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《岩山の向こう側は? 合同チームの活躍と、静かに舞い降りる全滅の余韻…》
【1】
{合同チーム、活動二日目}
普段は感情を面に見せないイノーヴァが、必死さを露に杖を振りかざし。
「我が魔想の力によりっ、この力を示すっ! 開かれよっ、“極限の力”(オーバーフォース)よっ!!!!」
目や肩だけでは無く、黒いオーラを全身から吹き出させるイノーヴァ。 頭上に現れた飛礫の魔法が、小粒大から、拳大の大きさに変化した。
イノーヴァが、全力で魔法を唱える。 それだけ相手が、強敵だからだ。
その少し前…。
シンディやソフィアの加わった合同チームは、結界を張った洞窟を拠点にして。 朝から周囲に集まって来たモンスターを徐々に討伐し始めた。
チームには、大勢の女性が居る。 その匂いを嗅ぎ付けて、寄って来たオークの群れ。 先ずはこれを若者たちも含め、全員でぶち当たる。
この洞窟の前は、これまでにも戦いの場所だった様で。 少し先は原生林の森が囲うのに。 洞窟の周りは広い疎らな草原の所と、地面剥き出しの部分が在った。 その開けた場所で、50体以上のオークをチームで迎え撃つ。 ただ、怪我の事を考え、僧侶を抜く全員である。
ほぼ乱戦だったが、オークの群れの中を双剣を両手に縦横無尽に走るソフィア。
豪快な戦い方で、寄って来るオークを片っ端から薙ぎ倒す勢いのエクタイル。
また、若者達を中心に、広範囲の支援をしていた魔想魔術師のイノーヴァ。
この3人が、やはり戦いでは主力の軸となる。
一方。
棘の付いた鉄球のハンマーを振り回し。 後方の要となるイノーヴァやアビゲイルを、レオナルドと守るレガイノ。
また、若者達と打ち解けを図っていたカニング。 彼に加え、冒険者生活の長い屯組の者達が、経験で培った成りの実力を出していた。
だが、やはり・・と云うべきか。 昨日から近くに潜んでいたのだろう。 戦う騒動に気付き、あの飛竜がやって来た。 ドゥプロクナ・ドラグナーが…。
- ヒキュ~ン -
奇妙で不気味なこの鳴き声。 鷹か鷲の様な、鉤爪の付いた四肢を地面に付け。 身体は羽毛に覆われた、並の五倍は有ろうかと云う馬か獅子の様だ。 更に、少し長く伸びた鱗の有る首の先には、角を持った竜の顔が有る。
リーダーのレオナルドは、この飛竜の登場に。
「若者たちはオークの掃討にっ!!! 他は、コイツだっ!」
これから採取だ、討伐の仕事を遂行するには、このドゥプロクナ・ドラグナーを絶対に無視することなど出来ない。
「チッ、朝っぱらからっこんな…」
「逃げれないなら、やるっきゃないか」
「くそっ、こうなったら満額狙いだっ!」
屯組の冒険者達が、強敵を相手にヤケ気味になる。
その一方で、元よりやる気のエクタイルやソフィアは、目を細めながらも。
「上等な相手だ。 これぐらいで、ビビる気もない」
「云えている。 仕事は、まだ始まったばかりだっ!」
双剣から、両手用の長剣に持ち替えるソフィアは、剣に雷の力を預ける。 風が少し強く、雷を選んだ様だ。
そして、冒頭のイノーヴァの様子は、若者達に危険が及ぶ前にこのデカブツを倒そうと、勢いを以て飛ばした様子である。
さて。
野営する洞窟の南側にて。 主力総出で、ドゥプロクナ・ドラグナーとの戦いに成る。
そうなれば、遠巻きに此方の様子を窺っている。 残り10体に満たないオークは、若者達の相手だ。
昨日の戦いを見るに、
“彼等がどれほどの戦力に成るか”
と、思われるだろう。
然し、人が集まれば、その乱れる中にも才が開く。
「俺達だけで、やれるのかよ…」
「バカっ! リーダー達が、あんな危険なモンスター相手にしてるのよっ?!」
「そうよっ! 男でしょ?」
「そう・・云われても」
「どうするよ」
取り残された様な若者達に、明らかな結束の乱れが見える。
其処へ、だ。
「だぁ~いじょうぶっ!」
と、先頭に出るシンディが。
「あのオ~クさんの狙いは、女の子ですんっ! 私達、女の子に狙わせて、男性の皆さんは、左右から。 魔法が出来る方は、突っ込んで来るオ~クさんに魔法を使えば、絶対イけまぁ~すっ」
と、剣を構える。
皆が疑問を口にする前に、前に出たシンディを見て、オーク達が興奮を来たし。
- フゴゴ~っ! -
- ゴフゴフッ! -
と、やって来始める。
シンディより、出で立ちがそれらしく見える若い女性剣士が。
「スケベなモンスターめっ! 制裁を下して遣るわっ!」
女性の方がやる気に成る様子に、男性達が目を見張った。
すると、少しトロい魔想魔術師の若い男性も。
「ぼぼ僕だって、は・羽ばたく為にぃっ参加してるんだっ。 頑張るぞ」
と、魔法の詠唱に移る。
気取った容姿のあの若い剣士は、
「左右って云ったて…」
と、苦虫を噛んで云うが。
背丈が高い寡黙な傭兵の若者が、スピアの先端を変え。 短戟(スモールハルバード)と云う武器を構え。 シンディの左翼側に陣取っていた。
小太りで、片刃の大剣を扱う、装備や身なり良い若者が。
「おい、俺達は、右に行こうぜ」
と、一人でまごつく、気取った容姿をした剣士に云った。
「あ・あぁっ」
僧侶の若者6人を抜いた14名の若い冒険者達が。 追い込まれてやる気を出し、オークの群れの残りと戦う構えに入った。
若い魔術師5人の内、4人が固まっていて。 その中でも、あの若く綺麗な女性も含め、人の混じる戦いの最中では、やはり魔法の発動・形成に時間が掛かる。
真っ先に魔法を放とうとした臆病そうな若者が、なんとか生み出し放ったダガーの魔法と。 若く綺麗な女性の放った飛礫(つぶて)が、同時の先制攻撃になった。
「よしっ!」
短戟を構えた長身の若者は、飛礫の一部を食らったオークの一体に、突撃。
他の学者と云う若者達4名は、魔法を使う彼等を守る。
どのオークを迎え撃つか。 見極め様とするシンディと若い女性剣士の間にヌッと、突然に入る骨太そうな大柄の人物が。
「一応、アタシも、女」
片言の様な言い方をするのは、朴訥な男性と見間違いそうな女性の戦士である。 細い眼、耳や額も出る短い栗色の髪。 頬骨が少し主張が強く、鼻声の様な低い声をしていた。 装備は、動き易い皮製の鎧やプロテクターだが。 手に嵌めるグローブに剣が付いていると云う、一風変わった武器を手に嵌めていた。
魔法で倒されたオーク二体を構わず踏み越え、別の二体のオークが遣ってくる。
シンディは、そのオークに目掛け。
「じゃ、あのエッチなブタさん二体から~」
「はい…」
「いいよぉっ」
朴訥な女性戦士とやる気溢れる女性の剣士は、シンディに準じて戦う気迫を見せた。
一方で。
「僕も、忘れないでよね」
ボウガンを構えるニヒルな若者が、左側から距離を取った間合いで。 あの長身で、短戟を遣う若者に向く別のオークの顔に、青白く光った太い矢をぶち込んだ。
木と金属の金具で組み立てられたボウガンは、矢を発射台に付けた後。 弦を引っ張って弾くか。 弦を手回しの取っ手で回し、トリガーを引くか。 どちらかで矢を飛ばす、中距離の飛び道具武器である。 遣う矢、引く弦の具合に合わせ、風向きや狙いの正確さが重要になる複雑な武器だった。
矢を受けたオークは勢い良く炸裂する力により、後方の草むらの茂みの中へ。
彼は、弓を扱うエンチャンターで在った。
また、一方では。
オーク一体に、2人掛かりで立ち向かう気取った容姿の剣士と、小太りの戦士。
「えぇっい、・・おわっ、あぁっ!」
オークの周りを近づいたり離れたりする気取った容姿の剣士は、まだ“斬る”と云う行為に、大変な躊躇いが有ると見れる。
代わって、
「このぉっ、うぉぉぉりゃぁっ!」
小太りの大剣を扱う若者は、狙い澄ました攻撃が出来ず。 力任せに勢い良く剣を振り回しているだけだ。
攻撃にぎこちなさや戸惑いが出る若者達だが。
「やっ、やっ、やぁーっ!」
三段の突きを、一体のオークに繰り出すシンディ。 ソフィアの様な手練には、まだ程遠い有り様だが。 オークの身体を刺して、その動きを止めた。
其処へ、あの骨太な女性戦士が走って来て。
「どぉりぁぁぁっ!!!」
剣の切っ先が付いたグローブを嵌める手で、正拳突きをオークの横から食らわせる。
- ゴブハァっ! -
一撃必殺の突きとなり、オークがまた倒される。
その後、オッドアイの瞳に、紐で縛る眼鏡を掛ける。 まるで少年の様な魔術師が放つ剣の魔法が、オークの残りを蹴散らし。 戦いに目処が立った。
さて、この間。 ドゥプロクナ・ドラグナーとの戦いだが。
このモンスターの脇から果敢に攻めるエクタイルと。 背後の両足周りを狙い澄まして攻めるのは、ソフィア。
また、モンスターの正面から、
「飛礫よっ、行けっ!」
と、魔力の精神的制限を解放し。 威力を増した魔法を放つイノーヴァは、額に汗の粒を浮かべる真剣の様。
「イノーヴァがっ、我々じゃ届かない奴の息を止めているっ! 転ばせっ! 翼を斬るんだっ!」
と、攻め様を解くレオナルドは、レガイノと前脚の左右を攻め。
「んな事を言ったってっ」
「バカっ! 手を動かせっ!」
「そうだっ。 デカブツ相手に、圧してるぞっ!」
と、右側からモンスターの周りを、半円画く様に広がって。 エクタイルやソフィアの攻撃に、何とかタイミングを合わせるカニング以下の屯組。
このドゥプロクナ・ドラグナーの恐るべき点は、その狂暴な性格から繰り出される四肢の引っ掻きや蹴り上げ。 そして、口の中から吐かれる生暖かいブレスだ。
鋭い鉤爪を有する引っ掻きや蹴り上げは、見てからに直ぐに怖いと解る。 だが、このモンスター最凶の武器は、寧ろ生暖かいブレスで。 薄っすら黄緑色の混じる乳白色のブレスは催涙効果を含み、吸い続けると引き付けに似た麻痺を引き起こす。 駆け出しの冒険者が下手にこのモンスターと遭遇し、全滅する事も多々有る。 その原因が正に、この生暖かいブレスだった。
片刃の緩やかな反りが有る大剣を器用に振るうエクタイルだが。
(ん? あの女“ソフィア”………何をしてる?)
その視線は時々。 積極的と云うより、受け身に構えるソフィアを不思議に見る。
そんな最中。
「おっ、また遣ったぞっ」
「よしっ! 後ろ足はっ、残す処あと一本っ!」
と、屯組の冒険者が喜んでいる。
(一体、何を・って!)
奇妙な鳴き声を上げ、エクタイルに向かって後ろ足が跳ね上がる。
「おっ、とっ!」
鉤爪が跳ね上がるのを避けたエクタイルは、上がった爪を下から掬う様に。 跳ね上がった鉤爪の軌道に合わせて、大剣を振り上げた。
「よしっ、遣ったぞっ!!!」
屯組の冒険者の1人が、大きく声を上げた。
ざっくりと鳥の足の様な部分を斬った、エクタイルの大剣。 悲鳴に似たドゥプロクナ・ドラグナーの鳴き声が上がり、冒険者達の囲みを解こうと暴れ出す。
「うわぁっ!」
「リーダーっ、無理するなっ!」
暴走する様に跳ね上がる前足に、防ごうとした剣ごと蹴っ飛ばされるレオナルド。
前に出ようとするドゥプロクナ・ドラグナーの暴れ来る足に、レガイノがハンマーを振り込み牽制する。
「レオナルドっ!」
モンスターは、痛がってその場で暴れる為。 足止めされたと感じるカニングが、血の飛ぶレオナルドに走り寄った。
「うぅ…、大丈夫だ」
顎と胸部を鉤爪で切られ、血を流し零すレオナルド。 それでも彼は気丈にも。
「ど・どうく・つには、ひとり・で・・いける」
僧侶の待つ洞窟へと、自分で戻ると云う。
此処で、またドゥプロクナ・ドラグナーの悲鳴が上がって。 “ドスン”と、軽い地響きを伴う音が。
カニングとレオナルドが見れば、ドゥプロクナ・ドラグナーが倒れていた。
「飛べない様に翼だっ!」
「よしっ、イケるぞっ!!!」
すると、ソフィアの近くにいる屯組の2人が。
「こっちの足はっ、雷の力に痺れて爪もないっ。 奴は、直ぐに立てないゼっ!」
「よしっ! 一発、土手っ腹に行くぞっ」
「おうっ!」
と、奇妙な協調性を持って勇躍する。
その時、倒されたドゥプロクナ・ドラグナーの上を素早く駆けるソフィア。 狙いは急所の目だ、と駆け寄った。
此処でエクタイルは、足を切断すべく。 覇気(バトルオーラ)を込めた一撃を食らわせる。
その狂暴さで、この辺りでは恐れられるドゥプロクナ・ドラグナーだが。 倒れた所を冒険者達に襲われては、飛ぶ事も叶わず倒された。
さて。
ドゥプロクナ・ドラグナーが倒された時だ。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
一斉に、若者達の声が上がった。
横たわるドゥプロクナ・ドラグナーの力尽きた顔。 その上に乗り、剣を突き立てていたソフィアも。
全身に湧き上がるバトルオーラを、ゆっくり収束させるエクタイルも。
そして、カニングに肩を貸して貰い、洞窟に向かうレオナルドも。
一斉に上がる声に注目すると、見慣れない大きなモンスターが横たわっている。
「おやっ、若手の奴等……」
「遣りやがったな。 ありゃ、デカい虫のモンスターだろ?」
「最近、街道に出た奴だ。 確か…マリャカナエンだよ」
大型ゲジゲジのモンスターである、この〔マリャカナエン〕とは。 以前に、シンディとKが出逢った後、乗せてもらった馬車を襲ったモンスターだ。
胸を押さえるレオナルドは、
「だ・だれが?」
と、朦朧とする中でも気を向ける。
だが、本人はそれ処ではない、と。
「リーダー、喋るな。 若い奴等も、一旦は洞窟に戻らせる」
支えるカニングが言った。
こうして冒険者達一同が、洞窟に戻る。
若い僧侶達と薬師の知識が有るアビゲイルが、レオナルドの治療に逐われた。
リーダーの負傷に、汚れた衣服の若者達は息を呑んでいた。
其処へ、カニングが。
「然し、君たち、良くやったな。 オークだけじゃなく、あんな大きなモンスターも君達だけで倒すとはね」
カニングの言葉に、細かい傷を頬や手に持つ小太りの若い戦士が。
「シンディさんの助言ですよ」
シンディの名前に、ソフィア以外の皆が、ホンワカしたシンディを見る。 衣服の彼方此方に、うっすら血の付く、擦り切れた跡を作った彼女は、のほほんと笑っている。
若く美しい魔術師は、汗に濡れた髪を額に付けながら。 腕組みしつつも、どこか気になる様な物言いで。
「ホント。 オークを倒す時、あんな簡単に囮になったり。 あの気持ち悪い虫のモンスターの弱点が、頭の所にある突起物の穴って知ってたり…。 同じ駆け出しとは、とても思えませんわ」
話を聞いているソフィアは、直ぐに思い付く。
(そう云えば…、シンディは確か)
Kに助けられた話を聞いていたので、合点が早かった。
さて、その話も落ち着かない内に。
「あ゛っ! また、モンスターが来た」
洞窟の出入り口付近で、外を見守る屯組の中年男が云う。
倒したモンスターの極一部は、討伐の証拠にしたが。 残した死骸は、隠しようがない。
- ヴキョッ -
- グゲグゲグゲ…… -
- ブグルルル・・ -
様々な唸り声を出しながら、森の所々からモンスターが出てくる。
洞窟の内部から外を見る冒険者達。
「うわっ! 黒くでデカい犬だぁ」
と、若い冒険者の一人が云えば。
最も洞窟の出入り口付近に行き。 しゃがみ込みながらも、興奮し出すシンディが。
「あれはぁ、〔ヘルバウンド〕のアシュ“亜種”です~。 炎を吐かない代わりにぃ~、毒を吐くとかぁ~」
すると今度は、別の屯組の1人が。
「なんだっ、あの芋虫みたいなのは! おぇっ、死んだオークをガシガシ食べてやがるゼ」
また、益々興奮するシンディが。
「〔マカシヨンバタフライ〕のよ~ちゅ~ですぅっ! 肉食で、よ~ちゅ~の背中に有る突起物は、催涙効果の有るクサ~い臭いを、シホーハッポーに噴射するとかぁ~」
一緒に見ているソフィアは、二足歩行をするトカゲのモンスターを指差し。
「あのモンスターは、人に似ているが?」
その横に居るエクタイルが。
「あれが、噂に聞く亜種人のリザードマンか?」
すると、またシンディが興奮したままに。
「あっ、たぶんはちぃがぁ~~うっ、デスよっ。 リザードマンの暗黒種で、〔パルデアン・リザードマン〕ですっ。 あんな赤い頭なのにぃぃ、色が変わって胴が黄色なのがトクチョーっ!」
モンスターをよ~く観察するシンディは、興味が溢れて興奮する。 だが、そんなモンスターのことを知っている彼女を、冒険者達が見出した。
屯組の1人が。
「お嬢ちゃん、随分と詳しいな」
モンスターを観察するシンディは、しゃがみ込んで、記録する紙にモンスターを模写しながら。
「出発の前にぃ、主さんのソ~ダン役だったと云うお婆ちゃんに会いました。 モンスターの事を、すごぉ~く良く知っていたので。 図鑑で読んだモンスターのトクチョーを、いぃ~っぱい聞いて来ました~」
上からシンディの描く絵を見る若者や屯組の冒険者は、中々に忠実な模写をするのだと感心した。
処が、此処で。 モンスターを描くシンディは、手を動かすままに。
「でもぉ、相手は10体・・と、ちびっとデスよぉ? あのモンスターもこの秘境では、まだまだよわ~い部類ですから。 依頼に対するアタマ数を稼ぐつもりで遣るなら、いま~ではないでしょうか」
その話に、入り口に集まる皆が、お互いで見合う。
屯組の冒険者は、ちょっとシンディを軽んじるような笑みを見せ。
「お嬢ちゃん、リーダーが怪我してるんだぜ?」
若者の気取った容姿の剣士も。
「そっ、そうだよ。 討伐開始から、そんな飛ばしてどうするのさ」
すると、此処でシンディは、奇妙に表情を澄ませてはちゃんとして。
「レオナルドさんが怪我したので、言ってるんデス。 怪我人を永ぁ~く、この洞窟に居させるのは、とぉ~っても危険です。 この森の奥には、グリーンドラウネスだったりぃ、髑髏の模様をした身体の大グモ、〔屍蜘蛛〕も居るとか~。 奥に隠れ棲む強いモンスターが、死骸の臭いに導かれて出てくる前にぃ~。 楽なモンスターで、成果を稼いでおいてもイイ様な~。 レオナルドさんに、この判断を聞けるとイイんデスが…。 わっ、こっち向いてくれたぁぁ~~~」
模写をするシンディのこの意見に、屯組の男性が。
「た、確かに……」
と、介抱されて気を失っているレオナルドを見る。
気取った感じの若者の剣士は、
「何を言ってンだよっ。 リーダーは怪我したし、俺等だって戦って疲れてる。 無理をして傷口を広げる様な真似なんかしたかないっ」
と、自分の意見が皆の総意の様な言い方をする。
此処へ、イノーヴァが。
「見てる限り、大して疲れて無さそうだけど?」
これに被せるのが、別の若者。
「そうですよ。 シンディさんや他の人からしたら、君はあまり戦って無い」
また、別の若者が。
「ドラグナーやおっきいタコに比べたら、あのモンスターは戦い易そうですよね。 リーダーの回復が遅れる様ならば、あのモンスターだけでも倒して戦果にすれば報酬も高くなるのでは?」
引きで眺めるエクタイルやソフィアの前で、話し合いは賛成する側と、慎重な意見の側に別れた。
言い出しっぺのシンディは、
“レオナルドさんの意識が戻るのを待って、判断を仰げば宜しいのでは?”
と、焦ることはしなくて良い意見を云う。
処が、だ。 此処で急にリーダーシップを取ろうとするカニング。
「よし、ならば深追いをしない洞窟付近で、モンスターを倒して戦果を稼ごう。 危なくなったら、洞窟に逃げ込めばいいさ」
率先して指揮する処を皆に示したいのか、積極性を主張するカニングに、若者達の数名が賛同した。
代わって、危険を冒す雰囲気に、
「待って、一応の戦果なら、もうドラグナーを倒して挙がってる。 街道に出た虫のモンスターも倒してるし、無理なんかしなくてもいいわ」
と、慎重な意見のイノーヴァが反論する。
「だが、まだ戦える。 雲行きはあまり良くない中、戦える時に戦果を稼がずしてどうする。 見ろ、まだ数は少ない。 死骸は転がってる、まだまだモンスターは来るぞ。 集まりきる前にだな……」
「いや、待て。 リーダーが怪我をして、指揮は誰がする」
こう言ったアビゲイル。
慎重な意見を云うアビゲイルやイノーヴァに、僧侶達が加わって慎重を解くのだが。
屯組の中年男達は、出来るだけ早く仕事を切り上げて。 1日でも早く、死の犠牲者が出る前に街へ戻る事を考えているらしく。 カニングに賛同する。
戦うなら、戦うし。 遣らないならそれでいいと云うのは、やはりソフィアやエクタイル。
結局、疲れた若手の魔術師や学者の若者達を守りに洞窟へ残し。 エクタイルやソフィアを連れた冒険者達が、死骸に群がるモンスターの掃討に出た。
但し、深追いも、無理も、絶対しない範囲で。 余裕を持って、夕方前に切り上げた。
が…。
「い゛っタ~イっ! う゛ぅ・・ジンジンして足が動かないよぉーっ!」
大声を出して泣き出すのは、気取った容姿の若い剣士。
芋虫のモンスターの動きが実に遅い事を軽く見たのだ。 正面からじゃなければ、側面からなら余裕だと、彼は勝手に飛び出した。
このモンスターは、背中の突起物を動かして、様々方向の敵に毒を吹き付ける。 この情報はシンディが前もって言った。 一応、何度も言った。 それなのに……。 この剣士は、話を全く理解していなかった様だ。
荷馬車に馬を繋いだ状態の横の長さ、高さに匹敵する芋虫のモンスター。 体表に、ドロドロした藍色の体液を出して。 胴体の背中には、ぐるぐると回せる柔らかな突起物が有る。 鮮やかな黄色の突起物だが、敵の方に向いて毒液を噴射するのだ。
“モンスターは例え小さくても、動きが遅くても、油断は禁物だ”
戦う最中でも、心配したアビゲイルは若者達に何度、注意を言ったか。
“弱点を知るシンディに対処を聞いて、皆と協力しなさいっ”
と、何度言ったか。
若さ故か、考え方が甘いのか。
結局、気取った容姿の若い剣士と、屯組の一人が怪我人となり。 これ以上は無理と、戦線を離脱。
洞窟に戻った処で。
今度は、モンスターを討伐する事を勝手に提案したとして。 シンディに対し、若者達から急に文句が出た。
言ったのは、怪我をした気取った剣士を始めに。 正論を好む学者達と、僧侶全員からだ。
反省して、しょぼくれる彼女が謝り。 この日は、終わった。
=★=
{合同チーム、活動三日目}
次の日。
朝に気が付いていたレオナルドが。 昨日の結果を聞いて、シンディに怒った。
「君っ! 何でも思った事を云うなっ。 余計な事を云わなければ、私以外の怪我人は出なかっただろっ!」
其処へ、平静なソフィアが。
「シンディは、リーダーの意見を聞けと、先ず言ったぞ。 今日までで戦果を確立し、街に引き上げたいと言ったのは、別の者だ」
と、フォローをする。
そして、エクタイルも。
「俺は、どっちの味方でもないが。 午前中にアンタが倒れたからと力を持て余して、暇を過ごす気も無かったぞ。 討伐依頼の成功を見込めるボーダーに対し、昨日の朝の成果じゃ、全然に足らないだろう?」
すると、これにカニングも乗っかり。
「確かに、そうだ。 シンディが言い出さなくとも、仕事の成否の不安から、同じ話が出たと思う。 何せ、このチームに参加した者の中で、金に困ってない奴の方が圧倒的に少ないからな」
“仕方ない”と流す気のカニングの意見に、レオナルドが強く反応して睨み見る。
(コイツ…、本性が丸出しだ)
レオナルドが本当に危険視しているのがシンディではなく、このカニングだと見抜いている者が、此処に何人居るだろうか。
若手を面倒見るフリをして、有能かつ性格の良い者を集め。 街に戻り次第に、自分をリーダーとしたチームでも結成したいと云う。 そんな雰囲気が、彼に見えている。 今回の仕事中にチームが分裂したら、悪い結果しか見えない。
チームの一部が別れて勝手に逃げ出したとしても。 実際に何が大変なのかと云えば、それは戻ることなのだ。 モンスターの死臭を嗅ぎ付け、岩壁の渓谷を戻った向こう側にも恐らくは、モンスターが待ち伏せている可能性が高い。
もし、間借りなりも。 若者達だけがカニングに唆され、合同チームから分裂してしまったら…。 とにかくゴリ押しして街まで逃げようと、信頼を得たカニングが引っ張っても。 確実に犠牲が出てくるだろうと、レオナルドには推察することが出来た。 それは、来るまでの様子から察して余る。
其処へ、若い僧侶の1人で、太った青年が。
「レオナルドさん、余り怒らないで下さい。 傷が塞がっただけで、内部の完治はしてません。 結界の強化は、昨日もしました。 リーダーを失う訳にも行きません。 今日は、安静に」
「ん・・解っているよ」
生真面目な性格から責任の重圧を感じてしまい。 気持ちを落ち着ける余裕が少ない、今のレオナルド。
怪我をしてしまった残り2人を除いて。 レオナルドは考えた末に、今日の予定を変更した。
「いいかい。 昨日まで予定に有った、未開の森の中に分け入るのは、中止する。 替わって、昨日に倒したモンスターの死骸へ、今、集まってる居るモンスターをこれから掃討して貰う。 実力の有る者や経験の長い者は、大型のモンスターを。 経験の少ない若者達は、オークや小型植物のモンスターを相手にして欲しい」
レオナルドの話を聞いた若者達の中で、綺麗な顔立ちをする魔想魔術師の女性が。
「リーダー、それなら…シンディさんはどっちに?」
みんなの面前で、思い切り怒られた手前。 1人でしょぼくれるシンディに、レオナルドと女性魔術師が視点を向ける。 レオナルドは、カニングを牽制するつもりで、叱る的にしたシンディなだけに。
「彼女は、知識だけを買って連れてきたんだ。 無理に戦わせる必要はない。 この洞窟で、待機をすれば…」
すると、綺麗な若い魔想魔術師は、何故か強気で。
「彼女を遊ばせるんですか? 武器を取って戦えるんだから、一緒に出して下さいな。 我々、若い冒険者の方で、一緒に。 頭数が多い方が、それだけで安心だわ」
すると、そこに空かさず。
「なら、私が代わりに行こうか?」
と、カニングが前に出て、そう云うのだが。
魔想魔術師の美人女性は、
「戦力が弱まれば、ベテランの方々も大変でしょう? 無理をさせる為にシンディさんを欲しいとは、私は言ってないから」
と、やんわり辞退を申し出る。
黙って見ているソフィアの目からして。 この彼女は、カニングを全く信頼していないらしい。
この遣り取りに、骨太でちょっと大柄な格闘戦士の若い女性が。
「ワタシも、シンディさん・・来てほしい」
他の若者達からも、同じ意見が出た。
こんなに云われては、レオナルドも面倒だと。
「解った、解ったよ」
と、シンディが戦う事も許容した。
(一体、なんなんだ?)
シンディを欲しいと云う理由を、昨日の午後を知らないレオナルドは、良く解っていない。
さて、シンディと肩を並べて、洞窟の外に出る魔想魔術師の美人は。
「解るモンスターの弱点は、全部教えてよ」
と、頼っていた。
普段の様子が、戦う時とは全く違う。 もったりとした格闘戦士の若い女性も。
「シンディさん・・注意が…正しい」
「あ・ありがとー」
感謝を言ったシンディだが。 その心に在るのは、Kの言葉だ。
“シンディ。 お前は、仲間に何を示す?”
“リーダーは、チームの仲間の命を預かる者であり。 また、チームの動く方向を決める役割だ。”
Kの言った言葉が、シンディの心に楔として、強く深く打ち込まれていた。
“シンディ。 キミは、頭が凄くイイんだな”
そして、光明をくれたソフィアのこの言葉。 知れば知る程に、描いて情報の束を創る程に、モンスターの知識が鮮明になる。 シンディは、冒険者として“コレ”ならと云うものを、既に見つけていた。
だから。
「では、あの~私の膝くらいに有る、根っこで歩くクサ~はデスね。 捕食植物のモンスターで、“アルピーグリーン”と云います。 弱点は、頭の様な赤い果実デス。 アレを砕くか、茎から切ってしまう事デス」
「よしっ」
「それぐらいならっ」
弱点を聞いて、小太り大剣を扱う若者や女性のスラッとした剣士も勢い付く。
それでも、シンディは念を押す。
「壊すなら~~半分ぐらいじゃーダメデスよぉっ! バラっバラぐらいでぇ~~すっ」
「解った」
「了解っ」
すると、怯えつつも一緒に来た、眼鏡をした少年の様な魔想魔術師が。
「よし、ぼぼっ・僕は、オークに………」
気弱そうな青年の魔想魔術師も。
「じゃ、わ、わ・私は、仲間の補助に。 魔法だって守りに遣えま・ますから」
弱いから、慣れていないから、だからこそ協力は必要だ。
「僕が、先行して側面に。 集まったオークに、構わず魔法を」
昨日に戦う事で、度胸が出て来たのか。 短戟を持った長身の青年傭兵は、少年の様な彼と、綺麗な女性の魔想魔術師に提案する。
「なら、私とこっちの彼女やシンディさんと、オークをおびき寄せる囮になるわ。 私みたいな美人を欲しがるなら、それ相応のプレゼントが必要なのを、あの醜いオークに教えてやるんだからっ」
二手に別れた若者達は、オークをおびき寄せる一方と、死骸を漁る植物のモンスターに、手分けして当たる。
若者達が、ちょっとぎこちなくも行動し始める頃。
先行する様に、開けた洞窟前の左翼側に向かったベテラン陣。 双頭の蛇の様な竜種、〔グリーンドラウネス〕。 折れたままの木の棒を持つ、〔パルデアン・リザードマン〕の集団。 この二種類を相手に、実力を発揮するソフィアやエクタイル。
「あの2人、ホント強いな」
「怪我されちゃ、仕事に支障が出る。 ザコは、俺達が遣らないと」
コソコソ言い合う屯組の2人に、遠距離から弓を遣うアビゲイルが思う。
(あの2人がいて、本当に助かったわね。 主(マスター)の云う通り。 あの2人に、レガイノとイノーヴァを加えた4人が、明らかな主力だわ)
まだ分け入ってない森に近付いて、モンスターと戦うベテラン陣。
あれよあれよと云う間に、暗黒種のリザードマンの数が減る。
「喰らえッ!」
ハンマーで、リザードマンの土手っ腹を殴りつけたレガイノ。
- シャギガャ! -
トカゲとは思えぬ鳴き声を上げ、森に飛ばし返されるリザードマン。
だが。
その直後、森の中から何かがパッと、レガイノの近くに飛び出て来る。
(ぬっ、新手か?)
ハンマーを構えるレガイノの前に、やや大きなゴキブリが現れる。 円形の身体をしたゴキブリは、一直線にレガイノに向かって来る。
が………。
(やるか?)
と、レガイノがハンマーを構えた。
その様子を見たイノーヴァは、魔法を何時でも唱えられる様、心の準備をしつつも。
(静か…だわね)
生命力が溢れる原生林の方には、まだモンスターの気配が潜んでいると感じる。 それでも、今は不気味なまでに静かだった。 さっきまでは、何かの鳴き声などが頻りに聞こえて来ていたのに……。
処が、だ。
其処へ、突然にシンディの声が飛んで来る。
「うぇえ゛ーっ! 林冠に気を付けてっ!!!!!!」
樹海を形成する森を、レガイノとアビゲイルが真っ先に見上げた。 木々の天辺、隣同士の枝が絡み合う森の頂に、黒い影が見えていた。
その時は、どうしても補助的に加わると出てきたレオナルドと、レオナルドの助力を得て戦う屯組の2人が。 煩く暴れるリザードマンを倒した所で。 ソフィアとエクタイルが、グリーンドラウネスを倒した瞬間でも在った。
「逃げてぇぇぇーっ!」
イノーヴァが、肉食性のゴキブリを相手に、抑えた力の魔法の詠唱をしようとするのと。 シンディの声に反応したアビゲイルが、焦って叫ぶのが同時。
「不味いっ!」
慌ててレガイノが、近くにいたレオナルドと屯組の2人に走ったのも。 シンディの声からして、反射的な感じだった。
- バタンっ!!!!!! -
何かが落下し、地響きを上げる。
落下して来たモンスターを見てギョッとしたままに固まるのは、正面に見たイノーヴァとアビゲイルだ。
「な・何アレ」
「あ、新手よっ」
一方で。
「うわぁっ」
「痛っ!」
レガイノに突きとばされ、地面にすっ転ぶレオナルドと屯組の1人。
同時に、そんな彼等の姿を見ようとした、ソフィアとエクタイルだが。 いきなり現れた黒い物体に、前方の視界を完全に塞がれた。
また、その近くで。 リザードマンにトドメ刺したカニングだが。 急に降って来た黒い物体に遮られ。 同じく、レオナルドやイノーヴァなどが、全く見えなかった。
そして………。
突き飛ばされた事で、何かを言おうとするレオナルドと屯組の中年男だったが。
「おっ・・」
(なん・・だとぉ?)
一瞬の風圧の名残と一緒に、血が飛沫く光景を目にする。
森の上から降って来たのは、大型の蜘蛛のモンスターである“屍蜘蛛”(アンデット・スパイダー)。
このモンスターの奇襲で、屯組の1人である男性冒険者が。 その口の中に頭から膝まで入っていた。
“バキッ、ポキッ”
奇襲を受けた屯組の中年男は、強靭な二重の顎により縦横に噛み千切られて血を撒き散らし、足二本だけを地面に落とした。
「うわぁぁぁぁっ!」
驚いて、叫び立ち上がる屯組の中年男。
犠牲者が出た事を悔やみながら、昨日の傷口が痛むレオナルドが。
「くっ・このぉぉ……」
と、唸る。
「レオナルドっ、早くっ!」
レオナルドを助け起こすのは、突き飛ばしたレガイノだった。
その3人とは蜘蛛のモンスターを挟んで、対峙する形の主力の2人が。
「ソフィア。 コイツは、ドデカい新手だ」
「あぁ。 くっ、誰か喰われた様だ」
リザードマンを倒したカニングは、向こうが見えない程に大きな相手に。
(ヤバいぞっ、一旦は洞窟に…)
と、逃げる事を考える。
すると、其処へ。
「そのモンスターはっ、横と前にス~~早く動きまぁぁすっ! 斜め前か、斜め後ろから足をっ! 目と太く長い足を潰せれば、機敏に動けませんっ! でもでもっ、毒の体液にだけはっ、気を付けてぇぇぇーーーーっ!!!!」
必死に叫ぶシンディの声が、広く辺りに木霊した。
焦らずとも、急所を攻めればいいと。 そう思うアビゲイルは、頷く為にシンディの方に向く。
「助言・・え゛っ?!」
助言に礼を言おうとしたが、視界にシンディを入れると。 その先には、オークが子供に見える様な、大きな人型モンスターの姿が。
(まっ、まさか…オウガっ?!!!)
然し、アビゲイルの近場に来ていたシンディは、
「アビスジャイアントは、こっちに任せてくださぁ~~~いっ!」
と、若者達の方にまた戻って行く。
(アビスジャイアントだってっ? 確か、肉食の巨人族・・。 オウガの一つ下に位置する悪鬼っ)
驚いているアビゲイルの耳に、レオナルドやレガイノの戦う声がする。
そして、
「アビゲイルっ、コイツに集中してっ! どっちかが引けば、残った方が挟撃されるわよっ」
と、イノーヴァが言って来る。
(なんて仕事…、このチームの手に余るっ)
アビゲイルは、流石に相手が悪過ぎと怖じ気づいた。
処が、今はレオナルドの方が…。
「このモンスターめっ! 仲間の命を返せっ!」
普段は冷静な彼が、緊迫した状況が続いて、細い神経を張り詰めさせて居た処に。 仲間に死人が出たので、感情的になってしまった。 久しぶりの仕事で、リーダーに成った事や、奇妙にリーダーシップを取ろうとするカニングが、神経質なレオナルドを苛めていたらしい。
レオナルドを心配するアビゲイルだが、こうなったら遣るしかない。
「えぇっと、目と太く長い足って言ったわね」
慌てて矢を番るアビゲイルは、左右対に8つ有る眼を狙って矢を番えた。
さて、向かって動こうとする屍蜘蛛を足留めしようと。 斜め後ろの左右の足を、手分けして攻めるソフィアとエクタイルに対し。 斜め前の左足を攻めるレオナルドとレガイノ。
剛毛に被われた蜘蛛の足は、独特な油分に守られている。 先ずは毛を削ってから、皮膚を斬らなければ成らなかった。
「おいっ、カニングっ! こっちの足っ」
1人で側面に回って、毛が短く皮膚も堅い、短めの足を勝手に攻撃するカニングに。 長く見知った仲間を喰われた屯組の中年男は、真剣に成って一緒に戦えと言う。
だが、屍蜘蛛を見たカニングは、
(長い足は、動きが力強い。 短い側面の足を斬った方が……)
と、自己判断で動き出す
実は、この合同チームの中でも、シンディを一番に軽く見ていた人物の1人が、このカニングだろう。 自分の作る話の輪に、シンディやソフィアや魔想魔術師の美人が入って来なかったし。 レオナルドに叱られる彼女を見て、自分の作るチームには絶対入れない者と弾いていた。
ま、逆に見て。
Kを知るシンディからしたら、カニングなどは普通の冒険者くらいにしか、そうとしか見えていなかったかも知れないが。
さて。 シンディが、前後の死角と云ったが。 蜘蛛が機敏に動けない斜めから、四方に分かれ攻める者達に。 カサカサと動いては、方向転換をしようとする蜘蛛だが。 死角の四方全てから攻撃され、狙いを定められずに右往左往する。
処が。
「コイツっ、このっ!」
斬る事に夢中に成るカニングは、蜘蛛の太く短い脚にグッと力が籠もったのを見て無かった。
ソフィアとエクタイルは、
“動くっ”
と、脚に籠もる力を見逃さず。 二・三歩分を飛び退く。
また、戦う事に余裕の無いレオナルドは、無我夢中で斬りつけるばかりだったが。
(不味いっ!)
屍蜘蛛が動くと見たレガイノは、レオナルドの背の襟首を掴んで。
「退けッ」
と、モンスターから引き剥がす様に、引き摺る。
その直後。 屍蜘蛛が、短い距離を横に動いた。 丸で横に飛び退く様な、横移動の突進である。
「ぶがぁっ!!」
鋭く、短い叫び声が上がった。
声を聞いたレオナルドは、ヨロけた体勢から。
「横にっ、誰か居たのかっ?!」
突進を喰らって吹っ飛ばされるカニング。 その様子を間合いを取りながら見た屯組の中年男は。
「カニングだっ!」
また足を攻撃して、気を散らそうと向かうレガイノに対し。 怪我人がまた出た事に驚き、置いて行かれたレオナルド。
(何で・・だ。 あ、シンディから・・・対処は聞いただろうにっ)
信じられなかったレオナルドは、動く事よりも知りたくて。
「バカな、シンディの話を聞いて無かったのかっ?」
「知らんっ!!!! 声を掛けてもっ、奴が横に居たんだっ!」
これ以上チームの面子を殺されては、精神的にもかなわないと。 フッ飛ばされたカニングを自ら急いで助けに行く屯組の中年男が走りながらに、レオナルドへこう返して来た。
直後、精神を集中させたエクタイルが、バトルオーラを纏わせる大剣で。 屍蜘蛛の太く長い足の一本を、途中の節から斬り飛ばす。 隙を見て、深く踏み込んでから、飛び退く様に斬った次第。 切断された足から、酸っぱい臭いが鼻を突く真っ黒の体液が、ドバッと溢れ出た。
ガクッと足のバランスを崩した屍蜘蛛。 その隙を突いて、ソフィアが動く。 屍蜘蛛の太く長い足に、グサリと乗っかる様に剣を突き刺して。 体液を避ける為、飛び退くいて剣から離れると。
「風の力よっ! 天の力を借り、雷の加護を我が剣へっ」
刺しっ放なしにして、足から離れ。 なんと、エンチャントマジックを施す事を試みる。
実は、今に空模様を窺うと。 山の気候なだけに、急激に天候が下り坂となっていた。 近くの空にまで黒い雨雲が天を覆い隠し。 冷たい風が、そっと吹き出して来たのだ。 そして、遠くの空には、雷の光が微かに見える。
普段は、手に持って付加させなければならない、魔法の加護だが。 精霊の力を強く感じるソフィアは、精神的に疲労は増すが。 これが出来ると踏んだ。
一方、相手を早く倒したいが為か。 ソフィアの発した声が耳に入っても、何をしたのか聴いてないレガイノ。 とにかく、足留めの一撃を・・と、ハンマーで前足の皮膚を叩き。 漸く、表皮を叩き破りつつ在ったレガイノだったが・・。 急に殴りつけた瞬間に、手にビリッと痺れが来て。
「う゛わっ!」
と、驚き。 数歩、後退り。
また、屯組の中年男にカニングを背負わせ、洞窟までを任せるレオナルドは。 1人で、一本の足に斬り掛かっていたが。 やはり、ビリッと剣を握る手に痺れが来て。
「痛ァっ!」
と、大きくモンスターから身を離した。
1人だけ、ソフィアの声に攻撃の手を止めていたエクタイルは、急に剛毛が逆立ち始めたので。
“一体、何が起こってる?”
様子を見ていたが。 屍蜘蛛が全く移動せず。 その場で、ブルブルと小刻みに震え出したのを見た。
(何だ? ・・震えて、何している?)
もっと良く見れば、逆立つ剛毛の間を、ピシッ、パッパッと、光に似た電気が走った。
「雷? 感電…か?」
カニングがブッ飛ばされた事を含め。 ソフィアは、良く周りを見ていた。 間合いを取ったり、跳躍した時に。 1人、静かに集中しているイノーヴァをチラッと見た。 様子から察するに、彼女は隙を狙って、強い魔法を遣うと直感したのだ。
だから。
「今だっ、遣れっ! イノーヴァっ!!!!!!」
大声で云うソフィアの瞳が、魔力の迸りと共に赤く光る。 魔力を遣い、自然の雷の力まで借りて、付加魔法を維持させていた。
そして、そんなソフィアの声を聞いて。
「あ゛? いっイノーヴァ?」
と、集中しているイノーヴァを慌てて捜し見るレガイノ。
身震いして、灰色の湯気を上げる屍蜘蛛。 モンスターを見たレオナルドは、
「そうかっ! 武器に雷の力を付加させっ。 魔法の力を、刺した剣から直接相手へと送っているのかっ」
何が起こったのかが解った。
必殺の一撃を撃ち込むべく、その一瞬だけに狙い澄ましていたイノーヴァ。 ソフィアの声を受けて、目を力強くゆっくり開くイノーヴァは、黒く美しいオーラを纏い。
「強力な魔法を出すわ。 巻き添え、喰らわない様にね」
と、杖を翳す。
レガイノも、レオナルドも、遣い手により、個性的な色が有る魔力を見て。 一種の“畏怖”を感じて、屍蜘蛛から後退する。
「想像の力を、創造に変える魔力よ。 その大いなる具現化の力を、今、我が想像にて応えよ。 触れる全てを切り裂く、刃の網に変われ、スラッシュネットっ!」
イノーヴァの頭上の空間で、眩く青白い光の粒が輝く。 そして、瞬時にして、何かが浮かび上がって来たかと思いきや。 それは、青白く光る網だった。
間近で魔法を見たアビゲイルは、
「魔法が行くっ! もっとモンスターから離れてっ!!!」
感電して動かない屍蜘蛛から皆よりソフィアが遅れ、剣を引き抜いて飛び退く。
そして、機を見たイノーヴァは、全力で杖を振り下ろした。
「落ちろっ、網よぉっ!!!!!!」
想像の産物たる魔法の網は、急に丸く広がって。 モンスターを覆い包む様に落下した。
初めて見た魔法に、レオナルドが。
「こんな魔法が・・在ったのか」
一方、大仰に驚くレガイノ。
「あああ、網がっ!」
その魔法の網が、屍蜘蛛の身体に付着すると。 屍蜘蛛の堅い皮膚に、色が染み込む様に焼き付くのだ。 黒い体液が至る所から吹き出し。 魔法の網が食い込んで、全く見えなく成った。
その時、イノーヴァはグッと、グッと、下に下にへ抑えた杖を震える手で支えつつ。
「炸裂(はじけ)ろっ!!!!!!!!」
と、叫び、杖を上げた。
遣い慣れない魔法や強力な魔法を制御するには、精神的な圧迫を負う。 それは、全力で見えない重い物を全身で支える様なものだ。 適性の薄い魔法や強い魔法ほど、慣れた者でなければ大変な精神的圧迫を受ける。
だが確かに、イノーヴァの遣った魔法は強力だった。 自然魔法に痺れ、魔法に抑え込まれた屍蜘蛛は、食い込んだ魔法の炸裂から全身の皮膚を削り飛ばされて行く。
そして、雷鳴が間近に迫る中、冷ややかな山風が強く。 この開けた場所にも吹き降りて来る風は、雨が降る前触れだった。
然し、雨が降る前に、黒い体液が辺りへ吹き出した。
- プシャーーーっ! -
身体の上部全体から、黒く臭い体液を撒き散らす屍蜘蛛。 もう事切れるのだろう。 ヨロヨロと足を右往左往させ、クタクタと崩れ落ちた。
「ふぅ~ふぅ~ふぅ・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
屍蜘蛛が動かなくなり。 全身から息をするイノーヴァが、その場に崩れて座る。
「だ・大丈夫?」
心配をしたアビゲイルが、イノーヴァに歩み寄れば。 圧力から解放されてか、溢れ始める珠の様な汗をポトポトと零し始めるイノーヴァが。 此方を軽く見上げては、珍しく薄く笑って。
「た・たお・・せる、はぁ……」
「えぇ、倒したわ」
ガクガクと頷くイノーヴァは、シンディ達若手の方を指差した。
「あ゛っ、忘れてたっ」
様子を見る為、急いで立ち上がるアビゲイル。
一方、剣を引き抜いて下がったソフィア。 べったりと体液が付いた剣を何度か振る。
エクタイルは、その変わった剣を見て。
「昨日から不思議に思っていたが。 それは、ソードブレイカーだろ?」
「あ・あぁ」
「二刀流に、反撃重視のソードブレイカーを扱え。 その上に、自然魔法をエンチャント出来る。 お前、直ぐにでも羽ばたけるんじゃないか?」
少し掠れるエクタイルの声を聞いて、彼もまた全力を出していたと感じたソフィア。
「私は、まだバトルオーラが出せない。 それに、もっともっと強い奴が、この世にいっぱい居る。 それに、また……」
と、シンディ達の方を見て。
「幾ら剣術が強くてもな。 私は、シンディの様に成れぬ」
その言い方を受けたエクタイルは、
(そう云えば、若い奴らがまだ…)
と、同じく彼等の方を見ると。
「まだまだっ、俺は遣れるぞぉっ!」
「ヘンタイオークめっ、これでも喰らえっ!!」
最後に出て来たオーク4・5体を、若者達だけで殲滅し掛けていた。
「ほう、案外・・見込みだけの荒療治も遣えるな。 あのビビってた奴等が、必死になってら」
そんな感想を云うエクタイルの前を、ソフィアは歩いて行きながら。
「違う。 恐らく彼等だけならば、勝手に振る舞って戦いに成らなかったさ。 シンディが助言して、一緒に戦うから。 奇妙な団結力が生まれて、陣形(フォーメーション)の様な力を生み出してる」
「“陣形”って、ファランクスのチームが遣う、バトルの連携プレーだろ?」
「そうだ。 彼処まで“緻密”では無いが。 弱点を伝えた上で、…」
“攻めない方がいい遣り方、攻めるべき遣り方”
「…を、彼女は云う。 それに合わせて、魔法遣い、剣士やらが、不思議とそうゆう動きになる」
「あの・・小娘の助言が、か?」
「今更、何を云ってるか。 シンディの情報を守った我々は、このデカい蜘蛛を牽制することが出来ていたであろう? 怪我したあの男は、仲間に声を掛けられても、無視して横にいたからだ」
“確かに”と、思わずシンディの方を見たエクタイル。
(ま・まさかな)
ソフィアの後から一緒に着いて行けば。 モンスターを倒しきった若い冒険者達が、彼方此方でノびているが。
「勝ったっ!!」
「全部っ、た・倒せたのよっ!」
「こんな事、出来るんだぁ…」
全身を汗と汚れと血で汚す、シンディを含めた若者達。
「シンディ・・さん、あな、あ・貴女は凄いわ・・。 はぁ…、魔法のた・タイミング・・ばっちり」
あの綺麗な若い魔想魔術師の女性が、必死で逃げ回っていたのか。 衣服を汚していたものの、シンディに対して誉め言葉を。
「いえ・いえいえ~。 みなさぁ~んの、ごきょーりょくの・・賜物でぇ~す」
ヘバっ、起きるのも辛いシンディだが。 額や頬に冷たい物が落ちて来て。
「あ゛っ! あわわわわっ、雨っ!」
と、起き上がる。
そう、遂に…雨が降り出した。
一斉に、各々の冒険者達が手を、身体を貸し合って。 洞窟に戻る。
格闘技を遣う骨太の大柄な女性は、肋を二本砕かれ。
眼鏡を掛けた少年の様な若い魔術師も、左足を骨折。
一番の長身で、朴訥とした短戟を扱う彼もまた、右腕と左の肋を折られていた。
だが、オーク12体。 アルピーグリーンを6体。 肉食の巨人を1体に、リザードマンの暗黒種を4体も倒した。
そして、死んだ犠牲者は居ない。
「あの…アビゲイルさん」
小太りの大剣を扱う若き戦士が、アビゲイルに麻のボロ袋の小さいものを渡す。
傷を消毒する薬を作るアビゲイルは、
「え? 何?」
と、片手にて袋を受け取れば。
若い冒険者達が、次々に。
「アルピー・・なんとか? って云うモンスター……」
「弱点の果実って、・・なんだっけ?」
「滋養・・きょう・そう」
「それ、・・それに、なるでしょ?」
麻袋を見たアビゲイルは。 もう動けないと壁に寄りかかる、気弱な魔想魔術師の若者に。
「誰が言ったの?」
「シンディさん」
(えっ? まさかっ)
良く見れば、若者達がそれぞれに、モンスターの一部の戦利品を持っている。 リザードマンの堅い尻尾や背中の鱗。 アビスジャイアントの牙や爪を。
(この子達……あの激戦の中で、証を?)
すると、綺麗な顔立ちの若い女性魔術師が。
「はぁ~…ふぅ。 ほら、イノーヴァさんが、私達を見れないから。 えぇ~と」
ど忘れした彼女へ。 骨を固定される最中の、眼鏡を掛けた少年の様な若い魔術師が。
「“記憶の石”に、ぼっ・あイタタ…」
「そうそう。 記憶の石に、私達の戦いが入らないでしょ?」
2人の話を聞いたアビゲイルは、漸く意味が分かり。
「倒したモンスターの証に、持って来たのね」
「はぁ・・その為の代わりです。 疲れたぁ~」
と、やり取りが行われる。
さて、話に出たシンディは、ヨロヨロとしながらも、リーダーのレオナルドに寄って。
「あのぉ~、この雨って・・大丈夫でしょうかぁ?」
カニングの怪我具合を診るレオナルドは、やや覚めた感じで。
「言いたい事は、解ってる。 初日に来た狭い渓谷は、降る雨の量に因っては、大体2日ぐらいは水没する。 然し、この数の怪我人だ。 それぐらいは、此方も動けないだろうな」
「そ、そうですか。 やっぱり…」
「日程の事は、リーダーじゃない君が考えなくていい。 それより、あの数のモンスターを相手にしたんだ。 疲れて居るだろう? 早く休みなさい。 全員の疲労は、もう戦う域に無い」
「は・はいぃ」
そしてまた、若い僧侶達が忙しく成った。
「シンディ、大丈夫か?」
座り込むシンディの元に、心配したソフィアがやって来て、声をくれる。 そして、奥に移動するのに、軽く肩を貸してくれた。
湯を沸かし、細いロープを張って布を掛けただけの仕切りを作り。 女性達が、汗やらなんやらで汚れた下着を、次々と替える。
新品のラクラを遣うシンディは、黒いラクラを遣うソフィアを見て。
「色が、他にもあるんだね~」
「そうだ。 黒なら、怪我も見えにくいからな」
身体を濡らした布で拭い、下着を着替えたシンディ。 次の女性達に場を譲り。 開いた場所に座って、一息着いてから軽い食事をし出した。
疲労困憊の者が、殆どだ。 軽く湧き上がる話も、あまり長く続かない中で。 ソフィアの武器について、エクタイルが話をするのが、妙に珍しく見えた一行。
一方、一番の重傷者に成り下がったカニングは、肋骨が折れて内蔵を傷付けたらしく。 肋骨を上手く治すのに、レオナルドやアビゲイルが、非常に気を揉んだ。
レオナルドの傷口が開いたのは、肉体的疲労と興奮したのと、心労が重なったからだろう。
処が、この雨が。 まさか、冒険者達の運命を最悪の方向へ誘おうとは………。
=★=
{合同チーム、活動四日目}
ソフィアとエクタイルを抜いた全員が、ぐったりとして朝を迎えた。
長雨の模様を呈す空とシトシトと降り続く雨音に、早く帰りたかった誰もが嫌になる。
また、休む場所が天然の洞窟だから。 雨ともなると、途端にジメジメする。 岩壁に水滴が湧き、床に湿り気が溢れた。
午前のこと。
「ふぅ~。 こんなジメジメは、身体に悪いゼ」
1人、外見的に大怪我の無い屯組の中年男が、討伐開始の初日に怪我をした仲間と並んで座りながら云う。
「スマン。 二日目に怪我しちまって・・。 アイツの遺品ぐらい、持って帰りたかったな」
屍蜘蛛に食べられたら屯組の男とこの2人は、随分と長い付き合いだった。
すると、怪我で動けないカニングが。
「生きてるだけ・・マシだ」
と、呟く。
肋骨を砕かれた手前、魔法でくっつけただけだからか。 内臓にも怪我が及び、まだ痛みは激しい方だろう。 痛み止は飲んでいるが、それでも予断は許されない状態だ。
だが、無事な屯組の中年男は、やや呆れた顔をして。
「何を云ってるよ。 あの時に俺が、あの蜘蛛野郎の長い足の方に呼んだし。 あの桃色の髪をした嬢ちゃんだって、蜘蛛野郎との戦い方を言った。 全く聴いてない、お前が悪い」
すると、カニングが目を細め、やや苦しそうな顔を怒らせ。
「なん・だとぉ? あ・あんな・・頭の緩いおっ・女に、な・何が解る」
然し、屯組の中年男は、そのカニングを見下した眼で見て。
「一つ言えるのは、お前より、嬢ちゃんの方が解ってるさ」
「ふざけ・る・な。 お・俺は、ハァハァ・・んぐ。 じゅっ・十年以上も…」
カニングの目に、苛立ちが溢れている。
カニングから睨まれた屯組の中年男は、何を言い返されても全く余裕の感覚が薄れない。
「バカを言うなよ。 何が“十年以上”だ。 嬢ちゃんの話を聴かず、自分から損してるじゃないか」
「ん゛っ」
言い返す言葉を詰まらせるカニング。
「それ観ろ。 自分でも解ってるクセに。 それに、二日目の昼間で、あの嬢ちゃんの物知りは、大体みんな解ってたぞ」
「うる・さい・・。 たま・たまたま…だ。 俺が・しっ・・指揮してりゃ…」
この期に及んで、まだ悔しさから戯言を言ったカニング。
その生意気さに、屯組の中年男の方がイラっと来て。
「何を世迷い言を…。 それに、お前みたいな奴が一緒で、もしリーダーだったとしたらよ。 若い奴等は戦いに成らなくて、モンスターに圧されて確実に全滅。 その上、右側のモンスターと板挟みで、俺や他の奴等も死んでたぞ」
此処まで言った屯組の中年男は、カニングを見つめて。
「お前、世迷い言をたれる前に、本気で現実を見ろよ」
「ん゛っ・・フンっ」
言い負けた腹立たしさから、分かり易く怒るカニング。
その様子を見ていたレオナルドが、これまでに見なかったほどに気を抜いた物言いにて。
「暇なのは、良く解るが。 必要な面倒は、怪我だけにしてくれよ。 今日、一日中は、先ず動けないし。 下手したら明日も、その先の三日間は、無理かもな」
昨日までの疲れが抜けず、怪我の痛みがぶり返しているレオナルドだ。 出血も有ったし、身体が相当に怠いのだろう。
一方、それは一体どうしてか、何事だと驚くカニングは、レオナルドへ。
「なんで・・そっ・そうなるっ」
「昨日からの長雨で、初日に通ったあの岩壁の狭間だった渓谷は、水没してるだろうからね。 明日や明後日ぐらいじゃ、水が引き切らないだろう。 そうなると、急いで帰るには、恐らく泳いで渡るしかない。 だが、内臓が傷付いた君なんか、息継ぎが上手く出来なくて、直に溺れ死ぬぞ」
其処に、アビゲイルも加わり。
「今日、雨が一日中も降ったとしたら。 低い位置まで水が引くだけでも、最低二日間は必要だわ。 明日は、もう一日を使って仕事を続けてもよさそうよ」
「け・ケッ」
危機や窮地にて、その人間の本質が見えて来る。
若手の冒険者達は、カニングの嫌な部分を見た。
さて。
怪我をした格闘技を遣う骨太の女性をシンディが面倒を看る。
全身に、強烈な筋肉痛に襲われる若者達。 動くのもしんどく、トイレに遣う亀裂の先に行く事すら、本当に大変だった。
また、魔法で怪我を治すのも、駆け出しの僧侶だから。 傷を塞いだり、骨をつなぎ止めるだけで、その力は精一杯。 ちょっとした事で動けば、傷が開くは、骨が離れるわ。
痛みから悪態をつく、気取った容姿の剣士やカニングが。 他の誰にしても、本当にうざったい。
一応、チームの為に黙っているソフィアだが。 内心に思うのが。
(本当に、バカな男達だ。 神聖魔法とは、別の角度から見ると、人間性や感情に左右される魔法。 自分の印象を悪く見せれば、慈愛の精神を揺さぶり。 魔法の効果を知らずと下げる要因に成る事も知らないのか。 何が“十年以上”か。 一体、十年以上も冒険者をして、何を知って来たんだか)
と、これである。
ま、こんな訳で。 街に戻るまでは数日の暇だけが溢れる残る、と思われたが…。
薄暗い洞窟の内部では、気分も晴れない所為か。 朝から皆の間を流れる雰囲気が悪いままで。 湧き上がる会話がとても少なかった。
ブツブツと不満を垂れる事に煩いカニングが、他の屯組の男達に怒らる。 その内、若手からも嫌がられて、洞窟の入り口側には居たたまれなくなったのだろう。 嘘臭く寒がり、洞窟の中央に。 竈替わりの石を組んだ付近に、人に助けられて移ったカニング。
そのカニングと入れ代わりに、シンディが入り口付近に来た。
「おう、嬢ちゃん」
屯する冒険者達の中でも、この合同チームに参加した者達は、人間の中身の根底まで腐り始めた人物達では無かった。
特に、怪我が少なく、自由に動けるこの屯組の中年男は、女性や金に汚すぎる様子が無いからだろうが…。
“しょうがねぇな”
“どら、手伝ってやるよ”
と、昨日から、何かと忙しく働くシンディを見かねて。 彼が、時にソフィアの代わりに、シンディの手伝いをする事も在った。
その中で、度々、シンディと他愛ない話をしていた屯組の中年男だから。 シンディも、彼が側に居ても平気だったし。 また、屯組の中年男にしても、親身に怪我人を世話していたシンディを知ってか。 軽んずる様子が自然と無くなっていた。
会話が少ない皆の中でも、このシンディの持つ雰囲気は、ちょっと特別な様で。
「嬢ちゃん、疲れたな~」
「ハイ。 全身が、ギシギシ云ってますぅ」
「だよなぁ。 俺でもそうだから、駆け出しの嬢ちゃんじゃ~当たり前サ」
と、屯組の中年男が、シンディを良く気遣い出していて。
「嬢ちゃんは、ちゃんとメシ食ったか?」
「はいぃ~、スープとパンだけは~」
「そうか。 この国じゃ、本格的な冬が無いからさ。 保存食も、工夫しないと長持ちしねぇ」
「そうなんデスか?」
「おうよ」
2人の話し合いは、こんな挨拶から冒険者の基本的知識に入り。
ちょっとすると…。
「嗚呼、今回の仕事だけは、何とか満額で行きてぇな」
と、屯組の中年男が言い出したかと思うと。
しんみりとするシンディが。
「お亡くなりになった~方って、お兄さんのお友達デスかぁ?」
と、シンディが聞く。
見ているレオナルドやアビゲイルからは、この屯組の男達には刺となる質問に見えたが…。
「ふぅ~・・、10年近い付き合いだな~、アイツとはよ」
「そうなんデスかぁ・・。 お墓ぐらい…」
シンディが小さく言えば。 屯組の中年男も、雨の外をぼんやりと見つめて、しみじみとしながらに。
「あぁ…、形見ってか、遺体ぐらいは、持って帰ってなぁ。 墓でも作って遣れりゃ……」
と、全くの無防備で話し合う。
死んだ屯組の男性には、内縁の女性が居るらしく。 もうそろそろ臨月に入るとか。 その為か、多額の報酬が必要だった・・と彼は語る。
怪我人となった屯組の男性からすると。 この仲間が、こんな内輪話を余所者のシンディにするのが、とても不思議だったが。
若干、肌寒い洞窟と云う。 言わば、閉鎖された空間の虚無感に加え。 更に、今は雨と云う気が晴れないままの、暇な中でも在る為なのか。
“俺の駆け出しの頃はよぉ~……”
と、不思議と昔話をしてみたりする彼。
仲間の怪我した屯組の男ですら。
「お前・が…昔話かよ」
なんて、驚かれ突っ込まれても。
「雨だから、暇潰しさ」
彼は薄く笑うのだ。 内容的に、知らない女性へする話じゃないが。 話した後、彼に後悔する様な様子が無く。
また、シンディも。
「そうなんデスか…。 冒険者って、色々在るんデスね」
と、ちゃんと聞いた様子で返す。
「嗚呼…。 ホント、色々在ったよ」
「大変デスね」
と、呟く様に言って。 2人して外を見る、そんな取り合わせが、周りに不思議な光景を見せる。
2人をずっと見ていたレオナルドやアビゲイルは、地元の根降ろしだ。 この辺の街を流浪する屯組の彼等の事は、大凡で理解していた。
(アビゲイル、これは珍しいな…。 アイツが、若手に昔話をしてるよ)
(ホントだわ。 多分は、シンディの持つ独特の雰囲気かしらね)
(確かに、シンディは育ちが良さそうだが…)
(そうじゃないよ、レオナルド)
(え?)
(シンディの聞き方、案外に親身よ。 怪我人の様子を看るのも、私達とはなんか違う)
(そんなものかね。 私には、危なっかしい新人にしか見えないが…)
(あの娘の事、若手のコが信じるの解る気がして来たわ。 気遣いも優しいし、ちょっと緩い雰囲気だけど、言われた事は一生懸命にちゃんとするし…)
(そうか…)
レオナルドは、初日にエクタイルから言われた言葉を思い出して。
(私以外に、戦いを率先する指揮…。 ソフィアやアビゲイルじゃなく、彼女って事か?)
視界の中で、屯組の中年男としんみりした話をしているシンディが。 レオナルドにも、何となく変わった娘だと思えた。
今は、シンディを交えて話す屯組の2人が、自然と笑っている。 話が流れて、話題が移った所為だろうか。
何処の街にも居る屯組の冒険者達は、非常に嫉妬深い者、警戒心の強い者、猜疑心の塊の様な者など、負の感情に凝り固まった者達が多いのだが。 シンディを相手にしている彼等は、安らぎを感じている様に穏やかに成っていた。
レオナルドとアビゲイルは、そんな様子を見て、小声で雑談をまた始めた。
そして、また。
洞窟の奧では、イノーヴァやエクタイルといるソフィアが。 ぼんやりとしながらも、シンディを見ている。 座っているから、まともに見えては居なかったが。 笑い声が聞こえた。
(楽しんでいる様だな)
そう思うソフィアに。
「はぁ~」
と、イノーヴァの溜め息が聞こえた。
エクタイルとソフィアが彼女を見ると。 イノーヴァは、水袋から水を含んでいた。
「1日ぐらいじゃ、疲れは取れないか」
と、エクタイルが云うと。
「当たり前・・でしょ?」
と、不満げなイノーヴァで。
ソフィアも。
「限界開放(オーバーフォース)は、確かに疲れそうだな」
と、云うのだが。
「ホントよ。 しかも、空気を読まないノ~~天気な人って嫌いなの。 疲れてない彼女は、気楽でイイわね」
そう言ったイノーヴァは、笑って居るシンディが気に入らないらしい。
棘の有る意見を聞いたソフィアは、“それは違う”、と言おうとすると。
「お前、それは本音じゃないだろう? この場が、楽しくないだけだろうが」
と、エクタイルが言って来た。
(ん・ん?)
どうしてか…と、ソフィアがエクタイルとイノーヴァを交互に見ると。 正に、その通りとばかりに、プィっと横を向くイノーヴァが居た。
「……」
黙るイノーヴァに代わって、エクタイルから。
「確かに、経験の少なさから来る行動は、ちっとお気楽と思う処が在るし。 独特の雰囲気をもって、緩い物言いをするがよ。 あの緩い雰囲気は、別にワザとやってる訳じゃないし。 真剣さは、駆け出しにしちゃ~大したものだと思うゼ? 表面に見える姿だけを捉えて、好き嫌いを決めてどうするんだ?」
「………」
黙るイノーヴァに、エクタイルは、更に。
「俺から見て、あのシンディは・・ひょっとすると、羽ばたく存在かも知れない」
と、衝撃的なことを口にした。
その一言に、イノーヴァも、ソフィアも、近場に居た若手までもが。 驚く様に、エクタイルを見返す。
「何を・・根拠に」
と、吐き捨てる様な小声で言ったのは、カニングだったが。
「周りの助けが、確実に必要な奴だろうが。 助けた分だけ、成長する人間の様な気がする。 それに、話してると不思議だ。 最初は、全く何も知らない若手みたいだが。 話してるウチに、気付くとこっちから向こうに話してるフシが在る」
ソフィアは、自分がシンディと逢ってから感じた事を、このエクタイルも感じていたのかと。
「言えているな…」
最も強い2人の意見に、前を向いたイノーヴァから、ソフィアに。
「ソフィア、貴女も同じなの?」
すると、不思議に微笑めるソフィアだ。
「私が出逢った時、シンディにはな。 冒険者の知識も、モンスターや環境の知識も無かった」
「じゃ、貴女が教えたの?」
「いや、私は付き合っただけだ」
「“付き合った”って・・何?」
「いや、その言葉の通りだ。 最初に、仕事で森へ入るチームに、2人して助力で加わったが。 図鑑を確かめて、店先で現物を見たシンディは、な。 類似した毒草と、求められた薬草を間違いなく見分けた。 私は、全く解らなかったがな」
「それが?」
イノーヴァには、ソフィアの表す意味が、良く解らなかったのだろうが。
然し、聴いたエクタイルは。
「それからか。 吸収し出したのは……」
と、理解する。
「あぁ。 図鑑を見て、店先で現物を見たりして。 たった、ひと月ぐらいなのに、もうあの知識だ。 然も、シンディは模写する事で、更に鮮明な知識を得る」
イノーヴァからすると、それは凡庸な一つの取り得だと。
「貴女だって、剣術や自然魔法が在るじゃない。 同じ事だわ」
「かもな…。 だが、悪党に襲われた時から私は、シンディに助けられてばかりだ。 憂鬱に街へ来たが、シンディを助ける事が気晴らしに成ったり。 判断の付かない事でも、シンディに聴いている。 この仕事だって、シンディが居なかったら…。 どう成ってたかな」
すると、若手のニヒルな感じがする、弓を遣うエンチャンターが。
「少なくとも我々、若手の方には、死人が出て居ましたよ。 シンディさんが居なかったら、あんな団結力は無かったです」
それが良く解るので、頷くソフィアが。
「“大丈夫”・・とな。 シンディが云うと、やってみようと云う気になるんだよ」
それに、あの小太りな大剣を扱う若手の傭兵が。
「それは、確かです。 あのデッかいアビスジャイアントと戦った時は、“絶対に勝てない”ってみんな思ったのに。 シンディさんだけ、“絶対に勝てますぅっ”って…。 みんなで足を攻めて、魔法で目を潰して、必死だったけど勝てましたからね。 代償は、怪我って云うのが有りましたが。 あの数のモンスターを、僕達だけで倒して怪我だけって…。 驚きです」
若者達にまで、でしゃばられては…。
「あっ、そ」
と、云うしか無いイノーヴァだった…。
ソフィアは、話を切ったイノーヴァより、エクタイルが気になり。
「エクタイル。 貴方の眼からして、シンディは本当に羽ばたく事が出来るか?」
腕組みしたエクタイルだが、緩く頷く。
「見ての通り、1人じゃ絶対に無理だ。 が…、あの話してるウチに落ち着いて来る雰囲気は、以前に逢ったポリアに似てる。 ソフィアの話からしても、やはり人の協力を得て、一緒に成長する人間の様だからな。 俺の様ないじけた性格の人間より、傷付く事も多いが。 助けも多い。 信頼し合う仲間が居るだけ、羽ばたく可能性は高く成るかもな」
「ふむ…。 私と意見が同じだな」
「ソフィアは、ずっとシンディ一緒に居るのか?」
「…そうだな。 シンディがチームを創るなら、要らないと云われるまで、側に居てもいいな」
エクタイルとソフィアは、其処で洞窟の入り口の方を見た。 笑う、誰かの声がして来たからだ。
この時、洞窟の入り口では…。
「そう言やあ、お嬢ちゃんは、何で冒険者なんかに成ったんだ? 田舎モンみたいには、どう観てなぁ~。 商人の家に生まれた、箱入りのお嬢様みたいだ」
屯組の中年男に云われたシンディは、力無く笑って。
「みたいな処デス~。 スゴ~ク怖い人の所に、人質で行けっていうカンジだったんデスが……」
屯組の中年男は、一つ頷いて。
「そいつは嫌な話だ。 お嬢ちゃんじゃなくても、逃げ出すな~」
「エヘヘ、はいぃ~」
すると、屯組の中年男は、スゥ~ッと俯くと。
「お嬢ちゃん、一つ教えて於こうか」
急に暗くなる中年男に、シンディが怪訝に覗き込む様にして。
「どう…したんデスか?」
「ん。 この合同チームを見ても解るがよ」
「はい」
「冒険者って奴は、イイ奴と悪い奴がぐちゃぐちゃしてやがる」
「はい…」
「お嬢ちゃんは、イイ奴だけ・・信じろよ。 俺等みたいな悪い奴は、信じちゃダメだぞ?」
何を思って、彼はこんな事を言ったのか…。
だが、こんな話にも、シンディが寄り添う様な言葉にて。
「お兄さんは、悪い人なんデスか? ワタシには、イイ人に見えます」
怪我をして動けない屯組の中年男は、2人を見れずに横を向いた。
一方の。 俯く屯組の中年男は、声のトーンを更に落として。
「俺は・・悪い奴だ。 悪い罪から、逃げてるんだよ」
「ワタシだって、逃げて来ましたよ。 絶対・・守らなきゃいけないお約束を…捨ててデス」
屯組の中年男が、自分を悪く言っても。 シンディは、まるで信用しているかの様な。 次第に、不思議な気分に成る屯組の中年男。 話しているウチに、シンディの優しさに包まれて居る様な感覚に堕ちた。
ゆっくりとシンディを見る屯組の中年男の眼は、普通の眼に戻っていた。 俯く時の眼は、誰にも見せられない。
「ははは、お嬢ちゃんは凄いな。 欲しがった奴の気持ちが、ちまっと解る気がするよ」
すると、シンディが凹む顔をして。
「解って欲しく無いデスよぉ~っ」
「解った解った。 あははは」
シンディの周りは、不思議な空気が集まっていた。 シンディが何処まで自覚しているか…は、解らないが。
雨の外を見て、モンスターの話をする屯組の中年男は、身体の疲労感とは気分が噛み合わなかった。 話す事が、何よりの気晴らしに成っていたので有る。
此処まで見れば、暇な筈の時間が、滔々と流れる雰囲気だった。
処が…。
前触れも無く、其処へ危機が突然にやって来た。
その余韻は、昼過ぎに現れた。
シンディと屯組の中年男が。 雨の外を見ながら、虫などを見ていたのだが……。
「あ、あれれぇ?」
一緒に、何の気なしに見ている屯組の中年男が、唐突に変な声を出したシンディへ。
「どうしたい、お嬢ちゃん」
「はぁ~。 雨が嫌いなトライアングルワームが、森から出て来てますねぇ~」
「ん~、ん? あら~~~マジだぜ。 奴等、確か・・水が苦手なのにな」
「はいぃ」
身体に奇妙な折り目に似た節を持つ、通称〔トライアングルワーム〕。 東の大陸の岩壁の在る場所では良く見られる虫であり。 その別名は、“岩場の掃除屋”である。 身体を三角形に折り畳み、斜面を降る特技がある。 背中は、非常に硬い甲羅に覆われているのだが。 一方の裏側、腹はとても柔らかくて。 どの地域でも、モンスターや雑食性の生き物から狙われ、食べられる存在でも在った。
処が、更に。
「わっ!」
と、シンディが驚く。
一緒に、屯組の中年男も、
「う゛ぉ!」
と、驚いた。
雨足が弱まる外にて。 この森にての特有となる体色をした、チェーンリザードと云うモンスターの群れが。 突然、洞窟の真上の斜面から外を見ていた2人の目の前に次々と飛び降りて。 何かに慌てて逃げる様に、急いで森に向かって行った。
いきなりの事だから、驚いて思わず退け反った2人からしたら。 チェーンリザードが、雨の様に降って来た感覚だろう。
「あ゛・あわわわわ。 リザードさんが、逃げて行きますよぉぉ~」
「ん・・だな。 あの貪欲なリザードが、何でまた…」
かなり珍しいことと思われる様子を目撃した気になる2人して、洞窟の外に目を凝らす。
「うぉ~っ! 今度は凄い群れで、トライアングルワームが斜面を逃げてるよ」
「あわわわ、この洞窟に入った来ないデスかね~?」
「いや、あの逃げ方は・・・尋常じゃない。 何のモンスターに追われてるのか…。 ううっ、何かワケわからんことばっかりだ。 ちょっと怖くなって来たぜ」
一方、シンディもまた、その様子に同じく怖くならワナワナして。
「リ~ダ~さぁ~んっ! あの~~外がナンか変なンですけド~~、大丈夫デスかね~~~」
そう言ったシンディだが、気持ちは外を見るのに夢中である。
屯組の中年男も。
「レオナルド、動けるかっ? 何か、外の様子が変だぞっ」
と、振り返ると…。
「あ・・あら、また寝てら」
座って目を瞑ったレオナルドと、うずくまる様に伏せるアビゲイルが見えた。
(チッ、疲労から寝てやがるっ。 昨日の短期決戦は、やっぱり相当に応えたか)
そう思った屯組の中年男は、シンディと自分が注意してないと、これから先は大変だと感じた。
2人して外の様子を窺っていると。 右手の森側から暗黒種のリザードマンが現れ、何かから逃げているかの様に、左側の森に逃げて行く。
「あわわわ…、トカゲさんまで逃げてまぁすっ」
「何だかな。 何か、異変でも起こってるのか。 気安く結界の外に出れないのが、逆に心配に成って来るぜ」
次第に、森の中から何か鳥の様なものが飛び立つ様子も窺えた。
次々と起こる外の不思議に。 シンディと屯組の中年男が2人して、観察する様に外を見ていると…。
今度は、急に洞窟の中から。
「おいっ、しっかりしろっ!」
と、ソフィアの声がする。
屯組の中年男と、シンディは、
“今度は中っ?”
と、振り返り。
「どうしたっ?」
「ソフィアぁ~?」
と、呼び掛ける。
処が、その声を発したソフィアが。
「うわっ、来るなっ!」
と、大声を張り上げて、急にこっちへと来るなり。
「出ろっ、2人とも外に出ろっ!!!!!!!」
ソフィアの切羽詰まった声に、シンディも、屯組の中年男も、慌てるまま驚いて。 小雨の降る外に一目散と飛び出した。
シンディと自分の荷物を持ったソフィアは、2人を追い立てて外に出ると。 血相を欠くままに、自分の身体と荷物やシンディと屯組の中年男を見て。
「虫だっ。 黄色く丸い虫が、上から降って来たっ!」
何事かと思えば・・。 慌てて面倒だったと感じた屯組の中年男。 アレ程に強いソフィアが、高が虫ぐらいに驚くのかと、ドッと疲れて。
「なんだよ。 モンスターじゃなくて、虫で雨の外に出たのかぁ?」
然し、ソフィアの慌て様は、それ処では無いとばかりに。
「違う違うっ! エクタイルも、カニングも、イノーヴァもっ! その虫に噛まれてか、眠ってしまっているんだっ!!!」
「はぁ?」
意味が解らないと思いと感じた中年男は、様子を窺いに洞窟に戻って行くのだが……。
其処へ、何かに気付くシンディが。
「あ゛っ! もしかしてっ、ソフィア。 それって・・、番(つがい)のダニじゃありませんかぁ?」
「なっ、“ダニ”だと?」
「はぁいっ! この森の辺りに住むぅ~、“カデフシマ”ってダニはぁ、大人の手の大きさぐらいのぉ~ダニなんデスっ。 繁殖をする時になるとっ、番で合わさり転がるんデスっ!」
すると、洞窟の入り口から。
「コイツめっ! ホントだっ、ダニが二匹で玉になってらっ。 コイツっ、やっ!」
洞窟手前の地面を強かに、何度も踏み付ける中年男。
それを見て慌てたシンディは、
「洞窟から離れて下さぁいっ! そのダニの体液にはぁっ、昏睡に堕ちる毒が含まれてまぁっす!」
「なっ、どぅあ゛ぁ~っ!」
また、シンディやソフィアの元へと一目散に逃げて来た中年男の肩に、そのダニが歩いている。
「不味いっ」
荷物を離してソードブレイカーを振るったソフィアは、ダニだけを削り飛ばした。
「あ゛、・・助かった」
「背中を。 まだ居るかも」
「おっ、おぉっ。 見てくれっ、頼むっ!」
中年男の全身と、再度に自分を見て貰ったソフィア。
3人して雨の中で濡れながら。
「シンディ。 ダニに刺されて眠ってから、その後はどうなるのだ?」
「それがぁ~。 毒を注入された獲物はっ、エサにされるんですよぉ~っ! 数日後に孵化する、赤ちゃんダニのっ」
「なっ」
「マジかよ、お嬢ちゃんっ!」
「う゛え~ん、どうしようぅ~」
一気に混乱して、頭を抱えてしまうシンディだが。 直ぐに、ハッとして。
「あ゛っ! 街中に売ってるあの虫除けな゛らっ、ダニだけ殺せるかもっ」
洞窟を睨み見つめるソフィア。
「手段が有るなら、急いで講じなければっ! 皆の命も掛かっているし、討伐の証拠となる記憶の石も、イノーヴァが持ったままだ」
屯組の中年男は、踏んだり蹴ったりだと苛立ちながらも。
「手が有るなら、直ぐにやろうっ! 死んだアイツには、酒汲みの女が居るんだっ。 そいつの腹には、来月に産まれるガキまで居るんだからよ。 報酬が無きゃ、アイツも浮かばれないってっ」
当然だ、と頷くソフィアが。
「シンディ、とにかく街に戻ろう。 主に事を伝え、救出のチームを作って貰おう」
「解りましたぁ~。 でも、孵化まで時間は少ないデスよっ。 10日は持ちませ~ん。 恐らく、次の満月の8日後ぐらいデス」
小雨の中、用意も心構えも半端に、3人で街へと戻る事にした。
だが、渓谷に来て見れば、予想通りに水が貯まっていた。
「泳ぐしかないか」
と、渋々に中年男が云うのだが。
水を見つめるソフィアが。
「ダメだっ。 水の中に、微かなモンスターの波動を感じる。 恐らく、あのスライムのモンスターが居る」
「チィッ、何て事だよっ」
“水の中に潜まれたら戦い様が無い”
と、苛立つ屯組の中年男。
すると、シンディが。
「危険デスがぁ、あの上の崖を行きましょ~う」
と、抉れて湾曲した凹みが続く部分を指差した。
「危険だが、他に道は無いか」
と、中年男。
3人は、まだ雨が止んで無いのに、岩壁を登り始めた。
さて。
シンディが、この森へ来る前に・・と斡旋所の相談役となる老婆より薦められて読んだ森の本に因ると…。
〔カデフシマ〕と云うダニは、基本的に植物の樹液を吸うダニだ。 一匹の大きさは、半分にしたリンゴよりちょっと大きい程度。
然し、孵化から数年後に一生を終える。 そして、その期限が近付いて来ると、白っぽい身体が攻撃色を帯びて、濁った黄色になる。 そして、繁殖の時期を迎えたダニは、番(つがい)を作り。 雄雌が抱き合う様にして丸くなり。 転がっては、子供に与えるエサを探すのだ。
ダニのエサは、一部のモンスターをも含む、血液の吸える動物。 腹に抱える数千に近い卵の、孵化した時のエサを探す訳だ。
エサを見つけて血を吸うのは、昏睡の成分が有る体液を流し込む為。 雄の体液には、昏睡に加えて血が固まらない様にしてしまう効果が有り。 雌は、昏睡の成分が格段に強い。
このダニは、獲物の血を吸って体液を流し込む事で、そのまま死んでしまう。
死んだ雌の身体が、孵化までの卵の揺り篭であり。 また、死ぬ事で卵に孵化を促すとか。
母親の胎内で孵化したダニの幼虫は、母親の身体が破れると。 流れ出る体液で泳ぎ、獲物の身体に付着。 鋭い針の様な口を突き刺し、獲物の体内にまで食い込んで行く。
本では、一度でも孵化したら、もう獲物は殺されるとか。 また、その針の様な口は非常に固く、鋭くて。 リザードマンの固い鱗も、オウガの様な大型のモンスターすらも殺すのだとか。
実際、その様子の挿し絵が無かったので、どう怖いのかがシンディには解らないが。 強力なモンスターのオウガすらも殺すと云うのだから、生半可なものではないと感じられる。
さて、眠ってしまった仲間を助ける為に、必死で雨の中を戻るシンディやソフィア。
シンディ達3人は、孵化する前に間に合うのだろうか…。
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