特別番外編 「魔剣を捨てた者 それを拾う者」

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 【三・魔剣とルイと持ち主】 それは、キングと云う異名を取ったルイが、高そうな宿屋でウトウトした真夜中。 『オイ、起キルガ良イ。 ドウヤラ、我ヲ狙ウ阿呆ガ来タ』 その不気味な言葉を心に受けて、パッと眼を覚ましたルイ。 上半身は下着で、下半身は6分丈のズボンと云う出で立ちながら、ベットに立て掛けた剣を掴み起きる。 「近いのか?」 と、小声で魔剣に問うと。 『ウム。 今、東側ノ一室デ、何カヲシテオル。 恐ラク、見張リヤ宿ノ者ヲ排除シテイル様ダ』 “排除”と聞いたルイは、幾つも思い当たる事から。 「どうゆう事だ?」 『ホレ、マタヒトツ・・。 命ガ消エタ』 この魔剣が云う話を聞いたルイは、 “いかん。 剣を狙う何者かが事件発覚の遅れを狙って、従業員を先んじて殺して居るな” と、読んだ。 「数は、多いのか?」 問い掛ける様に聞けば、ベットの下に在る剣からは、 『総勢4人。 手引キシタノハ、宿ノ下女(メイド)ラシイ』 と、伝わって来る。 この剣が時々に不可思議な能力を見せる事は、ルイ自身も驚いている。 また、見ても無いのに、こう云うのだ。 然も、外れた試しが無い。 以前に問うた時に、魔剣曰く。 “仮りそめでも、自分を持つ者に深く関わろうとする者の過去・未来の一部が見えるらしい。 特に、殺意や好意などより強い欲望や思いが、その先読みをさせる力に繋がる” らしいのだ。 「仕方無い」 とにかくルイは、宿を出て逃げようと考えた。 が。 『ソレハ、得策デハ無イ』 と、魔剣が。 急いで逃げ仕度をしようと上着を着たルイは。 「だが、戦えば斬らねば成らん」 すると魔剣は、こう伝う。 『馬鹿者。 オマエガ居ナク成レバ、奴等メハ罪ヲオマエニ被セル。 賊ト、普通ノ者ノ殺シハ、コノ世界デハ意味ガ違ウノデアロウ?』 「………」 ルイは、魔剣の言葉に身動きが止まった。 今まで殺したのは、何れも賊で在る。 役人に掴まれば、どれも縛り首などの死刑が確定する賞金首に近い輩だ。 だが、魔剣の云う通りに成れば、今度は普通の殺しを背負わさられる。 駆け出しの頃に味わった、無実の罪を着せられる屈辱。 あの思いが、ルイの全身に戻って来た。 どうして良いか解らずに悩む心の痛み。 無実が故に、理不尽に怒り拳を握る手。 犯人と決めつけられて受けた尋問と暴力に堪えた記憶は、決して色褪せない。 魔剣は、更にルイへ。 『コノ部屋ノ近クニ、フタ部屋ニ亘ッテ客ガ寝泊リシテイル。 先ズ、ソノ者達ヲ起コスノダ。 血ノ臭イデモシテイルト云エバ、格好ガ付イテ良カロウ』 此処で、ルイの脳裏から迷いが消える。 あの、魔剣を手にした雪原の荒野の時と同じだ。 そして、目的以外に対する思考能力が麻痺し始めるのだ。 意識は在るのだが、その記憶が無くなると云う不可思議が起こる。 実は、あの骨董品店を営んでいた、魔剣の元持ち主で在る老人の死の直後の事を。 ルイは、ハッキリと思い出す事は出来ない。 ぼんやりしていて、記憶が曖昧なのである。 然し、あの時の行動と、今回の襲撃の行動は似ている。 真相に迫る上でも、その二つの出来事を書き記す事にする。 先ずは、今の襲撃についてから・・。 魔剣の云う通りにしようとルイは、魔剣を布にくるんで背中に背負った。 鎧を着て行くと不自然に為るので、上着とズボンを着けるだけにし、廊下に出て魔剣の云うままに部屋を次々と訪ねたルイ。 一部屋には、女性の僧侶が居て。 もう一部屋には、子連れの行商人の男性が居た。 「何処かから、血の臭いが微かにしてくる。 何か有ったかも知れぬ故、我と来て貰えぬか?」 ルイが訪ねて理由を話せば、女性の僧侶は怪我人を考えて直ぐに了承した。 行商人は、賊が押し入ったのではと躊躇したが。 女性僧侶が行くのに、連れ子が心配をしたので仕方なさそうに行くと言った。 女性の僧侶と行商人の二人を加えて、廊下を3人で歩いてゆくと。 ルイの部屋を目指す強盗3人と遭った。 女性僧侶が大声を上げ、商人の男性が賊の存在を宿内に喚く。 ルイは無心に近いままで、その強盗3人を迎え撃った。 『殺スナ』 宿の廊下で闘うルイへ、魔剣はそう云う。 宿の廊下で、強盗3人を手負いにして捩じ伏せたルイ。 行商の男性が大声を上げ、やって来た客達数名により彼等は捕縛の身に堕ちた。 魔剣は、押し込み強盗を画策した武器商人と、その手引きをした下女(メイド)を捕まえろと云う。 (解った) 下女を買収して、ルイの持つ魔剣を手に入れようとした武器商人は、使用人や支配人の詰める部屋でルイに捕まった。 中年の下女と宿の用心棒をする男が、実は男女の関係に在り。 この二人が金に眼を眩ませ、武器商人と悪党を手引きしたらしい。 魔剣の云うままに手順を守ったので、何事もすんなり行った。 只、あの出来た支配人の紳士は、無残にも賊に殺されたのが心残りであろうか。 駆け付けた役人が朝方まで残り、事情を聞かれたルイだが。 淡々と応えた上で表向きに何も隠さないのが、彼等に疑いを思わせなかった。 結局、装飾品と偽った魔剣を見せた事。 そして、捕まった武器屋が、 “本物のカタナを奪えると思った” と、供述した事で、事件は解決とされる事に成る。 然も、ルイが賊を退治した訳だが。 この交易都市アジュ・ソナヤでは、荒稼ぎを目的とした押し込み強盗が多く。 兵士が山間訓練で山に移動する夏場が特に多い。 二・三日に一度は、押し込み強盗やら盗難など何処かしらで在るので、宿屋は大抵に用心棒を置くらしい。 ルイの泊まった宿では、その用心棒が下女とつるんで買収されていたのだが。 他の宿屋からするなら、ルイの様な強く強盗を退治した者は用心棒として欲しい処。 ルイは、更に大きな宿屋の用心棒と云うか、食客の様な形に収まれた。 それから魔剣の本当の持ち主に出会うまでの数日。 表向きには、今までも一番穏やかな日々を送ったルイ。 昼過ぎに起きて、宿屋や公園の花を見回り。 夜は、見回りなどが一通り終わると、酒と共に女まで与えられた。 魔剣は、女性が絶頂を感じる時に出る、性的なエネルギーを欲し。 ルイに女性の弱い部分を教えてくる。 ルイもまた、久しく味わってない女性の肌身を貪るままに、自然と魔剣の云う事に従っていた。 酒を呑む時、女性を抱く間、脳裏に出る思いは一つ。 (もう少し・・もう少しで、あの剣が俺の物に成る) 処が、だ。 飲食に不自由しない日々と性の自由も我が物に出来たルイの内心は、今まででも一番不安定に陥った瞬間だった。 逃げても進み続ける旅の日々は、体が前に動いている分だけ気も紛れていた。 だが、魔剣が指定した場所で在るこの地に踏み込み。 後は、誰かも良く解らない人物との決闘が待つ。 また、これほどに不気味で魅惑的な魔剣の元持ち主は、魔剣(彼)を自由自在に使いこなしていたと云う。 正直な処、ルイがどうして魔剣を扱わないのか・・。 それは、扱えないからだ。 〔魔剣レヴォー=アムザハ〕 あの老人と共に賊から奇襲を受け、その後に馬車の底からルイが魔剣を見つけた時。 こう名乗った剣は、〔インテリジェンス・ウェポン〕(意識と知恵を持つ武器)だった。 魔剣は、ルイに出逢った時、自分の主はまだ生きていると告げた。 老人が馬車の下にて死んでいるすぐ脇で、ルイは魔剣を我が物にしたいと乞い、抜こうとしたが抜けなかった。 『我ヲ欲ッスルナラ、我ガ主ヲ斬レ』 魔剣は、ルイに、元の持ち主以上の腕を要求した。 「解った」 魔剣を大店の商人から譲り受けた老人店主が、馬車の下で刺されて死んている直ぐ脇で。 魔剣に向かって声を掛けたルイは、この時から魔剣に魅了されてしまったのだろう。 そして、滅んだ古都ロベラムスに向かう荒れた街道上で、魔剣を無意識に背負った。 ロベラムスに向かおうとした老人が殺された後に、ルイは魔剣の言う事を聞いて街に戻らず。 先ずは、別の盗賊の群れを訪ねたのだ。 そして、賊の集団に会って掛け合った。 これから少しして、この地に冒険者が来るだろうから。 その身ぐるみを剥がないか・・と。 これは、ルイとは別に。 正式に老人の捜索を請けた3人の冒険者が居て。 “それを始末しなければ、私と旅は成らない” と、魔剣が教えたからだ。 賊の首領は、ルイを怪しむ。 だが、手を組む手土産として、ルイは既に殺した老人襲撃に関わる賊の死体が転がる場所を教えた。 この賊を斬り、魔剣を手に入れた記憶がハッキリと思い出せる様に成ったのは…。 実は、数日前に森で、別の賊達を斬っている最中に思い出してからだ。 トルバンを殺してから、博打で成り立つ王国から船に乗り、このホーチト王国まで来たと云うのに。 まだ、その処々の記憶が抜けているルイなのである。 さて、続きに戻ろう。 老人を探しに来た冒険者と、遺品回収を請けた商人に対して、魔剣は“殺せ”と言った。 老人を探しに来た冒険者の3人は、賊の10人は相手にしても互角に渡り合える。 この者達が賊を捕まえれば、ルイの存在はハッキリと明るみに出ると魔剣は云う。 ルイはこの時、直接に冒険者を殺しはしなかった。 が、ルイに因って手負いに成った彼等は、結局の処で賊に殺された。 老人を襲撃した20人近い賊を全滅させ。 冒険者達の到来やその人数。 その他、予言を次々と当てるルイに、賊が恐れをなして帰順した。 そして、3人の冒険者を抹殺した事で、 “遂にトルバンが来る” と、魔剣は予言をする。 実は。 トルバンは、自分が遺品回収で古都に行くまで、繋ぎの付いた盗賊たちに。 “遺跡に来る誰も、全て殺して欲しい” と、頼んだのだ。 即ち、3人の冒険者が戻らない事は、トルバンにしてみればその頼みが成功していると思えた。 トルバンは、敢えてこの3人の冒険者と共に行く仕事を遠慮している。 それは、彼等が戻らない事を確認する為だった。 魔剣は、ルイと接触する事で、トルバンの未来までも知り得て居たのだろうか。 魔剣の指示を予言として、ルイが賊に教えた事で。 ルイの事を良く知るトルバンを呼び寄せる準備が整った。 何故ならば、トルバンと繋ぎの着いた賊は、ルイと老人を襲って返り討ちにされて全滅した。 そして、その老人を探しに来た冒険者と、遺品回収の依頼を受けた商人も戻らないと成れば。 それは当然、ルイも死んでいて。 その結果。 “魔剣や、まだ新しい遺品を回収出来る” こう思い込んだトルバンは、遂に次の依頼でロベラムスに来る。 数の多い冒険者達を選ばせ、出来たら繋ぎの切れた賊達をも捕まえる気だった。 そう、あらゆる利益を独り占めするつもりだった訳だ。 然し現実は、彼の画策通りには行かなかった。 繋ぎをさせていた鷹遣いの悪党二人を使用人として従え。 ロベラムスにて、賊を呼び寄せようとしたのだが・・。 全く違う一味である賊の襲撃を受け、大乱戦の最中に奇襲で現れたルイに斬られた。 無論、トルバンに飼い慣らされた悪党二人も、賊に因って殺されていた。 この記憶は、ルイの脳裏にうっすらと湧き始めている。 ルイが初めて斬ったのは賊だが。 ルイは、トルバンも殺して居た。 そして、その奇襲の混乱に乗じ、彼は賊相手に押していた冒険者チームの数人を手負いにさせ。 その後は、トルバンの馬車の馬を奪っては、そのまま姿を消したのである。 此処までの間は、ふた月を掛けてゆっくりと遺跡で過ごしたルイ。 盗賊達からも、襲撃の時も、顔をひた隠す事で逃げおうせた。 魔剣を背負っていた故に、容姿は異質だったが。 トルバンが居ない上に、骨董品店の老人も死んでいる。 ルイの顔をハッキリ知る者が少なかった事から、逃走が容易に図れたのだ。 さて。 ルイの手元に居る魔剣は、ロベラムスに潜伏する入手の当初。 『貴様ト我ガ主ノ力量ハ、ヤヤ主ガ上ダナ』 と、言っていた。 だが…。 その話は、このアジュ・ソナヤに近付くにつれて変わってゆく。 魔剣の云う事を忠実に実行してきたルイには、それだけの力量が在ると云えた。 それなのに、日々を追う毎に魔剣の云う言葉はキツく為る。 魔剣は、ルイに此処まで運んで貰う為に利用したと告白する直前から、もうルイは斬られると予言し始めた。 その言葉が重く心に残り、逗留と云う停滞の日々の中。 その言葉を思い出しては、見ぬ相手とどう闘うかを考えれば考える程に恐怖が増した。 そして。 運命の日の前夜が来た。 宿の客室以外の消灯後。 腕力だけが頼りの宿の従業員と共に、宿の内外部を見回ったルイ。 既に、暗闇に紛れて偵察に来たと思われる怪しい者を昨日に捕まえ、従業員にも一目置かれるルイだった。 見回りが終われば、離れに行く中庭で従業員と別れる。 (さて。 今夜の女は、どんなだろう) 大きな屋敷風の宿が、広大な敷地に何棟も存在する大宿屋。 その敷地中央の花園の中に、元は倉庫だった離れが在る。 今の主が愛人を連れ込む為に改装したもので、倉庫とは思えない立派な一室だった。 丸型の部屋が3部屋在り、置かれた家具も上等な物。 ワインや蒸留酒等の酒もしっかり完備されていて。 ルイは、その全てを自由に遣って良いと言われていた。 その離れへと、半螺旋の石階段を降りて踏み込めば。 「こんばんわ。 貴方が、ルイ様ね?」 小型のシャンデリアの灯りが照らす中で、入ってきたルイを出迎えたのは…。 繁華街で男客を引き寄せる為に、際どい格好で踊る踊り子が着る様な。 下着と似た形の露出度の高い服装をした若い女性である。 やや小麦色の肌は日焼けと云うより、素からそうゆう色だと思える瑞々しさが在り。 後ろに流すやや長めの髪が緩く乱れるのも、男の欲情をそそった。 「あぁ。 俺がルイだ」 無表情に近いルイを見返す女性は、少し釣り目の気怠さが漂う美人である。 胸元を被す様な衣服は、ほぼ無防備に近く。 ルイを前にして、媚びる様な会釈から。 「ルイ様、お金は多く貰ってるの。 言うことは何でも聞くから、好きにして下さいな。 ・・あんまり痛いのとかは、止めて欲しいケド」 と、云う言い方が、男の凶暴な欲望を誘っている。 ルイは、彼女を連れてベットの在る部屋に入ると、剣を壁に立て掛けた。 そして、自分の前に先んじて立つ女性の上の衣服を繋ぐ紐を、徐に引っ張った。 「あ・・」 肩に引っ掛かる肩紐が緩まり、上に身につける唯一の服が外れた様に成って声を上げた女性。 ルイは、女性が振り返る前に背後へと密着し。 女性の脇の下から手を入れ、女性が微笑する中で胸をまさぐり始めた。 「俺の言う事を聞くんだろう? 他の男に会えなく為る様な事を頼もうか」 女性の耳元で言うルイの台詞は、魔剣が教えた情報が元に為る。 『コノ女ハ、見タ目ニ反シテ強引ナ強要ガ好キナラシイ』 ルイは、女性の衣服を全て剥ぎ取った。 恥ずかしがる女性に対し、様々な格好を強要する。 羞恥に恥ずかしがる女性の表情とは対照的に、肉体は男性を受け入れる準備を整えていった。 そして・・。 女性を離れの地下でベットに組み敷くルイは、その鍛え抜かれた肉体で力の限りに動いた。 一糸纏わぬ女性は、息も絶え絶えでルイの首に両腕を巻き付け、あられも無い声を上げて喘ぎ倒す。 女性をどうであれ蹂躙するルイは、支配欲を強めるままに。 (誰であろうが、負けるものかっ! 今のおれを見ろっ。 剣の腕一つで、女にまで不自由しない待遇を得られるっ!! 負けるかっ、誰にも負けんぞぉっ!!!!!) 見えぬ誰かに怯える自分が嫌で、そのまま逆に猛り狂う怒りを女性にぶつけるルイ。 朝方まで女性を休ませず、獣と成って果てるまで耽った。 何かに攻めていなければ、見えぬ相手に悶々としてしまう。 ある意味、不安に憑かれていた。 ルイと女性が情事に耽るベットの下。 『フフフ・・、良イ乱レ具合イダ。 オンナノ乱レタエネルギーガ、久シブリニ心地良イ) 黒塗りの鞘をした魔剣が、怪しい黒紫色のエネルギーに光っていた。 この魔剣は、ルイに元の持ち主の情報を少しだけ教えてある。 “闇の始末屋・完全なる者”。 コードネームは“P(パーフェクト)”。 世界の裏の汚れ事を掃除する者で、その身で泣かせた女の数は星の如く。 斬り棄てた人の数は、屍の大きな塁を山の如く築く程だと言った。 ルイ自身も、冒険者の生活が長く為る中で、幾つもの裏話や伝説を聞いた。 その中でも一番不透明で、真偽が解らない噂話の一つが。 “始末屋・完全なる者” の逸話だった。 ルイが20半ばを過ぎる前後から、黒づくめの凄腕な者が居て。 普通の冒険者では、到底に解決は無理と云う裏仕事を引き受け。 問題を起しながらも、次々と解決していると云う噂を聞いたのが最初だった。 その後。 時には、有力な貴族を斬ったのが始末屋だの。 一国の姫君を傷物にしたのが、“P”だのと噂が聞けた。 だが、幾ら訊ねても斡旋所の主は、 何一つ事実を言わない。 それ故に、噂は信じられ。 また、政治の暗部に居座る黒幕が、あちこちで突如として始末されて行った経緯も在り。 始末屋の存在は、実(まこと)しやかに噂として信じられていた。 ルイも、魔剣の云う予言が次々と当たり。 然も、魔剣の存在自体が此処に在る以上、あの噂は本当なのだと理解した。 魔剣を欲するあまりに、その始末屋だった者を斬ると決めたのだが。 今まで聞いてきた噂が、内心で魔物の様な幻影と成ってルイを悩ませる。 (斬ればいいのだ・・、斬れば終わる) 朝方に。 気を失った様に寝る女性の肉体を触りながら、不安を覇気に変えようとする弱い自分が居た。 そして、運命の日の朝が訪れた。        ★ 普通。 人の死とは、どうゆうものなのだろうか。 家族に看取られる者が在れば、モンスターに無惨に喰いちぎられる者も在る。 人知れずに野垂れ死ぬ者も居れば、何の罪も無く殺される事も有ろう。 誰もが、その終焉に至る軌跡が在り。 生きた証が人知れずとも存在しているのだ。 だが。 昨夜にあれだけ抱き抜いた女性を残し。 何故かルイは、フラリと外に出た。 下半身には、旅の時の出で立ちが在るのに。 上は、上着はおろか鎧もマントもしない下着のまま。 そして片手には、黒塗りの鞘をした抜けない魔剣を持って居る。 「………」 目の焦点が合わずボンヤリした表情のルイは、泊まり客を楽しませる紅白に花咲き乱れた木々の下を歩いて行く。 桜と桃と梅の花が時期を重ねて、様々な過程を迎えながら花を咲かせているのだ。 咲き始める生き生きとした花在らば、代わって散り際の儚い花も在る。 その中庭の庭園を、緑の色濃い森の方に向かってフラフラと行くルイは、そのまま忽然と姿を消した。 剣を片方だけ置いて、突然に姿を消したルイ。 その情報が齎された斡旋所では、キングが失踪したと夕方には噂が立った。 その日の夜である。 アジュ・ソナヤから北東の森に踏み込んで、半日も行かぬ大木の根元で。 『来タゾ』 魔剣は、ルイに声掛ける。 瞑目するルイは、 「・・待っていたぞ」 そう言ったルイは、魔剣を胸に抱いて地面に座っていた。 寒暖の差が激しい山中では、深夜になると露が出来る事が多い。 濃霧に包まれた森の中で、ルイの前に黒づくめの影が立っていた。 高い襟首を立て顔に包帯を巻いた男が、大木の根元に寄り掛かる様に座るルイへ。 「アンタ。 その剣を届けに来た・・訳じゃないよな?」 黒づくめの男に声を掛けられたルイは、ゆっくりとした動きで眼を開く。 「凄い…。 流石は、この魔剣の持ち主だっただけは在るな。 目の前に居るのに、気配すら感じられない。 嗚呼・・、これが伝説の武器を手に出来る者の存在か」 ルイの瞳は、まるで童心に還った子供の様に澄んでいた。 あの無表情だった顔に、恍惚とした様な笑みすら湛える。 黒づくめの男は、細め哀れみを湛えた瞳でルイを見返し。 「はぁ…、憐れな。 その馬鹿(魔剣)に魂を奪われたのか」 処が。 何故かルイは、跪きながら魔剣を捧げる様に黒づくめの男へ差し出し。 「受け取れ、・・私には抜けない。 この剣の声が聴こえるのが・・精一杯なんだ」 あれ程に、この魔剣を求め。 目の前に現れた人物を斬ろうと思い込んでいたルイが、一体どうしたのか。 黒づくめの男は、そのルイの眼を見抜く様に見つめた。 「………、アンタ。 此処までに一体、何人を斬った?」 何も語らせずに、自分が人を斬った事を読む黒づくめの男に。 ルイは、まるで懺悔をする様に。 「悪徳商人を一人・・賊を三十人ほど」 「そうか…」 黒づくめの男は、大きく一歩をルイに向けて踏み出した。 一方のルイは、観念する様に項垂れると同時に眼を瞑った。 そして…。 (俺は、此処で斬られるのだな) と、覚悟を決めたのだが…。 「?」 “手に重さを感じなく成った” と思った次の瞬間、ズシリと重たい感触に心身の眼が覚める気がする。 剣を取られた代わりに、何か別の物を乗せられたと思った。 ゆっくりと顔を持ち上げると…。 「どうして・・」 手には、カタナがそのまま乗っていた。 「その剣は、お前にくれてやる。 もう特別な剣じゃ無くなったが・・な」 黒づくめの男の声がするのだが、目の前に姿は無かった。 剣を握って片脚立ちに為るルイは、 「この剣を俺にっ!!? こんな名剣を私によこしても、私には抜けないのだっ」 大声を出したのだが。 何処に行ったか、黒づくめの男の声は返って来ない。 「おいっ! 何処だっ!!?」 立ち上がったルイは、大木から離れて森を歩いた。 捜して・・捜して歩き回ったのだが、黒づくめの男は何処にも居ない。 冷たい夜霧が視界を遮り、ルイは森のどの辺を歩いているかも解らなくて立ち止まる。 「どうして・・。 何でっ、この剣を棄てるのだっ!!? この様な稀代の名剣は、何処かを探せば出会える代物では無かろうに…」 自分は、どうしてもこの剣が欲しいのに。 あの黒づくめの男は、ゴミの様に剣を置いていった。 ルイは、絶望に似た思いで倒木の上に腰を降ろす。 夜露に濡れた肌が冷え、疲労感が重かった。 処が。 漸く此処で、ルイは気付く。 自分が目的を果たせずに居るのに、あの口煩い魔剣が何も言わない事に。 「おい。 お前の持ち主は、一体・・何処だ?」 剣に聞くのだが…。 何の返事も返って来ない。 「………、喋らない?」 そう確信したルイは、思わずパッと剣を持ち替えた。 水平に目の前に構え、その柄に右手を掛けた。 “アンタにくれてやる” 黒づくめの男が残した言葉が、再度心に響いた。 「あ・・、嗚呼っ」 今までどんなに力を込めても抜けなかった剣が、スルリと簡単に抜けた。 どうして抜けたのか、ルイには解らなかった。 ただ一つ思い付くとするなら、剣が喋らなく成った事と関係が在ると思えたのだ。 然し、そんな事よりも、念願の武器を手に入れたと思うルイ。 剣の刀身を眺め、その美しい光沢と刃に走る刃文を見て狂喜しそうに成る。 「恵みだ。 天からの恵みだこれは…」 あの黒づくめの男に、ルイは土下座しても足りぬ感謝を思う。 どう言い表して良いか解らぬ、感動だった。 だが・・、ルイは知らない。 あの男の別名には、“非道な悪魔”と云う一面も在った事を。 その事をルイは、一生知らぬままに終わる。 翌日の朝に街へと戻ったルイは、食客として二日だけ残った。 酒も女も辞退して、二日だけは本気で用心棒を勤めた。 深夜の見回り中に、別の場所で押し込み強盗を働いた集団を見掛け。 剣を持つ喜びを持って、その賊一味を捕まえた。 二日の働きを終えたルイは、捕まえた賊に対する報奨金を貰い受け。 そして、愛用の長剣を売り払い。 遂に魔剣だった“カタナ”を帯刀して、アジュ・ソナヤを離れてフラストマド大王国へと向かった。 その胸には、意気揚々とした前向きな気持ちすら在った。 だが・・。 フラストマド大王国の交易都市アハメイルに向かうまでに、2度もの襲撃を受けた。 何れも、独り身で在るルイの身ぐるみを狙われて・・だ。 (これはいかん。 もう俺も、チームに加わる頃合いだろうか) 襲ってきた賊は、何とか撃退したが。 魔剣が只の剣に変わった以上、ルイも身を寄せるチームを探す気に成った。 正直、身内の居ない今で、仕官の気力も失せている。 目標は、自分の前に現れた黒づくめの男の様に強く成りたいと願うのみに。 フラストマド大王国のアハメイルにて、チームに入る決心を斡旋所の主に告げたルイ。 キングと異名を取る彼がチームに加わりたいと云う話で、その後に酒場や斡旋所は沸騰した。 告げた初日は、入るチームを主に決めて貰おうと思い。 意志を告げた後は、そのまま宿に消えたルイ。 ルイが消えた後。 “キングをウチに紹介してくれないか?” “いやいや、仲介料払うからウチにしてくれ” と、斡旋所の主に頼み込むチーム有らば。 “おいおい、相手はあの残存奴だぞ? それ相応のチームじゃないと、見捨てられる。 実力の在るチームにした方がイイ” “つか、さ。 キングって、上級の依頼とかこなしたのか? ただ、下級のヤバそうな仕事(ヤマ)を回されてただけなんだろ? 最低限の解決しか出来ない奴に、其処までイイ評価を出来るか?” と、批判も出る。 酒場でも。 “俺は、キングとなんか組みたく無いね。 俺の親友が見捨てられて死んでるし” “何を云う。 あの腰の剣を見ろ。 あれは“カタナ”だ。 駆け出しのカスみたいな奴等じゃ、一生掛かったって持てないシロモノなんだぞ。 あんなカタナを持つ仲間が居るだけでも、安心が出来る” “ま、剣の腕は申し分ないんだ。 後は、束ねるリーダ-次第だろう。 あのキングがリーダーをせずに、加わるチームを自発的に言い出しただけでも成長だと思うね” などと、斡旋所や夜の酒場では、ルイについて話す冒険者の言葉は、好感や感心が多く。 炙れているチームの大半は、自分たちのチームにキングが来たらと語らった。 結局、二日後にルイは、あるチームに与する。 6人のチームで、フラストマド大王国の北側で結成し。 フラストマド大王国とスタムスト自治国を行き来しながら、じっくりと数年掛けて実力を積み重ねた堅実なチームで有る。 斡旋所の主の引き合わせにより会ったチームの名前は、“ジャジメント・レイリー”。 その意味は、審判の時に降り注ぐ聖なる斜光。 リーダーを務めるのは、40歳手前の女性魔術師だった。 挨拶を終えたルイに、ルイより半年先に入った若い自然魔法遣いの若者が。 「自分は駆け出しの身なんで、色々教えて下さい」 こう言われた。 〔ナディ〕と云う19歳の若者で、何とも笑顔の穏やかな青年だった。 (俺もチームの一員に成る以上は、人と真面目に付き合わねばな) 魔剣を得た事を、やっと自分の記憶として持ったルイ。 その操られて居た様な時の間に起こった様々な出来事は、ルイの今までの価値観を壊す出来事でも有った。 独りよがりでは、チームに溶け込めないと悟ったのだ。 だが、この三ヵ月後。 ルイは、ナディに見捨てられて非業の死を遂げる。 スタムスト自治国の西側。 魔の大地と国境を接する地域で、モンスターの群れに囲まれて喰い殺された。  その経緯は、こうである。 モンスターの討伐に向かったルイ達は、その数の多さに戻る事を余儀なくされた。 ダロダト平原には遠い地域ながら、緩衝地域と成る森にモンスターが多く入り込んでいた訳だが・・。 田舎町へと戻るチームが、長さは程ないなれど、高さの在る吊り橋を渡った時だ。 「早くっ、早く渡れっ!!」 戦士の大女が、怪我したリーダーの女性魔術師を担ぎながら、橋を渡った先で後の仲間に声を出した。 「まっ・待って・・」 橋を渡る最中である剣士の女性も、格闘家の小柄な中年男性も、全身に細かい傷を作って装備や衣服がボロボロだった。 額と腕に浅い傷を持つ大女の戦士は、森と国境を隔てる谷に掛けられた橋を渡ってきた仲間に。 「他はっ!?」 命辛々で逃げてきた剣士と格闘家の二人は、もう散り散りに成ったので解らないと…。 すると。 「皆さんっ、早く逃げてぇぇっ!!!!!! 飛行するモンスターが迫ってるわっ!!」 華奢な身体を必死に走らせる僧侶の女性が、もう足が縺れながらも橋を渡りながら走って来る。 大女の戦士は、既に止血だけしたものの、背中で意識を失っているリーダーを思い。 「クソッ、ナディとキングは待てないっ!!!」 と、決断を下して町へと動き出した。 「仕方無いよっ」 「そうだな・・、クソっ」 剣士の女性と格闘家の男性は、チームの実力を底上げした二人を待てない状況に、悔しそうにこう言い訳するしか無かった。 が。 僧侶の女性を逃がす為に、モンスターの群れの先頭を攻撃していたのが、ルイとナディだった。 “キング” と、仲間が異名で云うのに対し。 一人だけ。 “ルイさん” と、云うのがナディ。 ルイも、手は掛からなく物分りの良いナディへ、何かと世話をした。 チームの中でも、この二人は良い関係に在ると思えた。 処が。 「ナディ、逃げろっ。 俺が殿に成るっ!! 橋を渡れぇぇぇいっ!!!」 あのカタナを片手に肉食ガエルのモンスターなどを斬って倒すルイが、ナディと共に逃げる最後の仕度に掛かった。 もうルイ自身も、浅い傷を数ヶ所も抱えている。 過去にルイのした非道を知る者達が見たなら、 “キングも変わった” と、言っただろう。 嘗て、魔剣と関わる以前は、まっ先に仲間を見捨てていたルイが。 今では、身を呈して殿をしているのだから。 先に身を翻したナディは、もう息も荒い様子で。 「ルイさんっ、早く来て下さいよっ!」 と、走り出した。 森を少し走れば、直ぐに橋である。 ルイは、 “あの橋を渡れば、逃げ切れる” こう読んでいた。 斬れ味が鋭いカタナは、無理な力任せをしないルイの腕に馴染んでいた。 死んだモンスターの死体に、モンスターが集る。 ルイ達を追い掛けてくるモンスターは、まだ一部。 逃げ切れる自信がルイには有った。 ムササビのモンスターが飛び掛って来るのを、返り討ちにまっ二つと仕留め。 ウネウネと地面を這って来るワームの首周りを斬り飛ばしたルイの耳に。 「ルイさんっ、渡りましたぁーーーっ!!!!」 ナディの大声が来た。 (よしっ、逃げ切れるっ!) 転換期を経たルイは、仲間を思う気持ちを持ち始めていた。 自分から殿に為ることを厭わず。 その行動に躊躇も無かった。 だが、そんな彼に定められた運命は、非情だった。 森を走るルイは、全力で獣道を走った。 茂みの一角に枝が折れ、人が通った真新しい痕跡が見られる場所が在る。 其処を過ぎれば、橋へと通じる筈だったのだが…。 「ん゛っ?」 茂みを抜けた所で眼にしたのは、壊れて渡れない橋だった。 ロープ替わりの蔦が切られ、底を成す木の板が対岸の崖に垂れている。 「これはっ、モンス………」 モンスターの仕業と思った時、橋の対岸にナディが居た。 「ナ・・」 若者の名前を呼ぼうとした時、若者の顔が怒りに歪んでいるのが解った。 ルイを、谷を挟んだ向こうから睨むナディは、………叫んだ。 「ルイっ!! お前が5年前に見捨てたチームには、俺にとって唯一の肉親だった双子の姉さんが二人とも入ってたぁーーーーっ!!!!!!」 この言葉を聞いたルイは、自分の全ての時間が止まる静けさの音を聞いた気がした。 対岸に居るナディは、ありったけの声を上げて続ける。 「お前は・・、お前の腕程なら助けられた筈なのにっ。 姉さんを見捨てただろうっ!!? 幾ら性格が変わったってなぁぁ…、その罪は消えないぞっ!!! 此処で俺に見捨てられてっ、お前も死ねぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!」 胸中に隠してきた怒りの迸りを言葉にしたナディは、呆然と立ち尽くすルイの視界で逃げた。 岩場の溝に出来た山道に、走って消えるナディを見たルイは…。 「憎しみは・・消えない。 俺が、冒険者を一時憎んだ様に…」 と、呟いた。 どうしてだろう。 この剣を持つまでは、あれほどに他の冒険者が嫌いで。 自分をハメた冒険者を憎しみ抜いていたのに。 今のチームに入り、ナディや他の仲間に良くされて心の蟠りが溶けて消えていった。 そう思えるルイは、ナディの怒りが受け入れられる。 (俺の業が、憎しませた。 仲良くと偽っていたアイツの気持ちが、・・解る) 観念したルイの前に、大型のサルのモンスターが数匹迫った。 それから・・。 ルイは、断崖を背に闘い抜いた。 直に、左腕を喰いちぎられ、遂にはワームに腹を喰い破られた。 鎧も既に破られていたので、もはや最後である。 「うおおおおおーーーーっ!!!」 右手一本で、自分の腹に食いついたワームの首を斬り落したルイは、自分を取り巻くモンスターの前で跪いた。 口から、体内に溢れる血が咳で飛び出て、ルイの前面は血塗れに成った。 (ナ・ナディ…、仲間を頼む) 観念したルイだが、心残りはこの剣である。 刃こぼれはしたものの、此処で壊すには惜しい。 モンスターの一匹が、ルイに向かって飛び掛る仕草をする時。 カタナを鞘に納めたルイは、モンスターに襲われながらも谷へとカタナを落したのだった。 (・・た・・しか・に………) モンスターに喰いちぎられる時。 死ぬ前のルイの脳裏には、見捨てた冒険者の中に双子の女性が居た事を思い出した。 名前は良く覚えて居ないが。 大怪我をした僧侶と魔想魔術師の姉妹が、モンスターの迫る森の中で自分に助けを乞うた事を思い出した。 駆け出しの二人を加えたチームの全員を見捨てた記憶が蘇り、ナディの気持ちを察せたかどうか。 ルイの意識は、此処で終わる。 血飛沫を浴びながら、モンスターがルイの身体を奪い合う。 キングと異名を取った男は、こうして人生の最後を迎えた。 裏切りの連続で勝ち取った栄光は、たった一度の裏切りに負けた。 ルイの唯一残した剣は、数日後に下流域に面した町で拾われる。 只の剣と成ったカタナは、鍛冶屋が鍛え直した後。 スタムスト自治国の首都に売られ、大きな武器屋の店頭に並んでいた。   【四・悪魔と悪魔】 さて、ルイが亡くなったことはそれとして。 あの魔剣の中に封じられていた意志とは、何だったのか。 時を少し戻して、ルイとKが会ったあの日の夜。 魔剣をルイから受け取らなかった黒づくめの男Kは、一体あの夜をどうしていたのか。 黒づくめで、包帯を顔に巻いた男・・Kは、右手に悶え暴れる黒紫のエネルギーを持ったままに。 あの森の更に奥で、人が分け入る領域を越えた谷間に移動していた。 川が流れる音が、夜の闇に聴こえる。 木々が川沿いに生い茂り。 河原の砂利や岩が転がる場所も、酷い濃霧で星明かりすら期待できない暗さが篭っていた。 「さて。 此処いらでいいか」 Kは、河原に進み。 右手に持った黒ずむ紫のエネルギーを宙に投げた。 途端。 『ヌオオオオオオ・・』 急に膨れ上がる黒ずんだ紫のエネルギーは、モワモワと不気味な人の顔を形成したではないか。 Kは、そのエネルギーに向かって。 「レヴォー。 良くもノコノコと、俺の前に現れたモンだな」 人の顔の様に成ったエネルギーは、口に見える部分をモワモワと激しく動かし。 『ワワワ・我ハ、主デ在ルオマエノ下ニ、モ・モッ戻ル気ダッタダケダッ』 包帯の隙間から細めた眼を見せるKは、呆れた笑みで。 「おいおい、レヴォーよ。 お前、俺の力を知ってる筈だろう?」 『ウグッ・・』 「フン。 お前を握って、色々と見えたゼ」 不気味な顔を成したエネルギー体は、Kに云われてまるでたじろぐ様に揺れ動いた。 それでも、Kは続け。 「俺が、せっかく棄てたのになぁ。 亡霊を呼び寄せ、海底に沈んだ身を浮き上がらせたお前は、自分を見つけさせる為に亡霊を航海中の船に嗾けた」 『ソレ・・ハ…』 「お前の魂胆は、十二分に解ってる。 人を斬る事に躊躇をしない俺は、お前の失った力を取り戻すのに最高の持ち主だ。 俺の下に戻りたく、寄生虫みたいな事をし腐ってからによぉ」 Kは、ギラリとエネルギー体を睨んだ。 するとエネルギー体は、燃える炎が揺さぶられる様に揺らめいて震える。 「レヴォー。 お前は、その後に俺と嘗て関係が在った娘に見つけられ、買い取られた後も。 その下衆な力を遣い続けたみたいだなぁ~。 毎夜毎夜、お前を持つ女を夢に誘い、自分で慰めさせながら性的なエネルギーを得ていた。 娘の親がお前を遠くにやろうとしたら、売られた先の骨董品店のジサマに呪いを遣い、不幸を起こさせた。 挙句の果てには、あのさっきの剣士にとり憑き。 予言を遣って人を殺させた…」 『カッ・勘違イスルデナイッ!! アノ男ガ斬ッタノハッ、ドレモ悪人ダッ!!!』 今までルイに対しては、偉そうに命令口調で支配すらしていた素振りの声だったのに。 Kを前にしては、まるで怯えるしか出来ない様子の声だ。 すると。 此処でKが、スッと消える。 『オッ・・ハッ!』 エネルギー体は、Kが消えた事で驚いた。 が、直後に背後からKの爆発的な殺意を感じ、その口を更に激しく歪ませる。 エネルギー体の真後ろ、ピッタリの所に立つK。 「お前は、俺の力を知ってるだろう? そんな見え透いた言い訳は、止せ」 煙が裏返る様に、顔を成す方向をKの居る背後に変えたエネルギー体。 『アッ・主ヨッ!?』 怯える声で云うエネルギー体に向かって、Kは続きに移る。 「レヴォーよ。 無実の老人を殺させたな? お前、馬車が襲撃されるのを解れた筈だ。 然も、その老人を捜しに来た冒険者達と商人を死に追いやった。 いや、それだけじゃない」 Kが一歩一歩とエネルギー体に迫りながら云えば。 口に見える辺りをモワモワさせて、濃霧の中を下がるエネルギー体。 エネルギー体に踏み込むKは、更に見えた記憶を口にする。 「その宿屋で起きた強盗事件ってのも、お前は少し前の事前に悟れた。 ・・だが、俺の手に戻る前に、もっと強い力を欲して宿の従業員をイケニエにした訳だ。 お前を此処まで運んだ剣士が俺に殺された場合、剣士の事を少しでも知る者を消す為に…。 二重の理由から、お前は従業員が殺されるのを待ってた」 『ア・主ヨッ。 ソレッ・ソソソレハ、違ウ。 我ハ、海底カラ戻ルノニ、強クチカラヲ消耗シタ。 未来ヲ知ルチカラニモ、ニ・鈍リガ…』 「へぇ・・、お前の身体のエネルギーから、真新しい悲しみに包まれた霊体の意思を感じるぞ。 ホラ、聴こえる」 “剣なんか知らない…” “下女を買収したのかっ!?” Kがこう云うのに合せ。 エネルギー体が自分の身の縁を形成するユラギの部分に、不気味な瞳の様な紅い眼と思える物をギョロギョロと動かす。 霧とエネルギー体の境には、人の苦悩に揺らぐ顔の様な物が無数に見えていた。 Kは、いつの間にか左手を黄金の光に満たしながら。 「地獄で国を作れない三下魔貴族のお前だぞ。 人間の国に来て、その野望を成そうとしたが・・。 ヘッポコなヘマから俺に負けて。 挙句に剣に封じられて、隸に成る事で難を逃れたってのによぉ。 何度許されても、遣る事は同じってか?」 Kの左手に溢れる黄金のエネルギーに気付くエネルギー体は、その禍々しい力を湛える身を縮こませ。 『主ヨッ、私ヲ赦シタマエッ!!!!!!』 剣に乗り移っていたエネルギー体が、ちゃんと云えたかどうかは解らない。 差し出されたKの光る左手から発する黄金の波動が、エネルギー体を圧潰すかの様に広がった。 こうして、酷い濃霧の中に光っていた不気味なエネルギー体は、瞬時に消し飛ばされた。 真っ暗に成った宵闇の中で、エネルギー体の在った場を見るK。 「お前の我儘にも、もう飽きた。 あの剣士はどうなろうが、自業自得だが。 お前の始末は、生かした俺の責任だからな。 さらばだ、レヴォー」 こうして、Kの過去を知るものがまた一つ消えた。 - 完 -
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