元怪盗紳士ルアセーヌ~盗みを忘れた大泥棒と冒険者に成った令嬢~

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《2話:寄せ集めのチームに入るシンディと、女剣士ソフィア》       【1】 一ヶ月が55日以上も有るこの世界で、あののほほ~んとした若きシンディは、どうしていたか……。 Kとシンディが別れてからひと月が過ぎ去った、或る日。 この日は雲も殆ど無く、良く晴れた青空が広がる。 さて、さして暑く無い、ある日の午前中。 其処は、広大な植物の森の中。 この鬱蒼と生い茂る〔密草林〕の中では、空を見上げても、清々しさはイマイチ感じられないかも知れないが。  片目にモノクルを掛け、背中に矢筒を背負い。 腰にブーメラン、左手に弓を持つ狩人風の女性が。 「報酬がイイとは云え、こんな仕事の請けさせ方って、有りなのかねぇ~」 と、先頭に立つ人物に、空を見上げながらこう言うと。 人の背丈より更に随分と高い草。 その長い葉っぱを掻き分け、人の通る道を作る者が居る。 傍らに、大型の武器となるハンマーを置く人物だ。 その彼が、 「さぁ、な。 31人ものファランクスチームを組織させるなぞ、聞いたことが無いわい」 と、呆れた口調で言う。 この武装したハンマー遣いの彼とは、白髪混じりのゴマ色髪を後ろに集めて縛り。 年齢は、顔の様子や皺から推察して、40代ぐらいだろうか。 チリチリとした天然パーマの入る髭が実に特徴的で。 やや背の低い身体は、鍛え抜いた筋肉質の小太り体型をした冒険者だ。 この武装した中年男性が、掻き分けた大きい植物を横に曲げて倒し。 草の根元近くから茎をハンマーで殴りつけ、折れる様にクセを付けた後。 背後に振り向くと、狩人風の女性が頷く。 ハンマーを担ぐ中年男は、直ぐに先へと進む。 すると、狩人風の女性を先頭にして、ゾロゾロと様々な年齢・格好・装備をした冒険者が列を成して進み始める。 “パキッ”、“ポキッ” 地面に敷き詰まる枯れ木は指の様にどれも細く、踏むと小気味良い音を立て。 代わりに・・と云うのも変だが、大きな草の枯れたモノに足を取られる。 こんな細い木々やデカい草の茎を掻き分けて、草の森を進む大人数の冒険者達。 だが、その中にはなんと、あのシンディが居た。 ひと月ぶりにKが彼女を見たら、何と云うだろうか。 あの少し丸かった顔立ちが、ちょっと引き締まっている。 ほんわかした様子は、変わらずそのままだが。 ちょっとは、大人の気配が出て来た感じがしていた。 鎧や剣やマントは、以前と変わらず同じだが。 背負い袋や腰回りのサイドパックなど。 姿・格好が、冒険者らしくなっていた。 そして。 シンディの前を行く人物で、蒼い鎧を装着する女性が。 「シンディ、大丈夫か?」 と、シンディを案じた。 少し額に汗ばむシンディは、笑みを浮かべて、 「ソフィア、大丈夫ですよ」 「ん」 シンディを気遣うソフィアの方が、女性として大人びて見える。 愛らしいシンディは、まだ19才だが。 年齢も、ソフィアの方が4・5ほど上だろう。 スラッとした長身に、鋭い目を持つ美顔であり。 首の片側に回された髪は、漆黒で艶やかだ。 時々、中性的な美男子に間違われるソフィア。 シンディより、頭二つは背が高く。 背中に両手双剣、腰の左側に変わった形の長剣を佩いている。 上半身を守る鎧は、造りがピッタリとしたオーダーメイド品らしく。 それに合わせ、腰宛て、腕宛て、膝までの具足が、同じ青の金属で作られていた。 Kと別れた天然気質のシンディは、冒険者として苦労しそうに思われた。 然し、ソフィアの様な冒険者と短期間に知り合っている様子からして。 シンディも運が良いのか、どうなのか。 だが、実の処………。 この2人の出逢い。 斡旋所で普通に知り合った・・・的な、平和なものでは無かったのである。 そう、2人が知り合う切っ掛けは、シンディがKと別れた。 まさに直後の、あの日の事。 先ずは、その様子から綴るとしよう。 まだ薄暗い朝になって起きたシンディは、Kの存在を確認しようとした。 だが、部屋は蛻の空となっていた。 (あ、居ない…) 誰も居ない部屋を見たシンディは、全身からグタァっと力が抜けた。 ケイに頼りたい、そんな気持ちがまだまだ在ったからだろう。 (ゔぅ……。 ケイさんに見捨てられたよぉぉぉ) これからどうして良いのか、シンディは部屋に戻って迷った。 だが、東の空が赤く染まると、仕方なく宿を出て。 近くの公園に集まる屋台で朝食を買い、庇の下に入って取るシンディは、漸く明けてきた朝陽を見つめていた。 頼んだハーブティーが冷めるまで、ぼんやりと……。 (はぁ、ケイさんが居ない…) それからのシンディは、忙しくもなければ、暇でもなくなる。 先ずは、Kに教えて貰った商店に行ってみた。 人に尋ね尋ねの捜索みたいだったが。 馬車が行き交うメインストリートに、その店は在った。 「あ、此処だ」 ちょっと古風で立派な建材造りの大型店が、Kの教えてくれた店だった。 外観の外壁が、旧式の六角形レンガを使っていて。 この世界での“モダンスタイル様式”に入るものである。 さて、彼女にしてみても、必死に持ち帰ったナデルコの実だ。 いざ売るとなると、好奇心は有るシンディで。 (あ゛ぁ~、幾らぐらいで売れるんだろう) 此処に来るまでに、通りすがりに開き始めた店先で、ナデルコの実の値段を聞いてみた。 だが、一軒目は、ややお門違いの店で、持ち込みの買い取りなどしないと云われ。 もう一方は、開店の準備で忙しく、店主がまだ来てないと云われてしまった。 どちらの店も、ナデルコの実の売り値は、時期に因っても変わるが。 600から900シフォンと言った。 Kから教えて貰った店の一階部分、街路に沿った店先にて。 やや着古したズボンと上着の作業着に、前掛けを着けた大柄の若者が働いている。 「あ、あの」 シンディが声を掛けると、のそっとした緩慢な動きで。 「誰ですか」 と、商品の陳列作業から、此方に振り返って来る若者。 建物の上に陽も上がり、店を開ける者の姿が目に付く頃合いだ。 「あの、買い取りはぁ、上でしょうか」 窺い気味に聞くシンディへ、大柄の若者の店員は。 「あ~、三階の量り売り場へと行ってください。 もう、やってるとおもいます」 「あ、ありがとうございます」 襲われて間もないからだろう。 男性には、恐怖が強く湧くシンディ。 朝の陰陽が曖昧な頃合いでは、建物の中などが暗くて怖かった。 服を着てないシンディは、マントを纏う様にして下半身の露出を隠し。 店先から中へと入って、階段へと向かった。 登る石階段も、上がって歩き出す床も、少しばかり凹凸が感じられた。 店全体が年季を経ている・・と、シンディでも解った。 三階まで上がり。 日陰となる暗がりの廊下を行って、右手にある古そうな木の扉の前に立った。 (結構・・長く続いてるお店なんだぁ) 木製の扉の隅となる角が、少し腐ってボロっとしている。 ノブを回して中に入ると、ベルが鳴り。 「いらっしゃい、随分と早くから来るわね」 と、大らかな感じのする大人びた女性の声がして来たのである。 まだ、部屋の中に灯りは無く。 更に、窓から入る日差しも、陽の高さが足りず。 その結果、部屋の中は陰影が多い。 「そ・早朝からすいません。 あ・あの、コレを買い取りして欲しいぃんです・・・が」 黒い瓜型のナデルコの実を布に包んだままに。 ガラス戸のショーケースの上に落とさない様、そっと置いたシンディ。 「ん~?」 近づいて来る事で、店に立つ女性の顔が解った。 垂れ眼のやや面長な中年女性だ。 ウェーブの強い髪を纏めて背中に流す。 印象的イイ女・・と、云う感じである。 布を開く手付きからして。 その姿には、年齢に似合ったと云うか、培ったと云うべき大人の雰囲気が、端々に窺えた。 「あら、この時期にナデルコの実かい。 何処かに吊して、一応は乾燥させたものらしいね」 「はい、あ・・乾燥させたのは…、私じゃないですぅっ」 恐縮したシンディだったが…。 中年の女性店主は、ショーケースの上に腕を置いて。 「お嬢ちゃん、冒険者かい?」 「はい」 答えたシンディを、女性店主はジッと見てくる。 見つめられたシンディは、自分が何をしたのかと思い始めて。 「あ゛、あのぉ」 子供の様なシンディの声に、女性店主も徐な反応で。 「ふぅん」 と、だけ。 何か自分が変なのかと、シンディは思い始めて。 「あのぉっ、買い取りは・・・駄目デスか?」 すると。 「お嬢ちゃんは、さ。 冒険者って云う割には、仲間も居ないのかい? このナデルコの実は時期的に高いと、一つで1000シフォン近くする。 それなりの金が出る以上、分配で揉めたりしない様に、若い冒険者は仲間連れが普通だ」 女性店主に云われる事に、まるで責められて居る様な感覚を覚えるシンディ。 そんなシンディに、女性店主は更なる追い討ちを掛けた。 「それに、この実はね。 危険な南方の森の奥に有ってさ。 この実の事を狙って、只の金稼ぎに採集へと向かう冒険者なんか、先ずは居やしない。 お嬢ちゃん、だから聴くが。 まさかこの実、誰かから盗んだ物・・・じゃないよね」 妙な疑いを持たれたシンディは、Kが居ない事が更に不安となった。 「う゛っ、なんで疑うんですかぁぁぁ~。 私ぃ、昨夜に命からがらこの街に来たのにぃ~」 簡単な事がすんなり行かずに、思わず泣き出しそうなシンディだった。 が。 其処で、急にドアの呼び鈴が鳴り。 「コルフィードの姐さん。 頼まれた魚の塩漬け、なんとか仕入れたから届けに~……」 背の低い小太りの若者が、両手で抱える木箱を持って入って来たのだ。 そして、運ぶ途中で泣き顔のシンディと眼が合うと。 「あ」 「え゛っ?」 小太りの若者は、シンディを見て笑い。 「うわっはぁ~、奇遇だな~。 姐さんに面白い話を持って来たのに、生き証人が居るよ」 “コルフィード”と呼ばれた中年の女性店主は、 「ロンガ、このお嬢ちゃんを知ってるのかい?」 と、木箱を届けに来た若者に問う。 この若者は、昨日にKがモンスターから助けた馬車達の中で、男性商人の保有する複数の荷馬車の一つに、下働きとして乗っていたのだ。 若者を交えた話し合いで、 「ん・・はぁ~~~そんな強い冒険者が、ねぇ」 Kの話を聞いて、漸くシンディへの疑いを薄めた女性店主。 だが、若者が荷物を置いて去った後に。 「お嬢ちゃん、その強い冒険者は?」 「通りがかりで会っただげなんでずぅ~。 今日にはぁ、先に宿を出てゆがれま゛ずだ」 「あ~あ~、疑って悪いと思ってるから。 早く泣き止んでおくれ。 可愛い顔が、もう台無しだよ」 自分の近況と共に、Kの事を語るシンディ。 女性店主の計らいで、店の奥の応接用長椅子に座らせて貰う。 「・・~はぁい。 それで、フラフラして街を目指していたら、ケイさんが見えたんですよぉ~。 もう、それこそ助けを縋る思いでしたぁ」 「ふぅん。 ナデルコの実の入手は、その経緯からかい。 然し、一人で迷って捕まった挙げ句、服を破られて裸に鎧たぁ~ね。 助かったからまだ良いけどサ、冒険者にしちゃ~恥ずかしい話だよ」 別の予定客との接客を挟みながら、Kに興味が湧く女性店主はシンディの話を聞いた。 その経緯からやっと、ナデルコの実の買い取りを此処でしてくれる事に成った。 なんやかんやと話し込み、随分と陽が上がっていた。 昼を前にして、なんとか800シフォンを手に入れたシンディ。 それから開いている古着屋や女性用の衣服が並ぶ店を回り。 破られた衣服の代わりを探し、身につけた。 ここで余談になるが…。 冒険者の女性が下着替わりにと使うもので。 下半身・上半身に係わらず使う、“ラクラ”と呼ばれる布の帯が有る。 基本的な物は肌色で、長さが様々だが、掌ぐらいの幅をしたものだ。 コルセットやベルトの様に、紐や金属ピンで留められる穴が、端に開いていて。 長い旅や仕事で出払う時、荷物になる下着を多く持たない代わりに、このラクラを使う女性が多い。 (はじめデこんなの知っだぁ~) 貴族の女性が決して身に着けるものでは無い為。 シンディも、この時に初めてラクラを見つけ、その手を伸ばしたのである。 鎧やプロテクターは、そのままだが。 生地のしっかりした赤い皮ズボンを穿き。 黒い上着の長袖シャツを着たシンディ。 やっと格好が落ち着いたと、繁華街の中の飲食店に入った。 衣服に、50シフォンばかり使ったが。 まだ、懐は温かい。 小麦粉をコネたものを薄く引き伸ばしてから、トマトなど具材を乗せて、釜で焼いたパンを頼んでいた。 ちょっとした値の張る方の料理を躊躇無く選べる余裕が、まだシンディには有った。 だが、不安は横たわる。 万能過ぎたKが居ない。 この懐の良さが、後何日ぐらい持つだろうか。 食べるシンディに、不安はいっぱいだった…。 店の女将と話して貴重な果実を売り。 裸に近かったので身支度を整えたシンディ。 安心すると空腹を覚えて、昼食後に斡旋所へ行こうと考えた。 Kの様に適当な店を選ぶことにも困ったシンディだが。 昼下がりの終わり、食事後に店を出た矢先で急に呼び止められた。 見返せば、相手の服装は住民の様だが。 とても怪しく見える目つきの悪い大柄男で。 “お嬢さん、冒険者だろぅ? 小遣い稼ぎに、割のイイ~仕事を遣らないか? 簡単な事だよ” 話とは、協力会を通さない謎の仕事を持ち掛けられた。 (ぼ~けん者に、勝手な仕事を頼んでキタ~~~。 あやっ、怪しいぃっ!!) このシンディは、気性こそホンワカしているが。 反転して、妙に鋭い感性も在り。 この話を保留にして、斡旋所にこっそり行ったのである。 「あのっ、あのっ、主さぁ~~~ん」 斡旋所のドアを突き飛ばして、喋りながらカウンターに飛び付いたシンディ。 自分を訝しげな様子で見て来る、何処か神経が細そうな中年男性に、その怪しげな大男の話をした。 今、このフラルハンガーノの斡旋所を仕切るのは、雇われの仮の主をする人物。 彼は、シンディからその事を聞いて。 「やっぱり、噂は本当だったか。 よく知らせてくれた」 と、言ったのだが…。 この時、有能な冒険者チームがこの街に居なかったので。 主と顔の知れた、斡旋所に屯する冒険者数人と。 1人で流浪して斡旋所に来ていた冒険者達にシンディを加えた7名を、主の権限で一時的な2つのチームにした。 更に、仕事にすら炙れる駆け出しのチームを他に三組ほど誘い、手数だけを確保した主。 その後、主が呼び寄せた役人の指揮官主導の下で、急に本格的な捜査に臨む事になってしまった。 シンディは、昨日この街へ来たばかりだった。 だから知らなかったが。 実はなんでも、以前から炙れる1人の冒険者に、シンディと同じ様な話を持ち掛け。 そのまま冒険者が消えたり、死体で発見される事件があった。 その目撃情報は、地元の住民や通りすがりの者から聴き込む事は出来たのだが。 役人が捜査をすると、何故か急にその勧誘は止み。 捜査は雲を掴む様な徒労に終わる。 呼ばれた役人の指揮官は、シンディへ。 “役人が大っぴらに捜査すると。 怪しい奴らも、忽ち何処かへ逃げてしまうので。 此処は一つ、話を持ち掛けられたシンディは、そのまま囮役として。 気味の悪い大男の話を請ける事にして欲しい” と、云うことに成った。 次の日、同じ通りをシンディが歩けば、目つきの悪い不気味な大男はまた現れた。 そして、 “お嬢ちゃん、返事を聞こうか” と、言ってくる。 此処で敢えて、少し相手を怪しんだりして見せたり。 一方で、非常に身銭が無い事を馬鹿らしく心配するシンディの演技は、素人ながらに返って普通に見えた。 一応、そう演技してから。 “先ずは一回だけ” と、仕事を引き受けたシンディ。 然し、だ。 シンディの引き受けた仕事とは、燻製させた生肉に毒薬や麻薬が隠されていて。 この荷物を指定の客に配達する役で在った。 三日間の間に、配達人として3回に亘り、この仕事をしたシンディだが。 後に、その三カ所へ役人の強制捜査の手入れが及ぶ。 そんな結果を受けても、何故か役人に捕まってないシンディ。 そうなると流石に不信感を抱いたのは、仕事を斡旋する大男の方。 (まさか、あのガキっ) 態々、買い物を装ったりして大回りをし、斡旋所に戻ろうとするシンディだが。 この大男は密かに尾行し。 人気の多い場所の物陰からシンディを呼び止めた。 シンディが物陰に入ると、背後から口を塞がれて捕ってしまう。 縛られたシンディをずだ袋に入れて軽々と担ぐ大男。 そのままアジトへと、シンディを連れて行こうとした。 一方。 遠巻きに、シンディを絶えず見張っていた役人と、冒険者の1チームは。 “事態が動いた”、とそれぞれに斡旋所と役人詰め所へと伝を飛ばし。 その大男の尾行を始めた。 だが、肝心な処でシンディを担いだ大男を見失い。 足止めをするかの様に絡んで来た悪漢と、街中で乱闘に為ってしまった。 さて、シンディが連れ去られたのは、商人や貴族の屋敷が並ぶ特級地域。 その一部に在るボロ屋敷で。 悪徳商人が、悪事で金を稼ぐ為に買った屋敷だった。 ボロ屋敷に連れ込まれたシンディは、酒瓶や布切れが散乱する、汚く広い居間に投げ込まれ。 「このクソ娘っ! よくも嵌めやがったな。 後で裸にヒン剥いて、客取りの道具として売ってやるっ!」 (え゛っ、ウソでしょうっ?) 捕まったシンディが驚く中で、そのアジトで見たのは…。 悪徳商人の事を怪しんだり、運び屋として加担してしまった冒険者達の悲惨な末路だった。 男性の冒険者は、利用の用途が無い上からと。 屋敷の一室や地下で、毒薬を作る作業を遣らされていた。 昼夜を問わず休み無し、全く捨て鉢の様にコキ使われていた。 一方、女性の冒険者は、この屋敷を牛耳る無頼や悪党により慰めものに成っていたり。 身体で客取りをさせられていた。 (う゛ぅっ。 ケイさんみたいな人なんて、もういなぁ~いよぉぉぉっ!) とんでもない事件に巻き込まれたシンディ。 昼前に捕まり、此処へ来て喚けば平手打ちを数発食らって、気を失ってしまう。 夕方が間近になる頃、居間がやや暗がりに成ると。 男が2人程、散らかった居間に入って来る。 「ダンナ、新しい冒険者の女が、また出来ましたゼ」 シンディを攫った大男が、身形の悪く人相はもっと悪い男に話掛ける。 この居間に現れた“ダンナ”と呼ばれた中年の無頼男は、下劣で卑しい笑みを湛え。 「昨夜の、あの女も一緒だ。 鎧を外して、こっちに連れて来い。 仲間と一緒に、客取りの躾を教えてやるさ~。 うひひひ………」 そして、この“ダンナ”と呼ばれた男は、シンディの元にやって来た。 身をかがめて、シンディの身体を触り始める。 湧き上がる不快感に、ぼんやりとする意識を持ったシンディ。 微かに耳へと、話し声が遠くから聞こえて来ると思い。 (だれぇ~? う゛・・頭イタ~い…) と、思って居るうちに、今度は直ぐ近くから。 「止めろっ!! 汚らしい手でっ、私を触るなあ゛っ!!!!!!」 と、凄い怒声がして来るではないか。 (えっ? ワタシ以外の・・だっ・誰?) ハッとしたシンディは、身体を触られる感触と、女性の大声に気を取り戻して見れば・・・。 自分より一日前に捕まったと云う、若い女性を見た。 “あ゛っ、あの女性(ひと)犯されるっ” 寝転がったシンディの視界の中で、鎧や衣服を剥ぎ取られた全裸の若い女性が、上半身が裸の無頼の男達に手足を掴まれて。 淫らな事をしようとする大柄な全裸の無頼に襲われ出した。 客取りの仕様とやらを、強引な遣り方で教え込ませ様としていたのだろう。 「うひひひ、可愛いお嬢ちゃん。 直ぐに、テメェも同じ目に遭うぜぇ」 話し掛けられて“ダンナ”と呼ばれた無頼の頭(カシラ)に気が付くと、胸当て鎧を外され。 新しく買った衣服をも、ナイフにて切り破られていたシンディ。 (何でぇぇぇっ!! またぁっ?!) Kに助けられる前と、また同じ事に成ると思いながらも。 喚き散らして犯され掛かるソフィアを、何とか救いたいとシンディは思う。 自分は手足を縛られて居る上、まだ意識がハッキリしきれて居なかったからだ。 (だでかっ、一人でも逃げればっ) 自分の唇を奪おうとする無頼の頭に、手を縛られなからもやけっぱちで頭突きを見舞ってみた。 すると、 「うわっ、イてぇ!」 カウンター気味に、“ゴチン”と頭がぶつかった瞬間。 この無頼の頭が持っていたナイフに、彼の頬がザクっと掠れたのだ。 自分にのし掛かる男が退いて、頭痛に苦しむシンディだが。 のた打ち這いずり立つと。 (今しか無いデスっ!) と、ワインの酒瓶を蹴りつつも。 隙を突いて裸の無頼漢4人の内、2人に体当たった。 しゃがんだ体勢から若い女性の片足を持って、開かれた局部を食い入る様に見ていた細身の無頼一人だが。 突然に、シンディの体当たりを食らっては、 「うわぁぁっ」 もんどり打って、酒瓶を尻で踏み。 そのまま瓶に滑って、頭を壁に激しくぶつける。 また、 「何だっ、コイツっ」 無頼の中でも一番身体の大きい裸体の男が、目の前に倒れて来たシンディの首を捕まえ様として。 その伸ばした手をシンディに思いっきり噛み付かれた。 「あ゛痛たたたぁーーーーーっ!」 貞操の・・と云うより、命の懸かったシンディだ。 “怪我しない様に噛む” など、有り得る訳も無い。 無頼の大男が伸ばした手。 その親指の付け根を、口に血の味がするぐらいに、思いっ切り噛み付いたのだ。 此処で、無頼漢の4人の内、3人から手と片足ずつを掴まれ。 汚いズタ袋の集まりの上に押さえ寝かし着けられていた、その喚く若い女性だったが。 シンディの体当たりで無頼達が手を放したりした為か、その拘束が緩んだ。 女性の割に、かなり鍛え抜かれた身体をするこの女性こそ実は、ソフィアだった。 「離れろっ!」 起死回生の一瞬は、此処しか無いと思うソフィア。 さっきは、我先にと自分の身体を触りに来た。 この、指を噛まれ痛がる身体の大きい無頼へ。 (くたばれっ!) 自由に成った左足で、顔面に蹴りを見舞たソフィア。 「ぶはっ!」 手を噛まれ、顔に蹴りを喰らわされる身体の大きい無頼は、唾を吹いて後ろに逃げ転ぶ。 その時、ソフィアの行動に驚いて。 「何すんだぁっ」 ソフィア右足を掴んでいた痩せた白髪の無頼が、ソフィアを抑え込もうと乗り掛かって来る。 然も。 「このっ、大人しくしろっ!」 ソフィアの両手を掴んでいた、顔付きに渋みの有るニヒルな感じの無頼が。 ソフィアの両手を引っ張り上げる。 「離せっ、離せ離せっ!」 暴れるソフィアの右足が、白髪の痩せた無頼を押し留め。 思わず振るった左足の蹴りが、この痩せた白髪の無頼男の右眼に、横から刺さる様に入った。 「うぎゃ!!!!!!」 悲鳴を上げ、血の出る眼を抑えるままに、床へと倒れる痩せた白髪の無頼男。 「この生意気な小娘がっ。 犯し抜いてから心臓を抉って殺してやるっ!」 最初に、シンディへ乱暴を働こうとした無頼の頭が、ソフィアを助け様と膝立ち上がったシンディの髪の毛を後ろからガッシリと掴んだ。 「痛いっ! 痛いデスっ!!」 「ウルセェっ!!! その胸をナイフで抉ってやるっ!」 髪の毛を掴まれ、強引に持ち上げられたシンディ。 服を切られて露わになったシンディのふっくらした上向きの乳房が、強引に立たされ、掴まれた髪の毛を揺さぶられると。 激しく揺さぶられ、苦痛に歪む顔の意味を物語る。 ボロ屋敷の汚い居間が、無頼の頭が殺気立つ事で一気に修羅場と化した。 処が、先に事態が動くのは、ソフィアの方。 自分の手を組んで縛ろうとする、渋みの利いた中年の無頼へ。 ソフィアは、全身全霊の力で足を跳ね上げ、彼の後頭部を蹴りつけた。 「う゛っ」 “ゴン”と音がするぐらいの蹴る衝撃で、思わず手を離した無頼へ。 「この痴れ者っ!」 と、寝転がる体勢では在るソフィアだが。 迷う事も無く目潰しとばかりに、人差し指を相手に向けて突き上げた。 渋みの漂う無頼男の目蓋に、短い爪ごとソフィアの指が刺さり。 「ひぎゃ!!」 その痛みから悲鳴を上げ飛び上がる様に仰け反るこの無頼は、そのまま寝転がり。 顔を抑えては、喚き散らして痛みにのた打つ。 自由になったソフィアは、背筋の力だけて跳ね立とうとする。 処が、此処で。 「女ぁっ、其処までだっ!」 シンディを盾にしようとした無頼の頭は、痛がるシンディの首を素手で掴んていた。 だが、寝転がった体勢で、そんな事を言われても…。 まだソフィアには、シンディの状況が見えていない。 だから・・。 足を戻す勢いと鍛え抜いた身体のバネで、その場に跳ね起きるソフィア。 彼女は、居間の彼方此方に転がる酒瓶の一つを掴みながら起き上がったのだ。 起き上がりに合わせ、声のした無頼の頭へと投げていた。 すると、 「おいっ、ゴラあごぼっ!」 動くソフィアに尚更に苛立ち、怒声を上げた無頼の頭だったが・・。 その顔の大きく開いた口に、鋭く飛んできた小ぶりの酒瓶が命中。 同時に、シンディの喉元を絞め様とした手が、力を込める前に止まる。 「うぶ・・ぷ」 瓶の注ぎ口の方から無頼の頭の口にずっぽりと、刺さる様に突っ込んでいる酒瓶。 羞恥と怒りに燃えるソフィアは、その時は既に走り。 一番身体の大きい無頼が、此方に振り向くのに合わせ。 鋭く踏み込んだ正拳突きを、眉間に打ち抜く。 引き締まったソフィアのスレンダーな身体に不釣り合いな大きめの胸が、柔らかく揺れてた。 対して。 一瞬、視界を何かに塞がれて。 顔から体中に響き渡る衝撃に、あらゆる時間経過の感覚が止まる様な・・。 そんな衝撃に見舞われた、無頼の大柄な男。 そして、刹那後。 「ぎゃぁぁっ!!!!!!」 中指の関節を立てての、力とスピードの乗った正拳突き。 幾ら屈強な男でも、鍛える事の難しい急所の眉間に喰らえば。 身体が大きかろうが、痛いものは、痛い。 悲鳴を上げた身体の大きい無頼は、 「う゛ぐぐ……」 と、顔を両手で抑えて、また屈む様にうずくまる。 其処へ。 “トドメの一撃”とばかりに。 ガラ空きとなった後頭部から首筋へ、両手を組んでは振り下ろすソフィア。 「ごっ!」 大柄の無頼男はそのまま床に沈んで、微動な痙攣状態になった。 一方。 シンディの髪の毛を掴んだままの無頼の頭は、前歯を折り曲げて侵入して来た酒瓶を、シンディの首を掴んでいた手で取ろうとした処で。 「痛いデスっ!!!!」 髪の毛を掴まれて痛がるシンディに、思い切り暴れられて。 彼女の縛られた両手が跳ね上がるまま、酒瓶の底を叩かれた。 「お゛ぶっ!!!!!!!!!!」 上下の前歯が完全に折れ、更に口の中へ酒瓶が少し入る。 また、嗚咽する無頼の顔の左手側から今度は、身構えたソフィアの拳が襲った。 (ヤ゛めっ!) 殴り掛かって来たソフィアを見て、無頼の頭の男がそう思った瞬間に、ギョッと眼を見開く。 だが、この状況下で誰が手加減などするか…。 ソフィアの一撃は、男の口に入った瓶ごと頬を殴って、瓶を粉々に砕いた。 酒瓶が口の中で割れたのだから、これは誰でも堪ったものではない。 同時に、髪の毛から手が離れ、自由に成るシンディへ。 細かく成った瓶の破片の一部が跳ぶが。 「逃げてっ!」 構わないシンディは、ソフィアに云う。 だが、汚い石床に落ちるシンディの剣を急いで拾ったソフィアは。 「一緒に逃げようっ、早くっ!」 と、無頼の頭の右足の足首を、ひゅっと斬った。 「う゛がぁ・・・ああ゛ぁぁ」 口の中が瓶の破片でズタズタなのに、また痛みで喚けば、尚痛いだろう。 無頼の頭を無力化したソフィアは、シンディの手首に巻き付けただけの紐を剣で切る。 この時、シンディは。 「ワだシは、いいデスからっ!」 と、云うのだが。 シンディの足の紐も切ったソフィアは、 「何が“いい”ものかっ! 出るぞ」 と、勢い良くロビーへと。 「ゔぅんっ、もぉ~っ」 まだ、捕まっているままの他の冒険者もいる。 困ったシンディは、露わに成る自分の胸に気付き。 切られた衣服の片側を結ぶと別の転がる酒瓶を手にし。 先にロビーの広間に出た、ソフィアを追う。 すると、階段の側面を望めるロビーの広間では。 「まっ、待てっ! そこの女っ!!」 「コイツっ、素っ裸で剣をっ」 シンディの剣を片手にするソフィアは裸のままだが。 異変に気づいて地下から上がって来る無頼男や、二階から降りて来た盗賊風体の男達を相手に。 恥じらいも見せず、勝手に立ち回りを始めた。 怒声や悲鳴の飛び交う騒ぎとなり。 悪徳商人の抱える無頼の男や手下などが、騒ぎのするロビーへ集まるのだが。 此処で、逃げ回る中でも機転を利かせたシンディが。 「ワタシを誘拐したのっ、もう役人さんにバレてますからっ! その内、此処にも捜査が及びますぅっ!」 と、役人にバレていると、言葉で動揺を誘った。 「おいっ、逃げようっ!」 「バカっ! それより先に、サダマー様に言えっ!」 ソフィアを相手に戦う無頼や悪党達が対応に困り出す。 どうするのか、選択に迷うのだ。 さて、若くとも剣術の達人だったソフィア。 隙が見えると思いきや、瞬く間に5人の無頼に手傷を負わせ。 「こっちだっ!」 と、隙を突いては、シンディの手を引き。 両開きの玄関から、外に出た。 処が、此処で。 「あ゛っ」 玄関前の馬車を乗り付けれる広い場所にて。 階段を数段下りた所で、ボロ屋敷に戻って来た細身男と鉢合わせする。 驚く男より先に、ソフィアが剣を振るって腕を斬る。 「イでぇっ!!」 血が飛び散り、痛みに転ぶ男を放置し。 「こっちっ」 と、シンディが左側に走る。 2人して逃げ出した先は、ボロ屋敷の脇から左側にある古い木造倉庫の並ぶ物陰である。 直ぐ傍に、厩舎や牛舎が在り。 放し飼いの鶏が雛を連れて歩くのが見える。 そんな倉庫の脇に来た2人だが。 「私、シンディって言いますっ。 御姉さん、早く1人で逃げて。 冒険者のチームの方々も、役人の方も、ワタシを捜してますからっ」 外に出れたのに、何を云うかと思うソフィア。 「私は、剣士のソフィアだ。 お前、何を今更に言う」 「ソフィアさん。 この秘密の隠れ家は、すぅごぉ~~~っく広いっ。 悪い商人さんの敷地に囲まれてますっ! 然も、何十人って云う護衛の方々が、敷地内をグルグルと見回ってるんですよっ。 それにまだ、冒険者の捕まった方々も、あの屋敷に居るんデスっ」 「だが、恩人のそなたを置いて、1人では行けん」 こんな押し問答をして全く引かないソフィアは、少し頑固者らしい。 話が通らないと、頭を抱え込んだシンディは、唸る様に。 「う゛ぅ~ん。 こうなったらぁ~、火の元を捜して。 大火事に成らない、小火を起こしでもしないとぉぉ~~」 すると、シンディの作戦を聞いて、何がしたいかを即座に理解したソフィア。 「火の元なら、私に覚えがあるぞ。 して、何処に火を点けるんだ?」 問われたシンディは、ネギが植わっている畑の先に、その指を向け。 「あの乾し草を仕舞ってある、開かれっ放しの倉庫ですぅっ」 「よしっ、任せろ」 このソフィアは魔力ではなく、炎と雷の自然属性を武器へと付加する事が出来る。 俗に云われる、“エンチャンター”と云う技能が有った。 枯れ草を燃やしている、敷地内の畦道にて。 剣に炎の力を付加させたソフィアは、木造倉庫に入っては、麻袋と干し草に火を点けた。 「おいっ、火が出てるぞっ!」 「ヤバいっ、火事なんかで役人が来たらっ」 「旦那様に殺されるぞっ!」 下働きの農夫達が、火事に気付いて騒ぎ出す。 様子を窺ったソフィアは、とにかく…と。 シンディを連れて、新しい倉庫群から逃げ出した。 複数の箇所で、小火を起こしたシンディとソフィア。 また、消火で騒ぎになる間に、同じボロ屋敷から逃げ出して近くに隠れていた。 裸の冒険者女性2人を見つけ合流した。 “畑に水を引く水路を通れば、街を流れる川に出ます” このシンディの助言を元に、肌寒い中を泥だらけで逃げた4人。 「さ・・寒い」 「蛭が・か・身体に…」 時期外れで、逃げ込んだ農業用水路は、ドロの川と為っていた。 そこを潜る様にして逃げる四人は、放水トンネルで溺れ掛けながら、必死で川まで泳いだ。 4人が、急な斜面に出て転げ落ちる先は、正にこの浮いた街に引き上げられた水が、大水路となって流れる川だった。 「うわぁ~~っ!」 「きゃあ~~んっ」 川に落ちる4人を、小火の煙りを見て駆け付けて来た役人と冒険者の1チームが発見。 夕方に、暗くなり始めた陽が、遠くの彼方に沈み掛ける時。 助け上げられたソフィアは、裸のままに。 「この敷地の奥にっ、我々が捕らわれいた施設があるぞっ!」 と、1人でも助け出す為に、救出に加担すると訴えた。 処が、サダマーと云う悪徳商人は、街でも指折りの豪商人だ。 街政を司る上層部とも、賄賂のお蔭で癒着が強いと噂の人物である。 役人達は、どうして良いか尻込みをする。 然し、現場に捕り物隊と一緒に到着した、あの指揮をする上官の役人男性は。 自身のマントをシンディに貸して。 別のマントのみを羽織るソフィアに、敷地内の案内を頼み。 “刃向かう相手は、容赦なく手負いにしても構わぬ” と、踏み込む事を決める。 シンディと他の2人の女性は、女性の役人と共に門前に居て。 後続の冒険者や役人に、指令を伝える役目に残る。 さて。 屋敷に踏み込んだ役人や冒険者達は、ソフィアの案内で隠されたボロ屋敷へと。 引き留める剣士や傭兵も、役人相手にどうしたものかと狼狽えた。 指揮官の強引な踏み込みで、ボロ屋敷に舞い戻ると。 其処では…。 麻薬や毒薬を燃そうとする傍ら、奴隷の様に遣っていた冒険者達をとにかく殺して始末しようと。 彼等を殺そうとする無頼の男や悪党達と、死に物狂いで抵抗する冒険者達の、命を懸けた戦いに遭遇する。 “我々は、役人であるっ!! 双方、武器を捨て大人しくしろっ!” 入り口で刃向かって来た無頼の小男をサーベルの一振りで斬った指揮官の男性が、強い口調で言った。 「やべぇ、役人の捕り物隊だ」 「包囲・・されてら」 「この空中都市じゃ、何処にも逃げられないってよっ!!!!!!」 無頼や悪党は、流石に観念して戦いを止める。 地下や二階より上に役人が雪崩れ込んで、捕らわれていた冒険者達の抵抗も沈静化するのだが…。 この状況に成っても、ボロ屋敷の奥、竈の有る厨房にて。 サダマーと云う太った巨漢の商人だけが、違法な薬の始末を止めなかった。 “おいっ、止めろっ!” ソフィアの制止も聞かず、毒薬を掴んで暴れ始め様とするサダマー。 だが、何と、指揮官の男性は、斬ったのだった。 「街のゴミめっ!」 斬った事を全く後悔して無いと見せた指揮官は、屋敷の豪邸を含めて差し押さえた。 首謀者たる商人が斬られ、無頼や悪党達も、刃向かう者が1人も居なく成った。 辛くも悪事の拠点を役人が抑え、まだ殺されて無い冒険者などが、30人近く助け出された。 さて、その後…。 助け出された冒険者達と一緒に、知識の神を信仰する神殿が作った病院へと、そのまま運ばれたシンディとソフィア。 2人は、軽い火傷や傷と軽症だったが。 毒薬や麻薬を造らされた男性冒険者達は、身体がボロボロで。 皮膚から毒素が染み込み、もう手遅れの者が多く。 女性の方は、強い麻薬にて薬漬けにされていて、精神的な復帰が難しい者が居た。 その後、極度の緊張から解かれ、疲労困憊と痛み止めの薬の作用にて、ほぼ丸1日以上を爆睡して過ごした2人。 事件から2日後の朝に。 ソフィアが剣をシンディに返す。 2人して、シンディの病室で話し合っている其処に、役人が遣ってきて。 “貴女方2人のお蔭で、巨悪が暴かれた。 指揮官から、見舞金と所持品の返還が有ります” と、300シフォンずつと。 ソフィアの鎧や剣、シンディの装備が運ばれた。 その後、再検診を受け、2人に退院の許可が出た。 その日に、ちょっと疲れが残るまま、神殿病院を出れた2人。 青の鎧に着替えたソフィアは、シンディと商店街に行き。 2人して、衣服を新しく改めた。 その後、一応の報告とばかりに、斡旋所に向かう昼下がり。 「シンディは、何処かのチームに居るのか?」 「いえいえ。 私は、まだ1人でぇす。 ソフィアさん」 「改めて私は、ソフィア・ローラレイ。 “ソフィア”でいい、シンディ」 「あ・・、でも。 私・・年下です」 「ん?」 “呼び捨てで構わないと、今言っただろ” と、言いたげな眼で、聞き返されてしまった。 こんな直情的なソフィアは、斡旋所を通さない仕事の話を怪しい男から持ち掛けられた、その時点で。 その話を請けたフリをして、大胆にも探りを掛けた。 然し、剣術や武術は達者だが、性格に剛胆な処が在り。 然も、青い鎧が見栄えのする特注品。 盗賊の様に尾行をするにも、されるのにも敏い悪党に、それがバレて捕まったらしい。 話すソフィアを見て、シンディは思う。 (冒険者の方でも、こんな格好の良い美人な方も、いらっしゃるんですね~) 漆黒の髪を片側の肩口に纏め下ろすソフィアとは、凛々しい女性剣士である。 化粧っ気など全く無いのに、鋭い目、薄い紅色の唇、程よく筋の通った高い鼻。 調和した顔は、美形女性の典型的である。 だが、其処に勇ましさが加味されると、何処と無く美しき美男とも見てとれる。 色々と話ながら、2人して斡旋所に行けば………。 「ソフィア、お前も捕まってたのかっ」 と、斡旋所の主とも面識が有るソフィアは、詳細を別室で話す。 同席したシンディは、話の流れから知るのだ。 まぁまぁ羽ばたける実力の有るチームに、ソフィアが居たらしい事を……。 何で、また1人に成ったのか。 主は、事件解決の功労者として、危険手当ても含めたやや多めの700シフォンを2人に出す。 攫われた時に奪われた金銭と、報酬を手に入れた2人。 懐は温かいから、シンディとソフィアが2人して、同じ値の少し張る宿に泊まる事に。 そして、夜。 宿の食事所で話し合うと…。 嗜むほどのワインを傾けるソフィアが、ステーキを切り始めながら。 「病院でも少し聞いたが・・。 シンディは、ずっと独りなのか?」 「はいぃ、チームに中々入れて貰えなくて」 「そうか。 一応、私は、な。 先月始めまで、別のチームに居た」 「へぇ~。 でもソフィアさんなら、何処でも入れそうですね~。 それに比べて、私はぁぁぁぁ~。 剣士なんて云っても、必死に振り回すしか出来ないんですぅ~。 多分、ソフィアさんは強いですから。 探せば、直ぐに何処かのチームに入れますよぉ~」 久しぶりにと、ステーキを並んで食べる2人なのだが。 固いパンを千切るソフィアが。 「それが、な。 私は、前の居たチームを、自分から抜け出したのだ」 「どうしてですかぁ?」 「うん。 事情が色々と在るのだがな・・。 先ず、信頼していたリーダーが、仕事の過程で死んだのだ」 「まぁ…」 驚くシンディの脳裏に、Kの言葉が過ぎる。 リーダーとは、何たるか。 一方、ソフィアの話は続き。 「それが切欠では在るのだが。 遡れは、ある時に・・。 魔法学院を卒業以来、同期で学院に入った友人を見た事も繋がって来る」 「へぇ~、魔法学院にいらっしゃった?」 「そうだ。 名前は、オリヴエッティと云う」 「まぁ、2・3年前から有名に成った方ですよねぇ~?」 「そうだ。 風のポリア殿と同様に。 数年前ほど前から一気にチームの名前が売れ出した、自然魔法遣いの女性なのだよ」 「ソフィアさん。 ご自身もお強いのに、お知り合いもすごぉ~い」 すると、ステーキの横に有るスープに、千切ったパンを浸すソフィアは。 「いや、私より、彼女の方が素晴らしい人物だ」 と、スープを浸した部分のパンを頬張る。 「では、凄い女性(ひと)なんですね」 此処で良く噛んだソフィアは、やや間を空けてから。 「・・・んっ。 そうだ、な。 私は、彼女やボリア殿の様な、リーダーとめぐり逢いたくなった」 「えっ、ソフィアさんが・・ですか?」 「あぁ」 「そんなに…お強いのに?」 「リーダーの資格は、強いかどうかだけでは無いぞ。 知識だったり、勇気だったり、判断力も必要だ」 「はぁ~・・、はぁ」 生返事をするシンディは、尚更にKの言葉が頭を巡る。 (う~ん、リーダーに成るって、どうすればイイんでしょうかね) 考えるシンディへ、蒸かした芋を食べたソフィアが。 「ま、誰でも最初から完璧なリーダーなんて、絶対に無理だろうさ。 あのオリヴェッティですら、最初の頃は・・何とか云う凄腕に頼ったらしいしな」 「はっ、凄腕デスか?」 「そうだ。 ヤケに頭のキレる、顔に包帯を巻いた黒ずくめの男で。 あの、噂になった秘宝を探す旅の時、若い子供の凄い者と共に、一緒だったらしい」 その時、“黒ずくめ”、それが誰か、シンディには直ぐに解った。 「あ゛っ!! それ・・」 「ん? 一緒だった者を、シンディは知っているか?」 「はいぃ。 恐らく、ケイさんですよぉぉっ」 と、・・こんな馴れ初めから、“K”の話を通じて。 生涯の友人と成れそうなシンディとソフィアは、一緒に成った。       【2】 さて、こんな事件からシンディと云う天然娘を知り、K以上に心配を覚えたソフィア。 (この先、シンディは1人で大丈夫だろうか? 少し面倒だが、命の恩人たる彼女を捨て置けぬ) こう思ったソフィアは、シンディに冒険者のひととなりを教え。 剣の振り方ぐらいは教えて於こう、と思い立った。 次の日から2人で軽い仕事の手助けとして、3回程か、既に出来上がっていたチームに一時的な条件で加入し。 駆け出しの仕事を頑張ってこなした。 すると、ソフィアは或る事に気付くのだ…。 一見、何の取り柄の無さそうな、天然娘のシンディ。 彼女は、仕事になると只のお荷物の様だと思われそうだ。 処が、こう見えてシンディには、類い希な絵心が在り。 特に、見たものを描き写す“模写”が、非常に上手かった。 更には一度見ただけで、姿・形やその大要を覚えるなど記憶力も良い。 図書館で調べものをして、それから街の店を回って実物を見れば、学者の様に知識に成る。 その、情報を吸収する目覚ましい速さ、それを傍で垣間見たソフィアが驚いた。 (なんだ、これが・・シンディの才能か? ・・あ、そう言えば…。 私を助けた時の勇気や、その後に小火を起こせ、だ。 役人が気付いた、だ。 水路へ逃げ込もう、だ…。 んん~~~咄嗟の判断力に、誤りは少ない様な気がする) 正に、ソフィアが欲しかった判断力や指揮能力が、シンディには備わって居ると感じる。 傍で見て居る限り、あまり自覚の無いシンディだが。 冒険者としてそれなりに生きて来たソフィアには、自分には無い才能だと感じる。 だから、か…。 手助けの仕事が1つ終わった後に余裕を取って剣術を教える傍ら。 シンディの知識を増やそうと、柄に無かった店回りをする様になったソフィアだった。 そして、そのお陰が今に繋がっていた。 シンディがKと出逢った直後、大型のゲジゲジのモンスターに襲われた事も含めて。 東方の危険地帯と共に、南部から南東部に広がる未開の地から近年、街道や街の方へと現れるモンスター増加に伴い。 大規模なモンスター討伐依頼が、商人の寄り合いや街の政府から出された。 街中の警備は兵士も率先するが、街道やら危険地帯になると、費用やら功績に悩む・・と決断が鈍るらしい。 そして、今。 名の売れた有能なチームが街に居ない事に焦る仮の主は、比較的に簡単だとした薬草採取の仕事とモンスター討伐の仕事を纏め。 これを合同依頼として、斡旋所に居る屯組を始め、孤立している駆け出しをも寄せ集めた。 そして、出来上がったチームが、シンディの入った合同チームで在る。 自己申告で入りたいと言った者は、全員入った。 ちょっと異色と云うか、かなり適当なチームである。 また、この仮の主が個人的にだろうが。 妙に、噂に挙がる風のポリアの功績を意識している様子が在った。 今や、“合同チームの成功者”と噂の彼女なので。 “新しい可能性を持った合同チームぐらい、主が産み出してやる” 的な、彼の自己主張も感じられた。 然し、この遣り方を有能な斡旋所の主が見たら、何と云うだろうか。 実際は無駄に人が多い気がする上に。 特に、新米の若者が非常に多い。 危険極まりない危惧を抱かせる可能性を秘めた、大所帯(ファランクス)の継ぎ接ぎチームだ。 こんなチームのお守りなどは、Kでも嫌うだろうが…。 さて、チームの面々、計31人を一気に説明しても。 誰が誰か、非常に解りずらく意味も無いので。 この物語の本編に入る前に、軽くチーム結成に於ける様子やから。 他に、目立つ人物を抜粋してみる事にする。 先ず、主が主要メンバーとして考えた人選で決まったのは、狩人のアビゲイルが最初で、その他に街の根降ろしとして暮らすレオナルドなどだ。 次に、屯する冒険者が4人、仮の主に売り込んで入る・・と続いてから。 必要な薬草の知識は覚えているとの事から、シンディの知識と自分の腕を売り込んだソフィアが加わる。 この後、合同チームの話が斡旋所に広がり。 新米冒険者が一気に参加して、流石に主も不安感を募らせたのだ。 そんな経緯からチームを束ねる人選で白羽の矢が立ったのは、学者の色が強い剣士の男性、レオナルドである。 年齢も40を過ぎたばかりで、街の住民でもある根降ろしの男だが。 家族が居る御陰も有ってか、真面目で、人に対しても気遣いが広く届く。 このレオナルドと云うリーダーから見て、チームの中でも補助的と云うか。 サポートとして特に頼りにされている者の1人に入るのがシンディの薬草の知識と、先頭を行く狩人の察知の良さだ。 先頭を行く狩人のアビゲイルは、これまでも街周辺の森に度々入り。 薬師や商人の求める採取依頼をほぼ専門的に、指名依頼としてこなしてきた根降ろしの女性だ。 狩人として環境を見極め、自然の些細な変化などにも良く気が付くのだが。 一方では、見分けのつかない薬草の知識などを細かく覚える事が本当に苦手な人物。 この合同チームに入る前までは、老人の薬師である学者とコンビを組んでいたのだ。 だが、その老人が体を悪くして引退してしまった。 そんな経緯から光ったのが、シンディの存在だ。 2度目の途中参加にて、採取依頼に同行し。 薬師も同行しないのに、薬草を完璧に見分けて帰って来た。 その成果を加わったチームは横取りしようとしたが、仮の主やリーダーをする事と成ったレオナルドがその場に居て。 2人の眼に、シンディが非常に良く映ったのだ。 更に、純粋に戦う強さとしても。 この大人数にして、中々の技量を持つ者が数人居る。 その1人としては、最も剣術に長けているのではないか…と思われるソフィアだ。 その他では、数ヶ月前にチームがバラけ、1人になったハンマー遣いの傭兵レガイノ。 得物と成る、針状の突起物が目立つ特注の丸型ハンマーは、その怪力から繰り出される振り込みで、モンスターの固い身体にも食い込む威力が有った。 更には、仮の主が懇願してまで頼んだ冒険者が、2人居る。 その1人は、眼が細く、外見からクールな感じが印象深い、髪の長い女性の魔想魔術師である。 名前は・・確か、イノーヴァとか云った。 そして…。 (シンディ。 恐らくだが、あの男は相当に強いぞ) チームを組むに当たって、名前ぐらいは名乗ろうと言った中で。 ソフィアが、こう耳打ちで言って来た人物が居る。 (ソフィアさんが云うんだから………) シンディも、その人物をまじまじと見た。 その傭兵の男。 解かない髪の毛は、本当にボッサボサ。 髭は疎か、眉毛まで伸び放題の男。 名前は、“エクタイル”と云った。 人を避けるかの様に、出歩く時はマントのフードを被り気味にして。 光沢も失った色褪せる年季を経た黒い鎧に、傷の目立った具足や腰宛てを装備し。 得物は背にマントで見えないが、出で立ちや歩く時の音から推察するに、大剣を含めて複数の武器を所持する人物だ。 この男の参加に、斡旋所の主がとても喜んだのだから。 彼を知らない皆は、それだけでも実力が有るのだと感じた。 そして。 適当に水の国の内を放浪しては、先々の街で一時加入を繰り返す屯組の冒険者達の中では、“カニング”と云う男が目立った。 この男が、他の3人の屯組の中年男達を誘い、この仕事に参加して来たのだから。 一方。 チームの約3分の2を占めるのは、若い駆け出しの冒険者達だ。 魔想魔術師が、男女合わせて5人ほど居るし。 僧侶も、宗派別に男女6人。 役に立つのか、学者と云う者が男女4人。 剣士・傭兵・格闘戦士等5人程。 若い駆け出しの冒険者達は、追々に目立った所で紹介をするが。 この意味不明な合同チームの人員的な内訳は、こんな感じで在る。 また、同時に。 斡旋所に居た他の冒険者達は、東方から東北側に掛けた森の中で。 アンデットモンスターの退治依頼を注目していた。 仕事の依頼が正式に受理され、レオナルドは1日を使って自由を課した。 “旅に必要な物を、各自で用意してくれ。 その他、出来る事は全てやって於く様に………” と、言い渡して。 1日の余白を置いて。 早朝からフラルハンガーノの街を発った合同チーム。 街道を斡旋所の用意した馬車に乗って、初日は街道の中継地点となる野営施設に向かって一泊。 次の日の早朝より森へ分け入り、次第に特徴的な景観が見えて来る。 “未開の地”と云う、詳細不明な深い森林域ではないが。 その周辺となる、 “岩壁に遮断された向こう側” それが、目的の場所となる。 其処には、レオナルドが過去に行った事が在るとか。 そして、冒頭の背丈の高い草と低木が作る密草林と呼ばれる場所に来ていた。 若く経験の無い冒険者達を気遣い、リーダーのレオナルドが隊列の中心に居る。 代わって先頭を務めるのが、狩人のアビゲイルと、ハンマー遣いの傭兵レガイノだった。 そして、レオナルドは、その場所にて。 「アビゲイル、この先は開けている。 山に入る前だから、休憩を入れてくれ」 先頭を行く女性狩人のアビゲイルは、仲間に魔法遣いや僧侶も多く。 シンディを含めて、駆け出しの冒険者が半分以上であり。 危険な場所を行く今から急な無理はさせられないからと。 「解った。 遅れてる者は、後ろに居る~?」 「いや。 まだ大丈夫だ」 この合同チームの扱いに慣れる上でも、連絡や注意喚起はする2人だ。 街道で一夜を明かし、早朝より森林地帯に入った。 大きな草と細い木の繁る密草林を抜け出して南東の奥へ。 その後、太陽が真上に来る頃には、開けた草原に出る。 草原の南東部は、湧き水がある湿地帯ともなっていた。 湿地帯を見に行くリーダーのレオナルドは、娘ぐらいに年の離れたシンディに。 「キミ。 採取の必要な草は、どれだろうか」 採取に必要な草花の情報を書き留めた紙を出したシンディは、リーダーのレオナルドに見せて。 「此処で採れる薬草は、日持ちがしないそうですぅ。 出来たら、帰りに摘んでは、どうでしょうかぁ?」 「ふむ。 山の向こうには、3・4日ほど滞在するつもりだ・・。 今、此処で摘んでも、4日も持たないよな」 「そうですねぇ。 冬みたいな寒さが・・此処だと無いデスから~。 夜が寒くても、昼間が結構温かいので~。 痛みは、スッゴく早いと思われまぁす」 「解った。 今の此処は、休憩と水分補給の場として。 帰りに、必ず寄る事にしよう。 慌てる必要は、無いな」 「はいぃ~」 シンディの意見を聞いて、レオナルドは休憩を指示した。 静かに食事を始めたソフィアの元に、トコトコと戻ったシンディ。 然し、ガヤガヤと煩い20人の若者達に、その集まる方を見て。 「急に、新しいグループが出来てますね~」 良く噛む事を食事の信条にしているソフィア。 食べる前に、乾燥パンを小さく千切って居ながらに。 「あぁ。 だが、こんな所じゃ、絶対にやっては成らない事だ」 「ほわ? そうなんですか?」 「当たり前だ。 モンスターの増えた山に行くのに、自ら騒いで居場所を教えてどうする」 「あーーっ」 モンスターは、人間より五感が発達している。 恐らくモンスターの方が臭いやら音で、此方を先に察知することが出来るだろう。 自然の中で、モンスターを遠くから察知することが出来るのは、達人クラスの魔法遣いや僧侶か。 先天的に、そうゆう才能が有る者である。 此処で一応、今回の仕事の話をしよう。 この、モンスター討伐と採取の仕事は、レオナルドとアビゲイルの判断から最長で8日前後となる日程で予定されている。 今日の午後から岩山の谷間に入るのだが。 この、風の通り道となる渓谷山道を抜けると、とてつもなく広大な陥没地帯に入る。 モンスターが蔓延る危険地帯であり、陥没地帯の中枢は未開の地となっていた。 世界のあちらこちらに有るらしい、モンスターの生息地となった。 所謂の“未開の自然地帯”と呼ばれる場所の一つだった。 文献の記録では、数十年前。 大規模なモンスター討伐行動が幾度も行われ。 それから50年ぐらいは、目立ったモンスターの襲撃や襲来も無かった筈なのだが……。 今回の討伐依頼を請けた、全31人の冒険者達。 基本的報酬は、15000シフォン。 薬草採取の仕事を含めて、18000だ。 この人数で、それだけかと思われるが、然し。 出来高払いが良く。 危険手当てに始まり、モンスターの討伐数や持ち帰った部位や素材に応じて。 最大報酬額は、なんと20万シフォンになっている。  「おい、そんなに騒いだら、モンスターに気付かれるだろうっ。 静かにしな」 食べるシンディとソフィアの視線の先で、煩くする若い冒険者達のグループが、アビゲイルに怒られていた。 それをやや遠巻きにして、屯組の冒険者4名が呆れ笑いを向けている。 「若いってのは、気楽でいいやね」 「だが、あの中から羽ばたく奴が出るかもよ」 「そうかぁ?」 「私は、学習さえすれば出ると思う」 と、世間話をする4人。 その他の冒険者は、それぞれにつかず離れずで、軽い食事を取っていた。 食事が終わると、一行は隊列を組んで。 また背の高い植物の茂る密林の中へと踏み込んだ。 だが、この密林はかなり繁ったものだったが、さほどに長くは続かず。 抜け出した先は、黒い地肌の剥き出した大地が、荒野の様に広がっていた。 南側へと伸びる黒い荒野には、よく見ると小さな起伏が無数に有る変わった地形で。 所々で、白いガスが出る上に、ちょっと変わった臭いがする。 先頭を行くアビゲイルが、後ろに向かって。 「此処は、彼方此方に間欠泉が有るよっ。 煙や湯気や水飛沫の見える所は、避けて進んで頂戴。 2度も3度も同じ話をするのは、私は嫌いよ」 だが、歩き始めた初めは、彼女の言っている事が解る者は実に少なかった。 だが。進むにつれて、 “シューシュー” と、音を立て。 黄色い鉱物が付着する噴出口から湯気を上げる、そんな光景が見え始めた。 「シンディ。 此処は・・、地面がちょっと熱いな」 間欠泉を睨むソフィアは、鉄の具足から伝わる熱を知り。 此処は、火山なのかと思った。 然し、次第に黒ずんで変わる地面を見るシンディは……。 「熱いデスね~」 「ん。 だが、地面が黒く成って来たぞ」 「たぶん、あの熱湯が噴き出してる湯気の所為じゃないですかぁ」 「“湯気の所為”・・とな」 「ソフィア~~、黒いコレって・・可燃油じゃないですかね」 「“可燃油”だと? 武器の焼き直しや、鉱石を溶かす時の熱を得る為に使う。 石の中に染みている燃える液体だな?」 「そ~デス。 地下に貯まる可燃油は、水と一緒に熱くなると~沸騰してブァーって吹き出すと、本に有りましたぁ」 「ふむ」 と、再度にソフィアが地面を見る。 黒くても乾いた部分は、地面の表面が乾燥し、具足で踏んでもカサカサしているのに。 湿った部分は、踏むと滑りそうな程にヌルヌルしている黒い。 そして、開けた地面が徐々に、斑模様の如く黒い場所が目立ち。 その内、辺り一面が黒い大地と成った。 先頭を歩くアビゲイルは、ヌメる黒い地面を気を付け歩くこと少しして。 左手の斜面を登った先に、茂みが見えたのを見て。 やや離れた所を歩きレオナルドへ。 「レオナルドっ。 予定より少し、下方に出た様だよっ」 「それなら、丘の上に上がればっ。 森や草原の縁に沿って、渓谷付近まで行ける筈だ。 アビゲイルっ」 「解ったっ」 此処でも、長い冒険者生活のプロと、成り立ての差が見える。 真剣に旅の道を模索する2人に合わせ、熟練者は、周囲に気を配る配慮を決して怠らない。 だが、若者達は話に花を咲かせ。 下手をすれば、ふざけてじゃれ合っている者も居た。 その中でも、特に目立つ若者が居る。 1人は、女性的と見てとても美しい魔術師だ。 艶やかな黒髪は長く、顔立ちは貴族のお姫様と言っても疑われないだろう。 黒と白の衣服は何処にでもあるものだが、彼女が着ると様に成る。 もう1人は、耳にピアスをして、顔に男性ながら化粧している感じの男性剣士だ。 年頃と云うか、マントを貴族の好むコートに仕立て。 粋がった振る舞いがキザと云うか、気取った感じの若者である。 「なぁ、君。 此方に来て話そうよ」 赤い髪の気取った若者剣士が、美しい魔術師の彼女に声を掛けた。 この行為、昨日から続いている。 だが、駆け出しの美人魔術師は、この人物のことを気に入らないらしい。 「イヤ。 単純に、貴方は面白くない」 「君は、素直に成れないんだね」 「あら、素直に成ってるわ。 周りを見ないで、話してばっかり。 冒険者に成るより、役者が向いてるんじゃなくて?」 こう言って、美人の魔術師は歩みを早めた。 澄ましているが、彼女も歩きで疲れている。 それでも、学者と云う若者を中心に駄弁り続ける彼には、辟易して一緒に居たくないらしい。 ま、この場所に来て話しまくるのも、まだ駆け出しですらない成り立てだからだろう。 そんな事だから、先を歩く屯組の者からしても。 「後ろの奴ら、殆ど遊び気分だな」 「あぁ。 死人が出なきゃいいが」 「てか、手間掻かされちゃ、俺達もアブねぇよ」 「だがよ。 今回の仕事は、斡旋所からの合同依頼だが。 街の商人や役人のお偉方も、成果に期待してるらしいゼ」 「そうなると…。 下手に逃げ出したら、地方に逃げてもよ。 多分は、後々に響くぜ。 きっと」 「そうか。 報酬に釣られちまったが、いい加減には出来ないか」 その屯組の話し合う声が、そっと聞こえたソフィアは、 (統制が取れてない中、いきなり強いモンスターとは、ゴメンだな) と、思う。 白の水蒸気、黒い可燃油。 二色の霧が混ざって噴き出す間欠泉が、彼方此方に散らばる黒い大地。 西側の森沿いとなる斜面を上がると。 黒い大地の荒野を、密林の縁(へり)から右下に見下ろす形で、丘の上を歩く事になるのだが………。 ガヤガヤと煩い、お遣い気分の若者の冒険者達。 手が空く彼等の内2人に虫除けの松明を持たせ、ゾロゾロと引き連れていると…。 どうした事か。 次第に、密林の奥となる向こうが、不気味に騒がしくなる。 視界に見える空へ、密林から鳥が慌ただしく飛び立ち。 周辺の奥からは、動物の鳴き声がけたたましい程に木霊したのだ。 ソフィアやエクタイルは、既に密林側に向いて横歩きをする。 また、先頭から斜めの斜面に降り。 “異変に気付けよ” こう示す様に森を何度も指差したアビゲイルが、話して気付かない若者へ痺れを切らせ。 「密林側に気を付けなってっ!」 あの美人魔術師が、 「森に警戒して!! アビゲイルさんが繰り返してるわよっ」 こう注意を促すと。 「あ、アビゲイルさんが、何か言ってるってサ」 「ん~~、森を指差してるみたいだね」 「ん? そう言えば・・、この間欠泉とは違う音。 何だろう?」 森から何やら音が近付いて来ると。 最後尾の方でお喋りグループを作る若者の冒険者達の中の1人で、青年の魔想魔術師が何かのオーラの蠢きを感じて振り返る。 すると。 「あ゛っ!」 直ぐ近く、森の中に何か蠢くものが居るのを見た。 「りりっ、リーダーっ!! 密林の中に何かがぁっ!」 隊列の中頃にて。 奇妙な音の出所を聴いて、歩く速さを緩めて探していたレオナルドだが。 (間欠泉の音と、若者達の喋りが邪魔だったかっ。 パニックを避けようと思ったが、コレは近いっ!) その魔術師の若者が発した一声で、異常を確認した。 悠長な暇は無いと感じたレオナルドは、前方に見えた開けた方へ突き出す広い丘を指差し。 「全員っ、走れっ! あの迎え撃ち易い場所に、走れっ!」 密林の縁から丘の下り際までは、人が3人も並べば、ぎゅうぎゅうと狭く。 間欠泉が目立つ黒い大地は、もう何処も湿っていて。 散開し迎え撃つには、まず適さない。 先頭のアビゲイルが、もう少しで辿り着く開けた場所なら足場も確保して迎え撃てる、とレオナルドは踏んだ。 先頭寄りで、並んで歩くシンディとソフィアも、これには急いで辿り着いておこうと走り出し。 戦いを想定したソフィアは、両手に持つ剣を背中から引き抜いた。 先頭のアビゲイルとハンマー遣いの傭兵レガイノが真っ先に開けた場所に入って、後続の仲間へと振り返る時。 “バキっ!!! バキバキっ!!!!!!” 密林の木々を薙ぎ倒し、琥珀色の何かが飛び出した。 「わぁっ! 何か出て来たぁーーーーーーっ!!!!」 モンスターが現れ、若者達でも目視で確認することが出来て。 見た目が気取った感じの若者剣士が、最後尾で慌てて走り出した直後。 その背後に、何か長い物が茂みの壁を破って飛び出して来たのだ。 隊列の最後尾付近にて、慌てて走り出す若者達の1人で。 “学者”だと云う若者は、その森を突き破って現れた、“タコ”の足の様な物を見て。 「なぁんだあの足ぃぃぃーーっ!!!!!!」 と、叫び上げる。 もう少しで開けた場所に入るとレオナルドは、この声に振り返る。 大人の男を軽く巻き取れそうな、大きなタコ足を見て。 「くっ、〔カラミット・オクトパシダー〕かっ、森に棲む大型モンスターじゃないかっ! チッ、厄介な。 山の向こうから、わざわざ出て来たのかっ?!」 一方。 剣を構え、真正面で待ち受けるソフィアが。 「間合いを広く取れっ。 前に詰めると、後から来る奴を迎え入れられないぞっ!」 走って来る者に言い。 モンスターを見ようと前に出る者に、後から来る者の事を考える様に促した。 「うわわわっ、待ってくれぇぇっ!」 叫び上げたヒョロ細い学者の青年より、後から走った若い気取った剣士が早く追っ付き。 足の遅い学者の彼をすぐさま追い抜いた。 「早くっ!」 「もう少しだっ!」 先に着いた者が、大声で後続に呼ぶ。 その最中、森の木々を薙ぎ倒し凄い音を立てて、密林から丘の方にモンスターが全容を現した。 「わ゛っ」 ソフィアの後ろに居たシンディは、そのモンスターの姿に驚いた。 足がタコなので、姿もタコだと思いきや。 その身体は、おどろおどろしい蜘蛛なのだ。 慌てて紙にペンで容姿の簡略や見た目のことを書き出す。 モンスターがその姿を現した時。 1人で街に放浪して来たと云う、大人びた女性魔法遣いが開けた場所の前へ出る。 スリットの深いスカートから黒いラバープロテクターを纏う足を見せ。 「このままじゃ、最後の彼は追い付かれる」 と、杖を構えた。 次々と開けた場所に、全力で走り込んで来る若者達。 極度の緊張となりふり構わずの全力疾走から、激しく息を乱して膝を着く者が目立つ。 「座るなっ。 まだ、モンスターは生きてるぞっ!」 「安心するなっ」 珍しい事に、屯組の冒険者が思わず若者達に叱咤する。 普段は、他人など我関せずの彼等も。 この仕事の序盤の今に死人を見るなど、面倒臭いに程がある・・と、こう云う気持ちなのだろう。 さて。 「魔想の力よ、大きな鉄球に変われっ!」 膝まで届きそうな金髪を上着の白いコートの中に入れている。 見た目の表情に感情の少ない、クールで大人びた様子の魔想魔術師の彼女は、頭上に青白く光る鉄球を具現化させた。 この時、あの気取った若者の剣士が、さっきまでは気前のよい事を言って仲良く喋っていた僧侶と学者の若い女性すら抜き去って。 開けた場所に走り込んで来ては、ソフィアの後ろ辺りで止まり。 「ハァハァハァ・・助かった………」 冒険者としてはちょっとフザケた物言いに、誰も彼を見向きもしなかった。 さて、 「うわっ! うわぁーーーっ、足が見えるぅぅぅぅぅっ!!!!」 最後尾で走る学者の青年の脇へ、8本の足を動かして迫る大型のモンスター。 ニュルニュルと蠢いて迫る足先が、青年を絡め取る間合いに近づいた。 其処へ。 「行けっ」 魔法の鉄球しっかりと具現化させ、モンスターへ飛ばした彼女の間合いは・・実に、間一髪だっただろう。 「やっ・ばい・よぉぉぉぉ!!!」 横目の視界に入るタコ足の一本が、自分に向かって撓(しな)った。 絡め取る気なのだと解る。 其処へ、青白く光る鉄球が飛んで来た。 「早くっ!」 「魔法がぶつかったぞっ!」 先に逃げた冒険者達が、青年の学者に声を掛け合う。 魔法の鉄球がぶつかった蜘蛛の面(おもて)から、四つ有る大きな複眼の一つが炸裂する威力で削り飛んだ。 傷口から銀色をした黒ずむ体液が飛び散り。 這いずり走るモンスターの動きがグッと、大きく鈍る。 そして、青年を絡め取ろうとしたタコ足が力を失い、青年の脇の視界から消えた。 丘の開けた所に辿り着いた学者の青年が、ソフィアの脇で力尽き。 「ハァっ、ハァっ、ハァっ………」 もう走れないと、膝を地面に付いて、空気を貪る。 すると、 「炎よ・・、地面の近くまで湧き上がる、大地の熱よ。 この剣に、その力を与え賜えっ」 湯気が出る黒い大地を見て、ソフィアはこれが使えると踏んでいた。 魔想魔術師の大人びた女性、前に書いた通りに名を“イノーヴァ”と云うのだが。 「自然魔法の・・エンチャンターっ?!」 と、初めて見たと云わんばかりに、表情に感情を出して驚く時。 「燃えろっ」 両手に持つ剣に赤い炎を映らせたソフィアは、若者に向かって伸びて来たタコ足に、戦陣を切って斬り掛かって行く。 迎え撃つ様子しか見せないチームの面々の中で、積極的に動き始めたソフィア。 すると。 「邪魔だ」 野太い男の声がして。 「うわっ!」 息を切らせる青年がグワッと持ち上がった。 彼を持ったのは、ソフィアが強いと視た、傭兵エクタイルだ。 全身を光沢も消え年季を経ていそうな、黒い鎧や防具で揃えている。 「戦いの邪魔だ」 学者の青年を後方に放り。 背中に背負っていた武器の一つ、大剣を構えた傭兵エクタイル。 のっぺりとした四角い顔を戦う姿勢から厳しくした彼は、ソフィアの後からモンスターの足へと斬り掛かる。 この辺の森に棲む大型モンスターでも、有名な方のカラミット・オクトパシダー。 雑食であり。 数日に一度、眠りから目を覚ましては、腹が満ちるまで動植物を食べる。 非常に貪欲で凶暴なモンスターだった。 そんな中だ。 「え~~ぃっ。 わっ、とっとっと。 このぉ~~っ、この~このこのこのぉ~~~」 長剣を片手に、そのモンスターの足一本と遊んでる様に戦い始めるシンディ。 その光景を見て、応戦しようとアビゲイルは番えた矢を放ち。 シンディの様子を見てしまったが故、レオナルドやレガイノが焦り。 「足が2本斬れてるっ! 一気に畳み掛けろっ」 「残りの足さえ斬ればっ!」 と、声を出して躍り掛かる。 屯組の中年冒険者達も、ソフィアとエクタイルの御陰でもう勝機が見えただけに。 「稼ぎ時だっ」 「金の分を、先ずは此処で!」 と、動き出した。 逃げるに終始していた若者達以外の冒険者が動き、ほぼ総出に近い形でモンスターを倒した。 足を4本斬り落とし、頭に止めを入れたソフィア。 同じく、足を4本斬り落とし、胴を斬り払って走り抜けたエクタイル。 この2人の戦いが、誰よりも光った。 襲って来たモンスターが、全く動かなくなり。 「シンディ。 大丈夫だったか」 「ソフィアぁぁ、足のさきっぽ斬れた~~~。 わ~い」 と、お互いの無事を確かめ合う、ソフィアとシンディの所へ。 「アンタ、若い割にヤるな」 傭兵エクタイルが、ソフィアの元に遣ってくる。 戦う間、エクタイルの戦いざまを見る余裕が有ったソフィアで。 「そっちも、あの足を根元まで踏み込んで、良く」 「あぁ、アンタと横の仲間に合わせ、鉄槌を扱うあのオッサンも来ていたからな。 踏み込む余裕が、在り在りとしていた。 それよりも、自然魔法をエンチャントする剣士なんか、初めて見た」 振り払ってから拭いをした剣を仕舞うソフィア。 「自然魔法を扱える事が、魔想魔術師に比べるとやや稀に近いからな。 だが、過去にも遠距離の武器を扱う者には、まぁ居たらしい」 「ほぉ。 然し、若い割には、本当にいい剣の腕だ」 すると、ソフィアが瞑目して、首を左右にすると。 「いや、まだまだ。 私より少し年が上でしか無いのに、凄く強い奴がいっぱい居る。 風のポリア殿や、あのアルベルト殿も」 「風のポリア・・か。 ん、あのチームには、大剣を扱うゲイラーといい、俊敏な格闘戦士のヘルダーといい。 実に強い奴が揃ってる」 「そうだ。 それに・・もう1人」 「ん?」 「知らない他人なのだが、神の如き強い男が居る。 あの男の域に、どうしたら行けるのか………」 こう云ったソフィアを見てから、エクタイルは空を向く。 (“神の如き”?。 まさか・・コイツが言ってるのは、奴…。 パーフェクトのことか?) 過去に会った死神の様な男。 その一瞬だけ見た姿を思い出したエクタイル。 同時に、その時の恐怖が蘇って来る。 (くっ、冗談じゃないゼ。 あんな化け物、何人も居てたまるかよ) 一度、心に染み付いた恐怖は、まるで毒の様に居座り。 事、有るごとに疼き始めるのだった。 さて。 モンスターを倒した者達を頻りに誉める若者達だが。 ソフィアも、アビゲイルも、そしてイノーヴァも。 遊び気分で煩く、警戒心がまるでない若者達に。 “仲間が多いからと、気を抜き過ぎだ。 遊びに来て居るんじゃない” と、本気で怒る。 戦った屯組の中年男達は、この若者達には困ったと。 “いざとなったらどうするか、それを真剣に考える必要が有る” これを切に感じた。 叱られた若者達は、全く戦力に成らなかった上。 ガヤガヤと喋り辺りを全く気にしてなかった事は、明らかな事実だったので。 「すいません」 「初めてのチームで、楽しくなりました」 だの、甘ったれた謝りをしてきた。 この様子を見たレオナルドは、 「まさか、あの主………。 彼等を捨て餌ぐらいにしか見込んでなくて……」 と、困って小声に口走る。 その横に立つエクタイルは、腕組みしながら若者達を見て。 「あの気弱な主は、そんな事を考えられる奴じゃない。 恐らく、仕事が回らないから少しでも使える冒険者達の一団を作ろうと。 向こう勝手な荒療治の様な考え方なんだろう」 「そっ・それならいいが……」 まとめ上げるに困るレオナルドへ、鋭い視線を下ろすエクタイルは、付け加える様に。 「大変なのは、同情する」 エクタイルの言葉に、レオナルドの方が驚いた。 この普段は無口で一匹狼の男が人を気遣うのか、と思わず見返すと。 「然しな、リーダー。 この森や、この先の脅威に対してよ。 あの主の認識が大きく不足している事は、紛れもない事実だぞ」 この言葉、一片に含まれるのは、注意喚起だ。 だが、違う見方をすれば、リーダーにあらゆる危険が考えられるとも云える。 継ぎ接ぎのチームは、苦楽を共にする経験が無いに等しい為。 リーダーに対する考え方や信頼性が、1人1人大きく違う。 詰まりは、普通のチームの様な統率もなければ、付き合いや友情から来る団結力も少ない訳だ。 チームを作る意味の大前提となる“一つに纏まった力”が、思う様に使えないのだ。 他で描くポリア達、ウィリアム達に代表される通り。 チームに纏まりが有り、互いに能力や経験や技能を知ると。 自然とリーダーは指揮もし易いし、本人が自分の役割を理解する。 そうなればリーダーの負担も少ないし、互いに互いが連携して、戦いに幅が生まれて来る。 「う゛ぅ~ん」 こんな合同チームなど、冒険者に成って20年以上も経つレオナルドも初めての経験なだけに。 正直、まだ2日目から非常に困るレオナルドだ。 然し、発つ準備をし始めるエクタイルが。 「ま、だがよ。 リーダーなんか、俺は遣った事など無いが。 戦い方を判断をする上で、いい戦力は揃ってる。 あの魔想魔術師の女や、あの両手剣を遣うエンチャンターといい、な」 (確かに、この男も居るし、レガイノも頼れる戦力だ) エクタイルを見返しながら、そう思うレオナルド。 そして、エクタイルは更にこう続ける。 「問題は、この人数だからな、リーダー。 アンタ以外に、戦いを率先する指揮者が必要じゃないか?」 この問題は、今に見えた切実な事だ。 今回は、一匹のモンスターだったからいい。 だがもし、二方向から襲われたり…。 タイプの違うモンスターから同時に襲われたり…。 多勢なる数多いモンスターに襲われたりしたら…。 レオナルドが若者達の面倒を見れば、先頭で戦う彼等を指揮することなど出来ないだろう。  また、その逆も在る。 (最も任せたいのは、アビゲイルなんだがな…) 同じ根降ろしの冒険者で在るレオナルドは、アビゲイルの性格を知っている。 必要以上に他人を心配する事も苦手なら、関わられるのも好まない。 それでいて寂しがり屋なので、酒好きを漬け込まれては、遊び目的の男性に引っ掛かる。 (ん~、アビゲイルに代わりの指揮が、何処まで務まるか…。 だが、信頼が出来るのは、彼女が一番…。 う~ん) 此処で。 狩人のアビゲイルから。 「レオナルドっ、早く岩山渓谷に入ろう! 洞窟に辿り着くのが、夜に成るっ!」 急かされてしまったレオナルドは、頭痛がしそうな体を引きずる感覚で。 仕方ないと、出発の指示を出した。 間欠泉が無数に有る黒い大地の先には、岩山の切り立つ岩壁が見える。 未開の地を護る城壁の様に、横たわり聳え立つ。 「ふわわぁ~、山の上が雲で見えないよぉ」 シンディの言葉に、ソフィアも上を見上げ。 「本当に、高いな・・この山は」 だが、この岩壁には、向こう側へと通じる細い道が有る。 雨水が浸食して、長年を掛けて削った渓谷なのだが。 その幅は、エクタイルやレガイノの様なガタイの良い人物が並べば、もう誰も擦れ違えない。 「入ったら最後、向こうの森に抜けるまで、何が有っても引き返せないな」 レオナルドの独り言に、大所帯の仲間が黙った……。      【3】 「頼むっ! みっ、道をあけっ…」 30人の冒険者達を預かった、合同チームのリーダーであるレオナルドは、干上がった幅狭い渓谷を1人で大慌てをしていた。 白灰色の岩壁と岩壁に挟まれたこの渓谷を道にして進行しているうちに。 半透明のネバネバするスライムのモンスターの群に襲われた。 今、後続の若者達と離れた先頭方面には、ソフィア、レガイノ、エクタイル、アビゲイル、イノーヴァが居る。 スライムとの戦い始め、挟撃されるとは解らず。 目の前に押し寄せて来るスライムを倒すべく、戦力の主力が前に、スライムを倒しながら押し込んだ。 処が。 屯組の冒険者2人が、先行する者達の背中を守るべく追従していったのだが。 その開いた間の距離が歩幅にして数十歩に達しようかと云う時に、若者達の中の僧侶や魔術師達が、自分達の間近に急な勢いでモンスターのオーラが感じれて。 “モンスターだぁ!” 若者達の第一声で、岩壁の所々に空くウロの様な穴から、スライムが染み出して来た事を察知する。 前衛に出ていたレオナルドだが。 微かに聞こえたその一声に、大慌てで戻ろうとし。 後から来る屯組の仲間と突っかかった。 そして、先行する自分達も挟み撃ちにされていた事に、此処で漸く気付くのである。 そんな最中のことだ。 「数がすくなぁ~いっ! 魔法で撃退かの~だよぉっ!」 隊列の一番後ろで殿を任されたシンディが、おたおたと狼狽える若者達に向け、モンスターに指を向けて言う。 いや、安穏としてモンスターを見て戦える状態ではない。 間近に迫るのだから経験のない若者達からすると狼狽えて当然だ。 集まっていた自分達の頭上から、スライムは湧き出したのだから。 その状況で、シンディも若者達同様に慌てているものの……。 「そーりょさんが、モンスターの発見っ! 魔想魔術師さんは、岩が落ちないトコロで、げきた~いっ」 シンディと一緒の屯組の中年男は、自分1人で逃げる訳にも行かないからと。 「横に広がれっ、広く間合いを取れやっ」 と、間合いを取る様にしながらも、後へ引く事に終始し始める。 道幅は狭く、後戻りも危険だ。 こうなると武器を扱う若者達が、魔想魔術師の数名に。 「はっははやくぅ~」 「何でもイイからっ、魔法をっ!」 と、焦って慌てての言い掛かりを始めてしまった。 「煩いわよっ」 「集中できない~っ」 「あっ、あ゛っ! くっ、来るぅ~!」 こんな感じで焦らされる魔術師達が、言うだけの者と押し問答が始まりそうな、完全に混乱した様子へと。 だが、焦るものの、長身の若者僧侶が。 「かっかかか・確認でき・っ、出来るのはゴひきぃ~~っ!」 これに続き、金髪の愛らしい少女の様な僧侶が。 「一番近いのはっ、赤い髪のアナタの上っ!」 先程、最後尾でモンスターに襲われた学者の若者が。 「う゛わぁっ! またですかぁ~~~!!」 すると、さっきは彼を追い越した気取った感じの若者剣士が、その学者の方に走って。 「早く逃げ~っ!」 と、彼を捕まえて引き摺る。 シンディは、今だとばかりに。 「魔法ぉぉぉっ!」 此処で透かさず、このチームの中でも1番に美人の若い女性魔術師が、 「魔想の力よっ、鋭きダガーとなれっ。 おぉぉ・・・行けっ! 我が意思で産まれた、ダガーっ!!」 と、狼狽える魔術師達の中でも真剣さをいち早く取り戻した彼女が、魔法を発動させた。 代わって、僧侶達の中ででっぷりと太った若者が、緑色のローブを震わせて。 「あぁぁ~っ、シンディさんの後ろにぃぃっ、降りて来てますぅよぉ~~~っ!」 「ふぎゃんっ! あわわわぁ~たいへぇぇ~~~んっ!!」 驚くシンディは、個性的な声を出し、前に走る。 「此処は、ぼ・僕がっ!」 黒と藍色のオッドアイをした、少年の様な眼鏡の魔想魔術師が。 「魔想の力よ、想像の力よ。 我が敵を穿つ、飛礫を・・」 と、詠唱に入る。 半透明ながら、淡い水色のスライムには、“核”と呼ばれる弱点が在る。 この岩場に住む〔ロッカド・スライム〕には、5つの連結した“核”が特徴的だ。 然も厄介なことに、一カ所に固定されておらず。 ドロドロした体内を縦横無尽に動いている。 先に、最初の魔法を唱えた美人の魔術師が、魔法をぶつけた際に炸裂させると。 偶々か、狙ってか、炸裂させた所に核が集まって有った。 「わっ、わわわ・・溶けてるっ」 赤い髪の若い学者は、自分の頭上に居たスライムがドロドロ・ネバネバした液体として、纏まりを失った様子を見た。 其処へ、少し離れた前方より。 「おいっ、岩を壊すなよっ!」 と、漸くレオナルドが遣ってくる。 だが、心が落ち着かない若者は、そんなコントロールをする余裕は無い。 “あっちだ” “こっちだ” モンスターが居ると云われた場所へ、魔術師達が次々と魔法を。 今、この大所帯が通っている渓谷のこの岩壁の岩は、“流白石”と呼ばれる粘土の原料の一つ。 陶芸や食器を作るのに、良質と言われる土が元だ。 衝撃に曝されると、細かく粉になるのが特徴だった。 スライムに向け、彼方此方で魔法が放たれ、灰色がかった粉が渓谷の宙を舞った。 たった5匹か。 大群の5匹か。 スライムを倒し切る頃には、夕方が更に深まり。 薄暗く為った渓谷だった。 「ぷふぁ~、ぷふぁ~、いやぁ~~~ん。 岩のコナがぁ~ん」 桃色の髪の毛が、ちょっとの間に白くなったシンディ。 1人でジタバタと身体を払う。 一方。 「た・倒した…」 「ふぅ~」 「怖かったよぉぉ………」 「良くやったっ」 「は・初めて、モンスターと戦ったよ」 「でも、モンスターを倒せるじゃん。 俺達っ」 シンディ同様に、細かく成った土にまみれた若者の冒険者達。 なんとか、怪我らしい怪我も無く。 スライムを掃討して、それぞれの様子を見せる。 “岩を壊すなっ” と、喚いたレオナルドだが。 「はぁ・・。 まぁ、倒せて怪我人も居なきゃ御の字だが」 正に、怪我人が居ないことは、この混乱の後では最高の朗報だ。 だが、そんなホッとした処へ。 血相を変えたアビゲイルが、襲い掛かる様に戻っ来て。 「レオナルドっ、なんて音を出すのよっ! 魔法の音を聞きつけ、ドゥプロクナ・ドラグナーが来てるわよっ」 と、空を指差した。 若者達を含めその場に居る20人近い冒険者達が、一斉に頭上を見上げた。 - ヒキュ~ン・・ヒキュ~ン - 黒い影の飛行物体が、やや暗くなった空を舞った。 笛の様な鳴き声を上げ、その大きな筈の姿を小さく見せている。 眉間にシワを寄せたレオナルドは、そのモンスターの姿に。 「う、これは不味い…。 あの気性が荒いドゥプロクナ・ドラグナーが、来る」 レオナルドが怯えるモンスターは、飛行系の竜種だ。 見た目は、大人が数人手を横に広げた、大型の鷲の様なのだが。 見上げる先の顔は、牙が剥き出しの竜なのだ。 このドゥプロクナ・ドラグナーは、個々が強い縄張りを持って独立している。 音や匂いに対して、非常に敏感なモンスターであり。 “食す”ことより、“戦う”ことに対して、強い貪欲性を持つ。 今、ドゥプロクナ・ドラグナーは、冒険者達の頭上を飛んでいるが。 飛行するに、高さに富む行動が出来ないらしく。 この岩山を越えてこない。 だが、この足手まといを抱え、戦う事はしたくないレオナルド。 「アビゲイルっ。 先方のスライムは、掃討出来たのかいっ?!」 「あぁっ、ほぼ終わった」 「よしっ。 なら、洞窟内に降りる。 途中の亀裂から、中に入ろう。 モンスターに襲われる可能性は、拭えないが…。 渓谷を抜け出した先で、ドゥプロクナ・ドラグナーと鉢合わせするよりは、マシだ」 先頭を行く責任が有るアビゲイルは、夜にモンスターと戦う危険を回避が出来ると聞いて。 「解った。 だが、ドゥプロクナ・ドラグナーは、非常に執念深いと聞く。 明日は、戦闘の回避が難しいと、そう思ってよ」 それは、レオナルドも解っていた。 「知っている。 あのモンスターとは、過去に一回戦っているよ」 この2人の遣り取りに、若者達冒険者も、シンディや屯組の冒険者も、相手が悪いと感じれた。 この渓谷を抜け、草原を前にした岩壁伝いに左へ行くと。 これまでの冒険者達が野営に使ってきた洞窟が有る。 雨水が貯められた溜池も、湧き水が出る水場もある洞窟で。 未開の地へ行く冒険者達が、洞窟を利用する際に度々に結界を張るなどして来た経緯が有った。 レオナルドは、以前にも此処へ来た時に。 別のモンスターに追われて、亀裂から洞窟に逃げ込んだ経験が有った。 レオナルドの提案に基づいて、アビゲイルは先頭に居るレガイノやエクタイルを纏めた。 だが、亀裂の大きさに因っては、障害が出そうな長身の者も居る。 レオナルドとて、その事を忘れてはいないだろうから。 “一緒に洞窟へと行ける”と云うつもりでいた。 今回の仕事は、モンスターの討伐をする仕事だが。 だからと云って、バカ正直に手当たり次第に戦える…と、そんなチームでは無い。 出来るだけ余裕を持って、決められた間に倒せそうな相手から、被害を出来るだけ出さずに遣るのが最初の総意だった。 一応、戦いの記録の代わりにと。 記憶の石を斡旋所から借り、イノーヴァがシンクロしている。 最悪、倒した証拠となる部位を斡旋所に持ち帰れなくても。 彼女の見た記憶が、その証拠となるだろう。 渓谷をまた進み始め、ボッコリと出っ張る瘤の様な石の傍にやや広い亀裂が開き。 岩壁の中が見えていた。 「レオナルドっ、この穴かっ?」 暗くなり始める中、イノーヴァが遣う光の魔法でその亀裂を見つけたアビゲイルは、後続の仲間を率いるレオナルドに問う。 この間、ソフィアとイノーヴァが、亀裂となる穴を覗く。 「ソフィア・・とか、云ったよね」 「あぁ、イノーヴァ・・だったな」 「どう? 何か、オーラを感じる?」 「いや・・モンスターらしきモノは…。 貴女は、どうだ?」 「一応は・・無反応・・・かな?」 「コレだけの大地の力の中だ。 見える範囲ぐらいに近くなきゃ、モンスターの波動もなかなか気づけないと思う」 「ソフィアは、オーラ感知は鋭い方?」 「いやぁ・・どうかな。 普通だと思うが」 「じゃ、どちらかがアビゲイルの後を」 「なら、洞窟内で魔法は不味い。 私が、その役を買おう」 「解ったわ」 洞窟を行くと見たエクタイルが、自分とレガイノを風の盾にして火打石で火を熾し。 簡易用のカンテラに火を付けて、アビゲイルに渡す。 「安物だ。 物に未練は無いが、固形燃料は大切にした方がいい」 「よ・用意がいいのね。 借りるわ」 カンテラを借りるアビゲイルが、レオナルドを待たずして洞窟を探り始める。 洞窟に入る時は、一番緊張を強いられる瞬間だ。 魔法の光を杖に宿すイノーヴァは、 「この洞窟の広さなら、誰でも通れそうね。 ソフィアの次は、誰が入るの?」 ハンマー遣いのレガイノが、次に名乗りを上げ。 「なら、ワシが」 「よし、俺も続こう」 と、エクタイルが入る。 その後ろでは。 「お前、どおする?」 「お前は?」 と、屯組の中年男3人が、洞窟に入るのを躊躇する中。 レオナルドが追いついて来たのを見たイノーヴァが。 「私、先に行くわ」 ゾロゾロと来た若者達を“煩く面倒だ”と思い込む屯組の3人は、イノーヴァの後を着いて行く。 もう、他に入って行く者が居無いのを見届けるレオナルド。 「魔想魔術師の者は出来るだけ光の魔法を宿して、一緒に成らず行ってくれ」 すると、シンディが我先にと。 「ではでは~~、私もぉ~~」 その後を、ひと月ちょっと前に冒険者へ成り立てと成る、若く美しい魔想魔術師の女性が。 「次は、明かりを点けた私が、行きますわ」 と、魔法の光で照らし入る。 その後をレオナルドが続き。 更には、太った大柄の僧侶が窮屈そうに入る。 その後には、 「おっ・俺っ、行くっ」 あの気取った容姿の剣士が、殿を嫌がって入る。 その後には、朴訥とした様子の若者で。 投擲・至近戦に遣えるスピアを持つ、背の高い傭兵が入る。 暗くなる中、怯えつつも若者が次々と、亀裂の中へと入って行く。 そして、若者の最後には、先程に全力で走り息が上がった所為で。 もう疲弊気味の若い気弱そうな魔術師が入る。 一行の最後として。 最も最近までチームに属していたと云う屯組の男が。 殿として再度、渓谷を良く窺ってから洞窟へと入った。 さて、その亀裂の内部は、なだらかな下りが続き。 行き着く先は、広く平らに拓けた洞窟の中だった。 野営拠点となる洞窟は、ひんやりとした硬い岩の中。 「とにかく、虫除けを焚いてしまおう」 もう休む準備をしたいレガイノが、持って来た枯れ草の束を取り出す。 すると、一方を見つめるソフィアが。 「イノーヴァ。 向こうの方に、モンスターが……」 この洞穴へ、外から出入りする方を指差して云うのだ。 オーラで解っているイノーヴァ。 「知ってるわ、ソフィア。 でも討伐は、明日からよ。 今回は、若い子しか僧侶が居無いけど。 これから結界の強化をして貰うわ。 オークなんかに入って来られるのは、非常に困るしね」 「“結界”? 中級の魔法も使えず、結界など張れるのか?」 「いえ。 まだ、前に張った結界が、微かだけど消えていないのよ。 神聖魔法は、神の力の加護の賜物だから。 基本的な魔法は、力を合わせて強化が出来るの」 「そう言えば・・学院でそんな事を習った様な………」 考えるソフィアは、若者達の僧侶が行う結界強化の魔法を間近で食い入るように見ていた。 さて、この洞窟の奧には、絶えず貯まりながらも、何処かに流れる地下水の恩恵が在り。 また、これまでに、幾度も使われたと思しき、火を使っていた竈の跡。 その他、見回せば朽ち果てている武器の残骸もチラホラと。 洞窟の細部を窺えば確かに、様々な冒険者が此処を利用して来たらしい。 洞窟が初めてのシンディは、この場所を興味深く見回していたが。 「ゴホっ、ゴホッ、なんでぇ・・こんな煙を焚かなきゃ………」 「虫に刺されて、けほ・・。 病気に成りたい訳?」 「い・いや・・ヤダ」 虫除けが初めてな若者達の中には、 “虫くらい何だ、焚かなくてあいじゃないか” と、こう思う者も少なく無い。 その虫に因る様々な恐ろしさは、時として命を代償に知ることも在るだが…。 さて、虫除けを焚き終えると。 煙りが消えるのを待ってから竈の補修をして、火を熾す事になる。 やっと、落ち着いて休息を取れると。 渓谷を抜ける頃から黙っていた若者達が、徐々に喋り始めた。 フラルハンガーノへは、若者達も旅して来た者ばかりの者がほぼ全員。 生まれも、育ちも、歩みも違う似た年頃が集まるのだから。 “煩くするな、話すな” などは、酷な事だ。 然し、一方で。 「ソフィア~、ずぅ~っと、お外を見てますよぉ」 シンディに、こう云われたソフィアが。 「うん、入って来ないと思っても、消えぬ気配が気に掛かるのだ」 「フゥ~ン」 食事を終えても、洞窟の入り口の左右に分かれてシンディとソフィアは、唸り声のする外を見ていた。 さて、地面も岩の洞窟だ。 寝るとなると、やはり旅慣れた者が強い。 然も、一応は火を見守る見張り番は、いざと云う時も考えて必要だ。 リーダーのレオナルドは、明日が本腰を入れて討伐に臨む初日なので。 「今夜の見張りは、若い者達で交替してもらうよ。 冒険者に成ったら、これぐらいの事は当たり前。 経験を積んで貰う為にも、4交替ぐらいで区切ろう。 私の持つ砂時計で、20回裏返して交代しよう」 「え゛っ?!」 驚くのは、チャラチャラした若者剣士。 慣れない初日で、疲れたからだろう。 だが、殆ど戦って居無い、他の若者からは。 「任せてください」 「何もしてないので、魔法遣いや僧侶の者にも、長く休んで貰おう」 「そ・そうね。 魔法の使いすぎと緊張で、グッタリしている人も居るみたいだし……」 屯組の中年男達の中で、亀裂に入る時に最後で入った男が。 「リーダー。 火の番の最初は、俺も起きていよう」 生え始めた芝の様な短髪をして、日に焼けた浅黒い肌のその男。 出で立ちも、屯組にしてはしっかりしていて。 鋼の上半身鎧に鋼の腰周り。 鉄板の入った小手、アームガードを腕にし。 膝から足には、使い込まれた金属製具足のレッグガードで固める。 武器も長剣タイプで、やや重装備だ。 レオナルドは、その男が付き合うと言ったので。 「そうか。 カニングが一緒なら、私は寝かせて貰おう」 と、言った。 頬や顎に古傷を持つカニングと云う男は、ヤケに気前よく。 「あぁ、リーダーは、今日は疲れただろう? 明日も大変だろうから、早朝まで休んで構わないよ」 「なら、そうさせて貰おうかな」 レオナルドはこう言ったが、まだが暮れて間もない。 直に寝るとも行かないだろう。 竈の順番を待っていて、水を沸かし始める者も居れば。 とにかく腹を満たして、明日に備え様と焦る者も居る。 チームとしても、個人的にも、洞窟の野営が初めてのシンディ。 「ソフィア~、寝袋で寝ていいのぉ?」 バカな素人の質問だが、生真面目なソフィアだから。 「当然だ。 岩に身体を横にすると、身体がイタくなるぞ」 「ふぎゃんっ、イタいのは嫌デスっ」 「なら、寝袋を敷く下に、何かマントでも敷くといい」 その様子を近場で見ていたイノーヴァが。 「シンディ・・野営は初めてなの?」 「はい、ど~~くつで寝るのは、初めてです」 「ふぅん」 理解する様に受け答えしたイノーヴァだが…。 内心では。 (こんな素人の娘と、ソフィアが知り合いなのか・・。 少し前に有った悪党の絡む事件にこの2人が関わっていたのは、ホントみたいね) このイノーヴァといい。 今、若者と打ち解けあう様子を見せる、あの屯組のカニングといい。 この合同チームに参加した冒険者の中には、この仕事の後を睨んで参加している者が居る様だ。 チームと云うものは、所詮は他人の集まりだ。 全てのチームが長く存続するとは、決して限らない。 そんな事情は、さて置き。 1人に成った経験者は、何処かのチームに入るか。 自分で見出したリーダーや、自分がリーダーとなってチームを作るか。 それとも、屯組に堕ちるか。 色々な選択を自ら選ばなければならない。 このチームの中では、エクタイルは異質で。 何故か、一匹狼のスタイルを貫いているし。 レオナルドやレガイノ、狩人のアビゲイルは、根降ろしの者だし。 他の屯組の者は、もう冒険者としての情熱が冷めている様に見える。 最近、1人に成ったばかりのイノーヴァ。 また、積極的に仕事に加わろうとするカニング。 この2人は、新しいチームを創るか、何処かのチームに加わる事を期待しているのだろう。 そして、今の処、目立った諍いや争いが起きない、この若い冒険者達の集まりなら。 この仕事を機に、それぞれに纏まり、幾つかのチームを組みそうである。 レオナルドの様に冒険者の生活が長いと、何となくそうゆう処も解って来るのだが…。 若者達へ、積極的に接するカニングは、恐らく自分がリーダーとなり。 戦力的に見込みの有る若者達だけを組み入れて、自分のチームを作りたいのだろう。 一方のイノーヴァは、新しく出来たチームの中で。 自分の経験を生かせ、居場所の見いだせそうなものを探す感じが窺える。 そんなチームがあれば加わってみようと、思っていそうな素振りがある。 そんな個々の思惑が、様々と巡る合同チームだが。 この中でも少し異質な存在は、エクタイルを除けばシンディとソフィアだろう。 特に目立つ、どのチームに入っても戦力としては申し分のないソフィアだ。 その彼女を、あんな子供の様なシンディと一緒に、こんな形で遊ばせて置くのは…。 1人に成った身のイノーヴァにしては、実に勿体無いと思った。 冒険者にも、戦う力の有無だけを重視し。 その他は、ジャマな仲間だと考える者は、実に多い。 強い者だけが集まれば、それでチームは出来ると思う。 つまりは、羽ばたくまでは行かない、 “本物になれない経験者が考える思考” とも云えようか。 実質、強いチームに足手纏いが居る・・。 こんな事など、本当に良くある。 実力が在ろうが、チームとして必要で無い者。 チームの存在を脅かす者は、多数居る。 幾ら強くても、そのチームを生かす(活かす)存在でなければ、何の意味も無い。 ポリアのチームに然り。 ポリアとマルヴェリータは、Kの存在無くして変われたか? 一緒のチームに居たダグラスの存在も、その例に当てはまる。 ウィリアムのチームとて、ロイムが必要か。 今、一緒に居るリネットとて、その話に入るだろう。 いや、この2つのチームだけでは無い。 これまでの歴史の中に於いて、出来た全てのチーム・・。 いや、冒険者の1人1人に、それが言えるのだ。 実力だけでなく、チームを活かす為に必用な者。 また逆に、人を活かし、育てるチームとは何か。 それが解るか、否か。 それは人、それぞれだった………。
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