秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第2幕

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       ≪そして、その島へ≫ それは、過去の経験が招いた悲劇か。 悪魔が彷徨える島に分け入りたくて、欲深いハンター達が冒険者のボルグを唆して自滅し。 その日から一夜が明けようとしていた。 冬の遅い朝、やっと東の空が白み始めるかどうか。 まだ、宿の中はおろか、外も夜の色合いを色濃く残している。 そんな中だ。 「うぅ・・、寒い」 小用に起きたアンディは、眠い眼を擦った。 寒さに震えると、尚更に近く感じる。 その時だ。 真っ暗な闇の中から…。 「だ・だれ・・か」 と、男の呻く声が…。 「え?」 アンディが耳を澄ませば。 「だぁ・・だ・誰か・・みいい・・・水」 それは、ウォードの声である。 「あっ、ウォードさんっ」 慌てて水差しを取ろうとしたアンディだが、真っ暗で視界が悪い。 もう出口のドアすらも慌てて探し出す様な感じで開き、そのままの勢いで廊下の転げ出す。 廊下に二・三箇所だけ掛かる弱い灯りのランプを手にして、また部屋に戻る。 「うううう・ウォードさんっ、大丈夫ですか?」 とにかく、彼の今の状態を確かめたかったアンディだが。 上半身を起こしたウォードは、薄着の長袖である下着姿の全身から湧き上がる様な湯気を出していた。 「はい、水です」 割れかけを焼き直した粗末な椀型コップに、水差しから水を注いで差し出したアンディだが。 朦朧とした様子の半眼で汗だくのウォードは、その差し出された水を飲み干し。 「足らん・・水差し・・くれい」 と、コップにしてニ十杯以上は在る重い水差しを要求する。 「え?」 薄着で寒いアンディだが、起きたウォードが求めるならしょうがない。 花瓶に近い水差しを両手で渡すと、ウォードはもう貪る様に水を煽った。 零れた水が下着やズボンに掛かるのだが。 もうウォードには、そんな事など気にして居られない程に渇いていた。 だが、アンディが驚いたのは、ウォードがその後に食事を要求した事だ。 オリヴェッティの持って来た差し入れが、冷え切っていたが残っていた。 ウォードは、それを残らず食べたのである。 (凄いなぁ。 はぁ~・・、アノ薬が効いたのかな?) 容態を聞くアンディに対し。 ウォードは、頭の傷の痛みも無く。 感覚的にボワンとしているが、気分は良いと云った。 そして、夜が完全に明けて。 この島に一箇所だけ在る酒場にて、飲食店を兼ねている店に一同が揃った。 「おい・・本当かよ」 「凄いな、ケイの薬は」 テラスに当たる店先にて。 オリヴェッティ達仲間とテーブルを囲むルヴィアとビハインツは、あの大怪我をしたウォードが、だ。 シッカリと重装備の鎧まで着た上で、何と此処まで一人で歩いて来た事に驚いていた。 彼の到着を見たオリヴェッティは、その怪我をする前の様な彼の姿を見て。 「では、今日はお願いします」 と、連れて行く事にした。 近くのテーブルに就いていたニュノニースやメルリーフは、この回復力に脱帽だった。 さて。 夜は、島に客が居れば酒場と成る店だが。 今は冷めざめしく鈍い朝陽が差し込んできていた。 灯りの灯って無い、やや薄暗い店内の一角にて。 円形の頑丈さだけが目立つ黒ずんだ木のテーブルを前に、不揃いの腰掛けに就いて食事をするKが居る。 肉を多く狙うリュリュを隣に、味の付いた肉をカリカリに焼いた塊の物をナイフで削ぎ切っていた。 彼を捜して近寄ったウォードが、 「貴殿の薬、しかと効きました。 助かった」 感服する様にそう言った。 手を動かして、彼を片目だけで見たKで。 「ま、動ける様にしただけだ。 激しく動いたり、頭に衝撃を受ければ・・簡単に傷口は直ぐに開く。 アンタの身体に出来る事にはいまだに制限が在るからよ、動ける事を過信するな。 オリヴェッティの命令には、何よりも絶対に従え。 仕事を遣りきりたいなら、責任を感じるなら、余計な心配を増やすな。 ・・それだけだ」 まだ若いと見えるKに、40絡みのウォードが云われる。 だが、ウォードは頭を垂れ。 「肝に命じる。 どうか、アンディ達仲間を助けてくれ」 仲間を死なせたくない、とKに頼んだウォードであり。 「・・昨日は突発的で、犠牲出したからなぁ。 もう、これ以上は要らんだろう」 と、返したK。 別の席に座っていたクラウザーは、ちゃんと立って歩くウォードを見て。 「ふむ、何とも薬と云うのも凄いですな。 たった一日で、歩ける様になるとは…」 すると、朝に弱いウォルターは、死人の様な顔で甘い紅茶だけを飲んでいるのだが。 「クラウザー殿、あの薬は劇薬・・。 つまりは、痛みを鈍らせ元気を錯覚させる麻薬の類だと思う」 聞いてハッとしたクラウザーは、直ぐにウォルターを見る。 「では・・薬が切れたら…」 「そう。 今日一日だけ、身体を保たせる為の応急処置でしょうな。 明日に成れば、その副作用でまた苦しむかも知れかと。 我儘の代償は、如何ほどかは知りませぬが。 多かれ、少なかれ、後からも来ましょうぞ」 「ん・・カラスめ。 それならば説明ぐらいすれば……」 「いやいや、致し方在るまい。 双方が望んだ事を、我が友が適えたに過ぎない。 薬を望んだオリヴェッティも、後で悔やむかも知れませんがな。 動く事を望んだ者も、頼んだ自分が悪い」 「フム」 だが、クラウザーはまた少し解釈が違い。 「ですが、後悔はしないのでは? 無理な望みが叶うなら、相応の代償も必要でしょうからの」 紅茶の入った無地のカップを手にするウォルターは、軽く首を捻ってから。 「ん・・まぁ、それもそうですな。 我々と、立場は同じですからな」 「はい」 老人2人は、流石に達観した視点で物事を捉えていた話し方だった。 そして、店から客となる人が消えて食事の風景が見えなくなる。 消えた人の姿は、船に移動していた。 薬師3名、道具屋の老婆、このン・バロソノに住む若者2名が、リステンバンドゥ島に行くのを希望した。 ガウ団長は、オリヴェッティに冒険者の全てを束ねさせ、島に渡る者達の安全を託す。 そして、出航した後に。 朝靄の立ち込めた海上でアンディを呼び出し、甲板へと連れて来た。 昨日の今日で、アンディは仲間を心配していた。 メルリーフが少しぎこちなく、ニュノニースが無口だ。 2人は、本日の採取すら中止でも構わないと思っているので、仕事に対する気の入り方が前向きでは無い。 「ケイさん、俺にお話ですか?」 朝陽でボンワリと明るい靄が掛かる海を見るKで。 「あぁ。 お前に、ちょっと話して置きたい事が在ってな」 ウォードに劇薬を飲ませたKが、今は少し怖く見えるアンディで。 「・・何ですか?」 「この数日、色々と島を巡ってみて解った事なんだがな。 お前の持っている地図は、色々と島の内容があべこべになってるみたいだぞ」 アンディは、背中の荷物に成っている地図を、手で背負い袋を触る事で思いながら。 「え?」 「地図では、世界の通例通り、“目の島”が一番大きいとされ。 然も、今日に行く島が二番目と成ってる。 だが、目の島の古代神殿の中で見た島の地図では、今日に行く島が一番大きく書かれていた」 「え゛っ? そんな・・、ウソだっ」 ギョッとして驚くアンディだが。 Kは、サラッとした口調のままに。 「それを見たのは、俺達の仲間全員だ。 だが、問題はまだ在る」 「なっ、何ですか?!!」 「昨日、俺だけが上陸した、悪魔等が居た島の地形・・。 海岸から見る他の島の見え方からして、どうやら遺跡で見た古い地図の一番大きい島の形と酷似している。 もしかしたら、今日に行く島より、昨日の島の方が大きいのかも知れない」 「ケイさん、何を言ってるのか僕には……」 アンディが酷く混乱し始めた顔をすると。 「アンディ。 お前、祈りの島については何か聞いた事が在るか?」 「“祈りの島”・・? それは・・、何ですか?」 アンディを見つめるKは、その驚くばかりの眼を見て。 「いや・・、知らないならいい」 と、話を切る。 これには、アンディの方が気に入らない。 「ケイさんっ、そんな中途半端なっ」 だが、Kも完璧な確証が在って言っている訳でも無い。 だから、船の行く先を見ながら。 「アンディ。 全ては、これから島に行って調べるんだ。 今、此処で何を話しても始まらない。 俺は、憶測を少し確かなものに出来ればと聞いてみただけだ」 「………」 黙ったアンディからは、口にしない非難が聴こえそうだった。 Kは、在りのままに彼を促して。 「お前も、その眼で確かめるといい。 在るのか、無いのか」 Kの言葉にアンディは唇を噛んだ。 在る意味、一族で島の情報を管理して、その有無の解らない財宝の事を探していた。 オリヴェッティの一族とは別に、アンディの一族も島に眠る何かを捜し求めていたのだ。 Kの訪れで、それが俄かに手の届く間近へと近付いた様な感じがして、興奮せざる得ない。 アンディは、捜す決意を強く固めた。 朝の陽が、斜めに見上げる程に上がった頃。 靄が晴れ、問題の島に着いた。 岸壁の中に出来た大きな空洞の中に、円形の立派な船着場が在った。 其処に入って船付きした大型船であり、渡し板が掛けられ皆が空洞内へと降りる。 岸壁の縁の一部に、出入り口として使われる切れ目が在り。 其処から島に出た一同。 海岸沿いの地形や太陽の差し込む角度を確かめたクラウザーで。 「此処からの見た目は、全く違う雰囲気だな」 と。 流石に、長年に亘って世界を航海する船長であったクラウザーは、一度見た地図を忘れない。 地形とその特有な形、太陽や風や波の方角から見える他所の島、様々な情報から島の大体の形を把握する事が出来る。 アンディの地図の同じ場所を照らし合わせても、大まかに誤差を考慮してもかなり大きく食い違うと思う。 だが、採取の目的で先ずは島に入ると・・。 アンディに、オリヴェッティとクラウザーが立って先頭と成り、島を巡り始めた。 今回の調査は、大切な目的として採取を優先する為に、調査と採取にはガウ団長も加わる。 去年に、今まで数年ばかり病人が殆ど出なかった流行り病が突然に猛威をふるい、その為に薬の材料が魔法学院自治領内でも枯渇した。 ガウ団長の肩書きの意味合いには、こうした場合の街の緊急時に政府側の者として施しをする一面も在り。 特に流通面では大都市との物流がやや孤立化したノズルドの街で住民を守る為には、無償で何かをする事も必要らしい。 「自治政府の一部が使わす特任の長とは、半分が民を考えぬ者だからの。 街に根を下ろす我々がしなければ成らんのだ」 島へ入ると自ら汗を流して採取をするガウ団長の愚痴である。 Kは、その採取を手伝いながら。 「だが、船には部下が居るンだろ? 人手が要るなら下に遣らせればイイだろうに」 すると、意外にもガウは手を休めず。 「フン。 〘限定派遣〙などと云う名目で数年だけの派遣で来る輩は、自治領の抱える魔力水晶船の運転士としての魔法使い達だぞ? 船を動かす事には名誉と喜んでも、こんな泥臭い事等はしたくもない奴等だ。 遣らせても身が入らない分だけ、返ってタチが悪い。 薬草と見間違いられて、毒でも持って来られては敵わん」 「なぁ~るほど。 それは確かに言えてらぁな」 ガウ団長の性格を知ると、アンディ達と面識が深いのも頷けて来る。 彼はこの地に根を張って生きる住民と変わらないのだ。 こんな遣り取りが在る一方で。 「確かに、カラスの云う通りだ。 此処は、地図とは違う」 と、森の中で言うクラウザーだ。 四方を密林の様な木々に囲まれ、採取をしながらの遅い行軍と成る中。 アンディは、地図通りに採取の適切なポイントを巡っている。 「お爺さん、ちゃんと地図通りだよ」 と、地図を差し出すのだが。 「いやいや。 本当にその地図通りなら、もうこの辺は山から下る丘の下。 今の日差しの頃合いなら、日陰に成る筈じゃぞ? 東から木漏れ日すら来るのだから、それを踏まえて考えるに・・その地図の山は、実際にはもっと低い」 アンディは、歩数で等高を現す山に書き込まれた細かい数字を見て。 「調べもしないで、どうして解るのさ」 と、不満を現す。 然し、船員や船長として長年に生き、“海の兵”と云われたクラウザーだ。 時には嵐で漂流し、地図の無い島へと何度も上陸したし。 また時には、海賊やモンスターに追われて航路から外れ、遭難した事も多々在る。 未開の島の歩き方などアンディに云われるまでも無い、玄人の中の玄人なのである。 歩く地面の平らさや、来るまでの太陽や景色からの高低差を考えても、その地図の山にそれほどの高さが無いのを確信していた。 その答えは、所々で明らかに成ってゆく。 だが、アンディの云う通りな事も在る。 それは、モンスターの存在だ。 海鳥の様に空で舞いながら、肉食の大型雀が此方を見てくる森の中。 時折、大型のワームに襲われたり、待ち伏せ型のスライムに襲われたりする。 誰かが死んだり、傷付いては、襲う機会を見計らうモンスターの鳥であるが。 Kが出張るまでもなく、脅威は各個撃破された。 島民などの守りに入るウォードが居る為、アンディやニュノニースが奮闘するのは当たり前の事かも知れないが。 オリヴェッティやウォルターが冷静に指示を出し、至近武器を扱うビハインツやルヴィアが協力する。 Kに依存する気配も無く、皆がしっかりと集中していた。 さて、採取は泉の有る岩場や湿地へと。 苔や茸などの群生地で在り、滝の在る場所でも在る。 それらは全て地図に書かれた場所に在るのだが。 その真逆に不思議な点も見つかった。 海岸までかなりの距離が在ると思われていた場所が、実は思った以上に近かったり。 それだけならまだしも、地図の細部に拘って採取の移動ルートを外れて行けば、地図と海岸線が随分と食い違っているのが解る。 昼を回る頃。 岩肌が露出し、垂直に切立つ岩山の肌を水が撫で落ちる滝の周りで休憩をした一同。 一般の者を守るのは、アンディの仲間とルヴィアやビハインツ。 一番森に近い場所には、Kがどっかりと座っている。 間近を水が森へと流れ落ちるというのに、風で飛沫が来ない場所を絶妙に選んでいる。 アンディは、地図を広げながらKに近付いた。 「ケイさん。 何時から、この地図が間違っている事に気が付いたんですか?」 すると、Kは地図を見ずして。 「先に言えるのは、その地図の採取ルートは間違ってはいない。 それは、なるべく安全に採取ルートを回れる経路を描いたものだ。 何処でどう変わったか、意図的かどうかは別にして地図らしくしたんだろう」 「地図・・らしく?」 反芻したアンディへ、乾燥させたパンを齧るKは、 「地図を見るに・・だ。 我々は、広い島の右側半分しか動いてない。 ・・・、この岩山の反対側には、どうして行かないのか……」 と、齧りながらも疑問を呈す。 地図だと、岩山の向こうは直ぐに海岸で、其処には何も無いと見て解る。 アンディは、行く必要が無いと思うから。 「それは、直ぐに海だから…」 そう言ったアンディを、寒い青空の下で見返すKで。 「お前、まだその地図の全てを信じるのか?」 「あ・・・」 アンディは、この地図が部分的に偽物と解ったので何も云えなくなった。 此処で、遠くに居たクラウザーが。 「カラス、そろそろ種明かしをしてやれ。 見るまで教えないつもりかぁっ?」 と、声を掛けて来る。 パンを食べきったKは、手を払いながら。 「・・うるせぇジジィだぜ。 ・・解ってンなら・・自分で言えよ」 と、噛む邪魔だとばかりにいう。 Kに近場に居るリュリュは、風の力で水を巻き上げ遊んでいたのだが。 クラウザーの言葉に興味を引かれて。 「あっ、ケイさん何か隠してるぅ? ずるいっ、ずるいお~」 と、濡れた手でKに近付いて来る。 「おい、お前・・その手で来るな。 って、俺のコートで拭くんじゃ無ぇっ。 バカっ・・、バカっ、寒いだろうがよっ!!」 Kとリュリュの絡みを前にして、アンディは何が何だか。 リュリュを黙らせたKは、立っているアンディに。 「その地図の一番真ん中に書かれた採取場所は、一番左側のポイントに成るはずだ。 其処を軸に、その地図を折り重ねてみろ」 アンディは、直ぐにそれを実行する。 すると・・、地図らしく見えた島の地形が、ピッタリと重なったではないか。 「あ・・、同じ」 「その重なった岩山の向こうの海岸線が、本当の右側の海岸線なんだ。 つまり、岩山の向こう側。 そして、地図で重ならない北東部の島は、その地図でも分からない未開に近い場所って訳だ。 お前の祖父さんが死んだ場所は、その地図で言うなら折り返しの一番の密林に成る場所だろ?」 「はい・・、そうです」 折り合わせた地図に釘付けとなったアンディは、折り重ねるとその場所に岩山が重なるのが怖くなった。 「ケイさん・・、この岩山が重なる場所って…。 何か、意味が在るんでしょうか」 片目を少し大きく開いたKは、岩山を指差すと。 「“目の島”で教えた筈だ。 海旅族は、神殿の中枢を地中に作る事が在ると。 地図を折り重ねて山が逆さに成る。 そんな意味合いを自然の現象に照らし合わせて考えてみろ。 何が在ると、そう思える?」 電流に身体を撃たれた様に、アンディはKの言葉を受け止めた。 「山が・・逆さに。 突起したものの・・反対・・・・。 あっ! 穴、どう・・くつ」 Kは、もう間近にその場所が在るので。 「確かめるのは、夕方か・・明日だろうが。 現場は、直ぐ其処だ。 どうだ? 知りたいなら、一緒に調査に来るか?」 「行くっ、行くに決まってるよ!」 がむしゃらになるアンディだが、Kは森を眺めて。 「それならば、とにかく今は薬師や道具屋の安全は確保し、採取をしなければ成らないのが先だ。 本日に続けて調査をするならば、船に彼等を戻した後、守りに誰かは置かなくては成らない。 どうしても来たいならば、今の内に仲間内で話し合うんだな」 アンディは、もう眼が虚空を彷徨う様にメルリーフ達の方に向いた。 死んだ祖父の気付いたものは何だったのか。 どうしてもこの眼で確かめたいからだ。 Kは、採取を続ける様にガウ団長に打診する事にした。 これから船へ引き返しながら道を変え、もう一度、同じく採取する事で量を増やす事に重点を置くのだ。 然し、流石のKも、突発的で人の巻き起こす事故を予測するなど無理である。 それで………。 採取の道を外れて、藪の奥の奥まで採取しながら戻る午後。 苔やらシダと云った変わった草を探して戻る中。 「おい、その辺は乗るな。 其処は、底なし沼だ」 葉っぱが積もり、小さく歪な円状に木々が生えない薮の中の1部を指差すK。 「ホントだか」 疑った道具屋の老婆が、落ちている枯れ木の枝を差し込んで見れば…。 「ほう。 ホントに泥だ」 薬師の中年男性は、枯葉の下に泥が在るのを確認して驚く。 「良く解りますね?」 Kへ言ったダークエルフのニュノニースは、精霊のオーラで水気でも感知する事が出来れば別だが。 魔法も扱えないKが何で解るのか、それが不思議だ。 だが、問われたKは面倒臭そうに。 「あ? そんなものは臭いで解るだろう? 水と泥の臭いがしてる。 枯葉が地面に乗る様や、積もり方や腐り方見ても、周りと此処だけ違うだろうがよ」 云われた直後。 その地面と泥の境に腰を屈め、ニュノニースは何度も臭いを嗅いだり、手で触ってみたりするのだが。 (言われてみれば・・そうかも。 でも、瞬時に解る方法なのかしら…) と、疑問に思う。 島には慣れている自分でも、そうは直ぐに解らない。 この場所を離れた直後。 人の倍・・か、もう少し高い木々が生える森に踏み込んだ。 Kは、木が抜けた様な“くぼ地”は、待ち伏せるモンスターが居ると警告。 そうなれば、此処では採取もしないので、木々から離れて草むらの獣道を行くのが当然だろう、と。  Kの話を聞いたオリヴェッティは、そう指示として皆に出すのだが。 ビハインツは、間近にリュリュが居た事も在って気が緩んだ。 「ビハツ~兄ちゃん、こっちぃ~」 リュリュが云うのに、 「あ、ん」 と、云いながらも。 (ホントにモンスターが居るのか?) 改めて確かめて見たくなり、間近のくぼ地に近付いた。 彼とて、Kを信用していない訳ではなく。 また、くぼ地に踏み込むまではするつもりは無かった。 寧ろ、モンスターの存在を知りたい好奇心で近付いたのだ。 だが、対するモンスターの方はそんな事はどうでもいい。 いや、繁殖するモンスターは、その性格の部分的に野性動物の様な一面も在る。 その穴に隠れていたモンスターは丁度、卵を抱えたモンスターだった。 獲物を狙う範囲より少し外れた所でも、何かが近付けば警戒して襲い掛かるのは仕方が無い訳で…。 近付いたビハインツの目の前で、パッと枯葉が舞い上がった。 平たい口に鋭い歯を持つサソリムシの大型モンスターが現れた。 「うぉわぁっ!!!」 ビハインツも驚き、思わずブレードアクスを構える。 「わわっ、何で近付くのさっ」 慌ててリュリュがビハインツに走る時、クラウザーもモンスターを見て。 「何をしておるっ!! 早く下がれっ」 処がこのモンスターは、直接ビハインツに襲い掛かる事はしなかった。 が、“追い払おう”と云う意味で、黄色いドロっとした液体を吐き飛ばす。 「ぐわぁっ!!!!!!」 下がろうとしていたビハインツの右足に、その黄色い液体が飛沫して掛かる。 「あわわわっ、不味いお~っ!!」 リュリュが慌てて近寄り、その場に崩れたビハインツの右足の具足に掛かった液体を風で吹き飛ばすのだが。 「ん? あ、いっ、い・痛ぇぇぇーーーーーっ!!!! あぐぅ・・、熱いっ!!!!、 やけ・・や・焼けるぅぅぅぅっ!!!!」 と、ビハインツがのた打ち回り出した。 「大丈夫かっ?!」 「ちょっとっ」 「どうしたのですかっ」 慌てて更に、ルヴィア、ニュノニース、オリヴェッティが駆け寄って来る。 リュリュが魔法を遣おうとすれば、モンスターは巣穴に逃げ込んだ。 この時、Kは何をしていたかと云うと…。 警告を言ってから、岩山の断片に珍しい草を見つけていたので。 この騒ぎの直前に、 「アレ、採るか?」 と、ガウ団長や薬師と話し合って居た処。 ビハインツの悲鳴を彼が聞いたのは、崖に上る最中である。 「あ? 何してやがるよ」 聴こえ方で、緊迫せざる得ない様子と解ったK。 仕方なく、命綱も無しに上るままに花ごと草を採った彼は、とても飛び降りれる高さでは無い高さを降りたのだ。 「ひぇ~・・」 怪我も無く降りて来たKを見て、驚く老婆は目を見張る。 「ホラ。 仲良く分けろ」 と、薬師に草を託したKは、騒ぎの起こる方に戻った。 「痛いっ! いっ、痛いっ!!!! 死ぬっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!」 凄い声を出して、痛みに喘ぐビハインツ。 草むらまで彼を引き摺り離したリュリュが、 「あ〜これって毒か酸だよ。 どーしよう、此処じゃ・・水が無いよぉ」 と、口走る。 「あ・水なら」 と、魔法で何とかしようとするオリヴェッティに。 「おい、何をしてる」 と、Kが遣って来る。 Kは、溶けるビハインツの具足部分を見て。 「バカが。 不用意にモ ンスターに近付くからだ」 と、短剣を引き抜き。 ビハインツの足に傷も付けぬ手際で、金属の具足部分を切り離す。 全身鎧のスーツ・メイルは、膝の作りはかなり頑丈で。 繋ぎ目も普通の金属具足より少ないだけ、ビハインツの足は皮膚が爛れるだけで済んでいた。 「水っ、魔法で水を・・」 と、杖を構えるオリヴェッティ。 自分の飲み水を媒体に使おうとするのだが。 「待て」 と、Kが。 皮膚だけでもドロドロに溶ける様子に、ルヴィアやニュノニースは見るのも堪えきれないと口を抑えて離れる。 「ケイさんっ、患部を洗わないと・・」 「解ってる」 Kは、臭いを嗅いで、近くの地面に残る黄色い液体を見てから。 「洗うなら海水だな。 塩と反応して中和される酸だ。 洗うなら、海水にしろ」 「え?」 クラウザーやオリヴェッティの驚きが、一つに成る。 クラウザーは、酷い患部を見て。 「おい、カラス。 この酷い部分を、あの海水でかぁ?」 ウォルターも、それは惨い事に成ると。 「フム。 傷口に塩を塗る・・だな」 だが、彼を背負うKは、近場の海沿いに行って本当に海水に晒す。 「うぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!!!!」 ビハインツの絶命の様な悲鳴が上がったのは、言うまでも無い。 気絶した彼を背負うKは、短く。 「自分が悪い。 治療はしてやる、在り難く思え」 その一部始終を間近で見るリュリュは、ブルブルと震えて。 「ケイさぁ~ん、怖いよぉ~」 此処で半眼になるKは、リュリュを脇目にしてニタリと口元を歪め。 「お前が怪我した時は、ど~してやろうかなぁ」 「ひぃ~っ!」 脅えて頬を両手で押さえるリュリュが、オリヴェッティには酷く可愛く見えた。 抱き締めたくなるのをジッと堪える…。 (ダメ、ダメよ、私……。 嗚呼、でも可愛いわ) 気絶した彼の応急処置をして、採取はしながらに船に戻った一行。 船に乗り込んだKは、ビハインツの怪我の本格的な治療処置をする事に。 この間。 オリヴェッティは、冒険者の皆を船内の板の間に集めた。 もう夕方なので、弱められた明かりのランプが壁に掛けられた。 ビハインツとKを抜いた一同を集めたオリヴェッティは、 「皆さん。 これから、少し予定を変更します。 良く聞いて下さい」 と、手始めに云う。 ガウ団長は、オリヴェッティに予定の変更を申し出た。 それを伝える為に、彼女は此処に皆を集めたのだ。 「これからこの船は、拠点のン・バロソノに戻ります」 この一声に、アンディは愕然とした顔をする。 「そんなっ」 オリヴェッティは、彼を手で抑えさせてから。 「一度戻り、薬師さんや怪我人を置いて来ます。 予定を一日延ばし、明日にもう一度この島に来ます」 アンディは、この島に何が在るのかをどうしても知りたい。 だから、島から離れる事が怖くて。 「本当に戻って来るの? 僕は、一緒に行きたい!」 そんな必死な訴えをする彼を見るのは、心配そうなニュノニースとメルリーフ。 島の事には過敏な反応をするアンディだったが、今日はちょっと異常に思える。 先程も、どうしても島の調査に加わりたいからと、見張りを押し付けんばかりの態度で云ってきた。 「そうか・・。 なら、明日は行きたい者だけで良いと思う」 と、云うクラウザーであり。 「はい、私もそう思います。 明日は、自分の意思で船に乗るかどうかを決めて下さい。 私と、ケイさんと、リュリュ君は確定です」 と、云うオリヴェッティ。 此処に居無いリュリュは、Kがビハインツを苛めないか心配ならしい。 此処まで一緒に来たルヴィアは、眉を顰め。 「私は、仲間でも除け者か?」 Kへ、ビハインツの扱いに文句を云った1人でもあるルヴィア。 彼女を見たオリヴェッティは、 「不満や意思は聞きません。 乗るか、どうかだけです。 因みに、明日はガウ団長も同行すると云う事です。 皆さん、それぞれに決めてください」 これを聴いたアンディは、大いに安心した顔をして。 「解った。 乗るっ、僕は乗る!」 と、云う。 もう、アンディの頭には、仕事としての調査が浮かんでいない。 また、どうもこの時を待っていた様な感じもした。 話し合いにて少し身体を揺らしているウォード。 誰の眼から見てもフラフラしていると見えた。 「自分は、明日は遠慮しよう。 住民を守る為に引き受けたのだ・・・。 これには、守るべき者は居無い。 仕事の領域ではないから、遠慮する」 と、云う。 だが、実は・・もう、Kの飲ませた薬が切れ始めているウォードは、疲労感が尋常では無い速度で全身に圧し掛かり始めている。 気持ちで、何とか立っているだけだ。 仲間に死人まで出したメルリーフやニュノニースは、彼と同じ思いだ。 だが、簡単に行かない部分も在る。 “行きたく無い。 でも、アンディが心配” 実に、これである。 閉鎖的な街で育ったにしては、誰とでも打ち解ける方のアンディ。 迫害や色眼鏡でしか見られないニュノニースに、亜種人としての容姿を悪く言われて来たメルリーフにすると、彼は長年の付き合いが有る大切な仲間だ。 1人で行かせて、何か在ったら困る。 アンディの祖父も含めて、この一族は島で命を落としてきた。 一族の女性は、島に入らせないと決めても居たので、アンディまで血が絶えずに続いて来たが。 在る意味、島と一緒に呪われた一族の様な過去が在る。 ニュノニースも、メルリーフも、それが一番の心配だった。 採取できた草の量と種類が豊富で、早く安全な陸地に引き上げたい薬師や老婆の意向も在り。 夕方にこの島を離れた船。 色々な事から予定が二転三転したこの採取・調査だが。 明日で全てが終わるのだろうか。 解散した瞬間、居ても立っても居られないアンディは、吸い寄せられる様に甲板にへと飛び出す。 「・・戻って来る。 明日に・・戻って来る」 島を見て、強い決意を口にした。 一方で、各々は各自に散った。 外通路に出たメルリーフとニュノニースは、夕日の見える場所で手摺に並ぶ。 「ニース、アンタはどうするの? 明日、行く?」 「・・メルさんは、行けますか?」 作り笑いの顔ながら、表情の細部に不安げなものを見せる2人である。 黒い肌をしたニュノニースの肌は、夕方の闇に瑞々しい柔かさを窺わせる。 間も無く夜に入る頃合いから、ダークエルフの肌は綺麗に見える。 心配そうな様子のニュノニースは、物憂げで女性として魅力が更に増していた。 この彼女に、何人の男が大金を出そうと云ったか。 それを蹴散らしてきたのは彼女1人では無く。 仲間のメルリーフやアンディも一緒。 ニュノニースは、アンディが本心から好きで、明日は一緒に行こうと思っている。 一方。 思い返すと、随分と長くアンディとは一緒に居たと思うメルリーフで。 「どうかな。 アイツが自分で行きたいのなら、アタシは残ろうかな。 ウォードじゃないが、仕事じゃないし…」 そんなメルリーフを見るニュノニースは、少し淋しい顔をして。 「それじゃ、明日は別々ですね。 何か見つけたら、メルさんの分も持ってきます」 「ふっ。 なら、宝石でも見つけて来ておくれ」 こう云ったメルリーフだが、内心は違っていた。 (何だろう・・、嗚呼。 この胸騒ぎは、不安だ。 明日は、何かとてつもなく嫌な事が起こりそうな……) 嫌な、感じだった。        ≪再びの、島へ≫ 次の日は、運命として考えるならば、最後の一日と云っても良かった。 天候と云う意味でも、魔力水晶のエネルギーを考慮しても、ガウ団長の遠征活動や中断する普段の仕事の事を考えても、自由を許される一日は、今日しか無かった。 朝、冷える空気で海上も澄み渡っている。 紅い朝陽が東方に見えているが、その眩しさは雲に半分隠れていた。 早々と誰よりも早く船に乗り込んだのは、他でもないアンディである。 絶対に島へ行くと云う様子が窺え、魔力水晶船を動かす魔法遣い達は、その姿を呆れた目で見ていた。 ま、彼やその一族もまた、オリヴェッティの一族の様に陰では偏屈な一族として陰口も叩かれていた。 自治領政府から派遣された魔法遣いからすれば、田舎の変わり者と見られているのだろう。 さて、アンディより遅れること少しして。 「ニース、ウォードはもう駄目だ」 「ですね。 明日は、誰かが背負わないといけない」 メルリーフとニュノニースが並んで船着場へ来る。 話に出たウォードだが、もう昏睡状態で揺すっても叩いても起きない。 Kに聴けば、二・三日は起きないだろうと・・。 昏睡の理由は、極度に襲う疲労と、無理をした全身の痛みであるとか。 頭部を殴られて安静にしなければ成らない身体を強引に使った代償は、こうも酷いものならしい。 今日は、薬師の方々が看てくれるそうだが、最悪の場合はそのまま死んでしまう事も在りうると云う。 メルリーフは、ボルグが死んで後の今、ウォードの大変な様子に、正直な気持ちで島の調査などはどうでもいい。 だが、戻って横になったウォードからアンディを頼まれた。 “あやつの祖父までは、島で代々が死んでいる。 今のアンディの様子は、ちと異常だ・・。 メルリーフよ。 俺の、か・代わりに、アイツに・・付いて行ってくれ。 ぎ・ぎ・犠牲は、ボルグの馬鹿一人でっ、十分だ…” 何だかんだ。 アンディやニュノニースに冒険者の一通りを教えた者の1人がウォードで在り。 同じ様なメルリーフだから仲間意識も強いし。 打ち解け易く、頼る・頼られるを繰り返した仲で在る。 今までに無い拘りを見せたアンディに、一種の危機感を持ったのだろう。 意識朦朧としながらも、ニュノニースとメルリーフに、アンディが暴走しないようにと頼んだのだ。 代わって。 最後の1日を島に残る僧侶や薬師達の世話になるのは、ウォードとビハインツなのだが。 ガタいが大きく屈強そうに見えるビハインツだが、流石に皮膚が溶ける痛みには弱い。 前夜から見て、世話をしたりするルヴィアやクラウザーが呆れる程に痛がった。 ま、痛み止めが効きにくい酸の毒で、激痛を伴うのは当然なのだが。 Kに、海水へ脚を入れられた事を女々しく怒って泣いていたのが、周りからすると子供としか思えなかった。 動けないビハインツを外した一同に、アンディ、メルリーフ、ニュノニースが加わり。 島に上陸する際は、ガウ団長も加わる。 モンスターと戦う気持ちの無い魔法遣いなどは、島に行く事にすら反対なのだが。 団長自ら調査命令を発した以上、船を動かして行くぐらいはしなければ成らない彼等だった。 さて、ン・バロソノを出港して。 だいぶに朝陽が高く上がれば、雲も見える空と、青く穏やかな海の先に島が見えた。 前日と同じく、岸壁に空いた洞窟に入った船で。 島に下りたガウ団長は、Kに云った。 「さて。 此処は何が在るか、我々が守っているモノの重要性を教えて貰おう」 するとKも、言ったガウ団長に。 「解ってるさ・・。 アンタが心配する本命が、此処に在ったらお慰みだがな」 云われたガウ団長は、その顔を困惑と苦悩で歪めた。 「?」 離れた場所で見ているアンディは、 「ニース、どうゆう意味だろう?」 と、並ぶニュノニースに問う。 「さぁ。 でも、何か・・ガウさん、ボルグさんの死んだあの時からおかしいよ」 「うん、僕もそう思う」 其処に、装備品を背負ったメルリーフが来て。 「ホラ、島の方に行くよ」 と、2人を促す。 遂に、遂に、諸島での最後になると思われる調査が始まった。 然し、この曇りがちの日は、昨日の様な楽な散策とは行かなかった。 「わっ、アレは爺ちゃんを殺したモンスターだっ!!」 森と崖の中を行く獣道。 地面の剥き出した場所を行く一行の中で、先頭に着くアンディが驚きの声を出した。 前日に倒したモンスターの死骸を狙い、人の三倍は大きく黒い大型蜥蜴と、汚い灰色と焦げ茶色の大型鳥類のモンスターが飛来していた。 森を闊歩する蜥蜴のモンスターは、《ヴァニングドラン》と云い。 その体内で沸騰する体液を吐く事で山火事を起こす処から、“火事蜥蜴”とも渾名される。 一方。 バッサバッサと羽音を出す大型の鳥モンスターは、頭部が剣の様な嘴でしかなく。 突進して突き殺すことから、《チャージズハガン》と云う名前をしている。 木の上で、雀の小型モンスターを突き殺して居場所を確保するチャージズバガンと、枯葉の積もった森の下を徘徊するヴァニングドラン。 ビハインツの片足を怪我させた虫のモンスターと、雀のモンスターの残骸が食い散らされた様に残る。 Kは、先頭を行くオリヴェッティとアンディに事を委ねる。 オリヴェッティは、本日こそ全力で臨む気合いを示す。 「皆さん、此処は戦わずして切り抜けられません。 魔法で先制を仕掛けますから、武器を持った皆さんはその後に」 早くもサーベルを抜いたクラウザーは、Kに近寄り。 「向こうも数が居るが、勝てそうか?」 腕組みして動かないKは、前に出たオリヴェッティとガウ団長とウォルターを見ている。 「あの3人の魔法の選び方・・、それで全てが左右されるな」 「選び方?」 「ホラ、見てろ」 顎を遣ったKの言葉に合わせ、クラウザーはその方を見た。 「魔想魔術で、上を。 下は、私が」 オリヴェッティがそう声掛けすると。 「うむ」 と、云うウォルターは、同じ魔想魔術師のガウ団長に。 「では、広範囲に飛礫の魔法を撃ちましょうかの。 翼を傷付ければ、後が楽だ」 ウォルターの実力を見て来ているガウ団長は、それに逆らわず。 「了解した。 では、飛ばれる前に、先に仕掛けましょう」 魔想魔術師の2人が魔法の詠唱に入れば、オリヴェッティは杖を伸ばして大地に突き刺す。 クラウザーは、前に見た地割れの魔法と見て。 「おいおい、また無茶をするのかの?」 だが、Kは見ていて。 「どうだかな。 これから先を考えると使えないだろう。 魔力の制御も出来てるし、魔力の抑揚も安定してる。 違う魔法だろうな」 Kの云う事は、そのまま現実に成った。 広範囲に飛礫の魔法を放ったウォルターとガウ団長で、森の一部に集まって煩いチャージズバガンは、略全て魔法に襲われた。 この2人、魔想魔術師として実力が高い。 2人して同じ魔法を遣っても、お互いに実力が伯仲したものだ。 その魔法の音に、傷付いて地面に堕ちるチャージズハガンに反応して、オリヴェッティ達に気付いたヴァニングドランだが。 大地から岩の尖った針を突き出すオリヴェッティの魔法に次々と刺されてひっくり返される。 刺されて絶命するものは少ないが、明らかに負傷してひっくり返るモンスターは、不意打ちの対象だ。 「腹は柔かい。 元に戻る前にやっちまえ」 と、云うKの言葉が遅いほど、直ぐに反応して飛び出して行くクラウザーやニュノニース。 拳に刃の付いた“クロウ”と云う武器を装備したメルリーフは、誰よりも多くモンスターを倒した。 カタが付いた処で。 「そのまま進むぞ。 どうやら、昨日ほど楽な道じゃ無さそうだ」 と、Kが云う。 この話に、魔法を遣う者は、確かに今日の島の雰囲気が違っているのに気付いた。 アンディは、Kへ。 「これが普通なんだ。 昨日は、妙に静か過ぎたよ」 と。 後ろで殿をするKは、それもそうだろうと。 「だろうなぁ。 モンスターの蔓延る領域だからな」 だが、それからは、ヴァニングドランと度々に戦う事に成る。 何度か戦った後、アンディの祖父が死んだ密林までもう少しと云う所で。 「ふむ、これは大変だ」 既に15匹は斬り伏せたクラウザーが、歳相応の顔をして呟く。 曇りの多い空を見上げたKは、 「なぁ~る、そうゆう事か」 と、独り言を言った。 何を聞いても興味が有るリュリュが、Kに。 「なんか、昨日と違ってクサイね」 Kも。 「あぁ。 この島の北側には、どうやら火山の噴火口か、その溶岩が噴出す亀裂が在るんだろう。 今日は、その煙の臭いが強い。 道理で、この火山地帯にしか居無いトカゲさんが、こうもウヨウヨしてる訳だわな」 ウォルターは、噴火の兆しが在るのかと思い。 「友よ。 噴火等は大丈夫か?」 「噴火はしないさ。 ただ、何らかの大地の営みが有るんだろう。 現場を見ないと何とも言えないが、空に掛かる黒い雲の正体は、その活動から出る煙かも知れないな。 空に靄が掛かったみたいだ」 気候的に寒いのだが、動き回ったり、集中して汗を掻く皆。 動いて居無いKとリュリュだが、風の流れが奇妙な事に気付いていた。 前日に、休憩をした滝が岩の丘から流れ落ちる場所。 その縁に沿って、昨日は行かなかった湿地に来れば、其処は足場を選ばないと危なっかしい場所と成っていた。 立っている木より、根腐れを起こして倒れている木が多く。 生える草も変われば、苔などの植物が圧倒的に多い。 カビの臭いもする場所で、この周辺の森に茸が多く生えるのだが…。 ドロの地表付近を、何か淡い靄すら見えるが。 その湿地帯を見るKは、苦い言葉使いで。 「コラぁ・・、酷ぇな。 このドロの中、モンスターの死骸だらけだ」 と、云う。 リュリュも、何故か鼻を押さえて。 「クッサぁ~。 なぁにぃ、此処ぉ?」 前にも来た事の有るアンディは、以前と違う風景に。 「おっかしぃなぁ。 此処、前は干乾びたドロの跡が広がる開けた場所だったのに…」 Kは、その異臭が香る湿原の様な場所に横たわる木に乗ると。 「この湿原は、数年などの中で一ヶ月だけとか、地下水や雨の影響から限定に出来るものだ。 そして、この場所に育つ草は、長期の期間を休眠して過ごし、短期間の適応した条件が揃った時だけで育つ特有の種・・。 条件が重なった時だけ、こんな風に変わると云うことだ」 と、云いながら、その薄っすらと煙る様な湿原を見下ろし。 「・・だが、これは面倒な。 アンディ、別の道は無いか?」 問われたアンディは、薄らと煙る湿地の中に横たわる倒木を渡れば直ぐだと思うので。 「無い事はないけど・・、倒木を渡れば大丈夫だと思うよ」 すると、アンディに向く様に顔を上げたKで。 「お前は知らんだろうが、このとてつもなく臭い煙は毒素だ。 動物を惑わし、徐々に動けなくさせる胞子のガスなんだ。 苔や、彼方此方に生えて見えるあの青白い茸が出すもので、多くを吸い込むと女は副作用から子供が出来なく為ると云われてる」 「え゛っ?!!」 驚くアンディに対し、やや男の様な気性を持つルヴィアは、Kに。 「少しなら、口を布で宛がえば何とか為るのではないか」 と、提案をする。 だが、リュリュが。 「でもぉ、泥の中をなぁ~んか動いてるよぉ。 ホラ、あの辺に」 と、湿原の中のドロがむき出しに成っている場所を指差した。 Kは、その場所から微かな波動を感じ取り。 「あらぁ、モンスターだな」 然し、姿が見えないし、オーラも感じない。 魔術師で在るガウ団長は、眉を顰めて。 「何も感じぬぞ。 そんなバカな話が在るか」 と、魔法の詠唱に入った。 制御された剣を生み出す魔法を現し、その場所に飛ばしてしまう。 元来、ガウ団長の気性には、こうゆう大雑把と云うか、行き当たりばったりな処が有り。 それが、この目的の場所を目の前にしてのまごついた話し合いに焦れて出たのだ。 処が。 「あん?!!」 ガウ団長の杖を持つ手に、剣の魔法が突き刺さった手応えが伝わる。 ドロに刺さった感覚では無い。 明らかに、何か動くモノに刺さった感覚だ。 そして、皆の視界の中でドロが激しく暴れ出した。 見ていたKは、肩を竦め。 「スライムの仲間だな。 ん、これは待ち伏せするタイプのヤツだ」 その話の中で、魔法の炸裂で千切れ飛んだモンスター。 見ていたウォルターは、全くモンスターの気配を感じる事が出来無かったので。 「ドロに潜む事で、自然のオーラに包ませて波動を隠せる様だの。 居ると、全く判らなかった…」 一方、自然のエネルギーをそれぞれに感じれるオリヴェッティは、と云うと。 「嗚呼、ドロの中に自然のエネルギーを弱める空洞の様な場所が・・。 これがモンスターの様ですが、これはとても判り難いですわね」 モンスターも見れたのでKは、アンディへもう一度。 「怪我人が出そうな道を行くのは、それしか道が無い時のみ。 かわせるならば、素早く回避するのが基本だ」 それを聴くアンディは、何度か頷いて。 「解りました。 では、海岸沿いから回る方にします」 手を上げて了解を示したK。 だが、海沿い高台となる海岸から回り込み、森に入ると不気味な感じが広がっていた。 冬の中での密林と云うのも変わっているが。 蔦や木々の葉が色褪せ、曇り空に変わる御蔭で薄暗さが際立っていた。 然も、何処からか“ボォ~”と云う音がする様な…。 老練にして感覚は鋭いクラウザーは、その不気味な森の中に入ると。 「フム。 此方は此方で、また不気味じゃな。 遠くから聞こえて来るのは、風の音の様な気がするわい」 昼頃にその森を行くのだが、アンディは顔色が悪くなり。 皆の中に、奇妙な緊張が漂う。 最後を行くKは、前のニュノニースが俯くのを見る。 (近い・・か) 鬱蒼とした森を掻き分けて進む先で、獣道の様な切れ間に出た。 空が見え、左側には倒木も見える。 どうやらあの湿地を迂回する事が出来たのだが。 俯くアンディは、オリヴェッティに。 「むっ・向こうです」 と、獣道の様に森と森の間を縫う隙間を指差す。 オリヴェッティは、アンディの様子がおかしく思えた。 「どうしたの? 身体の調子・・悪い?」 すると、アンディの顔は歪み、何かを堪える様な表情のままに、首を左右へと動かす。 Kは、後ろから。 「先に進め。 こんな所で突っ立ってると、モンスターに攻められたらやり難い。 目的地に向かえ」 「でもっ」 と、云うオリヴェッティだが。 「ケイさんの・・言う通りです」 搾り出す様に云うアンディは、そのままに歩き出す。 後ろの方に居るウォルターは、Kが事情を知って居そうなので。 「何か?」 「アイツの祖父が、この辺りで亡くなってる。 表面では平気そうでも、現場に近付きゃその記憶が甦る」 「そうか・・、それは辛いの」 「恐らく、それだけじゃ~ないだろうが、な」 ウォルターが首を傾げると、それを聞いていたニュノニースが。 「どうゆう事ですか?」 と、振り向き様に小声で尋ねてくる。 隊列の歩みに合わせて動き出すKで。 「考えても見ろ。 アンディは、祖父の死に方は仕方ないと割り切っていた。 だが、いざと成って此処まで来れば、その行動の意味が自分でも解ってくる。 同じ思い、同じ行動に駆られてるヤツ(アンディ)には、改めての思考を迫られてるのさ。 どう思うべきなのか・・を、な」 ニュノニースは、そのアンディの祖父が死んだ時に立ち会っている。 森へと勝手に逸れた祖父の行動は、どうしてだか未だ解らないままなのだ。 「ケイさん。 私は、その時に一緒に居たの。 でも、アンデルのお爺さんが勝手な行動をしたのは、本当に突然だった様に見えたわ。 どうして、モンスターに襲われる様な行動をしたんだか…」 歩くKは、何も解らない事は無いと云う顔をしている。 「答えは、直に解る。 この風の音が恐らく、その答えに成る」 その言葉を聞くニュノニースは、暗がりで藍色に光る目を見張った。 獣道の様な森の裂け目を通り抜け、密林の様な森の中へとまた分け入る。 その森の中を進んでいると、太陽が完全に雲へと入って暗くなった。 まるで朝方の影の様な暗さに成って、ウォルターとガウ団長が光の魔法を杖や指輪に宿す時だ。 突如。 - キィキィキィキィーーーーーっ!!!!!!!!!!!! - けたたましい何かの鳴き声が空を走る。 バサバサと云う羽音が煩く、不気味な雰囲気に不安がチームに膨れ上がった。 直ぐ様に上を見上げれば、黒い煙と云うか。 黒い風の渦の様な物が昇っているのが微かに覗えた。 そして、驚く顔を見上げさせたアンディ。 「これ・・、あの時も聴こえてた・・・。 嗚呼っ、昔の一族が伝えた記録文と同じだっ!」 と、声を出した。 先程から彼が心配だったオリヴェッティは、アンディの言動が気に掛かり。 「“あの時?” アンディさん、何時の事ですか?」 すると、オリヴェッティに喰らい付く様な勢いで振り返るアンディ。 「僕の爺ちゃんが死んだ時っ」 此処で、Kが。 「早く先に進め。 ダラダラしてると、直ぐに夕方に成るぞ」 だが、もう興奮し始めたアンディは、Kへ。 「でもっ!! この状況は、先祖が島に渡った時の異質な場合と同じですっ!! 爺ちゃんは、これを見たんだっ!!!」 と、云うのだが……。 「お前のジサマは、この蝙蝠の飛び立ちが何か別の物に見えたんだ。 黒い影が帯と成って噴出す場所を森に見たか、鳴き声が奇妙な音に聴こえたか。 何れにせよ、この森の奥に何かが在ると思ったんだろうさ。 お前は、こうして確かめに来てるんだ。 無駄足をせず、さっさと進め。 まだ入り口にも到達してないんだぞ」 叱られた様に云われたアンディは、Kに云われて険しい顔を更に俯かせる。 内心で、そんな簡単な事なのかと疑問が膨張し続けている。 だが、クラウザーは、アンディの肩に手を置いて。 「行くぞ。 陽が暮れたら、モンスターがもっと活発に成る。 不死モンスターの一部も、この近い島々の距離なら移動が可能だ。 更には、夜行性のモンスターは、非常に凶暴だ。 さ、もう入り口は直ぐ其処じゃろう」 頷いて歩き出すアンディ。 然し、今の彼の顔の変貌は、普段のアンディには無い一種の“険”を強く含んで見えた。 それを見たオリヴェッティは、何となくこの先へ行く事に嫌な予感がした。 だが、自分もこの先の答えを見る為に臨む者だ。 それは言わず、先頭を行く。 地図には載らない森を突き抜けるまで歩くと、其処には巨大な縦穴が口を開けていた。 歪ながら丸く大地が奈落へと陥没した様な穴で。 穴の底には、密林が針山の様に茂っている。 太陽は、もう雲に隠れたままで。  この薄暗いままに、夕方・・夜へと落ちていきそうな様子だ。 Kは、等間隔に瘤の様な結び目を作ったロープを、用意させていた皆から借り受け。 「此処は丈夫な蔦が多い。 側面にぶつからない抉れた場所を選んで、一気に降りるぞ」 すると、飛べるリュリュが。 「わ~いわ~い、滑り落ちるぅぅ~」 と、はしゃぎ出す。 処が。 目を細めるKは、リュリュに。 「アホ。 お前が蔦を下に固定するんだ」 すると、途端に剥れた顔でリュリュが怒り出し。 「ヤダっ、Kさん遣ればいいじゃんっ。 僕は、蔦でシューって降りたいっ!!」 此処で急に駄々を捏ねるリュリュ。 呆れたKは、 「いいから、降りて結んで来い。 最後に、お前も滑らすから」 と、適当な提案を述べるのだが…。 「むぅ~~、新鮮さが無いよぉ」 「リュリュ、お前はモンスターが襲って来ても楽だろうが、周りは違うんだよ。 ホラ、早く行け」 Kが引っ張り出した蔦が、ズルズルと穴の中へ落ちてゆく。 イヤイヤ歩き出すリュリュは、ロープを手にポ~ンと穴へ飛び込んだ。 皆が大穴の縁から見下ろす中。 Kの下ろす蔦を掴んだリュリュは、下に降りてゆく。 Kは、木に絡む蔦をどんどん引っ張り解く。 細く成る前で、次の蔦と絡めて下ろす。 何とも仕様を弁えた遣り方で、天然の蔦を何度も糾えて長いロープにするなど、素人では中々に怖くて出来ないだろう。 蔦の引きが無くなったのを感じたKは、そこで止めていると。 下の森から、風の吹き上げが有った。 「よ~し、一人一人、蔦を掴まって滑り落ちろ。 下でリュリュが風のクッションを作ってるだろうから、多分は大丈夫だ」 クラウザーは、目の前で不毛な言い合いを見た後なだけに。 「ホントに大丈夫か?」 蔦をしっかりと固定したKは、スタスタと大地の陥没した穴に向かいながら。 「怖いなら、此処で待つか?」 と、穴に落ちる。 「きゃっ!!!!」 「うわぁぁぁっ!!!」 飛べるリュリュとは違うK。 急に飛び降りれば、彼を良く知らないニュノニースやアンディなどは驚くだろう。 だが…。 「・・え?」 「う・うわぁ・・アノ人凄いな」 落ちたら確実に死にそうな高さの穴なのに、Kは崖の側面を蹴って歩く様に落ちてゆく。 こんな所業もするのは知っているクラウザーは、それを見ずに蔦へと近付くと。 「仕方ない、置いてかれないウチに、さっさと降りるか」 慣れた感じで蔦を握るクラウザー。 そのまま穴へ斜めめと落ちる様に伝って行く。 最初は弛みから下に落ちるみたいだが、直ぐに斜めと成る蔦。 踵を乗せ、握る力を弱めれば、ススっ・・スススッと滑って下れる。 コツは必要だが、船乗りとしてロープに似た物には慣れ親しんだクラウザーだ。 蔦だろうが、大丈夫と思えば同じである。 次に蔦を伝い出すのは、 「はぁ~~・・、流石に上手いな。 兵と呼ばれるだけは在る」 と、クラウザーに感心したルヴィアであった。 然し、ぶら下がって伝う事は出来ても、握りを弱めるには踏ん切りが付かず。 辿る様にぶら下がって降り出す。 「では、つっ・次は、私がっ」 高所を得意としないオリヴェッティは、その遥か下と見れる密林の底を見て脅えた。 だが、行かなければいけないし、最後に成るも嫌だった。 一方、蔦を縛った木の上部に到達したクラウザーは、風の壁が蔦を縛った部分に在るのを感じる。 (フム、一応は大丈夫の様だな) 其処から瘤の縛り目を持つロープで下に降りるのだが。 蔦の縛られた真下辺りは、木の枝を繋いでクッションの様な物が出来ており。 其処には、下から受け止める様な風が吹き上げていた。 (ほぉ・・、流石は神竜の子供だ。 自在に風を操れる) 感心すれば、これから来る者にも教えたいと思う。 だが、降りる途中でルヴィアを見れば、其処にはリュリュが居た。 (女が相手だと素早いのぉ。 ま、任せるか) だが、絡まれるルヴィアの方は実に大変だ。 「ルヴィアおねぇ~さぁ~ん」 とんでもない高さを命懸けで下りている最中に、リュリュがルヴィアに抱き付いて来る。 「わっ、コッ・コラっ!!! 余計な処をさ・触るなっ」 だが、抱き付くリュリュは、風の流れを生み出し。 「てぶくろしてるんだからぁ~、握るのを弱めて大丈夫だよぉ~」 と、ルヴィアの脇の下辺りを擦って来る。 「ちょっと!!! 嗚呼・・」 刺繍の麗しいピアリッジコートの下には、ルヴィアもプロテクターなどを装着している。 だが、脇の下はその範囲に無い死角だった。 握りが弱まった一瞬、滑り易い樹皮の蔦を触りながらルヴィアの身体が疾走した。 「わぁぁーーーーーーーっ!!!!!」 驚いて握っても、剥けた樹皮で滑って降りる速度は弱まらない。 (ぶつかるっ) 木に激突すると思われ、目を瞑った直後。 柔かい羽毛の中に飛び込む様な感触で止まった。 「あ? な・何だ?! 何なのだっ?!!」 意味が解らないルヴィアだが、背中に張り付くリュリュがはしゃいで引っ張り。 「らっかぁ~」 「わっ、おおおいっ!!」 と、今度は後ろ向きにまた落ちるのだ。 こんな連続では、ルヴィアも慌てるのは当然だろう。 だが、今度は吹き上げる風と木の枝のクッションに受け止められるルヴィア。 「・・・」 何をどう理解すれば良いのか…。 キャッキャとはしゃぐリュリュは、枝の組まれた上で寝るルヴィアを覗き込むと。 「ルヴィアおね~さん。 その服の下に着てる硬いもの脱いじゃえばイイのにぃ~。 大事なところが、柔かくなぁ~い」 「あ・・?」 思考が回らずポカ~ンとするルヴィアに対し、リュリュは次のターゲットにオリヴェッティを見る。 「いっちばん柔かいぃ~、オリヴェッティおね~さんトコいーーこぉ」 飛び上がって行くリュリュを、そのままの体勢で見送ったルヴィア。 下で見ていたクラウザーは、 (竜種とは、あんなに女好きか。 変わる前のカラスみたいじゃな。 ま、アイツ(K)の場合は、女相手なら問答無用じゃったから、まだ可愛いか) と、思いながら。 「ルヴィア。 その木にロープが在るから、早く降りろ。 その内、オリヴェッティが落ちて来るぞ」 声を掛けられ、ハッとして下を見るルヴィア。 「あ? ・・あ、あぁ」 今一、状況が飲み込めて居無いままのルヴィアで、ノソノソと起きてはロープを探し出す。 一方。 リュリュの悪戯の餌食と成ったオリヴェッティで。 「リュリュ君っ、怖いからやめ・・あっ」 身体の彼方此方を触られ、完全に手を離したオリヴェッティ。 リュリュの生み出した風の上に乗り、そのまま木の方に。 「きゃうんっ!」 風の壁に受け止められたオリヴェッティは、ルヴィアが退いたばかりの吹き上げる風と木の枝のクッションにまた落ちる。 「・・・」 死ぬかと思って放心するオリヴェッティに、リュリュはべったりくっ付いて。 「やっぱり、オリヴェッティおね~さんがいっちばぁ~ん」 降りる際でそれを見るルヴィアは、ワナワナと顔を怒らせ。 「このふしだらな大馬鹿者めぇっ」 だが、リュリュはまた飛び上がると、 「あのおね~さんも行ってみよう~」 と、次の獲物に目を向ける。 次は丁度、アンディとニュノニースだった。 「キャっ、止めてぇっ」 今度は、ニュノニースに抱き付くリュリュで、手にプロテクターをする彼女をルヴィア同様に滑らす。 こうなると、その先に降りていたアンディは驚き、手を離してしまう。 ま、リュリュがその首根っこの服を掴んで無事なのだが。 オリヴェッティが退いたばかりの木の枝のクッションに落下した2人は、生きた心地のしない放心状態に成る。 そんな2人の間から抜け起きるリュリュは、 「う~ん、鎧ってきらぁ~い」 と、感想を残し。 また、飛び上がって残りの面々に向かって行く。 ウォルターは、自分の浮遊するカバンで降りた。 残すは、軽快に蔦を伝うメルリーフと、もう身体をロープで蔦と縛りながら、恐る恐る降りているガウ団長だ。 が・・。 メルリーフを、何故か宙に浮いて見るだけのリュリュで。 見られているメルリーフは、目を細めて苛立ちを見せる。 「コラぁっ、年齢や種族で差別すんのかぁっ?!! 一応、これでも女だぞっ?!!」 だが、指を咥えたリュリュは、メルリーフとガウ団長を見て。 「う~ん、滑るのにじゃまぁ~」 と、勝手な独り言を。 その直後。 穴に、 「ごるらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!!!」 と、メルリーフの怒声と…。 「やめてけれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」 ガウ団長の情けない悲鳴が木霊する。 風の魔法で、強引に滑らされたのだ。 先に風の壁に突撃したメルリーフだが、後から来たガウ団長に激突されて呼吸が出来ない程にのめり込む。 「おぷっ」 ガウ団長は、ぶつかる手前で眩暈を起こし。 そのまま下に落ちるのだが、命綱のロープが引っ掛かって幹に頭をぶつける。 一方。 ガウ団長が取れた事で、ポンっと飛び出る様に落ちたメルリーフは、木の枝の組まれた物と風が吹き上げるクッションの外れに半身引っ掛かる形で残った。 リュリュは、誰も居なくなった蔦に飛び付き。 「やっほ~~~~~~~~っ!!!!」 と、滑っては、木にとび蹴りで宙に飛ぶと、また遊びの様に繰り返して滑る。 ・・ま、地獄の一瞬は、こうして終わった。 なんとか、ガウ団長まで下ろした皆。 クラウザーとウォルターは、生きた顔をしてない面々を見て。 「お疲れだな」 「その様ですな」 と、他人事だった。 冷や汗を額に浮かべるキレ気味のルヴィア、完全にキレてるメルリーフ、迷惑な仲間だと思うアンディやニュノニースが、遊ぶリュリュを見ていると。 「おい。 こっちだ」 と、Kの声がした………。     ≪遂に、一つの運命が待ち受けるその場所へ≫ その、小高い山一つが入りそうな落差をした縦穴の底は、然程育ち切らない木々の密林だった。 高低差から陽射しも入らず、薄暗くて視界が良くない。 オリヴェッティは、Kから光の小石を貰い受け。 ガウ団長とウォルターが光の魔法を遣い、この島に上陸して初めて先頭に立ったKの後を追う。 「痛い・・。 凄く痛い・・。 痛いよぉ……」 余りにも遊び過ぎたリュリュは、Kからゲンコツ一発を頂いた。 云うぐらいしか反抗出来ないので、ブツブツと文句を云っている。 (フン。 良い薬だ) そう思うのは、散々なめに遭ったメルリーフやルヴィアだが。 「大丈夫? あんまりはしゃいじゃダメよ」 等とオリヴェッティが甘い言葉を掛けるから、リュリュは彼女に引っ付いてしまう。 だが、この場所に来て皆が神妙に。 何となく、厳かな気配を感じている。 「さて、何とも不思議な場所じゃぁ。 これだけ暗いのに、モンスターが居無いとはな」 と、茂みを見回してクラウザーが呟く。 それは、事実だった。 蝙蝠等が住まう洞窟が、この縦穴の側面に幾つも見える。 もしモンスターが棲んでいるなら、この逃げ場の無い穴に来た彼等は、それこそ格好の餌だろう。 だが、全く襲われる気配は感じられず。 また、穴の上の周囲に遣ってきたモンスターも、何故か鳴いたりするだけで消えてゆくのだ。 この、クラウザーの云った感想に、ウォルターが応えた。 「クラウザー殿。 この穴の下から、何やら強い力を感じる」 「ほう。 では、それがモンスターを寄せないのですかな?」 「恐らく。 この波動は、似たりを云えば神聖魔法に近いモノです」 「神聖・・魔法とな。 それは、防護結界の事ですか?」 すると、ウォルターは徐に頭を被り。 「いや、あの様に神聖な力に偏ったモノでは無い。 もう少し・・こう・・根源的な感じが致す」 「ふむぅ」 クラウザーは、Kの黒い影を見て。 (解っているのは、カラスだけ・・か?) 一方で、ダークエルフのニュノニースも。 「此処は、何だか目の島で行った地下神殿に近い感じがするわ。 やっぱり、何か在るのね」 同じ思いのガウ団長で。 「そうだな。 しかし、まぁ~何と云うか・・・。 たった数日の内に、あれよあれよと云う感じで此処まで来た。 本当に、私達が護るべき何かが在るのだろうかもな」 溜め息に近いぐらいの感心を言葉に含ませた。 この陥没地に漂う厳かな力に、知らずと気持ちが引き締まるのだ。 その、オーラを感じる2人より少し下がった間に居るアンディは、何故か目だけを爛爛とさせながら。 「そうなんだぁ。 感じられないから解らないけど、それはきっと素晴らしいモノなんだよ。 ・・きっと、きっとね」 「うん、そうかも」 応えたニュノニースは、素直にそう頷いた。 だが、横のガウ団長と、アンディの脇に居たメルリーフは違う。 彼が“モノ”と限定した事に、違和感を覚えた。 何が在るのかを見た訳でも無いし、此処をそう感じただけ。 場所に限定するならともかく、モノに限定したのがどうしてかと思ったのだ。 此処で、先頭を行くKは、皆を引き連れて穴の中心に来た。 少し薮を抜けた先に、何故か草木の生えない開けた場所が広がる。 「皆、少し下がってろ」 と、Kが云う。 視界を照らす物を持つ者の周りに、それぞれが移動してKを見守った。 「・・此処が、か。 微かに残る文献や、噂には聞いたが…。 まさか自分から訪れる事に成るとは、な」 そう独り言を言ったKは、徐ろにその場へと屈んだ。 そして、左手を地面に置くと、何かを探す様に少し動かす。 そして…。 「・・見つけた。 これが入り口を開くモノだ」 と、左手に黄金のオーラを現し、小さく小さく押し込める様に地面へと付ける。 固唾を呑んで見守る一同の中で、リュリュだけが。 「あ、開いた…」 と、呟く。 間近のオリヴェッティとルヴィアは、リュリュを一回見たが。 目立って何事も起きないままに、Kは立ち上がって数歩下がった。 それから、どれ程の時が経っただろうか。 もう陽が暮れて、辺りが真っ暗に成った頃。 “何も起きないじゃないか” と、メルリーフ等が思う時。 いきなり、いきなりに何かが地中から飛び出して来る。 「わぁっ!!!」 「きゃぁっ!!!!」 急に、 “ズボォ!!!!!!!!!!” っと、何かが吹き抜けて来る凄い音がするので。 それは誰でも驚くだろう。  「あ・・あぁ?」 「な・なに、何よ?」 驚くメルリーフと、アンディに寄ったニュノニースだが。 目を凝らして見れば、それは円形・・いや、円筒形の石で在った。 そして、その円筒形の石碑が光って破れて行く。 いや、本当に紙でも切り裂く様な様子で破れて行くのだ。 そして、その破れた石碑が消えた後には、円形の石が残っている。 淡く金色に光る石で、どうやら浮いている様である。 ウォルターは、誰よりも早く歩み出しながら。 「ほう、ほぉっ。 こ、これは魔法の力で昇降するアレ、か?」 一番最初に円形の石へと乗るKは、淡く黄色い光を湛える下を見ながら。 「見ろよウォルター。 この文字・・創世記から使われてる最初の魔法文字だぜ」 円形の石にへばり付く様な様子で、光を宿した指輪で照らし。 その石にビッシリと刻まれた魔方陣と魔法文字を見るウォルターは、見る見る興奮する様な顔に変貌し。 「おっ、おぉ・・。 これはすご・・凄い。 ・・いやいや・・、長生きするのも悪くないとはこの事だ」 と、今度は円形の石に乗り上がり、その床に屈んだウォルター。 急に若返った様に煌く瞳をして、石に刻まれた文字をなぞる。 「うはははっ、文献学者なぞこれだから下らんっ。 ワシは、まだこの様な遺跡が残ると思うて居った。 だが、あの頭でっかち達は、図書館から出ずして否定しよる。 これは面白い、これは面白いぞよっ!」 ウォルターの話に、包帯から見える口を笑ませたKで。 「あったりめぇよ、外に出ずして真偽や有無を確かめられるか。 さぁ、これからもっと凄い所に行くぞ」 こう伝法な言い方をした彼は、今一に事情が飲み込めて無い他の仲間へ。 「ホラ、早く乗れよ。 この真下に、俺達の遥か昔の先祖が助かった秘密が在る。 ここら数百、数千年を見ても、誰が行ったか解らない伝説の場所に行くんだ」 だが、云われてる誰もが、その言っている意味が解らない。 クラウザーは、円形の石に近付き。 「何処だそら。 カラス、解る様に言え」 だが、少し興奮したウォルターが。 「クラウザー殿、御託は抜きですぞ。 この石が下る場所は、何処でもない。 地下なのじゃ」 「………」 感想が見つからないクラウザーは、ウォルターに急かされた様で。 素直に乗る事にする。 「アラ? あ・・まぁ」 オリヴェッティは、自分の後ろに居たリュリュを捜した。 見つけると、もうKの脇に乗っていた。 魔力によって昇降する魔法陣を刻まれた円盤石。 “魔法床陣”に皆が乗れば、Kは真ん中の出っ張りに足を乗せて踏み込む。 すると円盤の石は、一同を乗せて落下する様に一気に下へと降り始めたのだ。 「うわわぁ~、凄い凄いっ」 「やはり、これは忘れ去られた遺跡への道か」 「こんな場所に魔法床陣が在るなんて……。 魔法学院なら解りますが…」 「地下へ行くのか? こんなものを、どうしてこんな場所に?」 黒い磨かれた石の壁には、四方に光の筋が刻まれていた。 魔法床陣は下っているが、その光の筋が脈打つのは誰でも解る。 各々が、この今の、この様子に興奮して行く。 Kは、その光の筋が浮かぶ周りを見て。 「ほほぉ、コイツは珍しい。 超魔法時代に出来上がった形式で、マジックモニュメントの初期型だな。 封印に使う保存遺跡の様式か」 誰も意味が解らない話の様だが、ウォルターだけは違う。 「そうかっ、これが、か。 では、超魔法時代の先駆け、魔法遣い達が神話の場所を封印して回ったと推測されているのは・・間違いでは無いのっ?」 「かもな。 あの時は、神と魔王の干渉を無にし、その両世界の力だけを欲した時代だ。 神や魔王が出現出来るゲートや、降臨の聖地なんかは、使えない様に封印したのかもな」 こんな2人の話を前にして、ルヴィアはオリヴェッティに。 「何を言っているのか・・、オリヴェッティは解るか?」 聴かれたオリヴェッティは、非常に困惑の滲む苦笑で。 「おぼろげ・・だけ」 クラウザーは、今一・・。 いや、さっぱりである。 リュリュは、その降りる石の上でステップを踏みながら。 「スゴィ~、すごおいぃ~」 と、何かを喜んでいた。 魔法床陣が降りれる最下層まで辿り着くと、降りてきた壁と同じ様相の、光の筋が走る通路が延びていた。 見た事も無い建造物を見ていると言う顔をするのは、Kとウォルター以外の全員で。 ガウ団長は、おぼろげな知識から。 「此処は丸で、“超魔法時代”に作られた魔法建造物の内部の様だ…。 文献では挿絵が少しだけ在ったが・・、これは凄い」 オリヴェッティは、学者ながらにその知識が乏しい。 話を聞いて、もう誰も目にする事が出来ないと噂されたものを見ている事が驚愕に近い事だと思う。 「これが、あの失われた異端時代の遺跡? まぁっ、もう全てが失われたと云われていたのに……」 ガウ団長やオリヴェッティがこんな感じである。 それこそ、何が何か良く解らない他の者は、技術的に今には無いものだと云う事ぐらいしか解らなかった。 だが。 少し長い通路を、開ける所まで行く時。 一同から言葉が消えた。 “目の島”に在った神殿の奥、神を祭った本殿に、クリスタルらしきものを使った楽園の庭が在ったが。 此処の中心は、ああゆう場所ではなかった。 広くすり鉢状の広間が在るだけだ。 黄土が固く固まった古い地層が地面と成り。 良く見れば、床には何か絵らしきものが刻まれている。 一同が出た場所からやや右斜め真っ直ぐの奥に、太陽らしき形を描いた古代象徴像が在った。 「・・、はぁ~」 この広間を見渡して深い溜め息を出したKは、その像の方に向かって一歩を踏み出す。 一方のウォルターは、柄にも無くその目に涙を浮かべ。 「こんな・・、嗚呼。 此処に来れた私は・・何と果報者か。 恐れ多い・・、この幸せは恐れ多い」 と、身を震わせ、たどたどしい足取りで歩き出す。 だが、この場所がどうゆう場所なのか、その意味が解らない者達は、先を行く2人から取り残される。 いや、オリヴェッティとガウ団長は、この場所を何となく知っている様な気がしていたが。 ルヴィアやメルリーフは、こんな何も無い場所がどうして“恐れ多い”場所なのか、全く理解が出来なかった。 そして、それは或る人物も同じ。 いや、憤りすら覚えるのだ。 「クソっ」 リュリュと並んで、なだらかな下り坂へと向かうKを見てアンディは、苛立ちを隠さず声に出した。 そして、何を思ったのか、猛然と追い掛ける様に走り出したではないか。 「あっ、アンデル?」 急に走り出したアンディを見て、ニュノニースは何事かと思った。 秘宝を本格的に探し出したこの旅の中で、今までに無い緊張が走ったのは、この直後だった。 Kに追い付いたアンディは、その前に大きく離れて出て。 「おいっ、こんな何も無い所はどうでもイイんだっ!!!!!! 秘宝は何処だっ?! 海旅族が残した、莫大な遺産は何処だっ?!!!」 と、叫び上げたのである。 この広間となる場所に響く彼の怒声。 「………」 黙ったまま、歩みを止めたKと。 「フム」 一つ頷いて立ち止まるウォルター。 無言のKとその後ろから様子を窺うリュリュに対し、ウォルターは何かを察した。 凝らした目をしてKを見るウォルターは、 「我が友よ。 もしかして・・この若者は、最初っからそれが………」 すると、静かに頷くKで。 「あぁ」 と、だけ返す。 「フム、そうか・・そうなのか」 ウォルターは一人で、何か納得に至った。 一方、Kに怒鳴ったアンディに驚く皆の中で、ガウ団長が。 「アンディっ、もう止めぬかっ!! お前の魂胆は、途中でケイに見抜かれて居った。 もう止めろ!」 と、云うのである。 ガウ団長に云われたアンディは、目を大きく見開いて。 「なんだとぉっ?!! 嘘を言うなっ」 然し、ガウ団長は急に険しい顔と成り。 「煩いっ!!! アンディよっ。 アポカリボン島でイヴィルゲートを開こうとした馬鹿は、ワシの息子のイシュラムであろう? 違うかっ?!」 その言葉が出た時、瞬時に衝撃を受けた顔に変わるアンディの様子が、酷くゆっくりと・・ハッキリと皆に解った。 ニュノニースは、余りの話に理解が出来ない。 「ガウさんっ、何を云ってるのよっ!! イシュラムは、魔法学院自治領のエリートで、中央の学院に居る筈じゃないっ」 だが、険しい顔のガウ団長は、その顔をそのままに。 「いやっ、周りに隠れて暗黒魔法になんぞ興味を持って、アレは謹慎を受けたのだ」 「えっ?」 「謹慎を言い渡されたが、まだ年も変わらぬ三月以上も前の事。 アポカリボン島へワシの許可も無く密かに行けるとするなら、こっそりと漁船で行くか、用意周到な密航が必要で。 また、ワシの情報網を掻い潜らねば成らん。 そんな事をしてゲートを開くなどする輩など、ワシが知る限りではあの馬鹿しか居らぬ。 そのイシュラムと仲が良かったのは、何故かこのアンディよ」 「そんな、そっ……」 こう云われた後、ニュノニースは何も言えなく成った。 ガウ団長の次男には、秀才肌のイシュラムと云う人物が居た。 元々、本家が学院に住まうガウの一族だが。 この島の見張りを代々で引き受けていた。 本家を実の弟に任せたガウは、学院に入れた自分の子供達を本家に預け。 奥さんだけを連れ、同じ職の仲間と共にこの街に来た。 彼が引き継ぐまでは、ガウの叔父がその役目をしていたから、世襲に近い慣例で引き継がれたのだ。 さて。 ガウの子供で次男のイシュラムは、才能は在るが私的欲望が強く。 特に魔術を極める野望と、女性に対して淫らな強い欲求を併せ持っていた。 父親の居るノズルドの街に来ては、街の歴史などを調べる傍らで。 金で女性を買い遊ぶ為に来ている様な素振りが在ったのだ。 学院の在る方でそれやると、人目につくのが出世に響くとでも思って居たのだろうか。 ダークエルフの血を引くニュノニースは、一度は襲われそうに成ったし。 イシュラムは陰で、彼女を“天性の娼婦”と嘲笑った過去も在る。 然し、こんな性格のイシュラムだ。 それこそ例外に当て嵌まらず。 プライドも高ければ、人を見下す高慢な人物。 なのに、何故かアンディにだけは、不思議なほどに対等の立場を見せていた。 休暇で遊びに来ていた或る時、危ない冒険に借り出されたアンディに助手として島に同行し、モンスターの脅威からアンディを護る様な事もしている。 イシュラムの名前が出た事で、ガウをギリギリと強く睨むアンディ。 今までの爽やかな彼とは、今は似せようとしても似合わない。 視線に険が現れ、顔つきに怖さが滲んでいた。 それを見ていたKは、こう切り出した。 「最初な・・。 後ろの団長に、こう言ってみた」 “何で、地元の者を連れて行くんだ? アンディとか、島の薬草などに知識が深い者は居る。 採取は、こっちに任せればいいんじゃないか?” 「・・ってな。 そしたら、地元のハンター達が在り得ない速さで情報を聞き付けた・・、と。 明らかに、斡旋所で話し合った内容が外部に漏れてると思った。 然も、道具屋の婆さんがな、野営地の島で俺に愚痴を言うんだ」 “こんなに怖いとは思わなかった。 アンディの云った事は、間違いだらけだ” 「・・と。 その後、あのゲートの開いた島で、突然ハンター達が暴走した。 お前、あのハンターの馬鹿共に何て言って唆したんだ?」 これに驚くクラウザーで。 「で、では、あの騒動は、アンディの仕業なのか?」 頷くKは、アンディの眼を見ながら。 「あぁ、恐らく、な。 行動を読むに、俺にガウの息子を捜させる為・・違うか?」 すると…。 「フッ・・、あは・ははははは・・。 戦う事だけじゃ無く、そうゆう処も凄いんだ。 困ったなぁ・・、全部バレた」 と、アンディが少し弱く、呆れと疲れた笑顔を見せる。 メルリーフも、ニュノニースも、アンディの事は幼い頃から知っていると思って居たから…。 「アンディ・・おま・お前ぇ・・・本当に?」 「アンデル、それってどうゆう事? な・な・・、何かの間違い・・でしょ?」 と、震えた言葉を漏らす。 凡そで、アンディが仕出かした事が解る2人は、それを理解したくないと云う様子を見せてしまった。 2人の認識していたこれまでのアンディとは、その事実が合わない。 だが、Kは…。 「お前の表に見せる性格からしては、祖父さんの死に方に割り切りが良過ぎた。 お前、実際の処、よ。 結構・・祖父さんを嫌いだったろ?」 Kにそう云われたアンディの顔は、他人から見るとどうゆう顔だろうだろうか。 苦痛と云うか、憎しみと云うか、複雑な感情が入り混じっている表情で、今までの彼では無い。 「・・そう云われると、甦るよね。 本当の・・血の繋がった孫と祖父なのにさ。 物心つく頃から、一族の掟を酔って俺に云い散らす・・クソジジィの顔をさ」 「“本当の・・孫”? お前・・、拾われたんじゃないのか?」 すると、食い掛かる様な鋭い睨み目を見せたアンディであり。 「“拾われた”よっ! 詰まらないぐらいに、近い血が繋がってるから・・。 俺は、クソジジィの一人息子で在るバカ野郎が作った子供だもんよ」 其処に、ガウ団長が加わり。 「お前のジサマの子供は、女ばかりだっただろうが?」 「フンっ。 まだ若い頃に、クソジジィが遊んだ女の子供さ。 後から知ったクソジジィが、金で俺を引き取ったみたいだね。 家に入らないって逆らった父親を、生意気だと見下してた。 昼間は、冒険者に手を貸したり、島の案内をして回る好々爺みたいなジジィだったけど。 夜に成ると豹変するんだぜぇ? 酒をカッ喰らっては、昔抱いた女がどうの。  街に居る若い女がどうの・・、5・6歳のガキにそんな事が解るかよっ!!!!!!!!!」 怒鳴り散らしたアンディは、一度大きく深呼吸をしてから。 「でも、口答えは許されず、ジジィの跡を継ぐ分身みたいに育てられた俺なんだ」 こう話したアンディに、Kが。 「お前、以前にもアポカリボン島に行った事が在るよな? 最初の話では、上陸した様な素振りで話したのに。 あの島に行った時では、10年以上は誰も入って無いと云った。 ゲートを開こうとした痕を見てから、俺はおぼろげに推理が出来た。 お前も、あの時に悪魔が居て驚いたんだと。 だが、お前はその原因を知っていて、あの場をやり過ごす為に嘘を言った・・じゃないかとな」 アンディは、反論の隙が見当たらなかったのだろうか。 渋い感情を顔に浮かべる。 Kは、それで大体の読みが合ってると思えたので。 「やはり、お前も関係者だったか・・・。 あの結界が張られた島には、夥しいモンスター居た。 封印された島でモンスターが繁殖したにしては、ちと多過ぎる数だった…」 そう言うKを睨んで見ているアンディだが、もう解られてると思ったのだろうか。 「ケイさんの推察通りだよ。 あの島には、前はもっとモンスターが少なかったから、上陸もし易かった。 悪魔の門が大昔に開いた事も在る事実は、ウチの秘蔵書に書かれて在った事だから知ってたさ。 ジジィの様に、冒険者にくっ付いて行くだけの捜し方じゃ、秘宝は絶対に見つからないと思ったんでね。 どうにかして、誰かに突っ込んだ調査をさせて。 その調査に同行して秘宝を探し出し、出来たら盗もうって考えたんだ」 ガウ団長は、そこでモンスターを暴れさせようと、息子にゲートを開かせようとしたのかと思い。 「おま・お前っ、その為にイシュラムをっ?!!」 「違うよ。 悪魔の門を開きたいって云ったのは、イシュラムの方さ。 世界に破滅なんて呼んで、俺に利点なんて無い。 完璧に狂ってたのは、アイツの方だよ」 だが、Kはこうも聞く。 「だが、ゲートの事を含め、島の内情を教えたのは事実だな」 「あぁ。 それは確かだよ」 ガウ団長は、イシュラムの親として聞きたかった。 「アンディ。 お前とイシュラムが其処まで仲良く成れたのは、何が切欠だった? 女か? それとも、その情報かっ?」 此処で初めて、アンディが狡猾な笑みを見せる。 「あぁ・・、それを聞くのね。 フッ、今でも忘れないね、イシュラムとの出会いはさ。 イシュラムがこの街に初めて来た時、夜に女を買う為に街を歩いててさぁ。 アイツ、街の酔っ払いとケンカして、魔法で殺してやんの」 ガウ団長は、殺人を犯したと聞いて驚愕の顔と変わり。 「嘘じゃぁぁっ!!!!」 と、大声を出す。 だが、アンディには、その様子が滑稽に見えた。 ガウは父親であるのに、息子の汚い部分を解って居無いと。 「くはは、息子の悪行を知らないのは、その飼い主の親だけとはね。 街の漁師で、飲んだ暮れの男が水死した事が昔に在っただろ。 7年ぐらい前だったけ? 港の沖で人がモンスターに食い千切られてたのを、俺が態と発見した様に見せかけたヤツ」 この話に、思い当たる出来事は確かに在った。 ガウ団長だけでなく、島に住んでいるニュノニースやメルリーフにも、である。 ガウは、見開いた眼がアンディに焦点が合わないぐらいの衝撃を受け。 「あ・・あの男を? い・イシュ・・イシュラムが・・か?」 「そうだよっ!! 絡まれた上での諍いで押し倒した相手に、追い討ちで魔法だぜぇ? クソジジィの言いつけで酒を買いに行った俺が、その現場に居合わせたのさ。 怒って殺した後で、イシュラムのヤツったら慌ててよ。 バレたらどうのこうのってメソメソ泣きやがる。 ま、俺も子供の頃にその野郎に捕まっては、ジジィから預かった酒代を何度も巻き上げられたからな。 その度に、ソイツにも殴られ蹴られ、戻ればクソジジィに殴られ蹴られだったからね。 イシュラムがアイツを殺しても、マジで気分は悪くなかったよ」 冷静に聞くKが、その心情を察し。 「ほう。 お前も仇を晴らせたから、死体の処理に手を貸したって訳か」 何度も頷くアンディ。 「あぁ、あぁ、そうさ。 魔法で飛んだ首をモンスターの餌にしちまえば、海に浮かべた死体も、もう水死だからね。 それにしても、一回助けただけなのに、イシュラムのバカったらよ・・。 うははははははは、俺の事を親友みたいに思ってさぁ~。 ま、ガウさんの子供だし、魔力も強くて魔法も遣えるしね。 仲良くして、損は無いって思った。 それに、イシュラムにはクソジジィを殺す手伝いもして貰ったからね。 まぁ、お互い様よ」 聞いている皆は驚き、ニュノニースはもう狂いそうに嘘だと云う。 だが、Kからするなら。 「なぁ~る、それで解ったゼ。 今まで島には何度も行って気付かなかったジサマが、どうして急に気付けたのか・・。 お前達の共謀か」 アンディは、もう隠す気が無いから、返って愉快に成ってきたのだろうか。 喜ぶまま笑みながら。 「そうそう、そうなんだよっ。 文献に在った異常な状況は、先に俺が見つけてたの。 だぁ~けどさぁ、俺一人で秘宝を探しに行ける訳も無いし、クソジジィが生きてたら勝手も出来ないじゃん。 秘宝を探す機会は後回しにしても、もう~あのジジィに扱き使われるのが嫌に為ってさ。 イシュラムと文献を調べるフリして、異変の事を植え付けさせたのさ。 何回も案内に行けば、それは一回ぐらいは異変と符号する天候にも成るよ。 うひひひ、まんまと引っ掛かって死んでやんの」 そう話すアンディは、祖父の死が心の底から愉快だと云わんばかりの顔だった。 Kは、推理していた事と、このアンディの話から大筋で話の殆どが読めてきた。 「そうか。 お前、島の調査を行える力量の冒険者を、ずっと待ってたのか。 だが、中々来ないから、そのイシュラムとか云うガウの息子を利用した訳だ」 「そっ、そそ」 場違いな程に腹を抱えながら笑い、何度もKに指を向けるアンディ。 「はぁ~、おっかしい。 イシュラムのバカ、遂に生け贄を使って暗黒魔法を極めたいとか言い出してさぁ。 仕方ないから、あの悪魔の門が開いた事の在る島を教えてあげたんだよ。 アイツが何か仕出かしたら、絶対に有能な冒険者チームが来るって解ったモンさ。 ほら、最近で行方不明に成ってる漁民が居たけど、それがイケニエ~。 財宝を取って来る話を持ち掛けてたら、ヒョイヒョイ話に乗って来た使えない漁師のバカ息子達だよ。 多分、イシュラムと一緒に島に着いたら、護衛の冒険者と一緒に殺されたんじゃない? 街の外から、人知れず冒険者を連れて来るってイシュラム言ってたしさぁ」 ウォルターは、そのアンディの様子に眉間を抑えた。 「若さと幼き頃の虐待が招く狂気か・・。 嗚呼、何時の時代も、この巡りは消えぬのか」 その、イシュラムの事を子供の様に喜ぶアンディを、何故か静かに見ているKで。 「お前にとって、俺達は格好の狙い目と云う訳か」 この問いを受けた時、アンディは怖い程に真面目な顔へと豹変する。 「・・そう。 俺の考えた思惑内で収まってくれる人達って、助けられた時に読んだのにさ。 まさか、そっちから島に行きたいなんて云うとは、これっぽっちも思わなかったケドね。 でも・・でもでもっ、アンタ、アンタが凄過ぎるっ!!!!!!!!」 と、Kを指差すアンディ。 憎しみと怒りが、その双眸に強く孕んでいる。 「フッ。 そりゃ~悪かったな」 余裕を見せるKを睨むアンディは、次にガウを見て。 「ガウのジジィっ!!!!! 余計なヒントを与えたのは、テメェだろうがぁっ!!!!! あっ?!!」 一気に裏が明るみとなって、肩を落としたガウであり。  「・・当たり前だ。 調査だけで良かった今回の航海に、ハンターの馬鹿共が斡旋所に金を回して食い込みを計った。 その御蔭で、薬の原料が乏しい薬師や、売り物が少ない店の婆さんまでが参加を希望してくる。 何かがおかしいと思うたわい」 そして、チラっとKを見ると。 「それをこのケイに云えば、これは裏が在ると。 然も・・ケイ達は、我々が守ってきた見えぬ物を見せてきた。 今までこの仕事に、何か遣り甲斐が在るのかと己に問い続けて来たが。 自分でも、この仕事が必要なものなのだと理解が入った・・。 だが、ケイ達を監視せねばと思うた矢先に、今度は島に悪魔が…。 挙句には・・、誰かがゲートを開こうとしたと聞いて、閲覧禁止の書物を探してたイシュラムの事を思い出した。 嗚呼、どうしようもない馬鹿息子では無い事を思って居たが、嗚呼……」 父親として、イシュラムの愚行に苦悩してか、言葉を弱めたガウ団長。 そこへ、アンディは追い撃つ様に言った。 「はっ、祈りも願いも通じなかったねっ。 所詮、ダメな奴は一生ダメな奴なんだ。 イシュラムの奴、自分が新たな魔王に成るって云ってたよ。 地味な仕事で働くアンタが、家族の中でも一番惨めに見えてたってさっ!!!!」 云われたガウ団長は、唇を噛んで拳を握る。 それは、魔法学院を優秀な習得量と速さで、魔想魔術と神聖魔法を修めて卒業したガウが、この出世とは無縁の役職に置かれている事を知り。 誰よりも恥ずかしがった息子、イシュラムの言葉だった。 此処に居合わせたニュノニースは、もうアンディの暴言に我慢が為らない。 「アンデルっ、いい加減にしなさいっ!!! ガウさんが今まで街の人にしてきた事は、街の人々が全部知ってる。 偉いとか、出世するとか、そんなんじゃないもっと凄い事をしてきてるっ!!!」 疫病に罹り、ガウに助けられた一人でもあるニュノニース。 なんだかんだと不満を聞いてくれる役人も、ガウが一番だっただろう。 街の住人が、ガウを住人として、統治に携わる役人として受け入れているのは、ガウが人にしてきた事の表れだとも解って居た。 だが、アンディの歪んだ笑みは消えず。 「煩ぇよ、ヤミグロ女。 お前がイシュラムに犯されずに済んでたのは、俺が仲良くしてたからだ。 俺と知り合いじゃなかったら、お前なんかアイツに・・。 いや、他の住人に襲われて売られてただろうゼ。 お前が大人に成長するのを、ウチのジジィですら女として見てたぐらいだからなぁ」 そうニュノニースに云ったアンディは、Kを睨んで。 「もう御託は止めよう。 さぁ、秘宝の在処を教えてよ。 それとも…」 と、何かを取り出そうとする。 だが、Kが醒めた微笑を口元と目に浮かべ。 「脅しを掛ける為に、爆薬でも出そうってか?」 腰に下げた袋を差し出す前に、中身を云われたアンディは苛立った。 「全くっ、何でそう先々が解るんだよっ!!!!! 一々頭に来るヤロウだっ、コイツを床に叩きつけてやろうかあぁっ?!! えっ?!」 と、袋から紅い菱形のものを取り出す。 それを見たウォルターは、目を丸くさせて。 「魔法爆弾・・か? 強い衝撃で、大爆発を起こす特殊錬金魔法術の産物ではないか」 その爆弾の威力を知るクラウザーも、また驚き。 「なんて代物を・・、この遺跡が粉々に成る。 我々も一瞬で消し飛ぶぞっ」 嘗て無い緊張が皆の間に走る。 然し、これもKには全くの無縁なものだ。 「アンディ…」 名前を呼ばれたアンディは、今にもその手に持つ物を叩き付けようかと云う様子で。 「何だっ。 秘宝は何処だっ!!!!!」 と、叫ぶのだが。 Kは、ゆるりとした動きで、奥の象徴像を指差し。 「アレだ。 アレが、在る意味な。 どんな値打ちの物でも、とてつもない金でも値打ちが付けられない、人間の歴史に纏わる秘宝だ」 その普通な言い方は、明らかにアンディの興味を誘った。 然し、その示された石像を見るには、後ろを振り返る事に成るので、Kを警戒しながらジリジリと半身に変わるアンディ。 「あ・アレ? あんな石像の、何処が秘宝さっ」 その言葉を受けて、軽く俯いて失笑をしたK。 からかわれてると思ったアンディは、 「くっそぉぉぉぉぉぉっ!!! 俺の事をバカにしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」 と、手に持った紅い石を持ち上げた。 「待てっ!」 「止めぬか!!」 「アンディ止めて!」 一同が一気に慌てた時。 その焦る皆とは全く噛み合わない静かな語りで、 「祈り・・だ」 と、Kが云う。 余りに静かな語りに、持ち上げたアンディの動きがピタリと止まった。 爆弾を前にしても焦らない、とても余裕な様子でアンディを見るKと。 Kの言葉に動きを止め、怒りで見開いた眼をそのままにするアンディ。 2人の視線が、噛みあった。 「・・意味・解んないんだけど」 と、アンディが云えば。 「なら、説明してやるよ」 と、K。 「ふん。 聴いてやる」 傲慢とさえ感じる姿で、手を下ろすアンディだが。 これからKが話す事が、どれほど意味の深いものか。 その、試練を受ける事に成る。 「アンディ。 人がこの世界を支配するには、創世記で語られる神話じみた出来事が在った。 神が作り出した人だが、自由を勝手に得ようとした人に、神の長たる者は加護と救いを止めた。 特異な姿なのに、動物と似た生き方しかしない人に、神に代わって救いの手を差し伸べたのは・・悪魔だった。 炎の使い方を始め、言語、芸術、そして・・魔法の大元である基本魔術の教えをしてやった」 この話に、やはり知的な興味や疑問が溢れ出たアンディで。 「へぇ、神様じゃなくて、悪魔がね。 悪魔って、そんな神様みたいな事をするんだ」 「いや、そんなに特別な事じゃないさ。 神も、魔王も、感情が在る。 悪魔は、神に忌み嫌われて魔界に堕とされた、闇・魔に染まった神でしかないんだ。 神は加護を授けるから、人以外の生み出した精霊や亜種人からも慕われる。 だが、悪魔は何時も忌み嫌われて、慕われる事を知らなかった。 だが、神から一時見放された人は、何でも求めるままに教えてくれる悪魔を慕った。 悪魔が欲しがれば、異性を与え。 魔界から出られない悪魔が求めれば、新鮮な血肉や宝石を探し分け与えた。 悪魔を統べる魔王と、神やその生み出した精霊等を統べる神の長がそれに干渉するまで、人と魔は選り良い関係に在ったんだ」 聴いた事の無い話に、アンディは失笑さえ出て。 「は・あははは・・、はぁ?」 そんなアンディを見返すKは、全く問題ないと云う顔だった。 「アンディ。 お前、お前の祖父や父親、そして親友のフリをしてたイシュラムだか、か。 神と悪魔に別けたら、悪魔側に近い性格のお前達だが。 それなりに付き合いはしてたろ? 利害が一致したり、持ちつ持たれつが成り立つなら、欲望を助け合って満たし合っていた悪魔と人は、何の可笑しい処も無い。 どうだ・・違うか?」 「・・・」 あまりにもすんなり理解が出来たアンディで、何の疑問も出なかった。 金だ、物だ、上辺の付き合いだの、謂れの悪い付き合いでも、それなりに適当な信頼や馴れ合いが在ったりするものである。 そのお互いに助け合う奇妙な関係が成り立っている間は、確かにそうゆう関係の者でも仲が良い。 これには、小難しい理屈は抜きだった。 Kも、人間(じんかん)の世間の裏側を歩いて来た男。 それが解らない彼では無い。 アンディのダンマリを見て、理解と捉えた上で。 「そう。 人もそうだが、偉い奴ほど奇妙に潔癖で。 統治をする輩ほど、気に入らない事を潰す。 神の長は、それまで精霊の生きる場所だけに豊かな自然を与え、人が入り込むとその場所を移した。 だが、悪魔と自分の生み出した生き物が仲良くするのを見て、怒り狂ったのさ。 悪魔に救いや安らぎを与える生き物、人を・・な。 笑えるだろ? 何せ、それを作ったのが自分だ。 飼い犬に手を噛まれる感じだったのだろうな」 「なんだそれ。 神様ってのも、結構な狭量ってか、我儘だね」 「ん。 それには、俺も同感だ。 だが、それから手を返し、神が地上の広範囲に豊かさを齎したのは、事実。 人が自由を得て、繁栄し出した。 教育と云う形を覚えた人は、豊かな土地に散った。 そう、それまで仲良くして慕った悪魔を見捨てて・・。 その結果、裏切られたと思った悪魔で、その負の感情を魔王が利用した。 人を唆し、悪魔と交信の出来た場所にゲートを開かせた。 裏切られたと感じた魔王は、神の支配するこの大地を第二の魔界にしようと企んだ。 こうして、遂に悪魔と人の戦いが始まる」 「それこそ、創世記だね」 「あぁ。 後に、新しく書き直された創世記では、人に言葉や火の使い方を教えたのは、神の使いと書き直されているものも在るがな。 だが、どちらにせよ、まだ国もまともに持たない様な纏りの無い人が、神と同じ力を持つ魔王と、モンスターの中でも強力な力を持った悪魔の軍勢に勝てる訳が無い。 人は、悪魔の手を逃れ、各地に隠れた。 そして、必死に祈った」 「・・祈ったぁ? 神様にかよ」 せせら笑いを見せたアンディだが。 Kは、古びた石像を見た。 「そうさ。 そして、此処は、その時の、その一つ。 精霊の力が、悪魔の寄せ付けを拒む場所を隠れ家にして。 人は、あんな物を作って・・。 そして、祈った。 助かりたいと、助けて欲しいと、自分を生み出した神に、な」 Kのその話を受け、アンディは思わず石像を見た。 「ま・マジかよ。 それで・・、本通りに助かったって? 神様に…」 こう口走ったアンディは、Kを見て。 「何でだ? 何で、神は俺達の先祖を助けた? 一度は見捨てたし、人間なんか嫌ってたんだろう? それとも、魔王に攻め込まれる要因を作ったからってかよっ?!!」 感情的に、そう怒鳴った。 いや、この何も無い場所だからこそ、ポツンと一つだけ在るあの石像が生々しい。 Kの話を聞く内に、アンディも祈る人の幻が見える様だ。 在る意味で可哀想だが、在る意味では自業自得とも云える。 そんな黒白の混ざり合う人と神と悪魔の因果など、らし過ぎて嫌だと思った。 だが…。 Kは、軽く首を竦めて虚空を見上げると。 「お前の言う通りかもな。 ま、実際に人を助けに来た神々は、神の長ではない。 必死に祈る人の姿に心を打たれた、長の周りに居た神だ」 と、云い。 また、その瞳をアンディの眼に向けて。 「お前も、此処まで生きて来れて、冒険者を続けて来られた裏を返せばさ。 昔の人間じゃないが、好意や善意や腐れ縁なんかに助けられても来ただろうに。 何も、こんな極端な謀なんざしなくても良かった筈では?」 Kの問い掛けを受けたアンディの顔は、少しずつ複雑な感情に歪んで行く。 「・・さい。 うるさいっ。 そんな、慰め要らねぇよっ!!!!!!!!」 「そうか。 なら、自分で後始末を考えろ。 俺達は、俺達の向かう道を行く」 そう言ったKは、石像の方へと歩き出す。 勝手に動かれたアンディは、どこか心が揺らぎ、涙すら浮かぶ目を怒らせ。 「動くなっ!!! 何が自分の道だっ!!! お前こそっ、俺の前に現れた後始末を付けろっ!!!」 然し、歩みを止める気配の無いKで。 「バ~カ。 俺やオリヴェッティ達を見て、勝手に秘宝の在処が解ると見込んだのは、お前の思い込みだろうが。 大体な、海旅族の国が在ったのは、今の水の国ウオッシュレール、そして魔法学院カクトノーズ、この二つの国の境目で、西側の海に出っ張った諸島と半島からなる無法地帯エグゼンドと。 水の国の周辺地帯だ。 その国を奪ったのが、今のゆる~い国勢で戦争をしない平和国家のモッカグル。 モッカグルとそれこそグルに成ったのが、台地文明興国のオルカカトだ」 一瞬、焦りから怒ったアンディだが、それを聴いては認識していた全てが揺らぐ。 在る意味、財宝が在ると思う根幹が揺らいでしまう。 「何だって? それって、もっともっと南の国じゃないかっ?!! 嘘だっ、この島々だって国の一部だった筈だろう?」 石像に向かう途中で、アンディのまん前まで来たKは足を止めて醒めた眼をすると。 「一応は、そうだ。 ・・だがな。 このサニーオクボー諸島は、あくまでも海旅族が航海に当っての基点を持っていた島の一部であり。 後に追われて滅ぼされた場所ってだけだ。 秘宝だの財宝なんてのは、在るとするならもっと大陸の下の方だろう」 と、云ってから、向かう石像を見て。 「ま、歴史的観点からするなら、学者でもある俺には・・アレも立派な秘宝だがな」 と、また歩き出す。 その後をスタスタと着いてゆくリュリュが、 「だがなぁ~」 と、Kの真似をして見せ。 「ケイさぁ~ん、僕達もお祈りしよ~よ」 彼の後を追い掛けて行く。 呆気に取られたアンディだが。 「さ、それを渡して貰おうか」 と、魔法爆弾を取り上げられる。 「何す…」 振り返ると、ガウ団長やクラウザー等に囲まれていた。 ルヴィアとクラウザーが抜刀していて、その刃先が突き付けられている。 「・・ケッ、負けかよ」 力を抜いて、アンディは肩を落す。 メルリーフとニュノニースが、何か云って欲しくて目の前に行くのだが。 「………」 クラウザーに拘束されるアンディは、2人から視線を逸らし。 その不貞腐れた様な素振りの片隅からは、軽蔑をする様な雰囲気を出していた。  メルリーフは、自分達の見ていたアンディは幻だったと思う。 「ニース、向こうに行こう」 云われたニュノニースは、メルリーフに抱きつき。 「メル姐さん、こんな事って・・嘘だよね。 うぅ、信じたくないよぉ………」 と、泣き出した。 さて。 この、劇的な場面を見ていたオリヴェッティは、石像に向かったKの背をジッと見つめてしまう。 (こんな事が・・これからも当たり前の様に続くのでしょうか。 私が望んだ秘宝を探す旅は、今もその呪縛に取り付かれる方々との戦いなのですね…。 ケイさん、貴方は・・どこまで恐ろしい人なのでしょう。 その普通にして居られる貴方は、一体どれ程の経験を………) 彼を有したチームのリーダーで在るオリヴェッティは、これから先の見えない出来事に身震えが来る。 Kを介して、この旅が続く限り。 その試練と直面して行かなければ為らないのだから……。 * 意外な、と云うべきか。 アンディを拘束して、彼の仲間でも在る女性2人から離したクラウザー。 この現状では、そうした方がいいと思った。 また、アンディより取り上げた魔法爆弾を手にするガウ団長は、その形の麗しさや、透明な中身で滞留する炎の魔力を見つめ。 「くっ、なんと出来の良い爆弾だ。 イシュラムのバカ者が・・、こんな才能が在るのにっ」 錬金魔法のエリートとして、精霊魔術と魔想魔術を扱えていた息子のイシュラム。 素直に育てば将来は、学院でも大臣は確実だと云えた。 そして、嘗ては一族でも秀才として、1つの魔法の修錬生を2・3年で卒業し。 若くして魔想魔法と神聖魔法を修めたガウ。 そんな自分を目標に、魔法を習うと生意気を言っていた幼少期のイシュラムが、ガウの脳裏に残る一番可愛い息子の姿だった。 (嗚呼、此処まで来て、ワシも解らなくなった。 この私の任された仕事に、意味は在る。 だが・・、あの子がそれを解らなかったのは、ワシの所為ではなかったか。 先々の地位の事を諦めさせてでも、この仕事を継がせる為に傍に置くべきだったかも知れぬ) 親として、どうあるべきだったか。 息子の造った魔法爆弾を見てガウは、その側面に映る自分に問うた。 さて、丸い円を線としてやや歪に描き。 その線状の円の中心に、燃ゆる炎を纏った球体が在り。 その球体から、円を描く線を貫く様にして、四方八方に光を現した棒線が延びる。 ・・太陽を模ったその石像の前へ、一足先に行ったKとリュリュが居て。 リュリュは祈りの真似事をしていた。 後から追い付いたオリヴェッティは、石像の周囲を見ているKに近寄った。 「どうですか、ケイさん。 何か手掛かりは在りましたか?」 すると、Kは石像の周りを指差した。 「見ろ。 この周りだけ、妙に埃の様な物が体積してる」 言われて見れば・・で、オリヴェッティもそれが解り。 脇に来たルヴィアを見てから、 「確かに…」 と、肯定した。 周りを見て、また石像の周りを見るKは、その場所に屈み込み。 そして、その塵を指で触った。 「・・、なるほど。 この手触り、相当に細かい塵だ。  こりゃ・・推察するに草とか花が分解した埃だな」 中腰に成って、Kの脇に顔を出すルヴィア。 その石像の周囲を見て、 「生えていたのが・・枯れて分解された成れの果て。 …そんな感じと云うことか?」 Kは、そこで塵を一気に底から退かすと。 「違う。 見ろ、この場所の地面は、硬い黄土だ。 この場所を隠したのは、超魔法時代の誰かかも知れないが。 それ以前に、此処に花を手向けていた誰かが居たのだろう。 隠された事で、風も入り込まない密閉状態と成り。 次第に枯れて、そして腐って塵に成ったと思う」 「何故に、そう解る?」 「この埃は、祈りの間の地面の土とも全く違うし。 像から見て祈る側の立ち位置となる前面にのみ積もっている。 大昔には、海旅族を含めた人々が祈りに来ていたのだろうよ。 だが、それが止む事態となった。 新たな人の出入りが無くなったまま、手向けられた花がこうして塵や埃になったんだ」 「だが、“大昔”と解るのか?」 「それ、向こうの壁際には、滲み出る水分の中に含まれた硬質物で半ば化石化した昆虫も窺える。 また、空気の出入りも無く塵に変わったこの堆積物に乱れは無く。 壁に画かれた暦と讃える詩に使われる文字の形態は、超魔法時代より前の古代文字だ。 あの古い文字形態から他には、現在に使われている文字が無い。 最低でも数百年以上は手付かずのままに、誰も入らなかった様だな。 魔法学院政府がこの内部まで管理していたならば、新たな人の入った痕跡が有って然るべきだ」 「ほう・・なるほど。 だが、此処はそれほどまでに大切に捉えていい場所なのか?」 ルヴィアが観察するに、以前の目の島で見た遺跡と比べると、此処はどうも質素にみえて。 重視されていたのは、目の島の遺跡と感じられた。 「もし、仮に、だ。 この場所を見守っていたのが海旅族なら、神殿と同じ領域で神聖な場所と捉えただろう。 歴史的に観ても、人間が滅亡し掛けた時に、神へ祈った場所で在り。 また、神が祈りに応えた場所ならば、それはもう神聖な場所としては最大なる聖所。 祈ったり、供物を捧げたりしていても全く不思議じゃない」 この時、この場所を眺めて観察するウォルターが石像の後ろに回り込んでいて。 「友よ。 そうなると、目の島で見た神殿同様、石像の裏が怪しいのぉ」 Kも、また。 「あぁ」 石像の後ろを見回したウォルターは、其処に置かれた或る物を見つける。 「フム。 何か在るな」 オリヴェッティやルヴィアは、何が在るのかとウォルターの方に。 石像の裏に回って、壁側に嵌め込まれた物を取り出すウォルター。 美女2人の前にウォルターが持ち出したのは、白銀色をした何かのオブジェだ。 その面にも、裏にも、何も描かれてない金属のゴツゴツとしたものを見て、ルヴィアはやや期待はずれと思いつつも。 「不自然な・・。 形は、何かを模った感じがするのだが・・、表も、裏も、何も描かれていない。 フムゥ…」 と、考え込む。 同じ意見のオリヴェッティで。 「見ても、目立って何の感じもしませんわ。 強いて言うならば・・何となく、魔法の力の残り香の様なものを纏っているとは思うのですが…」 同じ様な感じ方をしたウォルターは、それをオリヴェッティに渡すと。 「確かに。 では、私も先人に慣らい、1つ祈りを捧げようかな。 古代の先人を偲ぶのに、これほどの場所は無い。 年を重ねると、何とも情緒的に成るものだ」 神聖な場所と云うべきか、人間が滅亡しそうな時に神へ助けを求めた厳かなこの場所に。 気高くと云うか気位の高いウォルターでさえ改まり、慎ましく祈りを捧げたくなるのだろう。 そんなウォルターを見送るオリヴェッティは、その金属板にまた眼を戻して観察した。 (やや右斜めに傾いた長い四角。 右の側面だけ、波を打つ様に加工されていますわ。 それにして、コレ・・前にも似た様なものを見た事在る様な………) ウォルターの近くにて立ち姿のままその金属板を見るKは、備に観察するオリヴェッティとルヴィアに。 「俺には簡単な謎解きだが、魔法学院に行くまでは云わないで置こう。 その板に隠された情報を、お前達で開けて見るといい」 こう言っては、そのままこの広間を調べる事に向かって行く。 金属板とKを交互に見た2人の美女は、何を言い出すのかと驚き。 先にルヴィアが。 「おいっ、解る事は此処で明かせ。 魔法学院に行くまでなどと・・そんな悠長なっ」 と、云い。 オリヴェッティも。 「ケイさん、何が隠されているんです?」 と…。 黄土の床、茶褐色の壁、他に何か描かれたりしてないかと見回るKは、そんな2人に。 「この大事に合わせてな、そこのガウのオッサンが、俺達に仕事を頼みたいそうだ」 「ん、仕事だと?」 「あぁ。 あの悪魔が出た島の様子を込めた記憶の石とオッサンの書いた書簡を合わせ、学院政府のお偉方に届けて欲しいとさ。 此処まで関わった以上、この仕事は遣るべきだろう。 そうなれば、それを終えるまで旅は休止となり、幾らか猶予が有る。 少しは、頭を使ってみるのもいいだろう」 短くも、ここまで仲間として来た2人は、Kがこう成ると云った事を為すと解ってくる。 預けると云ったら預けるし、出来ると云ったら遣る人間だ。 何をどう言おうが、一定の間は知らぬ存ぜぬを通すだろう。 「おいおい、こんな金属の板をどうしろと・・。 何か、何か書かれてないのか?」 困って裏表や側面を見るルヴィアだが。 オリヴェッティは、眉を寄せてKを見る。 (嗚呼、もうガウさんからその依頼に対する打診が在りましたのね? 確かに、此処までの展開に成っては、私達にも関わった責任が御座います。 請けない訳には行きませんわね) だが、何故に魔法学院に行くまでなのか、それがオリヴェッティにも解らない。 魔法学院に行けば、この金属板の謎は聞いて解る様な簡単なものなのか。 それを今にKへ聞いても答えてくれるとは思えないし、オリヴェッティも不可解であった。 さて、Kは学者としてこの場所の調査に入る。 この“祈りの間”と思われる空間の壁や床に刻まれたのは、必死に神へ助けを求め祈る人の姿を描いた絵と。 大きく、繰り返し、繰り返しに神へ助けを求める文字だった。 その絵や文字を見つめるだけで、どれだけ必死に成っていたか解る気がする。 大きく絵を描いたのも、女性や子供を多く描いたのも、神の助けを求めるが故の浅知恵だろう。 何度も、何度も・・、同じ祈りの言葉を刻んだのも、それ以外にもう刻む言葉が無かったからであろうし。 途中で途切れそうな言葉が、再びまた同じ強さの線に戻るのもまた、当時の者の心の現われなのかも知れない。 (助かった事や降臨した神を讃える詩は、壁の余白に小さく、整然と書いてあるのに対して、助けを求める言葉は感情が有りの侭に窺える。 悪魔に滅ぼされ掛けた当時の人間が、必死に成って描いた・・か。 然し、アンディじゃないが・・、何で神の一部は助けたのか。 この世界が悪魔に支配されるのが嫌だったのか、それとも神の長も幾らか同情したからなのか。 長ではないにしろ神が降りた以上、それを黙認か、必要悪と認めた長が居る。 今はもう非干渉の神だが、加護だけは残された。 この場所に、未だ精霊の力が強く残るのも、その名残………。 この神々しい地場は、確かに神が降りた証だ。 そして・・、また神が降りる日が在るのか、な) Kの脇には、嬉しそうにするリュリュが居る。 神の生み出した生き物で、在る意味の監視者。 精霊を護る最後の砦でも在る神竜は、世界に命が在る事を示す物差と云えよう。 降臨した神々ではなく、神竜は神の長がの産物。 それが残るのだから、その意味は何なのか。 ハエらしき昆虫の死骸が硬質物で化石と為ったものを見つけたKは、それを見つめただけで。 「さて、どうする? 朝まで待つもいいし、戻るのもいい。 今から戻ると云うならば、モンスターの相手は俺が受け持つが?」 これを聴いたガウは、オリヴェッティに。 「済まぬが、オリヴェッティよ。 急がせて悪いが、このまま戻れないか? 罪人のアンディを、明日には拠点より街へ護送したい」 金属板を見ていたオリヴェッティだが、アンディの一件は由々しき事だ。 確かに、ダラダラする訳にも行かないだろう。 「・・解りました。 では、戻りましょう。 此処は、私達が長居して踏み汚す場所では在りませんものね」 決めると、Kは早い。 リュリュに、風の魔法で全員を外に出せと言い。 最後に、1人で石像に黙祷を捧げてからこの広間の入り口を塞いだ。 Kが外に出た後に、魔法床陣が昇ってきた穴自体が消えていた。 後からオリヴェッティが聞けば、この蓋と為っているモニュメントには、魔法の迷路機能が付いていて。 Kは、力でその機能を一時的に消滅させたが。 今度入る者は、その迷路を突破しなければ成らないらしい。 つまり、何処に本当の入り口が在るのかは、Kしか知らないのだ。 “誰かが此処に来て、不自然な穴だ扉だと見たら、それは迷路の入り口だ。 心配するな” 魔法の産物たるマジックモニュメントは、その本当の姿は解かなければ判らない。 初期のものは、魔力やオーラでカギを開ける事が出来るらしく。 以前にウィリアムの経験したものは、カギを含んだ迷路の様子や様相が劇的に進化した形なのだ。 もし、次に誰かが入ろうとしたなら・・・。 形態は初期ながらに、強力なマジック・モニュメントが発動する。 それこそ、魔法が発動すると同時に、命懸けの選択を幾度も迫る様な…。 縦穴の上に、リュリュの風で運ばれて上がった一同は、悪魔の片鱗をまた見る事に成る。 本領を出したKに、この島のモンスターが束に成ったぐらいでは脅威に成らない。 モンスターが、Kに脅えて遠巻きに此方を見るだけと為った時。 在る意味で此処に神か、悪魔が居たのだろうか。 夜更けの入り、季節外れの様に感じる生暖かい風が強めに吹く。 昨日に、ビハインツが不用意にモンスターを刺激した辺りに差し掛かった頃。 「凄い・・。 これが、ケイの本当の腕前か」 歩くだけで、斬る様子も見せずモンスターを散らすK。 その凄絶にして、余りに静かな戦いに、メルリーフは神々しい強さを感じた。 ガウ団長も、ケイが本領など出していないで在ろうその強さに、言葉を無くしてアンディを連行していた。 その中で、Kを見るウォルターが、徐に何を言い出すかと思えば…。 「我が友は、どうやら斬りたく無かった様だな」 ウォルターと肩を並べて歩き。 ガウの連れるアンディを脇目で見張るクラウザーも。 「その様ですな」 と、云わんとする意味が解った。 Kが戦う姿を見ているアンディに、クラウザーは云う。 「アンディ・・、誰よりも君を疑いたく無かったのは、あの男かも知れんぞ」 「はぁ? 何を言ってる。 ジジィ2人で、俺をからかってるの?」 アンディは、そんな訳無いと思う。 だが、ウォルターが先に。 「我が友は、今はああだが。 その少し前は、恐ろしい男でな。 自分を裏切る者、悪しき者には容赦無く。 悪党集団を死滅させたり平気でしてきた男なのだ。 御主が爆弾を持った時点で、今に思えばその手を斬り落すぐらいは出来た。 だが、何もしなかった…」 クラウザーも、また。 「此処に来る少し前、俺の弟子も助けられたが…。 汚れきった悪党は、半殺しか・・この世に居無い。 それに比べたら、君には手出しをしなかった。 どうやら、気に入られていたみたいだな」 老人2人に言われ、横に向いたアンディ。 「それは、光栄だね。 俺は、何も認めてくれって云ってないケド」 すると、ガウが。 「御2人、もう宜しい。 このバカに、その様な諭しは必要無い。 街の裁判官は、非常に冒険者とか言う者を嫌う頑固者。 こやつは、どの道に死罪を免れん」 「へぇ、俺が死罪ね。 じゃ、アンタは安泰だね。 アンタの落度となりそうだったイシュラムも死んで居無いし、反逆した者が居るなんて中央には伝わらないからさ」 ガウの役職と家族の足元を見て、彼を言葉で揺さぶって動揺させようとしたアンディだったが。 引き連れるガウは、前だけを見ながら。 「それは、中央の沙汰次第だ。 オリヴェッティに託す書状には、包み隠さず全てを書く。 ワシの落ち度が大きいと判断されれば、ワシも罷免されような」 「ケッ。 書くんかよ」 「当たり前だ。 こんな事、隠せる訳が無い。 謹慎を受けたが、イシュラムとて自治政府から役職を受けた身ぞ。 その身で、暗黒魔法を会得してゲートを開くなど・・。 罪は罪。 されど、ワシも親じゃ。 生きてあのバカのした事の尻拭いをせねば為らん」 親として、人として、覚悟を持ったガウの前に、アンディは何も言えなくなった。 普段はいい加減で世話焼きの暇人団長と思っていたのに…。 形はどうあれ親らしいガウの態度に、アンディですらイシュラムの性格が馬鹿らしく思える。 然し、己の末路が死刑と判ると、それを口にするほどの元気が湧かなかった。 さて、帰りはモンスターと1度も戦わず船に戻ったガウは、船室などで寝ていた魔術師達を叩き起した。 そして、強引に拠点ン・バロソノへと引き返させたのである。 船に乗って尚、Kが無言でモンスターを相手にする様子に、リュリュも自然と合わせていた。 海上を徘徊する鳥類モンスターの数が夥しいので、オリヴェッティやウォルターが加わって魔法を遣おうが。 警戒に仲間が加わろうが、何一言も発しなかったK。 朝方までまだと云う真夜中に、ン・バロソノに戻り。 昼前に街に戻る為に出港するとして、宿に皆が戻った。 男達が部屋に戻ると、ビハインツが凄い鼾をして寝ていて。 Kが、 「チッ、コイツを忘れてたゼ。 然し、ウルセェな」 と、言えば。 「ん・・煩いの」 と、クラウザーが彼を見る。 「モガ・・」 同じく煩いと思うリュリュが、ビハインツの鼻を摘んでしまった。 一方、同じ頃。 もう一人の留守番をしていたウォードは、意識が朦朧としていて歩ける状況ではない。 明けた昼前まで待っても、それは無理だ。 彼の様子を見たニュノニースとメルリーフは、アンディの事を話せる状態では無いと休む事に。 密かに秘宝を狙っていたアンディの所業と、これまでの不穏な事態の答えが判り。 誰もが静かに夜明けを待つ…。
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