秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

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秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

〔Kの新たな旅。 ~ 拙いプロローグ ~〕 冬の入り。 暗い曇り空の下を危ぶみながら、強風の中を航海をしている大型旅客船が見える。 風が凍える様に冷たく、荒れた海は青黒い。 駆け出しの冒険者オリヴェッティは、船の先で一人、海を見渡している。 波しぶきが押し寄せる甲板に、彼女以外は居ない。 黒い雨避けのコートを被っていたが、強い風がコートを剥ぎ取らんとし。 フードを捲らんばかりに浮かせ、裾をバタバタと引っ張っていた。 (絶対・・絶対に見つけるわ!! 死んだ父さんも、御祖父ちゃんも、嘘吐きじゃないっ) こんな場所に出て、彼女はどうしてこう思うのか。 波と風に動かされる大型客船は、時折に彼女を転ばそうとしているぐらいに傾いた。 だが、不思議なのは彼女の身体。 風にコートがはためくのに、何故か波しぶきに因る濡れ方が少ない。 片足を引いて踏ん張る彼女は、荒れる海を睨む。 そして、彼女は客室等に向かう扉へと踵を返した。 その時、フードが風により捲れて外れる。 長い黒髪が乱れて靡き、青い石を中央に抱くサレットが見えた。 額を軸に鎖で巻く冠で、髪留めの意味も在る装飾品だ。 室内へ戻ろうと云う時に、甲板の側面より雨避けのゴワゴワしたコートを着る、年配の船乗りも来て。 「お~い、ネーチャン。 波が強くなって外は危険だ。 直に夜になるし、部屋に戻りなよ」 甲板を見回る老水夫が言って来る。 「済みません」 オリヴェッティが謝り、海水や雨水が船内へ入らない様にする為の、三段程の高さが在る小さい階段へ足を掛けた。 彼女の顔を観た年配の船乗りは。 (なんてイイ女だよ。 褐色の肌、長い黒髪、知的な印象と。 これで寝床を一緒にしたら、どんな乱れ方をするんだろうな。 俺が、後10歳若かったら…) 見た目は20歳半ばぐらい で、大きな眼。 インテリ風な知的感漂う顔に、薄紅色の薄い唇をしている。 また、後から船内の赤い絨毯が敷かれたロビーに入れば、雨具のコートを脱ぐ彼女が居る。 (はぁ……。 こりぁ、上玉の女だ) 年配の船乗りは、久しぶりに男の野性が眼を覚ましそうな昂りを覚えた。 姿を現したオリヴェッティは、一言で“綺麗”と言っても十分だ。 然し、それだけでは足りない、更なる魅力が在る。 そこいらに居る女性より、少し背が高く。 一般の碧眼より澄んだ翠の強い瞳。 北の大陸に居ては、エキゾチックな印象の深い存在だ。 これだけでも、男性の目を集めるに足りるのに。 上へ上がる階段に向かう船乗りは、苦笑いして立ち去りながら。 (目に良いんだか、悪いんだかな。 身体まで、極上そうだ) コートを脱いだ下からは、長い黒のスカートに似合った脚線美が透ける様で。 また、タイトな白のブラウスにクッキリと形出た胸が、この美女を更に魅惑的に見せる。 ただ単に綺麗な女性より、男の野性を擽る異国情緒と云うか、不思議な魅力を持っていた。 雨避けを折り畳んだオリヴェッティは、間近に在る女性用トイレへ。 純白の陶器の洗面台に立ち、栓をして水瓶より柄杓で一杯の水を貯めると。 雨避けを浸して海水の塩分を抜く。 その後に、トイレへと入り。 出た処で雨避けをまた絞るのだが…。 (もう、何年かしら) 鏡に映る自分の姿に、天涯孤独と成った14歳の頃のオリヴェッティは無い。 もう、故郷に自宅すらなく、屋敷も追い出されてしまった。 “12歳で魔法の修行を終えたとは、歴代の者でも逸材だ” 魔法学院にて、自分に魔法を教えた先生は言った。 なれど、故郷に帰ったオリヴェッティを待ち受けたのは、親の死亡。 仕えてくれた執事の死亡だった。 オリヴェッティの曾祖父が莫大な借金を作り。 女性のオリヴェッティには、返済は無理と判断されて。 家から土地に加え、大変な量の本が全て没収された。 そして、或る財宝を探して、発見が出来なかった事を無念に思う一族の鎖(しがらみ)。 それを彼女は棄てる処か、自分で終いにしようと掴み取った。 それから故郷を追い出された彼女は、冒険者として流浪う人生だ。 今、オリヴェッティは20歳。 見た目の大人びた様子は、もう3歳ほど上に見てもいい容姿。 “年増”に見えるのではない、成熟した大人に見えるのだ。 だが、その所為で、今まで色々な目に遭って来た。 いい意味のモノよりは、悪い意味の方が多い。 孤独な一人旅が長い所為か、冒険者としてチームに加えて貰おうとすると。 “一時だけって、一人狼か? 女のクセに、生意気だな” と、言われる事も一度や二度では無かった。 さて、彼女が今、乗る大型旅客船は、全7階の600室と云う客室の一番大きい形となる船。 晴れた日に港で見れば、白い船体に羽ばたく鳥と舞い散る花が画かれ、木と金属の両方を遣った船体だ。 この客船は、北の大陸と東の大陸を周航する航路で、全日程150日程を見込んで航海する。 基点は、フラストマド大王国の大都市で、湾岸都市でもあるアハメイル。 アハメイルを出港してからは進路を西にして、北の大陸沿岸の各都市の湾岸都市を巡って客を運び。 北の大陸の最西端でギャンブルの国の湾岸都市を離れると、春から秋までは左回りで東の大陸を目指すが。 真冬の時期は、一度アハメイルに同じ航路で戻り。 その後に南下してコンコース島を経由してから、東の大陸の最北に位置する〔魔法学院自治領・カクトノーズ〕の湾岸都市に向う。 この航路を何も知らずに見れば、所々に無駄が多いと思われる。 オリヴェッティも見たが、船内に在る航路図を見る客の感想では。 “いやいや、何度乗っても、冬は航海が長い” “言えますな。 賭博王国より、そのまま東の大陸を目指すか。 アハメイルに戻った後は、コンコース島を経由せずに。 直接、東の大陸に行ければいいのだが” “本当に、本当に” これは、船乗りも、商売人にも、同じく思う処だろう。 然し、三大陸を季節も無視して最短の航路で行こうとすると。 モンスターの蔓延る海域を通ったり、巨大な渦潮が蠢く危険な海域を通るしかない。 冬は、日数を倍日多く掛けても、安全な航海が出来る方がいいと云う訳だっだ さて、トイレを出たオリヴェッティは、暗くなる外に小さく溜め息を吐いて。 (ハァ。 もう夕暮れね。 どうしよう…) 自身の部屋は、地下の大部屋だ。 身銭の少ないオリヴェッティは、甲板より上の客間を押さえられなかった。 俗に、地上部屋は、何人か別にして個室。 地下は、大部屋となる。 それでも地下1階までは、大部屋も男女で別れるのだが。 地下2階より下は、その区別もされなく成る。 (嗚呼、地下は怖い…) 男女の区別もなく。 2段ベットが何十と並んだ地下の大部屋は、雑多な空間にして嫌悪感を持たせる人間が居る。 空腹も在るオリヴェッティは、船旅の毎日を夜遅くまで1階で過ごす。 身体目当てに男性から声を掛けられても、人が沢山いて手荒な真似はとても少ない。 (寒いから、上着とマフラーだけ…) こう思い、地下2段まで降りたオリヴェッティは、薄暗いランプの掛かる廊下を歩く。 地下4階から地下2階までは、最も料金の安い相部屋。 スカーフを頭に巻いて、顔を隠して薄暗い中を歩く。 だが、地上の部屋に比べると、シャワーも一々有料だ。 男の汗臭い匂いがしたり、酒の匂いが漂ったり。 時折には、火事の原因に成る為に禁止されているタバコの臭いもする。 地下は、女一人で気軽に泊まれる場では決して無い。 冒険者でも、女性ばかりのチームは少し高い金を払ってでも、上の多人数型となる個室に泊まる。 身の危険を回避したり、無用な面倒を避ける為に。 オリヴェッティが自身のベットが在る部屋に入る時に。 3ヶ所在る出入り口の、最も後尾側の出入り口に居た男達に見られた。 (おい、ありゃあ~女だ) (へぇ、顔は判らねぇがよ。 中々にいい身体してるなぁ~) (一人かな) 北の大陸の最西端。 賭博で財政が成り立つ国から船に乗り込み、もう3日。 擦れ違う男の異様な視線、遠目より受ける視線を受ける時もある。 寝る時は、態と音の出る小瓶をベットの前に置いたりしていた。 オリヴェッティと同じ女性の姿が、この場所に無い訳では無い。 だが、こんな危ない雑多な大部屋に泊まるのは、女性でも限られて来る。 例えば、この船に乗る者で云うと。 もう男の野性に引っ掛からない老婆。 男性の仲間と一緒の女性。 怪しい雰囲気の女性。 片足を引き摺る強面の年増。 後は、子連れ等の難民や移民で在る。 体を売りにする女性などは、金で異性に買われて上に行く。 安全を一緒に買われるのだ。 オリヴェッティは、いざとなれば魔法を遣える。 伸縮可能な黒いステッキは、肌身から離さずに持っていて。 もう2回ほどか、襲われそうに成ったのを回避した。 だが、この3日。 或る不安だけが解消されないままで。 (まだ、判らない。 一体、誰かしら…) 彼女の最大の不安は、自分の寝ているベットの前隣に居る筈の客である。 この部屋のベットを宛がわれてから一度も、その客の顔を見ていない。 夜中にトイレへ起きたり、少し何かするだけで。 見たことの無い客は、寝たままの様だ。 (男性からしら、女性かしら。 それだけでも、知りたいのに…) 自分は、寝る時以外の間は、常に上で過ごす。 ラウンジや食堂の他、船内図書室が在るからだ。 だが、図書室と言っても、何処の図書館にでも置いてある様な本の集まった図書室で。 暇をする人が多いのか、大半が貸し出されている。 昼間は、解放されている音楽や劇団の催す演劇が演じられる大ホールなどでも暇を潰すが。 夕方に成ると、地上の個室に居る者が増えて、仲間も居ないオリヴェッティには居場所が無くなる。 それでも、ホールやらダンスフロアとか、人の多い安全な場所で佇むので在る。 部屋の角の壁際となる2段ベットの下が、オリヴェッティの寝床。 判らない前隣の客以外は、女性だったり、老人や老婆が客だった。 然し、自分の上に居た女性は、性的な意味で男性客に取り入り。 オリヴェッティと同じ乗船初日に、上の客室へと消えた。 それから一度も、彼女の顔を見て居ない。 (お金は無いけれど、寝るまでは上に居よう…) 肩に羽織るマフラーと、革の上着を取ろうとしたオリヴェッティだったが。 「んぐぅっ・・」 それは、一瞬だった。 自分のベットの前に立ち。 ベットに掛かるカーテンを開こうとした時、いきなり口に何者かの手が掛かり。 そして、後から身体を抱きすくめられた。 (あぁっ、魔法!) “何かをされるんじゃないか” と、心が凍り付く瞬間。 耳元に人の息が掛かり…。 「………」 小声で声が聴こえた。 大きく眼を見開いたオリヴェッティは、そのまま前隣のベットの下段。 何時の間にか開かれたカーテンの中に、吸い込まれる様に消えて行った。 地下の大部屋は、何処も薄暗く。 等間隔で吊り下げられたランプは、油が悪い物なので炎が弱い。 薄暗い明かりの中では、誰もその様子に気付く者は居なかった。 それから少しして。 「おい、マジで女かよ?」 「おおっ。 この下に若い女が一人で泊まるなんて、そうそう無い。 もしかしたら、夜の女かもしれないぜ」 「じゃ~、遊べるか?」 「かもな」 小汚い恰好をした冒険者か、悪党風体の男3人が、ニヤニヤと顔を笑わせて遣って来た。 冒険者の類でも、何でも強引に押し通そうとする輩も居るし。 暴力的な者も居る。 そんな輩が、オリヴェッティの寝るベットの前にやって来た。 「此処か?」 「あぁ、寝てるみたいだ」 「好都合じゃね~か。 殺さなきゃいいだろう」 “身を洗ったのは、何時が最後か?” こう問うならば。 呆れる様な答えが返って来ると思える男達。 その中でも、垢染みた顔に毛虱の動く髪を振り乱した男が、ベットを隠すカーテンを引いた。 「おいっ、・・・あ?」 3人は、目の前の様子にボー然とする。 其処には、顔に包帯を巻いた痩せ型の男が寝ていたのだ。 その男は、包帯の間から覗ける瞳を開き。 「何だ? ふあぁぁ…。 人の眠りを妨げて、何か用か?」 すると3人の男達の中で、一番背の高い男がイラついたのか眼を細めで睨む。 「おいっ、此処に女が寝てたろう?」 すると、包帯を顔に巻いた男は片目を上げて。 「お前等に、何の関係が在る?」 「なぁんだとぉぉっ」 欲望を満たせない事に苛立ったのか。 男達が包帯を巻いた人物へ敵意を見せた。 だが、包帯を顔に巻いた人物は、それに身構える事もなく。 「こんな所で問題を起せば、甲板から海へ棄てられても文句は言えないゼ? この船の船長は、“泣く子も黙る”って異名をとるクラウザー・ウィンチ。 女・子供へ悪戯に手を出して、黙ってる様なひ弱者じゃない。 アンタ等、黙って“回れ後ろ”をした方が身の為だぞ」 3人の小汚い男達は、その船長の名前を聞いて目を見張る。 「おっ、おいっ。 クラウザーは、やべえってっ!」 「あぁっ。 悪さを知れたら、マジで海に棄てられるぅ。 俺、前にそんな事をされた奴の事を聞いた事が在るっ」 「やっ・止めるか・・・」 「あぁ、そうしようぜ」 男達3人が、包帯を顔に巻いた男を訝しげに返り見ながら、暗がりの中を別の部屋へと去った。 男達が廊下に消えてより。 「もう、出て来ていいぞ」 包帯を顔に巻いた黒ずくめの男が、足を下ろして前隣のベットに声掛けると…。 「あっ・ありがとうございます」 閉じていたカーテンを開いて、オリヴェッティが顔を覗かせた。 包帯を顔に巻いた男は、指でジェスチャーしながら。 「交替しよう」 ベットを移り変わったオリヴェッティは、包帯男にやや震えた声で。 「何で…、た、助けてくれたの?」 包帯男は、ベットに横に成る途中で動きを止めて。 「助けない方が良かったか?」 「あっ・いえ・・そうじゃなくて………」 俯くオリヴェッティに、包帯男は気の無い声で。 「女の一人旅でも、船旅は特に危険だ。 理由が何にせよ、船旅ぐらいは冒険者としてチームでも組んで移動しろよ。 斡旋所に相談すれば、主が口利きしてくれるだろうに」 するとオリヴェッティは、力の抜ける腰をベットに落としながら。 「口利きの、おっ、お金が無くて…。 何チームか、相談したんだけど。 変な条件ばかり言われて駄目だったの」 寝る態勢に入った包帯男は、ぞんざいな言い方で。 「御宅は、生じ見た目がイイからな。 だから、だ。 ま、駆け出しの冒険者でも集めてチームでも作れ。 もし、この先も変な男に絡まれる様ならば、上の船長室に駆け込めよ。 クラウザーは、見てくれは海賊みたいなジジイだが。 中身は、頗る紳士だ」 オリヴェッティは、その包帯男が不思議な男だと思った。 何処かいい加減に捌けて居ながらに、気持ちとして優しい雰囲気を持っている。 「あのっ。 あの、貴方は・・・冒険者ですか?」 「まぁ、学者って処だな。 薬師の知識も有るがよ」 (が、“学者”っ!!?) オリヴェッティは、魔法の修行を終えて学者の知識も積みたかった。 だが、嘗ての自分の屋敷に有った膨大な書物は、借金の形に全て取られてしまった。 無一文に近い生活と成った彼女が読める本は、街の図書館の本のみ。 自分の知識では、一族が追って来た宝のヒント。 或る紙に書かれた文字の意味を読み解けないと思っている。 今までに何度、“学者”と云う冒険者へ紙に書かれた文書を見せて来たことか。 その先々で騙されて襲われたり、冷たくあしらわれたりした。 「………」 躊躇うのは、今までの無駄と成った過去が脳裏に蘇るからだろう。 だが、自分を助けたこの男に聞きたくて、心がざわめいて、口が動いた。 「あの、貴方は・・ロヴハーツ家って知ってますか?」 オリヴェッティに背を向けて寝た包帯男が、闇の中で少し頭を上げた。 「ん? ロヴハーツ…。 あの没落した学者一族か? 確か、伝説の秘宝を追い求めて、道半ばに消えたって言う……」 (え゙っ、知ってるっ? あ、あぁぁっ、この人は知ってるっ!!) ロヴハーツと云う一族が、没落した事を知ってる者はまぁまぁ多い。 だが、失われた秘宝の事まで知ってる学者には、今まで会った事が無かったオリヴェッティ。 心が、魂が震えた。 「あのっ、これから上で、お話しをしませんか? わっ・私、その一族なの」 すると包帯男は、グルンとオリヴェッティに身体を向けた。 「あの、一族だと?」 「えぇ」 「じゃ、探してるのか? あの秘宝を、一人で?」 オリヴェッティは、包帯の間に覗ける相手の瞳を見て頷いた。 包帯に顔を隠したKは、世界の謎に幾度も関わる。 その最たる一つが、オリヴェッティと共に行く秘宝の捜索。 在るのか。 無いのか。 その真偽を確かめる旅は、時として過去の償いの旅でも在り。 また、世界で蠢く不吉の闇に対峙する事に。 その最初は、オリヴェッティとKの出会いの直後から始まる。 人を見過ごせなくなったKは、オリヴェッティに付き合う事にしたのだった。 【海に轟いた伝説の男と、影に埋もれた伝説の男】 寒い・・。 冷え始めた冬、荒れた海が白亜の大型旅客船を波で持ち上げたり。 また、波の底へと埋没させんが揺り動かす。 強い風に吹かれて飛び交っていた小粒の雨が、薄暗く為った夕闇の中で雪に変わりそうな様相を呈していた。 この白亜の大型船の地下には、数階に渡って雑多なベットばかりが並ぶ共同寝所が在る。 古い木造の床や壁は、外見の美しい白亜の姿からは想像も付かない程に汚い。 ランプの灯りもまだ入れられて無いから、丸で暮れた夕闇の様な中で、鬱葱とした森に踏み込んだ様な暗さが広がっている。 そして、地上の客室に比べると船員の目も届き難い為か。 酒気や隠れて吸われた煙草、男達の体臭、湿った木が吸った臭いが混ざり、何とも微妙な異臭が立ち込める。 此処は、非常に安い寝所だ。 地上部の二階から上には、様々な等級の寝室が数百も在り。 貴族や、商人や、一般の旅人などが宿泊しているのだが。 地下一階から似たような寝所の広がるこの場所は、最低限の運賃で船に運ばれる。 階級的に言うなれば、底辺の旅人が寝泊りする場所なのだ。 訝しげな人々の掃き溜めの様なその場所。 女性も紛れるが、大多数が男。 真っ当な人の道を歩んでいるのかと、疑いたくなる様な者ばかりが多く目立つ。 目付きの悪い訝しげな冒険者に始まり。 黒いローブを頭まで被った怪しい者。 痩せこけた薄気味悪い老婆。 妙に爛れた雰囲気を纏う中年・初老の女性達。 汚れた衣服を着る子供や、その親らしき家族。 社会の底辺で、その日暮しをする様な男の働き手など、その面々はそれぞれに・・。 二段ベットが狭い通りの隙間を残して、数多く敷き詰められた中。 洗濯物を吊るした紐が、ベットからベットへ、ベットから天井の梁へと伸びていたり。 壁際には、フックに掛かったボロ布の様な衣服が在ったり。 その雑多な様子は、まるでどの街にでも在る貧民街(スラム)の様だった。 さて、地下二階の暗い中。 長い黒髪を背中に流す女性は、豊かに突き出た胸元の3番目のブラウスのボタンと外し。 右手の指二つを差し込んだ。 そして、何かを取り出すと。 向かい合うベットの下の段で座り直した、黒い影の様な何者かに差し出す。 「コレ…。 私の曽祖父が書き残したメモなの」 その透き通る様な女性の重み在る声は、大人びた姿を連想させた。 黒いシルエットの様な人物は、女性から受け取った何かを見る。 こんな暗い中で、何が見えるのか解らない。 だが、その渡された物を見つめる人物は・・。 「なるほど、この書かれた文章の意味は、場所を示している。 だが、探すとなれば、東の大陸に渡らないとな。 魔法学院自治領カクトノーズの北へ行く必要が在る」 闇に流れる声は、男の物だ。 静かな物言いだが、まるで何処までも聞こえて行きそうな澄んだ声だった。 女性は、今まで自分の一族が解読出来なかった文章の意味を、渡した紙を見て一瞬にして見抜いた様な男に驚く。 「そんなに、か、簡単に解る事なの?」 相手の男は、紙を女性に返し。 「さぁ。 この意味は、古代から超魔法時代の始まる直前まで、世界の海を股に駆けていた海旅族(ウォーホランダリン)の文明を知らないと無理だ」 女性は、戻された紙を握り締め。 「ウォーホランダリンって・・、あ、あれは海賊の事でしょ?」 「ん…。 ま、一般的には、海旅族は海賊の始祖と云われる。 だが、海旅族は、諸島王国を築いた文明人であり。 その地域で得ていた金や海域資源を奪われ、海を回遊しながら海賊に為らざる得なかった部族なんだ」 オリヴェッティは、初めて聞く話に嘘を吐かれて居る気分になり。 「そんな話、誰も知らないわ? 一体、何処から…」 「それは当然だろうよ。 嘗て、この世界の海岸に点在していた海旅族の地上神殿などは、彼等の国を奪った者達に因って尽(ことごと)く破壊され。 その記憶が留まるのは、地図にも載らない諸島の外れに在る孤島の地下深く。 俺だって、数年前だがその神殿を見つけて、安置された記憶の石を見るまでは解らなかったさ」 オリヴェッティは、声を押し低めながら。 「“記憶の石”って…。 貴方は、魔法が遣えるのですか? 見る所・・杖や指輪などの発動体を持っては居ない様ですが…」 オリヴェッティは、自然魔法を遣う魔術師だ。 今、右手の傍、ベットの上に伸縮可能なステッキが在る。 「俺は、軽い基本魔法を遣えるだけさ。 基本魔法は、古代語さえ知っているなら、特有の魔法では無いから発動体も要らない。 それなりに扱い方を心得る必要は、有るがな」 「でも、古代の神殿に、あの様な貴重なアイテムがそんなに在るのですか?」 「古代の人々にとって、オールドアイテムの代名詞である“記憶の石”は、意思を、記憶を託す唯一の物。 古代神殿を見つけると、大抵出てくる記憶は、過去を知る重要な手掛かり。 まだ発見されてないと思われる神殿は、人の踏み込んでいない場所…。 つまりは、非常に危険な所に在るわけだが。 確かに、手付かずの神殿には多い。 ま、内容にも由るが、俺はそれを持ち帰らなかったがな」 オリヴェッティは、人の知らない発見をして、それを世界に示して証明し。 学者の地位は、世間的に確立すると思っていた。 自分の一族は、数多くの発見をし。 その功績から、世界で名を馳せた学者一族にも成った事が有る。 だからか。 「そんなっ。 だっ・誰も知らない新事実ですよ? 学者として、人に認められる最高の発見では在りませんか。 人の前に持ち出さなければ、証明が出来ないわ」 処が、影の様な男は。 「かもなぁ…。 だが、俺は有名に成る気も無い。 そして、その証明をしたとして、だ。 古代の知識を、今の人間が何処まで正しく利用が出来るかは、疑問だ」 こう云われてしまうと、オリヴェッティも少し俯き。 「それは・・そうかも知れませんが」 「一つを例に挙げるなら。 話に出した海旅族は、今の海賊の様な悪人とは違う。 人を殺めず、金持ちからしか取らず、自然と海を愛した部族だ。 その部族を海賊としたのは、彼等の持つ自然の力や航海技術を欲した魔法遣い達だと云う。 彼等を陥れ、新たに生み出した超魔法で、凄まじい殺戮をして行った…。 俺の見た記憶の石では、諸島の森を焼き、海旅族の住処を破壊し尽した魔術師達が見えた。 そして、その魔術師達が掲げた旗は、諸島王国・モッカグルの旗だったよ」 ビックリする流れから口に手を当て、黙るオリヴェッティ。 “モッカグル”は、今も存在する王国だが。 そんな野蛮で殺伐とした政治はしていない国である。 影の男は、オリヴェッティの様子も当然と云わん頷きをして。 「驚きだろう? 今のモッカグルは、穏やかな情勢が有名な封建王国。 漁業と砂金と塩が有名なだけの国。 だが、未だに王家を守るのは、強力な自然魔法兵団を中心とした王国騎士団であり。 嘗ては、超魔法の時代が終わりを告げた時、国土の人口が9割減ったと云われる。 事実を踏まえるすれば、あの記憶は当て嵌まる」 歴史的には、調べるに値すると察したオリヴェッティは、紙を握った手を見て。 「では、カクトノーズに行けばいいのですね?」 此処で男は、女性に正しく向き。 「あぁ。 処でよ」 「はい?」 「その…、どうだ。 カクトノーズに渡って、海旅族の宝を探すなら。 その宝を夢見て、時代を駆け抜けた男も誘わないか? 信用は出来るし、チームを組むなら面子も欲しいだろう?」 魔法遣いとなる修行の為に、カクトノーズの首都に居た事が有るオリヴェッティ。 世界的に有名な魔法学院に、魔法遣いに成るべくして彼女も入学していた訳だ。 入学からたった5年半で、基本の自然魔法を自在に遣える様に成り。 卒業と同時に学者兼魔術師として、冒険者に成る決意をした。 カクトノーズの国には、学者が多い街や、魔法遣いが商人として住み暮らす街も在る。 其処には、学術的に研究をする者が多く。 歴史や、魔法や、魔法技術を遣った創作等に、彼等は日々を費やしている。 恐らく、この男。 Kと名乗る男が言う人物も、其処に居るのだと思われた。 「そうゆう方がいらっしゃるのですか…。 カクトノーズの何処で、その方と会うのでしょうか?」 すると黒尽くめの男Kは、荷物を持ちながら。 「これから、直ぐに」 「これから、直ぐって・・あ、あの…」 「悪いが、此処では君が、一番の面倒の種だ。 その誘う相手に掛け合って、使わない部屋を一つ借りるぞ」 いきなりの話に話が飲み込めず。 オリヴェッティは、荷物を持つより先にお金が心配に成る。 「えっ、あ? い・今からですか? ですが、私はお金など…」 立ち上がるKは、軽い言い方で。 「その辺は任せろ。 それとも、毎日襲われる危険の在る此処で、残りの日数を過ごすか?」 オリヴェッティは、さっき自分を乱暴しようと遣って来た男達を思い出し。 (面倒は、避けた方がいいかしら) と、提案を飲む事にする。 今、目の前に立つKと云う男が居なければ、自分は男達に乱暴されていたかも知れない。 オリヴェッティは、このKと云う男を信じる事にした。 一応自身も学者と称すのだが、自分一人で謎に包まれた秘宝を探し出せるとは限らないし。 寧ろ、このKが云う事が本当に当たっているのか、知りたく成った。 「解かりました」 少ないながら、衣服などを仕舞った背負い袋を手にしたオリヴェッティは、暗い中でKと云う男の後を付いて行った。       ★ 旅客船の中でも最も大きい部類に入るこの船は、地上部に宿泊出来る客の数だけでも1000人を超える。 その為、船の一階と二階。 そして、地下一階と一階の間の中一階は、地下に泊まる者などが、居る事を憚れる様な思いに駆られる世界が存在していた。 海上特有の強風で、小さな粉雪が乱舞する船の甲板に出てから、船の壁面を抜ける外廊下を行く。 オリヴェッティを連れたKと云う黒尽くめの男は、側面の入り口から一階に踏み込むと…。 優雅な曲が流れ、丸で昼間の様な世界が飛び込んで来る。 「まぁ~ったく。 こんな金掛かる内装してるから、地下の寝泊まり料も高いんだ。 金持ちに、俺達の分でも払わせろよ」 包帯を顔に巻くKは、その豪華な内装に悪態を付いた。 赤い絨毯で敷き詰められた床。 旅人や冒険者に混じり、正装・ドレスアップした上流界の紳士・淑女が歩いている。 火を使う事を極力避けた照明には、明かりの魔法を閉じ込めたクリスタルをシャンデリアや、壁掛けのグラスランプに入れている。 “通路に影が出来るのは、本当に施設の一部や人の立つ足元ぐらいではないか?” と、思わせる程に煌びやかな明かりだ。 一階は、中地下一階の大ホールで行われる舞踏会や、楽師、旅芸人、役者などの行う芸が行われているホールを見下ろせる様にと、吹き抜けを幾つも持った階であり。 壁際には廊下部分が延々と伸び。 奥に軽食から酒まで飲めるバーラウンジ、静かに暇を潰せる図書館も在る。 壁側の通路を歩くKは、オリヴェッティに。 「腹は?」 オリヴェッティは、その中地下一階で行われる舞踏会に目が行っていて。 いきなり話掛けられしまって、返答を詰まり。 「えっ? あっ、お金が・・有りませんので…」 そう聴いたKは、包帯の隙間から覗ける目を笑わせ。 「なら、気にするな。 ま、何か持って上に行こう」 「え?」 オリヴェッティは、この船では何をするにしても金が掛かる事を知っている。 だから、この包帯を顔に巻いた男の言動が、何も理解が出来なくなりそうだった。 (気にするなって…。 お金を持ってますの?) 自分と同じ地下に寝泊りしていた男が、食事の料金を気にするな等とは驚きだ。 そして、心配になり彼の後を行けば。 立食の出来るテーブルのみが置かれたホールと、注文を受けるカウンターが見えた。 カウンターの両サイドには、テーブルがオープンテラスのカフェの様に、奥目の一角に広がる飲食の場も見える。 一応、透明な窓が張られているが。 今日は風が強くて、船の揺れが強い。 波が掛かるまどは、鉄のカバーも掛かり。 外は見えず、バーラウンジも、グラスが持ち易いコップに代わっていた。 夕方を過ぎ。 丁度、夕食時の真っ最中で。 一般客として宿泊する大勢の旅客が居た。 家族連れ、一人の旅行客、冒険者達、吟遊詩人らしき旅人や、楽師、踊り子、旅芸人など様々な様相の人々が、広い絨毯の上のフロアを行き交う。 その様々な人々の出す喧騒を聞くオリヴェッティは、ステッキを握り直し。 「私は、何でも食べれます」 聞いたKは、短く。 「ん、待ってろ」 と、カウンターに向かった。 オリヴェッティは、間近に在る下を見下ろせる手摺り近くの角、鉢植えの観葉植物の脇に下がった。 青々とした長い草が、自分の背丈以上に伸びる。 ヒールを履く訳でも無い彼女は、女性としてはやや背の高い方だが。 その自分の頭を撫でそうに伸びては垂れる植物は、何度見ても珍しいと思えた。 さて。 冒険者などがワイワイやりながらカウンターから席に移動して。 Kは、その空いたカウンターに向かう。 「おきゃ…」 鼻下にチョビ髭を生やし、7:3に分けた髪が白く成る部分を見せる中年の男性は、Kを見て手を止めた。 仕事着の白い料理人の衣服を着た彼だが。 この包帯を顔に巻いたKの事は、直ぐに思い出せた。 「あ゙あっ、アンタは、あの・あの時のっ?」 するとKは、口元に笑みを見せ。 「久しぶりだな。 パンに、ハムとチーズと・・それから野菜を見繕って挟んでくれ」 調理人のその男性は、何故か極度に緊張し。 ゴクリと唾を飲んで。 「俺は、もっ、もう足を洗ったんだ」 「あぁ、解ってる。 俺も、あの殺伐とした頃の家業は捨てた」 「そっ・そうなのか。 てっきり、俺は…」 「小悪党だったアンタを、今更に殺してどうするよ。 真っ当に生きてるんだ、もう詮索などしないさ」 「そそそ・そう、か」 Kは、パンを出したり、ガラスのケースに入れられた具材を、ぎこちない手つきながらトングで取り出す調理人に。 「二人分を頼む。 これから上の船長を訪ねるから、立ち食いだ」 調理パンを作るその男は、少しほぐれた顔で。 「クラウザー様にか。 アンタも顔が広いね」 「まぁ、な。 所で、あの子はどうした? もう、18ぐらいに成っただろう?」 「あぁ。 来月、結婚するんだ。 宿屋を営む家の長男の所に…。 花嫁衣裳ぐらいは、父親代わりとして出してやりたいからな。 借金してでも、なんとかするさ」 「出来る事は…か?」 「あぁ。 俺の、俺なりの罪滅ぼしだ」 「そうか」 「ホレ。 サービスで、一種類多く巻いた。 代金はいいよ」 男性の調理人は、ザラ紙(灰色の安い紙)にパンを包んで二つ出す。 Kは、それを受け取る前に。 「なら、コレは俺からの餞別だ。 今のアンタなら、コレで身を崩すまい」 と、光る石を出した。 「あっ、こりゃ・・・」 調理人の男性に差し出されたのは、二本指で掴める大きさのキュービックゴールドだ。 金塊の最小形だが、軽く見積もっても値段は数百シフォン以上するだろう。 「あ」 男性は、その金塊の受け取りを拒もうとしたが、もう目の前にKは居ない。 「身を崩すな。 アンタは、真っ当な道に戻ったんだからな」 Kの声だけが、何故か聞こえた。 (かっ、変わった………) 男性は、次の客が前に来るのに合わせて、キュービックゴールドを仕舞った。 内心に思うのは、悪魔の如く恐ろしかったあの男が、丸で神の如く穏やかに成っていた事である。 貰った金は、自分が命を殺めてしまった者の遺族である娘に、全てくれてやる気だった。 悪友と云う親友の娘だ。 その晴れ姿は、殺めた奴の代わりに見たかった。 Kは、男二人に声を掛けられていたオリヴェッティの元に向かう。 「すみません、仲間が来たので…」 絡まれ困っていたオリヴェッティは、Kの姿を見れて足早に男二人の前から立ち去る。 Kを見返り、睨む冒険者風体のやさぐれた男二人。 (好きだねぇ~。 つか、まぁ~ずその危ない面から直せ) 冒険者二人の睨み目を見ても、せせら笑いしか出なかったK。 来たオリヴェッティにパンを渡し。 「ホレ。 上に行くぞ」 「あ、ありがとう」 何も詮索されず、ヒョイとパンを渡される事が。 オリヴェッティからすると不自然過ぎる自然な様子で、彼女も拍子抜けしてしまう。 だが、パンから香る鶏肉を焼いた香ばしい香りと、マスタードバターの香りがガーリックのタレに混ざり。 酷く空腹の今、食欲を突いて刺激する。 (嗚呼…。 男性の誘惑は何とも思いませんが。 この美味しそうな匂いの誘惑には、到底勝てませんわ) 朝から何も食べず、僅かな飴の欠片と水だけだった。 このパンの匂いは、正直な処で嬉しかった。        ★ Kとオリヴェッティが二階に上がれば、モダンな黒と赤を基調とした様相に、落ち着きの垂れ込める空間が広がる。 上に行く階段を求め、長い廊下に入れば。 等間隔で各部屋に行く扉や黒い壁側と、海を見渡せる窓ガラス側が現れ。 赤い絨毯の廊下を行けば、壁に掛かった瓦版、絵画、風景画と詩、各国の大型劇場で催される劇や音楽会の宣伝などが額縁で貼られ。 部屋に入る扉と扉の間を埋める。 さて。 操舵室や船長室の在る最上階の一つ手前の階へは、どの階段で行っても中央階段を最後に上らないといけないらしい。 Kは、大して船内経路図を見る事も無く。 最短で行く経路を歩んでいた。 三階に上がれば、幅広い廊下と、扉と扉の間隔が広い中部屋になり。 五階に上がれば、大部屋であるリッチな内装の個室が、廊下を隔てた個々に独立する。 余談だが、全7階と地図に表示される船内。 だがしかし、地下の一部は隔離船室として階層に入っていない。 船内案内地図に載せる必要の無い、簡単な造りで有る事も確かだが。 船を運営する船主の、差別的な意思も含まれて居る様だ。 醜い部分を地図にすら載せないのは、権力を持つ人の見栄なのかもしれない。 それから五階へ上がる手前に来て。 オリヴェッティは、黒いスーツにマントを羽織るナイスミドルな男性と擦れ違うのだが。 甘く流し目を受けて、返って嫌だった。 (なんだか、誘われるの気味悪い…) 大金持ちらしい身形の恰幅な初老男性が、嫌に露出の多い若く淫靡な金髪女性の肩を抱いて歩いていたり。 神経質そうなインテリ然とした貴族風男性が、休憩場でソファーに座って本を読んでいる。 室内で読めばいいものを、何で此処に来ているのかと思えてしまった。 何を見るにしても不安気なオリヴェッティに、Kは脇目を向けながら。 「変わった奴、多いだろ?」 「えぇ・・。 下の方が、居心地良さそう」 「はっ。 金持ちは、どうも何かが少しずつズレていくみたいだ。 ま、長い船旅に成ると、だんだん普段のテメェが日常に出る。 女狂い、人付き合いの上手・下手、孤独好き・・。 意外に、この階層は人間観察には持って来いだ」 「そうですね」 と、横を向いたオリヴェッティだが・・。 彼女は、ふと見た方で目を見開く。 大きな窓を前にした廊下の曲がり角で、身なりの良い若者と、少し年増と思えるセクシーなドレスに身を包んだ女性の二人が、急に見つめ合う格好から抱き合い。 人目も憚らず、濃厚な口付けを交わすのを見てしまったのだ。 (あっ、嘘…) 恥ずかしくなって、パッと目を背ける。 人前でのこうゆう行為には、なんとも嫌な思いを抱く。 初(うぶ)と云うより、男性とのキスなどの肉体を重ねる行為に、彼女自身イイ思い出が無いのが原因かもしれない。 (何で・・嫌なのかしら…) まだ20歳の自分だ。 熱烈な恋愛でもして、誰かと周りを忘れて愛し合う事が在ったとしても。 それはそれで、決して悪いとは思っていないのに……。 Kは、やや薄暗い明かりの照明のみが光る階段前で。 「さ、この上にクラウザーが居る。 海の兵(つわもの)とのご対面だ」 オリヴェッティは、不安な顔をそのままに。 「こ・怖い・・人ですか?」 階段に一歩踏み出したKは、そのまま止まり。 「悪いヤツと横暴なヤツには、な。 君には、多分はぁ~紳士に見えるかも」 「そう、そう・ですか」 Kは、口元を微笑ませて階段を上りだした。 オリヴェッティは、そんなKの背中を見て階段に踏み出す。 上の階に上がったKは、踊り場から真っ直ぐ扉に向かう境でオリヴェッティを待って。 そして、彼女を連れて白い扉を押し開いた。 いきなり扉が開いたので、操舵室の中で働く者達は、一斉にKとオリヴェッティを見て来た。 入り口間近の横に在る白い机に向かい、紙に何かをを書き込んでいた人物が居る。 小柄な体躯をして、着流せる白と蒼の模様で彩られたオーバーコートを着ていた。 その人物は、顔を上げてKとオリヴェッティを見ては、強面の右目に眼帯をした顔をKに向け。 「お客さん、いきなり入って来られたら困る。 用件が在るなら、下の支配人にでも言ってくれ」 然し、Kは操舵室を見回しながら。 「いや、支配人じゃ話に成らん。 クラウザーは、何処だ? 知り合いだが、ちっと込み入った話が有る」 すると、小柄で眼帯をするイカリ肩の中年男性は、Kの方に踏み寄り。 「知り合いと云う証明は?」 Kは、苦い笑みを浮かべ。 「本人に逢わせりゃ解るだろ? 元、“P”(パーフェクト)と名乗ってた男が来たと言えば、死んでなきゃ会うさ」 オリヴェッティは、その話を真後ろで聞いていて。 (パーフェクト? この人、名前が無いの?) と、思う。 この世界には、コードネームで呼ばせる冒険者が時々に居る。 だが、幾つも変えると云う事は、背中(かこ)に古い傷を持つと云う事でも有る。 一体、このKと云う人物が何者なのか。 オリヴェッティは、益々解らなく成った。 Kに向かって近付いた眼帯船員は、 「面倒な、下に居ろっ。 後で取り付くっ」 と、Kを追い出しに掛かるのだが。 「あっ!」 Kに掴み掛かったつもりだったのに、何故か空気を掴んでしまい。 つんのめる様にオリヴェッティの前に。 見ていたオリヴェッティも、Kが捕まれたと思ったのに。 急に眼帯をした船員が見えたので。 「嘘っ」 と、驚いてしまう。 Kは、操舵室で船を動かす魔法遣いなどが、杖を構え掛けるのも見捨て。 「クラウザー、姿を見せろ。 海賊として貶められた海旅族の秘宝、今一度、探す気は無いか?」 と、声を響かせる。 すると…。 「久しぶりに逢いに来たと思ったら・・。 期待以上の手土産を引っ提げるな。 フフフ…。 お主と逢う時は、退屈と云う言葉はゴミ箱に入れないとイカン」 扉の左側。 曲がった内に在る階段から、老いた野太い男性の声がする。 Kは、その方に顔を横顔で向け。 「やっぱり、上の船長室だったか。 おいおい、まだ夜の始まりだぜ? 隠居じいさんみたいに早寝とは、驚きだねぇ」 と、軽口を叩く。 眼帯をした船員がそれを聞き、 「おいっ! 貴様っ、クラウザー様になんて口利きやがるっ!!」 と、怒り。 その声に反応して、屈強な体格をした船員2・3人も威嚇の様子を伺わせた。 処が、だ。 左側から歩いて来た男性は。 「止さないか。 此処に居る全員が束に成ったって、その男は殺せない。 “始末屋”・“闇の冒険者”として、世界の悪事や不可能な無理難題を全て解決した化けモンだぞ」 と、云ってから。 眼帯船員に目を合わせ、 「カルロス。 少し血気が逸り過ぎだぞ」 と、注意を付ける。 オリヴェッティは、Kを見て。 (え? こんな・・細い人が?) と、驚いた気持ちは、この場に居る全員の思いだろう。 一応、褒められたKだが。 「“海の兵、下ろした碇の如く”と称えられたアンタが、俺をそう云うかい?」 と、問題の人物に向く。 「うはは、昔の話さ。 お前さんみたく、現役バリバリと云うにはいかねぇ~よ」 そう豪快な言い方をする人物を見るオリヴェッティ。 噂に聞いた、嘗ては偉大な大船団の船長だった男を瞳に映した。 Kの前まで遣って来た男性は、Kより頭一つ半は高い偉丈夫だ。 引き締まった身体つきは、嘗ての逞しい身体を伺い知る事が出来る。 白いマーメイドの刺繍を背に入れたロングコートを羽織り。 黒いYネックのシャツに、白いズボン。 船長のみが許される帽子は、独特な形をする黒くツバの立派な物。 日焼けした肌、白くなった髪を後ろに流し、男らしさと頑固さの覗える顔は、何とも老いて尚も魅力の香る男前だ。 渋みが効く、苦み走ったと云うのは、こうゆう人物を云うのだろう。 〔クラウザー・ウィンチ〕。 世界の海を知り尽くし。 時には大嵐を切り抜け、時には迫り来る幽霊船を振り切り。 その身一つで、50とも、100とも云われる大船団を率いた“大海原の主”、“海の兵”と渾名され。 頑固で男気溢れるその気の強さと対する落ち着きには、“下ろした碇の如く”と喩えられた。 クラウザーは、Kに。 「旅客名簿に、お前の名前は無かったぞ」 Kは、ぞんざいな様子ながら親しげに。 「今は、“K”と名乗ってる。 それに、泊まってたのは、地下だ」 その話を聞いたクラウザーは、驚く様な、呆れる様な顔で。 「おいおい。 まさかお前さんが、特等室料金をも払えない訳が無いだろう。 今だに、ホレ。 遊ぶ女連れて居るじゃないか」 と、顔でオリヴェッティを示す。 Kの愛人の様に思われ、困った様に顔を赤らめるオリヴェッティだが…。 K自身は、只々に苦笑い。 「クラウザー、止せ止せ。 名前を変えた以上、もう過去のバカは遣らかさん。 女も辞めた。 酒も、裏家業も、な」 クラウザーは、やはり苦労人だ。 Kの語りを聞いて、何かを悟ったのだろう。 「な~る、悪魔の様なお主だったが。 今は、丸で別人の気配…。 お互い、年月で変わったな」 Kは、そんなクラウザーの目を見て。 「クラウザー、アンタその目」 「ん?」 「保(も)って、どの位だ?」 クラウザーも、Kに自分を見透かされた事を悟り。 ホロ苦く微笑んでは、 「ふふふ。 後、何度か桜や雪を見れるかな」 Kは、小さく頷き。 「そうか…。 ま、いいや。 それより、土産を持って来た」 と、云うと。 オリヴェッティを見て。 「オリヴェッティ。 クラウザーに、あの紙を見せて遣ってくれ」 「え?」 驚く彼女だが、Kは。 「大丈夫。 このクラウザーは、俺より信用出来る」 「あっ、はい」 オリヴェッティは、詩の書かれた紙を取り出し、クラウザーに近付いては差し出す。 クラウザーは、オリヴェッティの目を見抜いて。 「いい女だ。 北西の血を引く肌に、その知的で澄んだ瞳。 中々、意思の強そうな娘だの」 Kは、紙を受け取るクラウザーに。 「ホレ、50年ほど前にか。 “嘘吐き”呼ばわりされた、あのロヴハーツ家の娘さ。 もう、ハルベールの家族は、この彼女しか居ないらしい」 オリヴェッティは、自分の曾(ひい)お祖父さんに当たる人物の名前を出され。 心底に驚き、Kとクラウザーを交互に見つめては。 「し、知って・る、の?」 すると、紙に書かれた詩を見たクラウザーも。 「知ってるさ。 ワシは、特にな」 と、云いながら、詩を目で読み。 「ん……。 やっぱり、あの時に尻尾を掴んでたのか。 俺も、今になればこの意味が解る。 ふぅ…。 老い先短いこの場で、夢をまた見るとは、な」 沁々と紙を見つめるクラウザーを見たK。 少しの沈黙を置き。 「なぁ、一緒に来るか? 在るか、無いか。 確かめて見るか?」 クラウザーは、自分の元にKが来たのを不思議がった。 意味は解るが、自分の知る嘗ての悪魔の様だったKなら、こんな真似はしない筈である。 だから、自然と疑問が口を滑る。 「お主、ワシをわざわざ誘いに?」 微笑するKは、オリヴェッティを見て。 「彼女は、どん底まで落ちても諦めていない。 丸で過去のアンタの様に……」 と、云った処で話を止め。 今度は、クラウザーを見ると。 「アンタもまた、諦め切れないから船長をしてる。 こんな閑職の様な客船でもな。 心残りは、少ない方がいいだろ? ン年前、俺に夢を語ったアンタは、未だまだ生きてる」 Kに見られ、俯き紙を再度見たクラウザーは。 「ふん。 まったく、苦笑いしか出ないぐらいに見透かされるな。 だが俺も、最後に男をもう一花咲かせられるかも知れん。 フフ・・フフフ。 久しぶりだな、心が熱く為るのは」 Kは、今度は軽く笑い。 「はっ。 老けて呆けるには、チィ~っと早過ぎるさ」 クラウザーも、今度は本気でニヤリと笑い。 「ぬかせよ。 小僧に舐められるまでは、コチとら耄碌(もうろく)してないぞ」 Kとクラウザーは、不思議なまでに見えぬ意思の疎通をして。 お互いに笑うのだった。 オリヴェッティは、そんな二人が何処か面白く。 何処か、可愛いと思えた。 (なんだか、似てるわ。 この二人………) と、微笑が滲んだ。  【道は一つ カクトノーズへ】 その日の夜。 船の一階では、パーティーも盛り上がり。 一般客の大半がショーや劇を観て居る頃。 クラウザーは、Kとオリヴェッティを連れて、随分と広々とした素晴らしい部屋に案内する。 部屋に入ったKが、基本魔法のスペルで部屋の明かりを点けた。 オリヴェッティは、その豪華絢爛な部屋に案内され。 「あのっ!! わっ・私達はっ、お金無いんですよ!」 と、クラウザーに怯えた声で云った。 だが、中に入るKは。 「大丈夫だ。 どうせ、“開かずの間”だろ? 此処」 クラウザーも中に入り。 「おう、そうだ」 と、言ってから、Kの点けた灯りの入ったシャンデリアを見上げ。 「使ったのが半年前のわりに、魔法の水晶も生きてやがるな」 Kが魔法を発動させたのである。 Kは、開かれた入り口で突っ立つオリヴェッティに。 「早く入れ。 此処に人が入るのを見られるのはマズい」 「えっ? あっ、はいっ」 オリヴェッティは、Kに言われて慌てる様に中に入る。 オリヴェッティが入った後、直ぐに廊下を確認してドアを閉めたクラウザー。 部屋の奥の窓脇に荷物を置くKは、 「オリヴェッティ。 この部屋の場所は、他言無用。 誰にも喋るなよ」 赤と金の糸で、薔薇の刺繍が施された素晴らしいソファーを見入るオリヴェッティは、Kに急に言われて。 「あ、え? えぇ・・はい」 と、なんとか了解を。 Kは、窓の外を舞う雪を見てから、オリヴェッティに向き。 「この部屋はな、訳有りの人を匿う部屋だ。 等級三ツ星以上の部屋が在る客船には、大抵こうゆう部屋が有る」 部屋を見回すオリヴェッティは、その話を受けて。 「訳有り・・ですか」 「あぁ。 今、西の大陸以外は、国の情勢は穏やかだがな。 戦争(ドンパチ)をやってた昔には、諍いの起こってた国から、然るべき身分の方々が逃げて来たりしたのさ。 王家の一族や、貴族の亡命。 今だって、命を狙われる人物も、偶に紛れて来る。 様々な状況に合わせ、切羽詰った時に匿う場所が必要に成るんだよ。 な、クラウザー」 暖炉に火の代わりに、船内の一部で使う蒸気で温められた風を取り込む穴を開けたクラウザーは、 「その通りだ。 数年前、どこぞのお姫様を連れて御主が、俺の持ってた客船に転がり込んで来たが…。 それが実にいい例だ」 過去に触られても、Kは知らん顔の様に。 「そうだったか?」 戯言を聞いた気のするクラウザーは、目を細めては呆れ。 「おいおい。 その姫様を食い散らかして、更に大事へしたのはどいつだ?」 「覚えてないな。 大体、求めて来たのは、向こうだし」 オリヴェッティとクラウザーは、二人して。 “覚えてるとし思えないが?” と、細めた目でKを見た。 気を改めてオリヴェッティは、部屋を見回し。 「ですが、この様に隠された部屋が在るとは・・。 ですから入り口が、壁の曲がった行き止まりに隠されいる訳ですね?」 Kは、すんなり。 「そうだ」 クラウザーは、奥の階段から船長室に行けるので。 「では、待っててくれい。 湯ぐらいは持ってくる」 Kは、部屋の奥に廊下が在るのを見て。 「なんだ、船長室と繋がってるのか? なら、船長室から来ても良かっただろうに。 まさか、アンタ以外は知らんのか?」 クラウザーは、40半ば程も年の離れたKにタメ口で言われると、平静のドスの利いた声に成り。 「当たり前だろがよ。 この部屋の事は、作った大工、船長、持ち主のみの情報だ」 「ほぉ~、覚えてなかった」 「お前ぇって奴は…。 本来ならな。 この部屋は、一度使ったら部分改修して、入り口を変えるのが掟なんだぞ」 「部屋の存在自体の秘密を、限定した範囲にする為にか」 「そうだ」 「なら、何でこの部屋にしたんだ? 他の空き部屋でいいじゃないか」 クラウザーは、此処で微笑み。 「あの宝の話だ。 お前と長く話すに、一々下の部屋では面倒であろうが。 俺は、通い妻などしたくない。 70過ぎてるんだぞ」 「はっ、プライド優先かいな」 「当たり前だ」 クラウザーは、Kにニヒルな笑みを見せ。 部屋の奥に在る廊下に消えて行く。 見送ったKは、一人用のソファーに向かいながら。 「クラウザーの奴も、随分と嬉しそうだな。 ま、60年近く追い求めた宝だからな。 それも、当然か」 オリヴェッティは、自分達一家以外に、失われた秘宝を探す人が居るのだと知り。 「あのお方は、何で秘宝の事を?」 ソファーにドッカリ座ったKは、オリヴェッティを見て。 「不思議か?」 オリヴェッティも、Kと話すべく3人掛けのソファーに腰を下ろし。 「えぇ。 だって・・。 他の学者と云う方へ幾ら訊ねても、秘宝の事は御伽噺の様にしか思って居ませんでした。 海の漁師や、船乗りにだって聞き回ったのに…」 血の滲む様な苦労と、女の身を狙われた過去。 答えが見つからず、一途に求める意地と一家の過去が無ければ、直ぐに諦めてしまうと思えた。 Kは、唐突にシャンデリアを見上げながら、オリヴェッティの耳慣れぬ言語で何かを喋る。 まるで、詩文を読む様で。 「ケイさん、その言葉は・・、詩(うた)ですか?」 オリヴェッティに目を戻し、深く背凭れに身を預けてK。 優雅に足を組むと。 「君の持ってる紙に書かれた詩さ」 「え?」 「この語りは、似た様な発音で子守唄に変わってる地域がある。 昔の詩として伝わっているがな」 オリヴェッティは、全く意味が解らなくなって。 「昔から伝わる子守唄…。 、それが秘宝の手掛かりなんですか? もしかして、私の一族は、何か間違っていたのでは?」 Kの話を聞いて、彼女がこう言うのも無理は無かった。 何故なら、世界に古代の詩が幾つか伝わっている。 豊穣を願う詩、神々を讃える歌、子守唄、ハーヴェストを喜ぶ詩がそれだ。 今の言語に訳されている地域も在るが。 吟遊詩人や歌姫は、昔の古代語のままに歌う。 その古代語も、地方や大陸で異なっており。 理解するには、中々複雑な知識が必要となって来る。 衝撃を受け、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませるオリヴェッティ。 オリヴェッティは、自分の一族が間違い。 “何も無い只の詩を、さも秘宝の手掛かりだと思い込んでしまったのではないか” と、思えた。 Kは、緩やかに微笑み。 左肘を肘当てに預けると。 「その逆だ、オリヴェッティ」 「え?」 「この詩は、海旅族が立ち寄ったと言い伝えの残る漁村や、港にのみ伝わる。 君の曽祖父ハルベールは、海旅族の事を調べ回っていた。 それが、ある時に酔っ払って。 今の言語で唄われていた子守唄を、古代語に変えてみたらしい。 すると、その内容はちぐはぐで、文章に成らない事が解った」 「そんなっ。 では、この詩は一体?」 「ハルベールと云う人物は、古代語に変換する事で気付いたんだ。 元は別の詩だった物が、言語を知らない現地人に因って、間違った子守唄に摩り替わっていたのではないか・・・とな」 告げられた瞬間。 オリヴェッティは、恐らく曽祖父が気付いた時に感じた震えと衝撃を、自分も感じた気がする。 震える手つきで紙を持ち上げ、焦る手で広げる。 (この詩文って・・嗚呼、そう云えば子守唄じゃないわっ) [星の泣く夜 金色の太陽 高き空に光る   明ける陽は 子の後に昇りて望み その佇む丘は 我が鏡を埋し場所] 書かれた詩文の様な文字を見るオリヴェッティ。 意味が解らないが、フッとKに顔を上げて。 「では、この意味が解るクラウザーさんは、貴方と同じ学者なのですか? それとも、貴方が……」 「いや、俺が教えた訳じゃない」 「でっ・でも、あの人は曽祖父の事を知っている素振りだったわっ」 Kは、中々帰って来ないクラウザーなので。 「クラウザーって男はな、見た目以上に凄まじい苦労人だぁ」 唐突に話を変えられた。 オリヴェッティは、返す言葉を心の中で粗探しして。 「それは、見てからに…」 「ん」 頷くKは、一呼吸置いてから。 「実は、な。 クラウザーは、親の顔を知らん。 生まれた夜に、孤児院に預けられたとさ」 「まぁ、それは…」 「だが、クラウザーの苦労にしてみれば、それは始まりに過ぎない。 6歳の頃、人扶出しに奴隷を斡旋する人攫いに孤児院を襲われ。 親代わりだった夫婦を殺された上に、孤児院の子供達共々と誘拐されたそうだ。 クラウザーは、その孤児院の最年少で。 殺された中年の夫婦とは、一緒の部屋に寝ていたらしい」 「えっ? じゃぁ、まさか・・殺される現場も?」 「あぁ。 夫婦の夫は、直ぐに殺され。 殴り倒されたクラウザーの前で、奥さんは酷い仕打ちの上に殺された…。 クラウザーの心に、初めて怒りと殺意が湧き上がった瞬間だったらしい」 「なんて、酷いっ」 オリヴェッティは、想像も出来ない有様だったと声が掠れた。 口元に手を当てた時、自分の身に襲い掛かった学者の事を思い出す。 「だな。 誘拐された後も暴れたクラウザーは、反抗する子供として、劣悪な環境で12まで育った。 そんな環境下で、必死に生きたその希望は、親代わりだった二人。 そして、攫われた仲間達との絆だけだったとさ」 「酷い扱いだったのでしょうね・・。 想像もつかない」 「大抵の人がそうだろう。 だが、12歳に成ったクラウザーは、遂に誘拐した悪党達を討つチャンスを得た。 生まれて初めて、人を殺した時だ」 「人攫いを?」 「おう。 こっそり逃げ出したクラウザーは、悪党達が飲む酒瓶に毒を混ぜた。 飲んだ奴等がのた打ち回る中で、仲間や一緒に囚われていた子供達を逃がし。 その山間に隠れた人攫いの塒である屋敷に、火を放ったみたいだ。 毒で苦しんだ人攫い達は、殆ど全員が死んだとよ」 オリヴェッティは、自分の過去が霞みそうな過酷な話だと俯く。 Kは、更に話を続け。 「逃げたクラウザーは、追っ手を恐れた。 仲間などは、大きな街の在る方に先に逃がし。 最後まで残ったクラウザーは、育ての親を殺した奴等に態々止めを刺すまで残っていたからな。 だから、一人だけ山越えをした。 血に飢えた獣から逃げ、モンスターから身を隠し。 漸く15日後に、北の大陸の東方、マーケット・ハーナスの街道に出たとか。 其処から漁村に流れ着き。 身寄りの無い子供として、神殿に助けられた」 「それから、船乗りを?」 「らしい。 クラウザーが云うに、其処で船の操りを覚えた様だ。 そして、16歳の頃。 君の曽祖父のハルベールと会う」 「えっ? 曽祖父と・・本当に知り合いだったのですか?」 「そう~だ。 マーケット・ハーナスの東側沿岸には、小さな島が多数も密集している。 まだ、詩文の意味を解らないハルベールは、小さな島々を探検したいと漁村に滞在し。 そのハルベールに、小船を操る船頭として雇われたのが…」 と、Kが云い掛けた処で。 「ワシだ」 クラウザーの声がする。 オリヴェッティが、クラウザーの姿を確認する。 卵型の湯気が上がる薬缶を右手に、菓子やパン等の物をバスケットに入れた物も持っていた。 Kは、一階で貰ったパンを何時の間にか持っていて。 「クラウザー、話を代わってくれ。 腹減った」 「ん。 紅茶は、向こうの引き出しだ。 カップは、その隣の棚だ」 「おいさ。 茶の用意は、俺がしよう」 二人の動きは、とても自然だった。 オリヴェッティから見ても、この年の差の離れた二人の男は、お互いにお互いを認め合っている様な。 そんな印象を受けた。 さて。 席を代わったクラウザーは、オリヴェッティの全身を見回し。 「君は、ハルベールとは随分違うの」 恐縮と初対面の緊張から、オリヴェッティはぎこちなく。 「そうでしょうか・・。 あ、男性と女性の、性別の違いも在りますから。 多分………」 自分で何を言ってるのか、良く判らないオリヴェッティだが。 クラウザーは、好々爺の笑みで。 「いや、それ以前の問題さ」 「え?」 「君の曽祖父ハルベールを見て、村の誰もが協力を断った」 オリヴェッティは、話が見えず。 「それは、一体どうゆう?」 「ん。 君の曽祖父のハルベールは、冒険者のチームを雇って来た。 神経質そうな、少し怒り顔の紳士…。 それが、ハルベールの第一印象だったよ」 オリヴェッティは、顔も知らぬ名前だけしか記憶にない曽祖父を想像し。 「あ。 何か、ご迷惑でも?」 クラウザーは、涼やかに少し鼻で笑い。 「フッ。 その存在自体がな。 まぁ、迷惑と云えた。 何せ、外部の人間と言ったら、魚を買う商人が来るだけの鄙びた漁村だ。 いきなり来て、沿岸に見える島の全てを捜索するから、仕事そっちのけで協力してくれと云われても、なぁ。 皆、日課の様な漁師仕事も在るし。 急に来た学者サマに協力するほど、社交的な開かれた村では無かったからさ」 オリヴェッティは、済まなそうに俯いては。 「あ、嗚呼…。 そうですか。 父から聞いた話では、曽祖父のハルベールと云う人が、家財の全てを秘宝探しに投じてしまったと…。 秘宝を一番強く信じた人で、その為なら見境が無くなる人だったと聞いています」 「なぁ~る。 そのまんまだな」 「私の祖父も、父も、秘宝を探しながらトレジャーハンターをしていました。 小さな発見の功績は、ハルベール以前の先祖に塗られた、数々の不名誉で掻き消され。 僅かに見つけた財宝は、借金に消えました。 私が女だったばっかりに、返済能力は無いと判断され。 家も、本も、全て取り上げられました。 私には、もうこの紙切れ一枚しか無く。 唯一の財産です」 二人の間に、Kが紅茶を入れて出す。 貴婦人の装飾が入った白と桃色のカップがオリヴェッティで。 雄雄しき騎士の紋が入った白と蒼のカップがクラウザー。 クラウザーは、苦労の人生を歩んでいる若き学者の彼女を見て。 「大変じゃな。 生まれる場が違えば、貴族も、商人も、様々に在ろうが。 ま。 それが人の運命かも知れぬ」 「…ですね」 場がしんみりした。 Kは、パンを手に、壁に避けられた椅子に腰を下ろす。 クラウザーは、そんな何も云わぬKを横目に見て。 (随分に変わったな。 前なら、話を進める催促でもしたのに、の) と、思ってから。 「さぁ、続きを話すか」 オリヴェッティは、そう云われて。 「あ、はい」 と、顔を上げた。 「孤島に行きたがったハルベールは、村民に協力を断られた。 だが、ハルベール達が泊った宿場が、村の入り口に在ってな。 その宿屋の裏庭に在った納屋に間借りしていたのが、若い頃のワシじゃった。 16のピチピチしたイケメンだったよ」 何とも穏やかな顔で、そんな事を平然と云うクラウザー。 Kは、パンを噛みながら横を向き。 (テメェで、ピチピチとか云うか?) と、呆れ笑い。 オリヴェッティも、いきなりの話にキョトンとする。 オリヴェッティの顔が和らいだのを見て、クラウザーは話を続ける。 「そなたの曽祖父が、困り果てて宿に泊まった。 その宿を営むのは、神殿に使える司祭殿の弟でな。 しかも、神殿と宿屋は併設され、同じ敷地に在った」 オリヴェッティは、経験上から。 「神殿と宿が一緒だったり、付随するのは、村では、結構多いですね」 「うん。 さて、その夜の事じゃ。 宿の食堂に食事をしに来た司祭殿は、ちょうど居合わせたハルベールの話を聞き。 同じく食堂の外れに居たワシに、船頭を斡旋して来よった。 ワシもこの司祭殿一家には、相当に世話に成ったからな。 500シフォンで、船の船頭を引き受けた」 「なるほど、それで知り合いだったのですか」 「あぁ。 島を回る中、流石に学者として優秀なハルベールは、島に伝わる昔話や民謡を細かく書き留め。 船の上で、色々と思案しとったわい。 小さな孤島でも、隠れたモンスターも居る。 村の者は、態と魚の一部を海に撒き。 モンスターが人を襲わん様にしていたがな。 時折、迷って来る交易船が島に漂着し。 モンスターに襲われてしまう事も在った」 「では、祖父も?」 「ワシの記憶しているだけで、10回は襲われたな。 一緒の冒険者チームは、まぁまぁだった。 ハルベール自身が魔想魔術を扱えたから、なんとか切り抜けてたって印象だったよ」 「………」 オリヴェッティは、歴代の一族の中でも、特に優れた魔力を持っていたとも云われる曽祖父を思った。 クラウザーも、また。 当時を思い出す事に懐かしさを覚えるままに。 「大雨や、冒険者達の怪我も有った。 全ての島を回って・・そうさなぁ~、二月ほど掛かったか。 ワシの居た漁村に来る前にも、一月ほど別の村で滞在していたらしいが。 十分に用意したと云ってた二十万シフォンもの旅費を、正に使い切る手前頃だったな」 オリヴェッティは、額が額だと驚き。 口に手を当てるのが精一杯。 Kも。 (学者としては優秀でも。 計画性と云うか、拘ら無さ過ぎる性格なんだろうな。 すげぇ額だ) と、苦笑が滲む。 自分ならば、その十分の一で足りると思う。 クラウザーは、湯気を上げる紅茶を啜り。 「いい匂いだ」 と、Kにカップを持ち上げて見せてから。 「さて。 島を見回り終えてから、数日後のある夜。 ハルベールは、何故かワシを起こして、一緒に酒を飲ませた。 旅に疲れて来たハルベールは、最初に村へ来た頃の人物とは少し違っていてな。 秘宝に関する詳細な説明を、ワシに話した。 正直、冒険談込みだったから驚きだったな。 冒険者にすらしなかった話を、ワシにしたんだ」 オリヴェッティは、気さくさを感じるクラウザーを見て。 「なんとなく、解る気がしますわ」 「フフフ、そうか? ま、武術の心得も無いワシだったが、櫂を片手にモンスターとも遣り合った。 ある意味、戦友の様な間が出来上がりつつ在ったのかも知れん」 「三ヶ月は、長いですものね」 「あぁ。 彼を見ていて、怒ってるか、平静か。 当時のワシは、見分けられる様に為ってたからな。 あはは」 オリヴェッティは、クラウザーと云う人物の魅力に触れ出した気がする。 なんとも飄々とする部分と、豪気と云うか豪快と云うか、心の大きさをも持っている人物だと思える。 確かに、一緒に行動を共にするなら、こうゆう人物は信用が出来て安心だろう。 微笑を取り戻したオリヴェッティに、クラウザーは。 「先ほど見せて貰った紙。 あれに書かれていたのは、その村で唄われていた子守唄だ。 あの夜、酒を飲みながらハルベールは言った」 “この歌、不思議な事に他にも在るんだ。 海旅族が利用していた海岸近くの漁村で、此処とは大陸の正反対。 西のギャンブルで成り立つ王国付近で、だ。 大陸の左右に分かれた場所でも、海を挟んだだけなら、隣同士。 恐らく、何らかの繋がりが在りそうだ” 「とな」 「それが、この詩ですか?」 「あぁ。 子守唄を書いた手帳を見るハルベールに、ワシは言った。 似たような詩で、歌の曲調も一緒なら、言葉に何か共通の意味が在るんじゃないか・・とな。 ハルベールは、それに同意して笑った。 だが、詩を見ている内に、何かを閃いたのだろう。 急にグラスを置き、他の国の漁村で書き取った子守唄と合わせ、何度も見比べた。 そして、当時のワシに言ったのさ」 “オ~ルモ・ソシア・フォモナム” 「とな。 その意味は、ワシには解らないがな。 喜んでいたのだけは、確かだった」 オリヴェッティは、世界共用の古代の言語だと解り。 「“良く遣った、友よ”?」 と、言語訳を呟けば。 Kは、口のパンを飲み込み。 「・・当時のハルベールって人物の気持ちからするなら、“でかした、相棒”。 かもな」 クラウザーとKは、お互いで見合っては食えない笑みを口に浮かべた。 クラウザーは、Kからオリヴェッティに顔を移しながら。 「フン、なるほど。 様子を思えば、まぁ、そんな所か」 と、言ってから。 「何かに気付いたハルベールは、一気に酒を呷って」 “私は、これから研究だ。 好きに飲め” 「と、部屋に消えた。 次の日も、次の日も、ハルベールは何処にも行かず。 部屋に篭りっきりに為った。 ワシは、それが5日も続いたから心配に成って、朝の漁をした後に宿に尋ねて行った。 すると、冒険者達が、先に村を去る所だった」 オリヴェッティは、紙を見ながら。 「これに気付いた?」 クラウザーは頷く。 「冒険者は、もう用無しだったらしい。 俺を部屋に迎えたハルベールは、発狂しているんじゃないかと思うほどに元気でな」 “見つけたっ!! 次の手掛かりを見つけたんだっ!!! あはははははっ、秘宝は目前かもしれんぞっ” 「と、喜んでいたよ。 深くは話してくれなかったがな。 どうやら集めた子守唄を古代語に直して、食い違いやらなんやらを調べたとか言ってた。 最初、子守唄を古代語に変換すると、支離滅裂な文章に成るから、古い文句じゃ無いって言ってたのにな」 クラウザーは語り。 オリヴェッティがテーブルに置いた紙を見つめ、急に少し淋しげな目を送り。 「せっかく、何とか訳せたのにな。 ハルベールは海に詳しく無かったから、この詩の意味が解らなかったんだろうな」 オリヴェッティは、広げて置いた紙に書かれた詩を見つめながら。 「意味? 私も、この書かれている意味が解りません。 知っているのなら、教えて頂けませんか?」 訊ねられたクラウザーは、Kに向き。 「言うか?」 ゆっくり食べるKは、パンに夢中で。 急に畏まった口調で、 「いえ。 若輩は、先輩に花を持たせるよ」 と、言うのである。 「なぁ~にをぉ? 急に畏まった口調で、何を言いやがると思えば…。 面倒だと素直に言えばいいだろうに、食えない奴め」 「じゃ、面倒」 「全く、何とも素直じゃ無い若輩だ」 「クラウザーよ、女を待たすな。 嘗てのベットの中で、女を待たせたか?」 「いやぁ」 引き合いに出す表現が、実に厭らしいと思うオリヴェッティ。 突っ込む言葉も出ず、何とも笑えない。 だが、クラウザーは、ニコリとオリヴェッティを見て。 [星の泣く夜 金色の太陽 高き空に光る   明ける陽は 子の後に昇りて望み その佇む丘は 我が鏡を埋し場所] 「この詩の最初の一行」 “星の泣く夜” 「とは、流星の事だ。 遥か昔から俺達の様な船乗りは、太陽と月と星を観察し。 その位置から世界の航海図を作った。 “星が泣く”と表現される流星は、5年に一度来る大量流星の“アドゥリマナ”の事さ」 オリヴェッティは、その流星群は知っていた。 今から7以上年前、魔法学院に居た頃に見ている。 「解ります。 学院に居た時に見ました」 「そうか、魔法遣いだったな」 「自然魔法です」 「ふむ。 だが、その流星が見えるのは、東の大陸のみとは知っておったか?」 「えぇ、一応は…」 「ん、ならば細かい説明は省こう。 さて、次の二行“金色の太陽 高き空に光る”だがな。 流星の見える夜で、金色の太陽とは無茶苦茶の様だが。 これも古い航海用語だと知ってなければ、謎が解けん。 “金色の太陽”とは、第二の月を指す」 「“第二の月”…。 年月の各月の最後、凡そ10日だけ東の空に現れる、一般の月より小さな月ですよね?」 クラウザーは、紅茶の入ったカップを取り上げ、 「ん~、実にイイ匂いだ」 と、Kに視線を投げてから。 「そうだ。 金色の太陽とは、航海士が目安にし易く。 暗い夜でも、太陽の如く夜空に輝く第二の月を讃えた言葉だ。 この文句も、かなり古い昔から使われていたらしい」 クラウザーとKの下らない遣り取りの時に、何とも口を挟めず。 合間を保つ為に、貰ったパンを持ったオリヴェッティだったが。 クラウザーの話に興味を惹かれ、持ったそのままの姿で。 「あのっ、その続きは?」 と、急ぐ様に云うと。 クラウザーは、ニコリとまた笑い。 「パン」 「え?」 「握り潰しているよ」 「あっ」 Kに貰ったパンを、グッと握り潰していた。 クラウザーは、笑みを絶やさず。 「やはり血は争えんな。 腹の虫が時折に鳴っているのに、興味が先行とは。 貴女も、まさしく学者の血だな」 「……」 恥ずかしくなって、顔を赤く染めながらパンを齧ったオリヴェッティ。 Kは、クラウザーの持って来た菓子パンで、カリカリに焼き上げた物にまで食べ進め。 「おいおい、ジサマが若い女子(おなご)をからかってど~するよ」 「いいじゃないか。 女子の可愛い所は、老人で見てもイイモノだ」 「かぁ、好き者が」 「御主に言われたく無いわい」 オリヴェッティは、脱線する二人を見て。 (似た者同士だわ、この二人。 私、一緒に居て大丈夫かしら…) 菓子パンを齧るKは、 「後の意味だがな。 “明ける陽は”とは、文字通りの太陽。 “子の後に昇りて望み”とは、流星と第二の月が同時に現れた朝に、陽の昇った方角を見る。 最後の“その佇む丘は”とは、太陽の影が通る線上の中に在る丘と云う意味。 “我が鏡を埋し場所”は、太陽と第二の月と流星を映す場所。 そんな所は、世界でも一箇所だけだ。 カクトノーズの北。 諸島が集まり、太陽の紋章の如く形作られた“サニー・オクボー諸島”だけだ」 一気に言われ、オリヴェッティは意味が解り切れず困惑。 クラウザーに至っては、 「お前。 さっき、“若輩は~”なんたらと云っただろうが」 「フン。 老いたジサマは、喋りも耄碌でトロい」 「このっ、若造がぁ」 其処に、オリヴェッティが。 「あのっ!!!!!!」 と、強く声を出す。 Kは、何故か神妙になり。 「お爺様、最後の説明が必要みたい」 と、クラウザーに手を差し出す。 口元をワナワナさせるクラウザーは、 「お前ぇぇ、尻拭いだけワシか?」 「好きだろ? 尻拭い」 「喧しいわいっ!!!」 クラウザーのその様子は、フテ腐れるジサマそのもの。 本気で怒るものでは無い所が、また面白い。 オリヴェッティは、そんなクラウザーへ。 「あの、“太陽の影が通る線上”とは、一体何ですか?」 顔をオリヴェッティに向け、平静に戻すクラウザーは。 「ん。 この世界で航海をするのに、重要な気象事実を把握する必要が在る。 その中でも、“太陽の影”と呼ばれるものは、非常に重要だ。 実はな、太陽が完全に月へ隠れる時、何故か決まって同じ線上を通る。 月と太陽が、何百年に一度、重なるのだよ」 「それは、解ります。 ですが、“影の線”とは初耳ですわ」 「そうか。 確かに、一般的には必要の無い知識じゃな。 だが、この符合も非常に不思議なんじゃがな。 月に隠された太陽が通る線は、決まってモンスターが暴れる。 海に素潜る漁師の話では、その部分の海は非常に深く。 人が潜れない上、一度沈んだ全てが浮かび上がれない“死海の淵”とも呼ばれる」 オリヴェッティは、今まで聞いた事も無い話に、また食べるのを忘れ。 「そんな意味が…。 あぁ、何もかもが初めて聞く事ばかりです」 「その線上の何処かには、何でも嘗ての大昔。 夥しい数のモンスターを、なんと魔界から呼び寄せる巨大な搭が生えたなどと云う伝説も在る」 「カオス・ゲイト(ファンタム・ゲイト)までが…。 そんな事が?」 オリヴェッティにふと見られたKは、クラウザーの話の補足の様に。 「今も移動しながら、南西の海域を動く魔の島“アグラッド・フォーバナー”。 その太陽が月に隠される時になると、何故かあの島は、“影の線上”に移動するって話だ。 魔の神竜が眠るモンスターの巣窟、生けるモンスターの子宮とも謳われた島が、その線上に移動する以上。 何か在るんだろうな」 クラウザーも少し顔を引き締め。 「航海士として、その影の線を通る時は、非常に注意せんといかん。 太陽が月に隠れていない普段でも、その線上は闇の力の支配を受ける。 大型のモンスターで、船を沈めるクラーケンやテンタクルスを始め。 幽霊船や、ホラーニアン・アイランドに気を付けねばな」 オリヴェッティは、読んだ本からの知識を引いて。 「それは、あの・・移動する島の事ですか?」 「あぁ、そうだ。 魔の島以外にも、モンスターの力で漂流する島が在る。 亡霊や死霊の巣窟で、襲われたら大変だ。 島の接近に早く気付けたらいいが。 只の島と見間違えると、忍び寄る様に行く手を塞ぎ。 船を破損させは動きを止めて来る。 島に船が密着して止まったら、一巻の終わりじゃ。 モンスターに襲われ、生きる全てが殺される。 何度か、死滅した船を見掛けた事が在るわい」 驚くばかりのオリヴェッティは、更に最後の行に踏み込み。 「詩の最後の行ですが。 “我が鏡を埋し場所”とは、どうして島なのでしょうか?」 「オリヴェッティ。 君は、カクトノーズの北方。 海岸から120里に在る、太陽の島々へ行かれた事は無かったのか?」 「すみません。 学院時代は、勉強と生活費を稼ぐ下働きの毎日で…」 「そうか。 先ほど、あの口の悪いカラスが言った“サニー・オクボー諸島”とはな…」 Kは、その自分の形容のされ方に苦笑い。 (根に持ってるなぁ~) だが、クラウザーは続け。 「別名を、〔太陽紋の島〕とも云い。 中心に在る“目の島”から、四方八方に大小の島々が点在している。 だがな。 目の島の中心は、すり鉢の様に成っていて。 その場所は、丸い鏡の様に雨水を貯めた湖と成っている。 その湖は、夜になると光る海月(クラゲ)の影響からか、白く濁った様に光るんだよ。 だが、その水面は全てを映し。 流星も、太陽も、第二の月も映す上に、影の線の基点に為ると云われてる。 そして、その湖を囲むのは、森と草原に覆われた丘で。 更に更に、その周辺で一番高い場所なんじゃ」 「なるほど、それは詩の通りの場所ですね」 Kは、其処でまた補足を入れて。 「オリヴェッティ。 カクトノーズの図書館は、歴史書の宝物庫と渾名されるぐらいに書物が多い。 だが、なんでもサニー・オクボー諸島の詳細は、シークレットで閲覧が出来ないとか」 「あ、確かに。 神々の操った魔法辞典などとも合わせて、人の目の触れない書物にあの島の歴史が在りましたわ」 「実は、あの島。 海旅族の拠点の一つだったとも言われる。 島には、倒壊した神殿跡も在るって云うしな。 行って見る価値は、大有りだ」 オリヴェッティは、そうゆう事だと更に不安が浮かぶ。 「でも、そうなると……」 「ん? 島に上陸が出来るか、不安か?」 「はい」 これには、今度はクラウザーが。 「立ち入り禁止区域では無いぞ。 ワシも、数年前に行ってる」 オリヴェッティは、此処で更なる疑問が脳裏を過ぎる。 「上陸は出来るのに、歴史は閲覧不可って…。 なんだか、ヘンですね」 Kは、包帯から覗ける口元をニヤリとさせ。 「色々、ジジョーが在るんだろうよ。 ま、大方の理由は、何処の国でも同じ話さ」 クラウザーとオリヴェッティの見るKは、事態を見透かして居る様な余裕が見えた。 そして、行き先は決まった。 世界でも指折りの古い歴史を持ち、魔法を扱う全ての者が通った学院の治める国。 魔法学院自治領カクトノーズ。 今まで誰も見つけられず、そして信じて来なかった秘宝を探す旅が、此処から始まるのである。
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