスターに襲われた事の話。 それから、外国船から荷物を受け取ったと云う、やや不審な行商人への調べが長くなったのか。 手頃な店で食事を終えた2人が外に出ると。 街はもう、宵も深まりつつある頃合いらしく。 「おい、もう一軒行くぞ」 「サンセー」 「ねぇ、呑んでばかりじゃん。 なんか食べたい」 「じゃ、宿屋のやってる酒場いくか? パンも、スープも注文が出来るぜぇ」 「ん~っ、仕事が成功したんだもんさ~。 今日は、パ~ッとしようよぉぉ」 酔った冒険者の一団が、行く道の前を歩いていたり。 貴族の夫婦を乗せた馬車と、何度もすれ違ったり。 「あわわ、もう夜も遅いですね」 建物だらけの辺りを必要以上に見回すシンディが、Kには酷く滑稽であった。 少し背を丸める様に警戒して、街灯と街灯の間を早足に行くシンディ。 (襲われたのが、心に恐怖を植え付けたみたいだな) 何も言わないKだが。 シンディの年頃で、ケダモノの様な男数人に襲われたら、これぐらいは当たり前だと思える。 貞操は奪われなかったらしいが、精神的な恐怖は当分は消えないだろう。 さて。 今の頃合いからして、かなり賑わう宿屋街に入ったKとシンディ。 シンディの精神面を考慮し、店前が遅くまで明るく。 そこそこ部屋の管理が行き届いていそうな、そんな一軒を選んだ。 宿屋代を前払いで払うKで。 同じ廊下の並びで在る個室に、働き手から案内をされた後に。 「シンディ。 このまま、ちっと俺の部屋に来い」 と、彼女を呼んだ。 「はい…」 2人して、Kの宛てがわれた部屋に入り。 金の入った朝袋を何故かテーブルに置き、1人掛けの椅子に腰を下ろしたK。 手元に残る礼金の1000シフォンばかり、それをそっくりシンディに渡すべく。 「ホラ、それを持っていけ。 俺は、まだ金に困らないし。 お前は、服だ、旅の支度だと、入り用だろ?」 すると、何か聞きたい事でも有るのか。 モジモジするシンディは、 「あの~ケイさん」 と、しゃがんでテーブルに張り付き、Kを下から見上げて来る。 怒られたり、冷ややかな事を云われたく無い・・そんな心情の現れだろうか。 然し、半眼に成るKで。 「下らない探りは要らん。 聞きたい事を言え」 「じゃぁ~教えて下さいよぉ。 なんで、母の事を知ってるんですか」 「つか、いいから立て。 お前、鎧やプロテクターの下に、何も服着けてないのを思い出せ」 「ふぎゃんっ!!」 恥ずかしさから、慌てて立ち上がるシンディ。 マントをあたふたと纏うのだが。 急に点けた部屋の灯りが、芯の出過ぎで明る過ぎると思ったK。 ぶら下がる頭上のランプを軽く見上げて。 「お前の母親が自殺した時に、俺も偶々だが、あの街に居た……。 それが答えだ。 お前もそうだが、あの国の皇室とも親(ちか)しい者に限られた・・特有の髪や眼の女だからな。 死体の運ばれた先で、偶々に見たよ」 (え?) 立ち上がったシンディの全てが、ピタリと固まった。 「あ・・けっ、ケイさんは、母の死んだ姿を、み・見たのですか?」 「まぁ、な。 その頃は、別件でだが。 斡旋所から依頼された或る事件に関わっていてな。 他の死体の確認をする時に、珍しい容姿の人物だから軽く検死した」 Kの話に、シンディは引き寄せられる。 「母はっ、本当に…。 本当に、自殺だったんですか?」 「噂は、どうか知らん。 だが、役人の云う死体の有った様子、それから遺体を観るに・・それは間違いない。 クソ泥棒に絡まれて、何かの切欠で踏ん切りが付いたみたいだ。 典型的な飛び降りだった」 「泥棒…ってっ?!」 「ん、お前は知らないのか? 一時、世界を賑わせた怪盗のシュアーツェルだ」 と、身を伸ばして。 近場の台に在る水差しとコップを取るK。 「ケイさんっ! は、は・母はっ、どうして飛び降りなんかっ?」 あの間延びした天然娘のシンディが、真剣な眼差しでKを見ている。 空気がキュ~っと引き締まる様だった。 水をグラスに注ぎながらKが。 「さぁ、何が引き金だったのか…。 お前の母親に仕えて、身の回りの世話をしていたとか云ってたかな。 証人となったメイドの婆さんからの話だと。 何でも怪盗シュアーツェルが、お前の母親が大切にしていた指輪を盗んだとか……」 「指輪・・ですか? どんな・・、そんなに大切な物だったんですか?」 「さぁ、其処までは知らん」 と、言ってから水を飲むKだが。 更に。 「だが、メイドの老婆が云うに、だ。 その少し前から、もう魂が抜けた・・ってか。 云わば抜け殻の様だったらしいな、お前の母親はよ。 生きる気力も無い、死人みたいな生活だったらしい。 其処へ来たシュアーツェルと、毎夜に渡って遣り取りを行う内に、だ。 急に、飛び降りたらしい」 「そんな……。 それじゃその泥棒さんが、何かしたんじゃないですかっ?」 するとKは、また水を一口飲んでから。 「さぁ、…どうだろうか。 話に聞くシュアーツェルって泥棒は、女は抱いても女や子供に決して暴力を振るわない紳士だと聞いた。 それに、一つ引っ掛かる」 「何がデスか?」 涙目のシンディが、Kの知り得る全てを知りたいと。 テーブルからKに近寄った。 「それが…、な。 指輪を盗まれて、直ぐ飛び降りるなら解る。 然し、その女が飛び降りたのは、盗まれてから十日近くも経ってからだ。 然も、お前の母親が飛び降りてからは、シュアーツェルも泥棒をしなくなったとか」 「え?」 全く解らない事なだけに、シンディも何も言えなくなる。 一瞬、静寂が流れてから、Kが。 「ま・・考えるに。 お前の母親とシュアーツェルの間に、何かが在ったのは間違いないが。 その真相は、シュアーツェルの居所が解らないから、まぁ闇の中だな」 と、静かな語り口で、Kはこう言った。 「………」 鼻水を啜って俯いてしまうシンディは、何も言わなかった。 だが、Kは。 「シンディ。 お前に、俺からも質問が有る」 「へぇっ?」 顔を上げるシンディに、Kは・・或る衝撃的な事を聞いた。 「ウソ・・、なんでケイさんが知って……」 Kは、床のタイルに描かれる草花の模様を少しぼんやり見ながら。 「そうか…。 もう、これ以上の話し合いは止めよう。 どの道お前は、国を逃げ出したんだ。 明日に向かって進む事を、これからは考えるべきだ」 だがシンディは、こんな一言で引き下がれる訳が無かった。 「ズルいですよぉぉ、ケイさんっ。 わた・私だって、全部知る権利が有りますよっ!」 「でも、お前は、サラザール家の本家に居た訳でも無いだろう? 俺が知る過去は、お前の母親の全てと云うよりは、だ。 古くから続く、貴族社会の悪習に関してだ。 特別、全てを知ってる訳じゃねぇ」 「じぁっ! 何を知ってるんですかぁ~~っ!」 遂に怒り出すシンディ。 誰にも知られたく無い事を、Kが何故か知って驚いたが故である。 するとKも、そんなシンディを見た。 「夜も遅くなった。 あまり大きい声を出すな。 悪いがな、俺の過去ってのは、人に語れる様な真っ当なモンじゃない」 「ケイさぁんの過去じゃ無いぃぃデスっ。 ワタジと母のごとデスっ」 泣き始めたシンディに、Kはこう言った。 「シンディ、いいから良く聞け。 お前の母親の死の真相が、ぶっちゃけてどうだろうが。 現実の事実として、自殺した事には変わりなく。 また、お前が嘗ての母親の代わりを密かにさせられそうになった事も。 そして、逃げ出した以上は、もう過ぎた過去だ」 「で・もぉ…」 「悪いがな。 何の強さも持たずして、あの不可解な真相を知りたいなんぞ、今のお前には出過ぎた真似だ。 そんな事は、ちゃんと自分で生きれる様になってからにしろ」 「意味がわ゛がりませぇんよぉ~」 「今、俺からお前に言える事は。 “自由”ってのは、自分の自力で生き抜く事を由とする事だ。 一つの定まった運命が嫌で、逃げ出した以上。 国に戻らないなら、冒険者でもなんでも、生き抜いてやり抜く気合いを持て」 「グスン…、1人だからですガぁぁ?」 「そうだ。 ま、お前の母親が死んだ頃。 俺が、逃げたバカの始末を仕切らなかった事は、確かにお前には悪いがな。 話は、以上だ」 (え゛っ?) Kの言った最後の話に、衝撃を受けたシンディで在り。 そして同時に、当時のKが関わって事件がなんなのか…。 朧気に解った気がした。 だから。 「・・はい、解りました」 金の入った袋を持ち、ドアに向かってトボトボと歩き出すシンディ。 その背に、Kは。 「明日は、自由にしろ。 街中のモリオールド商店なんかに行けば、ナデルコの実は買って貰える」 廊下の外に出たシンディは、泣き終える半顔をKに向け。 「今日はぁ…ありがとうございました。 ケイさんのおかげで、助かりました」 元気を無くした声て礼を言って、バタンとドアを閉めた。 それを見送ったKは、 (やはり、まだアマちゃん極まりない。 誰か、支えになるお守りが必要なお嬢様だ) と、気を揉んだ。 だが、 “自分には全く関係が無い” とは、どうしても言えない理由が在った。 そして、また切に想う事は。 (今更ながらに、過去の俺は使えない。 何が、“パーフェクト”か。 やり残しばかりっだ・・、ふぅ…) 長い溜め息が、内心に出た。       【3】 或る日。 この日は、肌寒くも晴れた空が朝からずっと続いていたのに。 夕方になってから急激に天候が一変した。 真っ黒い雲に覆われ、強い冷気を孕む強風と雷を伴って、激しい雨を落とし始めた。 フラルハンガーノの街からやや北東寄りの山間街道に入り、深い森の中を行く事、数日ほど向かった先。 其処に在るのは、古代からの大都市、アクエリア=カロノス。 世界でも有数の古い水路都市で、レンガ風の古代建築をした街並みを今に続かせる、文化系大型都市である。 縦横無尽に街中を走る水路が特徴的な景観をし。 周辺地域の村や町から流れてくる物資が、陸路・水運で運ばれる中継地でもある。 以前に、Kの関わった悪魔騒動が起こった都市だ。 この都市の最大の特徴は、 “巨大な半円形のテーブルが、五段に亘って巨石の岩山から空中へと突き出している” と、云う変わった光景をしている事だろう。 フラルハンガーノに流れる川の一つで、最も幅広い川が、此処の街の水路から生み出されいる。 この街事は、以前にも詳しく書いたので、細かい事は省くが。 常夏の王都周辺に比べて、四季がはっきりと在り。 専門教育学校が在る事から、学者の卵がいっぱい居る事で有名な街だった。 さて、この都市に訪れた久しぶりの晴れ間すら、二日も保てず。 天候が崩れ出して、夕闇に降る土砂降りの雨が街を濡らす。 このアクエリア=カロノスの街の一角にて、貴族の住まう区域。 その大雨を窓を開けて見る男が居る。 「おぉぉ、雨よっ。 毎日、毎日、飽く事も無く。 そんなに降って、何を雪ぐ? 何を濡らして、解くのだ。 嗚呼、このバカな男の罪ごと、濁流の中へと私を運べっ!」 独り言を詩風にして言う男は、薄暗い中で片手に持つグラスを開いた窓の外に翳す。 其処で、まるで用意された様に、近くで稲光が光った。 グラスの中に在るブランデーが、少なくだが残っているのが見えた。 「・・・ふぅ」 溜め息を漏らし、全身で絶望的な気持ちを表現する男。 無精な鬚を生やして、髪も手入れされて無い無造作のままに。 着ている男性用のブラウスも、何処か、しわ寄せの目立つ物。 その服がブカつく程に、ガリガリの身体をしていた彼。 開いた窓から肌寒く水気をたっぷりと含んだ風が吹き込んで、男性を包んだ。 「嗚呼・・、あ………」 少し突風に近い風を受けた男性は、ヨロヨロと後退してしまい。 1人掛けの白いソファーに、事切れる様に崩れ座った。 「・・・」 座る勢いで、グラスから外へ飛び散るブランデー。 然し、慌てる事も無く。 男性は、俯くままに座って居る。 其処へ。 「シュアーツェル。 ・・いや、ルアセーヌよ。 一生、そのままで居る気か」 廊下側となる奥の両開きのドアに、誰かが寄りかかって立っていた。 すると、ソファーに座った男性は、徐に頭を上げ。 「嗚呼・・・、とても懐かしい声だね。 パーフェクト・・僕を殺しにでも来たのかい?」 ドアの縁へと背中を預ける者が部屋の中に向かって。 「悪いな。 もう、昔の家業は棄てた。 パーフェクトの名前も、だ」 驚く様に、座るまま頭を上げた男性は、泣き言の様に。 「そうか…。 嗚呼っ、君ですら・・私の死神には成ってくれないのか」 「ふん。 テメェの身の始末ぐらい、テメェで着けろ。 ま、恋人が金や宝石のローズ辺りならば、お前を悪い奴や警察役人辺りに売ってくれるかも知れないゼ」 すると、座る男性は、 「は・ははは・・」 と、身体を揺らして、弱い笑いを見せた。 だが、ドアの所に立って居る者。 いや、Kは腕組みをしたままで。 「呑気に笑ってんじゃねぇ、阿呆。 そんなに死にたいなら、自分の遣った責任をとり切ってからにしろぃ」 と、言い放つではないか。 “責任” この一言に、座ったみすぼらしい男性は、Kに反応する。 「責任・・・? 面白い事を云うね。 彼女を死なせた私に、死・・それ以外の責任の取り方が、まだ有るとでも云うのかい?」 「そうだ、ルアセーヌ」 「はっ、ははは・・・、これは全く、パーフェクトらしくない。 そんな嘘を言って、私の自暴自棄を止めようなど………」 「ド阿呆、自惚れてンじゃねぇ。 それならもっと早く来て、お前に云うだろうがよ」 座るままに、奇妙な雰囲気を感じ取った男は、 「・・パーフェクト? 君は、何を・・・言ってるんだい?」 と、探り問うと。 「お前が殺したと変わらないあの女、マリー・クリアベール・サラザール。 彼女には、別に預けていた様だがな。 実の娘が居る」 その、Kが放つ一言に、座っていた怠惰の男性が一瞬にして激変した。 まるで、嵐が来た空模様の如く。 「嘘だぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!!!!!!!」 突然に立ち上がって、叫び振り返る男。 其処で、また街に近づいて来た稲光が光った。 稲光により一瞬だけ照らされたKは、 「・・・」 無言を貫く。 Kが向く視線を見た男は、ワナワナと震え出しながら。 「う・・・嘘、だろう?」 黙るKと、彼を見る男性。 ザーザーと雨脚が強まる中で、Kは…。 「信じるかどうかは、お前の勝手だルアセーヌ。 だが、娘が生きているのは、事実だ。 然も、よ。 母親と同じ“貢ぎ者”と成る運命を嫌がり。 なんと驚く事に、冒険者に成ってっぞ」 「え゛っ?! な・何だってっぇ? そんなに、追い込まれて………」 「それは当たり前だろう? 引き取り手をお前が追い込んだ上に、自殺させちまったんだからよ」 「あっ、嗚呼あ゛ぁぁぁ、う゛ぐぅぅぅぅぅ………」 Kの言葉に、苦悩する様に頭を抱える男。 然しKからするなら、それは現実逃避だと。 「1人で苦しんでいる場合か? ルアセーヌよ。 お前があんな馬鹿な真似したから、娘を引き取る最後の手段となる証を無くした。 だから、あの母親は・・絶望したんだ」 Kの語りに、溜まりかねた男性は、 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」 まるで断末魔の様な大声を上げ、グラスを床に落とした。 砕け散るグラスの悲鳴は、雨の音によって外には聞こえて居なかっただろう。 Kは、その場に崩れ落ちる男性が、頭を抱えて泣き出すのを見たのだが。 「ルアセーヌよ。 お前、あれから結構な年が過ぎてるって云うのに。 全く変わらず、自分本意と云うか…。 実に身勝手な奴だな」 すると、泣いた男性の声と震えが、小さくなって行く。 Kは、更に続けて。 「お前の今の悲しみは、あの母親の為じゃねぇ。 追い込んだテメェの罪に、独り勝手に怯えてるだけだ。 終った事に悔やんでよ。 こうしている事が、お前の想う償いだとしたら。 そいつは、とんだ茶番だぞ」 Kが喋る中、泣いていた顔を上げる男性。 泣いていたのに、その顔は惚けた様なもので。 慟哭していたと云うには、悲しみが其処まで見えては居なかった。 「パーフェクト・・私にどうしろと?」 「責任を、罪を感じるならば、相応に償い果たせ。 母親の唯一の気懸かりは、まだ残っている」 「な・なんだ・・と? こ・この私に、冒険者に成れと?」 「お前のした罪は、何だ? お前のやった事で、何が起こった? 母親は、何に絶望して命を絶った?」 すると男性は、ガックリとうなだれて。 「私の罪は・・指輪を盗んだ事だ。 その結果として・・証が無くなっ・た。 マリーは、指輪が・・売られたと思う所為で、ぜっ絶ぼ・・う」 「全部を理解してるなら、その罪の償いの仕方も解るだろうが。 だが、今のお前を見る限り、これで娘も死んだら、さぞかし楽に成れるな。 もう、何もしないでいいんだからよ」 すると男性は床を這い、急にKへと縋り寄り。 「どっ、どうしてだっ? パーフェクト・・。 かっ彼女は、独りなのか?」 「はっ! 独りも独り、たら~んとした“のほほん天然娘”だ。 今頃、また誰かに騙されてるかもな」 Kの話に、男性はヨロヨロと立ち上がった。 「わ、解った。 それならば、この命を、その彼女に捧げよう」 此処で、Kは憶測でだが思う処が在り。 「ルアセーヌ。 あの母親の指輪の裏側に、娘の名前が在ったろう? 多分、それは“シンディ”…と」 また、更に近づいて来た稲光が、轟音を上げた。 本当に衝撃を受けた顔の男、ルアセーヌが。 「パーフェクト・・あ、どど・どうして名前が・あ・・在ったと…。 何でっ、知っている?」 「そうか、やっぱりな。 実は、な。 あの国での、貴族の習慣だ。 指輪の正統な受け取り相手を、裏側に親の名前と共に記すのさ」 「じゃ…」 ルアセーヌは、父親の名前も知っていた。 その名前を聞いて、Kは溜め息を吐く。 Kの脳裏に過ったそれは、権力を欲しいままにした貴族が自分達の快楽や趣味に残した悪習。 その餌食となる者が今に在るのは、やはり貴族の腐った精神が影響していると解ったのだった。 だが、今は何よりもしなければ成らないことが在る。 「ルアセーヌ。 その覚悟が決まったなら、少しばかり時間を用意しろ」 「え? 直ぐに、助けに…」 「馬鹿野郎。 十年近くもこんな生活してやがったから、お前の身体がボロボロなんだよ」 「いや、そ・それは…」 「お前の内臓には、もう死病の始まりが出来てる」 「あっ、本当か?」 「面倒を看るってなら先ずは、テメェの健康をある程度は取り戻せ。 湯治と薬で、数年は保つ身体に戻るだろう」 「そうか・・、其処まで壊れていたか」 ルアセーヌの健康状態は、その痩せ細って身体や目を診ると解る。 旅立って直ぐ、吐血するぐらいに弱っていたのだ。 (コイツの面倒を看るってのも、全くバカバカしいんだろうな。 俺が、一番の腑抜けか?) 呆れるしか、仕様が無いと思うKだった…。
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