「秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第3幕」仮

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前ページより続き…。 * 次の日。 朝から倒れた大木の撤去をする。 巨木を難なく適当に輪切りにするKの技量には、亜種人も信じられないと驚くばかり。 だが、相手は雨水も吸ったとんでもない巨木だ、それを乾燥させる為、材木として切ったモノを集落の倉庫へと運ぶ作業も始まった。 コレだけの巨木となれば、全てを運び込む場所は無いと。 新たな東屋の倉庫まで建設する忙しさだ。 集落の者から寄宿する商人まで総出の作業となる。 朝からある程度の木を斬って撤去作業を他に任せるKは、集落に戻ってジャイアントの土産の果物の保存に動く。 売り物に成らないとなる森の恵も含まれる。 その一部は宿屋で提供される食事にも代わり。 また、保存食にも変わる。 集落では、Kの存在は最高の客人となる。 何せ、フォレスト・ジャイアントを助けた者だからだ。 そんなジャイアントの置き土産を使った作業だから、是非に何でも手伝いたいと来る集落の者の中には、あの妊婦となった亜種人の少女も。 昼過ぎ。 生物で棄てるのは勿体ないとするモノで薬を作るKの元には、薬師の技能を持つケルビンとタリエを含む薬師が来て居たが…。 お腹に赤子を宿したエンゼリアの少女が大きな木椀を抱えて来た。 「言われた通り、下処理をしました」 種、果肉、皮、使用する物を分けて処理する様に頼んだK。 不幸を背負ったからと何もせずに黙って居るのは、心身に悪い。 手伝うと来たからには、それなりの事を頼んだ。 「おう、悪い」 受け取るKは、汗だくの額を腕で拭う少女を見返すと。 「お前さん、薬の作り方は解るか」 男性と話す事に抵抗を見せる少女は、ケルビンにも距離を取るが。 Kには、何となく近く。 「あ・・少しは」 「なら、この場に来て、人のやる事を見習って覚えろ。 出来る技能が多い事は、先々を生きる事も楽にさせる事が多い。 若いウチは、何でも学べ」 「あ、あの、私に教えてくれますか?」 「気が、有るならば、な」 Kの薬の作り方は、一般的な天才の域を超えている。 集落の薬師、タリエやケルビンは、それを此処で改めて実感する。 然し、まだ理解の出来ない少女は、汗を流して覚える事に一生懸命と成った。 同じ女性、亜種人と云う事で、初歩的な事の手ほどきは集落の薬師やタリエが教えるが。 所々、細かい補足をKが教えた。 夕方、作業が大方終わったと集落の者が去り始めて。 育ての親となる老婆が迎えに来て、帰る少女は少し笑顔も見えて。 「今日、色々と有難うございます」 Kに頭を下げる少女で、衣服の前掛けを酷く汚して居た。 汗で額に張り付く髪の毛を避けて、Kに礼を言うと。 薬効の有るジャムを煮詰めて居たKより。 「不思議なモノだが。 親の生きる姿を見て、子供は様々な事を学ぶ。 何も無理に細かく言わなくてもいい。 見せるだけでも子供には、時に変化は起こる。 親が教えることが多ければ、それだけ子供の歩む道も広がる事もあるだろう。 この広大で豊かさに溢れた森の中だ。 諦めず前に進んでれば、お前も、子も、進む道も少しくらいは広がるさ」 お腹を触る少女は、涙ぐんで。 「はい」 去る少女と老婆の後。 タリエは、何とも不思議な魅力をKに感じて。 「貴方は、誰にでも優しいのね」 出来上がったジャムの後は、集落の者に任せて。 他の鍋に移るKは、火加減の調節をしながら。 「と、云うか、な。 人生に躓いた時に何もしないと、人間は次第に何事へも自信が無くなる。 自信が無くなると、時に極端な生き方の道へ迷い込み易くなる」 「なるほど…」 「まぁ、俺も差程に全てを知る訳じゃ無いがな。 不思議なことに、この世の中でも有り触れた事として、親が覚える事は、解りやすく子供に伝わり易い」 これには、ケルビンの方から。 「確かに。 私も、父から狩人の技術を教わり。 母や親戚から薬師の事を些かだが習った」 この話には、タリエも頷く。 軽く何かを煮詰めるKだが。 「何は、ともあれ、だ。 過去が悪いならば、少しでも今より先を良くするしかない。 助けが少ない者には、何かを学ばせる事が手っ取り早い変化の兆しを持たせる事が在る。 まぁ、悪かったのは、俺ら人間だからな。 この森の恩恵で返せるモノは、出来る範囲内で返してやるさ」 感心するケルビンは、鉄鍋の中を確かめるのみ。 然し、タリエは心配して外を見ると。 「あの少女は、これから大丈夫かしら」 「そんな事を悩むのは、後だ。 俺らは、少ししか此処に居れない。 居る間に示せるモノは、示すのも機会を得た時のやり方の1つ。 俺は、明日も巨木の撤去作業に出るからな。 あの少女が此処に来たならば、お宅が続きを教えてやれよ。 解る事だけでも、それだけで構わない。 解らない先を心配するよりも、関わる間だけの中で出来る事をする方が先だぞ」 「・・えぇ」 薬の原料を作り終えるKは、それをケルビンやタリエに渡し。 この場を持つ集落の者達へ後を託すや。 「さて、リュリュやリルマが食い過ぎないか、見てくるか」 集落の民の工房から夕闇の外に出て、隣に並ぶケルビンより。 「然し、貴方も大変だな。 シュワイェットの子供が、あんなに大食とはね。 正直、逆と思ってたよ」 頷くのはタリエも。 同意の頷きはしたKだが。 「だが、リルマの食欲は、恐らく元からじゃ無いと思うぞ」 星空の下を歩くタリエから。 「え? 元からじゃ無い・・って?」 「どうもおかしいと思って居たんだ」 「何が?」 「普通、エレメンタルの仲間となる亜種人は、そのエネルギーを精霊の力の溢れる自然から得る。 フォレスト・ジャイアントとて、あの見た目にして食べる葉っぱは、比べるととても僅かだ。 それなのに、リルマが異様な程に食べる量がおかしいとは思った。 だが、この数日で何となく原因が解って来た」 ケルビンとタリエが見合い。 先にケルビンから。 「もしかして、母親の存在か?」 すると頷くK。 「おそらく、な」 すると、不思議がるタリエが。 「どうして?」 「これは、数日ばかり一緒に居た俺の推測だが。 シュワイェットの子供は、母親と離れずして一緒に居る事で、自然のオーラに包まれる様にしてオーラを吸い込むと思う。 然し、母親をモンスターに殺され、悪党に捕まった事で死を覚悟したのだろう。 精神的に死ぬと、終わりと思った事で、リルマのオーラの吸い込む能力が止まったと思える」 「止まった?」 「あぁ。 だが、ミカーナと一緒に逃げて助かった。 だが、肝心な母親が居ない。 リルマは、生きるとしてもどうしていいか解らない。 然し、腹は減る。 オーラを吸えないだけ、食べる事でそれを補っていると見た」 「でも、どうしてそう思ったの?」 「ん。 この数日、リルマが自然と接する時、僅かだが自然のオーラと同調する兆しが見えた。 また、俺たちがモンスターと戦う時に、リルマは逃げずに傍に居て。 精霊がリルマの精神と応呼する様に現れる時が目立つ。 人で、精霊が呼ばすして現れるのは、精霊と魂が強く結び付く特異体質の者だけ。 その辺を踏まえれば、リルマと自然はまだ切り離れては居ない。 その同調が再び進めば、1人でもオーラを吸収する様になるだろう」 母親を大切にしているケルビンが、軽く沈む。 「まだ幼いのに、生き方を示す母親が死んだとなれば、子供は大変だ」 「だな。 お宅の母親が、森の奥の集落に連れて行くと云うから。 別れた後は、頼む」 「それは、此方が望む処です」 話ながら宿屋の裏手から離れとなる食堂に入れば…。 「なっ、あぁ…」 人の顔程の粒をした淡いオレンジ色の葡萄が、緑の芯を残して無くなっていた。 「美味ひ、美味ひぃ」 口に果汁を塗れさせてリルマが食べている。 その隣では、モチンガの実を頬張るリュリュが。 苦笑いするオリヴェッティが。 「オホホ、ケイさん。 お戻りですか」 力が抜けきったKで、よろめいて席に座るや。 「何も言うな、もうイイ」 この居る皆の中でも特別に少食のKだ。 その食べる量など、ルヴィアの半分以下。 皆、それだけで良いのか、良く心配するも。 馬鹿らしく成って来たKで。 「コイツ等の食事は、もうお前たちが責任を持て」 クラウザーは、そんなKに笑って。 「コラ、保護者。 無責任だぞ」 「うるせぇっ」 もう投げやりとしかならないそんなKに、余裕を持った脚を組む体勢で、美脚を覗かせるクリーミアより。 「じゃが、良いのか? 早くもう少し食べ物を見付けねば、この宿の食料を食べ尽くすぞ」 頭痛を感じるKだが、頭を抑えながら南西に指を向けて。 「昨日の、骸骨姿をしたモンスターを産んだ淵の近くに、モチンガの木や山桃の1種を実らせる木が群生してる。 欲しけりゃ、リュリュにでも取らせろ」 モチンガの木と聴いて、リュリュが眼を輝かせる。 「ワォっ、またモチモチの実だぁーっ」 その反応に、リルマも何となく解ったらしい。 「み〜、み〜、みぃぃ〜〜〜」 リュリュとリルマが、実を連呼する。 ミカーナやシャンティが、喜ぶリルマの口元や布の前掛けを取り外したり。 姉妹の様に見えて、もうお守りはしたくないと感じたK。 「くっ、早く街に行きてぇゼ」 珍しくヘタる様なKには、普段の彼に無い姿で何処か滑稽だ。 こんな処も有ると知れば、それなりに親近感も湧く。 さて、リュリュとリルマに絡まれながら、ベットに横となるKで。 Kに抱き着くリルマがはしゃぐ内に、そのまま疲れて眠る。 軽く、“うるせぇ”とか言われても、リルマはオリヴェッティよりもKに甘える。 言葉が通じる・・それだけでは無い信頼が窺えるのだ。 リュリュとリルマに挟まれて眠るKの様子に、シャンティやミカーナがクスクスと笑って洗濯物を集めたり。 この間に、タリエやケルビンと話す皆が、リルマの事の推測となる意見を聴いて。 クリーミアは、その意見を受け入れて“なるほど”と。 「ケイの話は、强(あながち)推測とは言い切れん。 リルマを含むシュワイェット種族は、精霊と魂が結び付いて居る。 上手くまた自然と強く結び付いてオーラを吸収する事が出来れば、あの猛食も落ち着くだろうの」 ルヴィアも、眠るKの傍らに居るリルマを眺め。 「人間の行いの悪さがそうしたのだ。 少しは、成長を見届けて遣りたいな」 少し酒が入り、疲れて眠くなるオリヴェッティやビハインツ。 「明日も、また作業ですわね」 「だな。 道を通す為にも、早く寝よう」 普段の冒険者の時とは違う働きをして、疲れた皆も夜中前には眠る。 本日も、20人を超える旅の者が来ては、この集落に身を寄せた。 宿屋の全ての部屋が埋まり。 宿屋の主人の家族が食事の事を酷く心配していた。 クリーミアやタリエは、明日に採取もすることを話し合う。 ほろ酔いのクリーミアも、酷く疲れたと横になる。 (あのケイには、常識など基本技能に過ぎぬらしいのぉ。 この歳で、新たな魔法の遣い方を学ぶとは・・な) 自然魔法の反発を抑えて物を運ぶ作業を初めてしたクリーミアやオリヴェッティ。 Kに遣り方を言われても、攻撃たる事にしか魔法を遣って来なかった。 その固定した概念を壊す事は、“言われて、はい”とは行かないもの。 明かりを落とす真夜中となる頃には、宿屋がとても静かとなった。 明けた次の日。 朝から巨木を撤去作業を継続するも、2日もすれば巨木の半分以上は取り除かれる。 早まる理由は、後から後から集落へと来て、通行止めに立ち往生する冒険者の一団や商人の存在だ。 迂回陸橋すら水没となれば、他にやる事も無いと助け合うからだ。 荷馬車の荷台を空けて運搬作業を手伝う亜種人。 力仕事を手伝う冒険者と現れる。 人手が増えたお陰か、撤去作業開始から3日目となる本日でかなり作業は進み、大きく枝葉を広げた樹冠の手前まで撤去作業は進んだ。 また、本日も作業場へ手伝いに来ていた妊婦の少女も、汗を流して働いて居た。 他の女性達と混じって働く様子は、オリヴェッティ達に挨拶をした数日前より少し明るく見える。 集落の長となる女性も一緒になり、集落の全体でこの少女を支えて行く様子が見えた。 Kの代わりに作業を手伝うタリエやケルビンが、定期的に様子を見に来ようと気持ちを固める。 代わってウォルターは、クリーミアやリュリュを含む者と森へ食糧採取に付き合った。 モンスターが消えた訳でも無いからだ。 まぁ、襲って来たモンスターなど、リュリュを含む魔法遣いの有能者が揃えば、大した脅威でも無い。 それよりも、モチンガの実に味を占めるリュリュは、天然の果物も、野菜も、風の力を遣って掻き集める。 牛で引いた荷車を持って来た集落の男達は、大量に集まる森の恩恵に感謝する。 半分は、多くの人が泊まる宿屋に持ち込むとか。 夕方、モチンガの実から果実は、配布として集落の民から寄宿する皆に分けられた。 食糧が増えたと喜ぶ皆。 フォレスト・ジャイアントの土産も食材となり。 宿屋の一家が総出で食事の支度をする。 この日も、朝から街道を来た余所者が通行止めの事を聴く。 行商人達、冒険者達、旅人から移住者などなど。 然し、引き返す者は殆ど居らず。 午後に来た冒険者達ですら、連れて行って貰えるならば撤去作業を手伝う者すら居た。 だが、こう人が増えれば、自然と問題も増える。 まぁ、多くなった亜種人達の泊まり客の所為で、子供や女性の為にKやビハインツが部屋を譲るのは差程の問題でも無い。 が、一方で………。 その日の夜。 普段、客など通り掛かる商人の一団ぐらいなのに、滞在する集落では大勢の足止め客でごった返す。 200人近い滞在客は、宿屋に収まれず。 大部屋から個部屋までが複数人で埋まり、”すしずめ状態“に成った。 部屋ですらこの状態なので、食堂やら受付にまで人が寝る。 まぁ、冒険者や行商人は普段から野宿もするから、さほどに不満は言わぬ。 荷馬車で来る商人は、自前の馬車や荷物も心配と外の荷台で寝る者も多い。 集まる余所者の8割以上は亜種人。 また、5割以上は、この大森林地帯に住まう者達だ。 Kに撤去作業から色々と助けて貰えた上にフォレスト・ジャイアントを助けたと知ると親身となる集落の長となる女性は、集落の保管庫となる納屋の2つも解放した。 1日目より2日目に、3日目は更に倍と成る勢いで集落に余所者が来た。 世間話に成る様子から耳を澄まして聴こえて来る話からすると、大雨の所為で道が悪く長旅も滞っていたものが、この晴れ続きから解消されて来た様だ。 オリヴェッティやリュリュと2階の大部屋に居るリルマは、子供のエルフ2人とベットを共にして遊ぶ。 これから何処かの集落へと向かうならば、こうして他の民との距離も近くなる。 悪い事ばかりでは無いから、仕方ないが。 どんどんと言葉を理解して行く様子は、子供だからか順応性も高い。 周りもシュワィェット種族が珍しいと見に来ては、話し掛けたりするから影響も尚更。 一方、下の大広間となる共同待合室場に移動したKやビハインツ達は、人の冒険者や商人とも一緒となり。 同じ人として、酒を片手に世間話に花を咲かせた。 処が、その最中だ。 日焼けした目つきの悪い商人よりヒソヒソたる話し声にて、Kが声を掛けられて。 「お宅、何でもあの巨木を撤去してるンだって? 随分と金に成るって・・聴いたが? 幾らぐらい、分けて貰うンだ?」 この日焼けした50代と思える商人より、危険な薬物の原料ともなる草花の香りを感じたK。 醒めた目をして大柄なドワーフと寝床の距離感を確かめるビハインツを眺めながら。 「いや、あの木はこの集落の、亜種人の所有物だ。 まぁ、そうさな、宿代から飯代もタダだからな。 まぁ、適当な労働を幾らか少しの金にして貰うぐらいだろうよ」 すると、この商人は、樫の木の価値を何処で聴いたのか。 とても強い欲望の気合いを目に宿し、ギラギラさせて睨む様な視線となり。 「おい、それはァちと不当な労働だろうよ。 聴けばお宅は、集落の長からそうとうの信頼を得てるンだってぇ? な、お宅のその信頼を理由にサ、幾らか材木をこっちへ融通して貰えないか? 何なら、俺が材木を街へと運んでもイイぜ? それに、随分と美人な仲間や亜種人の仲間も居るな。 おめェにその気が有るなら、コッチへ渡してくれりゃぁ……な」 不気味な笑みを浮かべては、腰の袋をジャラジャラ云わせた商人。 その音は、宝石の音と思う。 その様子をチラ見したKは、乾いた感じの声で無理なく話を合わせた。 この悪魔は、悪人相手となれば何でも遣る。 警戒心を持たせない為ならば、どんな薄汚い話ですらして、雰囲気を濁さずにやり過ごせる。 その話を聴いてないのか、床に横となるビハインツは、もう眠くてうつらうつらしていた。 周りの亜種人は、半数がグースカピースカと眠って居る。 小声となる話し合いだが、少し会話の間を空けてからKは。 「お宅、横断街道付近の暗黒街が壊滅させられた話は、まだ聴いて無いのか?」 「聴いた、聴いた。 全く、驚きだよ」 「それなのに、この大森林地帯でまだ人身売買(うりかい)をしようってのか? コレだけの人混みの中でよ」 「うひひ、女や子供の売り買いは、この森の暗黒街に限った事じゃないよ。 まぁ、東の大陸の幾つか在る最大域にして、新興の一大拠点は潰れたってトコロさ」 「そうか…」 あの暗黒街で行われた悪事と繋がる者は、大勢居ただろう。 こうした悪徳商人は、暗黒街に長居はしないから多くが生き残ったハズだ。 確かに、この手の悪事をする勢力となると、やはり世界的な規模で動く悪党組織が最大勢力だ。 その3つ在る悪党組織のどれかが壊滅した、と云う訳でも無い。 急激に成り上がった新興勢力が潰れただけだから、まだまだその売り買いの勢いが潰える事も無いのは当然。 何よりも、世間の裏側にて求める者が多ければ、供給すると云う生業が成り立つのだから…。 また、1つとても引っ掛かる事が在る。 (コイツ、夕前にチラッと見た時、何人か仲間を連れて居たな。 此処に仲間が見えねぇって事は、外の荷馬車にでも下がらせたか。 若しくは、こっそり身を隠させたか…。 ん、この感じだと・・夜中に盗む為と動くかもな) そう、Kが先に集落へ戻って来て、他の作業の様子を見ては手を貸して居た。 夕方の少し前に、この商人が薬を求めて来て。 村長と言える集落の長となるあの女性に話し掛けた後だ。 この時に、怪しさを感じたKが外に出て、眼だけでこの男を追えば。 何人かの男らしき者と会って話をしていた。 だが、その男達らしき者は1人もこの場に居ない。 ま、自前の荷馬車を守る為、外の荷馬車に寝泊まりする者も少なく無いが。 この大森林地帯に住まう亜種人達はとても穏やかな気質の者が多く、下手に盗みを働こうモノならば、誰かが見付けて来る。 何も、1人を残して他が全員荷馬車とは、家族単位で来てないと少し変だ。 (コイツの身体から匂う植物の香りは、生き物の自由を奪うもの。 人の売り買いの話をした処から見て………) そして、真夜中。 曇りの夜空の下で、蠢く影が幾つか。 それは、まだ倉庫へ運び込まれていない外積みの木材の置かれた原っぱに居る。 集落の入口の辺りとなり、集落の食糧となる栗や林檎の仲間となる木の実を着ける数本の植林されたモノの影となる辺りだ。 「おい、此処に在る材木を出来るだけ運び出すぞ」 「へっ、金目の物を頂こう」 「奴隷が買い付けられなかったからな、木材でも何でもイイや」 Kに声を掛けた商人と、その手下となる男達4人。 中には、エンゼリアの男性、ドワーフの血を身体に含む大柄な男性、人とエルフの混血となるエルファリアとなる男性も含まれた。 が。 「おい、詰まらねぇ事はするな」 Kの声だ。 包帯を顔に巻いたKの登場に、材木を盗もうとする男達が驚く。 然し、黒いシルエットながら、歩いて来るKの声を知っていた商人の男は。 「包帯のお前さんか。 おい、一緒にこの材木を売っぱらって儲けようぜ。 何なら、さっきにお宅と話していた亜種人の女や子供も攫って売れば…」 此処で、最後まで話す前に商人の男は気を失った。 仲間の男達も、瞬時に逃げる事も出来ずして次々と気を失う。 面倒くさいと気絶させて宵闇に佇むKは…。 「さて、どうしてくれようか」 罪として子供から女性まで何人も殺めている5人の男達を口封じして、馬の背に背負わせると森に消える。 その見届けをしたクラウザーは、他の者に見られていない事を確かめた。 (やはり、まだ悪党は森に残るか。 蔓延った故、その……) まだ混乱の火種は残ると感じながら宿に戻るクラウザーは、煩い鼾のビハインツの額を叩いてから床に横となる。 「ふがっ・・えへ?」 顔を上げた寝惚けるビハインツ。 横に成るクラウザーで。 「周りから煩いとよ」 「はひ……しゅみませぇん」 頷くビハインツだが。 また、直ぐに寝る。 若い頃の生活以来となる床の雑魚寝に、クラウザーは懐かしい過去を思い出し。 (若い頃に色々な目に遭ったが、冒険者とは常にこうか。 だが、慣れると楽しいモノよな) ビハインツが鼾を立てる前に寝る事にした。 さて、明けた次の日だ。 朝。 起きてきた知り合いとなる亜種人達の商人へ、テーブルの上に寝そべるKは外を指さし。 「おい、足りなかった馬の手配がついたぞ。 その外に繋いである青鹿毛、赤鹿毛、黒毛の6頭の馬は、貰って構わないと、さ」 驚く商人達。 中でも馭者をするホビットの年配者で。 「馬の手配って、一体どうしたンだか?」 「どうやら昨日に来た人と亜種人の商人達は、悪徳商人だったらしい。 ボルフォア樫の盗みと、この集落の女や子供を攫う計画を夜中に持ち掛けられたからよ。 逆に、その隠し持っていた違法な薬物の事を問い質したらよ。 夜中に外でいきなり斬り掛かって来やがった」 大柄なドワーフの商人は、悪者と憤慨して。 「悪いヤツの仲間ダか。 うぅんっ! 捕まえてやれば良かった!」 他の亜種人も、次々と一緒に怒るのだが。 寝そべるKは手をヒラヒラさせて。 「残念だな。 ソイツらは、もうこの世に居ねぇよ」 亜種人の冒険者となるエルフの女性剣士が、話を聴いて寝ている者の足を跨いで来るや。 「貴方が始末したの?」 「いや、負傷させて捕まえようとしたが、森に逃げやがってな。 追い詰めたが、捕まえるより先に〘ノンヘート・イグニアム〙に襲われちまった」 「はっ、それって人喰い植物じゃ無い!」 「おう。 襲われる所を目の当たりにした俺も驚いた。 何で、あの植物が悪党達に反応したのか、サッパり解らん」 この話し合いに、起きて聴いていたビハインツが数名の人の離れた向こうから。 「ケイ、そのノンヘ〜ナントカって、何だ?」 「ノンヘート・イグニアムは、人から動物を捕らえて食らう、モンスターでは無い自然植物の1種だ。 布の様な広げられる葉を触手の様な茎の先に持つ。 生き物が通ると、その葉を広げて掴む様に捕らえて包み込む」 「捕まったら、どうなる?」 「子孫を残す栄養にされるのさ。 葉で包まれた後、包まれた中では消化液となる液体に満たされ、捕まったら生き物は1日の内にドロドロの固形物となるまで溶かされる」 「げぇ! ど、ドロドロぉ?」 起きていたタリエは、立ち食いとなる待合場から皿に料理を盛って来て聴いて居た。 「どうして、悪党は襲われたの?」 此処で、横になりながら首を傾げるK。 「それが、俺にも解らん。 単に通り掛かったからと、あの植物は反応する訳じゃねェからな」 同じく、昨日にリュリュの取ってきたモチンガの実の中身に、熱々のチーズを掛けたモノを木器に入れたエリーザも居て。 「反応・・とは? あの恐ろしい植物は、見境無く生き物を襲うと聴いていますが?」 すると、寝そべりながら顔を上げたKが、包帯より覗ける眼を呆れた半目として。 「おいおい、この森に生きる者だろ? イグニアムが獲物を襲う過程をしらねぇのか?」 「あ、・・はい。 余りに恐ろしいので、とにかく逃げろ・・・としか」 「はぁぁ。 隣り合わせと生きる危険な生き物の事なのに……」 で、まぁ・・普段に見られる通りK先生の講釈が始まった。 ノンヘート・イグニアムは、雄株と雌株が在り。 雄株は、森の中で蔦を這わせて薮を産む。 その薮に触れた生き物に花粉を着けて、目印とする。 雌株は、その花粉を頼りにして、通り掛かる獲物に触手の様な茎と葉を使って襲い掛かる。 雌株は、森の中を移動して獲物を探すとか。 この過程を話したKは。 「もしかすると、禁制となる薬品の原料でも取りに、亜種人すらも入らない薮の奥へ入ったのか。 そこで、雄株に会って花粉を付着させて居たのかもな」 その美しい顔を真剣にさせるエリーザ。 「なるほど、それならば理解が出来ますわ」 同じく美人のタリエも。 「それは確かに。 でも、自業自得だわね」 頷くKだが。 「朝方に、集落の長となるあの女にも事を話した。 悪徳商人なら眼を瞑るとして、馬はコッチにくれるってからよ。 荷馬車に繋いで利用した方が良い。 荷車は、この集落にでもくれてやれ」 荷馬車を引く馬が増えることに、亜種人達は喜んだ。 悪いヤツ等が消えた事にも。 Kは、自分からそうなる様にして始末したのだが。 下手に手に掛け事件と成れば、悪党の関係者を始末するにも気を遣う。 こんな事でも、時には怨恨を持ち込むからだ。 自然の脅威が相手となれば、話で片付けるのも、まぁし易い訳で。 こうした仕様を遣い分けられるKだった。 さて、この朝には、別の面倒も起こる。 巨木の撤去作業を始めようと云う頃か、1台目の荷馬車に冒険者達やら商人の仲間が乗り合わせて出発した後。 集落の入口となる通りに、2人の来訪者が現れた。 1人は、戦闘用となる長柄の大鎌を背負う人の女性。 もう1人は、背の高い大剣を背負った壮年の男性だ。 片や女性の傭兵は、見てからにしてこの大森林地帯の北部に住まう集落から来たのだろうと判る。 革製の武装にして、布の黒いマントを着け。 褐色肌、くせっ毛が長く、顔付きがやや広いのっぺり顔。 雰囲気からして少し田舎臭いので、その全身から窺える様子から何となく判断がつく。 問題は、壮年の男性だ。 2台目の馬車に乗り込むKの目の前にて。 亜種人の何名かに、その壮年男性が止められた。 「アンタ、冒険者ダカ?」 「何だ、エーライ汚いなァ」 「頭に薮とか茂みの草の種を付けてるだァね」 そう、長身となる剣士とは、その見た目より判る。 然し、顔の造りが面長ながら色白の肌が日焼けして、垢じみたモノ。 伸ばし放題の黒髪は草の種やら折れた小枝で汚れたままに、金属の鎧も著しく汚い。 全身より汚れの臭いに、垢や汗の発酵した臭いが混ざり。 顔の細かい傷、ボロボロのバンダナ、酒か何かに濡れた後の汚れから食べ物の汚れの残るままとなる手から腕に掛けての防具や衣服は、悪党の一味と思われても仕方ない。 大森林地帯の人間では無い事は一目瞭然で、こんなに汚い格好は、幾ら森に住まう者でも可笑しい。 何故ならば、この森に住まうからこそ、それなりに身を綺麗にする術は亜種人から人間も知っているからで。 あのアマゾネスも、普段からそれなりに水浴び、湯浴みは大好き。 集落の者も、蚊や虻や他の吸血昆虫から身を守る為に、身体をそれなりの清潔度に保つ事はするからだ。 「俺は、冒険者だ。 森を迷った」 とても印象的な、少し高いトーンの声となる壮年の男性剣士に、同行してきた集落出の女性の傭兵からも。 「悪党では無いと思う。 途中から一緒だけど、何もされてない」 こう擁護した。 が、何となく面倒くさいと思うKなのだが…。 (間の悪い事だぜ。 まぁ、あのドワーフやホビットやらの推測は、当たりだ) 壮年の男性剣士より漂う体臭の中に、明らかな異様とも言える匂いが混じる。 奇妙な発酵臭は、酒。 それも、暗黒街の幾つかで作られていた密造酒の匂い。 果物を発酵させて作るいい加減な密造酒は、臭いが臭くて一般では到底に出回らない劣化したモノ。 また、身体の清潔度を保たないのは、森に生きる民では無いと思われるし。 粗悪な虫除けの香りが、悪臭に拍車を掛けている。 だが、Kの見ている彼は……。 (人は、何人か殺してやがるが・・。 その面は、どいつもこいつも人相が悪い。 悪党を諍いから斬った、か) 昨夜に始末した商人達とは、少し様子の違う人物なので。 「おい、この先は通行止めだぞ」 声を掛ける。 壮年男性、女性の傭兵がKに近付くと。 Kも荷台で立ち上がり、話してやる。 「エリンデリンまで行きたいのなら、撤去作業でも手伝うか?」 2人は、それなら手伝うと言って来た。 「早く乗れ。 まだまだ、巨木は残る」 亜種人から絶大なる信頼を得たKの態度に、亜種人達も疑いながらも問い詰める事を辞める。 Kの強さを以てすれば、この壮年男性など容易く倒されると認識したからだ。 で、巨木の残る場所まで来た後だ。 また、巨木を斬るKだが、そろそろ枝や大量の葉をどうにかする事になり。 「この木の葉は、油分を多く含むから良く燃える。 人が多く滞在する今は、薪の代わりとしても使えるぞ」 亜種人達も、それを理解するから無駄にしない様にと荷馬車へ運ぶ。 その作業の最中だ。 「お宅、来い」 Kは、壮年男性の剣士を呼んだ。 彼も、巨木を容易く輪切りにしたKの技量に驚く。 その技量を向けられては、瞬時に倒されると解る。 その太さだけでも、見上げる高さの木と同等の横枝をぶつ切りにしたKが。 「お宅、暗黒街から逃げて来たらしいな」 事実を言われて、壮年男性は驚いた顔をする。 然し、少し離れた向こうでは、集落から来た少女達にリルマも混じって手伝うので、それなりに細断までするKは周りを確かめて。 「大仰に驚くな、亜種人にバレるぞ」 こう言って、大きな木を斜めに歪めた大枝を斬ってから。 「この森の民は、病気を媒介する昆虫や動物から身を守る術を知っている。 だから、そんな風に汚れるまで、身に付けるモノを放置しない。 また、薮から出たら、少しでも花粉や種を落とす事はする。 危険な植物より身を守ったり、特定の野獣を寄せる様なモノを身に付け続けたりしない。 それから、その身体から漂う発酵臭は、暗黒街で造られていた密造酒だろ? そんな臭くしては、疑われても仕方ないゼ?」 言われた壮年男性は、力なく俯くと。 「そ、そうか。 去年に、暗黒街へ流れ着いた。 それが、少し前にいきなりの壊滅だ。 仲間もバラバラとなり、俺もどうして良いか解らなく成って…」 他の亜種人や冒険者達は、まだ手前の幹の輪切りを撤去したり、材木に加工する切断作業をしていて遠い。 その事を確認したKで。 「なるほど、な。 だが、にしてはお宅、悪党らしく無いな。 悪意が、面からも見えねぇしな」 「そうか…。 俺は、仲間と悪党になるしかないと思い、暗黒街の北部の街に居た。 だが、やはり性にあわない事は、上手く行かない。 今まで、悪党相手の諍いでしか人を斬れなかった……」 「噂に聴いたが、暗黒街同士でも小競り合いをしていたらしいな。 悪い処だと、殺し合いだとか?」 「それは、間違い無い。 俺が最初に身を寄せた街は、コローダやカバンダスの一味から襲われ、皆殺しにされた。 街の頭領がサロザス様と昵懇で、不必要な悪さを禁じていた。 女や子供の売り買いはしなかったし、殺して奪う事も禁じられていた」 この男性の話を窺うKは、話に嘘は無いと感じた。 「その時か、人を殺したのは?」 「あぁ…。 元々、悪党組織の手下を斬って、その追っ手から逃げてこの森に来たんだ。 斬った相手は、誰もが悪党だった…」 「なら、やり直す良い機会じゃねぇーか。 今ならば、半島3国やこの森の中から冒険者でやり直せるだろうよ。 お宅には悪いが、悪党の道は似合わねぇぞ」 俯き立ち尽くす壮年男性で、その様子を視界に入れるKからして。 (無理だな。 この男には、悪党は向かねぇ) 過去に何が有ったか、それは解らない。 が、この男性に悪党が向かないのは解る。 街道で一緒になったらしい同行の女性は、見てくれは美人でなくとも中々に若い。 また、肉体はそれなりに女らしく。 この男が悪党の意に染まるならば、既にどうにかしている頃だろう。 暗黒街の悪党も色々と居たが、悪意に染まりきった輩は凶暴な野獣と変わらない。 然し、この壮年男性からは、その獣じみた悪意が見えない。 「それ、斬った木を荷馬車に運べ。 お宅の、食事や風呂に使われる薪代わりともなる。 タダになる分は、働け」 Kに言われて、 「あ、あぁ」 と、壮年男性も動く。 こうしている間にも、続々と荷馬車にて撤去作業に加わろうとする者が街道を運ばれ、此方にやって来る。 既に、Kの乗って来た荷馬車は、満載として集落へ戻って行く。 (全く、特に人間は不思議なモノだな。 昨夜の輩は、性根の末端まで、薄汚ぇ悪意で腐らせて居たのに。 コイツは、暗黒街に居てもそれなりの全うさを残してやがる。 コイツに比べたら、俺の方がずっと悪党か…) 自虐的に思うK。 枝葉を運ぶ臭い壮年男性へ、リルマが鼻を摘んで怒って居る。 その言っている意味が解るルヴィアより風呂に入れと言われている彼は、リルマやルヴィアへ怒る事も無く。 “集落へ戻ったら、是非に入らせて貰う” と、言い返すことも放棄した様に返して居た。 この壮年男性は、性根として悪党には向かない人物。 Kが見逃した悪党達の中には、稀な方だがこんな人物も居た。 これまで何人も悪党を始末したKなのに、その気に成らぬ者も居る。 さて、本日からは残る巨木の樹冠部分の撤去が入って来る。 とんでもなく大きな横枝は、その大きさだけで樹齢20年や30年の樹木を超える大きさだ。 然も、付ける葉が生乾きして来て硬いので、その撤去も大変だ。 大汗を流すルヴィアやビハインツやクラウザー。 リルマも小枝を抱える様に拾っては、荷馬車の荷台へ乗せる。 集まった商人達の全ての馬車50台以上を使っても、夜近くまでやってまだまだ全ては撤去が出来なかった。 また、薪の代わりとして回収した枝葉だが、その量も半端ない。 集落に戻ると、油分の多い葉は良く燃えるので、薪の代わりとしての売り買いの話まで上がった。 集落で野営する亜種人達は、目の前で燃える枝や葉が最初の火起こしに役立つと知る。 扱い安く、燃やし易いと知れば、量が多いだけに欲しくも成る様だ。 夕方に、風呂は女性達へ専用となる代わりに。 大きなタライ型の風呂で男達は身綺麗にする。 クラウザーも、ビハインツも、亜種人達も同様で。 あの壮年男性も湯浴みをすれば、彼1人で薄暗い中でもタライの湯が汚れ切ったと解るほど臭い。 荷馬車の荷台でリルマから苦情を貰った壮年男性。 今、外の湯釜を並べる宿屋裏手となる野原にて、隣合う別の冒険者の若者より。 「お宅、何日も森を彷徨ったらしいな。 この薄暗い中でも、汚れた臭いがお湯から臭うぞ」 「悪い、半月近くは、森を彷徨ったからな。 悪党に追われ、アマゾネスに追われて、迷って迷って逃げ回ったんだ」 「嗚呼〜〜、なるほど」 すると、 「アマゾネスに追われるのは、悪い気分ばかりじゃないから怖いゼ」 と、別の男性冒険者からも話が出て、20名程の人間の男性達で笑い合う。 話に加わったビハインツも、あの美しい者が多かったアマゾネスの裸体を思い出した。 (何で・・みんな立派な胸をしてたんだろう) 幼い少女の様な身体のアマゾネスは、あの取引の広場では見なかった。 近くの茂みから見ていた彼女達は、性的にも女性らしく発育した身体ばかりだった。 その様子に苦笑いするクラウザーで。 (こんな話をルヴィア辺りに聴かれたら、怒鳴り散らされるな) こう思う。 2度もタライのお湯を替えて洗い、漸く臭いが取れた冒険者の壮年男性で。 ビハインツや他の冒険者に聴いて、食堂に向かった。 その夜、宿屋や解放された納屋の外で焚き木をして野営する中で、亜種人達が集まった。 自前の楽器を持ち出すと、陽気に音を鳴らす。 ギターやハープで音を鳴らすと、音楽家としてのウォルターもウズウズしてヴァイオリンを借りて奏でたりする。 天才音楽家たるウォルターの調べに、亜種人達も感銘を受けた様に聴き惚れる。 そして、音楽に反応して歌の様に声を出すリルマ。 森の鳥の囀りに合わせて歌ったりするらしく、幼くしても声は美しい。 エリーゼも、歌が好きと美声を重ねた。 集落の民、集まった亜種人達が歌を音楽を続けて、短い一時が祭りの様に成った。 だが、昼間に働いている皆だ。 動き疲れて腹が膨れると、眠くなるリルマを手始めに宿や荷馬車に戻ってスヤスヤと眠り始める。 この時に、亜種人の中に入って話すルヴィアやビハインツは、悪党達がどれだけ暴れたかを聴く。 此方に敵意は向けられる訳では無いものの、リルマや亜種人の少女達を助けた事で感謝を受けると。 返って無念に近い想いが心に軋んだ。 人の起こした悪事に、とても複雑な気持ちが心の中で膨らんだのだ。 年齢が上のクラウザーやウォルターは、それなりに答えを見付けて区切りを付ける。 然し、売られて消えた女性や子供も多く、若いが故に年配者の区切りで良いのか、思い悩んだ。 醒めるKからすれば、出来ない事を悩むのが無駄と云うだろうが………。 リルマ、シャンティ、ミカーナを始めに亜種人を助けたオリヴェッティ達は、他の亜種人達から感謝されて受け入れられている。 人だからと、悪党達側にされても不思議は無いのに。 行動が、それを違わせる。 * さて、まだ巨木の一部は残るものの、遂に街道は開通した。 処が、空けたこの日の午前は、面倒事で騒がしく成った。 朝、もう街道は一部の場所が通れるとなり、次々と商人達がエリンデリンの街だったり。 他の集落へ向けて出発をして行く。 撤去作業は続けられるものの。 残る商人や冒険者が一気に少なくなるだろう。 その商人達から一々に挨拶を貰うKやオリヴェッティ達は、離の大部屋にて忙しくなった。 だが、やはり想定していた危惧は起こった。 集落の長となるあの中年女性より呼ばれ、彼女の家に向かうと。 「おぉ、包帯の者よ。 貴殿の想定して通り、あの巨木の撤去をする代わりに、木の所有権を貰ったとなる商人が街側より来た」 眠そうなKは、その話から察して。 「人間の商人が、切った材木を寄越せって、か?」 「うむ」 「ソイツ等は、何処に?」 「2階の応接間じゃ」 頷くKは、半目ながらにニヤリとして。 「どれ、皆は此処で待ってろ」 と、階段を上がった。 直ぐに、何か話し合いが始まったやり取りの後。 男達の怒声が上がった。 処が、差程の時を要さずにして、静まり返った。 そして…。 2階より毒気となる悪意の抜け切った男達が降りて来た。 そして、商人達を率いた小柄な中年男が長の女性の前に出て。 「説明は、承った。 我々は、巨木の所有権を放棄する。 では、これにて……」 今朝方、この長の家へ怒鳴り込んで来た男達。 かなりの剣幕にて、斡旋所より依頼を請けた次第の書簡を叩き付け、巨木から出た材木を全てあけ渡せと迫って来た。 その顔たるや、どいつもこいつも悪党と思えたのだが……。 ルヴィアやビハインツを始めとして、ケルビンやタリエも喧嘩も辞さない覚悟だったが。 毒気の抜かれた様な商人達はサッサと集落から出ようと、長の女性の話も聴かずに出て行く。 2階より、悠々とKが降りて来た。 何がどうなったのか、天と地の差となる商人達の変貌に、長の女性がKを見て。 「何を・・言ったの?」 開かれっ放しとなる玄関のドアの向こうで、大慌てとなり逃げる様子の商人達を見るKで。 「あの野郎共は、壊滅させられた悪党とつるんで居た奴らさ。 一応、俺たちは魔法学院自治政府から正式に、暗黒街の壊滅させられた様子をコッチの斡旋所に報告する密命を請けた。 奴らの着ている衣服から匂う香は、悪党達の住んでいた暗黒街で扱われた禁製品のモノ。 しっかり伝えて遣るから、お尋ね者に成る覚悟をしろって言ったまでよ。 彼奴らが何を言い訳しようが、俺は記憶の石も持っているからな。 奴らの人相は、記憶に抑えたし。 斡旋所の調べで人相書きの調べが入ったら、どうなるか聴いたまでさ」 すると、逃げる様に消えて行く商人の男達を見たクラウザーで。 「逃げ出した処から見て、どうやら悪党と深い関係者だったらしいな」 これには、ケルビンが驚き。 「捕まえなければっ」 タリエも。 「逃がしたのっ?」 然し、Kは不気味な薄笑いを包帯の隙間より見せると。 「逃げ出したならば、もう逃げる場所は無いさ」 Kの様子を見ていたクリーミアは、罠を仕掛けたと思ったのか。 「どうせ、捕まるのかの」 頷くK。 「あぁ」 長の女性は、まだ理解が出来ないから。 「どうして、そうなるの?」 すると、不敵な笑みとなるKで。 「悪党達の築いた暗黒街の壊滅計画は、魔法学院自治政府、冒険者協力会、半島三国自治政府に加えて、この森の大きな街の意向も有って行われた。 旧大陸横断街道の安定回復と悪党達の駆逐には、水の国の政府も協力するとな」 「暗黒街の崩壊は、そんな大掛かりなものだったの?」 「らしいぜ。 助け出された女や子供も、かなりの数が助け出されたと聴いた。 今頃は、各政府や冒険者協力会が、情報収集に動いている頃だろうさ。 悪党の人相書きも、奴隷の売り買いをしていた奴らの面まで合わせて集められているだろうな。 俺が斡旋所にその情報を問うとしたら、どうなるか脅しただけで逃げ出した。 後は、冒険者達の恰好の獲物となるのさ。 悪辣な悪党、卑劣な悪徳商人は、手配される中でもかなりの大金が賞金として掛けられる。 逃げ出した奴らは、どれだけ長く生きられるか、な」 すると、緩やかに頷いて微笑んだのは、その意味を理解したウォルターで。 「フッ。 この森の中に居ては、何れ手配者は冒険者達から狙われるの。 そうなる前に逃げ出さなければ、助かる道は閉じられる」 クラウザーも顎に手をやり。 「今日から、奴らは逃げ惑う日々となる訳か」 その通りと頷くK。 「そうだ。 まぁ、他の冒険者達の稼ぎに成れば良いさ。 それに、この森の中では、虐げて来た森の住民の狙いの的にされる。 憎しみ、恨まれて、狙われる側に回る恐怖は、生易しいものじゃねぇ。 狩る側と狩られる側が入れ替わるって処だな」 これに、ビハインツが。 「だったら、俺達が捕まえれば良かったンじゃないか?」 然し、Kは含みの笑みを見せて。 「いや、そんな優しいのは、詰まらねぇ」 「はぁ?」 「奴ら、街道を街へ戻って行った。 恐らく、エリンデリンの街の斡旋所に向かったらしい」 意味の解らない話で、ルヴィアは眉間にシワを寄せ。 「それがどうしたのだ?」 「真っ先に、他国へと逃げるだけを考えるならば。 北の街道から半島三国自治政府の側に逃げるのが、1番の近道だ。 それをしなかったのは、小細工を労す為だろうよ。 それならば、俺達が街に行って情報を渡す時でも、まだこの森の何処かに居る筈だ。 エリンデリンの街の斡旋所は、半島三国自治政府の斡旋所と交流が深い。 ジワジワと、追い詰めて苦しませればイイ。 これまでにした悪事の分だけ、な」 精神的にトコトンまで追い詰めると、同じ事を酷めに言ったKで。 ケルビンやエリーザやタリエは、その怖さに黙る。 だが、長生きをするクリーミアは、開きっ放しの扉を見て。 「まぁ、それも良いか。 斡旋所の意向を書簡で取り付けたと云うのならば、まだ人相書きは回って居らぬだろう。 此方が勝手に、逃げ出したからと捕まえても、突き出した処で詮議に時を要すだろうしの。 此方は、リルマや助けた娘を抱えて居る。 下手に諍いから喧嘩となれば、要らぬ心配も増える。 ならば、泳がせて後から狩らせるのも手じゃ。 何より、森の恩恵となる木材を守れたならば、それで良い」 この話に頷くKで。 「まぁ、あの商人達だけで、大量に出た全ての木材を運べるなんて思えねぇ。 必ず、運び手の手下として悪党に片足を突っ込んだり、金で集められた力働きの奴らが居る筈。 下手に商人達だけを捕まえても、1番に面倒で厄介なのは、そうした奴らだ。 ソイツらに暴れられては、後々の面倒を残す。 どうせ捕まえるならば、一網打尽にする方が良い」 此処で、漸く皆もKの魂胆が解って来て。 タリエは、とても思慮が深いと。 「貴方は、本当に凄い人だわ。 何て頭のキレる人なの」 エリーザも、仲間が居る事を察して。 「嗚呼、そこまでお考えに……。 確かに、言われてみればそうですわね」 長の女性から見られたKは、彼女を脇目にして見返し。 「下手に、この集落で暴れられたりしても困るだろ?」 真剣な顔の女性は、ゆっくり頷いた。 オリヴェッティへ視線を移すK。 「さて、俺達も街へ向けて出るぞ。 これからどうなるか、街へ向かいながら様子を見る。 奴らが俺の口封じに動くとも限らんし、な」 Kの物言いにて、オリヴェッティも罠を仕掛ける気だと解った。 (はぁ・・何処までも人の先を行く方ですね) そして、長より礼を貰って一行は外に出た。 すると、あの妊娠した少女と一緒に挨拶へと来たエルフの少女が走って居た。 「待ってっ! その馬車待ってぇぇ!! お姉ちゃんを返してっ、何処に連れてったの!!!!!!」 集落の敷地の草原を走って、荷馬車を追って転ぶ。 叫ぶ彼女の様子から、異様な雰囲気を感じたオリヴェッティ達で。 駆け寄るルヴィアが助け起こせば。 「う"ぅっ、お姉ちゃぁぁぁんっ!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」 まだ10代半ばの少女が泣いた。 逃げた商人達の馬車を眺めたクラウザーで。 「どうやら、人の売り買いをする商人が混じってたか」 だが、ニヤリとするのはKで。 「丁度いいンじゃねぇか? 捕まえて、吐かせりゃいい話さ。 足掻くその全てを潰して、絶望を味あわせて・・な」 “Kが怒った” オリヴェッティ達はそう感じた。 あの無数の暗黒街を1人で潰した男だ。 生易しい事はしないだろう。 エルフの少女からお姉さんの話を聴いてから、Kとオリヴェッティ達は旅立った。 * 雲が多い夜空は、星の瞬きも、月明かりも見せぬ蓋をする。 真っ暗な中で、街道を1人で歩くKは大勢の気配を感じた。 (50人近いな…。 襲って来る・・か) 歩く街道の先に、茂みに仄かな灯りの存在がチラホラと。 (頭が悪いか、数頼み・・か) 仕方ない、Kはバカらしくも。 「おい、そんな潜み方で隠れたつもりか?」 すると、朝に集落で見た顔の太った商人が現れて。 「アンタをエリンデリンの街には行かせられねぇ。 この森の中で死んで貰うぞ」 すると、大柄な商人の若者も現れて。 「お尋ね者にされてたまるかっ! コッチは、魔術師も雇った。 絶対に殺す」 「他の仲間はどうしたっ?」 小柄で金髪の若い男も現れる。 この人物が、エルフの少女の姉を買ったらしい。 眼を細めたKで。 「お前こそ、買ったエルフの女を何処に売った?」 刃物状にして細かく鎖の様に連ねたモノを革製の鞭に仕込んだ武器を垂らした大男の商人が現れ。 「殺せっ! その包帯男を手始めに殺せぇ!!!」 これに合わせて、魔想魔術師の詠唱が起こる。 「想像から生まれし剣よっ」 「礫よ!」 「大鎌よぉぉっ」 青白い光に包まれたそれぞれの魔法の具現化で生み出されたモノを見たKだが。 (どいつもこいつも、集中が成って無ぇ。 ウォルターからすれば、未熟な子供の悪戯って云うな) それがKへと放たれるも、片手を前へ翳すK。 爆発音を立てる魔法だが・・・。 「子供騙しか? 魔法の遣い方も知らねぇとは、な」 Kへと向けられた魔法は、その形が溶けるかの如く無くなり、青白い光の塗料の様子へ変貌した。 そして、それに合わせて。 「あガガガ……」 「ぬグゥ、ググ…」 「あ"あああ……」 魔想魔術師3人の男達は、魔法を放った姿に身を固まらせ。 顔面蒼白にして、脂汗をダラダラと流す様子に変わる。 「おいっ、どうした?」 「魔法を炸裂させろっ」 商人達が言う。 魔法を受け止めたKは、その様子が滑稽だ。 「ばぁ〜か。 魔法ってのは、術者と精神的な繋がりを持つ武器みたいなモノだ。 こうして無力化されて受け止められると、精神的に繋がったままの魔法と術者は繋がってるからな。 精神的に圧力を跳ね除けなければ、動けなくなる」 そこで、Kが魔法を握り潰すかの様な仕草をすると。 “バリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!” 硝子が何十枚も一度に砕け散る様な、とても甲高い音崩壊音が木霊する。 「うわぁっ!」 「なんだァ!!!」 「何のっ」 何人もの男が驚く時、魔術師3人は白目を剥いて街道に倒れた。 粉々となる魔想魔法は、空中に破片の様に分解してはドロリと溶ける様に消滅して行く。 「精神的な繋がりとなる魔法を一方的に壊されると、術者は強烈な精神的なダメージを負う。 それ、受ける圧力が一方的過ぎて、術者が気絶した」 魔法についてKが説明をしても、商人達は意味が解らない。 それでも、魔術師達は使い物にならなく成った事は子供でも解る訳で…。 「ああっ、殺せ!」 「この包帯男を殺せ!!!」 「金は倍額払うっ、殺してくれぇ!!!!」 タダでさえ、人を金づくで殺そうとした。 それが失敗に終わりそうとなれば、この商人達も尚更に慌てるのは当然か。 そして、森に潜んで居た悪党の残りか、武装して居る悪党じみた姿の男達が、この商人達の声に反応して飛び出す。 (やっぱり、な。 時々、集落の遠くに夜になると探る様な人の気配がチラホラ感じていたが。 コイツ等の偵察だったか。 逃げる前の金稼ぎに、何処かの集落を襲うつもりだったか? 丁度いい、後始末の手間が1つ省けた) だが、こう思ったKの狙いは、何故か商人達へ。 この野蛮で凶暴極まりない男達に後を任せて、商人達の逃げ出す様子を見たKは、一網打尽にするために動く。 「逃げるな。 お前達は、リュリュとリルマのエサ代だ」 各々が武器を引っこ抜く悪党らしき男達が、Kへ襲い掛かる前にKがいきなり商人達の1人1人へ魔法の瞬間移動の如き動きで近寄るや。 「う"っ!」 「ん"ん"・・っ」 次々と、商人達だけが白目を剥いて街道上に倒れる。 「何だぁ?」 「カシラっ、商人のダンナが!」 「気絶した!」 劇的な変化として、商人達がどうされたか気を失う。 40人は軽く超えて居る悪党らしき男達の中で、Kは森への縁に姿を現し。 「俺を殺せるモノなら、やって見ろ。 出来るものなら、な。 金の為だろ?」 全く敵とも思って無さそうなKは、悠々と森へ歩く。 「ちきしょうめ!」 「カシラっ、どうしやすか?」 「あの包帯男、森に向かいやすゼっ?」 武装の品質が少しばかり良さそうな毛皮の上着を着た短髪の大男は、逃げる様子とは思えないKを睨み。 「殺すンだよっ! アイツを殺して大金を得るンだ!!!!」 「倒れた商人は後回しだ! この夜中なら、誰も街道を通り掛かりはしねぇ!」 エリンデリンの街まで、1日半の所。 然し、この大きな街道は、森林地帯へ向かう脇道に近い。 本街道とは、半島3国へ向かう西側と、水の国や大森林地帯の中央南部に向かう東南東への道が本街道。 道は広くとも夜中に夜空が隠れる部分の多いこの辺りは、以前ならば悪党を恐れて夜中に通る者は稀だった。 40名を超える悪党達は、Kに向かって襲い掛かる。 が、その刃は何度襲っても空を斬り。 狙った弓矢も躱される。 弓弦を引き絞る音、足音、殺意、掛け声、吐息…。 男達の発する様々なモノを感じて躱すK。 (ん〜〜、心配する程でも無かったか。 わかり易く誘導したつもりだが、全員が着いて来やがったな。 この様子だと、どうやら勢力の立て直しは諦める者が殆どらしい。 この頭数ならば、拠点1つに求められる戦力を補う足掛かりになろう。 こんなに躍起と逃げる事を考えているとすれば、もう冒険者協力会の先陣部隊が到着したか?) わかり易く誘導したKなのに、これまたわかり易く引っ掛かる男達。 1人や2人は見張りに残っても構わないのに、纏めて全員がKを追う。 オリヴェッティ達に商人や魔術師達を確保させる為、余計な危険に巻き込まない為にKは悪党達を誘導したが。 金を払う商人達を放っておくのは、普通ならば宜しくない。 だが、自分を殺す事に躍起となる悪党達を見れば、もうかなり焦っている様子が窺い知れる。 こんな所に来ている事からしても、暗黒街の再構築はあまり本気とは成っていないのか。 (まぁ、いいか。 この野郎共は、どの道に死ぬし、な) 森の中へと誘い込ませたKだが、こんなに全員が罠に掛かるとは思わなかった。 然し、もう殺す準備は整った所で………。 「お前達、随分とバカ真面目に着いて来たな」 と、背中を斬りに来た大男を振り返りざまに蹴った。 「どあぁっ!」 カウンターの様に蹴られ、激しく木々の下に転がる大男。 この集団の頭となる武装した厳つい男が。 「うるせぇ!! こっちは、逃げる金が必要なんだ! お前を殺して、大金を得る」 詰まらない話に、Kは暗い森の中でも平然としていて。 「そうか。 だが、逃げ道が無くなったのは、お前達の方だぞ」 後から来る様にしたオリヴェッティ達には、森の中までオーラ感知で窺い。 かなりの用心を促した。 で、この事態だ。 残る悪党達が集まり、一大勢力を保とうとしても構わない。 そうなれば、40名を超える悪党達は、それだけでそれなりの戦力だ。 なのに、この悪辣そうな男達は、逃げる為の金作に必死となっている。 この時…。 後から荷馬車で来た商人達とオリヴェッティ達は、気を失った商人達を見付けて捕まえた。 Kの云う通り、魔術師もオマケで。 斡旋所へと突き出す為、意気揚々と商人達や魔術師達を捕まえて縛る亜種人のホビットやドワーフ達。 悪党から受けた被害が悪かったのか、ギチギチに縛って彼らが眼を覚まして悲鳴が上がる。 その様子を眺めるクリーミアは、 「流石、何たる天才か。 先んじて自らを囮にして、商人達を捕縛させるとは、な」 と、Kの消えた森の方を見れば。 頷くクラウザーより。 「カラスは、ああした悪党達の事を含め、人の欲望の嵐とも言える様な殺伐とした依頼を生きて泳ぎきって来た。 固執した悪党の思惑など、手に取る様に解るのだろうな」 頷くウォルターも同様で。 「我が友には、悪党も含めて人の悪事の過去が解るらしい。 どの様な見え方なのか、それは解らぬが。 森へ導かれた悪党達は、余程に悪辣な過去を背負っているらしいの」 然し、クラウザーからすると、Kがこうしたのには他にも理由が有りそうだと思っていてか。 「ですが、カラスの思惑はそれだけではありますまい。 逃げる悪党をのさばらせれば、その間に色々と面倒を起こす。 その憂いも、此処で潰す為でしょうな。 そろそろ、悪党達も黙ってはおれないだろうし」 悪党の事は、存在として知っていても。 関わり合いは限定的だったウォルター。 だから、興味も含まれながら。 「と、云うと?」 「そろそろ半月。 自分達の居場所が潰され、流浪の身となり。 身銭も、食い物も、居場所も、自由だったモノが潰された不満が募って限界と成る頃合。 捨て身で何処か集落を襲撃しても可笑しく無い。 この森から逃げれば、まぁそれは他の身の振りを模索するでしょうが。 居るとなれば、手短な悪事で稼いだり。 集落を襲って略奪から凶行を行うでしょう。 この辺りは、他の集落も近ければ、大きな街との往き来で亜種人も多い。 冒険者なり、亜種人の兵が動かなければ…」 「短的に犠牲がでますかな」 「はい」 この大森林地帯に残る悪党の存在が、Kの要らぬ手を煩わせると感じたウォルターは、夜空を見上げ。 「友に、要らぬ心配を促したか。 悪党よ、早く逃げて違う道を探さぬか。 我が友は、悪党に恐ろしい憎しみを抱く。 逃げねば、生きれぬぞ」 縛られた男達を眺めるクリーミアは、荷馬車に掛けられたランタンの明かりで遠い目をする。 (あの男は、恐ろしくも深い深い慈しみの心を持つらしい。 我らや仲間の手を汚させない為、時に何処までも身を穢すのか…。 惜しい、実に惜しい男よな。 発端を思えば、森の呪われた土地を放り出した我らの行いにも問題は在るのじゃ。 あの様な者に、全ての汚れた過去を掃かせ浄めさせるのか? より良くする事に、我々も考えを入れ替えて幾らかでも動かねば・・動かねばのぉ) Kは、先に行って休めと言って居た。 心配は要らないだろうが、また襲われないか、シャンティやミカーナはとても心配する。 Kの事を心配するのは、良く解ってないリルマだが。 商人と魔術師達のみを荷馬車の最後尾の荷台に拘束。 少し先へ進めば、道端の半壊した野営施設にて冒険者のチームやら行商人達が集まって夜営していた。 その集まりに合流して、Kを待つ事にする。 悪徳商人とその一味を捕まえたと解ると、亜種人の冒険者や行商人が荷台の者を観る。 ”この悪人めっ! エリンデリンで役人に突き出して遣るからなっ” “チキショーっ! オラの妹を何処に売ったぁ?! 悪いヤツめっ、悪いヤツめ!!” 怒鳴られ、怨みを言われる彼等は、猿轡をされたままで何かを言うが。 この期に及んで観念しない眼からして、その裏側でやって来た事はかなりの悪さだろう。 この一件で、休むに休めないオリヴェッティ達は、少女達を寝かせてKを待った。 他の悪党数十人とKは、朝まで見掛けなかった。 壊れた野営施設にて、Kを待って過ごしたが…。 朝、損壊した夜営施設に残るのは、オリヴェッティ達のみとなる。 商人達すら先に行かせ、説明にクリーミア達も乗せて先に行かせた。 リルマ、シャンティ、ミカーナも一緒に……。 待つオリヴェッティは、周囲の森より上へ陽射しが上がる頃まで待つと。 「来たな」 クラウザーが街道の右側より来たKを見付ける。 ルヴィアも出て来て。 「無事な様だ」 だが、クラウザーは、そんな事は当たり前だと。 「怪我などしないさ。 問題は、悪党の1人も居ない事だ。 余程、悪どい者ばかりだったらしい」 皆の処へ戻ったKは、 「さて、エリンデリンに行くぞ。 悪党の始末も終わったしな」 と、出発を促して来る。 リルマやシャンティ等が居なくとも、どうしたのか解っているらしい。 この数日、浮遊する鞄にも乗らぬウォルターで。 本日も歩くと云う格好から街道へ。 「カタは着いた様だの」 頷き返すKで。 「まぁ、な」 もう街までは、歩きで半日。 荷馬車ならば、ゆっくり行っても午後には着くだろう。 普通に行けば、アマゾネスの集落の在る場所からでも半分の日にちで到達した旅の距離だが。 様々な人との関わり合いからこんなにも長く成った。 そして、本日も…。 「あら、貴女方は…」 昼間、歩くオリヴェッティ達は声を掛けられた。 それは………。 然し、オリヴェッティ達の旅はまだまだ続く。 そして、エリンデリンへ。 《裏側の物語:再び繋がった運命に戸惑い、アンディは彷徨う》 さて、このオリヴェッティとKの紡ぐ冒険の時を、だ。 オリヴェッティ達と運命を共にするも、それは裏側の敵となる者達が居る。 そう、脱獄をしたアンディと、あの斡旋所の主をしていた身体の結合した双子の姉妹の妹リドリンだ。 魔法学院自治領の東側、田舎町や集落が点在する山間部から森の中を抜けて、手配書が回る前にと奪った馬車で国境を目指し。 Kとオリヴェッティの情報を集める為に、悪党の子分まで作ったリドリン。 魔法で口答えした者を殺しては、下っ端として遣う者を従え始めた。 そして、K達が大陸横断街道に入ろうと云う頃か。 脱獄をしてから田舎町の1つに帰る農夫の乗った馬車を襲ってから、ならず者の3人を仲間にした。 どうやらならず者も何か罪を犯した様で、1つの場所に留まりたく無かったフシが見られた。 リドリンから小遣い程度の金が出ただけで、ホイホイと着いて来た。 魔法学院自治領の北東より海沿いの山林を南下しての旅だったが。 リドリンやならず者達は、町に入るや罪を犯す。 コレでは、居場所を教えて居る様なもの。 アンディの心配は直ぐに現実の事となり、見た目からして解り易い仲間のならず者達が追手となる魔術師達に襲われて捕まった。 町に入ってもそれなりに身を隠す様に動いていたアンディは、何やら騒がしいと通りへ出て見れば。 魔法を受けて怪我をし、捕縛されるゴロツキ達を少し遠くから見て、仕方なしに町から逃げることにした。 (俺も、使い捨てだからな。 やっぱり、最後はこうなるのかな) こう思うも仕方なしに、リドリンと合流し。 説明をしては、町に泊まることも無く荷馬車にて町の外へ。 それからは、整備されていない野道が広がった様な路を逃げて野宿をする事、2日ほどして。 冒険者が居そうな大きめの町を目指しては、海側に向かう道抜けて鄙びた感じの在る大きめの町に入った。 そして、雨の夕方に、見付かる覚悟で斡旋所へ向かったアンディ。 だが、冒険者として生きる目的では無い。 目当ては、屯する冒険者達だ。 話し掛けたアンディを、如何にも悪そうな大男を含めた3人の冒険者かも知れない風体の男達が睨み返した。 年配女性の主は、やる気も無いのか。 その様子をチラ見だけして他所を向いた。 この様子だと、手配書が来ていないのか。 まだ知らないのか。 幾らか安心したアンディは、金の話をして男達を連れ出した。 その後、小雨の夜に。 農業や農産物・海産物の輸送中継地として在るこの町。 その外れとなる閑散とした雑木林と空き家が点在する辺りにて。 「ヒィっ、ヒィぃ!」 「わっ、解ったぁ! アンタの子分に成るってぇ!」 身体中に刺青をした悪党面の男と、使い古した革の装備の男の2人が、ずぶ濡れとなりながら腰を抜かして叫ぶ。 空き家の壁が半壊する中より、男2人は雨の外へ逃げ出そうとしている。 一方で、一部の狭い範囲にて、壊れた屋根より落ちる雨が身体の周りで止まり。 濡れない老婆らしき魔術師は、間近にアンディを立たせて居て。 「いヒヒヒ、それで良いのさ。 生き延びたけりゃ、言うことを聞きな。 従わないなら、悪党組織に殺害を依頼してやろうか?」 雨がポツリポツリと落ちる屋根の下に立つアンディは、覚めた目をしてその光景を眺める。 (まるで水分や食糧の補充だな。 頭の悪そうな奴らを仲間にして、どうするんだろ。 まぁ、僕に来る危険は幾らか遠退いてくれるだろうケドさ〜) 手配書が斡旋所に張り出され始めた事は、既に知っているアンディで。 表立って動けないリドリンの手足を増やす目的で有ることは解って居た。 この時、Kやオリヴェッティ達は、アマゾネスの交易広場への襲撃を潰し。 シャンティを連れて森を旅し始めた頃か。 今、ほぼ悪党と言えるだろう屯する冒険者に絡まれた。 誘い出す役割となったアンディは、リーダー格の大男を金で夜に誘い出すが…。 今し方にリドリンとの交渉で魔法を受けて死んだ大男は、従う事を偉そうに拒否した。 短剣を引き抜き、此方の金を奪う素振りを見せたので、リドリンから魔法で殺される。 その様子を見て、アンディは自分の運命を悟った気がした。 アンディは、元より呼び慣れた主の時の仮の名となる“バンチャー”と呼ぶ。 身体の結合した双子の姉妹の魔術師となる妹のリドリンは、夜の朽ちた家の中にて。 「コッチの言うことを聞くなら、悪い様にはしないさ。 ホレ、移動する身銭を増やしてやろう」 金貨とシフォンの混ざった500シフォンほどの金を2人の男に渡して。 「頼みたいのは、南部の国境都市カイデにて合流する時までに、或る冒険者達の情報を集めて貰いたいのさ」 リドリンから言われてKとオリヴェッティの容姿を教えるアンディだ。 脱獄の罪、追っ手の兵士や魔術師を殺した罪、住人を魔法で殺した罪と。 立て続けに罪が重なり、完全にお尋ね者となった。 魔法学院自治領の東側の中央に聳える山を迂回しての旅だったが。 追手となる魔術師達に1度、2日前に追い付かれた。 このまま魔法学院自治領の南側、国境都市のカイデに近付くにしても。 もう大きな整備された街道は行けない。 隠れての逃避行となる旅だから、予定が大幅に変わる。 その間、少しでもオリヴェッティ達の行先を調べる為に、手足となる者を欲していたリドリン。 集めた情報の内容に因っては、1万シフォン相当の宝石や金貨を渡すと言われると。 冒険者なのか、ゴロツキなのか良く解らない男2人も目が変わる。 「か、金を貰えるな…」 「その、女達を追えば、大金持ちに成れるのか?」 情報を集めて南部の街での合流をするだけで、1000シフォンの追加を貰えると解ったゴロツキ達は、真夜中だと云うのにそのまま街道側へと消えて行った。 Kとオリヴェッティ達は、西側の交易都市に向かったのは解って居た。 その街へ急ぐ為に、2人の男達は消えたのか。 それとも、逃げる為か……。 雨の中で壊れた家の中でも髪を濡らすアンディは、何の感情も大きく動かないまま。 「あのゴロツキ冒険者を信用して良いの?」 死んだ大男を椅子の代わりにしたリドリンで。 「フン。 渡した金は、他人から奪ったモノさ。 あれぐらいの端金(はしたがね)、持ち去られても構わないよ。 寧ろ、逃げたなら面白いことが出来るからね。 いヒヒヒ…」 こう笑ったリドリンは、荷馬車を奪ってから行った町で悪党組織の下っ端と連絡を付けていた。 その人物は、悪党組織に完全な加担をしている訳では無く。 情報屋として金でのやり取りをする男性だが。 リドリンが追う海旅族の秘宝の話に乗って来た。 今、その男が新たな仲間として悪党を集めに動いている。 その頭数が揃うと、消えた屯する冒険者が金を持ち逃げしたとしても、捜し出して2人を殺すことは難しく無くなるだろう。 このリドリンは、どうやら冒険者の頃から悪党と繋がりが有ったらしい。 また、斡旋所の主をしている時も、完全に悪党とは手を切って無かった様だ。 北端の街で主をしていた時も、ならず者や無頼の様な冒険者達がリドリンには逆らわない事が有った。 ダークエルフにして美女のニュノニースが攫われない所には、その影響も有ったかも知れない。 今、その実態を知る事と成ったアンディは、リドリンから助けられた自分が呪われた身となった事を知る。 真夜中の雨の外を、割れた窓から眺める。 (ケイさん、次に会ったらさぁ。 今度こそ、俺を殺してくれるよね?) 絶望感しか無く、人生の先行きなど真っ暗だ。 出来るなら、そうなりたいと思ったアンディだった。          ★ オリヴェッティ達がリルマやミカーナを新たに加えて、騒がしく成った頃か。 水の国との国境の街カイデにて。 暗黒街より逃げた、Kから見逃された悪党から情報を得る事と成ったアンディとリドリン。 だが、直接に会って話した訳では無い。 金で飼い慣らした飼い犬の様に、この街にて手筈通りにゴロツキの様な冒険者達と合流し、頭数の増えた4人と動いて人から話を聴いてきたアンディで。 夜、木造の古めかしい宿屋の一室にて。 アンディと相部屋となるリドリンは、自身の顔をローブのフードで隠しながら。 「アンディ。 仕入れた情報ってのは、何だい?」 ベッドの袂に座るリドリン。 ローブから漏れ出る髪が長くも、かなり艶を失って色褪せが見える。 老化か、それとも病気か。 老いて嗄れた様な声からしてリドリンは、知らぬ者からすると高齢者に感じるだろう。 部屋の真ん中に置かれたテーブルに就き、白い安物のコップに薄い紅茶を残すアンディ。 逃亡の生活が続いてか、あの人懐っこい風貌が少しずつ失われ始めていて。 「この数日、バンチャーさんが目指す悪党の縄張りから、悪党が次々と逃げて来てるってさ」 すると、リドリンの顔が少しだけ隠れながらもアンディに向く。 「逃げて来てるぅ? それは、どうゆう事だい?」 「逃げて来た悪党の話からして、見えない黒い悪魔・・・って言ってるけど。 どうやらそれってケイさんの事だと思うケドね。 森の中に出来た暗黒街を全て潰した誰かが居るみたい」 “全て”と聴いて、 「な、何だって? 噂に、あの辺には、3万を超える悪党達が集まるって話だったハズだよ?」 と、アンディへ近付く様にしてテーブルへ脚を引き摺る様にして向かい、頑丈な椅子にドッカリ座って就くリドリン。 だが、Kの強さを見て来たアンディだ。 海では、巨大な怪物を簡単に倒し。 危険な島々でも、モンスターを雑魚扱いして倒した。 だから暗黒街を無数に潰したと聴いても、大した驚きも起きない。 「だぁ〜か〜ら、何度も言ってるじゃん。 あのケイさんには、100万の兵士を従えて相手にしても勝てないって。 モンスターの倒し方が、他のどんな凄腕の冒険者より違う。 あの人の強さを目の当たりにした僕だ。 暗黒街が壊滅させられたと聴いても、疑う気にも成らないよ」 数万の悪党が集まると言われた大陸横断街道の東西に広がる森。 断崖の上に根城を築いたコローダは、1万近い勢力となり。 大森林地帯の縁となる森に点在する暗黒街の全てを合わせて、2万から3万ほど。 悪党だけで国を襲える軍隊が作れると噂すらされていたのに…。 「くぅぅっ、何て凄腕だよっ」 テーブルを殴るリドリンは、また頭を少しアンディへ向けて。 「で? 他に、情報は?」 「うん。 バンチャーさんの予定は、大幅に変更だね」 「だろうね。 コローダやカバンダスに会えないと成れば…」 このリドリンの考えた計画では、この後に大陸横断街道へ向かい。 どうやら暗黒街に行っては、あのKに殺されたカバンダスやコローダと手を結ぶ気だったらしい。 「ってか、その2人も殺されたってサ」 「な、何だって?」 「今日の昼間から夕方にあの雇った男達が会った人の中に、その頭目の死体を確かめたって云う悪党の人が居たよ。 僕も少し離れた所から様子を窺ってたけど、あの様子じぁ〜もう悪党を続けられないね」 何のことか、リドリンが黙ると。 アンディは続きを促された様に。 「先ず、カバンダスって人の遺体を確かめたのは、どうやら襲撃された後から街へ戻ったから助かった人らしいけど。 角砂糖みたいに切断された遺体を見ちゃったらしいよ。 昼間に雇った男達が会ってたけど、じっくり話を聴くのも難しかったよ。 それぐらい、相手の心が乱れてて。 恐怖から少し壊れてた感じがしたね」 話を聴けた男の事よりも、殺害されたカバンダスの事が気になったリドリン。 前々から聴いた噂では、国の軍隊とも張り合える悪党の軍隊を持ったとか聴いていたのだ。 「か、バンダスが、かい? 3000から5000近い、冒険者崩れや悪党の手下が居たと聴いたよ?」 「だから、相手が他でもないあのケイさんだって。 大きな屋敷に集まってたらしい千数百人を超える極悪な身辺警護の悪党達は、相手が誰かも確認が出来ないで血と肉片に変えられたみたいで。 その死体から流れる血の川が街の外まで出来てたってさ。 それから、森の中で造られた暗黒街の全てに捕まって居た女性達、子供まで全て奪還されたみたい」 悪党の事は、アンディよりも知っているリドリン。 襲撃をされたならば、人質は取るだろう。 捕まって居た女性や子供達は、その人質に出来る。 凶暴な悪党達だ、人質を誰も殺さないなど信じられなかった。 「全て・・全て? 人質も、誰一人として殺され無かったのかい?」 「ん、みたいだね」 「そんなバカな事が有るかい。 何百人と女や子供が捕らわれて居たって言うンだろ? 人質みたいなモノじゃないかい。 その奪還が目的なんて、何処かで悪党達だって解るはず。 人質に取れば、1人や2人は死ぬだろうよ」 「そんな事を僕に言われても困るよ。 冒険者、役人、逃げてきた悪党達に聴いても、襲撃された後に死んだのは全部が悪党達だけだって」 「な、何でそんな事が言えるンだよっ」 「逃げてきた悪党の人が、そう言ってるの。 然も、あのKさんは天才だよ。 逃げてきた悪党から聴いた話で、こんな僕でもそう思うもん。 色々な方法で悪党達を混乱させたらしいよ」 「色々な方法だってぇ?」 「或る所には、虫やモンスターが誘き寄せられて、その対処に動いている時に人質を先に奪われたり。 別の所では、首領となる暗黒街の支配をする人を真っ先に殺されて、大混乱している最中に人質を奪い返されたり。 人質の女性や子供達を街の一角に集めて、何時でも殺せる様にした暗黒街では、人質を囲んでいた悪党達100人以上が瞬殺されたって」 「はぁ? 何だい、そりぁ」 「悪党達が襲撃に備えても、逆に混乱をさせて隙を作ったンだよ。 その中でも一番に悪い噂をされていたカバンダスって人の所は、特に酷かったみたい。 他の暗黒街を平気で襲って皆殺しにするって最も恐れられていた魔法使いや腕の達つ冒険者の悪党崩れ達が皆殺しにされて、他の悪党達が混乱を極めて。 人質となる女性や子供を連れ出そうとすると殺されるとか。 もう力で頭っから潰された様な感じ。 あはは、流石は、あのケイさんだ」 何処まで本当なのか、リドリンには解らない。 だが、大陸横断街道との国境の街とは離れたこの街なのに、助け出された女性や子供達の情報が伝わっている。 話に尾鰭やは鰭が付いているとしても、推定で数百人を超える人質が助け出されたと。 兵士達が討伐行動を起こす事も無く、既に暗黒街は潰されているとの認識が広がっていると云う。 「くっ、これほどの凄腕・・。 役人に一度は捕まったアタシも、お前と同じく生かされた口かい」 北の街にて、斡旋所に来たKが此方に不敵な言葉を残してから去った。 あの時にKが此方を殺ろうと思えば、アンディと共々に殺されても不思議は無かったと感じたリドリンだ。 前々から、これに関しては“そうだ”、と言っているアンディで。 「その通りだよ。 それから、街道の東側。 山の中の森を牛耳ったコローダって人は、もっと酷い死に方をしたみたいだよ。 身体を短冊みたいに、部分的に裁断されて逃げ出せなくしてから。 森に生息する肉食のナメクジに身体をジワジワと食べられて、跡形も無くなる程に…」 「な"っ、何だい、それは…」 「あのケイさんならば、それも出来ると思うよ。 自然の凡百(あらゆる)ことを知り尽くしてるみたいだもん。 それに、悪辣なことをして来た悪党の一部は、簡単には殺さなかったみたいだね。 そのして来た悪事に見合った殺され方で、5000人以上の悪党が殺されたってさ。 後から人質を取ろうが、魔法で攻撃されようが、非道な事をした悪党の殆どが殺されたってさ」 「な、何て化け物だよっ」 此処で、紅茶を一口したアンディ。 「ん・・。 それからね、大陸横断街道には、昨日に港へ到着した冒険者協力会の治安維持をする一部隊が向かったって。 冒険者の力を有した兵士が3000以上って、かなり強くない?」 「当たり前だよ。 その規模となれば、指揮するのも凄腕の冒険者だった者だろうよ」 「じゃあ、もう大陸横断街道は行けないね」 「断崖の上も、その様子だと悪党の支配から離れたみたいだね」 「ん〜、義賊のサロザスって人が、後継者の誰かと支配したって」 この話で、リドリンは思惑が尽く壊れたと解った。 「ケッ! あのサロザスじゃ、私の儲け話は聞き入れない。 こうなったら先回りを見込んで、水の国まで逃げるしかないっ」 苛立つリドリンに、アンディは本音を何も言わない。 (は・ははは…。 やっぱり、あのケイさんだ。 表に立たなくても、やる事が凄すぎるよ。 あんな凄腕を相手にしても、バンチャーさんは諦めないのか。 やっぱり、ケイさんを目の当たりにしてないからだな) 自分がこの女性の立場なら、すぐ様に別の大陸へと逃げて違う生き方を模索する。 あのKに勝てるとは思えないし、宝を見つけても自分の物とするか解らない。 いや、大金持ちとなる宝が有るのか、それすら疑問に思えて来る。 (死刑、確実だもんな…。 俺は、もう、向こう側には………) この時、アンディは思い出す。 逃げる自分へ、ニュノニース達が呼び止める言葉を叫んで居た。 だが、もう最悪の罪となる悪人へ堕ちた。 戻っても、殺されるだけだ。 (どうせ、死ぬなら…。 やっぱり、お宝が何なのか・・見てみたい。 あのケイさんを追えば、それが見れる…) リドリンに着いて行く理由は、それしか無い。 或る1つの希望を除いて、全て、諦めて。 狙いは、1つに定める。 身体を大きく動かしてベッドに戻るリドリンは、旅の最中に作った黒っぽい液体を入れた瓶を皮の背負い袋が掴み出して。 「予定がむちゃくちゃだよ。 仕方ない、水の国へ逃げるしかない」 と、コルク栓を抜いては異臭のする液体を呑む。 紅茶の残りを飲むアンディは、コップを手にして。 「正規の街道から行くの?」 瓶の中身を飲み干したリドリンで。 「ダメだ、恐らくは手配が回ってる。 船で、東の海岸から密航するしかない」 「じゃ、朝に森の中へ、だね」 と、席を立つアンディ。 ドアへ向かうアンディを見るリドリンで。 「何処へ行く気だい?」 「僕は、荷馬車で寝るよ。 餌代も払ってないから、盗まれるかも知れない」 馬車を停める料金は、リドリンが最低しか払って無い。 怪しげな者が多かった街で暮らして来たアンディだ。 想定される悪い事態を避ける術を身に付けていた。 さて、アンディが部屋より去ってから。 閉まったドアを眺めるリドリンは、老婆の様な顔を上げて。 「あのガキめ、助けた恩を感じてるのかね。 ・・まぁ、凄腕の奴らと面識の有るアイツだから連れて来たが、変な真似をしたら殺してやる」 こう言って、瓶を床に落としたリドリン。 杖を持ったままにして。 「嗚呼、身体が重いねぇ。 姉さんの身体が、重たいったらありゃしない。 もう少し、もう少ししたら、この身体を棄ててやるのにねぇ…」 ベッドに1人で横となるリドリン。 然し、頭に浮かぶのは、想定した計画が根底から壊された事。 (チッ。 チッ! 何万の悪党を、1人で壊滅…。 コッチが人質を取ったとしても、最悪は相殺で殺されるだけかい。 どうするかね、どうするかねぇ…) 何度も、こんな風な事になると、アンディから聞かされたリドリンだが。 疑う事より、Kの実力が証明される事で勝ち目が見えなくなったと思う。 それでも、もう普通の生活には戻れない。 これからどうするか、悪党として生きるしか道は無いと思うのだ。 さて、このリドリンと別れて外に出たアンディは、荷馬車に戻った。 馬に餌をやるべく飼葉を遣る代金を支払って、だ。 雲の多い夜空の下で馬の世話をするアンディは、残して来た動物を思う。 この辺りに成ると、冬の今でも肌寒い程度にしか成らない。 微かに香る虫除けの臭いを感じながら、荷台で横となる。 (明日は、船旅かもな………) 焚いた虫除けがとても弱い。 飛んで来た蚊の音に合わせて、手を素早く伸ばした。 握り潰せたらしく、手に微かな付着物の感が有る。 (この時期でも蚊が飛んでる。 はァ、嫌だ嫌だ) 完全なる冬とならない所が多い東の大陸だ。 北部とは違う。 服に手を擦ったアンディは、目を瞑る。 今日は、どうやらゆっくり眠れそうだ。 追われる立場となり、人の目の有る街では心が乱れるが。 今日は、何となくそれが薄らいだ。 もしかすると、K達の話を聴いたから、だろうか。 今、アンディは思い返して居た。 Kやオリヴェッティ達と出会った時の事を。 Kと秘宝を探した島での旅が、人生で1番に楽しかったことを実感して……。
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