2584人が本棚に入れています
本棚に追加
【不思議な少年は、驚きの人?】
ふと気付いたオリヴェッティは、緩やかに目を覚ました。
(あ、朝)
隠し部屋の豪華なダブルベットに寝ていた彼女は、白いシーツの上で身を起こす。
(……寝てる)
ソファーに寝ているKは、動かない。
クラウザーの姿も無い。 おそらく、船長室に戻って居るのだろう。
起きたオリヴェッティは、寝巻き用のナイトドレスに黒いカーディガンだけ肩に掛け。 船長室に向かう廊下へと出て行く。
(昨日は、夢を見てるみたいだった…)
今までどう足掻いても解らなかった事が、Kとクラウザーに由って次々と解り。 今まで行く道が見えなかった闇の様な道筋に、一筋の光明が射した様な思いがする。 心の震えが止まらず、昨夜にベットへ横に成った後に涙が溢れた。
暗い廊下に入り、左に曲がって少し歩くと。 上りの階段が見えた。
(大丈夫かしら…)
船長のクラウザーしか知らない部屋に泊まっている以上、どう身動きしていいのかも解らない。 だから、階段上の明るい船長室と思われる部屋へ、階段の手摺りが見える手前からゆっくりと上に上がり出す。
「…………」
柵状の手摺りの隙間に顔が届き、オリヴェッティは部屋を覗いた。 やや狭いが、一人の部屋としてはまぁまぁと云う広さの部屋が見えた。
机を前に、背凭れの高い椅子に座っていたクラウザーは、ヒョッコリと顔を出したオリヴェッティを見つけ。
「おう、どうしたお嬢さん」
クラウザーの態度が普通なので、部屋に上がったオリヴェッティ。 クラウザーの前まで来て、
「あの、食事やトイレとかどうしたら?」
すると、椅子をオリヴェッティに向け、大らかに構えるクラウザーは。
「自由でいい」
「え? あっ、でも・・・」
「大丈夫だ。 部屋の入り口は、大波の揺れの影響で壊れたと云えば良い。 今回の航海が終わったら、どうせ船体自体を改修に回すからな。 部屋との出入りだけ派手にしなければ、それで構わん」
「そ、そうですか」
曖昧な返事のオリヴェッティの気持ちを察したクラウザーは、柔らかく笑い。
「ま、あんまり気を詰める必要は無い。 ただ、航海日程が延びる。 一月(55日)ばかり延びるから、暇を持て余す覚悟だけはしておいてくれよ」
「え? ギャンブル王国・シェバステグナー(巨大な盛り場の意味で、王国を示す通称の一つ)を出た以上。 真っ直ぐカクトノーズへ行くのでは無いのですか?」
クラウザーは、雪が舞う窓の外を見て。
「それがな。 ツキの無い事に、予定より早く寒波と嵐が降りて来た。 北の大陸の最西端は、季節によって海が凄まじい変化を見せる。 このまま西回りでカクトノーズの首都に向かえば、この大型客船でも無事では済まん」
「海が、そんなにですか?」
「おうよ。 昨日、君が寝た後。 あの包帯カラス(ケイ)と話し合ってな。 “シュウェーブ・バーンテック”が起こる可能性が、非常に強いと判断したまでよ。 乗客を殺す訳にも行かぬしの」
「シュウェーブ・バーンテックって……。 あ、あの、3大陸の彼方此方で、挟まれた海域でのみ起こると云う大渦潮の事ですか?」
「あ~、それは違う。 強風と海流のぶつかり合いで出来る巨大な渦潮の事は、一般に“ヴォルテクサー”と呼ばれている。 だが、この先の海域は、3つの海流と吹き荒れる強風がぶつかる影響からだろうがな。 巨大な渦潮(ヴォルテクサー)が起こっては、大波に押し込まれて打ち消される。 その繰り返しから、揺り動く波が激しくぶつかって、爆発する様に突き上げる現象が起こる。 それが、“シュウェーブ・バーンテック”だ。 大渦潮に入っただけでも、凄まじい大波と渦で揉み砕かれてしまうし。 なんとか渦を避けても、鋭く大きな槍と変わらない波の突き上げが、激しく海面を襲う。 そんな場所に船が入ったら・・、君でも解るであろう?」
「はい。 どちらにしても、船は大破しますね」
「そうだ。 こんな寒い海で、その様な場所に投げ込まれたら、人など瞬時に死んでしまう。 だから、来た大陸の沿岸を沿うルートを逆戻りして、マーケット・ハーナス方面から南下する計画に変更した」
「なるほど。 それでは、日程が更に一月は嵩みますね」
「あぁ。 先ほど、ワシ等の船より前に旅立った船が、こちらに引き戻して来た。 伝書鳩で交信をして見たら、どうやら相当に波が荒れていたとな」
「そうですか。 安全は、何よりも大事ですものね」
「ま、秘宝は寝て待て。 だな」
オリヴェッティは、了承をして。 直ぐに。
「あの、只の間借りでは悪いので。 代わりに、何か手伝えませんか? 下のお手伝いとか、私で良ければ致しますけれど」
「おう。 なら、各部屋の清掃でもしてくれるか? 老婆と若い娘の二人でやってるから、結構大変なんだ」
「こんな大きな船を、たった二人でですか?」
「あぁ。 普段は、客が居る部屋だけだからな。 多くても、半分と埋まらない。 だが、引き返せば、客の数は4割ほど増すだろう。 新たに応援を雇うにしても、クルスラーゲの交易城塞都市、“クルーセルダシア”にまで戻る必要が在る」
「解りました。 直ぐに、お手伝いさせて下さい」
こうしてオリヴェッティは、船内で働く事に。 のんびりするKとは対照的で、室内清掃の女性二人と共に、和気藹々と暇を潰したのである。 二人は、祖母と孫の間柄。 クラウザーの知り合いで、働かせて貰っているとの事だった。
泣く子も黙る海の兵のクラウザーの紹介と在り、オリヴェッティに変な色目を使う船員も少なく。 夜になれば、クラウザーとKの苦労話や、経験談を聞ける。 オリヴェッティにとって、何とも穏やかで心地の良い数日だっただろうか。
穏やかに成ったオリヴェッティの顔は、微々たる変化を見せ始めた。 美しさと云うべきか、更なる気品が見え始めたのである。
クラウザーは、言わぬが不思議だった。 彼女に手を出す事も無く、飄々と生きる影の男の存在が………。 確かに、変わっていたのである。
★
それから、10日後。
北の大陸の南岸を一路東へと逆戻りし。 ギャンブル王国の首都を経由して、宗教王国クルスラーゲの交易都市である、クルーセルダシアにまで戻って来た。
港に船が碇を下ろすと、大勢の客が降りた。 補給と船内清掃。 そして、これから先の航海の日程について、停泊する各船の船長達が話し合うなどの用事が多く。 クラウザーの船も、3日間の逗留が決まっていた。
さて。 過去に例を見ない最大規模の大船団の船長として、大商人にも引けを取らない莫大な財産を築いたクラウザーだが。 その財産の半分以上は、個人的に随分と散らしている。
例えば、こうゆう不測の事態が起こると、一番大変なのは地下に泊まる者達。 ゴロツキなどはいいが。 世界を回っては、日雇いの鉱夫などで生きる者や、貧しい移民は生活費に困る。
クラウザーは、こうゆう時に。 貧しい者には身銭を与えて雑務を消化し。 また、食料補給と入れ替えで捨てる物を炊き出しに変え、無料で貧困者へ振舞うなどをする。 クラウザー自身が、非常に苦労していた一時を忘れていないからだ。 ケチな船長とは違うから、尚の事に好かれるのであろう。
さて、逗留が決まり。 街に散って行く人々、船に残る者達それぞれに。
船員は、交代で船を見守る警備に付く。 港を守る役人3人も応援に来て、逗留の準備が整う。
良く晴れた冬晴れの下。 冷たい風に吹かれ、Kは甲板に居た。 高い船体の上からは、港を一望出来る。
そんな彼を探し、甲板に出て。 Kを見つけたオリヴェッティは、甲板を歩きながら。
「ケイさん、街へ出ますか?」
冬風に前髪を揺らすKは、オリヴェッティに向く事も無いままに。
「あぁ。 どうだ、斡旋所にでも行くか? クラウザーの加盟は後にし、先にチームを結成するのは構わないぞ。 誰か、一緒に加えられる者も居るかも知れんし」
「はい。 私も、それを考えていました」
遣って来たオリヴェッティに向くK。
「そうか。 クラウザーは、チームの名前なんかに拘りは無いとさ。 注文を付けるとしたら、俺のリーダーだけは嫌だとよ」
と、笑う。
オリヴェッティは、困った笑顔で。
「そうなると、私がリーダーですか?」
「当然だろうに。 財宝を求めるのは、君とクラウザーだ。 俺は、探す手伝い人。 浮浪者と変わらないゼ」
オリヴェッティは、こんなに知識の深い浮浪者が居るものかと呆れてしまう。 だが、Kに感謝してる事には、変わりは無い。 お陰で、クラウザーの様な素晴らしい人物にも逢えた。
「では、早速船を下りましょう」
「あぁ」
船体脇に掛けられた移動階段を降り、港に降りた二人。 積荷を運ぶ馬車や、滑車付きの台に物を乗せて運ぶ人が多く見られ。 その間を縫う様に、冒険者や旅客が移動している。
Kは、オリヴェッティに。
「斡旋所の在る場所は、解るか?」
「はい。 実は、シェバステグナーで船に乗るのでは無く、此処で乗ろうとしたんです。 ですが、新米の方や、仲間を募るチームが居なくて…。 もう少し先にまで行って見ようと、乗船を止めたんです」
「そうか。 なら、案内は不要だな。 ま、カクトノーズまでは、無理して仲間を増やす必要は無ぇ~し。 クラウザーは、ああ見えて片手剣を結構扱える。 二人だけの結成でも、十分だ」
「はい」
大きな船着場を幾つも持った港を行くと、なだらかに蛇行して上るレンガ舗装の道に為る。
クルスラーゲの南部沿岸は、神々と悪魔の戦いの時に。 大地震とハリケーンに因る津波で、岸壁から内陸に伸びる山が削り取られた台地と言い伝えられる通り。 非常に国土が凹凸している。 平面の様な土地でも、高台から見下ろせば斜面であり。 土が非常に固く、水捌けの悪い場所である。 街や村なども、そうした土地に合わせて作られている為、非常に坂や段々が多い。
オリヴェッティとKの行く少し前では。
「然し、馬車が無いのは不便ね、アナタ」
「あぁ。 まぁ~良い運動だと思って行こう」
貴族風のドレスと礼服に身を包む夫婦が、斜面の坂を上りながら言い合っている。
オリヴェッティは、Kに。
「此処の斜面では、港で動く馬車が消えるのが不思議ですね」
「あ? あぁ、馬車か。 向こうの岸壁に空いた洞窟の奥から、移動魔法床で上に上げてる」
「あら、知らなかった」
「クルスラーゲ産の馬は、早く走るのには適すがな。 馬力の弱さと、足のモロさも有名なんだ。 この急な坂を行かなくて済む様に、そうしてるらしいな」
「はぁ~、勉強になります」
乾燥する冬なのに、大地まで乾燥して硬い分、冷えだけは足元から上がってくる。 旅人や旅客は、暖かい場所を求めて足早になり。 海からの突風が吹く中で、女性は皆スカートを抑え。 どうも歩きずらそうな様子だった。
Kは、髪やスカートまで抑えるオリヴェッティを見て。
「女は、そうゆう所、面倒だな」
「ですわ」
切り立った岩盤の壁と海に面した岸壁に挟まれた坂道を上りきると、レンガ造りの建物が視界に飛び込んで来る。
すると。
「久しぶりの地べただ」
「そうだね」
とか。
「ねぇ~、飲みにいこ~」
「いいな。 クルスラーゲって、ワインが有名だったよな」
とか。
「少し見物して行くか?」
「いいわね」
「此処って、大きい都市だからな。 色々、見物が出来る名勝とかありそうだ」
など。 上りきった者達が、それぞれに話し合いながら街中に散っていく。
Kとオリヴェッティは、開けた広場に出て。 活気が喧騒と成って聞こえる中。
「ケイさん。 チームの名前は・・・本当に自由でいいのですか?」
「あぁ、君がリーダーだ。 好きに付けてくれ」
「はい、では行きましょう」
行き交う馬車や人を避けて広場を突っ切ると、緩いアーチを描いた石橋が見える。 橋の下には、また広場や街並みが見え。 街が複雑な段を重ね、道が入り組んでいるいるのだと理解できるのだった。
馬車に追い抜かれながら、橋を渡ると。 ドーム型の丸い店の前に、冬でも咲く花の小さな花壇を設け。 庇代わりの楠が、日陰を作る店が見えた。 その次には、橋から末広がりで奥へ奥へと左右に街並みが広がり、幾つも分岐した道が、複雑な街の中へと伸びてゆく。
右手の店沿いに、奥へ行くと。
〔出会いの酒場・ダブルブッキング〕
と、看板を掲げた3階建てのレンガ造りの店が見え。 その隣は、宿屋街に入る入り口だった。
オリヴェッティは、迷わずその酒場へ向かう。 Kもまた、何の異論も見せない様子。
冷たい風の吹く街から、酒場に入れば。 昼前にも関わらず、結構な人数の客が居る。 カウンター前では、冒険者や旅人が多く。 吟遊詩人や踊り子の姿も見られた。 港に戻った船からの客が、暖炉の在る酒場へと雪崩れ込んだ様だった。
オリヴェッティは、前に来た時よりも活気溢れる店内に、少し目を見張った。
一方で、Kは。
「随分と騒がしいな。 ま、酒場…」
と、言葉と共に一方向に顔を巡らせた所で、何故か止まる。
オリヴェッティは、Kに。
「ケイさん、何か食べますか? 朝からまだ紅茶だけでしたよね?」
と、云うと。
Kは、オリヴェッティに。
(なぁ、風のエネルギーを感じないか? 風のそのもののエネルギーだ)
と、何時の間にか顔を近づけては、そう囁いて来る。
「え?」
顔が間近になったので、思わず驚いたオリヴェッティ。 焦って顔を離し、店内を見回しながら。
「あ、いえ。 外の強い風が……」
言い掛けたのだが。 Kが見た方向と同じ所で、ピタリと顔と言葉が止まる。
「あっ、あの方。 ローブの上からマントを羽織ったあの方から、風のエネルギーのそのものの様な・・・。 純粋なエネルギーを感じますわ。 なんだか、とても微かな感じなんですのに……」
すると、何処かムスッとしたKは、オリヴェッティに。
「待ってろ」
と、云うと、その人物に近付いて行った。
入れ替わり立ち代り、果汁や紅茶や酒を貰う客がごった返すカウンター中央。
その人の溢れ動く所から右に少し離れた場所に、不審なエネルギーを発する何者かは居た。 カウンターに向き、Kには背中しか見えない。 白いマントに、青いローブを羽織り。 ローブのフードを深く被る何者かは、グラスに入った黄色い果汁を飲んでいた。
Kは、その人物の右脇に立ってカウンターに就くと。
「オメェよ。 何で、此処に居る?」
と、いきなりの伝法な言い方をしたではないか。
すると、フードを被った人物もKに向き。
「ケイさんに会いに来た~」
その声は、若々しい少年の声で。 言い方は、親しげである。
Kは、頭一つ以上は低い相手に向き、やや目を細めては。
「お・ま・え・なぁっ。 4・5歳のガキが、ノコノコ一人で出てくるなよっ」
声を抑えながらも、叱る様な口調で言う。 どうやらKは、相手が誰か解っている様子。
すると、相手の人物はKにしがみ付き。
「ねねっ。 この果汁代、奢ってぇ。 お金を持ってないし~、丸一日飛びっ放しだったの」
Kは、呆れた目で相手を見つめ。
「お前、端っからそのつもりだったのか?」
「うん。 てか、ケイさんの乗ってる船が港に着いてて、ケイさん甲板に居たからさ~。 酒場で待ち伏せしてみた~」
「なぁっ・・。 通りで、なぁ~んか偉く力を抑えたエネルギーが匂ってると思ってたら…。 お前かよっ」
「ねぇ~ねぇ~、ケイさん。 一緒に、ぼ~けんしよ~よ」
そう強請られたKは、急に頭痛を催し。
「あぁ…。 最悪のお荷物だ。 つ~か、お前の母親は、この事知ってるのか?」
「うん。 ケイさんの所に遊びに行くって、デンゴンをモンスターに頼んで置いた」
ギョっとしたKは、なんともいい加減な伝言だと恐ろしくなった
「バッ・バッカたれ。 頼んだって、ガルーダか誰かにか?」
「おい~」
軽いノリで云う少年の様な人物。
Kは、完全に力が抜けて行く様な疲れを覚える。
(おいおいおい。 コイツの居ない事を知った母親が、まさか人里を襲うとか止めてくれよ……)
Kは、これから起こり得る事態を急速にアレコレ想像しては、相当厄介な事まで思い浮かび、背筋が寒くなる。
Kと何者かが、なにやら親しげに話し始めた様子を見たオリヴェッティは。
(知り合いなのかしら。 もしかして、駆け出しの誰か?)
こう察して思い。 二人に近付いて行く。
さて。 若い声の相手と本気で話し始めたKは、流石にやや怒り気味に。
「お前、マジ帰れよ。 面倒事に成ったら、どうする気だ?」
「だいじょ~ぶ。 ケイさんの事だけは、ママも信用してる」
「タレバカっ、そうゆう問題じゃねぇっ」
其処に、オリヴェッティが。
「ケイさん、この方とはお知り合いですか?」
と、間近に遣って来る。
その声を聞き、オリヴェッティへと振り返る何者かは、指でフードを上げた。 そして、オリヴェッティを見ると、
「うわぁ~、びっじ~ん。 ケイさん酷いなぁ~。 ポリアさんが居ながら、新たにこんなキレ~な人をぉぉぉ~」
Kは、ポリアも彼女じゃないので。
「おいおい、勝手な誤解すんな。 って、何でお前がポリアを知ってんだ?」
「話せば、ヒジョ~に長いッス」
何者かに、“美人”と評されたオリヴェッティだが。 その何者かを見て、
「まぁ・・」
と、逆に目を奪われた。
フードを上げた相手は、15歳をどうかと思われる若者だった。 だが、白い女性の様な肌をし、蒼い髪は長く、背中の服の中にまで伸びている。 蒼翠(そうすい・青緑)に光る透明な瞳は、吸い込まれてしまいそうに美しい。 柔らかい声も耳に心地よい、そんな美少年がその何者かであった。
オリヴェッティは、チームを組むのは何時でも出来ると。
「ケイさん、下で何かを一緒に食べませんか? お金なら、幾らか有ります。 ケイさんが、航海中の船で3日程カジノバーのディーラーを勤めた分と。 私が清掃で得たお金を朝に、クラウザーさんか貰ってます。 お知り合いなら、積もる話も御在りますでしょ?」
Kは、若者を此処で甘やかせば付け上がると思い。
「なっ」
“無い”言い掛けたのだが。
「はいはぁ~いっ。 積もり積もって山になってまぁ~すっ」
と、若者が先んじて反応し、言ってしまうし。
また。 オリヴェッティも微笑んでは、美しい若者を見つめ。
「私は、オリヴェッティ。 これから、ケイさんとチームを組む予定なの」
と、言ってしまうのだ。
二人の様子を見たKは、
(ヤバっ)
と、思ったのだが。 それは、もう後の祭り。
若者は、Kより先に動き。
「いいなぁ~。 ボクもチームに入りたぁ~い。 ボク、リュリュ。 オリヴェッティのお姉さん、ボクもチームに入れて、ね?」
と、オリヴェッティに甘え付く。
Kは、ワナワナと震え出し。
(オメェ~よぉぉぉ、帰れってぇぇっ!!!!!!!!)
と、怒りを募らせるのだが…。
オリヴェッティは、若者リュリュを見つめ。
「危険な旅に成るかもしれないわ。 怪我しちゃうかも知れないのよ?」
と、親身に、優しく云うも。
「だいじょ~ぶ。 ボク、自分を守るぐらいカンタ~ン。 オリヴェッティのお姉さんの事も、ボクが守ってあげるよぉ~。 こ~みえて、ボクって強いよぉ~。 武器なんか要らないしぃ~」
と、格闘をする真似事を見せるリュリュ。
もう全てがイヤで、顔に手をやるKは。
(嗚呼…。 お前のは、人間離れした身体能力で暴れるだけだろがぁっ。 魔法も遣えるだろが、威力もハンパないだろうに…。 此処で遣ったら、街がすっ飛ぶよ)
と、ゲンナリ。
オリヴェッティは、リュリュに微笑み。
「へぇ~、リュリュ君て強いんだ。 とにかく、何か食べよ」
「わぁっ、オリヴェッティのお姉さんってやっさし~。 ドッカのミイラとは、イレモノが全然ちがうぅ~」
そのリュリュと云う若者の様子にKは、これからの旅の前途多難を予期した。 リュリュの母親がもし来たら……。 この街は、大騒動に成るだろう。 リュリュは、そうゆう者なのだから…。
★
「・・・おい。 それ食ったら、帰れよ」
Kは、4人分ぐらいの食事を一人で食べるリュリュに言う。 もう、6つの大皿が空いていた。
「ヤダ・・もぐもぐ。 ぼ~けんするまで、もぐもぐ・・・帰らない」
リュリュと云う若者は、ニコニコしながらオリヴェッティの脇で、凄まじい食欲を見せていた。
3人が居るのは、酒場の下に在る一階の食堂。
Kとオリヴェッティは、2階の酒場から入ったのだ。 酒場の下が飲食店で。 その更に下。 地下一階が、斡旋所である。 酒場の上にも、夜だけ開く酒場なども在った。
不貞腐れる様なKは、苦虫を噛み潰してジャリジャリ云わんばかりに渋い顔。
オリヴェッティは、凄い食欲のリュリュを見て呆れていた。
紅茶にケーキをチビチビとやるKは、頬杖をして窓脇からリュリュを見ながら。
「お前、な。 思い出作りなら、大人になってからでイイだろうに。 何で、今からすんだよ」
リュリュは、激しく動かしていたスプーンを止め。
「大人に成ったら、ケイさん死んでるじゃん。 知り合い居ないんじゃ、詰まんない」
「ふむ、・・それもそうかもね」
Kにしては、気疲れからか精彩の無い返事である。
オリヴェッティは、二人の会話に驚き。
「ケイさんっ、何処か・・お体でも悪いのですか?」
「んあ?」
「リュリュ君が大人に成る頃には、死んでるって……」
意味に気付いたKは、ホロ苦い笑みで。
「チョイと、意味が違ぇよ」
「え?」
「あ~~~、細かい話は、船に戻ってからしよう。 コイツを連れてるんじゃ、街の宿屋じゃマズイし」
「えぇ~? 風が入らない船に泊まるのぉ~?」
と、リュリュが批難の視線をKに向ける。
Kは、ムカっとした目で。
「お前の母ちゃん来たら、首根っこ掴んで直ぐ出せる場所がイイんだよっ」
「ふぇ~ん、キビシ~」
「当たり前だ、バカ」
Kは、リュリュと云う若者に、偉く厳しい態度を見せる。 オリヴェッティには、少し不可解であった。
そして、オリヴェッティは。
「所で、ケイさん。 リュリュ君をチームに加えても、問題は無いのですか? 見た所、杖も武器も持っていない様ですが…」
するとKは、窓の外を見て。
「君の好きにしろ」
「え?」
「俺がリーダーなら、許可しない。 だが、リーダーは君だ。 君の判断で、決めてくれ。 どの道、コイツの面倒は俺が見る。 ま、戦う事に関して言うなら、コイツは一流過ぎる程だ」
オリヴェッティは、まだ少年の様なリュリュを見ては。
「はぁ・・、そっ・そうですか」
逆に判断が出来なく成り、生返事しか返せない。
口元に食べかすを着けるリュリュは、オリヴェッティに向き直り。
「オリヴェッティのお姉さん、ね~入れて。 大丈夫、迷惑掛けないからぁ~。 ホラ、お金は無いけど、コレなら在るし」
リュリュは、そう言っては懐を漁り。 握った手をオリヴェッティに差し出す。
「え? ん・・何?」
突き出された手の中の物が気に成ったオリヴェッティは、受け取る仕草で両手を広げると。 石ころの様な物が、4つ程乗った。
「あ………、何ですの?」
光る色の混ざる石で、所々に結晶か見えた。
それを脇目に見たK。
「お前、お袋さんの懐からくすねて来たのか?」
「違うよっ。 ボクが拾ったのっ」
その一言を聞いたKは、今度はちゃんと石を見て。
「ほ~。 だが、いい原石だ。 ルビーに・・サファイアとエメラルド……。 残りは、ピングダイヤか。 カット次第で、万単位の金に成るな。 無論、1個だけで」
オリヴェッティは、手に持っているのが宝石の原石だと解り。 何処にどうしていいか解らず、驚きの顔をKに向けて。
「いっ、一個で・・ですか」
Kは、紅茶のカップを手にしながら。
「斜めから見て、光の入りがいい。 中に亀裂が入ってない、純度の高い一品だよ。 カッティングが良ければ、その辺の店で売ってる同型の物より高値で売れるかも」
「まぁ……」
オリヴェッティは、本気で驚き。 リュリュを見ては、
「リュリュ君。 こんな高価な物を、一体何処で?」
また食べ始めたリュリュは、
「もぐもぐ・・山で。 崩れた崖とか見れば、結構落ちてる」
何とも信じ難い話で、目を見張るオリヴェッティだが。
Kは、のんべんだらりと云った口調で。
「んだろ~な。 お前の居る山は、人の手が入れない鉱物資源の宝庫だしなぁ~。 ま、そんな欠片、お前の御袋さんの貯蓄から見たら、砂利みたいモンだろうしな~」
リュリュも食べながら。
「そうそう・・んぐ。 ママ、すんごいデカい原石持ってるよ。 岩みたいなの」
Kは、軽い調子で笑う。
オリヴェッティは、この話に平然としているKも、こんな原石を持って来たリュリュの事も解らなく。
(何? えっ? 何ですの!?)
と、疑問ばかりが浮かんで困り果てた。
オリヴェッティが困っている中、リュリュは。
「ケイさん、モグモグ…。 人間の食べるリョーリって、“マジ美味し”だね」
「お前、そんな言葉を何処で覚えるんだ?」
「ママ繋がりで、ポリアさん達から」
「ハァ~? つか、ポリア達ってそんな言葉使わんだろう?」
「でも、酒場とかで見る周りのボーケンシャとか、こう云うコトバを使ってるよぉ~」
「はぁぁ~…、お前さ。 もう少し、マシに覚えろよ」
「だってぇ~、響きがイイ~ん」
「不良クソガキだな」
「おませさんと云って」
「バカ、。 大人びた事を“おませ”って云うんだ。 お前のは、悪い真似」
「きびしぃーっ」
「フン」
「でも、塩以外で何かを食べるって凄いね。 なんか、しんせ~ん」
そんな言い草を聞いたオリヴェッティは、リュリュが普段に何を食べているのか気に成ってしまい。
「リュリュ君、何時もは何を食べてるの? お母さんの手料理?」
すると、リュリュは。
「ん~、ド~ブツの生肉とか~」
その自然すぎる言い草に、Kは思わず紅茶を吹き。
「ブッ!! っく、バカっ。 本当の事を、・・ズケズケ言うな。 クソ、窓に掛かった」
と、手拭で窓を拭く。
リュリュは、ぷうっと膨れ。
「だぁってぇ、マジじゃん」
オリヴェッティは、“生肉”と聞いては捨て置けず。
「んまぁ、自分の子供に生肉だなんて……」
Kは、話がややこしく成ると思って。
「おいおい、オリヴェッティ。 後で全て話すから、聞き流せ」
「でもっ、生肉なんて食べたらっ……」
Kは、窓を拭きながら。
「解ってる、言わんでも解ってるっ。 だが、そうゆう次元の問題じゃないんだ」
と、窓を拭き終わって、また紅茶を口に含んだ。
その瞬間。 リュリュは不思議そうに二人を見ながら。
「でも、モンスターとかの一部も、意外に美味しいって」
と、言ってしまい。
Kは、吹かずに強引に飲み込んだ紅茶を気管に入れ。
「うぐっ・ゴホゴホゴホ………」
と、噎せては激しく咳き込み。
オリヴェッティも凄まじい爆弾発言を聞いては、リュリュを見て硬直する。
そんな二人の事など、露知らず。 リュリュは、Kに皿を向け。
「ねね、このアジツケって云うんでしょ? コレ、何で出来てるの?」
激しく咳き込むKは、それ処では無い。
「う゛っ・・、ゲホゲホっ・おま・おまぇ・・・ゴホゴホ。 しっ・仕舞いにゃ・ごほっ・っく。 シバクぞ……」
「え? なぁんでぇ?」
その噎せる辛さから、Kは、本気でギラっと睨み。
「つ・次、ナめた事云ってみろ。 ふっ・・船に縛り付けてやる」
怒られたリュリュは、怒られる意味が解らない。 横で、カチンコチンに固まっているオリヴェッティを見ては。
「何? 何がいけないの?」
と、聞くのだった。
リュリュを見たくないKは、もう頭痛が慢性化しそうである。 脇目には、今のリュリュの発言を聞いてしまったのか。 近くのウェイターが、此方を向いて立ち止まって居るのが見える。
(はぁ…。 お荷物を抱えるのは、オレの宿命か?)
Kは、手をやってはリュリュに、“黙って食え”と、ジェスチャーした。
結局、リュリュの持って来た原石は、全てオリヴェッティの懐に仕舞わされた。
オリヴェッティは、意味が解らないままにチームの編成をし。 リーダーを自分としたチーム、“アーリストゥン・シェバイス”(曇らない心眼)と云う名前を付けた。
無論、リュリュもメンバーに加えたのである。
【Kとリュリュは、マブダチ?】
チームを結成し、夕方前に船へと戻ったKやオリヴェッティ。
「はぁ…。 コイツは、本当に疲れるオニモツだ」
夕日に成り掛けた陽の姿が、甲板に上がった三人の遠く彼方の水平線を色づかせ始めていた。 Kは、着いて来ているリュリュを見て、何十回目かのため息を吐いた。
リュリュと云う美少年は、プゥっと顔を膨らませ。
「なぁ~んでよ~。 保護者、シッカリ説明して」
一緒に仲間に成れた事を非常に喜び。 初めて街中を訪れた田舎者の様なリュリュは、見るもの珍しいものアレコレに質問をして来た。
オリヴェッティは、年下で何も知らないリュリュに、色々と教える事を苦とも思わないが。 Kは、保護者代わりでアレコレ突かれるから機嫌が悪い。
「ルッセぇ」
Kは、何処か本当に嫌がっていた。
(どうしたのかしら…)
オリヴェッティには、どうも其処が腑に落ちない。
船の上に上がると、甲板で炊き出しをする仮小屋が出来ていて。 地下の船内に泊まっている客が、列を作って並んでいた。
Kは、珍しい光景だと見るオリヴェッティに。
「ありゃ、クラウザーが遣らせてるのさ。 船内食料の残りで、痛んではいるがまだ食べられる物を集めて、タダで振舞ってる。 身銭の乏しい地下の客が、腹を空かせたりして悪さしないようにって考えての事。 クラウザーって男は、苦労人であり、大きい男さ」
するとリュリュは、Kを見て。
「ケイさんも、ボクを助けてくれたよね~。 何百匹ってモンスターに囲まれたボクを、とぉ~、てやぁ~って、カァ~ッコ良く」
リュリュに褒められても、呆れしか出ないと云った顔のK。
「アホウ。 お前が死んだら、御袋さんが暴れるだろう。 人間に相当な敵意を持ってたあの当時だ。 トバッチリを食う村だの町が有っちゃ~、後々困るだろがぁ?」
「えぇ~っ、ママってそんなに人嫌いなのぉぉぉ?」
Kは、ワナワナした手でリュリュを見ると。
「お前が馴れ馴れし過ぎるんだっ!! ノコノコとこんな場所に来クサってからにっ!!!」
後頭部を撫で、照れるリュリュは。
「エヘヘ~」
「褒めて無ぇっ」
苛立ったKは、朝と夜だけは船内で立食の食事が出るので。 リュリュとオリヴェッティを置き、サッサと船内に戻ろうとしてしまう。
「あっ、ケイさぁ~ん、まってぇ~」
オリヴェッティは、邪険にされてもリュリュがめげない様子に、随分とKに対する信頼が厚いと思えた。
そして…。
(処で、い・今、何て言いましたの? な・何百匹ってモンスターを相手にして、か、勝ったの? まさか、ケイさんて凄い冒険者? あぁっ、クラウザーさんが云ってた事って、本当に本当なのねっ!!?)
初めてクラウザーを見た時、クラウザーはKを“化け物”と云った。 その言葉は、本物なのだとオリヴェッティは感じた。 そうなると、どうして一人なのか。 どうして、有名に成る事をしないのか。 どうして、あんなにも知識が深いのか。 底知れぬKの奥深さに惹き込まれてる自分を感じたオリヴェッティだった。
さて。
船内のバーラウンジや、食事を頼めるカウンターに向かうK。
「リュリュ、此処では猛食するなよ。 船は、一旦港を出ると、次の港までは補給が出来ない。 お前一人で、何十人分と食べられると困る」
Kの脇を軽快にステップして行くリュリュは、笑顔のままに。
「はいは~い。 食べないなら、食べないで風のエネルギー貰いまぁ~す」
「あ、お前にはその手が有ったな。 ・・って、なんなら何で、人の食い物に手を出すんだ?」
「美味しいから~」
「カァ~、味を占めやがってからに……」
そして、後から遣って来るオリヴェッティの分も含め、またカウンターでパンを頼むK。
「わぁ~、人いっぱい」
リュリュは、冒険者達や旅人などが何十人。 いや、百人以上は集まるホールを見回して。 その様々な格好の人々に、興味の目を巡らせていた。
Kは、注文してから。
「長いパンに挟んで貰うから、3つで我慢だぞ」
「うんうん」
オリヴェッティが合流し、リュリュを連れて壁際に。 其処でオリヴェッティは、冒険者達が壁に集まっているのも見つけ。
「何かしら」
と、リュリュを連れて行って見る事に。
集まった冒険者達が入れ替わり立ち代りで見るのは、クラウザーの出した仕事の応募だ。 明日と明後日、船内清掃に20名。 船の動力である魔力水晶体に、エネルギーの魔力を込める者、40名。 船体清掃に、10名。 雑務に、5名を雇うとしている。 賃金は一律で、一日50シフォン。 二日遣る者は、倍貰える。
リュリュは、どれを見ても何が何だか解らず。
「センナイ・・え?」
と、張り紙を見て困るばかり。
そんなリュリュが可愛く思えるオリヴェッティは、一つ一つ丁寧に説明してやった。
Kは、パンを受け取り。 借りたバスケットに入れて貰った。
(アイツ等め。 一体、何処……ん?)
振り返って二人を捜そうとしたKは、同じく冒険者の群がる壁を見つけ、その方に向かった。
オリヴェッティの脇に来たKは、数歩離れた場所から張り紙を見て。
「早速、応援応募が出やがったか。 下手に急ぎで大勢の人を雇うより、楽な手だ。 ま、早めに寒波が南下して来たのは、確かに予定外だった」
オリヴェッティは、その声でKに気付き。
「あ、見ました? 明日、リュリュ君と魔力を注ぐ仕事をしようと思います」
すると、Kはギョッと目を見開き。
「バカっ、コイツは別なのにしてくれ。 魔力水晶体がブッ壊れるっ」
オリヴェッティは、目を丸くして。
「はぁ?」
顔を歪めたKは、
「いいから、上に。 リュリュ(コイツ)の事を教える」
と。
リュリュは、身を捩り。
「いやぁ~ん」
と、おどける。
そんなリュリュの姿に、フツフツと苛立ちの湧き上がりを覚えるKは、
「全く、ポリアの何見て覚えてくるんだかっ」
と、階段の有る方へ。
リュリュは、Kの後をスタコラと追い掛ける。
張り紙をを再度見たオリヴェッティは、またもや意味が解らずに困った。
(こ、壊れる? あの、魔力水晶体が・・ですか?)
船を動かす動力は様々だが、最も高性能で自由自在に船を操れる動力は、魔力を衝撃波・爆出噴射のエネルギーに変える魔力水晶体である。 この魔力水晶体は、非常に高額で。 大型船を作る費用の半分が、その水晶体の費用だとか。 クラウザーが教えてくれた事である。
さて。 この水晶体。 長旅の航海に付ける物は、100人以上の魔術師の魔力が必要と云われ。 港では、その仕事が良く斡旋所に来ている。
オリヴェッティは、Kの云う意味が良く解らず。 首を傾げながら後を追った。
★
部屋に戻った一行をクラウザーが待っていた。 ワインの入ったガラスのデキャンターをテーブルに置き、ソファーに座って飲んでいた。
入ったKは、直ぐにアルコールの香りを嗅ぎ付け。
「クラウザー。 ワインを航海中に飲むとは、なぁ~んか有ったか?」
「有ったも有った。 ワシの雇い主がな。 ワシ達よりも前に戻った船を再度、強引に行かせたらしい。 大きく南下したルートで行けとな」
リュリュと共に入ったKは、クラウザーの前まで来て。 パンの入ったバスケットをテーブルに置いてから。
「相当な自殺行為だな。 南下ルートは、魔の海域の一つを掠る。 大荒れの海域に入った途端、船が大破するゼ」
ワインを呷ったクラウザーは、怒りを飲み込む様に。
「あぁ…。 後に戻って来た船が、その破損した一部と死体を回収してた。 海を知らん大バカがっ!!!!!!」
Kは、瓶入りの果汁を奥の戸棚へと取りに行きながら。
「アンタ、何で自分の船団を捨てた?」
この質問より一瞬先に、クラウザーはリュリュを見つける。 Kの質問と語尾を被らせる形で、
「あ? おぉ、お仲間も一緒か?」
と、自分を不思議そうに見つめるリュリュを見つめるのだ。
後から来たオリヴェッティも部屋に入り、ドアが閉まった。
Kは、これは丁度良いと。 コップを棚から取り出しながら。
「クラウザー、それからオリヴェッティ。 今の内に云って置く。 そのリュリュには、正直にマジで気を付けてくれ。 万が一にも、正体がバレない様にして欲しい」
クラウザーは、いきなり何の話だと思った。 オリヴェッティを見てから、またKを見て。
「何だ? また、どこぞの貴族とか王家の誰かか?」
Kは、果汁の瓶のコルクを指先で引き抜きながら。
「いやいや、そんなハンパなモンじゃ無い」
「あ?」
「そのリュリュは、風の神竜〔ブルーレイドーナ〕の子供だ。 人間らしく年月年齢で云えば、まだ4・5歳だろうな」
Kの話を聞いたオリヴェッティとクラウザーは一瞬、何を云われたのか理解が出来ない。
オリヴェッティが先に、Kやクラウザーを見回し。
「あ・あ、あの、かっ・風の神竜・・て?」
片やクラウザーは、ワインを注ぐのも忘れ。
「確か、風の神竜って云やぁ~よ。 フラストマドやらホーチト、あと・・スタムストなんかに跨る魔の森の奥地。 神々と魔王の戦が在ったって云う山に住むとか云う、ドでかいドラゴンだろ? 一・二度、天を飛ぶ影だけ見た事が有るが……」
戻って来たKは、コップと瓶をリュリュの前に出し。 リュリュは、長いソファーに座っては、パンを食べ出す。
手の空いたKは、クラウザーに向き。
「俺は、数年前にその山へ行ってな。 モンスターに殺され掛けたコイツを見つけ、助けた経緯が有る。 コイツは母親に似ず、この通り人に興味を持ってるみたいだ。 変化の呪術で人に化け、こうして遊びに来やがった」
クラウザーは、どうゆう気持ちでリュリュを見ていいか解らない。
「おまっ、あの人間嫌いと云われた神竜の子供だろっ? こんな所にっ、人の中に来て大丈夫なのかっ!!?」
リュリュと一緒の席に座るKは、食べるリュリュを見て。
「俺の所だから、安心してんだろな。 フツーなら、街を破壊してでも探し回るハズだ。 つか、居る場所は直ぐに解るハズ。 迎えに来ない所を見ると、遊ばせるみたいだな」
クラウザーも知るが。 子供を殺された恨みで、過去には国一つを滅ぼし掛けたと噂されるブルーレイドーナだ。 “遊ばせる”と云われても、爆弾を抱える様な事だと青褪める。
「おいおい、遊ばせるってよ……。 公園や野原に子供や孫を連れて行くのとは、訳が違うぞっ!?」
「ハァ、仕方ない。 下手に追い返して、目の見えない所で危ない目に遭ったら、それこそ大変だ。 秘宝探しが終わったら、俺がまた連れ帰る」
と、言ったKは、リュリュの頭をクシャっと撫で。
「全く、迷惑極まりないガキだ」
リュリュは、美味しそうにパンを齧りながら。
「えへへ~」
と、笑う。
オリヴェッティは、Kの脇に座り。
「ケイさん。 リュリュ君は、ドラゴンなのですか?」
Kは、コップに果汁を注ぎながら。
「あぁ。 風の精霊力そのもので生まれた、最強の神竜種に属したドラゴンの一匹。 コイツの魔力で魔法をぶっ放したら、この船なんぞ一撃で木っ端微塵だ」
クラウザーは、ホロ酔いも一気にすっ飛ぶ衝撃を受け。
「なっ、なぬぅ?」
「マジで、マジだ。 能力は高いが、未熟さはまだ幼児みたいなモンだからな。 魔法は遣えても、精神的な集中が全く成ってない。 常に全力で魔力を使うからな~。 威力は、ハンパ無ぇよ」
「な・なんとデンジャラスな」
クラウザーは、Kが居ては退屈する暇が無いと呆れてしまった。
オリヴェッティは、リュリュを見てやっと全てが腑に落ちた。
(あぁ、それでモンスターとかの生肉を……)
と、先ほどの爆弾発言の意味を理解した。
Kは、クラウザーに。
「まぁ、コイツの面倒は俺に任せてくれ。 なるべく一緒に行動するし、俺かオリヴェッティから離れない様に云っておくから」
丸で、腫れ物の様な存在のリュリュを見るクラウザーは、老いた顔を疲れさせ。
「あぁ。 頼むから、母親を呼び寄せる様な真似は勘弁してくれよ」
Kは、流石のクラウザーでも、リュリュには度肝を抜かれたらしいと見て。
「アンタでも、流石にビビるんだな」
と、薄笑う。
「当たり前じゃろうがっ!! 大体、お前ぇっ。 あんな人の踏み込めない秘境の奥地に居る神竜などと面識が有るなど、普通じゃないぞっ。 ま・全く、エライ奴とワシも知り合いに成ったモンじゃわい」
それからと云うもの。 オリヴェッティとクラウザーは、Kにじゃれ付くリュリュを頻りに見ては、首を傾げたりしていた。
特に、Kに対してリュリュが全く遠慮を見せず。 また、Kも遠慮しない二人の様子は、お笑い役者芸人の様な滑稽さと、心を互いに通わせ会った雰囲気が在り。 Kの意外な一面が見えている気がして、面白かった。
★
さて。 次の日。
午前中のいい頃合。 オリヴェッティはクラウザーと共に、募った魔法遣いや僧侶と船体の地下へ。 動力部に有る魔力水晶体へ魔力を注入に行く。
地下5階の動力部は、金属で作られたスクリューに、衝撃を伝えて回したり。 専用の部分から爆裂な衝撃波を起こしては、推進力を生み出す独特な船の心臓部。 立ち入るには、船長と副船長だけが持つ鍵で踏み込まなければ成らない場所に在った。
オリヴェッティは、中型船に装着された魔力水晶体への魔力注入には、以前に加わった事が在ったが。 その時は、操舵室から注いだ。
だが、水晶体を初めて見る今回は、水晶その物を目で見る事に成る。 金属の部屋に安置されていて。 その高さだけでも、自分の3倍以上。 大きな水晶を囲むのに、自分が何人も必要な大きさだった。
(これが、魔力水晶体ですの? 嗚呼…、なんて大きな水晶なんでしょう。 傷や曇りも微塵に見当らないわ。 凄い、なんて凄い………)
初めて見る大きな水晶に、目を奪われてしまった。
クラウザーは、30名ほどの魔法遣いや僧侶達を見回し。
「では、この注入球の水晶から送り込んでくれ。 一気に注ぎ過ぎると、立ち眩みを起こす。 脱力加減を考えて、交代で頼む。 見張りと詳しい説明は、操縦を担う操作員の魔術師達が教えてくれるだろう」
と、云った。
大きな魔力水晶体の周囲には、手を当てて魔力を注ぐ小さな水晶体が在った。 立って水晶に手を翳し、魔力を送り込むスペースが、計5つ。
オリヴェッティは真っ先に注ぎ込むべく、先頭で進み出た。
さて、その頃。 寒風が強い外では。
港の一角にて、船体を見上げるリュリュとK。
「リュリュ、船体の掃除だ。 はしゃぎ過ぎるなよ」
と、Kが居て。
「は~い」
と、布で出来たモップを持つリュリュが居る。
監視で出てきたのは、数名の管理船員とあの眼帯をした小男の副船長カルロス。
冒険者13名に、下働きの船員15名を一緒にして港に立つ中。 カルロス自身は、白亜の船体をバックに立ち。
「では、今日は、船体の半分を洗って貰う。 冒険者達は、汚れや海草など、付着物を落としてくれ」
と、云ってから、船員達を見ると。
「船員達は、外装の塗装に向かえ。 前日までの航海で、漂流物に船体が結構ぶつかっている。 油分塗装の補修を怠れば、直ぐに錆びる。 念入りに傷を樹脂で塞ぎ。 しっかりと塗装してくれ」
今日も外は冬晴れ。 海からは、冷たい風が吹き付ける。
リュリュは、清掃の為に散開すると、Kと一緒に最後尾に行く。
「ケイさ~ん、この大きい船さんの、何処まで掃除すんの~?」
Kは、何の気なしに。
「届く所までだよ」
すると、リュリュは。
「んじゃ~、上までだね~」
Kは、変な返答が返って来たので。
「んぁ?」
と、リュリュと見ると・・。
「ほぉっ! とぅ!!」
リュリュは、荷物を運ぶ馬車や旅客が他の船着場に見える中。 風の力を遣い、船体上部まで凄い跳躍をしていた。
「………」
Kは、無言で拳を握る。
“ゴンっ!”
鈍い音がして。
「バカガキ、目立つなよ。 おらぁ~、オマエの母親ほど甘くは無ぇ~ぞ」
冷め冷めとしたKの言葉がリュリュに向かう。
頭を抑えたリュリュは、その場に蹲り。
「ひぇ~い、痛ヒぃぃ」
然し、清掃に入ったKは、剣とモップを遣う。 無造作の様な素振りに見せながらに、キレイに汚れを落とす。 普通、剣など使えば、船体に傷を付けるだろう。 だが、そんなヘマをする彼でも無かった。
船員から、Kが剣を使っていると聞き。 驚いてすっ飛んで来たカルロスだったが。 船体に傷を付けず、丸で撫でる様に付着したフジツボ等をこそぎ落とすKの手練を見て。
(こっ・ここ・・こりゃぁ~本物だぁっ!! クラウザー様(親方)よりも、ずっと、ずっと……)
ある意味、負けた様な意識を植え付けられたカルロスが、Kの後ろから去り。 昼の休憩を挟んだ午後。
粗方の清掃を終えたKとリュリュの元に、クラウザーが遣って来た。
Kは、気配だけで察知し。
「どうした? なぁ~んか優れない顔をしてるな」
穏やかな気配の時のクラウザーとは違い、少し気が苛立った彼だと察する。
船体を眺めるクラウザーは、Kの誰にも真似の出来ない遣り方を眺めながら。
「おうよ。 悪い話が続いてる」
Kは、首をクラウザーに向け。
「どうした?」
苦虫を噛み潰した様な顔のクラウザーであり。
「俺の元弟子で、40半ばに成る船長が居るんだが。 改修の決まってたボロ船で、強引にもう一度、航海と出されたらしい。 木造の中型客船だが、造船されてから50年。 相当な老人船だ」
「行き先は?」
「マーケット・ハーナス」
「ふぅん。 いい話じゃぁ~無ぇな。 俺たちがこの港に来た時、東の海上には雨雲が広がってたらしい。 リュリュ(コイツ)が云ってたから、間違い無い。 ボロで、冬の荒波をやり過ごすのは、大変だろうな」
クラウザーも、リュリュの脇に来て。 彼の落とした海草を見つけ、足で海に落としながら。
「あぁ。 船長のヤツは、航海士として腕は頗るいい。 だから、危ない橋を渡らされる。 全く、商人からすると、ワシ達は使い捨ての道具みたいなモンだ」
Kは、昨夜の質問をせず。
「航海法、変えられないのか?」
クラウザーは、苦々しく笑い。
「はぁっ。 役人は、人の命より金の餌が大好きさ。 各国の議会に話は出るが、商人の負担が増えると何処も却下。 裏で、随分な賄賂が回ってる」
その、どうしようもない話に、Kも鼻先で笑い。
「フン。 取り返しのつかない大事に成るまで、決めなきゃ後が無くなる所までは無理だな」
「あぁ」
リュリュは、クラウザーに。
「ねぇ。 もうオソウジ終わっちゃったよ?」
「みたいだな。 上で、何か手伝うか?」
「いいよ~」
素直なリュリュを見て、クラウザーは笑ってからKに。
「上に来てくれ」
と。
「あぁ、解った」
Kは、安物の短剣を仕舞い。 モップを海水で洗い始めた。
さて。
Kとリュリュを呼んだクラウザーは、雑務ではなく。 操舵室へと向かった。 仕事を終えた操縦士の魔術師達や、後を管理の船員に任せたカルロスも居る。
そんな中でクラウザーは、Kとリュリュを部屋中央の机の前に立たせ。
「この地図を見てくれ。 一枚は、世界の地図。 二枚目は、明日・明後日にこの街を出る船の航路図。 三枚目は、数日の気候を書いた天気候表だ」
Kは、地図を広げ。
リュリュは、クラウザーに。
「良くわかんない」
クラウザーは、笑って頷く。
「ケイ、明後日の朝に、我々は出港する予定だ。 何か、意見は?」
聞かれたKは、リュリュを見てから。
「明後日の朝は多分だが、天候は良くないゼ? 大陸から来る風は、天候に準じて変わる。 二日ばかり日差しのイイ天候が続いてた。 風の変わり目は、リュリュ、何時だ?」
聞かれたリュリュは、意味の解らない地図に首を傾げながら。
「明日のよ~る~。 夕方から、クモクモ出るよ」
「やはり、な。 んで? 明後日の朝は、風が荒れるだろ?」
「う~ん、スぅ~~ッゴク」
頷くKは、クラウザーに向き。
「船体掃除は、明日は早めに終わらせた方が無難だ。 明後日の朝がヤバいし、風向きを考えると・・。 明日の夕方以降の出港も、俺に言わせればイイ判断じゃない。 早めるか、遅らせるか、どっちかだな」
クラウザーは、ニヤリと笑い。
「俺と同じだ。 夜、港に居る船長達が挨拶に来る。 そう云っておこう」
Kは、その何枚か在る地図の一つを見て。
「しっかし、あの孤群と言って良い〔諸島ショーウィン〕って、意外に此処から近いな」
Kの話を聞いて、クラウザーも地図に目を落とし。
「あぁ。 島民500人ぐらいの漁村が一つ在る島以外は、全部岩山みたいな島が在る所だろ?」
Kは、その地図上に小さく点在する島々を指差し。
「そう。 此処、何でもこの島民が居る島の山には、半獣半人のハルピュイアが住んでるんだろ?」
「あぁ。 フラストマドの北、古代都市の山には、同じ姉妹種族のケライノア。 東の大陸にも、確か同じ姉妹種族のオキュペティナが居る。 どの彼等も、何故か人と一緒に暮らしてるみたいだな」
聞いて頷いたKは、それはそうだと云う様子で。
「確かあの種族は、生まれる全てが女でさ。 人間のタネが無いと、妊娠が出来ないんだ」
それを聞いたクラウザーは、聞いて納得の大きな頷きを返し。
「あ~ぁ、なるほどな。 それで、たまぁ~にハルピュイアを攫う悪党が?」
「そう。 あの種族は、エルフやエンゼルシュアの様に、声音が美しい。 しかも、胸や局部は人間と同じだろ? 金で客相手させようと狙うアホウが、たまさか攫うのさ」
クラウザーは、馬鹿な事だと目を細め。
「全く、情け無い。 女を真っ向から口説く事も出来ん虚(うつ)けが、そんな事に金を出すんだろうさ。 大方、告白の仕方も知らん貴族辺りじゃないか? そんな相手を買うのは」
「いやいや。 相手が相手だ。 浮気に成らんと思って、買うバカは結構居るゼ?」
下世話な話だが、これも風俗。 Kやクラウザーは、寧ろ一般知識の様に語り合う。
カルロスは、女性の航海士や船員も居るので。
「おいおい、そんな話を此処で・・」
と、窘める。
弱く目を笑わせたKは、
「スマン」
と、云って置いて。 クラウザーに向くと。
「な。 さっきの話に出た船だか。 嵐に遭うのも、この海域のやや北辺りだ。 もしかしたら、船が壊れても助かりそうじゃないか?」
クラウザーも、地図をマジマジと見て。
「おぉ、そうだな。 あの島には、魚の買い付けで定期船が行ってる。 漂着さえ出来れば、十分に…。 だが、改修をしてないだけで、壊れ切った船では無いからなぁ。 俺としちゃ~無事に切り抜けてると、信じたい所だよ」
Kも、それには期待を持つのか。
「アンタの弟子だしな。 腕の見せ所だ」
クラウザーも、何処か嬉しそうに頷いて見せた。
★
Kとリュリュの予想は、ものの見事に当たった。
次の日。
昼頃までは、良く晴れていたのに。 昼下がりから、大陸側からのやや暖かい風が来て。 港で風が舞う様に成ると、天気は一気に急降下。 夕方には、パラパラと冷たい雨が降り始め。 真夜中には、強い風が吹き始める。
さて、深夜。 揺れる船の中。
「ケイさ~ん、オフネがゆれてるぅぅぅ~」
と、ソファーに寝るリュリュが言い。
「寝ろ。 明日は、昼に出港だ。 それまで、俺は寝る」
別のソファーに寝るKは、リュリュに背を向けて毛布に包まっていた。
一人で広いダブルベットに寝るオリヴェッティは、リュリュの声に毛布とシーツを被った。
(どうしよう……、ドラゴンなのに)
急に気に成るのは、リュリュだ。 無邪気なままに、昨日から自分と一緒に寝たがるリュリュ。 中身が子供なだけに、身体に甘えられると弱い。 初めて兄弟と云うか、弟が出来た様に思えるオリヴェッティは、リュリュが可愛くて仕方無くなって来た。
そんな中。
「よいしょ、よいしょ」
暗い部屋の中で。 リュリュは、自身の寝るソファーを動かし始め、Kの寝るソファーに近付ける。
寝返りをして、薄目を開けてその様子を見つけたKは。
「おいおい、近付くな。 お前、鼾ウルサイんだから」
「イイ~じゃん。 “男ドウシ”でしょ?」
「はぁ?」
近付け終えたリュリュは、ソファーの上に寝ながら。
「ポリアちゃんの所に居る大きい人が、男ドウシならなんとかって寝てた」
Kは、直ぐにゲイラーだと気付き。
(何が起こってるんだ? あいつ等・・趣向が変わって来たんじゃ在るまいな)
と、意味が解らず、怖くなる。
実は。 と或る時、野宿をするのポリア達が、街道に作られた東屋の様な石造りの小屋に寝泊りした時だ。 身体の大きいゲイラーが、狭い部屋の中。 システィアナと隣り合って寝るのを恐れ。 イルガの方に移動して、窮屈になっただけの話なのだ。
Kは、随分とポリアの事に詳しいリュリュに疑問を抱き。
「処で、お前は。 何で、ポリア達の事情にそんな詳しいんだ?」
「え? だぁってさ。 ケイさんが、ポリアさんに、ママのゲキリンあげたじゃん」
「おう、まぁ」
「そのゲキリン。 ポリアちゃんの剣の中に入ったの」
「それも知ってる。 だからお前の母親は、ポリアの剣を通してポリア達が解るんだろ?」
「そそ。 んで、ボクもママの身体に触れてると、見えるの」
「かぁ~。 ガキのクセして、覗きとはいけ好かねぇ~な」
するとリュリュは、身をソファーから乗り出し。
(ね。 ポリアちゃんと、マルヴェリータちゃんて、オッパイすごいよね)
Kは、まぁ~た爆弾発言をしたと顔を引き攣らせ。
「このぉ・・エロガキめ。 何処まで見てるんだよ……」
コソコソ声で言うリュリュは、顔を赤くしながらも興奮して。
(だぁ~ってさぁ、オフロってのに入る時、ぜぇ~んぶ見えたのぉぉぉっ!!!!)
引き攣った呆れ笑いしか出ないK。
(もし今度ポリア達に逢ったら、教えておくか。 全く、竜族の男は好色とは言ったモンだぜ)
と、思う。
身振り手振りで、Kにポリアとマルヴェリータの胸の大きさを勢い良く教えるリュリュ。
その内、
“ゴキン”と、鈍い音がして。
「はよ、寝ろ」
と、Kは向こうを向く。
頭を殴られたリュリュは、
「うぐぐ・・、せっかくおじえてるのにぃ~」
と、呻いていた。
所々だけ聞こえるオリヴェッティは、何を話しているのかが微妙に気に成り。 寝返りを繰り返しては、聞き耳を立てていたが…。 その内、リュリュとKが寝静まってしまい。
(はぁ、何ですか。 この、同性で無い詰まらなさって)
と、ため息を漏らすのであった。
さて、一夜が明けた。
早朝の終わり頃。 まだ眠いのに、目を覚ましてしまったオリヴェッティ。 揺れ動く船の音と、激しく打ち上げる波の音でである。 強風が吹き荒れ、波を岸壁などに打ち付ける轟音が聞こえたのだ。 船長室に行けば、クラウザーも渋い顔で港の海を見詰めていた。 船の出港など、無論無理であった。
起きた一同は、隠し部屋でクラウザーも含めて軽食を取る。
明かりをつけない薄暗い部屋で、吹き荒ぶ風の音を聞くオリヴェッティは。 ふと、思い。
「ケイさん」
リュリュと二人で並び、甘いパンを齧るkが。
「ん?」
「あの・・、リュリュ君って風の神竜ですよね? この風、どうにか出来ないのですか?」
すると、クラウザーも。
「あ、そうゆう手も有るか」
だが、Kは。
「駄目だ。 それは、しない方がいい」
「どうしてですか?」
「神に近い能力を持つ神竜だろうが、所詮は世界を巡る精霊の流れの一部だ。 気象とは、様々な精霊の力が絶妙に絡み合って、全てが一つで出来ている。 嵐をどうこうしようとすれば、リュリュはケタ外れの魔力を遣い、直ぐに気絶しちまうよ。 どんな気象も、大地と空と海が息づくエネルギーの流れ。 それを身勝手で制しようなんて、傲慢な考え方だ。 嵐は、静かに過ぎるのを待てばいい。 雨も風も、季節と共に命を営む力なんだ」
オリヴェッティは、自分が我が儘を思った様で。
「すみません…」
と、謝る。
「ま、風の神竜のコイツが居れば、来(きた)る気象は千里眼の予期の如く知り得る事が出来るからな。 対処に余裕が出来るだけでも、有り難いと思えって事よ」
リュリュは、キラキラさせる尊敬の眼差しでパッとKを見つめ。
「さっすがぁ、かぁーっちょええ~」
するとKは、リュリュを睨み。
「オメェ。 もし、ママのお出迎えで海が荒れたら、責任取れよ。 甲板で、みんなに土下座100回だからな」
カチっと固まるリュリュは、
(チョ~怖いッスヨぉぉぉ~)
と、母親に来るなコールを思った。
クラウザーは、窘められたオリヴェッティを脇目で見てから。
「だが、もし操ったとして。 そんなにペナルティが有るとは思えないが?」
するとKは、肩を揺すって。
「ヘッ」
と、笑うと。
「コイツの母親なら、楽に操れようがな。 リュリュは、まだまだ子供。 風や暴風雨を堰き止める事は出きるだろうが、後は大変だぞ。 川の水を堰き止めたと一緒で、何倍にも成って遣って来る。 夏に来る嵐の何十倍ってハリケーンが来て、直ぐに街が壊れるよ」
「そうか。 未熟に操るとは・・・そうゆう意味なのか」
クラウザーは、Kが言う意味が解る。 川の水を堰き止めて、貯まった水量が多ければ多いほどに濁流となるだろう。 それが風で起こる訳だ。 今以上に強い風などが来れば、街は崩壊してしまう。
Kは、リュリュがガバっと取ったパンを横目に見て呆れながら。
「そう。 自然は、ハリケーンでも、大雨でも、キリにいい所で纏めてる。 人間や動物にとっては過酷でも、自然にとってはキリのいい処。 なんとかそれに耐えうる物を作っときゃ、それでいい訳だ。 船も、家も、街もな。 強引に歪ませれば、そのしっぺ返しを食らう。 ほどほどが一番って訳ですがな」
そう言ったKは、完全に何処か冷めていた。
オリヴェッティは、Kを外した視線の視界で捉えながら。
(ハァ。 嫌われたかしら)
と、思った。
港の船を大いに揺らし、波止場代りの入り江を作る岩壁をも越える程の荒波を生み出した強風だが。 早朝も過ぎた頃に成ると、落ち着き始める。
先に出港予定だった中型客船が戸惑う中で、クラウザーは風が穏やかに成るのを見越し。
「カルロス、出港の合図を出せ。 もう、直に風は止む」
操縦士達の前でカルロスは、どの船も動く気配が無いのを望遠鏡を見ながら。
「いいんですかい? もう、出港して? あっし等は、昼過ぎを予定したハズですゼ?」
クラウザーは、操縦士として動力を動かす魔術師に合図を送ると。
「このまま昼過ぎを待ったら、各船が近付き過ぎる連結出港に成る。 古いタイプの風と魔力の両方を使う客船も紛れる中で、込み入った出港は事故の元だ。 一番大きいこの船なら、この風の中でも十分に出て行ける。 航路を2日ほど南寄りに退いて行けば、後から来る足の早い船と接近する事も無いだろう」
クラウザーが言った後、一緒に操舵室に来ていたKが。
「今の時期。 クルスラーゲ東方の溝帯砂漠沿岸は、朝晩の気温差で霧が出易い。 変に曇った後なら、尚更だ。 霧の中で船が近付いても中々解らないからな。 クラウザーの判断は、間違いじゃない」
カルロスは、まだ若いKに言われては、何処か腹立たしい感も有るが。 常人離れした才を見て居るだけに、何も言えなかった。
「出港準備っ。 合図の汽笛を鳴らせっ」
操舵室内の窓から、船員が白旗を振る。 外に居て、準備をしている船員に合図を送ったのだ。
外れた所の窓前に立っていたオリヴェッティとリュリュは、見下げる甲板で船員達の動きが慌しく成るのを見ていた。
空が晴れた頃合で、クラウザーは船を出した。
昼過ぎまで海を行けば、風も穏やかに落ち着き。 晴天の心地よい船旅を満喫できそうな冬晴れと成る。
甲板に出入りが許されると、乗客や旅芸人が出て。 演奏が行われたり、社交場として話し合う客が景色を見る緩やかな時間が流れ出したのである。
それから、2日。 海も穏やかで、クラウザーの船を時折追い越す船が見えるだけで、何事も無い日々が過ぎる。
Kとリュリュは、一度だけ。 〔鮫鷹〕と呼ばれたモンスターの襲来を撃退した。 他の乗客となる冒険者も参加したが。 風の魔法を遣ったリュリュが軽々と倒していた。
だが、そんな穏やかな船旅が急に緊迫した状況に陥ったのは、出港から3日目の夜事だった…。
最初のコメントを投稿しよう!