2587人が本棚に入れています
本棚に追加
《迫る死。 其処へ、死神が迎え行く》
【1】
これは、この世界では希ではない事態で……。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
女性のけたたましい悲鳴が、霧の立ち込める森の静寂を切り裂いて、空へ、周囲へと飛び散ってゆく。
「ジュディっ、逃げて間合いを取れっ!!」
「不味いぞっ。 あのオークがっ、彼女を狙ってるっ!!!」
1日降った後の雨が上がり、霧が煙る森の中。 冒険者の一団と、モンスターが戦っている。
「このっ」
髪の長い色白の若者が、片手の斧を振り回し。 女性を狙って現れたモンスターのオークと、女性の間に割り込んだ。
- ゲフゲフ -
- グォォォ・・。 -
醜い猪の様な顔を持つ人型の毛むくじゃらなモンスター、“オーク”。 人間や亜種人の女性を好み、繁殖をさせるために攫って行く性質がある。
この森に現れた7体のオークを相手に、戦う冒険者は4人。 木の棒や岩を持って殴り掛かってくるオークに、魔術師の女性以外の3人が立ち向かった。
手斧を遣う、若い男性。
長刀を遣う、小柄で小太りの中年男性。
手に棘の付いたナックルを装着する。 格闘戦士の少年の様な者。
この3人が、オークと戦うのだが…。
何せ、相手は7体。
「あっ、あああ・・まっ・魔想のちかか・か………」
尖がる鍔広の赤帽子に、少し露出の有るメイド服の様な魔術師の衣服を着た。 若い魔想魔術師の女性は、声が震えて魔法が唱えられない。
そんな中、オークの薙ぎ付けた石くれを避けた、武術を遣う若い少年が。 横から殴り付けて来るオークの木の棒を、直撃で肩に喰らう。
「ぐっわぁっ!」
殴られた仲間の無事を確かめ様とする、手斧遣いの青年も。
「スクーバーっ!! だいじょう・・ぐわっ」
オークの殴りつけて来た木の棒を片手用の斧で防ぐ最中。 死角となる後ろから、背中を石くれで殴られる。
「う゛わ゛ぁっ!」
「いやっ、やめへっ!!!」
魔法を唱える余裕が無く。 反射的に声を出した若い魔術師の女性が見る視界の中で。
「やめろっ!!」
「痛いっ!!!! 痛いよぉぉぉーーーーーっ!!!!!!!!」
「痛っ!!! うぎゃぁぁぁぁっ!!!!!!!」
男3人がオ-クに倒され。 木の棒や石くれで、激しく殴られ始めた。
「あ、ああああ………」
魔術師の若い女性は、仲間が殺されそうになる様子に怯え、何も出来なくなる。
その時だ。 臭いを嗅ぐ一匹のオークが、立ち震える女性の魔術師へと、ノッシノッシと向って来るではないか。
「いやぁぁぁぁぁぁっ、まぁそうのぢぃからぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
仲間を殺されると云う危機感、自分が襲われる恐怖。 二重の精神的重圧に支配された彼女は、奇声の様な声を上げ。 強引に魔法を唱えようとした。
「つぶてぇぇぇぇぇぇぇっ! うまっれてぇぇよぉぉーーーーーーっ!!!!!!!!!」
乱れる呼吸のまま叫び上げ。 杖を構えた女性の頭上に、ハッキリと形造らない飛礫の魔法が、ボワボワと湧き上がった。
- ゴ・ゴフ・・。 -
曇りと霧で薄暗い森の中にて。 纏まりの無い魔法の礫が女性の周りに生まれ、パァーーっと辺りが明るくなり。 女性を狙おうとしたオークも、何事かと危機感を持った。
もう精神が発狂寸前で、涙目のまま魔法を暴走させる女性は。 白いステッキを更に力んで上に掲げてから。
「ちかかないでぇぇぇぇぇっ!! なかまぁから離れてぇぇぇ!!!! う゛あぁぁあぁぁっ! そらぁっ!!」
湧き上がった飛礫らしきの魔法が、女性の周りの所々から勝手に飛び出す様な感じに成るのだが。 ステッキを振り回しては、形振り構わずオーク目掛け、魔法を飛ばし始めた女性の魔術師。
落ち着いた中でちゃんと具現化させる様に発動させた魔法なら、それでも良かったのだが……。
- ブゴォ! -
女性に向って来ようとしていたオークに、乱れ飛び出した魔法の飛礫が当り。 魔法が炸裂して、直撃したオークがフッ飛ばされる。 魔法の炸裂で、オークの顔面がどうなっているかは解らないが。 草むらに転がり、それ以上動かなくなるオーク。
次々と魔法が飛ばされる。 木に当たり、枝を折る。 地面に当たる魔法も有るが…。 魔法の多くは、仲間の男性達を囲むオーク達の身体や背中へブチ当る。
処が、魔法を喰らったオークが倒れた後も。 動かなくオークや、倒れている仲間にまで魔法が飛ぶ。 初めてモンスターと遭遇し、然も連れ去られ様と襲われた女性の魔術師だ。 恐怖に心が千々と乱れ、錯乱状態と化してしまったのだろう。 今は、魔法を飛ばす事すら、もう頭から消えている女性だから。 仲間が、何が、どうなっているのか…。 そんな状況確認など、考える余裕が無かった。
「来ないでっ!! 来ないでぇっ!!!!! 死んじゃえぇぇ! 死んじゃえっ!!!!!!」
と、杖を振る女性の手が、残りの魔法を全部飛ばそうと、グアッと伸び上がって振り被る時だ。
「待ったっ」
鋭い声と共に、彼女の腕を誰かが掴んだ。
「はぁっ」
息を呑んで、声の方を見た女性は、端正な顔をする中年男性の顔を見る。
「落ち着いてくれるかな? キミ、もうオークは、全部死んでいるし。 魔法が、仲間にまで当ってるよ」
「へぇえ?」
まだ涙を流す女性は、徐な動きで首を回らせては、オークに襲われていた仲間を見る。
すると、其処には…。
(あ・・、だ・だれ?)
顔に包帯を巻く黒尽くめの男が、倒れた仲間の所にしゃがんで居た。
「こりゃ~~~ヤバイ。 ルアセーヌ、一緒に来た神官と僧侶を呼んでくれ」
「危険なのかっ、ケイっ?」
「魔法の炸裂を受けて、首が折れかかってる。 直に、死ぬ」
「解ったっ!!」
なんと、其処に駆けつけたのは、Kとルアセーヌであった。
紳士的な礼服の上から、片側部分を防御する鎧の胸当てを付け。 鼻髭の紳士然とした冒険者となったルアセーヌは、Kと一緒にフラルハンガーノへ向っていた。
然し、一昨日の夕暮れ、野営の中で。
“最近、この山森にも、モンスターがまた出没致します。 できれば、街までどうか御一緒に”
と、知り合った神官と老人僧侶が居て。 今は、その2人をルアセーヌが呼びに行った。
「あ・・あぁぁぁ」
漸くオークが動かないと解り。 意識が戻り始めると共に力が抜けて、その場に崩れる女性の魔術師。
直ぐに立てない彼女の眼の中で、慌ただしく仲間の応急処置が行われた。
その一騒ぎが治まった、昼下がりの午後。
霧が晴れないままの山間街道を、二台の馬車に揺られ瀕死の冒険者達が運ばれている。
「オッサン、悪いな。 通り掛かりで、人を乗せて貰って」
荷馬車の先頭を行く農夫姿をした初老の御者は、荷台の縁に座っているKに。
「いやいや、いいっていいって。 しっかし、最近はこの辺でも、モンスターが出るんだよなぁ。 野菜を運ぶのに、これからはもっと、気ぃ~~つけないと」
「最近、何でこんなに増えたか…。 冒険者を遣えよ」
と、勝手に云うKに。
御者の男性が、ボロい帽子を直しながら。
「でも、ぼ~けんしゃがホレ、遣られたじゃないかよ」
「いや、旅のあの一行は、休憩途中で不意を突かれたみたいだ」
「あの太った、猪みたいなモンスターに?」
「食い物が森に少ない今。 森の奥に居るモンスターも、活発に遠くまで動く。 それに加えてあのオークってのは、人間や亜種人の女を攫って、ガキ産ませて繁殖するんだ」
「へぇっ?! んじゃ~あのお嬢ちゃんがぁ、・・モンスターのお目当てか?」
「そう。 小用を足した後、オークに嗅ぎ付けられたのさ」
「なんてモンスターだぁ。 オシッコの匂いからなんてまぁ…」
「多分、女特有の月モノが今、彼女には来てるんじゃないか? オークは、その匂いに敏感ならしい」
すると、少し腹立たしげな困り顔をする初老の御者で。
「はぁ~、モンスターのクセに、なんて生意気だぁ~。 オリなんか、母ちゃんのそれも解らないで、偶に適当な事を云うと怒られる」
「フッ、なんとなく光景が思い浮かぶよ」
軽い笑いを出すKに、瀕死の重傷で気絶している冒険者が3人も居る様子は見え無い。
後続の馬車の上にて、冒険者に変わったルアセーヌへ。 大柄の30代と思しき神官が、顔を引き締め。
「一緒に居て感ずるに、貴方の仲間は少し不謹慎な人物の様だな」
然し、話をするKを見るルアセーヌは、目を穏やかにし。
「口だけだよ。 以前の彼なら、モンスターを斬ってから怪我人を見捨ててた」
「え?」
「大丈夫、昔の話だよ」
大柄な神官の男性は、前を行く馬車の荷台に居る包帯男を怪しんだ。 僧侶に有りがちの硬い気質が丸出しだった。
さて。 古からの古都〔アクエリア=カロノス〕は、以前に悪魔騒ぎが齎された街で。 超有名な大魔法遣いシュヴァルティアスが、斡旋所の主に治まっていた街だ。
その街にて、没落しかけの伯爵として住んでいた、自暴自棄のルアセーヌをKが迎えに来た。
シンディの話を聞いて意を決したルアセーヌは、冒険者に成る。
それから身体を養って、健康をある程度は取り戻せた。 Kと一緒にシンディの居場所を捜して、山間街道をフラルハンガーノへと降りて来たのだ。
が、その街道を下る途中で。 古都アクエリア=カロノスの神殿に用事で行っていた老人の僧侶。 その護衛的付き添いでいた真面目な神官と出逢った訳だ。
一昨日の夜に出逢った2人の両者だが。 先程の冒険者を助けた事で、急に忙しく成った。 寄ってたかってオーク達に殴り殺されそうに為っていた3人。 だが、手斧を遣う青年の首を折り掛けたのは、魔法である。 金属線の入った分厚いベルト状の鎧、“ベルトメイル”すら千切ったのだから。
普通ならば助けられないだろう。 魔法を遣うにしても、首が折れるなど瀕死の重体となれば、首の骨を正しく矯正し。 そこで、回復魔法でも上位の治癒魔法でなければ治せない。 だがKは、虫の息であるその青年を瀕死ながら生かした。 首の骨を固定化する瞬間に、強い治癒の魔法を施して貰ったのだ。 然も、丈夫な草の葉っぱと包帯で、絞めない極限の密着度合いで固定する。
Kの手際よい仕様に、老人の僧侶は頭を垂れ。
「良いものを見せて頂いた。 いやいや、貴方は良い薬師だのぉ」
と、言わせる。
一緒に居る大柄の神官は、フラルハンガーノの街に在る、知識の神を祀る神殿の秘書官で。 また、この老いた僧侶に使える者。 エリート意識が有り、Kが誉められた事が子供の様に気に入らなかったようだ。
さて、今日の夕方にはフラルハンガーノの街に着こうと、初老の御者とKが言い合う矢先。
「ん?」
何かを感じたKが、荷台で立ち上がる。
「ほぇ? どうした、包帯さん」
街道の先を見るKは、
「・・なんだ、この気持ちの悪いオーラは………」
と、云う。
また、同じ荷台に乗る老人の僧侶と、首を負傷した仲間を気遣って同乗していた女性魔法遣いが。
「何じゃ?」
「え・・、暗黒のオーラ?」
と、前方の霧に包まれた街道を見る。
すると、凝らしていた視界に、デカいモンスターの影が見たK。
「オッサン、馬車を停めろ。 モンスターが、霧の中で道を塞いでるぜ」
「ええええっ?!!!」
初老の御者の合図で後ろの馬車を操る少年は、霧が咽ぶ下り坂の街道で馬車を停めた。 注意して良く見れば、霧の中に何やら影が蠢いていて。 どうも此方に向かって来ようとしているのを微かに確認した。
「何事ですかっ?」
後車の馬車を降りて来た神官の男。 神殿に仕える事務職の様な神官は、遣わされる僧侶や司祭を守る役目があった。
馬車をポンと降りるKは、その彼へ。
「理由は、解らんが…。 不死系や亡霊系のモンスターが、霧の中にウジャウジャいる」
「なっ! 何でだっ」
上擦った大声に、Kは目を細め。
「“理由は解らん”と、先に言っただろうが」
何か、不測の事態が起こったと思うルアセーヌは、
「ケイ、私も行こう」
と、馬車を降りる。
すると、ニヤリとしたK。
「テメェの肩慣らしには、丁度イイな」
老人の僧侶は、Kに。
「不死者なら、ワシ等も行こう」
処が、背を向けて来るKは、横顔だけ見せ。
「霧で視界が悪い中、ウジャウジャいるモンスターを相手に、日頃から戦い慣れて無いアンタ達じゃ~逆に餌にしか成らないぜ。 それよか爺さん、ルアセーヌの剣に、神聖な力を付加してやってくれ」
「じゃが・・、たった2人では…」
すると、さっさとモンスターに向かって歩き出すK。
「高が群れだ。 直ぐに終わる」
「おいっ!」
「まっ・待つんじゃ!!」
神官と老人の僧侶が、Kの軽はずみな行動を諫めようとするのだが………。
視界が悪くなる辺りの霧の中に、その黒き身を入れ掛けたKは…。 横を向きながら徐に手を伸ばし、霧しか無いと思われる空宙を掴んだ。
すると、その時。
「あ゛っ」
「なっ、なんとっ」
淡い黄金のオーラが湧くKの左手に、青黒い亡霊が掴まれていた。
「何時まで彷徨ってる。 早く、消えろ」
と、Kが亡霊を握り潰した。
瞬時に、塵へと変わる亡霊のモンスター。
見ていたルアセーヌは、自身の得物である長剣の曲刀ファルシオンを抜き。
「ご老体、魔法をお願いします。 このままでは活躍を、彼に全て持って行かれますから」
老人の僧侶が、聖なる力を曲刀ファルシオンに付加する時。
「ぬっ」
「あ゛っ、き・・消えた」
何かに反応するのは、神官の男性と。 そして、荷台にいる魔想魔術師の若い女性。 この2人が今、瞬時に感じるのは、かなり強い暗黒の力を持つモンスターが爆発的に煌めく命のオーラに晒され、一瞬にして消し去られた様子である。
「これで良い」
と、神聖なる力を付加させた老人の僧侶が言えば。
「助かります」
淡く白い光を帯びた曲刀ファルシオンを右手に、ルアセーヌもKの後を追って霧の中へと。
午前中より午後を経て、いまだに濃く垂れ込める霧の中で。 暗黒のオーラを放つモンスターは、急速に数を減らして行った。
「あ、あの包帯さん、大丈夫だろか」
霧で、成り行きが見えない御者の初老男性は、田舎訛りの言葉で言うが。
「大丈夫じゃ。 ありゃ~最近でも稀に見る、真の凄腕じゃ」
と、老人の僧侶が云う。
「………」
黙る神官の男性は、こんなに強い2人だとは思わず。
(なんで、あの2人は…。 チームを組んで無いんだ?)
様々な疑問が浮かんでいた。
そして、少しして。
「終わった~、終わった」
全く怪我も無いKが、荷馬車に戻って来る。
一方、少し息の上がっているルアセーヌが。
「全く、キミは、相変わらずに…強い」
「フン。 飲んだくれだった運動不足なんかに、誉め言葉を言われても詰まらないだけだ」
と、悪態を返す。
「はぁぁ…悪い、当分は酒を控えるよ」
そんな2人が馬車に戻って、御者の初老男性が。
「おわっ・た…だか?」
同じ荷台の縁に座るKが。
「あぁ、もう安全だ。 それよりも、後ろの怪我人の方が心配だからよ。 早く、フラルハンガーノに出してくれ」
「わっ、わわわかたっ!」
あたふたと、慌てて馬を走らせる御者の初老男性。
後を続く少年の御者が、酷く不安がっていた。
事の次第を知りたがる老人の僧侶は、前の馬車に移動し、Kに。
「こんな街道に、なんでまたモンスターの大群が?」
勢い良く走り出す馬車に、クラッと揺られたKは。
「街道に現れたモンスターは、全て倒したぞ」
と、言いおいてから。
「それらしくない学者様みたいな奴が、全く冒険者らしくない奴ら引き連れてよ。 “カカナー・コヌロリテ”に、遊びに行ったみたいだ。 死に損ないが、生きたままゾンビに成り掛けで。 死に際に、そう云った」
「ばっ、馬鹿な…。 あの“死の遺跡”に?」
「盗掘か、死んだ冒険者の遺品荒らしか。 斡旋所を通して、面子を集めた訳じゃ無さそうだからな。 まぁ、そんな処じゃないか?」
「おぉ、なんと欲深き事よ…」
すると、此方の馬車の荷台に座り込んで居た魔想魔術師の若い女性が。
「それ、もしかして……」
此処で、スッと彼女へ視線を向けたK。
「何か、街で在ったか?」
と、問うと。
彼女の話では、フラルハンガーノの斡旋所で、大規模なモンスター討伐依頼が出された。 然し、依頼を対処できそうな、実力の有るチームが居ない為。 緊急的処置として、大人数の合同チームが結成されたとか。
最初に作られた合同チームは、31人と云う大所帯で。 フラルハンガーノから、南方・南東方面に在る。 広大な未開の地へ、モンスター討伐と薬草採取に行き。
また、その後に組まれた18人の合同チームは、東方の山間部に出没する。 正体不明のモンスター討伐に派遣されたとか。
これを聞くKは、目を細めて。
「その、最初のチームが行ったのは、何日前か解るか?」
「私達が、昨日にフラルハンガーノを発ったので。 ・・多分、5日ほどは経ているかと」
すると、軽く俯くKで。
「そろそろ戻らないなら・・、ヤバいな」
呟く様なKの言葉に。 老人の僧侶も、若い女性魔術師も、脇目に見ている初老の御者も、思わず聴き入った。
そして…。
夕暮れ時に、Kとルアセーヌが、フラルハンガーノの街に上がった。 無論、一緒に馬車二台も上がった。
知識の神を戴く神殿に行くと。
「この冒険者の面倒は、此方で看よう。 あのモンスターの群れと戦う労力に比べたら、実に微々たるものじゃ。 この神殿には、沢山の修行僧を内に住まわせているからの。 この4人の面倒も、修行の一つに成るじゃろう」
老人の僧侶が、こう言ってくれる。 この老人僧侶は、かなりの高位の僧侶の様だ。
フラルハンガーノに在る、この知識神を祀る神殿は、この国最大級の神殿と言われていた。 敷地内では、水上栽培の可能な農業も行われ。 神殿が建てた病院では、数多くの僧侶見習いが働いているらしい。
“知識は、人に寄り添って活きる。 知識は、人の為に使って真理を得る”
Kとルアセーヌに、老人が別れ際でこう言って祈ってくれた。
その後。
荷馬車を操る初老の御者に、本来の用事が有るからと。 商業区まで運んで貰ったKとルアセーヌ。 大きな通りの公園で、荷馬車と別れると。
Kが、ルアセーヌに。
「ルアセーヌ、いきなりで悪いが。 予想より、状況は悪いぞ」
と、いきなり言った。
「何が、・・だい?」
ナイスミドルな紳士然としたルアセーヌの顔が、Kの言葉でグッと引き締まる。
「大掛かりな依頼で、大人数の合同チームが作られたそうだ」
「“合同チーム”・・。 ふむ、耳慣れない話だね」
「仕事に対し、斡旋所に居るチームの実力が釣り合わない場合に。 態と大人数にする、人海戦術だ」
「要は、只の寄せ集め?」
「そうだ。 本来はな、仕事を宛てる強いチームに、若干劣るチームを補助的に付ける。 まぁ、そんなやり方なんだが………」
「あっ、ま・まさかシンディも?」
「南方に行かせたのも、東方に行かせたのも、若手を集めて同行させたらしいな」
「ケイっ、それは不味いのではないかっ? 先程の様な大群に、彼等が出くわしたら…」
「あぁ。 戻る日が遅れる程、生存する確率は低まるな」
「あ・斡旋所に行こうっ!」
1人慌て始めるルアセーヌに、冷静なKは…。
「ま…、祈っておけよ」
と、言った。
そして、Kとルアセーヌがフラルハンガーノの斡旋所に来て。 夜の入り頃に、仮の主と話し合っている。
「つまり、シンディ達は、あの“未開の地”へ行ったってか」
細面で、目が細く。 細かい事を延々と言いそうな雰囲気を醸す仮の主は、Kに全てを説明をした上で。
「だからなんだっ? 私に、何か問題でも在ると?」
と、責任回避を口にし始めた。
外観的に、貴族が昔好んだ長方形を象る館風の斡旋所だが。 その内部には、もう冒険者が誰も居ない。
静かな部屋の中で、Kはそんな主に言う。
「いや、もうお前みたいな下っ端は要らん。 カルディナーレを出せ」
と、カウンターに寄りかかる。
“カルディナーレ”と、Kより名前が出て。 気の細そうな主の男性は、目を吊り上げた。
「貴様っ、前マスターのカルディナーレ様を知って……」
喋っている彼だが、その言葉も途中で。
「クルード、およし。 その男は、主だからと敬ってくれる男じゃないよ」
カウンターの裏手に有る階段から、杖を着いて腰の曲がった老婆が降りて来る。
「カルディナーレ様っ、こんな冒険者に会わなくてもっ!」
と、仮の主の男が云うが。
降りて来た老女は、彼を無視する様に。
「アタシを引退に追い込んだお前さんが、姿を消したと聞いて耳を疑ったがね。 やっぱり、生きてたか」
すると、Kは詰まらないとばかりに。
「目論見だけで、仕事に要らない事を盛り込むからだ。 ギリギリの仕事を作るから、協力会も怒ったんだろうよ」
Kに言い返された老女は、
「それは、解っているよ。 その代償が、選りにも・・。 アタシの息子に、跳ね返って来たんだから………」
と、哀しげに言ってから、顔を上げた老女は。
「それで、一体どうしたい。 アタシを呼ぶなんてさ」
「カルディナーレ。 この街に居た冒険者で、シンディって若い女を知ってるか?」
「シンディ? ん・・もしかして、あの桃色の髪をした?」
「やっぱり、あの合同チームに参加したんだな」
「南東の森に行くチームに、あの小娘は入ったよ。 ちょっと間延びしてるが、出来そうな娘だったのにねぇ。 森に行くから、モンスターや動植物の情報が欲しいって。 気前よく100シフォンも置いて、しっかり聞いて行ったよ」
すると、其処に堪えきれず。 ルアセーヌがカウンターに飛び付き。
「御老女、そのチームがまだ戻りませんが。 もう、全滅と考えましょうか?」
カルディナーレと云う老女は、Kを見てからルアセーヌを見て。
「あの小娘の知り合いかい?」
「はい」
「ふぅん・・、そうさね。 今日は、仕事の出発から、六日目かね。 一昨日から昨日まで、あの山の向こうも雨が降っただろうし・・。 明日で戻らないなら、それも在るよ」
「なんと……」
衝撃を受けるルアセーヌは、
「助けに行こうっ!」
と、Kに向く。
だが、Kはゆったりと構えていて。
「行くのはいいが、それなりの準備が必要だ。 何で戻れ無かったか…。 想定の出来る事を踏まえて、な」
Kの様子に、カルディナーレと云う老女は、何処か不思議そうに。
「シュヴァルティアス様の仰る通りよ…。 随分と、変わったのぉ~。 パーフェクトよ」
その通り名を聞く主の男は、ギョッとして後ろに身を引く。
「げぇっ! あの“死神”っ」
然し、当の本人で在るKは、そんな事すらどうでもいいと。
「カルディナーレ。 こっちから助けに行くのは、有りだよな?」
「あぁ、アンタが行くなら、全く文句は無いよ。 だが、斡旋所の仕事にするのは、難しいよ」
「別にいい。 これは、あの天然娘が、冒険者として一人前に成る前の、必要な面倒だ」
このKの一言に、老女はカウンターの内の椅子に座り。
「あの“パーフェクト”が、他人の面倒とな。 明日は、槍か剣でも降るかの」
随分な云われ様だと、
「アンタ………、ん?」
Kが何かを言おうとした時だ。 どうしたのか、急にKが横を向く。
その様子に、焦るルアセーヌが。
「ケイっ、早く行かねば」
「ルアセーヌ、ちょっと待て・・。 なんだ、この血の匂いは?」
と、斡旋所の出入り口に向く。
すると。
- バタンっ! -
勢い良く、ドアが開かれた。
K、ルアセーヌ、老女カルディナーレ、仮の主の男が見る中で。
「ハァ、ハァハァ、あ・ある・・じ」
全身に、汚れと血を着けた青い鎧を着る女性が。 両手に男女を抱えて、必死の形相をして入って来た。
「なんだぁっ?」
驚く仮の主だが。
Kは、落ち着き払った声音で。
「シンディ。 お前・・何て姿だ?」
すると、青い鎧を来た女性ソフィアの右手に抱えられるシンディは、聞き覚えの有る声に顔を上げ。
「あ・・あ゛っ! けけけけけ………」
「お前、合同チームに入ってたんだろう? 生きて帰ったのは、たった3人か?」
処が、顔を泣き顔にするシンディは、ボロボロの姿ながらに床へ崩れ落ちると。
「ケイさぁぁ~~~~~ん、たしゅけてくださ~~~い。 うわぁーーーーーーんっ!!!」
と、声を上げる。
「ケイ、この娘が?」
シンディを初めて見たルアセーヌが、確かめる為に問う中。
頷くだけのKは、泣き崩れてるシンディと、その場に崩れ落ちるソフィアを前にして。
「話は後で全部、聞いてやろう」
すると、カルディナーレが。
「何をボャっとしてる。 手拭いや紅茶ぐらい、サッと出しておやり」
と、仮の主の男を叱る。
Kは、現れた3人をさっそく診る・・。 そして、床へ倒れる様に置かれる屯組の中年男を見て。
「処で、その男。 恐らくだが、もう呼吸をしてないぞ」
言われてハッとしたソフィアが、屯組の中年男を見る。
「嘘だろうっ? おいっ、しっかりしろっ!!」
シンディも、自由に動ける身体では無いのに、這いずる様にして。
「しょんなっ、ら゛めデスっ、死んじゃっ!」
と、屯組の中年男の肩を揺すった。
そんな様子に、手早くサイドパックを開くK。
「どうやら、心臓が止まったのは、今か。 気付けの薬で、なんとかなりゃいいが…」
人の生死を前に、ルアセーヌは慌て。
「さっきの神殿からっ、僧侶を呼んで来るっ!」
一気にバタバタと慌ただしく成る中で。 Kは、中年男の胸に手を当て。
「ふっ」
と、力を込めて押せば。
「がはっ!」
強引に途切れ掛けた呼吸を戻し、口に白い粉を含ませる。 イチかバチかの仕様に、手荒も、優しくも、有る訳が無かった。
が。
「ごほっ! ごほごほっ!!!」
激しく噎せる中年男は、荒々しい呼吸から目を覚まし。
「たっ、たすけ・・ひぁーっ!」
呼吸が乱れ、喉が荒れた所為からか、悲鳴の様な声を上げる。
Kは、こうなったら全員の面倒を見る気で、ヘタりこむソフィアに。
「お宅さん、名前は?」
「ハァ・・ハァ・・、そ・ソフィアだ」
「そうか。 で、ソフィア。 悪いが、後で上の鎧と服を脱いでくれ」
Kの言葉に、傷だらけのソフィアが顔を上げる。
「なん・・だと?」
Kの顔を見るソフィアは、何事かと驚いた。
だが、Kが診ているのは…。 ソフィアの腕に走る、まるで浮き上がったかの様な血管と見える白い線で在った。
「その腕に浮く線は、蚊や吸血ハエが媒介する病気の“根菌”だ。 診るに、まだ皮膚の表面層に走るものだが。 その内に肉の中へ食い込み、神経に入って骨まで腐らせ、最後は腕が完全に腐る」
「なっ・腕がっ?」
Kは、老女カルディナーレに向いて。
「悪いが、湯を沸かしてくれ。 それからこの男、向こうの長椅子に寝かせるぞ」
Kの様子を見ていたカルディナーレと云う老女は、
「どれ、知り合いに手を借りるかね」
と、立ち上がり。
「死神が、“死”を捨てて神様になった。 あははは、これは遣られたよ」
と、言って退けたのだった。
さてさて、その後。
気付け薬を飲ませ、蘇生したは良いものの。 発狂する様に混乱したと思いきや、呼吸の落ち着きと共にどんどん意識が朦朧として行く中年男。 彼のプロテクターを外すKは、その全身を診て。
(なぁ~る、確かにこれじゃ~死にかけるわな。 傷は、全て化膿しかけ、二・三ヶ所はちょっと深いな・・。 感染症を併発した、失血性の衰弱だ、こりゃ)
ついでに、シンディも診るKだが。
「まぁ~ったく、ちったぁ~冒険者らしく成ったが。 打って変わって、ゴミみたいに汚ったなくなりやてよぉ~」
「ふぇ~~~んっ、ケぇイさぁ~~ん」
「泣くな泣くな」
「だぁ~ってぇぇぇ~」
「あ~あ~、細かい怪我も多いし。 発熱性の病気を罹った症状で、傷に合わない薬を付けたか、飲んだな。 過剰反応の発疹が出来てら。 薬を造ってやるから、ちゃんと飲め」
「それっ、それよりもぉっ!」
焦るシンディに対し、Kは冷静だ。
「いいから、シンディ。 話は、後で聞く。 焦らず、先ずは身体を落ち着けろ」
Kの落ち着き払った様子を観て、Kを知るシンディだからか。
「ふあ゛ぁぃぃ~」
と、納得して黙る。
Kの動きは、穏やかながら無駄が無かった。
直に斡旋所の隣から手助けにと、中年女性の働き手が来て。 Kの言う通りに、様々な手助けをしてくれた。
お湯を沸かしたり、手拭いやら、何やらカンやらと。 Kの手助けをするこの女性は、苦労のシワが顔に滲む四十代ぐらい。 人生の酸いも、甘いも、ある程度は噛み分けて来た・・、そんな過去が在るのか。 怪我人を前にしても、実に落ち着いた態度である。
身体の傷に薬を塗る為、中年男も半裸にさせた。 その身体を拭く手助けの女性に、Kは雑務を任せ。 薬を塗ると、大きなマントに包む。
そうこうする内に。 馬車に乗せられて、神殿から2人の僧侶がルアセーヌと一緒に来た。
2人して、僧侶姿の女性が入ってくるなりに。
「怪我人は、何処に?」
Kは、50代ぐらいと見えたふくよかな女性僧侶に、シンディと中年男の怪我を説明し。 魔法と後の面倒を任せると。
「そっちの、物静かな僧侶さんよ。 こっちに来てくれ」
「はい…」
見るからに感情の起伏が無い、小柄ながら肉感的に艶やかな女性が、しずしずとKの方へと来る。 オーダーメイドの神官服らしく、身体の線を見せる白の衣服だった。
斡旋所の中の奥間は、以前に冒険者達が集まって、屯していたスペースが在る。 椅子やテーブルの組み合わせが、7・8ほど在るが。
其処にて、
「ソフィア。 その椅子に座って、壁の方に向いてくれ」
と、Kは言ってから。
「よっと」
男1人で動かせるとは到底に思えない大型テーブルを、Kは軽々と片足で蹴り上げ。 ソフィアと周りの視界の妨げにしてから、支えに椅子をつっかえて。
「さて、さっさと根菌を出すか」
最も短い短剣を抜くKは、上半身を裸に成ったソフィアの脇に回る。 Kには、鍛え抜かれた身体も、女性らしさを窺わせる胸も、全て見えている。
「僧侶さん、俺が頼んだら、傷を塞いでくれ」
「はい…」
すると、ソフィアが瞑目する。
「麻酔は、効いてるな?」
Kの問いに。
「の、様だ。 感覚が・・酔っ払ったみたい………」
と、返すソフィア。
すると、小指ほどの幅で走る、白っぽい浮腫みに。 Kは、鮮やかな手捌きで短剣を当てた。
それまで感情の起伏が見え無かった、とても物静かな女性僧侶だが。
(まぁ、何て早い切り方…)
内心でとても驚く。
まるで、独りでに皮膚が薄く裂け。 表皮の下で、膿みを作って走った菌の道が明るみになる。
「菌を取り除いて、消毒する。 流石に痺れの様な痛みが来るが、直ぐに済む」
頷いたソフィアの体内に繁殖し掛ける菌は、菌根をジワジワと内部へのばし。 次第に神経や筋肉を徐々に腐らせる。
短剣一本で、切るから掻き出すまでを鮮やかな手捌きでやって退けるK。 薄皮一枚の肉を、膿みごと削ぎ落としながら。 手拭いに染み込ませた薬で、血が激しく染み出す前に拭う。
「よし、肩の傷は塞いでくれ。 今度は、背中だ」
普段は、生気の無い細い目をして、感情の起伏を見せない女性僧侶だが。 今は、その目をキラキラさせて、Kの仕業を見ている。
(早く傷を塞いで、続きを見なきゃ)
見た目に20代と思しき、寡黙な女性僧侶だが。 その魔力や精神を素早く魔法に繋げる。 不思議と、何時も以上に怪我を綺麗に塞げた。
更に、背中に走る根菌を取り除くKに、何時しか見惚れる女性僧侶。 自分が遣う魔法より、Kの仕業が魔法に見える。
ソフィアの背中から、肩に出来た刺し傷を診るKが。
「然し、ソフィア。 お宅、こんなにこの部分だけを刺されてよぉ。 シンディとあの男を守って、蚊の群れと戦ったのか?」
「よく・・解ったな」
「見りゃ解る。 誰かを左で、庇い続けてたんだろう? だから、剣を振るった右より、動かさなかった左肩だけ、深く刺されてる」
少し意識が虚ろうソフィアだが。
(さ・流石に、オリヴェッテイを・・導いただけは・・、ある)
ソフィアの病巣を取り除き、刺し傷も軽く切って膿みを出し。 消毒を済ませたKは、傷の事を寡黙な僧侶に任せると。
「よし、傷の処置は終わりだ。 んで、シンディ。 話を聞こうか。 俺達が助けに行く奴らの事を、よ」
カウンターに座らさせられて、薬を飲んだシンディは、パッとKに向いて。
「流石ぁ~、ケイしゅあんっ! 急にぃぃっ、カデフシマにオゾわれて、みぃ~~~んなが寝ちゃっだんでぇっすっ!」
カウンターに歩み寄るKは、少し考え込む。
(“カデフシマ”の生息地は、この東の大陸の中央のみだぞ。 何で、専用の虫除けの草を、誰も用意しねぇんだ?)
と、思ったが。
「その様子からして、昨夜から休み無しで来たって処か」
と、支柱の鉄の棒に背を預けた。
すると、シンディが疲れて悩み込み。
「昨日のゆうガタ前ぇ~・・えぇっとぉ~1日中か・・2日どぉかぁ~・・」
Kは、緩やかにソフィアを見るが。 布を纏った彼女は、麻酔の効果で壁に凭れ掛かっている。
(相当な疲労だな)
「と、云う事は、だ。 シンディ、真っ直ぐに戻れなかったのか? 2日も昼夜で来たなら、昼間には街に入れた筈だろう?」
「わ゛かりましゅん…、岩間のけいこっ・くぬげてぇぇ…。 それからっ、それかぁらぁ…」
眠気と疲労で呂律が回らないシンディ、その話から推察すると…。
岩壁の狭間を行く渓谷を、何とか抜け出したシンディとソフィアと屯組の中年男。
然し、レオナルドの予想通りに、モンスターの待ち伏せに遭った。
ソフィアが率先して道を切り開くべく、モンスターを倒す中。
強いソフィアだが、彼女1人に負担を掛けたくないと。 果敢にも、小型モンスターと戦うシンディが居たが。
なんと、シンディを庇って、屯組の中年男が負傷する。
“お嬢ちゃんっ! 逃げろっ、俺が…囮に成る”
自分を置いて逃げろ、と捨て鉢になる屯組の中年男を引きずって。 3人は、逃げる形で森の中へ。
あの、間欠泉が点在した黒い大地の斜面から丘に上がった、その先に広がっている森だ。
すると、Kから。
「お前達・・もしかしてよ。 蔦のトンネルの中を・・通って来たのか?」
「あ゛っ! しょしょしょ…」
指を差し向けて来るシンディだが、呂律が回らずはっきりしていない。
それでも、聴いたKは、何が起こったかを理解して。
「ラビリナルリーファの森を迷ったな…。 それは、時の経過も解らない訳だ」
此処で、老女カルディナーレから、Kへ。
「そりゃあ、一体…なんじゃ?」
Kは、行かせた側がこんな事も知らないとは…と、呆れ果てて頭を振るう。
「やれやれ…」
Kが、“適当?”、にする説明に因ると…。
〔ラビリナルリーファ〕と云うのは。 一年の一時だけ、短期的に急成長する“化け物蔦”だ。
異常に伸びる前は、ヒュルッと伸びる何の変哲も無い蔦だ。 木々の中に埋もれ、子供の背丈ぐらいしかない。
だが、この涼しい気候に成ると…。
蔦の雄株と雌株が出逢いを求め、急激に成長して伸びるのだ。 小指ほどしかなかった太さの蔦が、日に倍以上も太くなり、末は人の胴回りを超え。 伸びる長さは、数十もの木々を、何重にも巻いて束ねるほど。
雄株と雌株は、森の木々を巻き絞めながら。 森の中で木々纏めた輪束を作って、森の中に隙間を生み出し。 相手を探して、結ばれて行く。
然し、この蔦は生態として、何故か日の光を嫌う。 蔦は、地面を這う様に木々を纏め、相手を探して彷徨うのだ。
その為、蔦が急成長した森の外観を見ても、何の変哲も無い様子な感じなのだが。 その森の中へ一歩を踏み込むと…。 絞め上げられた木々の纏まりが、それぞれ隙間を生んで視界を広げている所為か。 一見すると、蛇行した道の様にも見えるだろう。 また、絞め上げられた木々の外側が、日が経つにつれ枯れて来ると。 地面まで見えて、本当に獣道みたくなるのだ。
歪な輪状と成った木々の纏まりが、複雑に連なる森の中は。 同じ景色が続き、複雑にしてグルグルと廻る迷路の様に成るのだから。
シンディ達の様に焦ったり、慌てて森に逃げ込もうものならば。 環状彷徨の錯覚を起こしてしまい。 自分が、今は何処に居て。 そして、何処に逃げて行ってるのか。 それが全く解らなくなる。
シンディ達は、その迷路の森に飛び込んでしまったのだ。
「…まぁ、あの森の中に入れば、誰でもそうなるがな。 寧ろ、2日で切り抜けたなら、まぁまぁ遣ったモンだ」
と、Kが納得すると。
鼻を啜って泣いているシンディが、何処か眠そうにしながら。
「ケイさぁん、ダニ…」
「解ってる。 さぁて、あのダニの習性からして、孵化は次の満月の頃・・。 助けに行くとしても、明日・・いや。 明後日に出て、ギリギリ間に合うな」
“明後日”と言ったKに、シンディがハッと驚いて。
「しょんなぁっ! 今から出ないとっ」
慌て泣くシンディは、明らかに疲労等の体調不良から普段に増して呂律が変だが。
呆れたKは、目を細めると。
「ブァ~カ。 助けに行ってあのダニを駆除しても。 全員が怪我人みてぇなもんだから、直ぐに動けねぇだろうがよ。 身体が怪我や病気で弱ってたなら、刺されてから1日か、2日で死に至る。 薬や色々準備も必要だし、満月まで大丈夫なんだから、無理して焦る必要が何処に有るんだぁ~? ん? 言ってみろ」
その話を聞いて、泣く顔をそのままに止めたシンディは、
「あ゛っ、・・ぞう゛でずね」
と、頷く。
(はっ、スゲぇ顔だな)
泣き顔に歪む顔が止まるのも、なかなかどうして見応えがある。
そこに、助けに来てくれた僧侶2人が、“仕事は終わった”・・とKに云う。
「助かった、ありがとう。 実は、これから神殿に寄りたい。 急な話だが、人を助けるのに僧侶の人手が欲しい。 アンタ等の上に掛け合うから、俺が送ろう」
すると、感情の起伏が無い様子の女性僧侶が、ズイっと前に出て。
「それは、御依頼と云う事ですか?」
「まぁ、な」
と、Kは、シンディに向いて。
「シンディ」
「はフ?」
「助けに行くのは、何人だっけか?」
「え゛~とぉ、みんな生きていたら、25・・7、27人デスっ」
答えを聴いたKは、また女性僧侶を見て。
「だ、そうだ」
「そっ、そんなに?」
すると、思慮を巡らせる様に下を向くK。
「まぁ、薬で助けても・・2、3日は回復に掛かるだろうが。 モンスターなんざ、俺が潰す。 仕事は、怪我の回復と薬を飲ませるぐらい。 僧侶が2人か・・3人居りゃ~な、まぁ足りると思うぞ」
斡旋所の仮の主は、本気で行くと聞いて。
「ほっ、ほほ・本当に、本気で、行くのか?」
その弱気を見抜くKは、脇目を向ける様に薄目で見ると。
「仕事で冒険者を行かす場所の、危険の程度も解らねぇし。 どっかで知った馬鹿の一つ覚えみたいに、下らねぇ遣り方を真似してよ」
と、意味深に言う。
責められて居ると察する仮の主は、助けを求めてカルディナーレを見るのだが。
顔を背けた老女は、この仮の主が行った独断の事なだけに、全く助ける様子が無いらしい。
Kは、更に続けて。
「頭数の為にとは云え、冒険者達を無駄に掻き集めてよ。 あんな死地に、ホイホイ行かすド阿呆に。 そんな無駄な心配を、俺はされたかぁ~ないゼ」
「な゛っ、何をっ?」
「安心しろ。 アンタに責任は、取らせないさ」
「あ゛あ゛当たり前だっ!」
怒る仮の主の男に、Kは其処でニャッとして。
「構わないでぇ」
と、言った後。 急に目をギラギラと睨ませると。
「ただ…。 戻った冒険者達の報酬は、お前を血祭りに上げてでも、絶対に満額は出させるからな。 殺されたくなかったら、耳を揃えて金を用意しとけよ」
「ひぃっ! あっ・あ゛あ゛あ゛…」
睨まれたショックで、気絶しかける仮の主。
その様子を眺めていた老女カルディナーレは、やはり“パーフェクト”だと。
「ふぁふぁふぁ、その眼。 その顔。 その喋り方。 やはり“死神”は居るわぇ」
当然だ、と頷くK。
「カルディナーレ、報酬を頼むぞ。 冒険者達が刻んだ仕事の成果を、斡旋所が無にするな」
「あいよ」
微笑むカルディナーレのしわくちゃな顔は、久しぶりに張り合いが出来たと。 明らかに喜ぶものだった。
この時、もうシンディは、座りながら眠っていた。
同じくソフィアも、壁に凭れて寝息を立てていた。
シンディを見つめるルアセーヌは、少し哀しげな眼をして。
(嗚呼・・マリー……。 私を許してくれ、とは言わない。 ただ、貴女の守ろうとした宝を、私にも守らせて欲しい。 彼女の命は、この身朽ち果てるまで…………)
【2】
次の次の日、晴天が広がる早朝の空の下。
チームを救出に向かうのは…。
「よし、適当に行くか」
と、馬に荷物を積むKと。
「いや~、久しぶりの冒険だ」
軽く体操をして、笑っているルアセーヌ。
「“適当”でもっ、ケイさんならイケますぅ~」
と、全力で応援する元気なシンディ。 歩みは、多少ヨロけているが。
「て・適当・・だと?」
半分引きつった顔をするのは、腕に包帯を巻くソフィア。
そして、神殿から来た。
(嗚呼っ、胸が高鳴るわ)
あの無表情な女性僧侶は、じっとKを見るのみ。
そして、もう1人。 15歳の少年僧侶が、初めての冒険と云う事で、身体に似合わない大荷物で居た。
たった、6人の救出隊だった。
1日を丸々休ませたソフィアとシンディ。 Kの本音は、そのまま休んでいても良かったのだが。 置いて行くと後から絶対に追って来ると解ったので、余計な事は言わなかった。
だが、1日使って街道を行き、野営施設で一夜を過ごす。 そして、また合同チームと同じく密草森に入って。
そして、Kの行うことに、ソフィア以下僧侶達は驚くこととなる。
背丈を大きく超える植物の草の繁った森の中で、その植物の葉の下を行くのだが。 大きな葉っぱが、時には何時の間にか捲り上げられ。 時には、ハラリと斬り落とされる。
全く、それに苦労をしないK。 然も、斬っている手が見えない。 適当な感じで、左手に枯れ木の棒を持っているのだが。 全く折れてもいない。
馬の後ろに着くルアセーヌは、Kの様子など気にせず。
「フムフム・・そうですか。 シンディさんは、以前にもケイに会っているのですね」
と、シンディと会話する。
このルアセーヌもまた、そっとさり気なく気遣いをして。 疲労が溜まっているシンディに、無理をさせない様にしているのだ。
「はい。 でもぉ~、ルアセーヌさんをぉ、私に紹介する為に。 まさかっ、ケイさんが居なく成ったなんて~。 てっきり、見捨てられたかとぉぉぉぉぉ…」
すると、空模様を気にしたKが。
「いや、マジで見捨てるつもりだった。 まさかソイツが、新しくチームに加わりたいと俺に言わなきゃ。 絶対に、此処に居ないさ」
その話を聞くシンディは、ガッと涙目に変わり。
「ふぎゃんっ、ヤッパリ冷たいぃぃぃっ!」
「当たり前だ」
処が。
「でも、シンディさんも大変でしたね。 襲われたり、騙されたり、こんな大仕事に行き当たったり」
と、ルアセーヌが優しい話し掛けるので。
「はぁ~い、ヘンタイでした~~」
と、様子を急変しつつも、嬉しがる。
周りの皆、ソフィアも含めて。
(逆だ、逆っ)
と、内心に突っ込む。
ソフィアと同じか、それ以上に。 男性に対しては、内面的な恐怖症を持つシンディ。 処が、どうしてか、不思議とルアセーヌには、その症状が見えない。
シンディが、冒険者として全幅の信頼を持ちたいと思っているのが、強いKならば。 人間として安心が出来ているのが、ソフィアやルアセーヌの様だった。
渓谷に差しかかるまで、休憩を幾度か挟んだものの。 旅慣れない僧侶の2人は、途中途中で馬に頼ったり。 ソフィアやルアセーヌに、紐を持って貰っては引っ張って貰ったり。
そして、昼間を過ぎる頃。
「だいじょ~ぶですかぁ~。 地面が、ま~黒い場所まで来ましたんでぇ。 もう、半分は来てますよぉ~」
間欠泉が吹き上げる、黒い大地が広がる場所まで来た。 其処で、晴れ渡る昼下がりに、Kは松明を燃やし始めた。
「は? 昼間だぞ?」
と、言ってしまうソフィアだが。
ルアセーヌから、
「良く燃えている部分を見て御覧なさい。 白い煙りが、非常に目立っているだろう?」
「い・云われて見れば・・確かに…」
「然も、独特な臭いもする」
ソフィアは、頻りに臭いを嗅いでみて。
「ぐっ?! 何だっ、この、腐った魚の様な臭いは…」
「虫除けだよ。 人の汗の臭いを嗅いで、虫は来るとか。 虫が中毒を起こす臭いで、人の臭いを紛らわせるのさ」
「な゛・なる程」
抜け目の無い用意の良さに、ソフィアもまだまだ見習う事は多いと感じた。 ま、合同チームの時でも、虫除けは焚いたが…。
さて、モンスターや害虫を避け、夕方を少し前にして、渓谷までやって来た。 深い辺りではまだ、Kの腰辺りまで雨に因って水没している渓谷なのだが。
「あの上の方ならぁ~、横伝いに行けまぁす」
汗に髪の毛を濡らすシンディが、自分達の来た道を示す。
然し、Kは首を振り。
「いやいや、面倒だ。 何より、水を抜けばいい話だ」
“どうゆう事だ”、と驚くソフィアが。
「おっ、おいっ! 此処から洞窟まで、数里は延々と水が溜まっているのだ。 どうやって、この大量の水を抜く気だっ?」
だが、渓谷を軽く見回すKは、左の岩壁を見て。
「左側の、あの場所。 亀裂に生えてるあの草を見ろ」
と、Kが指を指す。
その場所とは、ソフィアから見て、岩壁に数本の雑草が生えているだけなのだが。
「よく見ると、草が変わった揺れ方をしてる。 あれは、岩壁の向こうに、地下まで走る空洞化した部分が有り。 其処から吹き上げて来る風が、亀裂から吹き出してる所為の様だ」
目を細め、疑る気が全開のソフィア。
(地下まで走る…亀裂ぅぅ~? どう観ても、渓谷を吹く風に揺れ動いている様だが)
Kは、其処でサラッと。
「どれ、穴を開けよう」
と、一歩前に。
(あ・・穴ぁ?)
“この包帯顔の不審者は、いきなり何を言い出すのか”
・・と、思ったソフィアの視界の中、既にKの持つ木の棒が振り上がっていた。
(な゛ぁっ! うそ・・であろう?)
ソフィアは、世間的に噂だけとなる“剣圧烈風波”(ソニックウェーブ)を、その目で初めて見た。 剣圧から生み出された白い烈風波が、溜まっている水の上を水飛沫を立てて疾走して行く。
- ドッガァァァァァァァン!!!!!!!!!!!! -
瞬く間に岩壁にぶつかった烈風波は、爆発を引き起こした様な威力で、亀裂の入った岩壁の一部を破壊する。
ガラガラと轟音を立てて、渓谷へ崩れ落ちる岩だったが・・。
- シャバァーーーン! -
水に岩が落ちる音がする。
然し、その一方で。
- ズズズっ、ズ・・ザァ~~~…。 -
と、水の流れる音も。
崩れ落ちる岩が砕かれ、細かい粉に変わる土が何処からか吹く風を受け、フワーーーッと辺りに舞い上がり。 一気に、辺りに立ち込める。 そして、その土煙が下に振り落ちると。
「どうなったっ?」
結果を知りたがるソフィアは、慌てて渓谷に降りる。
「ん? あっ、水がっ!」
溜まる水を見た時は、膝上ぐらいに来そうな水位だったが。 今は、先程より少し水位が下がって来ている。
振り返るKは、皆に。
「水が引くまで、休憩だ。 僧侶の2人。 洞窟に着いたら、夜まで休めないと思えよ」
「は、はぃぃぃっ」
見たことも無い凄腕のKに、畏敬から直立不動で返事する若い僧侶。
無表情な女性僧侶の方は目だけウットリとさせて、Kをジッと見ている。
崩れ落ちた岩を登ったソフィアは、崩れた岩壁の向こうに、地下まで入る亀裂の空洞を見た。
「岩の亀裂を見て、何でコレが解る…」
穴から吹き抜ける風の代わりに、渓谷に溜まった水が流れ落ちて行く。
どうしても、Kの実力に合点が行かないソフィア。 戻る彼女の眼に、持って来た飴玉を分け合うKが居て。
「コレは、美味いぞ。 北の大陸で作られる飴玉だ。 リンゴの味わいが、しっかり残ってる」
飴を口に入れたシンディが、幸せそうにモッコモッコと頬を動かす。
コレだけの不思議が起こっているのに。 のほほんと理解など出来るか、と思うソフィアで。
(何がぁっ飴玉だぁっ!!!!!!!!)
Kの存在への理解に苦しむ生真面目は、座って飴玉に喜ぶ仲間を叱りたかった。
たが。
「ホレ、食べてみろ。 洞窟に着いたら、夜中までは休めない。 ちったぁ落ち着け」
と、袋を開かれ上に乗る紅の飴玉を、Kから差し出された。
「フン。 それぐらい解っておる」
飴玉一つを毟り取る様にして、そのまま口に入れる。
「う・・美味い」
砂糖の甘味と云うより、果物の甘味がそのまま伝わる様な味わい。 思わず、もぎたてのリンゴを買って、別の仲間と食べた記憶が蘇るソフィアだった。
不満面で、どっかり座ったソフィアに、Kが。
「お宅、オリヴェッティの知り合いだろう? 自然魔法のエンチャンターで、ソードブレイカーを扱う・・って、オリヴェッティから聞いていたが。 ふむ、双剣も遣うのか」
すると、そっぽを向くソフィアも。
「其方こそ。 あのオリヴェッティを、羽ばたくまで面倒見た凄腕で在ろうが」
「ほう、俺の事を知ってたか」
「以前に、一度・・チラッと見かけたからな」
「そうか」
と、納得したK。
だが、一呼吸を置いてから。
「だが、これは言って於くぞ。 オリヴェッティが羽ばたいたのは、俺の力のお陰だけじゃ無い。 彼女には、それだけの気構えが在り。 そして、あの冒険を駆け抜けるだけの思慮の基が、既に備わっていた」
Kの話を聞いて、ソフィアは俯くままに。
「…そうか」
「それよか彼女は、お宅が先に羽ばたくと思って居たが? 1人に成ったのは、分裂か?」
「・・まぁ、そんな処だ」
何も語っていないのに、核心に近い処を突かれては驚く。 少し口を濁すソフィア。
そんなソフィアを脇目に見るKには、1人になった理由についてなんとなく察しがつく。
「その様子から察するに、チームに不満が出たか………」
今度は、ほぼ事実を言い当てられたソフィア。 自分の顔の所為か、と慌てて顔を触り。
「だっ、何でっ、あ゛っ、え?」
すると、そんな無垢な姿を見せるソフィアが、女性として可愛く見えたルアセーヌ。 軽く微笑み。
「この彼に、大抵の隠し事は通用しないよ。 正直、政治や謀から生まれる人の嘘と欲望と野心の嵐の中を、自力で掻き分けて来てるから」
完全に構えて居た心の鎧が、今の遣り取りで外されてしまったのか。 ソフィアが泣きそうな程に、顔色を弱く変え。
「皆、・・馬鹿みたいに、無理やりに羽ばたきたがる。 リーダーが死んだと云うのに、次の日から皆が勝手に成り………」
“自分がリーダーじゃないなら、チームを抜ける”
“新しくチームを作るから、実力の有る奴だけ誘いたい”
「…だのと勝手になるっ。 ・・必死で・い・生き残った仲間5人の内、いきなり3人が口々に言い出した。 昨日までっ、それなりに協力して・・死地だって潜り抜けて来たのにぃ………」
この生真面目な性格のソフィアからして、人間の我が儘で自分勝手な姿に怒りを覚えたのだろう。
だが、だからこそ、悲しみを乗り越える為に別の誰かだったり、自分本位に生きて先を見ることが出来る。 仲間の死は、確かに悲しいことだが。 それで動けなくなるのと、身勝手が別モノとは言いきれない。
ま、これまでにそんな事を腐る程見て来たKだから。
「まぁ、それもまた当たり前の事サ」
そんなKに、ソフィアが食いかかる様に。
「ではっ! それが・・正しいのかっ?!」
問われたKは、本当に普通の物言いで。
「なら、聴くぞ。 何で、お宅がリーダーをしなかった」
「えっ?」
「今、お前の話から読むに。 おそらく生き残ったチームの面子の中で、最も実力的に認められていたのは、ソフィア・・お宅だろう?」
「そ・それ・・は」
Kに問われ、あの強いソフィアがまた、まるでうら若い無垢な少女の様に顔を歪め困り果てる。
近くに飛んで来た踝ぐらい大きな蚊を、小石を拾っては指で飛ばし。 何事も無かったかの如く撃ち落とすK。
「人には、確かに得手、不得手が有る。 だがソフィア、お宅がリーダーに一旦は成って。 その後、誰か信じられる人物に、自分の人選として任せても良かっただろう?」
「それっ、・・は…」
「アンタは、死んだリーダーとチームは、信じていたが・・。 生き残った仲間に身を預けるほど、彼等を信用はして無かった。 ・・だろう?」
「あ、くぅっ…」
言い返したいが、直ぐに言葉が出ない。 直情な方のソフィアにしては、それが出来ない。 まるで心の中を読まれたかの様に・・言い当てられていたからだ。
すると、Kは更に。
「悪いが、正直な処だ。 そのままそんな感情を引き摺ってるとよ。 この先は、お~んなじ事をずぅーっと繰り返すぞ~。 何せ、生半可に腕がイイ。 他のチームに入るとしても、よ。 大概、自分より未熟な相手と組む事に、まぁなるだろうしな」
「あ………」
Kに言われた時。 ソフィアの心の奥底から時折に思う不安が、掬い上げられる様に浮かび上がった。
そう、…自覚が有った。
実は、フラルハンガーノの街に来る前にも。 もっと西側の大きな街にて。 長居が出来るチームを探すべく、主の口添えで一時的に加入したチームが在った。
そして、Kの指摘通り。 二度、仕事をして。 すんなりと依頼を達成したにも関わらず。 仲間入りを求められつつも、そのチームに居る事を拒んだ。
後の経緯により、ソフィアはいまだに。
(わ・私が悪い。 私が、全て・・悪いのだ)
何故か、こう悩む。
そのチームでは、仕事を続けて二つも成功させたのに。 ソフィアが抜けた事で、主から経験やチームの実力を疑問視されて、遣りたい仕事を請ける事ができず。 その経緯から仲間内で実力の有無を問い合うと云う、大変な亀裂が生まれた。
結局、別のチームの不足を補う為、別口の仕事をソフィアは斡旋される。
“街を去る前に、ひと稼ぎしようか”
こう思うに至り。 斡旋を請けて、協力者として仕事に参加していたソフィアは、その事を全く知らず。
いざ、最後のひと仕事を終えて戻ると…。
“ソフィア、早くこの街を離れろ。 お前、恨まれてるぞ”
報酬を受け取った後に、主に呼ばれると、こう言われる。 恨まれる覚えが無いとソフィアは、理由を知りたくて主に問うと…。
その、仲間入りを希望してくれたチームは、若干実力に富む仲間2人を別の、とても美人な冒険者がリーダーをするチームへとに引き抜かれてしまい。 残った者は仲間を集められずに、解散へ追い込まれていた。
だが、運が悪いのか。 はてまた、何等かの思惑が廻ったのか。 その2人を引き抜いた美人な冒険者とは、嘗てのソフィアが居たチームの仲間の1人だった。
解散に追い込まれたチームで残された冒険者達は、その経緯からイジケてしまい。 チームを組むことが思うように行かない中で次第に、
“そもそもの原因は、あのソフィアに有る”
と、日が経つにつれて言い出したらしい。
“仕事はちゃんと成功したのに、自分達のチームの一体、何が悪ったのか・・。 その理由を明確に言わず、ソフィアが去った。 だから結果の評判が悪くなり、遣りたい仕事が請けれなかったんだ”
“そうだっ。 然も、聞けばアイツの元仲間に、2人を引き抜かれチーム解散に追い込まれた。 多分、アイツとソフィアは、グルだったんだ”
こんな感じの悪い噂を密かに言い始められていた。
然し、実際の処はどうだったのか…。
その街の斡旋所の主から見て、ソフィア以外のチームの実績が、請けたい依頼を回すには全く足らなかったのは事実だし。 美人の冒険者だからと云って、唆されたぐらいで分裂する程度の仲の仲間だったと…。 在る意味、こう云ってしまっても良かったのだ。
また、加わるチームに対し、ソフィアが求めていたものとは…。 先ず、一つ云えることは、ただ自分を頼るだけで安泰的なチームの環境が欲しい訳では決して無い。
1人で街を出たソフィアは、悩みながら次の街を目指した。 だが、自分の想い描くそれは無い物ねだり……、なのだろうが。
自分を頼みにだけ成らさず。 自分の弱さや至らなさを見付け、逆にそれを窘めてくれる様な…。 信頼の出来る相手、それをソフィアは捜したかったのだ。
恐らく、ソフィアの初恋の相手が、その死んだリーダーだったのだろう。
だが、生真面目なソフィアだ。
(嗚呼っ、なんと云う事だ…。 悲しみが癒えぬ間に、過ちを起こしてしまった…)
自分の我が儘が、全ての原因と感じたソフィア。 街を出ても、1人で悔やみ抜き。 悩みながら流れ流れて、漂流したゴミが流れ着く様にしてフラルハンガーノへ来た。
そして、これはその余談に成るが…。
その時に、解散へ至ったチームの面子だった1人と云うのが。 駆け出しの若者3人と一から出直す為、チームを組み。 フラルハンガーノから北東の古都アクエリア=カロノスに向かおうとして、オークの群れに襲われたので在る。
今のこの時点では、ソフィアも知らない事だし、Kも知らない事実だ。
(ソフィア・・すごぉく悲しそう)
1人で悩むソフィアに、シンディが心配して声を掛けようとしたが。 何故か、ルアセーヌに止められる。
(まだ、ダメだよ。 ケイとの遣り取りが一段落するまでは………)
一方、Kは。
「処で、ソフィアよ。 シンディに協力したのは、過ちを取り返す為か?」
俯くソフィアは、正直で在ろうと思うが。 シンディを見れずして。
「・・全てが、違うとは言えない。 だが、私とは違う。 シンディには、人を包む優しさが・・在ると感じたからだ。 然も、リーダーの素質も・・在る様に感じる」
すると、
「ほほぅ」
と、Kは立ち上がり。
「その点に関しては、俺も同じ意見だ」
「え?」
思いがけない返事にソフィアは、驚いてパッとKを見上げる。
馬をさするKは、外した積み荷を乗せ始めて。
「たった二ヵ月で、こうも成長するとは、な。 正直、想わなんだ」
出立すると感じるソフィアは、ハッと立つ。
が、Kはまだ続け。
「初めのチームがそうだった様に。 人を信じて手を貸すなら、関係が終るまでは信じて続けてみろ」
「へっ?」
「凄いか、どうかは、別にしてよ。 俺の様な極悪な腕は、その加わるチームや人に、長居すればする程に破滅的な作用もしちまう。 云わば“両刃の力”よ」
この話、確かにソフィアは、朧気と理解することが出来る。
そしてKは、ソフィアを見ると。
「だが、な。 お宅の力は、真っ当な普通の力だ。 だから、行き着く処まで、一緒に行ける筈だぜ? まぁ、ソフィア。 それは、アンタ次第・・だがな」
こう言ったKは、馬に荷物を固定して。
「よし、出発するか。 松明に混ぜた虫除けが弱まっちまった。 その内に、蚊の奴等がブンブン来るぞ」
聞いたルアセーヌが、ソフィアを見ていたシンディに。
「ブンブン来ます、とさ」
一昨日に、大量の蚊から襲われたシンディだから。 また襲われると聞いては、顔を恐怖の色に染め。
「イヤイヤイヤですっ! あのブンブンさんは、ゼェ~ッタイにイヤっ」
水が抜けた、と渓谷に降りるK。 馬を通す為に、かる~く岩を殴っては、崩した岩を砕く。
それを見たシンディは、
「あ゛っ、ケイさん凄いっ! 私もや~りたいでぇ~すっ」
と、言い出した。
Kの仕業を見て、自分も遣りたいとシンディが感じたのだろう。
「バカ。 おいっ、バカバカっ、バカっ! お前に出来るかぁっ!!!!!!」
止めるKの言葉も聞かず、岩を殴ってみるシンディ。
「ふぎゃんっ!」
一番デカい岩を殴って悶絶し始めるシンディを、少し遠目に見るソフィアは、不思議と普通に見れた。
そして・・其処へ。
「イイわね」
急に、覚めた声を掛けられて。
「ん?」
脇を見ると其処には、あの無表情な女性僧侶が居る。
「あ・・何が、だ?」
すると、鋭い視線を釣り上げて、此方を睨んで来る女性僧侶で。
「私だって・・心の中を見て欲しいのにっ」
「う゛っ」
その、鋭く怖い瞳に、一瞬だけ寒気を感じるソフィア。
(なん・なん・・だぁ?)
最も意味不明な謎を、悪寒と共に感じた。
そんな処に。
「ソフィア~。 ソフィアなら、ケイさ~んの真似を出来ませんかぁ~~っ!」
右手を振り回している、今の女性僧侶とは真逆の雰囲気を持った声が届いた。
「は・ハハハ。 私に、出来る訳が無いだろう?」
呟く様に云うと、フッと心が軽く成っていたソフィア。 荷物を背負う少年僧侶の後に、自然と続いて行った…。
=★=
さて、陽が暮れる前の夕方には、目的の洞窟に着いた。
洞窟の入り口付近で昏睡状態となり、限りなく少ない呼吸だけしている冒険者達を見て。
「これが・・ダニの餌食かい?」
と、云うのは、カンテラを持ったルアセーヌ。
外に居て、光の小石2つの力を解放するKは。
「そうだ。 まだ、ダニが居るかも知れないから。 奥まで入るなよ、ルアセーヌ」
「あ、はいはい」
穏やかで、温かみの有る笑顔を絶やさない紳士、ルアセーヌ。
Kは、何より先ずは、と。
「シンディ。 お前は、俺が教えた通りに、薬を作る手伝いだ。 ルアセーヌとソフィアは、外で見守りながら。 運び出す奴等からダニを剥がせ。 僧侶の2人は、ダニを剥がした後から傷の癒やしと、その後の看病を頼む」
此処は、無数のモンスターが徘徊する、彼等の縄張りだと心配するソフィアだが。
「心配するな」
と、Kが云う。
先ず、洞窟の入り口付近から人を運び出したK。 ダニを寄せ付けない草は、焚く時に酷い臭いを出す。 人が居る中で焚いては、弱った者は呼吸困難で死んでしまうとか。
ダニの剥がし方を教わるソフィアは、まるで手の平の様に大きな、天道虫(てんとうむし)に似るダニを見て。
(ケイの云う通りだ。 かじり付いたダニの一匹の身体が、とても柔らかく成っていて。 その体内には、子ダニと云うのか・・幼虫みたいな何かが蠢いている。 下手に力んで掴めば、身体の表面が破れて仕舞い兼ねない)
運び出した者の首筋や腹に、好んでか・・付いている雌ダニ。 Kが、この雌ダニの位置を確認してから、1人1人と運び出している意味が解った。
然も、濁った黄色に変色するダニの体内に、ピクピクと動き回る線虫か、そんな感じの子供が見えている。
K、曰わくに。
“このダニは、一度だけ脱皮する。 その蛹に成る為の栄養は、直に食べて摂取する。 下手に死んだ母体を破れば、その途端に小さい糸の様な子ダニが出て。 餌となる人間を食って行く。 あっと言う間に、内蔵まで食べて行くからな。 剥がす失敗は、絶対に許されないぞ”
だ、そうな。
そんな緊張を迫られる其処で、ソフィアの心配の通り。 人の臭いを嗅ぎ付けモンスターがやって来た。
「ひぇ~、あのブキミンなシルエットぉぉぉ~~っ! あの大きな蜘蛛さんだぁっ」
両手で、頬を挟んで驚くシンディ。
屍蜘蛛とドゥプロクナ・ドラグナーが、一気に来た。 然も、驚くことに、屍蜘蛛が左右から二体。 空から来るドゥプロクナ・ドラグナーは、以前より大きな奴だった。
以前に戦った経験が有るから強さは解る。 それだけに、やや気持ち焦るソフィアだが。
「大丈夫。 ケイを信じていい」
と、ルアセーヌは落ち着いている。
その瞬間だ。
- ヒュギュエェェェェェェェ!!!!! -
ドゥプロクナ・ドラグナーの悲鳴が、空に弾け飛ぶ様に木霊し。
その直ぐ後。 ソフィアの後ろをKが歩んで、洞窟へと戻って行くではないか。
「手先に、気ぃ~付け~よ」
と、言葉を残して…。
(一体、何時・・出て行った? 洞窟に入って居る筈・・だったろうにっ)
Kが戻って来たと云う事は、もうモンスターが倒されたのだ。 実力の差が、全く計れないと感じるソフィア。 こうなったらせめて、云われたこのダニを剥がす作業ぐらい、完璧にしてやろうと集中する。
次第に、暗くなる辺り。
「よし、これで全員か。 手遅れが居るが、死体も連れて帰るからな。 ダニを剥がして・・って、新手が来やがった」
オークと暗黒種のリザードの群れである。
「お~お~、雑魚が群れて。 死にたがってるか~い」
軽過ぎるKの様子だが、その行動に手抜かりなどあるか。 モンスターの中を、散歩しているかの如く自由に歩き。 押し寄せる18体ものモンスターを、森側の付近で始末する。
Kの言葉に、疑問も出るかも知れない。
“もっと早く来れば、犠牲者が出なかったのでは?”
と。
当然、中1日の休み中に、ソフィアがKに噛み付いた。
然し…。
“ダニの毒によって、半日から1日で仮死状態に限りなく近付く。 手遅れに成る者は、その時点で確実に死ぬ。 焦って駆け付ける意味は、全く無い”
残酷だが的確な意見で。 力及ばずと、泣き始めたソフィアだったが……。
Kは、ベッドで泣くソフィアへ。
“無意味な事をするな”
と、言った。
怒るソフィアだが、Kはサバサバしていて。
“お宅も、シンディも、あの男だって。 必死で仲間を助け様として、命懸けで戻って来たんだ。 その行為に、失敗も成功も無い。 生きて戻った事だけで、すべき事を成したと同じだ。 後は・・ちゃんと迎えに行ってやる、それだけだろ?”
言われるソフィアは、自然と顔を上げてKを見ていた。
それでいてKは、ソフィアの瞳を鋭い視線で見抜きながら、更に続け。
“出来ない事実に、てめぇ勝手に罪を付けて、一体どうするんだ? そんなのは、人や運だと、何かに罪を擦り着けるか。 自分の力不足を慰める為に、罪を背負うかの違いなだけで。 実質の意味は、全く同じだ。 成すべきは決まっている。 泣くだ、嘆くだ、今更無駄だ”
まるで雷に撃たれた様な…、衝撃に撃たれた。
その後、鎧を脱いだ半袖と膝上のズボンのままに、ソフィアが宿の外に出ると…。
「ケイさぁん、これがお薬の元ですかぁ?」
「そうだ。 細かい事は、洞窟で薬を造る時に、色々と教えてやるよ」
「ふぁい」
Kの云う事を聞くシンディは、助けに行く事だけを一心に考えていた。
“助けに行く為に”
合い言葉の様に、筋肉痛や疲労感から来るダルさの満ちた身体に、食事と薬を入れていた。
(シンディの方が、・・私より立派だ。 助けられない者の事に縛られ、絶望している私は・・何がしたくて。 何を成そうと思っているのか…)
人間は、万能などになれる筈が無い。 命懸けでした事以上の成果など、成すべき事では有り得ない。 それを望んだり、嘆いて“たら・れば”に固執するなど、それこそ思い上がりである。
仲間を助けに行く事に対し、真面目に身体を養って臨もうとするシンディの姿。 ソフィアには、それが寧ろ羨ましく思えた。
さて。
「ありゃ~イイ眼くらましになる」
と、モンスターを倒して戻って来たKは………。
「シンディ。 俺の持つ記憶の石も、後で貸してやるからよ。 あの気の弱い主から、最高額をフンだくれ。 死んだ冒険者の墓代だ」
「はいぃぃ。 でも、ケイさん、こわぁ~~い」
モンスターを瞬殺するKに、シンディが窘めるかの如く怖がる。
Kは、素直に受け止めつつも。
「フン。 今は、コレでも丸く成りました」
「ウソぉぉぉ」
「マジだ。 さて、臭ぁ~い草を焚いて来るかな」
「あ゛っ! ケイさんっ! クサい、クサっ、駄洒落ですねぇぇぇっ!」
洞窟に入ると同時に、シンディの指摘を聞くK。
「・・何だかな。 お前に云われると、ちょっとチクってするぜ」
すると、ルアセーヌが笑い。
「あはは、ケイにも効く攻撃が有るみたいだ」
すると洞窟の内部から、
「るっせぇ」
と、声が木霊する。
煙りが出ると共に、洞窟から出るK。
逆に、洞窟へ寄った少年僧侶は、
「ぐわっ! くっくっクサいっ」
目に染みる何とも苦そうな臭いに、慌てて洞窟から離れた。
シンディに薬草の選り分け方を教えるKは、またモンスターが来たと知り。
「モンスターも、元気だの~。 つぅ~か、何でこんなに劇的な増え方してるか」
迎え撃ちに行くKは、独り言を続けていた。
然し、戻って来るとその手には、ドゥプロクナ・ドラグナーの羽根を持っていた。
羽根を見つけたソフィアが。
「魔法の石とかに、記憶してあるのだろう? 証拠品など、必要か?」
「いや、一枚一枚が手頃に大きい。 箒の内側に遣おうかと、な」
「“ホウキ”だと?」
煙りが収まる頃には、夜空に満天の星空が広がった。
持って来た木の棒に、ドゥプロクナ・ドラグナーの羽根を二枚程か巻き付け。 その上から、繊維の硬い大きな草の芯を割いたものを蔦で縛る。
「う~ん、簡単に出来た」
作ったKが箒を見て。 そのKを目を細めたソフィアが見る。
「何と器用で、自由な……」
処が…。
「おい、ソフィア」
と、Kが呼び掛け。
「あっ、何だ?」
「全員のダニは、剥がせたか?」
「ん、終わっている」
「なら、洞窟の左右に人を退けろ。 ゴミを掃き出すからよ」
「あ・・あぁ」
頷くソフィアだが。
(あの洞窟を掃くなら、人手が必要な気がするが?)
さて、口と鼻に手拭いを当てるKは、入り口から無造作に掃いて行く。 埃も何も関係ないとばかりに。
そっと後から覗くソフィアは、埃で二・三歩先が良く見えない洞窟に。
(今夜は、入りたくない。 って、飲み水は?)
と、考えると。
「洞窟の穴の直線上に居るなよっ」
と、Kの声が。
「わっ、わわわわわわっ!」
慌てて逃げるシンディが、まるでヒヨ子の様だった。
その直後。 一陣の烈風が洞窟から吹き抜ける。
「うわぁっ!」
余りの勢いで間近を風が吹き抜けるので、ソフィアが驚いてしまった。
「あ? 誰か居たか?」
出て来たKは、全く埃に汚れて居ない。
「大丈夫かい?」
ルアセーヌが差し伸べる手に、思わず手を掛けて起きてから。
“男だった”
と、気付くソフィア。
「何をしたんだっ! 飲み水が汚れてしまうだろうがっ」
だが、呆れ顔のKからするに。
「んな間抜けをするか。 奥に埃がゆく前に、途中の亀裂に剣圧を送った。 向こうに吹き抜ける風に吸われて、埃は向こうに大半行ったがな。 出入り口は、天井に開く天然の亀裂が有るから。 微妙に風が変わる。 だから、もう一発飛ばしただけさ」
「ぬっ! 理解に苦しむ凄腕めっ」
「それよりも、これからが正念場だ。 薬を飲ませ、経過を診ないとな。 それから、数人は怪我した患部が腐って来てる。 気付かない様なら、斬って膿を先に出してやるしかない」
それは大変だと、ソフィアは気を張って。
「私にした様に、今すぐに斬れば良いだろう?」
「いや、昏睡状態で身体の生命力も、オーラの流れまでもが弱ってる。 この気付けの薬ってのは、一か八かの劇薬に近い。 膿の大きさは、限られた患部の中だから、先ずは血の巡りを正しくさせる方が先だ。 弱り過ぎた体には、基本の回復魔法すら効果が薄いしな」
(この者・・一回診ただけで、全員の大凡の病状を理解してるのか?)
「シンディ、俺が“いい”と云うまで、じゃんじゃん湯を沸かせ。 ソフィアが手伝えば、早く沸くだろう」
“はっ?”
と、驚くソフィアに。
「炎の魔法を洗った石にでも付加して、沸かす水に入れて維持させるんだよ。 せっかくの力だ、どんどん応用しろよ」
Kに付き合うソフィアは、固定概念が壊される感じだ。 魔法を付加した物を水に入れると、確かに冷やされてしまう。 それを維持するとなると、大変な魔力と集中力が必要だ。
(くっ、やってやるさっ! オリヴェッティに付き合いが出来て、私に出来ない訳がないっ)
洞窟の中に、昏睡状態の者を運び込む一同。 亀裂の枝分かれする行き止まりに、馬を繋いだ。
そして…。 Kと皆の一番忙しい夜が、それから始まった。
最初のコメントを投稿しよう!