秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第2幕

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   ≪終わらない旅と、終わらず続く事後…≫ そして、明けた次の日は、重々しい曇りだった。 陽が上がった頃から眠そうな魔術師達が出港の準備をする。 朝になれば、船の甲板に転がるモンスターの死骸なども見え、彼らは随分と嫌そうな顔をしていた。 ガウは、早い頃合いからアンディを縛ったままにデッキへと連れ、逃げれない様に縛り付けて固定する。 出港ギリギリと為って、メルリーフとニュノニースに肩を担がれ乗り込ませられるウォードは、もう鎧も脱ぎ捨てたヨレヨレの状態で。 今し方、アンディの事を聞いてか、泣きながら運ばれている。 「おぉぉ・・、アンディがぁ・アンディがぁ・・か。 誰か・誰か嘘と云ってくれぇぇぇ」 弱弱しい言葉ながらこう泣き咽ぶウォードの姿は、仲間のニュノニースやメルリーフだけではなく。 それを直に見たオリヴェッティやウォルターにとっても、実に目に痛い。  後から乗り込むオリヴェッティ達だが、棒を杖にして乗り込むビハインツの方が随分と元気そうだった。 島民以外の宿泊者の全員が船へ乗り込んだ。 まだ体調の優れない僧兵も、立て込んだ行動を余儀なくされた魔法船団職員も、1日待たされた薬師や道具屋の老婆も。 街の住人で在る薬師達は、朝にアンディの事を聞くとかなり驚いた。 が、出航となる今は、もう関わり合いたくないと言わんばかりの無言である。 その仲が良かったこれまでの様子すら窺わせない辺りは、街の住人ならではの習慣と。 人間が社会的な感覚に合わせ持つ自己保護の本能と思われる何かが現れているとKは感じた。 最短の航海ルートを行く船の中は、もう葬祭場と化した。 言葉は誰も交わさず、薬師達は自己の仕事に終始して。 船の運航をする魔術師、船員も話さずに黙々と仕事に動くのみ。 あれだけブーブーと文句を垂れた若い魔術師が黙るのは、とても普段の様子の微塵も無い、厳格にして沈黙を続けるガウの存在がそうさせるのだ。 また、体調不良の僧侶達の存在が、それに拍車を掛けている。 この船内の様子では、リュリュですら明るく振る舞うともどうしようも無い。 甲板でKに絡むリュリュが、一際に浮いていた。 だが、この事態の張本人となるアンディには、無言で敵意が向けられる。 何かに動く魔術師が、彼の間近を通る時。 (死ね、ゴミ) 小さく呟かれた。 中央より派遣された魔術師達は、地方の田舎を蔑む事が少なく無い。 そんな見えない貴賎感覚も在るのだろう、敵意が殺意に似たものへ変わっていた。 何も言わない魔術師ですら、アンディを観る眼に憐れみやら人情の籠るものは1つとして無く。 中には、前を通る時にワザと足を踏んだりする者すら居た。 大陸側へ近付くにつれて、天候は徐々に悪くなる。 空に黒い雲が集まり。 風も湿って冷たくなる。 そして、まだ昼前の頃。 雪雲に覆われた雪景色のノズルドの街に戻る。 ガウ団長は港に常駐する警備役人に掛け合い、アンディは警備役人より警察役人の居る場所へと引き立てられて行く。 ニュノニースとメルリーフは、仲間と云う事から事情聴取だけの為に同行を求められた。 港に待たせていた部下を遣ったガウ団長も、魔術師達や僧侶達を休ませる手筈を付けて。 ウォードは、ガウ団長が務める神殿へ保護される事になり。 そのまま自分の馬車に乗り込むと、ガウも何処かへ去って行く。 自分の息子の失態も在れば、家族として話し合わねば成らない事も出来るだろう。 オリヴェッティには、事前に色々と言ったのも、こうして色々と動く必要が出来たからなのだろう。 チラチラと雪が降り。 海風で港は雪が舞う。 他の港に居る住人が、見知ったアンディが連れて行かれる様子に、“何が起こったのか”と囁き合う。 また、ガウ団長の動かした船より、ハンター達やその手下が全く降りてこない。 彼等を待っていた従者だの手下は、ガウ団長の命令から部下の魔術師等が港より追い払う。 全く情報もなくこうされれば、荒くれた者も居るので小さな諍いも起これば、港では騒ぎにもなる。 さて、アンディの移送やガウの様子を見届けたオリヴェッティは、強い風に小雪が混じる中、仲間を連れて斡旋所に報告へ行こうと動く。 処が、強く冷たい風の吹く港から街の中へ入った所で。 「おい」 「ちょっと待てよ」 冒険者風体ながら、悪人の様に人相の悪い男が3人現れた。 「何か、用か」 クラウザーが少し前に出て問えば、1番に小柄な装備の汚い中年男より。 「おいおい、事を荒立てる気はねぇよ。 それより、アンディが役人に縛られて行ったが。 何か、有ったのかい?」 情報を小金で売り回る為の情報収集か、男達3人は諍いを起こす気は無さそうに見えた。 が、明らかに只では通さないと云う雰囲気も見え隠れしている。 すると、Kが。 「お前等、アンディ達を悪事に駆り立てた商人やハンターの仲間か? こんな処で遊んでると、何れ役人が話を聴きに来るゼ? 悪党側に片足でも突っ込んでいるならば、ほとぼりを冷ます意味でも街を出た方が良いンじゃないか」 「あ?」 「何を言ってる」 3人の冒険者風体の男達は、Kの話に向く相手を変えた。 この時、ウォルターがオリヴェッティを無言で歩かせ。 足手纏いのビハインツをルヴィアが引っ張る。 仲間の機転を見たKは、横にリュリュを居させながら。 「採取に同行したハンターや商人は、欲深い性格が祟ってモンスターの餌に成った」 ハンターの一団が1番に頭数が多い今回の仕事の参加者。 だが、その誰も居ないのは、街に住み着く男達も不審に思ったのだろう。 「ほ、本当に死んだのか?」 「何でっ?」 醒めた眼を包帯の間より向けるK。 「知るか。 仕切りのガウのオッサンの決定を無視して、鉱石探しだかに勝手に島へ入ったらしいからな。 アンディの仲間の1人も連れて行ったみたいだが、直ぐに全員が食い殺されたとよ。 ガウのオッサンも、この事態を穏便に済ますには、死んだ奴らの悪い処を些かなりとも明らかにして、勝手をした奴らが悪いと決め付けなければ成らんだろう」 と、言ってから、やや間を入れて男達を眺めると。 「お前ら、役人から関わりの詮索を受けても、無傷で居れる身か?」 関わり合いの度合いを見定める為に、探りを入れるつもりで言った、が。 「お、おい」 「おおぅ、これは不味い」 「な、早く街を出よう。 春に、またこっちへ戻ればいいじゃねぇか」 どうやら関係からして真っ黒ならしい。 男達は、情報収集よりも立ち去る事を優先して消える。 曲がり角に男達が消えて、辺りを窺ったKが。 「ふん。 こんな閉鎖感の強い街じゃ、悪党はみんな仲良しらしい」 独り言の様な彼の意見だが、近くにクラウザーが居て。 「流石だ、カラス」 頷くKは、リュリュと歩き出す。 だが、アンディと一緒に仕事をしたオリヴェッティ達は、街の住人からすると情報源。 複雑な石垣のうねる街中を往くと、路地の交わる所で魔術師風体の年配男性が立ちはだかる。 「おい、アンタ達!」 新手の屯する冒険者と思ったが、風に乗り植物のアクの臭いが皆に届く。 草木の根っこのアク臭い年配男性は、オリヴェッティに詰寄る様に。 「何で、アンディが役人に? ウォードは怪我して運ばれたし、ニースやメルはどうして連行された? それに、ボルグは、ボルグが見当たらないぞっ。 何が在った?!」 詰寄る彼に、オリヴェッティはまだ何も言えないと云う。 其処へ、港方面の路地から。 「アナタっ、お願いだから、今は止めて!」 皆が其方を向くと、一緒に仕事をした自然魔術師の女性が居た。 『アナタ』と使うからには、この2人は夫婦か、それに等しい間柄と云う処なのだろう。 「だが、これはっ」 年配男性は、まだ何も教えて貰って無いのか。 混乱から興奮状態に成っていた。 自然魔術師の女性は、慌てて此方に来て。 「斡旋所に行くんでしょ? 早く、早く行って」 と、年配男性の前に立って間になり。 オリヴェッティ達へ言って来る。 Kは、何となくの事情を察してか。 「オリヴェッティ、行くぞ」 と、だけで歩き出す。 オリヴェッティも、その様子に長く居る事が悪い方へ行く気がして歩き出す。 脚を痛めるビハインツは、合わせる様に歩くが痛みが出るので。 「何で、こんなに急ぐんだよ。 いっ、痛たた…」 横を歩くルヴィアが、 「同情したい処だがな、怪我の元が自業自得では些か気も薄れるぞ」 と、自然魔術師の女性と言い合う年配男性を見返した。 その2人を見て歩くクラウザーが。 「この様な事態となり、この閉鎖的な街ではかなりの波紋を生む事になろうな」 同じく、ウォルターも。 「その通りよ。 死んだハンターなる商人達は、善し悪しは除いてこの街の資産家にして商いを動かす一端を担っていた者達。 死ねば、その手足となっていた悪党や屯する冒険者が路頭に迷う。 後釜を狙う者達が動く幅を得るだろうが、落ち着くまでは役人を忙しくさせると見た」 世情に通じた老人2人は、この後に起こる事態を大まかに予想している。 若いルヴィアやビハインツは、どうしてそうなるのか分からない。 悪い奴らが亡くなっただけだ、後は良くなるとしか思えなかった。 雪が降る。 喜ぶリュリュが鼻歌を鳴らして子供の様に歩く。 だが、斡旋所まで何度も、悪党みたいな屯する冒険者達や、この街に根を降ろす冒険者達がオリヴェッティ達を捜しては話し掛けて来た。 今回の仕事に行ったあのハンター達に関わる者は、儲け話にあり付けると思っていたのに。 何故か戻って居ないし、噂話に死んだと聴く。 また、アンディと一緒に事情聴取とニュノニースやメルリーフも役人に連れられた。 ガウから扱いは悪くするなと言われた役人だが、アンディに対してはその範疇に無い訳で。 移動する様子を見ていた根降ろしの冒険者達からすれば、これもまた異常事態となる。 その混乱の矛先は、一緒に行ったオリヴェッティ達に向くのも仕方の無い事だ。 その詮索と云う絡みを何度かやり過ごして、斡旋所に着いたオリヴェッティ達。 斡旋所の中に入ると、待ち構えていたのか。 以前とは違う、50人近い冒険者達が居る中に来た。 (うわっ、何でこんな…) 驚くビハインツだが。 その冒険者達の視線に、非難や不満を含むトゲを感じたクラウザー。 (アンディが捕まった事や、死人が多く出た事を知りたい奴らが集まっているのだろうよ。 我々は、一緒に行って事の粗方を知っているが。 此方は、知らない側だからな) リーダーとして、あの妖しげなローブ姿の主が立つカウンターに相対するオリヴェッティ。 「マスターさん、只今、戻りました」 頑丈な木製の長椅子にどっかりと座り、杖を片手にフードの片隅から視線を覗かせる主。 アンディが“バンチャー”とか云っていた主は、 「随分と街を騒がしくさせたね。 一体、何が在ったい?」 と、話を聴く態度に。 周りを気にするルヴィア、ビハインツ、リュリュだが。 Kは、完全にオリヴェッティへ任せるとして窓際に寄り掛かる。 「では、報告を…」 オリヴェッティが仕事の話をし始めた。 Kがモンスターの部位も持ち帰っているし、海ではあの巨大な眼のモンスターを倒した話に、集まった冒険者達がどよめいたりする。 あのモンスターは、誰も倒せないだろうと噂していたからだ。 然し、あの海旅族の遺跡の事は秘匿の事。 観光の様に嘘を言ったオリヴェッティは、自分達の最大のミスとなるであろう、あの呪われた島の事を語る。 バンチャーなる主は、窓際で雪が降る外を見るKへ。 「その時の様子を見たって云う記憶の石は、何処だい?」 「今は、ガウのオッサンの手だ。 オッサンは、学院政府へ自分の書簡と一緒にソレを届けて欲しいらしい。 明日には、その依頼が此方を指定して来るンじゃないか」 「ん、なるほどねぇ~」 話の途中で待たされたオリヴェッティは、まだ核心の話が在るので。 「マスターさん、実は本題が此処からでして………」 「ん?」 ハンター達が暴走した事を話すと、また冒険者達がざわめいた。 ボルグを唆した事に話が及ぶと、冒険者達の一部から小声でハンター達を詰る言葉が出る。 ボルグとハンターの一部が通じていた事は、地元の冒険者ならば周知の事だったらしい。 暴走に加担したボルグに、呆れた彼等だ。 然し、ウォードが怪我した事、アンディが秘宝を探して暴走した事に話が及ぶと、小声で話していた冒険者達は静まり返った。 部分的に嘘も交えた報告を受けて。 「ホォ~ホホホ、あのアンディがねぇ。 若造のクセに、随分とド豪い事をしたもんだ。 だが、ハンター達が勝手をしたとしても、大勢の死人が出たのは痛いねぇ~。 今回の報酬は、半額しか出さないよ」 主は犠牲を盾に言ってくる。 普通の判断からすると、オリヴェッティ側の落度は小さい。 ゼロでは無いのは、見張りの仕方が悪かったことだろうか。 ビハインツやルヴィアは、半額とは横暴だと感じて不満を顔に表したが。 オリヴェッティは、それも仕方ないと。 「構いません。 事実ですから」 だが、此処でKが口を開いた。 「さて、マスターよ。 アンタも精々、首を洗って待っとけよ」 黒いフードを深く被った主の女性は、Kに向かって何事かと。 「ウヒヒヒヒ。 何で、アタシが首を洗って待つ必要が在るんだい?」 すると、ニタリと微笑んだKは出口に向かい。 出口の扉を開いては、一足先に出ようとする手前で脇目を向いて。 「・・アンディから聞くに、アンタ……私服を肥やすのが上手いらしいね」 この台詞だけ残して出て行く。 Kが出て行った後、誰も何も言えない。 集まった冒険者達は、何が言いたかったのか解らず、Kの出た扉を見る。 小雪が風に運ばれて、斡旋所の中へ吹き込んで来ていた。 只、オリヴェッティは・・。 「主さん。 私達も、明日からの事を話し合わなければなりませんので、報酬をお願いします」 と、淡々と言った。         ★ それから、二日後。 曇天より雪が舞う冷め冷めしいノズルドの港での事。 中型客船に乗り込むオリヴェッティを、依頼をしたガウが見送りに来ていた。 オリヴェッティ達が乗るのは、魔法学院に向かう為の交易都市マデューサザン行きの旅客船で、5日から7日も有れば沿岸都市へ到着するだろう。 「では、書簡を頼む」 「解りました。 必ず、届けさせて頂きます」 書簡を手にするオリヴェッティは、ガウに誓いを立てて船に乗り込んだ。 この日のガウは、とても珍しい事をした。 予め前日に遣いを寄越したうえで、斡旋所にてオリヴェッティ達と落ち合うが。 主のバンチャーすら半ば無視し、書簡と記憶の石を直接に持ち、この船の手配をした上でオリヴェッティに依頼を託す。 普通、書簡や記憶の石は主を経由して、依頼を回すと決めた冒険者に預けるのだが。 頑として主の提案は聴かないとガウは、直接に書簡と記憶の石を渡すとし。 依頼の作成だけバンチャーにさせると、オリヴェッティ達を自身の手配した護衛付きの馬車で港に送り。 船に乗る時に合わせて書簡と記憶の石を渡した。 これは、主すら信じて無いと言ってるに等しい。 この時、Kが持ち帰ったモンスターの部位の報酬も受け取ったが。 何故かKは、売るに捌きやすく日持ちのしない物だけをオリヴェッティに売らせていて。 高価で保存の利くものは売らせなかった。 「世話になった。 オリヴェッティにケイ、また仲間の皆。 無事で、悲願を達せよな」 「有難う御座います。 ガウ様も、お気をつけて」 午前の曇り空の下で、雪を孕む風が強く吹いている。 オリヴェッティ達の乗り込んだ船を見送るべく港に立ち尽くすガウの顔は、悲壮感に満ちていた。 船が港から海上へ離れてゆく、その時までガウは警戒を怠らなかった。 船旅がまた始まると、船内ではKやクラウザーが話し合う。 今、死んだハンターやアンディの一件で、ノズルドの街を統括する長官がピリピリし出していた。 普段は全く働かない警察役人達が、珍しく街を走り回っていた。 死んだハンター達の裏側を捜査しなければならず、その彼等より袖の下を貰っていた輩が沢山に居る。 アンディとイシュラムがゲートを開くなど大それた事を企んでなければ、ここまで慌ただしくなる事も無いのだが。 ハンター達とアンディの間にも、どうやら繋がりが有ると解ったからとんでもない。 そして、アンディの供述に因ると、今回以前にも幾つかの事件に関与していたと自供。 それは、死んだハンターからの依頼だったり、街のゴロツキ相手だったり、斡旋所の主が回した仕事だとか…。 斡旋所の主とは、身体の半分がくっついたままで生まれた双子の魔法遣いリドル&リドリンで。 胸から上が2人で分かれているのだが。 その命を延命させる特殊な手段として、数日を入れ替わりで過ごすという生き方をしていた。 この姉妹、奇形の姿ながらその生活はもっと変わっていた。 姉のリドルは、穏やかで知的な性格をしていて、その人当りは悪くない。 只、身体が妹に強く取られている手前、3日起きたら、5日は寝ないといけないらしい。 代わって妹のリドリンは、狡猾で不気味な喋り方をする。 魔力も妹の方が強く、姉が眠っている間は彼女が主として斡旋所を仕切っている。 冒険者協力会に主として雇われたのは、姉のリドルなのだが。 最近は、体調不良から姉は休みがちとなり。 もう妹が主の仕事を支配していたと言って良かった。 この秘密を随分と以前から知っていたアンディで。 実は、まだ少年の頃より祖父の暴力から逃げて斡旋所にいた為に知っていたらしく。 姉のリドルからは弟の様に思われ、妹のリドリンからは小間使いの様な扱いの存在だったと…。 そして、ガウ団長の息子となるイシュラムとこの主が面識者だったのは、アンディだけではなくニュノニースや他の冒険者の証言も在って明らかだ。 この街にイシュラムが来ていた理由には、女性と遊ぶ以外に錬金秘術に使う毒薬などを仕入れをする事も在った。 錬金秘術は、魔法の言語で魔力をエネルギーに金属変化や物質融合を行うのだが。 このノズルドの街は、その監視が非常に緩く。 政府の内部からやや危険視されたイシュラムも、この街では薬を手に入れ易かったらしい。 また、その毒薬等の売り元が、実はこの主リドリンなのである。 他の街に比べたら、この街の閉鎖感は格段に強い。 今まで街で出る不審な死者でも、いい加減と云うか。 杜撰な体質から未捜査で自然死と片付けられてきたが。 イシュラムの手でゲートが開かれそうになり、それをガウが中央に知らせると言ったから、それこそ鼻くそ穿って知らん振りしていた役人まで本気に成らなければ為らない事態に至った。 急に捜査だの、内部浄化を迫られた街の役人達で、それこそ手当たり次第に何でも遣ると言う様な慌て方だった。 だが、斡旋所の主にとって、この騒動は只事ではない。 Kは、この事を予見して、あの話を残したのかは不明だが。 確かに、この捜査は主の姉妹を追い込む事に成って行く。 自分の息子の不始末を明るみにしたガウは、その後に自宅待機となり。 ハンター達から違法な取引をしていた街の統括部の者も同じく軟禁待機となる。 魔法の通信にて話を受けた学院政府は、この事態を重くみて、対処をする監察役人を送ると決まった。 再び悪魔が世に蔓延る時の対抗手段の魔法を教え、世界に中立を解く魔法学院自治領政府が、魔王を呼び出そうとしていた者を役職に着けいた…。 こんな事態は、自分達でサッサと片を着けなければ、対外の信用問題になりかねない。 また、責任問題は冒険者協力会にも波及する。 魔王を呼び出そうとしていた者に情報提供したのが、どうやら斡旋所の主と調べが及んだからだ。 主のバンチャーに捕縛の命が下り、斡旋所も一時的に閉鎖と成った。 オリヴェッティ達が船で去った後に、1日1日と大変な事に成って行く。 役人達から解放されたニュノニースやメルリーフは、バンチャーから報酬を貰った後に話を聴かれている最中、役人が来てバンチャーに詮索する処を見た。 アンディと関わりが深かった2人だから、詮索に口を挟む事など出来なかったし。 他の冒険者達も、これからの様子の変化を知ろうと動き回って居て。 一緒に居るメルリーフやニュノニースの後まで着いて来た。 ノズルドの街が、アンディの一件で酷く慌ただしくなる。 生活の掛かる事だから仕方ないが、毎日に見付かる死体はその事態を現すかの様だ。 死んだハンター達の後釜を狙おうと動く者。 この際だから悪い輩を追い出そうとする冒険者も居た。 嵐が過ぎるのを待とうとするニュノニースやメルリーフ達は、その騒ぎに巻き込まれる。 自宅待機と成ったガウと2人が会うことは無く、ガウ団長の奥さんが自殺未遂をした事も直ぐには解らなかった…。 * さて、オリヴェッティ達に話を戻そう。 船旅とまた為ってしまった一行だが。 その5日間の旅は、あまり会話が弾まなかった。 依頼された仕事、街の混乱、ガウの様子、心配が重なって話す事が少なかった。 然し、このチームには明るい性格の者が居ない訳では無い。 リュリュが明るいのは、何時も通りだろうか。 だが、ビハインツも性格として明るい方だろう。 処が、この男が元気の無いとはどうした事かと思われるが。 その原因は、彼の負った傷に在る。 あのモンスターの酸に因る傷。 その治りが早かったビハインツは、一度は治りかけた足の皮をKによって剥される。 その治療に、旅の僧侶の力を借りたが。 流石のクラウザーでも見たくないと部屋を出た程。 何故にこうなったかと云うと、毒にやられた皮を残すと瘡蓋が腐食した様になり。 後で歩くなどの動くだけで瘡蓋が切れたりするのだと言う。 グチュグチュの状態が慢性化するので、一度か二度は剥いだ方が良いのだとか。 だが、麻酔らしい薬は麻薬の類いで、出来るならば使わない方が良い。 ビハインツは元気だし、船には何人もの僧侶が居たので、短時間に一気に遣って完治を早めようという判断をKが下した。 乗船して2日目、生皮を剥されたビハインツは、処置の途中でジワジワと湧き上がる痛みから気を失っていた。 それからも、痛み止めが切れると痛がる訳で、元気に明るく場を盛り上げるなど出来る訳が無かった次第である。 ま、こんな感じで、ルヴィアとオリヴェッティは、ウォルターやクラウザーと例の金属板を見て調べる毎日。 だが、幾ら見詰めても裏表の表面を覆う白い銀色の金属は、白銀であると言う事ぐらいしか判らず。 この金属板に何が隠されているのか、それが解らない。 じれったく考えるのが面倒なリュリュは、 「魔法でいっぱぁぁっつっ!!!!」 と、怖い事しか言わず。 ヒントが無いとブツブツ呟くルヴィアは、もうお手上げ。 そして、明日には交易都市マデューサザンに到着すると云う航海5日目の夕方には、オリヴェッティも参ってしまった。 船旅最後の食事時。 クラウザーが仲間一同を集め、テーブル一杯に持って来た食べ物を前にして。 「ま、とにかく食べよう」 昨日まで4日間の航海の間、それぞれが2人や3人の塊でしかなく。 チームとしては1度も一緒になっていなかった次第で在ったが。 今日は、大きいテーブル1つを占拠し。 それぞれに取り皿へと盛った食べ物を並べて、食事をする。 ノズルドの街からすると、随分と南に下がって来た。 雪も降らず、冬の気候ながら差程に寒くもない。 開放的で窓も無い、吹き抜けの内部食堂の広間の中で、外から涼しげな風を感じつつオリヴェッティは、Kに。 「あの・・、ケイさん」 と、声を掛ける。 フォークに1番細くて小さいソーセージを刺したKは、 「貸せ。 石版」 右に座るオリヴェッティへ右手を差し出す。 食事が中断され、皆の視線が止まった。 石版を受け取るKは、 「この白銀で塗り固めるのは、古い隠蔽工作の1つだ。 では、白銀は何に有効だ?」 と、皆に問う。 ウォルターは、それこそ当然だとばかりに。 「それは、神聖な加護が在り、不死や亡霊モンスターに攻撃が行くのだろう? 後は、魔法を防ぐ効果が在るのは、当然だ」 「ん、ソレだ」 Kは、ウォルターに此処で指を向けた。 そして、白銀の金属板を皆に見せて。 「魔法を防ぐのだから、魔法を掛けた物を包む事で隠蔽も出来る。 魔法が掛かっているのを誰にも知られたく無い時、昔の人はこうしたんだ」 と、刃渡りの短いダガーを取り出したKは、その金属板の表面をダガーで削ぎ始めた。 「あ」 皆が思わずに声を出した。 林檎の皮でも剥く様に金属をスス~と剥く、その技が凄い。 剥かれた金属の薄い物を手にするクラウザーは、手触りに硬い金属の感触を得て。 (何と云う手練じゃ) と、また驚くばかり。 さて。 剥かれた金属の板の下からは、青銅で出来た半分以下の石版が出て来る。 それを見たウォルターは、即座に。 「ふむぅ、これは。 此方にはミラージュの魔法が掛かっておるぞ」 オリヴェッティも、石版から基本魔法の波動を感じる。 (嗚呼。 何度、叩き割ろうを思いましたが…。 やはり、白銀の下から微かに魔力の波動を感じたことには、それなりの意味が在ったのですね) ま、落としたぐらいでは、白銀部分が壊れる事も無いのだ。 大胆な行動が必要だったのは、この様子からしても言うまでも無い。 食べながら見ていたリュリュは、少し剥れた顔に変わり。 「ホラぁ~、魔法でバァ~ンが正解じゃん」 すると、隣のルヴィアが目くじらを立て。 「そなたの魔法でやったら、粉々に為ってしまうだろうがぁっ!!」 「あ、えへへぇ〜」 照れるリュリュに、ルヴィアは更に目を鋭くさせ。 「褒めてないっ!!」 見慣れてきた掛け合いをする2人を無視するK。 デ・スペルの魔法は基本魔法なので、Kも唱える事が出来る。 その青銅の石版に掛けられた幻影の魔法を解けば、下からはまた文字が…。 “悠久なる時、我々を生かしたる精霊の御霊  その幾重にも集まりし力の結晶は、母なる蒼の水底に 眠りし力は、我等が作る箱庭に収まり その姿は、あらゆる者の眼を掻い潜る  我等が一族が滅ぶ時が訪れたる時も その秘密は永劫に眠るだろう 一族の者で、その力を欲するので在るなら 時の地図を辿るが良い 新たな地 高みの地 興りし地 新たな地の場所解れば 高みの地が解ろう 高みの地の場所が解れば 興りし地の場所が解ろう” 音読した後、再度内容を見ていたKは、次に石版を眺めながら側面や裏も見て。 「・・か、どうやら複雑に遺跡を隠してるみたいだな。 こりゃ~うっとおしい」 そして、Kから石版を受け取るオリヴェッティは、リュリュとルヴィアに鋏まれながら古代文字を読む。 一方、クラウザーは、 「おい、カラス。 その“新たなる地”って、新しく手に入れた土地と云う事か?」 海旅族に関わる資料は、僅かに残る石碑などだが。 これでもそうゆうものは全て、解る所から見回っていたクラウザーだ。 何となく、言わんとする意味は解る気がする。 「んだ。 恐らく、この謎掛けの様な詩の示している場所は、無法地帯の真ん中に在る地下遺跡の事なんじゃ~ないかって思う」 「お前、あの地域にも行ってたのか」 ソーセージが刺さったままのフォークを手にしたKで。 「エグゼンドには、仕事やら個人的に何度も。 ま、大陸側の国境付近は最近、それこそ悪党やならず者や国を追われた変わり者など、世間から溢れた人が集まって街を作ってる箇所が在るからな。 確かに無法地帯だ。 だが、その奥の森から海沿いは、無法地帯に比べたら物騒でもない。 広大な森林地帯は、モンスターの脅威さえ除けばよ、様々な亜種人が集まって地下都市を築いていたり、エルフやダークエルフの里が在ったりするし。 それこそ海側に出っ張った半島は、交易が盛んな都市国家自治領が3つも在る。 あの辺は、クラウザーでも行った事が在るだろう?」 まだ行った事の無い場所の話に、ウォルターは実に興味深いと。 「クラウザー殿、本当かな?」 ワインを手にするクラウザーは、少し顔行きを曇らせながら。 「あ、はい。 エグゼンドの地は、西側に突き出た半島が拓かれておりまして。 魔法自治領と国境付近には、海産物が豊富に取引される街のエルド・ラドンが。 半島の一番突き出た先端部分には、交易と鉱物資源や宝石の取引で国益を上げる街ナナ・スリナリン。 水の国との国境で在る南に下った処では、陸路交易と海路交易が交わる基点となっている街のソノホル・ボロンが在りまして。 この三つの地域は、互いに約束事を交わして不可侵の身を貫いてます」 「ほぉ・・。 では、荒くれ者の街と言われるのは、内側の国境を指す訳ですか」 「はぁ。 ですが、その三つの街に立ち寄ると、まぁまぁの停泊税を徴収されましてな。 我々の間では、用も無いのに行く場所では無いと言われております」 「そんなに法外な?」 「えぇ。 三つの街にそれぞれ停泊したら、世界を回って行商した儲けが半分に為るといわれます。 どの街で在ろうと、国外の船が一回に取られる税が、80000シフォンだのとは、懐が痛い」 「ほほぉ・・、それはそれは、法外な」 「ですが、海路で水の国の沿岸から下に行くには、海賊が支配する『パイレーツ・シャルムラル』と云う諸島を大きく迂回しなければいけません。 ですから、どうしてもその3拠点の何処かでは立ち寄り、物資の補給を余儀なくされてしまうのですよ」 「おぉ、あの有名な海賊達が支配する諸島ですな」 「はい」 石版の中に秘められし謎が、また一つ明らかになった。 Kは、何故にすんなり謎解きをしたのかは解らないが。 これから、旅はまだまだ続く。   ≪その知らせは、旅の行き先に暗雲を齎す≫ 書簡を届ける為に、魔法学院政府の首都・皇都と呼ばれる場所。 魔法学院へ向かうべく、自治領内の海に突き出した『湾岸交易都市マデューサザン』に到着したオリヴェッティ達。 陸地から海に突き出した出島と、その周りの浅瀬の海上に築かれたマデューサザンの街は、波状にして円形の小槍の様に見える海上樹木“アブラド”に囲まれた、云わば数少ない海上森林の都である。 午前の良く晴れた日に、街へと入港して港に降り立った一行だが。 この光景を見慣れないルヴィアとビハインツは、海上の見渡す一帯に森が見えているのが不思議でならない。 「これが・・森の海と云われる名勝か」 感嘆の余りに、言葉少なく呟くルヴィアへ。 杖を片手に全身鎧の片足部分を無くし、ヨレた皮のズボンを丸出しにしているビハインツが。 「あれが、森なのか? 海に、植物が生えてるのか?」 と、聞き返した。 そんな驚く2人と並んで、森を一緒に見るウォルターが。 「そうじゃ。 あの森の土台には、浮島を形成する性質の蔦が在る。 海水でしか育たない蔦なのだが、性質が樹木に近いと云う不思議な植物でな。 根を海の中で複雑に絡ませて、波に流されない様に浅瀬の砂地にまで伸ばすのじゃ」 「じゃ、その上に木が生えてるのか?」 と、またビハインツが問い返すと。 「うむ。 土台となる蔦は、寿命で枯れると茎の皮を残して根だけ生きる。 その根が、浅い海の水面間際で花を咲かせ、また死んだ茎を支柱にして次の世代の蔦を伸ばす。 其処に、海鳥が毎年子育てに巣を作り。 その浮いた無数の巣の部分に特有の草が生えて、海上に浮いた土壌を生み出し。 その僅かな土に適した樹木が生えて、この通りに浮島を形勢するのじゃ」 「凄いな・・、植物ってそんなに強いのか」 「フフフ、それだけでは無いぞ」 「ん?」 ウォルターの話に耳を傾ける2人が、同時に彼を見る。 ステッキを海上の植物に向けるウォルターであり。 「あの、街の建物と同じ高さに匹敵する浮島は、時として街を襲う強い海風を和らげ。 今まで何度も襲ってきた津波すらも受け止めて、その恐るべき自然の猛威を殺(そ)いで来た。 海上に突き出したこのマデューサザンの街が、これまでの嵐や津波で一度も壊され無かったのは、あの浮島を作る蔦や樹木の御蔭よ」 「へぇ~、そりゃ凄い」 地震や暴風雨で海沿いの街が壊滅的な打撃を受ける事は多い。 その影響を受けない海岸の都市など、ビハインツも初めて聞いた。 「確かに、素晴らしい事よな。 この街で美味たる魚が食べられるのも、岩場の磯が無いこの浜辺周辺では、あの浮島が魚の棲み処と為るからで有り。 海賊や敵対勢力の国が此処を攻め取れ無かったのも、あの浮島の力が魔法に多大な影響を与えるからだと云う。 歴史上、これほどに金と犠牲を払わずして、“難攻不落”の異名を取った街も無い」 ウォルターのその説明を受けたビハインツは、浮島に釘付けと為ってしまった。 「そうか~、自然は凄いんだなぁ~。 畑で植物ばかり相手にしてきた子供の頃だったけど、植物と人の関係は深いな」 大人びている様な、子供の様な。 田舎育ちのビハインツは、素直に感心しながら海を見つめる。 切り出した石で築かれた船着場の横たわる海上で、Kも船着き場よりその浮島を眺めている。 オリヴェッティが船に忘れ物をしたらしく、まだ降りてこないからだ。 「す・済みませんっ」 “くの字”の渡し付け階段を降りてきたオリヴェッティが、皆にそう声掛けた。 クラウザーが。 「有ったかな?」 と、聞くと。 「はい。 リュリュ君が蹴っ飛ばしたみたいです」 オリヴェッティの横に居るリュリュが、照れ笑いをしていた。 一同で思い思いの笑みを零してから街の中に入ろうと、一行は船着場から海上通路を通って行こうとしたのだが…。 「そこの、お前達」 街へ向かう人が潜る石のアーチゲートで、見張りとして立っている役人がKの顔を見てから声を掛けて来るではないか。 何事かと思い。 オリヴェッティは荷物を持ち直しながら。 「はい。 何か?」 十の季節に因む属性の紋章を刺繍した繋ぎの制服を着る役人は、腰に小剣を佩いた姿で皆の方を向くと。 「今の着いた船で来た冒険者達だな?」 オリヴェッティとルヴィアが見合い。 クラウザーが、 「如何にも」 と、答えた。 目の前に立つ役人は、まだ30まで届かない青年風だが。 その面構えは、現場で鍛えられたと云う厳しさが備わり始めていて。 鋭い目をしながらKを見て。 「この顔に包帯を巻いた男が居ると云う事は、ノズルドの街から書簡を承った者と見て良いな」 と、聞いてくる。 オリヴェッティは、何か在ったのかと緊張をしながら。 「はい、そうです」 役人の男性は、一つ頷くと。 「では、学院に向かわれる前に、この街の斡旋所に立ち寄ってくれい。 何か、重要な伝言が在るとの事だ」 「重要な・・伝言ですか」 「そうだ。 魔法学院自治領を治める政府は、冒険者協力会とは、所謂に同盟関係に在る。 従って、自治領内の大きな街に於いては、斡旋所と自治政府の魔法通信部が交流関係を築いておる。 連絡は、その方面からの様だ。 是非、宿を取る前に行って貰いたい」 話の方向が緊急性を帯びていると解り、キュッと顔付きを引き締めたオリヴェッティは、直ぐに頷いて。 「承りました。 これから、向かわせて頂きます」 すると、役人は目礼をして。 「それは在り難い。 場所が解らなければ、街の店に尋ねよ。 世界でも稀に見る派手な作りの建物ゆえに、誰でも知っているハズだ」 だが、元学院学生だったオリヴェッティは、その場所を知っていた。 「大丈夫です。 解ります」 「そうか。 ならば、頼む」 「はい。 では、失礼致します」 兵士の態度からして、何事か、重要な用事が話が在るのは明らかだった。 さて。 ・・・んで、オリヴェッティの案内で、斡旋所へと向かうのだが…。 本日は、快晴だ。 青い・・青い空が天空に広がっている。 世界的に名の通った交易都市だけあり、このマデューサザンの街も、冒険者や旅人が繁華街に目立ち。 自治領内部に点在する街や村との物流の基点でも在るから、行商人も目立っていた。 ・・が。 「ハァ~…」 Kは、その大きな建物の前で溜め息を付く。 クラウザーも、その建物外観と云うか。 何よりも目を惹く一点を見上げて。 「・・アレは、どう見ても・・ふむぅ」 と、訝しむと云うか。 困惑に近い面持ちで在る。 その横では、どうしてか機嫌の良くない顔をして、ウォルターが建物を見上げては。 「アレは、この街の唯一の汚点だ。 全く、何百年に渡って飾る気かのぉ」 と、頗る嫌なのか、建物から顔を背けた。 初めて見るビハインツは、その奇抜な館の頂点に黄金に輝くオブジェを見て。 「アレは、その~~~・・トイレで見かける物体だよな」 と、目を点にし。 同じ思いからか、頭を押えるルヴィアと。 苦笑いを浮かべるオリヴェッティの間で、リュリュが派手な建物の頂きに鎮座するオブジェを指差し。 「あーーーーーっ、ウ〇コだっ!! ウ〇コ、ウ〇コォォォ~~~~~~~っ!!」 リュリュの声に、周りの往来を行く人々がクスクスと笑って居るのが見えた。 恥ずかしいとリュリュに向くKが。 「リュリュ、指差して連呼すんな。 汚いだろうが」 すると、街中の店先などにいた子供達が。 「やっぱりウ〇コだよっ」 「お母さんっ、やっぱりそうでしょーっ?!!」 等と言い出した。 果物屋・武器屋・必需品雑貨・・。 様々な店が円形に、遠巻きにその奇抜な建物を囲むような広場の中心に、その奇抜な様相の館が在る。 基本的に基礎となる一階は丸い円形の建物だが、二階や三階部には、円筒の部分が在ったり。 また、片面の窓側がガラス張りの部屋だったりと、まるで様々な形の積み木を、急いで適当に積んだ様な外観の処も・・。 然し、最上階の4階は、受け皿の様な楕円の部屋が乗っかって居る感じで。 その上に、例の黄金の物体のオブジェが鎮座していた。 芸術家でも在るウォルターが、その物体を嫌うのも解るのだが。 また、その建物自体の色使いが奇妙で。 紅一色の一階の外壁の上に、黄色の壁や、青い壁、真っ白の壁などが在る。 纏まりと云うか、何を考えて作ったのか、意図を理解する事が出来ないのは明白だ。 子供の悪戯書きの絵が再現された様な建物であり、確かに一度でも見たら忘れない姿の建物と云えよう。 館から出て来た冒険者達や、これから館に入ろうと集まる冒険者達だが。 リュリュを皮切りに、オブジェを“汚物”と云われる最中に出入りするのが恥ずかしいらしい。 そそくさそうに出て行く一団も在れば、入るのを止めた様に引き返す一団も在り。 「おい、やっぱりウ〇コじゃないか」 「え゛~、見たまんまじゃんよ~」 「ねねぇ、学院の方に行って請けようよ」 「アホ。 自治領内じゃ此処が一番の斡旋所だ。 学院の斡旋所より、こっちの方が依頼の入れ替わりが激しくていい」 「ふぅ~ん。 でもさぁ~、あの置き物は要らないよぉ」 「それは、利用するみんなの願いだ」 こんな会話で館に入る一団も在り。 また、出て来た一団が建物の上を見て、何やら仲間と話しながら街中に向かう姿も在る。 不思議な事だが、遠目に見ていて。 この建物に出入りする人は多く、長く入り口が閉まっている事が無いのも面白い。 さて、用事も有る事だ。 Kは早くしようと。 「オリヴェッティ、入るぞ」 と、先に歩きだす。 「入らねば為るまいか。 ・・いや、為るまいな」 渋々の顔で、ウォルターも動き出した。 処が・・館の中に入ると。 「お・おぉ」 目を見張ったビハインツは、その立派な内装に驚きの声を零した。 内壁白く、貴族の立派な館の内装の様で、土台となる建物と上の部分を支える柱は太く磨きぬかれた黒石だ。 一階部分の一角は、冒険者達が屯する場所らしいが。 飲食が出来るカウンターが西側の一部に伸びていて、旅人などにも開放されている様子が窺えた。 其所では…。 「いやね、私は旅の歌芸人なんですが。 一座に組するか、誰かと組みたいと思っておりまして…」 「ヴァイオリンは居無いから、ウチなら大歓迎だよ。 これから、南の水の国ウォッシュレールに行こうと思ってる」 「ほう、それはそれは…」 こんなやり取りで、旅芸人同士がテーブルで挨拶や会話を交わしていたりすれば………。  「さ~さ~、次のステージは、みんな大好きの芝居芸さ~。 演目は、旅芸人一座の“ホロホロボ~ンズ”がお送りする、“カニの国の横歩き、ジョルジュの故意”だ」 館の東側に、壁で区切られたステージとなる一角が有り。 客席用として置かれた長椅子の前では、安い見物料で見れる舞台が行われている。 どうやら、昼間は開かない酒場の代わりに、芸人に場所を貸しているのであろう。 見ている人の中には、子供やお年寄りも居て。 「お金もってきたぁ?」 「うん、おかぁさんに貰ったぁ」 「早く席に行こうよ」 と、オリヴェッティ達の後から入って来た子供達が、そのステージの方に向かっていくではないか。 「何と、雑多な場所だ」 一般人が多く入っていて、賑やかさに眉を顰めたルヴィアに。 「お~、おにぃさんは美男だね。 どうだい、一筆描かせてくれないかい」 と、絵師が言って来る。 「あ? あ~、私はいい」 面倒だと断るルヴィアだが、この自由な場所に首が傾げて仕方が無かった。 学生の頃、生活費を稼ぐべく、この街に来て短期の住み込みの仕事をしたりしたオリヴェッティの説明に因れば、この建物の中で斡旋所と成るのは二階の半分と、三階より上。 一階は、多目的に開放された共有広間であり。 二階の半分は、誰か解らない者の所有物と云う話らしい。 東側のステージ近くから螺旋階段を上がれば、鳴り物を多数使って演劇をしていた音が急に遠くに聞こえる様に成る。 幅の広い階段を上がって、他の冒険者と擦れ違って二階に上がれば…。 〘~腕の有る者は大歓迎。 さぁさぁ、魅力的な冒険が君達を待ってるぞ~〙 と、垂れ幕が掛かった二階廊下の入り口に達した。 Kは、口元に呆れた歪みを見せて。 「フン。 主は、いまだにあのジジィがやってるンだろう? 報酬のしょっぱさは、世界でも指折りの斡旋所だぜ」 と、小言を漏らした。 それを聴くクラウザーが、Kに。 「金払いが悪いんか?」 Kは首を竦め、会話に立ち止まるオリヴェッティに“行け”と顔で促してから。 「セコさと支払いの渋さには、モンスターと渾名してもいいね。 然も、一般依頼の場を仕切る娘が、父親以上に恐ろしい女なんだ」 「はは、それは酷いな」 「俺は、願わくば此処で仕事を請けたくないね」 と、歩き出すK。 肩を並べるクラウザーは、この男でも・・と思え。 「お前なら、それなりに応じた金は出すだろう?」 「いやいや、それこそ難しく溜まった仕事を、ここぞとばかりに全て回してくるさ。 今、世界的に有名なチームですら、此処で仕事を請けるのが嫌ならしい」 「ホントかよ」 「あぁ。 あの~アルベルトだったか。 有名なチームのリーダーが、この斡旋所で回される仕事の忙しさに根を上げてよ。 学院の方で報酬を受けたとか云うのが、随分と有名らしいゼ。 他のチームも、適当な所で逃げるらしい」 「ほう。 あのスカイスクレイバーのリーダーもかよ」 「ま、此処の主が異常なんだよ」 青いカーペットの敷かれた廊下を歩けば、石を積み重ねた感じをそのままに出す迷宮の様な内装の壁が続き。 その先で、左右に開けた。 そこで、 「おっと、美人さんゴメンよ~」 長身の身体に白い上半身鎧を着た男の剣士が、曲がり角でオリヴェッティと出くわした。 背丈が高い以上に、印象深い色気の隠る双眸をして、金髪の長髪が肩に掛かる。 顔の整い方も良い、色白の剣士であった。 Kは、そこで。 「右が、一般依頼受付の部屋だ。 左は、掲示板が所狭しと並ぶ広間に成る」 「あっ、はい」 美男の剣士を前にして、Kの説明を受けるオリヴェッティだが…。 「やぁ、君の名前はオリヴェッティって云うのかい?」 と、左から出くわした剣士が絡んで来る。 軽薄そうな物言いの剣士を相手に、目を細めたルヴィアがその剣士の前に割り込み。 「こら、初対面の割りに失礼な輩だな」 鎧の所為でか大柄に見える美男剣士は、その美しく男か女か解らぬルヴィアに口笛を吹き。 「ヒュ~、これは驚いた。 美人が2人目・・、君は男?」 すると、オリヴェッティに右への道を開く様にして、その軟派な美男の剣士へと踏み込むルヴィアで。 「男なら、何だと? 女なら、斬られてくれるか?」 と、キツイ言葉を投げかける。 「おっ、おいおい」 敵意は無いと言う笑顔を現し、間を保とうと引いた美男の剣士。 其処で、その引いた彼に。 「チャン、面倒を掛けるな。 お前、綺麗処の全てに声を掛けるのか」 野太い声で、男の声が飛んで来る。 “チャン”と呼ばれた美男の剣士は、掲示板の方から遣って来た禿げ頭の小男に済まない笑みを見せ。 「リーダー、悪い。 でも、コレは目の保養にいいんだ」 廊下と部屋の狭間に出て来た小男は、全身を武装した姿に槍を背負った姿で在り。 「ん?」 と、ルヴィアとオリヴェッティを見てから。 「失礼した。 このチャンは、まだ若くて女性に何かと騒がしいんだ。 だが、悪い事を仕出かすヤツでも無いので、許してくれい。 此方に用事かな?」 掲示板の在る部屋側に来るかどうかを聞いてきた小男のリーダーに対し、オリヴェッティが。 「いえ。 主さんに用事が在りますので…」 と、逃げる様に右の部屋に入る。 リュリュとは違って、チャンと云う剣士の眼から逃げたい様な素振りであった。 チャンを半ば無視するチームの皆で、リーダーの小男にのみ会釈や目礼を示すのだが。 「おい、顔に包帯なんて巻いてンのかよ」 と、口の軽いチャンがKを見て言った。 Kは、気にするも怒りも起きないので、さっさと部屋に入るのだが。 「チャンっ。 お前はっ、見た事を一々と口にしないと気が済まないのかっ。 一月前も、それで危ない目にっ」 「あ、済まない」 と、2人のやり取りが聴こえる。 後ろを振り向きもしないKだが、内心に呆れてしまい。 (ふん、リーダーも大変だ。 全く、我からと遣るモンじゃない) と、思った。 Kが部屋に入り、話を聞かれない様にドアを閉めて。 一行が入った部屋と云うのが、半円を描いた扇形に近い形をしていて。 部屋の片側で在る曲線側は、光が差し込む窓が全てである。 落ち着いた感じのする木目の床に、肌色をした壁が在り。 今の騒動が気にならなくなった。 外観の奇抜さにしては、随分と逆転的な落ち着く内装の部屋である。 さて。 窓を背にして、大きな造りのどっしりとした木目調のデスクに就く女性が。 「あら、初めて見る顔ぶれね。 イイ依頼でも見つかったかしら?」 一同が、この応接室の様な部屋を支配する主を見れば、長い髪をした執事風の女性用礼服を来た女性が居た。 細い目の奥に、黒い点の様な瞳がジロジロと動く女性で。 頬が張った特徴が、パッと見回した後に印象へ残る。 背は、ルヴィアよりも低く、体格の割に少し胸が張りすぎた感じのする人物だった。 オリヴェッティは、デスクの前に出ると。 「あの、港で私達に話が在ると承って来ました。 オリヴェッティと言いますが、何用でしょうか?」 すると、女性の態度が少し変わった。 一同を眺め、値踏みする様な目をして見せて。 「へぇ~、アンタ達が書簡の配達依頼を受けたチーム? なんだか、強くなさそうね」 オヴェッティは、それだけの事かと思い。 「それは、どうでもいい事かと。 お話が無いのなら、このまま学院の方に行かせて頂きますが?」 と、言うと。 「ほぉ~、随分と生意気な口を利く娘だわ。 顔がイイのが、自慢みたいね」 と、明らかに変貌が顕著に変わり、主の口調が横柄に成る。 ルヴィアやビハインツは、いきなりの対応の変化にムッとした。 また、クラウザーは視線を細めて、相手の真意を見定める方に動き。 ウォルターは壁を見続け、聞き耳だけを立てる。 ルヴィアが、先程の軽薄な剣士に対する苛立たしさをぶり返して、何かを言おうとした時だ。 一足先に、Kが。 「聞く耳なんか持つなよ、オリヴェッティ。 その初対面で口が悪い様子を見せるのは、目の前に居るババァの常等手段だ。 貶して態と反抗を促し、勝手に難癖を付けて印象を悪くさせたと思わせる。 その罠に嵌ったら、最後。 顔見知りに成るまでの間は、仕事の報酬をバカみたいに下げるオヤジ譲りの悪知恵だ」 と、前に出る。 「誰よっ?!」 言った者に向かって、憤りすら滲む目を浮かべた女性主だったが…。 「・・え? あ・アンタまさかっ」 と、Kを見ては、急に脅える様に椅子から立ち上がって後ろに引くではないか。 冒険者に対して、主が脅えるなどそうそうに在る事では無い。 態度がまた激変した女性主の様子を見て、悪魔の様な笑みを口元や瞳に見せたKで。 「エルダ、俺を覚えてたか? 俺に殺され掛かった時に付いた、背中の斬り傷は、この俺を見れば治っても疼くだろう?」 Kの話に、一同が驚いた。 “斬られた”と云う部分に、誰もが驚くのは当然であろうか。 益して、相手は斡旋所の主である。 普通では、有り得ない事だろう。 だが、誰よりも驚いたのは、“エルダ”と云う女性主だろうか。 驚愕の顔は、まるでカエルが鏡を見て浮かべる様な脂汗を見せ、死相が浮かんだ様な血の気が引いた顔をする。 その様子の変化たるや、尋常では無い雰囲気が溢れ出ていた。 「あ・・、頼むからこっ・ここ・・・殺さないで」 床にヘタリ込む彼女を見たKは、 「今更、お前を殺す意味は無い。 只、ふざけた真似をするなら、それは別だぞ? さぁ、俺達に何の用が有って呼び出した? 早くお互いに用事を済ませよう」 要件を言わせる為に、エルダなる主の女性を見据えた。 Kに見られて高圧的な雰囲気が剥がれ落ちたエルダは、デスクに膝歩きでにじり寄ると。 「で、ででっ、伝言よっ。 ノズルドのまっ・街で脱走が有ったって…」 “脱走”とは穏やかで無い。 だが、此方に直々の伝言が有る以上、チームの者が知る人物が脱走した訳だ。 掴まっていて、逃げたと云う人物を推理するのは、実に容易い。 それを聞いたKは、嫌な気配を感じてオリヴェッティを見ると。 またエルダに向き。 「まさか、アンディが・・か?」 デスクに顔以外を隠すエルダは、ガクガクと頷いて。 震える声のままに…。 「そっ・そうよ。 それか・から、斡旋所を預かっていた、ま・まっ魔女の姉妹も、姿を消したって…。 若いアンディとか言う子の逃亡を仕組んで、牢屋に・・か・風穴を開けて逃がしたらしいわ」 これで、起こった事態を理解する事が出来たKは、直ぐに腕を組み。 「どうやら、俺達を狙う気か」 エルダも。 「ガウって人から・・、緊急用の魔法伝書でそう・・来たみたい」 意味が飲み込めないウォルターは、Kへ。 「我が友よ。 何故に、我々が狙われるのだ?」 腕組みをして俯くままのKは、予想の片隅に浮かんだ最悪の経路を辿ったのだと思いつつ。 「アンディを逃がす必要が、ノズルドの街の斡旋所を預かっていた主に有るとするならば、それは俺達との仕事を介して刻まれた記憶や情報だろう。 今に思えば、あの主がすんなりと島を巡る仕事を作ったのも、アンディを介してあの事を主も狙ってたからじゃないか? ハンター共をゴリ押しでガウに連れて行かせたのも、噂の物品の有無を確かめる物差だ。 そう考えれば、色々と腑に落ちる」 「詰りは、秘宝や・・宝石などの鉱物が・・か?」 「あぁ」 考え込むルヴィアやビハインツだが。 Kは、エルダを脇目にして口を制して於きながら。 「とにかく、何処かで宿でも取って話し合おう。 此処は、人目につく」 頷くオリヴェッティだが、Kと仲間のやり取りと見ていたエルダと云う主は、思ったままに。 「な・何が在ったかは知らないケドさ。 この・この一件は、きょっ・きょきょ協力会も・・注目してるわよ」 Kは、エルダに脇目を向けたままに。 「だろうなぁ。 地方とはいえ、斡旋所の主が大罪をブっかまして逃げたんだから。 理由は、直に学院の方から行くだろうが……」 と、此処でKは身を屈める。 「ヒィっ」 エルダが悲鳴を上げて、反射的に逃げる様に後ろに飛び退いた。 自分の目線に、Kの目が来たからだ。 デスクに顔を近付けたKは、逃げたエルダに不気味な視線を向けると。 「先に言っておくがぁ~よ。 この件に下手に首を突っ込むと、お前の地位も危ねぇ~ぞ。 欲の強いアンタと親父さんだが、一線を越えない節度は持っとけ」 Kに言われて、もう脅えて逃げる様に引きながらガクガクと頷くエルダと云う主。 「わっ! わわ、わ・わ・・解って・るわっ。 デスの頭領も赤子扱いした貴方に、だっ・誰が敵うのよっ!!! 人質取ろうが、無意味なのも解ってるっ!!!」 その脅え方を見て、ビハインツはKの恐ろしさを再確認した。 (在る意味、冒険者に絶対の権威が在る主がコレかよ・・。 ケイだけは、普通じゃない) その恐るべき男は、立ち上がって皆に向き。 「さ、行こう」 すると、様子を見ていたリュリュは、エルダに指を向けて。 「きぃ~つけろ~」 と、言うと、足取り軽やかにドアに向かった。 然し、だ。 皆が部屋を出た中、Kだけは何故か残り。 背を見せながら、相手を見ずして脇を向き。 「エルダ。 これから少しの間だが、こっちの大陸も騒がしくなるだろう。 主として精々、仕事には気を付けろ。 下手したら、冒険者を悪事に巻き込む下種が出る。 前みたいに・・な」 話にギョっと目を見開いたエルダは、床に付けた手で拳を握り。 「貴方が居るなら、こっちも全力で気を引き締めさせて貰うわっ。 主の職を剥奪されるのを見逃す代わりに、背中や片足斬られたら堪らないものっ!!!」 その言葉を背に受けたKは、薄い笑みを口端と片目にだけ浮かべ。 「そうか、ならいい」 と、廊下に向かって出て行った。 「・・ふ、ふぅ」 直ぐに立ち上がり、Kを追う様にしてエルダと云う主は開かれたドアへと向かうと。 「お、主さん。 何か大きい声が聴こえたケド…」 あのチャンと云う剣士が、仲間と共に廊下に立っていた。 だが、Kが廊下から階段に消えたと見るや、エルダはチャンを睨みつけ。 「喧しいっ!!! お前の軽い話なんかどうでもいいっ」 と、ドアを押し飛ばす様に閉めて、廊下の奥の、三階に上がる階段に走って行く。 主に去られたチャンのチームで。 「おい、どうなってる?」 と、小柄な槍を背負うリーダーがチャンに聞き。 「わっ、解る訳無いよぉ~」 と、困ったチャンだった。      ★同じ時、違う場所にて★ それは何処かの山中に広がる森だろう。 針葉樹ばかりが目立ち、森の所々が雪化粧していた。 その山の奥深くに、細い滝が落ちる断崖が在る。  その断崖の右隅には、斜面と成る森側から侵入の出来る所に亀裂の様な洞穴が在った。 その中では、2人の人物が隠れる様に休んでいた。 焚き火の前に座るのは、黒いローブを着た何者かで。 その人物は、不気味なクセの在る物言いで洞窟の奥に居る者に言った。 「・・腹は、決まったかい?」 すると、奥で干し肉を雪で拭う者が。 「腹が決まるも何も・・。 追われる身に成ったんだから、承諾以外に道が無いよ」 その声。 Kが聞いたら、何と云うだろうか。 少し諦めか、疲れか、そんな感じが含まれた精彩の無い言い方だが、確かにアンディの声だった。 焚き火の前に干し肉を焼きに来たのは、埃や泥で汚れた顔をしているが、確かにアンディで在る。 なら、この黒いローブを纏った人物は、アンディを逃がした斡旋所の主の姉妹・・と、言う事に成るだろう。 「ウヒィヒィ、物分りがいいね」 女性にしても、その奇妙な声は不気味だ。 アンディは、その主を少しも見ようとせず。 「仕方ない。 こ〜なったら、ケイさんに斬られるさ」 「おやぁ~、せっかく逃げれたのにねぇ。 最初から・・死ぬ気なのかえぇ?」 木の枝を削って作った串に、雪で拭った干し肉を刺すアンディは、Kの実力を目で見ていただけは在る。 観念すらした様子で、 「バンチャー・・。 ううん、リドリンさんも目の前で見れば解るよ。 あの強さは、普通じゃない」 “バンチャー”と云う渾名を偽名にしてきたリドル、リドリン姉妹。 “バンチャー”とは、かなり昔の魔法遣いが使っていたセカンドネームの事らしい。 2人の色々を知るアンディは、この魔女が自分を連れ出した意味を薄っすらと悟っていた。 だが、刑死するぐらいならいっそうの事、慕う気持ちも有るKに斬られた方がいいと思って逃げたのだのだ。 「ほうほうほう・・、それは面白そうだねぇ~。 あの手この手、汚い手を使えそうだ。 ウヒヒヒ…」 だが、黙々と焚き火を見つめるアンディの眼は、何処か怒っている様にも見えていた。 それが何なのか…、誰にも解らない。 さて、主だったリドルか、リドリンか。 アンディが“リドリン”と云うからには、リドリンとしよう。 彼女は、妙に力無くダラリと下がった右側を見て。 「しっかし、全くもって重い姉だこと。 街に着いたら、さっさと切り離してしまおうかね」 顔が見えない人物だが、そのローブを纏った姿がまた不気味だ。 人なのかと疑いたく成る容姿で、森を逃げて来た動きも女性とは思えなかった。 粗野で野蛮人が動く様な力強さが有った。 アンディは、表面が焼けた干し肉を串ごと抜き。 「・・切り離せるの?」 と、呟く。 すると、アンディに顔を上げたリドリンで。 「あぁ~。 アタシがぁ生きる魔力を奪ったからねえぇ。 もうほぼ死んでるから、必要が無い。 お前は、姉に懐いてたぁ~ね。 どうだい、直に腐るだろうけど、生身の姉さんをあげようか? 胸ぐらいなら、チュ~チュ~吸えるかも。 ウヒヒヒ」 人のする会話では無かった。 アンディは、このリドリンのする悪事を見てきていた。 記憶は、姉妹で別々なのを良い事に、薄汚い事を平気で出来たリドリン。 ノズルドの街から逃げる時も魔法で人を蹴散らし、死傷者を出していた。 その集まっていた人の中には、斡旋所の火事から駆け付けたメルリーフとニュノニースも居たらしい。 「………」 俯いて干し肉を齧るアンディは、何も言わずに黙々とする。 何を思う彼か・・。 そして、この後にどうする気なのかが不透明なままの逃亡である。 アンディとKの絡み合う運命の糸は、まだ少しの先まで続いていた。 秘宝と絡み、同じ時の道を歩いた2人だが、その道は途中で分岐してしまった。 然し、分かれて尚も並行に動く。 運命の残酷さなのか、それとも…。 (ケイさん。 ・・直に会おう) 焼けた部分の干し肉を齧りとり、また半生の当たりを焼くアンディだった。    ≪魔法学院レイ・イン・フィニアへ≫ マデューサザンの街で一夜を過ごし、急ぐ様に次の日には旅立った一行。 流石に、アンディが脱走して、その逃亡に冒険者へ仕事を斡旋する主が関わるなど尋常な事態ではない。 Kの提案で、役人に早く行く方法を聞けば、学院に向けて馬車を出してくれると言う事に成った。 海辺の海岸沿いから海上に突き出したマデューサザンの街から内陸に向かって、徒歩で5日以上は掛かる魔法学院だ。 馬車で半分に短縮できるだけでも、十分な速さである。 晴れた小春日和の街道は、延々と続く農地帯の中を通ってゆく。 魔法学院自治領の土地は、田畑をするには内陸の平野しか利用に適さず。 その平野のど真ん中を行く街道は、農地の中を行く様な光景が毎日続くらしい。 幌馬車に乗るオリヴェッティは、巻くって在る幌の外に広がる農地を朝から見ていた。 眠かった大半の者は、揺られる動きに眠っていた者が多い。 さて。 まだマデューサザンを旅立って、昼を迎えぬ頃合いだった。 「オリヴェッティ。 この景色、懐かしいと思うかな」 声を掛けられオリヴェッティが気づけば、ウォルターが間近に来ていた。 マデューサザンの街で、冒険で傷んだ白い礼服からやや水色っぽい白の礼服に着替えた彼で。 流石に貴族なだけあり、身奇麗にする事を欠かさない老人だ。 同じ学院の卒業者と云うのが、何とも不思議である。 「えぇ。 学院の休育時(教科修錬の無い日)には、農地に手伝いへ良く行きました。 出たお金は、冒険者の報酬に比べると少なかったですが、お腹一杯に食べられるので助かりましたね」 荷台の底に腰を下ろしたウォルターは、休ませて在る畑や野菜を育てている畑を見て。 「ふむ、そうか。 生じ働かなくて良かった私は、芸術と魔法の事を極める事しかしてなかった・・。 この風景を、この年に為ってやっと懐かしめる。 私の人生は、実に薄っぺらい」 「まぁ」 驚く様な事を言ったウォルターに、オリヴェッティは素直に驚く。 だが、ウォルターの皺が刻まれた顔、化粧もせず在りのままに成ったウォルターの姿は、何とも威厳やカリスマ性と云う鎧を脱いだ様な感じだった。 「オリヴェッティ…」 「あ、はい?」 「まだ若き頃、この光景が私は大嫌いだった。 田舎臭く、同じ事を毎日繰り返すだけの民や学院生が居る。 新しい事だけを考える自分とは、此処で働く者は全てが違っているとすら思った」 「………」 無言で聞くオリヴェッティの脳裏には、そうゆう人を見下した頭でっかちの学者に辱められた記憶が甦る。 もっと若い頃のウォルターを見ていたら、先ず嫌って近付かなかっただろう。 だが、畑を見る今のウォルターからは、そうゆうインテリぶって人を見下す感じがしなかった。  ウォルターは、家族で働く者達を見て。 「老いて来るまで、家族が持てなかった。 いや、嫌っていたし、どうやら私には子種が無いらしくてな。 関係の在った女の産んだ子供を片っ端から調べたが、どれも私の子供ではなかった。 今に思えば、これまでの全てが異常だったのだろう。 今、旅をして不思議なまでに、当たり前の事を思う。 学院も、この光景も、ただただに懐かしい。 そして、自分が小さく見える」 告白を聞くオリヴェッティは、その変わり様が不思議で。 「世界観が変わった・・のでしょうか。 ケイさんの御蔭ですか?」 すると、ウォルターは頷いた。 「多分のぉ。 狂人と言われる私を金目的で平気で訪ねたり、やれ子供をあやせだ、冒険者に成れだ、対等に言う者は我が友ぐらいよ。 今まで己の敷居を上げ、馬鹿にしていた事が・・今に遣るとどれも新鮮だ。 他の者より、私は酷く未熟だったのだろうな。 この冒険で死んでも、それはそれで良い。 只、少しばかり先まで見届けたい」 ウォルターを見るオリヴェッティは、サニー・オクボー諸島で遺跡を巡った時の事を思い出す。 何に対しても在りのままに見ようとするウォルターは、人として人らしかった。 ルヴィアが語った偉人と云うか、貴族の大金持ちと云う雰囲気が無かった。 不思議なまでに自分を助けてくれるし、クラウザーと共に仲間の1人として認識も出来る。 Kが居るからなのだろうが、それでも1人の人間が人間らしく思える訳で。 見て、気づいて、また見て、慮れる人だった。 さて。 昼を回ると…。 「嗚呼・・、尻が痛い」 足の悪さから体位を変えずらいビハインツは、揺れる馬車に苦闘し始める。 「少し立って、風に当れ」 と、Kが言った。 「あ・・、それは懐かしいな」 立ち上がるビハインツは、荷台の前に寄りかかり。 馬の向かう先を見る。 近くに座っていたルヴィアが、 「何が懐かしいのだ?」 と、問えば。 「いや、子供の頃は、こうして親の動かす馬車に乗ってた。 只、荷台に座って乗ってるのも、子供には退屈だしな。 こんな単純な事にでも、昔は喜んでた」 すると…。 「どれ」 ウォルターが立ち上がり、ビハインツの脇に立つ。 「ほほう、なるほど。 視線も高いし、行過ぎる速さが歩きとも違う。 景色の移り変わりが違うから、また違った感覚に成るのだな」 と、風を感じて何処か穏やかな表情をするではないか。 クラウザーは、延々と続く農地を見て。 「海も良いが、こうゆう長閑さも良いな。 お、子供が手を振ってるわい」 此方を見て手を振る子供に、気づいて手を振り返す。 Kは、皆の中でも1番眠そうにしていて。 「随分とのんべんだらりの感想だ事」 と、言うのだが。 「おい、カラス。 お前も手を振れよ」 と、クラウザーが言えば。 「ケイさん、一緒に手を振ろうよ」 リュリュが乗り気でやってくる。 「眠いんだ、寝かせろって」 ぐったりと寝そべるKの腕を掴むリュリュは、手を振る子供の方に上げて動かす。 首の無い場所から手だけが伸び、変な光景を見せる事になる。 動かされてるKは、眠いのか怒らず。 面倒臭そうに半目をしている。 急いでいる旅だが、こんな穏やかな日を一同は過ごしていた。 皆が風景を楽しんで居る。 ま、某1名は眠いらしいが。 だが、ウォルターとの会話から殆ど黙って懐かしい風景を見るオリヴェッティでは在るが。 その胸中は、実に複雑である。 実は、昨日の夕方には馬車の用件を取り付けて貰い、街中の大通りに建つ宿へと入った。 ウォルターの顔が利く宿で、一等地の高級宿に安く泊まれた訳だが。 ウォルター曰く、 “安い宿では、秘密は守れぬ” だ、そうで。 深刻な話をする為に、この宿に入った。 男女に部屋を分けるだけで、荷物を置くと直ぐに男性の泊まる部屋に一同が集められた。 食事の用意を、ウォルターの肝いりで部屋で行える様にして貰った。 ビハインツやクラウザーは、腹が減ってはと食事をするのだが。 1人で深刻そうにするオリヴェッティは、もう食事など忘れ。 「ケイさん。 予想で構いませんから、どうゆう流れが推察出来たのか教えて下さい」 何故に、アンディが脱走したのか。 どうして、その手助けを斡旋所の主がしたのか。 事態は、差し迫った事に成るのか…。 そして、Kの予想と云うか、推理は皆を黙らせた。 第一に、海旅族の遺産や秘宝の伝説は、歴史に埋れはしたが、まだはっきりと財宝が見つかった訳でも無いから生きていると言う。 その名残が在るが為に、オリヴェッティの様に探し続ける者も少ないが居るし。 また、その遺産を探して、名残の在る場所に根降ろしをした者も居無い訳では無いと。 確かに、オリヴェッティの様な者が居て、アンディの様な者が生きている。 別に探す者が居たとしても、不思議では無い。 この話に、黙る皆の中でルヴィアが。 「それがどうした?」 と、聞くのだが。 Kは、窓の外に見えたランプの街灯を眺めて。 「俺達は、その遺産と云うか、秘宝に向かっている。 そして、その探している者達が今も居たとして、だ。 その中でも俺達は、最前線へ向かって突き進んで居る者達だ。 そんなのが現れて見ろ、これまで探していても進展の見えなかった者達は、どう思う?」 この問い掛けには、ウォルターやオリヴェッティも同じ答えを出した。 そう・・、注目し。 出来るなら利用や、利用を踏まえた協力を考えるだろう。 詰まり、オリヴェッティ達がKと海旅族の秘宝を探すと言う事は、進展する為の手掛かりが無く、長い間を足踏みをしていた者を揺さぶる事でも在ると言う事だ。 この意味を、今一に飲み込めないルヴィアやビハインツだが。 老練なクラウザーは、直ぐにその先の云わんとする事が解る。 「・・どうやら、先が見えれば見える程に、競走と成るかも知れんな。 余所者の我々は、秘宝を探す事を隠して調査をするとしても、元々から狙う者が居れば邪魔者か・・情報源と思うだろう」 Kが思うに、遺産を探していたアンディの一族だが。 その事に密かに目を付け狙っていた者は、少なくとも居たのではないかと云う。 更に、斡旋所の主も、そんなアンディやその育ての祖父と付き合いが長く、本人達からその情報を聞いて狙っていたのではないか・・。 そんな可能性を示唆した。 ウォルターやクラウザーは、人の業を嫌と云う程に見てきている。 その話が出れば、推測は容易い。 アンディが、ガウの息子を利用した様に。 また、アンディも利用されていた可能性が在る。 サニー・オクボー諸島に行くには、モンスターを切り抜けられる冒険者の力が必要だ。 その冒険者に仕事を斡旋する主なら、島に人をやって探させるのに、調査や採取の依頼は願ってもない仕事だろう。  更に、Kはこう云った。 「アンディの存在が在って、諸島と海旅族の歴史が在る。 俺達の様に遺産の事を知っているのは、或る意味で歓迎かも知れないが。 その存在を知らなくても、在る無しの関係無しに囁けば・・どうなるか。 調査に同行を出来た上、その遺産の事を聞かされたら・・。 冒険者がその財宝か遺産を探したくも成るのは、当然の流れとして想像の出来る範囲に在ると思う。 俺が思うに、ノズルドの街で関わった事件の諸悪の根源に近いのは、あの逃げた主じゃないかと。 アンディを飼い慣らし、秘宝を探し出す手足にしていたのかも知れないな」 ルヴィアは、どうしても解らないと。 「では、どうしてアンディを脱走をさせた? もう、彼は用済みだと思うのだが?」 だが、その意見に対しては、Kよりオリヴェッティが先に。 「そうでしょうか・・。 アンディさんは、私達と一緒に終日に亘って島の調査に同行していましたわ。 少なからずこのチームの事情を知る1人だし、他のニュノニースさんや、メルリーフさんに同じ協力は仰げないと思う。 主の方にしてみたら、逃げて私達を追うのなら・・アンディさんは必要かも」 其処に、ビハインツも加わり。 「だが、追われる身に成って、俺達を追い続けられるのか? 多分、そろそろ手配の張り紙が回るはずだ」 それはそうだと黙ったオリヴェッティに代わって、Kが。 「だが、あの主は結構に腹黒そうだ。 裏の関係を手繰ったとしたら、何処まで糸が伸びるやら解らん。 何せ、魔術の中でも禁断の秘術に手を出して居たからな」 と、云う。 “禁断の秘術”と云う話に、一同の視線がKに集まった。 魔想魔術師でも在るウォルターが、 「“禁断の秘術”とな。 調査団の団長の息子と同じ、暗黒魔法・・かの?」 と、推理して聞くのだが。 「いや、違う。 性質(タチ)の悪さの程度から行くと、死霊魔法と同等だ」 “死霊魔法”(ネクロマンシュア/ネクロマジック)と聞いたオリヴェッティは、背筋に寒気を覚え。 「それは・・、何ですか?」 「・・、生命魔法育成呪術(ホムンクルス/ホンムクレイト)だ」 Kの口からその言葉が出ると、魔法を遣えるウォルターとオリヴェッティが固まった。 驚きを浮かべたままに、衝撃を受けて…。 クラウザーが、ウォルターへ。 ルヴィアが、オリヴェッティに問う。 だが2人は、その衝撃から抜け出せない。 代わりに、Kが。 「魔法の中でも、絶対に冒しては成らない禁忌に成る魔術の一つだ。 自然魔法と暗黒魔法が絡む特別な秘術の部類に属する。 悪魔の身体や、天使・・エルフの血を色濃く受け継ぐ者の肉体を切り刻み。 その心臓を宿主にして、人間の肉体に近いモノを生み出す魔法だ」 直ぐに意味が飲み込め無かったビハインツは、ウォルターの方を見た。 だが、学者と云うルヴィアは、何となく解る。 「まさかっ、死霊魔法などに入るゴーレムマジックの類なのか?」 一つ頷いたKで。 「その通りだ。 云わば、心臓を生贄にして肉体を生み出す。 心の無い、器としての肉体を・・な」 その説明がされるだけで、頭を抱えて俯くウォルターで。 「なっ・何と云う事じゃ。 この数十年生きても、その忌まわしき邪術を使えた者の話など聞いた事が無いハズなのに…」 また、オリヴェッティも。 「私は・・信じられません。 そんな・・、あの呪術は、呪われた魔法です。 使えば、それなりの代償が」 と、Kを見る。 処が、少し口元を歪めただけのKで。 「安易に、ではないが。 協力会が認めた実力の主だ。 実際に肉体を見た訳では無いからよ、その場で斬る訳にも行かなかったしな。 また、事件が公に成れば、協力会が始末すると思ってたからなぁ。 俺も手を出すのを控えたのさ」 「ですが・・、どうして解ったのですかっ?!」 興奮から、声が上ずって大きくなったオリヴェッティで、怖そうにしているリュリュを見るKは…。 「あの斡旋所に入った時、微かに香る甘くえげつない臭いが在った。 あれは、嘗て昔は魔界の花だった“想魔草”(オウマソウ)。 ホムンクルスの肉体を生み出すのに、決して欠かせない物の一つだ。 斡旋所の中みたいな狭い範囲で、空蝉分離魔法を遣うなんておかしい。 あの主、何か肉体的に秘密が在ったんだ。 その秘密を補うか・・適応として、前々からホムンクルスか、その擬似技術のホンムクレイトを使ってたんじゃないかと思う。 もし、逃げた2人が秘宝を狙うなら、きっとまた出遭うさ。 主にも、生かされるなら・・アンディにもな」 「そんなっ」 絶望的な衝撃を受けて、俯くオリヴェッティに代わり。 ルヴィアは、名前以外の全てが闇のベールに包まれた秘術を聞き。 「然し、亜種人とはいえ肉体を切り刻むとは猟奇的な・・。 殺して心臓を奪うだけなら、そこまでする必要が無いと思うのだが」 Kは、こうゆう時は好奇心が仇に成ると思った。 だが、関わる以上は・・と。 「この俺の云った事は、人との馴れ合いなんかで他言なんかするな。 ・・、魔界の瘴気を吸って育つ想魔草ってのはな、不思議な成長段階を踏むんだ」 と、説明に入る。 すると、オリヴェッティが過剰反応の様な速さで。 「ケイさんっ、それ以上は…」 悲鳴の様に言ったオリヴェッティ。 その瞳を見返したK。 学院で、魔法遣い達がどうゆう教育を受けているのか、その様子から解った。 「コイツは・・、最高域のタブーか?」 必死に自分を保ちながら、ガクガクと頷くオリヴェッティで。 「私も、貴方が云おうとする内容は知りません。 ですが、それは人が知っては成らない事だと思います。 学院では、興味で暴走する者を恐れ・・名称以外を知ろうとする事をも禁じているんです」 「………そうか」 そう了承したKは、口を噤んでしまった。 知りたかった事を止められたルヴィアは、オリヴェッティに。 「だが、これから関わる事だ。 知って悪い事なのだろうか」 と、云うのだが…。 いきなり、それこそ憎む相手を見る様な視線をするオリヴェッティ。 彼女の顔の険しさに、ルヴィアもパッと腕組みを解いた程である。 「ルヴィア・・、物事を知るにも限度が在りますのっ。 暗黒の秘術の使い方を知れば、貴女が不用意に言った情報を頼りに、誰かが行うとも限りませんっ!! ケイさんの知識は、全て一般の学者や識者の領域を遥かに超えていますの。 お願い、私にも、此処に居る誰にも・・その話を聞かせないで」 珍しく感情的に言うオリヴェッティを、K以外の皆が別人を見る様な眼で見ていた。 「あ・・いや」 言われたて云う言葉が見つからないルヴィアより先に、ウォルターが。 「確かに、冒険者だろうとあの禁忌の内容を知る必要は無い。 入り口の一端すら知られないままで在っても良い、それこそ邪術の極み・・。 オリヴェッティの判断は、正しい」 Kも。 「だな。 俺も、この学者気質を少し削るとしよう」 こう言って、ベットに座って俯いてるリュリュの脇に座った。 「・・みんな、こわい」 Kの脇腹に抱き付くリュリュは、この話し合いの場の全てを怖がっていた。 この話し合いの後、食事と目的の達成だけを確認して解散した。 2人部屋に戻ろうとするオリヴェッティとルヴィアは、それこそ気まずそうな雰囲気だったが。 今朝には、普段の2人に戻っていた。 学院へと向かう今、荷馬車に乗る面々がこんなにも普通で居るのが、昨日の夜からすると信じられないが。 だが、降りかかる火の粉を払う気持ちと、この冒険を突き進もうとする想いは同じだった。          ★ カクトノーズの街に着いたのは、三日後の朝だった。 夜霧が出た次の朝は、肌寒い朝霧が残ったが。 陽が見上げる高さに成る頃には、霧も晴れて春の入りの様な風が吹く。 この辺りにまで来ると、冬の入りに山間部や高地には雪が降るのだが。 年明けの第二の月に入る頃には、春めいた陽気が増えてくるとか。 ノズルドの街から比べると、随分と暖かい地域となる。 さて、農地の中の街道を延々と2日走り続けて来たが。 3日目の朝は、上り坂の森と、家畜を飼う飼育小屋や果物畑に景色が変わった。 擦れ違う馬車も増え、似た様な服の色違いを着る男女の若者が乗り込む荷馬車とも擦れ違う。 その服を見て、嘗ては学院の学徒だったオリヴェッティが懐かしみ。 「学院の制服ですわ。 お金を稼ぎに出る若者達ですわね」 ルヴィアは、その学徒が乗る荷馬車を見送りながら。 「蒼・・赤・・黄色に緑? 制服の色が豊富なのだな」 微笑むオリヴェッティは、学徒を見て懐かしげな顔で。 「えぇ。 魔想魔術師とか、自然魔法などの専門別ではなく、入学時に作る際に好きな色や仕様を選べますのよ」 クラウザーは、制服に仕様とは・・と思い。 「仕様とは、何なのかな?」 すると、同じく学院を卒業したウォルターが。 「一言で言うなら・・そう、服のデザインそのものですな。 簡単な部分で云うなら、ポケットを増やしたり、スカートにフリルを入れたり。 少し違いを出すなら、紐で縛るとか・・ベルトで絞めるとかでしょうかな」 「ほほう・・、それも自由なのですか?」 「如何にも。 基本のデザインから大きく外れる物は、実費ですが…」 彼の説明を聞いているオリヴェッティは、カリスマ性の高かったウォルターだから、人と同じデザインでは無いと思い。 「では、ウォルター様の制服は、如何な物だったのですか? まさか、全く違う物とか?」 すると、急に襟を正すウォルターで。 「如何にもっ。 私の制服は、この礼服の様に洗練された物である」 ポーズを付けるウォルターの真似をするリュリュが居て、半笑いのKが。 (けっ、只の変わり者じゃないか) と、思う。 その話に納得のルヴィアは。 「当時の若かれし頃のウォルター殿だ、さぞかし女性にも好意を寄せられたであろうな」 すると、急に顔を手で覆い俯くウォルターで。 「フッ、仮面を付けていても愛されましたな」 只の自慢話で、男の方は苦笑いか、半笑いしか無い。 ま、リュリュは真似に忙しく、それなりに楽しんでいた。 さて。 坂道の街道を九十九折の様に進んで行けば、或る所で一気に開けた。 「ん?」 その周りを見るルヴィアを始め、知らぬ者は何も無い一面に言葉が無くなる。 いや、街道の他となる地面はレンガを敷いた人工的に整備された地面なのに、其処には何も無いのだ。 その不思議な光景をまた少し行くと、街道が土から石の道に変わる。 その先の一箇所に、煉瓦で造られた門の型が在る。 左右に延びる壁が然程に長く無い、形だけは大きな門が見えてきた。 城塞などに入る立派な鉄の開かれた門だ。 初めて来るクラウザーは、ウォルターへ。 「あ・・あの、ウォルター殿。 此処が、街ですかな?」 すると、ウォルターは何の躊躇も見せずに頷き。 「如何にも。 街には学院を中心にして、呼び名の違う区域に分かれて居ります。 街の一部は、あ~ホラ。 この街の郊外に当る丘の上にも見えますぞ」 その手に持つステッキを、この広く開けた何も無い土地の外れの上部へと向ける。 その方を見れば、この何も無い土地を、遠く離れた場所にて囲む切立った山や丘が在り。 眼力が良いなら、その山の上や丘に建物が密集しているのが見えた。 その集落の様子を見たビハインツは、それが街だと思い込む。 「あ~、あんな上まで上がって行くんだ。 “学院”てのは、山の上に在るんだな?」 と、理解した様に言った。 が、オリヴェッティが。 「山の上に在るのは、放牧農家や樵(きこり)などが多く居る郊外集落と。 後は、僧侶が学ぶ各神々の神殿が建てられた区域ですわ。 魔法学院自体は、此処ですのよ」 何も知らない者・・、ルヴィアやクラウザーに加え、このビハインツも訳が解らなく成る。 一方。 リュリュは、1人だけ。 「此処ってすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~いっ」 と、荷台で跳ね出した。 鉄の扉の開かれた大門を潜ると、真っ直ぐ先に一本の幅広い塔らしき物が見える。 土色のやや黒ずんだ石壁を積み上げた様な、旧式の建物に良く見られる物だが。 ウォルターがその物体に指を向け。 「皆よ、アレが学院と都市部への入り口。 云わば、門じゃ」 と、云う。 Kだけ、誰も居無い方を向いて。 「へっ、知らないヤツに解るかって~の」 と、ボヤいたが…。 言ってる意味が解らないクラウザ-達だが、此処までも荷馬車などと擦れ違っている。 思えば、あの人や物を乗せた馬車は、何処から出てきて。 そして、逆向きの馬車は、この何も無い土地の何処に向かうつもりなのか。 馬車が、その塔と思われる上の部分が見えない建物に近付いた時、初めてクラウザーは気づいた。 「ん? この建物・・上と下が曲線だ。 まさか・・、コレは円盤状の?」 すると、ビハインツも或る事に気づいた。 「んあ? 向かって行く馬車は、この塔みたいな建物の左側に行くぞ? あっ、右側からは、出て来た馬車が見えるっ」 態と何も言わないKやオリヴェッティなどは、この未知なる体験をさせようとしていた。 そして。 「あっ、何だ! これは?!」 建造物の左側面に馬車が回り込んだ瞬間、ルヴィアが声を上げて立ち上がった。 その円盤状と思しき建造物の側面に回ると、其処には見上げるも上が雲に届きそうな程に巨大な円盤型の扉が在った。 両開きと思しきその巨大な扉だが、左に回りこむと、向かって左側しか開かれて居無い様な開き方をしている。 更に、その閉められた右側の表には、何と壁画の如く動く絵が描かれているではないか。 稲穂を刈り取る人々の絵だと思えば、安らかに眠る女性に変わったり。 仕切りの線を越えた隣では、槍を持った無数の兵士が、広い荒野を突き進む絵が。 「こっ・これは・・・一体」 理解を超えたその大門に、クラウザーやビハインツも立って見惚れた。 足がまだ完治していないビハンツも、その様子に好奇心が溢れ出して痛みが鈍ったほど。 さて、多くの馬車が向かう開かれた門の中に踏み込むと、其処はもう街だった。 緩いスロープ状の道を上がると。 「はいよっ、今日は野菜が安いよぉ~っ!!!! 量も揃えたから、バンバン買って頂戴」 男の威勢の良い声がしたり、今日の値引きした料理の種類を言う呼子の声が聴こえたり。 見える周囲も、賑わう街中を通る大通りであった。 ルヴィアは、放心に近いままに。 「オ・オリ・・ヴェッティ、この街は・・何処に在るのだ?」 と、問う。 それもそうだろう。 知らない者からするなら、これは当然の質問だ。 この街に入る為の門で在った、円盤状の巨大な建造物。 その横から見て塔と勘違いした幅など、思い返せばどれ程だっただろうか。 荷馬車が数台も横に並べば事足りる厚みでしかない。 歩いても、50歩・・100歩までは有る訳が無い幅だった。 だが、目の前には街が広がっている。 馬車の向かう先には、高い建物と思わしき上部だけが彼方に見えているが・・。 右を見ても、左を見ても、この街が縦長で幅の狭い街だとは思えない。 この馬車が走る大通りと交差する幅広い道を見ても、あの門の幅など問題に成らない奥行きが覗えたのだ。 立ち上がったオリヴェッティは、ルヴィアの傍にて。 「カクトノーズの街は、幾つかに分かれています。 この繁華街と云うか、斡旋所を始めに商店や宿屋が軒を連ねる街は、空中に浮いた巨大建造物の中に在るんです。 そして、この区域の中心には、学生や先生などが住み暮す学院本部が御座います」 「つまり・・此処が、全ての民の生活圏なのか」 「いえいえ。 一般の方の生活する家や、装飾・細工などを行う工房や鍛冶屋などは、地下に存在します。 学院の運営や、自治国の政治の中枢も地下です」 話を聴くルヴィアは、それでは大きな矛盾が生じると。 「おいっ、この街が雲の高さと同じ天空に浮いているのに、どうやって地下に行くのだ?」 すると、思わず微笑んでしまうオリヴェッティで。 「この、上部の“天空街シェアラン”と、“地下街レヴォックス”は、至る所の階段で繋がって居ます。 この街に、その階段がどれだけ在るか…」 すると、ウォルターも立ち上がり。 「学生が魔法を学ぶのは、天空に浮かぶ3つの施設。 一つは、初歩の塔。 二つ目は、術別の万扇。 最後は、終卒の円卓。 それぞれ、魔法を扱える様に成る段階に合わせて通う施設だが。 その施設へも、学院の内部の扉を潜ったりすれば直ぐじゃ。 魔法の本来の姿は、守りながら無駄を消す事。 この魔法の全ての技術は、神々から魔法の真髄を教わり。 その力で、嘗ての脅威から人々を方々へ逃がした心旨から来ておるのだよ。 何時か、この大地に危機が迫っても、此処ならば人を受け入れて保護する事が出来る」 街がどうゆう存在なのか。 その実態をはっきりと認識と云うか、理解するに至らないルヴィア。 そんな彼女へ、寝そべるKが云う。 「この街の呼び名は、他にも数十とも、数百とも云われる程に有る。 それは、過去の者が勝手に付けたからだがな。 その過程には、嘗てこの街を奪おうとする他国の侵略も在った。 魔法の叡智とその技術を奪おうとする調略やら対外からの圧力も、な」 「馬鹿な。 絶対の中立を保つとする魔法の盾が在る場所ぞ」 そこへ、ウォルターが。 「じゃから、調略や圧力も、と言うておるだろ」 “調略”とは、内部の離反やら買収を指す。 圧力は、国家間の脅しとも言える。 詰まり、この魔法学院の力を国家の中へ取り込む画策が、過去には何度も在った、と云う事なのだ。 驚くルヴィアは、言葉を失った。 魔法と云う力を戦争に使ってきたのはもう過去からだが。 モンスターをも倒す力を、その真髄を人に向けたらどうなるか。 若い未熟な自分ですら解ると云うのに、偉くなると何故に解らなくなるのか…。 そんなルヴィアに、Kが。 「その他にも、色々と内部分裂の憂き目を見た事も、な。 然し、あの超魔法時代を経ても、この場所に2つは無く。 天空都市で在るが、その存在を地上から確認する事は出来ないし。 また、地下の街を見ようとしても、さっき見た煉瓦しかなかった場所の地面に穴を開けても確認する事すら出来ない。 神と悪魔の齎した知識、そして魔法の真髄で生み出された異なる世界にのみ、存在する場所が魔法学院なんだ」 「何と・・、これが魔法の究極域か」 「そうだ。 首都でもあるから、カクトノーズ(新の理想郷)と云うし。 その魔法の真髄を求めた魔法遣いからは、レイ・イン・フィニア(力と無限の国)とも云われた。 他にも、幾つもの名前が付けられたが・・。 最初に作った魔法遣いは、その名前を付けなかったとか。 この街は、色々と不思議な街なんだよ」 ルヴィアを含め、一同が黙った。 皆を乗せた幌馬車は、そのまま街の中心へと向かって行く。 書簡の送り先は、自治国政府の何処何処では無く。 学院長宛だった。    ≪行く道に掛かる暗雲は晴れず≫ オリヴェッティ達は、世界で唯一、建国より中立を貫く魔法学院自治領政府の都に来た。 魔法を学ぶ学生の故郷で在り。 魔法を教えて、悪魔やモンスターの脅威に対抗する手段を保存する場所でも在り。 また、どの国にも傾倒しない場所でも在る。 古えより、どれ程の魔術師がこの都で学んだか。 世界の歴史を密かに刻む場所でも在る。 そんな場所へ来たオリヴェッティ達。 一行を乗せた馬車が、とある建物の前に停まった。 「・・・」 ルヴィアは、何も声が出ないと云う顔で。 口元が引き攣っている。 「さて、着いた着いた」 「着いた~」 Kとリュリュが先に降りた場所は、庭師が作り上げた立派なガーデンと見て良い庭の入り口。 剪定された樹木が、一面芝生の庭に彩りを添えていた。 さて。 問題はその庭の先。 世界でも最大の巨城と賛辞が贈れそうな規模の城が見える。 四角い外観で、中の敷地には、幾つもの大きな屋敷や離れ、更に様々な塔を有した城だ。 だが問題は、その城が浮いている。 高みに・・ではなく。 底の見えない白き光が蟠る場所の上にだ。 庭から城へと伸びる架け橋に向かう一行だが。 その架け橋には、学生と思われる若者達が大勢行き来していて。 その若い者では、10歳に満たない少年や少女。 上を見れば、オリヴェッティと似た雰囲気の若者も居た。 「ふむ、おぉ懐かしい。 私も、学ぶ学徒として此処に来た時は、あの様な若者であった」 懐かしむウォルターに、クラウザーが。 「然し、ウォルター殿」 「ん? 何でしょうかな?」 「お忙しかったと思われた若かれし時のウォルター殿は、長く学院に居れなかったのでは? 私の記憶では、卒業してお帰りなる時が、私がキャプテン・サミュエルの元で働き始めた頃の様な…」 「確かに。 私は一度、十代の前半で魔法の修行を終え。 十代の後半にもう一度、極める修錬を此処でしました。 どちらも、期間としては2年ほどですな」 「ほう・・。 たった2年で扱える様にですか」 学生達を見ながら微笑むウォルターは、過去を思い出す遠い目をし。 「この学院では、最短で1年と少しの記録を持つ者が居まして。 何百年前と云う先輩の方ですが、当時はライバル心を燃やしましてな。 いやいや、何処でも騒がれないと気が済まない性分だったらしい」 ウォルターの告白に、フッと笑うクラウザーであり。 「フフ、ウォルター殿らしいですな」 こんな老人2人の他愛ない会話の最中に。 「おい、オリヴェッティ。 あれ・・冒険者じゃないか?」 片足の不備を補う為、杖を付いて歩くビハインツの眼に。 学生と見える者2・3人と、武装した冒険者と見受けれる一団が一緒に歩いて来るのが見えた。 オリヴェッティは、それを見て。 「あぁ・・、それはきっと。 授業の中には、少し危険な科目も在りますの。 自腹負担で、冒険者に協力を頼むのも可能なんですわ」 「へぇ、ある意味でズルだな」 「まぁ、そう云われても仕方無いですね。 でも、他には、学院側から冒険者協力会、つまりは斡旋所へと仕事の依頼も有るのですが。 その中の条件には、生徒を同行させる場合も在るんですの。 見届けの生き証人と云う役目だったり、目的の物を採取する働き手だったり。 後、冒険者側から、魔法を扱える生徒を紹介して欲しいと来る場合も有りますのよ」 聞いていたビハインツは、仕事と成ると危険なものも含まれると思う為にか。 「危なくはないのか?」 「んん~、危険は承知です。 学院の任務として冒険者に同行する事も、実は学院内の応募募集に張り出されたりします。 生徒は自分で志願し、自分から手伝いに出ます。 お金が多く入る手伝いですが、危険は自分持ち。 学院では、自分の選択する行動には、自分で責任を持たなければいけないのが掟です」 「ふぅ~ん、厳しいな」 「えぇ・・。 でも、卒業した大半の方は、国に仕官するか、冒険者や学者などに成るか…。 その道は自分の道ですから、仕方在りません。 魔法を身に付けられない場合は、10年で学院を強制卒業させられますしね」 「そうなのか」 ビハインツが“有限”の入学に納得すると、其処に聞いていたルヴィアが入って来て。 「だが、金を取っておいて、10年でマスター出来なければ放り出すと云うのも些か・・。 入学時で、素質の云々と共にその辺の事も解らないのか? 此処に来て身に付けられないなど、逆に恥ずかしいと思うのだが」 これは一般的に確かに・・と、思える意見だが。 「ルヴィア、それは違いますのよ」 「ん?」 「魔力が在っても、先天的な特異体質で魔法の習得できない方が少なからず居ます。 エンチャンターに成る方の殆どが、その体質から身に付けられませんの」 「ほう、それは不思議な」 「その中には、あのエンチャンターとして名を馳せた、冒険者エイミー・シャロンさんがそうです」 「えっ?! エイミー・シャロンとは、この東の大陸で名を馳せた冒険者ではないか! 或る街を襲った暗黒竜を倒したと云う偉大な人物で在ろう?」 驚くルヴィアに、同じ表情のビハインツ。 この人物の名前は、冒険者の昔話としてかなりポピュラーな方に入る。 超魔法時代が終わった直後、魔法の力が不安定に成った時期が在った。 空間魔法で転移移動を試みた或る魔法遣いが、何と呪文と魔方陣を間違え、暗黒の力を持った魔界の妖精を召還してしまった事が発端である。 その妖精が暴れ、モンスターを次々と凶悪化させたのだが。 中でも、大きな館に匹敵する下級のドラゴンを、暗黒竜として凶悪化させ。 周囲の街を襲い始めた。 この時、魔法の力を武器に付加させる事の出来るエンチャンターで在った冒険者エイミーは、仲間と協力してその竜を倒し。 他のモンスターも討伐して回ったと云う。 話の場所は、この東の大陸の南端の国である。 学生を見るオリヴェッティは、何度も頷き。 「魔法を習得できないからと云って、決して才能的には劣っている訳では在りませんのよ。 魔法が幾つも分かれているのも、その適正が在るからですし。 習得の出来ない方とは、複雑に邪魔し合ってしまう適正を持つ有能者だからなんです」 「そ・そうなのか。 ぶつかり合う才能が、返って習得の邪魔をするのだな?」 「はい。 それから、それぞれの魔法には、古代から受け継がれた古代の魔法語が用いられますが。 この魔法語と云うものにも、適正が存在します。 ケイさんが使える基本魔法を習得する事が出来ても、魔想魔法の具現化に関する魔法語が適正に合わなかったり。 自然魔法の召還部分に当たる魔法語が、適性に合わなかったりして、習得が出来ない方も居ます。 然し、エンチャンターとして武器に魔力や自然の力を付加して、武術の腕を鍛えれば、様々なモンスターと戦える達人にでも成れます。 私と同じ年齢の卒業者に、その偉大なる力の片鱗を身に着けた女性が居ましたわ。 彼女なら、その内に有能な冒険者として、私達にも名前が聞こえて来ると思います」 ルヴィアは、その女性に興味が湧いて。 「名前は?」 「ソフィア。 ソフィア・ローラレイ。 魔力そのものだけではなく、自然魔法の力も武器に付加が出来る逸材です」 「ほう。 して、得物は?」 「両手に持つ短い剣や、長剣が主みたいでした。 私は武器の種類に疎く良く解りませんが、“ソードブレイカー”とか云う武器も扱えると云ってましたね」 ルヴィアは、流石に武器を扱う者である。 その名前を持つ剣を知っていた。 「なるほど、あの変わった剣か。 そんな面白そうな者も居るのか・・。 私も、もっと腕を磨きたいものだ」 と、遠い目をして向かう城を見た。 一方、話をジッと聞いていたビハインツは、その武器の名前しか知らないので。 「ルヴィア。 そのなんたらブレイカーって、どんな剣なんだ?」 「ん? “ソードブレイカー”は、その名前の通りに剣を壊す剣だ。 形状は、刃の逆側、刀背がギザギザした凹凸を持ち。 その凹凸で、相手の刃を刃こぼれさせたり、引っ掛けて折る事も可能だ」 「へぇ、強そうだな」 「いやいや、見た目と裏腹にあの剣の扱いは難しいぞ。 ソードブレイカーは、単なる力任せでは扱えぬ。 下手に相手の方が力強ければ、此方の行動に支障が生じるとも限らない。 本当の意味で剣を極めるものが使う武器で、扱えるものも適性が要る」 「そうなのか?」 「あぁ。 私は剣を見た事が在り、一回だけその遣い手と手合わせをした事も有るぐらいだからな。 それこそ突っ込んだ部分までは解らぬが、ケイに聞けばその意味の全てが解ろう」 「・・今度、機嫌の良さそうな時に聞いてみるか」 話をしていた3人は、先頭を行く黒尽くめの背中を見た。 リュリュを連れたKは、少し半目のやる気が無さそうな様子で歩く。 (ねぇ、アノ人見て) (うわっ、顔に包帯ぃぃっ?!! 昔のミイラ葬みたいじゃんっ) (冒険者かしら・・) (あんな変わったヤツ、それしか居無いって) 向こうからやって来る学生の女性2人が、ヒソヒソとKを見て言う。 だが、当の本人は聞いてないのか、その方向も見ない。 Kの横を行くリュリュは、胸ぐらいの高さが有る手摺りから、光が蟠る底なしの下を不思議そうに見ていた。 長い長い石の橋を渡ると、城内に入る門が有る。 城を取り囲む外壁と繋がるその開いている門だが、其処には学生と見れる制服を着た者が立っていて。 部外者であるKが来ると…。 「止まれ、冒険者。  これから先は、我々の住み暮す場所だ」 と、止めてくるではないか。 出入り自由なのを知っている為か、呆れた様子のKで。 そのまだ10代の半ばどうかという若者の男女に。 「アホか。 用事も無いのに、冒険者が此処に来るかよ。 ノズルドの街から、学院長に向けて宛てられた書簡を持って来たんだ」 すると、少し強気な雰囲気を見せつつも、まだ子供らしい一端を残す可愛い男子が、ロングオーバー風の制服の腕を捲くり。 「何ぉ? んじゃ、その書簡を見せてみろっ!!」 と、怒るではないか。 意味が解らないKは、 「ホラ。 後ろに来たリーダーが持っている」 と、左親指を向ける。 門番の様な2人の内、長い黒髪のポニーテールを結う女性とは、ジャケットとスカートに別けた制服を中々に着こなしていて。 「そうですか。 では、その書簡だけ検めさせて貰います」 と、オリヴェッティを見る。 オリヴェッティが来ると、Kは2人の学生に指を向け。 「オリヴェッティ、この2人が書簡を見たいだとさ」 告げられても笑顔のオリヴェッティで。 「あ、学生警護委員会の皆様ですのね」 この物言いを聴いた2人も、直ぐにオリヴェッティが卒業生だと解った。 「はい、ノズルドの街におわしましたガウさんから、これを預かりました」 と、封をされた筒状の書簡を出す。 「フン」 と、その書簡を奪う様に取り上げた女生徒の方が。 「・・確かに、これは地方監督の調査団からの封書ですわね」 然し、隣から封書簡を見る若者の方は、 「外見だけじゃ解らないよ。 中身を確かめよう」 と、その書簡を鷲掴みに取る。 この時、Kは途端に驚き。 「おい、本気かよ」 と、2人の脇からリュリュの襟を掴んで、オリヴェッティの脇を腕に絡めて素早く大きく一歩下がった。 その、直後。 「わぁっ!!!!」 「きゃぁぁっ!!!!!」 二色の悲鳴が突如と沸きあがり、蝋封のされた書簡が石の地面に落ちた。 「あっ! え? ・・まぁ」 引かされた事に驚きつつも、また封書より魔法が発動したのも見ていたオリヴェッティ。 門番をする2人が書簡を開こうとした瞬間。 青白い光の衝撃を喰らい、門の中にぶっ飛ばされてしまったのを見てまた驚いた。 「な・何が?」 同じく驚いたルヴィアと、眼を丸くしたビハインツ。 芝の上に転がった学院生の2人を、ほとほと呆れるとばかりに見たK。 「アホかっ、お前達は。 封書簡は、その宛てられた任意の相手以外が開かない様に、魔想魔術師なら“衝撃の制約”(ショック・ギアス)の魔法を施すの位は当たり前の事だろう? 学院で何を学んでやがるよ」 こう云った後に、オリヴェッティに。 「オリヴェッティ、書簡を拾え。 警護なんたらってのは、こんなアホなのか?」 と、ボヤく。 云われたオリヴェッティは、重要書簡にこんな魔法が施されるとは知らず。 「私も知りませんでしたよ」 と、拾い上げる。 そのヌルい意見に、横を向いて苦い顔をしたKで。 (おいおい、コイツ等揃って重要書簡の意味を解ってないぞ…) 一方の、魔法でぶっ飛ばされた2人は、髪を乱して中側の芝生の上に転がる。 「いててて・・」 「いや~ん、何よっ、もうっ」 此方を見る様にして身を起こした、その2人の前に来たKは、 「お前達、国の魔術師が最重要視する書簡に、特定の封印魔法を施すぐらいの想像力を持たないのか? そんな事だと、冒険者に成っても一年もしないでおっ死ぬぞ」 と、注意を言う。 髪が解け、首をさする女生徒で。 「魔法の封だなってっ、最重要書簡じゃないっ。 何で地下の学院政府に行かず、政府最高職の学院長に来るのよっ!!!」 もう救いようが無いと思うKだが、この意味をこの若い2人に語っても理解など出来ないと思い。 「何にせよ、それだけ大切な書簡ってこった。 悪いが、屋上に居る学院長に会うぞ」 と、立ち上がれない2人を無視して中に入る。 若者の男子は、地面に座って腰から上の身を起こした状態からKに。 「お前みたいな冒険者風情がっ、どうして学院長の居場所を知ってるんだよっ」 然し、云われたKは2人にヒラヒラと左手を上げただけ。 後に続くオリヴェッティは、その若い2人へ。 「先に此処を卒業した者ですが。 委員会の方だからと、その口の利き方はいけませんよ。 貴方方の印象は、外部の方からするなら学院全ての印象に思われます」 と、言い置いた。 だが、Kの呆れも熟練の冒険者からすると最もな事だ。 魔法を施した“封書簡”は、高位の魔術師では強力な威力の魔法を付加する。 ガウは、Kが運ぶのだからと、簡易と云うか緩い衝撃の魔法に留めた。 だが、息子が単身で狙い、魔王を呼び出した等とは思って居なかった。 死霊魔法で不死モンスターを生み出したり、暗黒魔法で悪魔を使役するなどを超えて魔王を呼び出そうとするなど、その知識の無いアンディでは唆せない。 未知の第三者が居たのではないか、そう判断する。 だから、衝撃の魔法を保険として書簡に施したのだ。 もしかすると、この書簡を狙う何者かが居るかも知れないと…。 そして、余談となるが。 封書簡は、送り主へ安全に届く事を第一に作られる。 これが暗黒魔法を扱える者が作った場合、最悪は即死の魔法が施される事も。 古代の魔術師が住んでいた場所の封書には、そんな魔法が掛けられている物が在ったり。 とんでもない魔法のものだったり…。 魔法の封がされたものは、開くにしても細心の注意が必要なのである。 一介の剣士だのがするならいざ知らず、魔法学院の生徒が安易に封書を開こうとした事に呆れたのだ。 魔法の衝撃の影響で、人が門に集まり出す。 その中で、ウォルターとクラウザーが、一行の後に続いた。 学生寮、図書館塔、実験塔、修錬広場、教師寮、封印塔、その他云々。 多数の建物が有る城内の敷地。 一番大きな城は、外観がそうなだけの学生寮ならしい。 その学院生の寮からは、大勢の若者達が向かって来ていた。 Kは、何故か学院長と云う肩書きの、最高位に居る人物の居所を知っていた。 学生寮の最上階。 円錐形の塔に住む人物の元に向かって、城内へと入ってしまう。 オリヴェッティから、この学院内部の色々とした説明を受けるルヴィアとビハインツだが。 ルヴィアは、この流れから先を予想していた。 小声でオリヴェッティに声掛けて…。 (のぉ、もしやケイは、その学院長とやらを知っているのではないか?) オリヴェッティも、其処がどうかと思って居た。 (私もそんな気が・・。 この街や学院の内部を知り尽くしているみたいですし、過去のお仕事で前から知っているのかも…) Kが、元は“P”(パーフェクト)とコードネームを付けて、闇の秘密裏に世界の汚れ事を解決して回った事はもう知っている。 ルヴィアやビハインツなどは、それも有るから尚更にKが怖い。 彼の過去の旅で出来上がった人脈は、常人の築ける範囲を遥かに超えている。 ま、確かに、この2人の予想は当っていた。 城内のエントランスロビーに入ったK。 その隣に居るリュリュは、学生達が犇く広いロビー内を見て。 「ケイさん、エラい人って何処?」 魔法の衝撃騒ぎが伝わり始めた処に、包帯を巻いたKが堂々と踏み込んで来るのだ。 学生達は、何事か・・とKを見る。 「この建物の最上階だが・・、どう行こうかな」 リュリュは、幅の広い大階段を指差して。 「正面とっぱ~」 頷いたKは、歩き出して。 「一番楽な行き方だ」 「わ~いわ~い」 何者が来たのかと思う学生達の中を、はしゃぐリュリュを連れて堂々と歩くKは、黒服の女性用礼服を着た大人の人物の前も通る。 「オネ~サンも居るぅ」 フードを上げてその女性を見たリュリュだが。 逆に絶世の美少年を見る学生達で。 「うわぁ~っ、かっわいいぃっ!!!」 「何であんな包帯のバケモノと、あんな可愛いコが一緒なの?」 魔法を教える教師か、学生の面倒を見る何者かと思しき女性もまた。 「あら・・まぁ」 と、リュリュの顔に目が向かってしまった。 大階段を上るKは、リュリュのフードを荒く戻し。 「見せんな。 面倒だろうが」 「ブブブ~~~~~」 頬を膨らますリュリュで、大人びた女性に手を振る。 後から入って来たオリヴェッティは、その様子に困った苦笑を浮かべる。 そして、その礼服姿の女性に近付くと。 「ロルナ寮母長」 と、声を掛けた。 「え?」 名前を呼ばれハッとした様な様子で、オリヴェッティへと振り返るその女性は…。 「あ・・、あ? あ・・貴女は・・もしかして、オリヴェッティ?」 オリヴェッティは、笑顔を浮かべて頭を下げた後。 「はい、お久しぶりです」 オリヴェッティの全身を見回すその礼服女性は、穏やかな笑顔に変わり。 「ホントに久しぶりね。 あらぁ、卒業の頃よりも綺麗になって…」 褒め言葉に恥ずかしがるオリヴェッティで。 「ありがとう御座います。 ロルナ寮母長も、お変わりなく」 すると、ロルナと云う女性は苦笑して。 「“お変わり”有るわよ。 私、去年に結婚して、これでも子供まで居るんだから」 と、云った後。 Kの行った階段を見て。 「見た所・・冒険者に成ったみたいね。 今の包帯を顔に巻いた人も、お仲間?」 オリヴェッティは、後ろに老人2人が追いついたのを確認してから。 「はい。 ノズルドの街で事件が在りまして、諸島を調査する団長様から学院長宛で、封書簡を預かりまして。 そのお届けに」 すると、ロルナは首を傾げて。 「書簡? 魔法の伝心通信でもいい様なものね」 此処で、ガウから情報の中身は明かさない様に云われているのを思い。 「私達は、頼まれただけなので。 その中身は知らないんです」 ロルナは、それもそうだろうと。 「あ、そうよね。 ご苦労様。 さ、早く最上階に行きなさい」 オリヴェッティは、直ぐ其処の門前で在った出来事を言う。 ロルナは、困った笑顔で門の方を見て。 「あのコ達、先月にあの役目に成ったばかりなのよ。 領家の子達だから、何でも上から掛かるのよねぇ~。 偉ぶる為の委員じゃないのに・・はぁ。 ま、そのことは任せて頂戴」 オリヴェッティが頭を下げるのと同時に、ロルナへと会釈を交わすルヴィア達。 学生達などに見られながら、階段を上がっていった。      ★そして、先に行く前に★ 広大な学院内部の一角を占める、城の形をした学院生の寮。 自由な学生達の生活場と、寝起きする部屋が在る。 そして、その城の最上階には、1人の老人が住んでいた。 「お待ちなさいっ!! ご用件が在るなら、先ずは我々にっ、よっ・ようむきをっ・あ゛っ!!!」 その老人が住む塔型の建物に上がる階段の入り口では、Kを止めようとした男性が、リュリュに襟首などを掴まれ引き摺られて。 「う~るさい」 と、云われて、屋根の無い石廊下の上へと捨てられるではないか。 老人の住む塔までは、屋上へと上がってからこの幅広い石の渡り廊下を行かなければならないのだ。 外廊下へと出る出口の、扉が開かれたままになる枠に腕を預けたKは、リュリュによって外の屋上廊下へと捨てられた、赤い上質な法衣に金糸で龍の刺繍が入ったものを着る人物を見て。 「ノズルドの街で預かった書簡は、直接に学院長へ手渡せとガウのオッサンが云ってた。 悪いが、秘書の出しゃばる処じゃねぇ」 「じゃねぇ」 腕組みをして仁王立ちとなり、Kの台詞の真似するリュリュだが、その身体には風のエネルギーが溢れている。 これは何事か。 実は、この塔を守り、学院長と客の間に立つ秘書と云うのが、これがまた偉ぶった態度の融通が利かない相手だった。 Kの説明の後に、“通せ”・“通さない”の言い争いなので、リュリュは少し怒っていた。 屋上のテラスに転がっている秘書官は、全員で3人。 自分の生み出した脅しの魔法を、年端も行かない少年リュリュに潰され。 その反発から波状した力を受けて、気絶している者が2人。 そして引き摺られて捨てられた人物は、 「あぁ・・、何と云う強力な風の魔力だっ!!!」 と、リュリュの身体から出る力の強大さに、自分達には絶対に勝ち目が無い事を知るのである。 すると・・。 「ふむ、なんと純粋な風の力だろうか。 この様な神々しい力を出す者が、この世に居るとはのぉ」 と、老人の声がする。 少し離れた場所から聞こえて来る様な、そんな感じの聞こえ方であった。 時間帯も良く解らない場所ながら、学院生達が自由にしているから昼頃ぐらい思う。 Kが踏み込もうとした塔の、何故か裏側から一人の老人が現れた。 塔に向かおうと歩き出したKは、その声を聞くと外廊下へ出て。 現れた老人が、間を開けた状態ながらに自分を見るのを待ってから。 「佑公(ゆうこう)のパスカ、随分と面倒な秘書を置いてるな」 と、声掛ける。 古びた木の杖を持ち、ヨチヨチとした足取りで歩く老人は、何処にでも居そうな高齢の隠居老人の様だったが。 Kを見れば、その目を大きく見開いて。 「・・御主は、あの時の?」 だが、Kは応えるより先に、その手に在る記憶の石を投げた。 「?」 老人の目の前で、飛んできた記憶の石がフワリと、何もしていないのに動きを止める。 そして、老人が左手を差し伸ばせば、その手の上に石が降りてゆく。 それを見たKは、 「俺のリーダーが持つ書簡と共に、アンタへ直接届ける仕事だ。 中身を見て、腰を抜かすなよ」 と、言えば。 「抜かすなよぉ~」 真似を云うリュリュ。 オリヴェッティが来るまでの短い間、老人は記憶の石の中身を見た。 「ケイさんっ、コレは一体?」 自治政府の中でも、大臣クラスに権威の高い秘書官が、3人ともノされているのを見たオリヴェッティは、何をしたのかと驚いたのだが。 大きな目を開いた老人は、この外廊下へと上がってきたオリヴェッティに向いて。 「書簡を持っているのは、そなたかな? 済まないが、見せて頂きたい」 と、云う。 「えっ? あ・・あっ! はっはいっ!」 オリヴェッティも、学院自治政府の長たる学院長の顔ぐらいは、当然に知っている。 魔法を遣う者の頂点に立つ人物に云われて、オリヴェッティは更にうろたえた。 老人に書簡が渡ったのを見たKは、解った事は全て伝えようと。 「書簡の内容だけでも十分だろうが・・、パスカ。 ノズルドで脱走騒ぎが在ったんだが。 その首謀者は、ホムンクルスか、ホンムクレイトを使ってるぞ」 書簡の手紙を開き掛けた老人は、“ホムンクルス”の言葉にその手をピタリと止め。 そして、徐ろな動きで、相当に衝撃を受けた顔を上げた。 「ま・・真か?」 Kの眼は、もう真剣なものに変わっていて。 「あの甘く煩いオウマソウの臭いを、薬師でも在る俺が間違えるかよ。 恐らくだが、逃げた斡旋所の主ってのは、相当に魔法を遣えるヤツだろうな。 そんな奴がもし、悪党の一味に入り込んだら、一筋縄で行くとは限らない。 その辺、どうするんだ?」 「どうする・・か」 俯く老人。 この事態は、魔法学院自治領の最高指導者を、こうも悩ませる事態なのだろう。 老人の険しく成り掛けた顔を、静かに見るオリヴェッティ達は、固唾を呑んで見守る。 だが、Kは違った。 「逃げた斡旋所の主ってのは、何等かの目的が有って1人の若者を脱走させてる。 主の狙いが俺達と同じなら、相手は必ず俺達を追うだろう。 始末を付けるのが俺達なら、無理に捕まえに走らなくてもいいぞ。 平気で魔法を人に嗾ける事が出来る輩を相手に、殺さず魔法で捕まえようなんて甘い考えだからな」 このKの話に、老人はKを見る。 「御主が、始末を付けると申すか?」 「と、云うか。 俺達の旅の目的は、海旅族の遺産を見る事だ。 そして、逃げた主の目的は、それを奪う事かも知れない。 俺達の向かう道と、向こうの向かう道は交わっている可能性は否定出来ない。 その道に他人が戸を立てれば、向こうは容赦しないって事だ」 その老人は、Kに手を差し向け。 「少し、詳しく話をしてくれないかの。 次の目的の街までは、此方からまた馬車を用意する。 一日、二日ほど、此処に居て貰えぬか?」 Kは、オリヴェッティを見てから。 「それは、リーダーに聞け。 俺の判断じゃない」 学院の最高指導者である老人は、オリヴェッティに向いて頭を下げる。 その姿を見たオリヴェッティは、とてつもなく恐れ多いと。 (嗚呼、これは…) 重ねて恐れ多い事が、身に降りかかる火の粉の様にやって来た想いだ。 未熟な自然魔法遣いの自分に、あの魔法遣い最高の老人が頭を下げて来るのだから。 身体が震えて、返事をすぐに返せなかった。     ★そして・・、悪も自由を得て★ それは、何時かの夕方。 山に沿う寂れた街道で。 「ふぅ、やっとこさ降りれたねぇ」 黒い形の奇妙なローブを着た何者かが、森の中の街道に出てこう云った。 片手に木の杖を持ち、身体が悪いのか片足を引き摺り。 前屈みに近い姿勢で、大きく身体を動かして歩く。 そのローブの人物が出て来た直後に、顔をフードで深く隠した別の者が出てきて。 「向こうで、木から鳥が飛んだよ。 誰か来るかも」 若い男性の声で、そう言った。 アンディの声だ。 すると、黒いローブを纏う人物は、 「ウヒヒヒヒィ、それは丁度イイねぇ」 この不気味な口調は、アンディを逃がして逃走した斡旋所の主に間違い無い。 この2人が居る方に、一台の馬車が向かっていた。 「いやいや、今回は高く売れたな」 幌を持たない荷馬車の二台に乗る中年男が、馬を操る同世代の男性に声掛けた。 少し汚れた厚手の黒いズボンに、やや色褪せたこげ茶色のベスト、染みが見える白い長袖のシャツを着た農夫であろうか。 馬を操る人物も、ツバの広いアーメット帽(ハンチングに似たもの)を被り、首に綻びの覗えるマフラーをして、農夫らしい格好の衣服を着ていて。 「あぁ。 でも、今年もこれぐらい収穫が出来るといいな。 今回は、娘に飴を買えたが。 中々、毎年買ってやれん」 荷台の男性も。 「おうだな。 ウチの坊主にも、そろそろ勉強道具を買ってやりたいよ」 この2人、共同で農作業をする間柄なのであろうか。 家族の話を軸に、収穫を上げる工夫をどうしようかと話し合っていた。 だが、その話は実現に出来ないものだった。 何故なら…。 2人が乗る馬車だけが走る街道上。 この辺りは山間部で、点在する集落から来る人など1日でも疎らなものとなる。 その道先に、膝を突いた年寄りと思われる黒いローブの人物が見えた。 「おい」 「あぁ、旅人かな」 田舎に戻るべく馬車に乗っていた2人は、馬車を止めてその老婆と思しき人物を助けようとする。 「旅人かい?」 「足でも…」 処が、2人が声を掛け様とした直後。 「うぎゃぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」 御者をしていた男性が、その黒いローブを纏った人物の突き出した杖から放たれた、烈風の様な魔法を喰らってしまった。 黒ローブの人物こと、リドリンがうずくまる左側へ身を出した瞬間に、丸い柄をした杖の先を向けられて魔法を浴びせられたのだ。 制御された魔法だが、烈風の勢いで馬車が激しく揺れる。 鉄製の馭者の座る部分が揺らかされ、馬が驚いて暴れる。 「うわぁぁっ!!!!!! おいっ、大丈夫かぁっ?!!!」 魔法に因って、馬車の右側後方にまで飛ばされた御者の男性。 荷台に乗っていた男性が、大慌てて見に走るのだが。 魔法を放った後、急いで杖を突いてリドリンも同じく向かい。 「仲良く死んじゃいなよお゛っ」 と、魔法の飛礫を、様子を見に路上へと降りた男性へ浴びせる。 「ひぎゃぁっ!!!!!!!」 たぎるような断末魔の声が、森を突き破って雲の掛かる空へと昇って行く。 ﹣ ヒヒヒィーーン!! ﹣ 瞬時に爆発する様な勢いで起こった異変に、馬が暴れて走り出そうとするのだが。 一足先にアンディが御者の座る席に居て。 「どぉっ、どうどうぉ」 扱い慣れたし様で、馬を落ち着かせる。 馬が落ち着く間も待たずして、リドリンは杖を付いて荷馬車に乗り込む。 荷台後方の側面にある足掛けの段から、馬の動揺で揺れ動く荷台に這い上がるリドリンで。 その一連の動きは、丸で荒々しい気性ながらに、何処か身体に不自由な一面を持った男性の様な、そんな物々しい動きだった。 リドリンのおかげで、中々に落ち着かない馬。 ガタガタと動く荷台に乗ったリドリンは、馬をあやすアンディに。 「フンっ、煩い馬だよ。 走らないなら、持ち主同様に殺してやるっ」 と、息巻いた。 アンディが、なんとか馬を宥めて落ち着かせると。 「馬だって気持ちが在る。 飼い主殺されて、リドリンさんみたいな人が荷台に乗るから脅えてるんだ」 「フンっ、お前も口が達者だよ。 さっ、辺境都市カイデまで走らせなっ。 早くしないと、あの冒険者達に遅れを取っちまう」 アンディは、逆らえない身分ながら、せめて馬だけでも助けたくて。 「さ、行こう」 と、手綱を動かした。 農夫2人の乗って来た荷馬車が、此処でその農夫2人を路上に捨て。 代わりにアンディとリドリンの2人を乗せて、遠ざかり始める。 馬車の引く荷車の、車輪の音が遠ざかる中。 ピクピクと微かな動きと共に。 「・・あ・・・うぅ」 飛礫の魔法を背中に受け、炸裂する魔法で服はおろか身体まで破損させられた男性は、その血が掛かった目で仲間を見て呻いた。 在らぬ方向に首が捻じ曲がり、折れた首の骨が皮膚を突き破って見えていた。 背中の肉を削り飛ばされた自分も、直に彼と同じく死ぬと解った。 静かになった路上で、枯れ葉が風に落とされて。 死にゆく2人の農夫の上に舞い降りた。 オリヴェッティの行く先に、悪魔の如きこの魔女が立ち塞がるのだろうか。 そして、秘宝は見つかるのだろうか…。 〈K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第二幕ー完〉
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