秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

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 ≪最強のゴーストバスター、 此処に降臨だよっ!!(リュリュ)≫ リュリュの呼ぶ風のレールによって、海上を疾走するKやオリヴェッティを乗せた船は、ドス黒い靄の塊を見つけた。 (嘘っ! こっ・これが・・・幽霊船っ!!?) 晴れた午後、夕方に差し掛かる目前の空の下。 オリヴェッティは、黒い靄の塊の上一帯だけ、雷雲が蟠るのを見た。 灰色というより、くすんだ鉛色の雨雲は、絶えず落雷の様な音を伴った稲光を発し。 その雲にまで届こうかと云う靄。 丸で、靄の壁と雨雲の屋根を持つ、巨大な城が海を動いていると思えるのだ。 その靄に近づくと・・。 不気味と云うべきか、丸で胸騒ぎを掻き毟りたくなる様な闇の波動が、息づく胎動の様に木霊して感じられるのが解る。 オリヴェッティは、強い波動に気を引き締めた。 気をしっかり保たないと、恐怖が心に居座って動けなくなりそうな…。 そんな畏怖すら、この靄からは感じられる。 そして、靄の掛かる所に近づくと、リュリュは身構えた。 急にリュリュが身構えるので、オリヴェッティが何事かと思う時。 - ヴア゛ア゛アァァァ~。 - 不気味な呻き声が聞こえ。 人の悩み苦しむ様な顔をしたゴーストが、フワ~リと青黒く光って現れたではないか。 「モッ・モンスターっ!」 驚くオリヴェッティは、船底に転がしたままの態勢でステッキを手に取った。 が。 それより早く、リュリュの両手が淡く蒼翠のオーラに光り。 空気を裂く音を奏で、半透明なオーラで出来た爪が現れる。 リュリュは、引き締めた顔で目を凝らし、爪を振るった。 オリヴェッティの目が、見開いたままに止まる。 (き、斬った。 亡霊(ゴースト)を、爪で…) 黒い靄の中から群がる様に、リュリュに纏わりついて来たゴーストだが。 リュリュの素早い爪に斬り裂かれて、消えて行く。 一般の武器を持たず、魔法も使わずしてゴーストを倒したリュリュ。 Kは、靄の中に船を走らせる風が、一気に弱まったのを解った。 闇の波動が垂れ込めた海面にぶつかり、風の力が弱められている所為だろう。 だが、風の力が強いから、そのまま靄の中にまで船が進むのだ。 リュリュの力と、この船を動かす主の力は、微妙にリュリュの方が強いらしい。 リュリュに戦いを任せても、何の動揺も見せないK。 “子供”だの、“ガキ”だの言っていた彼だが。 リュリュの能力に一つの安心を持っていると云えよう。 さて。 緩やかに靄の中に突入する中で、最初に見えて来たのは、何かの影。 Kは、舵取りを止め。 「リュリュ、交代だ。 俺がボロ船に乗り込んだら、右側の先に離れ。 直ぐ其処の先を行く船に近づけ」 こう云ってからオリヴェッティの肩を軽く掴むと、前のリュリュの船に乗り移りながら。 「オリヴェッティ。 助ける船に乗り込んで、船長に事の次第を説明してくれ」 オリヴェッティは、震えそうな唇を強張らせ。 「それ・それだけ?」 「後は…、そうだな。 靄を伝って、船を襲う為に遣って来るモンスターの排除のみ。 リュリュが一緒だから、まずは大丈夫だろう。 只、逃げる船の進み方がなんだか変だ。 壊れてるかもなぁ」 リュリュも。 「海面を伝わってる波紋が、なぁぁんかヘンだよねぇ~。 左に~右に~震えてるみたい」 「だな。 蛇行し始めてる所を見ると、船の上にモンスターが乗り込んでいる可能性も有る。 二人も、気を引き締めろ」 真っ黒い靄の壁の中は、意外に視界は良好だ。 その内、靄を抜け切ると、高さの有る古い船が見えて来た。 甲板より上に出る建物は、操舵室のみで。 船体の幅は中型船なのに、高さだけは大型船並みの船だ。 船体の所々に穴が開き、部分部分が壊れている。 マストを形作る三本の太い柱は、どれも軒並みヘシ折れている様だ。 確かに、フジツボや磯巾着のこびり付いた船体などは黒ずんでいて。 海底から引き上げられた沈没船の様な、そんな姿の見たとおりの幽霊船だった。 幽霊船を見たリュリュは。 「うひゃ~、スンゴイね。 ボ~レイさんの塊みたい」 オリヴェッティも、そのリュリュの表現した意味は解る。 闇の力が蟠り、船全体を取り巻いている。 感受的な感覚を研ぎ澄ませると、返って受け止め過ぎて気絶しそうな程に感じられてしまうだろう。 それ程に、闇の波動が強いのだ。 Kは、船が幽霊船の船体下に近づいたのを見計らい。 壊れている船体の穴の開いた場所から突き出した木の板に、軽々と飛び上がる。 (あっ、凄い…) 見ているオリヴェッティは、その飛び上がった高さですら、自分の倍以上は有る様に見えて。 Kの見せぬ能力の高さに、限りが有るのか解らない。 どうして、自分がリーダーでいいのかが、解らなかった。 一方。 ただ壊れて乗っているだけの木の板に飛び乗ったKは、手前の海側に板をずらしたりする様子も無く。 丸で体重が無いかの様に歩いて、船体の中に入って行った。 それを見送ったリュリュは、オリヴェッティを見て。 「んじゃ、いくよぉ~」 Kの行った方を見て、呆けて居ていた彼女だったが。 リュリュの声にハッとして、我に返ったオリヴェッティ。 「えっ? あ、えぇ」 リュリュは、モワモワと漂い近づいて来るゴーストを、また風のエネルギーで生み出した爪で斬り裂くと。 海上を駆ける風の力を強めて、二人の乗った船を先に進ませる。 「………」 心配になり、Kの行った穴を見たオリヴェッティだが。 炸裂する光の様な強い力が一瞬だけ鼓動し。 穴の周囲に蟠る闇の力が、丸で削り取られる様に弱まったのを感じた。 (もう戦っているんだわ。 一瞬の煌きの様な力…。 嗚呼っ、なんて神々しいんでしょう) その瞬間、予感が出来た。 “Kは、絶対に負けない” と。 リュリュは、幽霊船の脇を抜けながら、船の甲板にドス黒い闇と魔の力を持った何者かが居る事を悟る。 そして、その周りに、次々とモンスターが生み出されている事も。 逃げる船に向かって伸びる暗闇の靄に中には、ゴーストの呻きや鈍い光が感じられている。 (い~そご) 数の多さに、リュリュも少し怖かった。 助けた船の人が、殆ど死んでいるのではないかと思えたからだった。        ★ K達が幽霊船に辿り着く少し前だった。 「船長っ!! もう駄目だぁぁぁっ!!!」 操舵室の後部窓から、ブライアンが叫んだ。 幽霊船を取り巻く靄が、この船の直ぐ其処に伸びて来ているからだ。 波とぶつかる難路の逃げ道を行くウィンツは、追い風や向かい風の力を使って回る風水車輪の軋みを聞いて焦っていた。 風の受ける方向で、前回りや後ろ回りをして前に進める様に工夫された風水車輪だが。 強い海流や波に逆らう形では、回転が鈍って軋む。 その音が、ギィギィ・・ギシギシと聞こえているのだ。 「諦めるなっ! ラグーン地帯は、もう目の前だっ。 直ぐ其処なんだっ!!!!」 苦しいウィンツの見上げる空には、マキュアリーが先行している。 頻りに前を翼で示し、水平線の直ぐ先にラグーンが見えていると訴えている様だ。 怪我をして動けないジョベックは、片隅で蹲る。 出血が酷く、やっと血の出は鈍ったが、出た量も衣服を染める血で解る。 早急に手当てし、医者か、僧侶の手を借りなければ死んでしまうと思えた。 だが、此処で。 甲板後尾に出ていた下働きの船員が、 「靄がぁぁっ! 靄が掛かるっ!! わっ、わぁぁっ、ゴーストだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 と、大声を上げた。 (チィっ! 追い付かれたぁぁっ!!!) ウィンツも、此処まで来て限界とは悔しい。 少しでも先に逃げようと思う気持ちが、焦り拗れて思考を鈍らせた。 空の青さの一部が、幾らか赤みを帯びる頃。 丸で、逃げる船を捕まえる黒い大きな掌の様に、広がりながら忍び寄って来た黒い靄。 下働きの船員達6名と客などが一緒に成って、服やマントや麻袋を振り靄を退けようとしていたが。 遂に、靄は船の後尾にフワフワと辿り着く。 靄を振り払おうと近くに走った船員の目の前に、仄かに蒼黒い光や青白い光に暗い緑の筋を光らせるゴーストが見えた。 「うわぁぁぁーーーーっ!! モッ・モモモモ・・モンスターだぁぁぁっ!!!!」 その苦悩するゴーストの顔を見た家族連れの客である父親は、娘を抱き抱えて船内に逃げようとする。 其処で、マントを捨てたルヴィアが。 「船長っ、このまま逃げろっ!! モンスターは、我々が引き受けるっ!」 と、鋭い声を発する。 ビハインツも、船員や客達に。 「逃げろっ、前の甲板に逃げろっ!!」 と、両手にアクスを握った。 (チクショウっ!! 只の武器でかぁっ……) ゴーストを普通の武器で倒せない事は、十分に理解している。 歯軋りをするビハインツに、 「使えっ」 と、ルヴィアが差し出したのは、取っ手の付いた薬壺だった。 「これは?」 と、聞き返すビハインツに、ルヴィアは即座に応え。 「聖水だ。 武器に掛ければ、少しの間はゴーストを切れるっ」 「おぉ、成る程。 これで斬れる、助かった!」 左のハンドアクスを脇に抱えたビハインツは、ルヴィアから壺を受け取った。 ルヴィアも、自身の細剣を引き抜き。 もう一つの聖水の壺を開いて、剣に掛けた。 重い舵を支えるウィンツは、 「大丈夫なのかっ!? ゴーストに普通の武器は効かないだろうっ!!?」 と、大声を掛ける。 ルヴィアは、靄がジリジリと向かってくる方に走り出しながら。 「聖水を持っているっ。 武器に使えば、この通りだっ!!」 女声を張り上げ、靄の中に見えたゴーストを一振りで斬り倒した。 窓枠にヘバり付いていたブライアンは、その光景を目の当たりにし。 「きっ、斬ったぁぁっ。 ゴっ・ゴゴ、ゴーストを・・斬ったぁっ!!」 ブライアンの大声を聞いて、少しでも足掻く手段が出来た事を知るウィンツだ。 (何がなんでも、逃げてやるぞっ!!) と、心に叫び上げた。 後ろで戦う二人の為にも、最後まで諦めたく無かった。 然し、事態はどんどん悪化してゆく。 「うわぁぁっ! 中に入って来たぁぁぁーーーっ」 怖くて、一人で地下の船室に逃げた旅人の男性は、ヨレヨレのツバ広帽子を何かに引っ掛けたとベットの上で見上げると。 なんと其処には、壁を擦り抜けてきた亡霊の顔が見えていたのである。 大慌てでベットから転げ落ちる彼は、廊下へと飛び出した。 一見、ただ彷徨うだけの亡霊だと思うが。 その恐ろしさは、攻撃態勢に入ると解る。 ピカピカと光り出し、呻きが喚きに変わると…。 - ピシっ!! - 空気を切り裂く音と共に、部屋の中に備えて有る花瓶が宙を飛んだ。 〔ポルターガイスト〕である。 思念を念動波に変え、窓を割ったり花瓶を飛ばしたりする。 この攻撃の最大の特徴は、甲板の後尾でその威力が伺える。 「ビハインツっ、気をっ…」 鋭く言い放たれ掛かったルヴィアの注意は、途中で遮られた。 自分の目の前を、強力な思念の波動が飛んで行った為だ。 「だぁっ、うおおおおおっ!!!」 突然に、目に見えない衝撃波を食らったビハインツは、馬車にでも撥ねられたかの様にフッ飛ばされ。 甲板の縁へと転がった。 - ウワアァァァァァァっ - 船の甲板後尾には、小さい亡霊に囲まれた、一際大きな亡霊が居る。 雄叫びの如く呻き、ウネウネと伸び上がった。 そう、亡霊達は集まり、その力を増幅する事が出来るのだ。 この亡霊に取り囲まれると、人の精神を慄かせて絶望させる“恐怖の囁き”を行う。 恐怖に魅入られた心は、短い間に亡霊から切り離し。 僧侶の魔法や、踊り子・吟遊詩人の歌う魂静めの歌を聴かないと、自我が壊れてしまう恐れが出てくる。 「くっ、はっ」 近づく亡霊の一匹を突き、更に回り込んできた亡霊を振り返り様に斬り上げたルヴィアは、ビハインツの元に走り寄った。 「おいっ、大丈夫か?」 鉈の様なブレード型のハンドアクスを手に、少しヨロめきながらも膝を上げたビハインツ。 「だ、だ・大丈夫だっ。 クソ…、ゴーストのクセに、や・遣りやがるゼ」 完全に、黒い靄へ飲み込まれた後尾先端を見るルヴィアは、そのままに。 「集まったゴーストは、力を強くする。 集まり出したゴーストは、優先的に斬った方がいい」 「そ・そうか。 ゴースト系と戦うのは、これで二回目なんだ…。 場数が足りねぇ~な」 と、ビハインツは苦し紛れの気持ちを吐いた。 ルヴィアから見て、ビハインツの腕前が駆け出しとは思えなかった。 恐らく、今まで相手にしたモンスターの種類が一方的なだけで、戦う能力の劣りとは思えなかった。 立ち上がったビハインツと、彼の脇に構えたルヴィアだが。 - バァーーーーーンっ!!!!!! - と、凄い破壊音が耳を劈(つんざ)く。 「わぁっ」 「うおっ」 音と共に、大きく揺れた船体。 体勢を崩した二人は、粉々に成り散って行く木の破片が舞い上がったのを左に見た。 「一体っ、何だぁぁぁっ!!?」 舵を大きく取られて船体が傾き、横倒しに成るのではないかと思える程に驚いたウィンツ。 揺れや傾きに足を取られながらも、甲板の縁に跳び付いたルヴィア。 船体側面を見下ろした所で、視界にとんでもないモンスターを入れ。 「不味いっ! 〔ニーブガイスト〕だっ!!!!!!」 と、海上に声を響かせた。 - ウワウワウワウワァァァ……。 シネ・シネ、シネェェェェェェ……。 - 男だか女だか区別の付かない不気味な声が、幾重にも重なった様な恐ろしい声が響く。 膝を甲板に崩しながらも、近寄ってきたゴーストを斬り払ったビハインツは、 「何だそらぁっ!? そりゃっ!!」 と、また向かって来るゴーストを斬る。 ルヴィアは、いきなり震える声で。 「あああ赤いっ、大きなゴーストだぁっ!! 大きな人の頭蓋骨が、炎の様なエネルギーの中に浮いている亡霊モンスタぁぁ………」 そんなルヴィアを見返すビハインツは、 「強いのか?」 と、鋭く問うた。 だが、自分の質問に対し、脅えた目を向けて来たルヴィアを見て。 相手にしているゴーストなど、恐らくは足元にも及ばないモンスターなのだと解った。 (最悪だぜっ! 俺も、此処までかぁっ!?) ビハインツは、海に飛び込んでも逃げる事など出来ないと解っていた。 命を捨てる時が、此処に来たと思い。 「仕方ねぇ、死ぬまで暴れ捲くるしかねぇなぁ。 行くぞおぉぉぉっ、オラァァァァァァ!!!!!!!!!!」 立膝の体勢から立ち上がるのと同時に走り出したビハインツ。 目指すは、更に大きく融合しようとしているゴーストに、だ。 「待てぇぇっ!!!」 ルヴィアは、ビハインツの姿に驚き。 竦み掛かった身を立たせた。 彼女の脳裏に、過去の記憶が甦る。 前に一度、“デュラハーン”に出会った時、その恐ろしいオーラに逃げる事しか出来なかった。 高位の僧侶が3人も居たチームに入っていた彼女だが。 リーダーが死んでチームがバラけたのである。 正直、亡霊に対しての対処する知識は持ち合わせるが。 何度も恐ろしい目に遭った亡霊や死霊を相手にするのは、嫌だった。 だが、もうそんな事を言ってられない時なのは、彼女も解っている。 (今、跡(あと)を行く。 ロアーダ、私を待っていろっ) 彼女の居たチームのリーダーであった、神官戦士ロアーダ。 無骨で不器用な男だった彼は、貴族で家を飛び出し冒険者に成ったばかりの、二十歳そこそこのルヴィアを仲間にしてくれた。 腕前を問わず、仲間として色々教えてくれたロアーダ。 彼は、何事にも真剣なルヴィアに恋心を抱き。 幾度と告白を重ねて来た純粋な人間だった。 だが。 ルヴィア自身も理由が在って、25に成る今まで男性に不慣れな生活を貫いている。 ルヴィアは、その告白に結局は応えられなかったのだ。 そのロアーダのチームが、と或る亡霊騒ぎを鎮める依頼を請けたのに。 其処には、黒幕の様にデュラハーンが居た。 大怪我をした仲間の一人を助け、デュラハーンから逃げた自分。 殿(しんかり)と成って、仲間を逃がして死んだロアーダ。 彼が死んで初めて、自分もロアーダを好いていたと悟ったルヴィア。 残ったチームの仲間達がもう一度、一緒にチームを組もうと言って来た。 だが、ロアーダを見捨てた面子で、のうのうと冒険など出来ないと思ったルヴィア。 自分の弱さを恥じ、再結成の話を蹴ったのである。 今、ビハインツの捨て身の姿を見て、ロアーダの姿を見た気がするルヴィア。 逃げる場所が無いと解っているだけに、此処で散る決意を固めたのだった。 「最後までっ、諦めはせぬぞぉぉっ!!!」 再び気炎を吐いて、亡霊の群れの中に飛び込むルヴィア。 この亡霊達を守り、また守られるのが靄の様だ。 亡霊達を斬り倒せば、息を吹き掛ける程度だが、靄も薄まる。 纏わり付く亡霊を次から次へ、視界に入ったモノから無我夢中で倒し捲くった二人。 一方で、地下の船室を見て来たブライアンが、操舵室のウィンツの元に戻り。 「てぇへんだっ、キャプテーーーーーーンっ!! 赤いバケモノがぁぁっ、船体の壁を壊し回ってるっ!!!!!!」 おぞましい亡霊を見てしまった彼は、もう発狂寸前の様な顔をしていた。 船の推進力を生む風水車輪が壊れたのを、ウィンツは舵の揺らぎから解っている。 「ブライアンっ!! もういいからっ、ジョベックを連れて行けっ! 甲板の前にっ、行けぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」 この緊急時でも諦めもしないで。 そして、船員を第一に考える船長を、ブライアンは初めて見た。 それから、ダメに成るまで付き従おうと決めて来た今だ。 「キャプテンっ、死ぬのは、みんな一緒ですぜ……」 縋る様に、前に出て言うブライアン。 するとウィンツは、鬼の様な怒りの形相を見せ。 「バカやろうがぁっ!!!!!!!! ラグーンに逃げ込めさえすればっ、俺が死んでもお前達が生きてりゃ何とか成るっ!! 望みってのはなぁっ、死にゃ諦めるられんだっ!!!! せめて死ぬまでっ、男なら喰らい付けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!」 バランスを失いそうになる舵を、必死に堪えて握るウィンツ。 ブライアンは、死ぬ最後でいい船長に逢えたと思い。 「解りやしたっ! 客の安全は、アッシが必ずっ!!!!」 と、気を失い掛けているジョベックを担ぎに向かい。 操舵室を出る時に、敬礼をしてブライアンは出て行った。 - アァァァ……ウワァァァァ…………。 - 亡霊の呻きが、ウィンツの耳にも大きな声で聞こえ出す。 パッと見上げた窓の外には、近場にまで下りていたマキュアリーの姿が見える。 最悪、マキュアリーには、抱えられそうな幼い少女だけを託そうと考えたウィンツ。 戦い続ける冒険者の二人が気になり。 絶望的な戦場と化した後尾を振り返り見た。 ウィンツが振り返る手前。 死に物狂いで戦うルヴィアとビハインツは、亡霊の蔓延る靄に包まれそうだった。 纏わり付く様に、自分達を取り囲む亡霊達の呻き声。 船体が部分部分で壊される度に体勢を崩し。 そして、亡霊達に取り巻き付かれるのを、必死に振り払うかの様に斬り捲る二人。 そして、ビハインツが融合しそうな亡霊を斬り。 ルヴィアが、別の亡霊に細剣を突き込んだ瞬間。 (あっ!) 驚愕に近い見開いた二人の目は、亡霊を擦り抜けるだけしか出来なくなった己の武器を見た。 (此処まで・・だな) (終わった…。 今、逝く) 戦う手段を絶たれた二人の目が、静かに交錯し。 靄に完全に包まれる二人を、ウィンツは振り返る所で見た。 「にげ………」 言葉を吐き出し掛けたのと同時に、噴火する様な絶望の焦りを覚え。 ウィンツは、思わず舵を握る事を放棄し掛けた。 その瞬間である。 ウィンツの視界の中で、靄が爆発する様に一気に吹き飛ばされた。 靄に包まれた筈のルヴィアとビハインツが、千切れ飛ぶ靄の後に見えたのである。 「……あ? どう・・した?」 予測不能の急激な展開にウィンツは、事態の理解が出来ない。 成るべき方向とは、全くの逆の予想外の事態だった。 すると、更に其処へ。 「あ~、とぉ~~~~」 と、間延びした若い少年の声がして。 ローブを身に纏った者が、女性らしき誰かを抱えて後尾の甲板に着地したではないか。 (えっ!? 俺はぁぁ……ま・幻でも・・見てるのか?) ウィンツは、この期に及んだ終いに、自分もおかしく成ったと思った。       ★ 亡霊達。 そして、幽霊船の襲撃は、此処で終わりを迎えた。 壊れた幽霊船の船体に入り込んだK。 海水が船体内の木の彼方此方に沁み。 所々には、海草を生やしたボロボロの船内に於いて。 彼は、身体の周りに美しい黄金のオーラを纏わせ。 迎え撃ってきたスケルトンやゾンビの群れを駆け抜けるままに、瞬殺して塵に返す。 - オオォォォォ・・・。 - 自分に向かって来る事を躊躇うゴーストを見るKは、不敵な笑みを口元に現し。 「人間を殺す目的で生み出されたんだろう? ビビったってな。 お前ら、チビる事も出来無ぇんだからな」 と、ゴースト達にゆったりと歩み寄り。 後退さるゴーストに、指を弾いてはエネルギーをぶつける。 次々と消える仲間に慄き切ったゴースト達は、破れかぶれの様なままに一斉にKへと襲い掛かるのだが…。 一瞬で消滅させられてしまった。 所、代わって。 甲板に風の力で飛び乗ったリュリュは、オリヴェッティを降ろすと。 「オリヴェッティのオネ~サンって、ホ~ントやわらかぁ~い」 恥ずかしい事を平気で言うリュリュだ。 オリヴェッティは、少し顔を赤らめ。 「変なコト言わないの」 「はぁ~い」 目の前で、完全に場違いな会話をするリュリュとオリヴェッティを見るのは、覚悟を決めた筈のビハインツとルヴィアだ。 「・あ」 「…あの」 二人に声を掛けられ、ハッとして。 「あ、あら、まぁ…。 いらっしゃったのですか」 と、苦笑いするオリヴェッティは、二人に一礼し。 「助けに来ました。 乗客の皆さんや、船の船員さんは大丈夫ですか?」 と、言う。 その彼女に対し。 乗って来た船を繋いだロープを、何処かに結ぶ所を探そうとしたリュリュは、女性の様に美しい男性の様な感じのルヴィアを見つける。 彼女の着るコートの開かれた首周りを見て、膨らむ女性らしき胸を見ると…。 「わわっ。 この人もオネ~サンだぁ」 ルヴィアの前に進み出る。 そして、 「ねね、オネ~サンでしょ? ココ、オッパイだよね?」 と、いきなりルヴィアの胸を指差したリュリュ。 「まぁっ、ちょ・リュリュ君っ」 と、驚くのはオリヴェッティ。 「なぁっ、……」 張り詰めた極限の緊張が解けない中で、いきなり変な事を言われたルヴィアは、返答に困って硬直した。 が。 フッと顔を緩ませるルヴィアは、 「あぁ、私は女だ」 と、子供相手の様に言ったのだ。 ゴーストと靄が千切れた事の方が、嬉しかったからだ。 そんな中、ウィンツの声が。 「おーいっ、一体どうなってるっ!?」 と、聞こえる。 ルヴィアは、オリヴェッティに事の次第を聞こうと。 「お・・」 と、何かを言い掛けた。 其処で。 - ウワ゛ア゛ア゛ア゛ァァァァっ!!!!!! - 凄まじい雄たけびとも、喚き声とも聞こえる声が轟く。 ルヴィア達の脇。 甲板縁の外側である宙に、真っ赤な炎の塊が現れた。 「まぁっ!」 オリヴェッティは、丸で人の背丈を軽々越えた髑髏(されこうべ)が、紅蓮の炎に包まれているかの様なモンスターの出現にステッキを構える。 「くっ、まだ居たのかっ」 リュリュを庇う様にしてルヴィアは剣を構えた。 「くそうっ、コイツがニーブガイストかっ!」 ビハインツも、ルヴィアの脇に出た。 太陽の光に包まれた夕方前の甲板の縁に、おどろおどろしい頭蓋骨の姿をしたモンスターの“ニーブガイスト”は現れた。 然し、ブルブルと震えて居て、何処と無く苦しんでいる様に見え。 - オ・オノレッ! ハラダタシイニンゲンガァァァァ。 - と、甲板の上に圧し掛かる様に進んで来る。 だが、詰まらなそうなリュリュが。 「ウッサイなぁ~~。 せっかく、びじ~んのオネ~サンと挨拶してるにぃぃ~」 と、ルヴィアの前に出るのだ。 「コラっ、危険だっ」 と、焦ったルヴィアが、リュリュの腕に手を伸ばし掛けた時。 吹き上がる風の感触に驚き、思わず手を引っ込める。 (なっ!? 何ん、だ?) リュリュに更に驚かされたルヴィアと、二人を見るオリヴェッティやビハンツの目の前で。 スタコラと進み出たリュリュは、その本領を発揮する。 「ユ~レイのぶんざいでぇ~。 ケイさんとマブダチのボクに歯向かおうなんてぇぇ~、センネンはやいのだぁ~~~~~」 凝らしたリュリュの瞳に宿るオーラの光が、一際強く成る。 - ナッ・ナンダッ! コノ、ツヨキジュンスイナチカラハッ!? - ニーブガイストは、リュリュから感じるエネルギーの波動が、生半可な強さでは無いと感じれたのだろう。 予想外の相手に、驚く事が先になってしまう。 そして、 (嗚呼…。 なんて聡明で強い風のオーラ…………) オリヴェッティは、戦ぐ爽やかな風の力を幾重にも強く重ねた、爽快感さえ迸る風のオーラを感受した。 その身に、ある種の快感に似た嬉しさを感じる。 長き冬を耐え、暖かな春の日差しと柔らかな風を感じる様な感覚だった。 さて。 オーラを全身に纏ったリュリュは、両手に煌く風のエネルギーを集めると。 「オマエなんか~きえちゃえっ!!!」 と、その両手をニーブガイストに向けて押し出した。 「うわっ」 「何だぁっ!?」 眩しい蒼翠(そうすい)のエネルギーが迸り。 ルヴィアも、ビハインツも、リュリュの手とニーブガイストを直視出来なくなった。 リュリュの手から放たれた強烈なエネルギーの波動は、膨張する様にニーブガイストを押し潰す。 - ウガガガガァァァッ!!!! コンナッ、ジュンスイナ・・カゼノ……。 - 逃げる事も出来ないニーブガイストは、エネルギーに貫かれ。 巻き起こる風圧と共に掻き消されて、瞬時に消滅してしまった。 その衝撃で揺れる船だが。 遠目から、その一部始終を見つめていたウィンツ。 舵を握る事も忘れ掛けた中で、リュリュを見て。 「す、すげぇ」 と、呟くのが精一杯だった。 眩しさから開放されたビハインツは、ニーブガイストが消えているのを確認して。 「あ、あ? あ・・いねぇ。 俺達は、たっ・助かった・・のか?」 ルヴィアも、目の前で腰に手を当て可愛い高笑いをするリュリュと、消え去ったモンスターの跡を交互に見て。 「の・様だ・・な」 信じられないままの空回りした緊張感に惚けてしまう。 オリヴェッティは、そんな二人に。 「よく頑張りましたね。 もう、大丈夫ですわ。 さ、逃げる準備をしましょう」 ビハインツは、いきなり現れたオリヴェッティの言葉が飲み込めない。 「あ? 貴女は、一体、誰だ? に・逃げるって・・一体、何処へ?」 ルヴィアは、やや冷静に。 「そうだ。 然も、まだ幽霊船が動いてるっ」 と、黒い靄の渦巻く方を指差した。 ニコやかに笑むオリヴェッティは、 「大丈夫ですわ。 あちらには、私達よりもっと強い方が乗り込んで居ます。 逃げる為の船も用意しましたし。 私達が乗船している大型客船も、皆さんの帰りを待ち侘びてます」 と、二人を見た。 この時、事態の様子を伺いに。 船首甲板の方から、操舵室を覗くブライアンとマキュアリーが居て。 「キャ・キャプテン?」 ブライアンの声を聞いたウィンツだが。 リュリュ達の方に釘付けに成ったままで。 「ブライアン・・か、舵を持て。 どうやら、たった・助かったみたいだ」 と。 「えっ、あっ!?」 驚いたブライアンは、慌てて二階の屋根に上り。 ギシギシと木の部分を軋めかせながら、操舵室に入る。 舵を代わったウィンツは、急いで甲板の後尾へと向かった。 オリヴェッテイと話すルヴィアは、一人単身で乗り込んだKに驚き。 「バっ・バカなっ!! 亡霊亡者や悪霊や死霊の巣窟の幽霊船に、一人で乗り込むなど・・き、気狂いだっ!」 一方で、リュリュの運んで来た船二艘を見下ろしたビハインツは、 「とにかく、この船もヤバいっ。 丁度、遣って来た船が二艘有るっ。 下に有る船に乗り込んで、一艘で避難し。 もう一艘で、幽霊船に行った誰かを助けようっ!!」 と、焦ってそう言う。 だが、リュリュは。 「そんなのいいよ~。 助けが必要なのはぁ~、幽霊船に乗ってるモンスターだって」 と、Kの真似の様な軽口を叩いてみせた。 ウィンツが此処で、ルヴィアの後ろに来て。 ルヴィアは、暢気なリュリュに何かを言おうとした。 然し此処で、好転した事態は、最後の追い込みに向かう。 魔法遣いのオリヴェッティと、魔法の力を感じる事の出来るリュリュは、幽霊船の方から急激に爆発する様な力そのものの波動を受け。 「まぁっ!!?」 「うわぁ~おっ」 と、声を上げて振り返る。 ビハインツ、ルヴィア、ウィンツは、そのままの位置で見えた。 幽霊船を覆い尽くす黒い靄が、いきなり強烈な爆風でも受けたのか四散していく様を…。 その場に居た5人の内、リュリュ以外の者は甲板後尾の縁に飛び付く。 何が起こったのかを知りたくて、驚きの衝動に突き動かされるままに。 リュリュは、直ぐに解った。 (ケイさん、元気だぁ~) 強まる南風と波の影響で、略その場に止まったシーフランク号。 一方で、シーフランク号に船体を横向きにする幽霊船は、靄を失って丸見えに成った。 「カァ~、なんて古い型の船だぁ……」 と、ウィンツが驚く。 何故か、小雨が降る幽霊船の周り。 ルヴィアは、幽霊船の船首近くに、誰かが立っているのを見つけ。 「人かっ!?」 と、声を上げた。 其処には、全身黒尽くめの男が、ギラギラと滾る様な黄金のエネルギーを手や身体に纏わせ、ユラ~リと立っていた。 然も。 ギョっと目を見張ったビハインツは、黒尽くめの何者かの方を指差し。 「お・おい、おいおいっ!! あの男が掴んでるのは…………、ロトンフラッパーとミジュルホムガニスじゃないかっ!!!!」 海に生息するモンスターも数多いが。 〔死霊バエ〕と言う人並みに大きいアブのモンスターの種類の一つが、〔ロトンフラッパー〕と言う。 腐った様な頭に、黒ずんだ緑色の身体をした肉食アブで。 群れては、海辺周辺の洞窟や無人島に巣食い。 エサを探して住処周辺を飛び回る。 テリトリーに入り込んだ船を集団で襲い、人の身体を唾液で溶かしてその液を吸うモンスターだ。 もう一方の〔ミジュルホムガニス〕とは、体長が馬車数台分に相当するウツボのモンスターだ。 蒼白い頭に、死蝋化した様なブヨブヨの身体で。 小船に乗る人などを海に突き落として食べる。 Kの右手には、首の無いロトンフラッパーの羽が持たれ。 千切れた身体が、黄土色の体液をダラダラと垂れ流している。 そして左手には、大人の頭程の大きさをした蛇の様な、ミジェュホムガニスの頭部だけが握られていた。 そして、そのモンスターをも惨殺している様なKの姿は、黒尽くめの姿から悪魔そのものに見えるのだ。 さて。 信じられない光景を見るルヴィアは、Kの前に見えるモンスターを知っていた。 ドス黒い液体の様な身体で、人型をしている。 〔シャドゥ・バノォード・アビス〕。 “アビス”(魔界の俗名)を受けるだけあり、最高位に属する亡霊モンスターだ。 人を甚振り、嬲り殺しにするのがその思念で。 悪辣にして非道、陰険にして残虐な行為を好む。 だが。 ルヴィアの見るそのモンスターは、脅えているかの様に見えた。 黒尽くめの何者かが、その手に持ったモンスターの残骸を甲板に落とし。 シャドゥ・バノォード・アビスに一歩近づくと。 絶対強者的な力を示すゴ-ストモンスターが、ぶれる様に身をたじろがせるではないか。 (まさ・まさか…。 あの凶悪な思念の塊であるモンスターが、お・脅えてるのか? そっ・そんなバカなっ!! 4人もの高位の司祭を相手に、丸で支配者の如く振る舞い立ち向かって来るあの、あの・モンスターがっ!!?) そして、その滅び一瞬は訪れた。 Kに向かって苦し紛れに魔法を放ったシャドゥ。 だが。 なんとKは、暗黒魔法の念動波を掴み。 そのまま握り潰す。 怒り狂った様に黒いオーラを迸らせ、狂人の様な唸り声を轟かせ、Kに襲い掛かるシャドゥだったが。 「終いにしようや」 と、呟いたKは、その身を消した。 次の瞬間、シャドゥの背後に現れたKは、シャドゥの頭部を鷲掴みにし。 「船毎、海底に沈んでろっ!!!!」 と、掴んだ左手にオーラを集めながら、シャドゥの身体を甲板に叩き付けたではないか。 その時、何かが周囲に広がった。 “ブォン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!” 広大な範囲で空気を震わせる、目に見えない何かが動いた…。 叩き付けられたシャドゥは、黄金のオーラの侵食を受け。 砕け散る甲板と共に、海に向かって船底へと突き抜けて行く。 「わぁ~お、ドはでぇぇ~~~」 一人ではしゃぎ、Kの活躍を喜ぶリュリュ。 圧倒的にして、一方的な戦いであった。 皆の見る中で、シャドゥの突き抜ける勢いと共に幽霊船は、前後に割れて壊れ。 船首側と操舵室を伴った後尾側に分かれてしまう。 どんどんと砕け行く裂け目を上にして、傾いて行く幽霊船。 船首と後尾から海に潜らせる様に、沈み始めるのだ。 「あっ、ケッ、ケイさんっ!!」 オリヴェッティは、Kがどうするのかと焦るのだが。 「………」 傾く船の砕けた船体の縁をスタスタと歩くKは、慌てる様子も無く。 割れた船体の一部から、飛び散った木の板を海に蹴落とし。 沈み込む船が海に潜るギリギリで、浮かぶ板に飛び移る。 リュリュ以外の4人には、その全てが在り得なかった。 然もKは、歩く時に何かを拾ったのか。 何かを小脇に抱えている。 はしゃぐリュリュが、大声でKに何かを呼び掛ける中。 (ホントに・・・凄い。 凄過ぎるっ!!) オリヴェッティは、その全ての様が凄すぎて気が抜けてしまった。  ≪師弟再会 だけど、まだ残ってる問題がぁぁ≫ 自分で落とした木の板に乗り、海面をリュリュの起こした風で滑って戻って来たK。 リュリュ達が乗る襲われた船へ、横付けされた救出用の船から伸びるロープ一本を片手と足だけで登って来た包帯男に、ルヴィアもビハインツも掛ける言葉を失っていた。 「ケイさ~ん、かぁぁぁっちょええぇぇ~」 帰還したKを見て、はしゃぎ跳んで喜ぶリュリュ。 だが、甲板に下りたKは、外見がボロボロに腐食した金属の箱をリュリュに見せ。 「面白いモンを見つけたゼ。 次の立ち寄り都市で、お前の胃袋を満たしてやるよ」 「えっ? なになに?」 「中身は、船へ帰ってからだ」 そんな兄弟の様なKとリュリュを見るオリヴェッティは、緊張感が全く無いと困り果てた顔で居て。 (あの…。 何をしに来たのでしょうか? 基本的問題が……忘れ去られていると思いますがぁ) と、別の悩みを見出した。 さて。 はしゃぐリュリュと、幽霊船を蹴散らしたKに。 「あ~~~、話をしていいかな?」 と、ウィンツが声を掛ける。 箱を下ろしたKは、ウィンツの顔を見て事態を理解してないと解った。 「何だ。 まだ話を聞いてないみたいだな」 Kに緩やかな足取りで近づきながら、Kの姿を見回したウィンツ。 もしかして、Kもモンスターなのではないかと疑りたくなる。 「何が、だ、だろうか? 先ず聞きたいのぁ~~~、あ~君達は・・・何だ?」 Kは、ルヴィアやビハインツを見て。 「乗り込んでる面子は、これで全員か?」 「いや、船首の方に、客と下働きの者が十数名。 操舵室に、船員が一人居る」 応えたウィンツに、Kは視線を合わせ。 「アンタが、クラウザーの弟子か?」 恩師の名前が出た事で、ウィンツの顔は一変。 「あ゛っ? おや・親方を・・知ってるのか?」 「あぁ。 この船の巻き添えに狙われたのは、クラウザーの乗る客船さ」 「あ゛んだってぇぇっ!!? ほっ本当かっ!?」 ウィンツは、目を本当の魚の様に丸くして驚く。 ウィンツの顔を見ながら、微笑を浮かべるK。 「幽霊船の動きが、どうもおかしかったからな。 二隻の船が狙われてると踏んで、それとなく助けに来た」 話を理解し始めるなり急に狼狽えるウィンツは、逆に見えない部分が気になり。 「だ・だがっ、俺達は助けなんか……」 「あぁ、そう。 呼んでない。 俺達も、表向きは助けに来た訳じゃない」 ルヴィアは、話が転じて意味が解らなくなり。 「おいっ、い・意味が…」 Kは、操舵室らしき場所に居るブライアンを見つけたりしながら。 「表向きとして俺達は、幽霊船を潰しに来た。 アンタ達を助けるのは、表向きでは“ついで”、だな」 その意味を理解が出来たのは、船長であるウィンツのみ。 「あ、嗚呼…。 航海法に触れない様に、俺達を助けに来たのでは無いとするのか。 なんてこったぁ。 此処まで来てクラウザー様に・・、親方に手間を掛けさせちまったっ」 恩義と責任を感じるウィンツは、ガクリと項垂れる。 Kは、笑みを絶やさず。 「それより、面倒だからよ。 このオンボロ船を沈めてしまえ」 直ぐにKを見返すウィンツは、魂胆を知れて。 「我々は、あくまでも難破して遭難した者に成った方がいいのか?」 「そりゃそうさ。 幽霊船を相手にしても、この船を生かしちゃ~な。 後々、在らぬ嫌疑をクラウザーが背負うゼ? 船は先に大破し、俺達は偶々にアンタ達を助けた…。 その流れが、一番に面倒が無い」 ウィンツは、グッと言葉を飲み込んだ。 船を預かる船長として、船を沈める責任は大きい。 そして、海の男たるプライドも有る以上、仁義や培った責任感からジレンマを生むのは当然だった。 だが、Kは。 「アンタの働きは、十分さ。 それとも、此処で死人出たのか?」 「あ、いや…」 ウィンツは、一度難破し。 島で船を修理した事などを全て語った。 Kは、小船を奪って逃げた二人を聞いて、何とも面倒だと云う困った顔をすると。 「おいおい、マジかよ。 この先の小島とラグーンの有る場所は、人食いカマスの〔エジャウ・バラクーダ〕が回遊してる所だぞ? そんな人の漕ぐ小船で、あのデカいカマスの群れから逃げ切れんのか?」 ウィンツは、それを聞いて。 「あっ! あの辺りは、確かにバラクーダが居たっ」 と、その事を思い出した。 幽霊船の御蔭で、すっかりその事を忘れていた。 Kは、後頭部を掻き。 「其処まで面倒は、流石に看切れねぇってよ」 横で、リュリュも真似をし。 「ねぇ~ってよぉ~」 ウィンツは、一人重症のジョベックを思い出し。 「あっ、その争いで怪我した船員が居るんだっ。 僧侶・・居ないか?」 Kは、薬師でもある。 様々な薬を持っているので。 「じゃ、俺が応急の処置だけしよう。 早く、客を下の船に。 夜に成ると、モンスターが血の匂いを嗅ぎ付けるぞ」 「あぁっ、解った」 ウィンツは、自分のプライドを曲げる決意をした。 恥を忍んでも、男としてクラウザーに土下座するまでは、どうしても生きなければと思った。 ニーブガイストに壊された船体脇から、木の板を船に渡して客と船員を移動させる。 一方で、かなり出血していたジョベックは、失血による昏倒寸前。 Kは、傷を見て。 「あ~ぁ、コイツはヤバい。 どれ、さっさと縫って応急処置しちまおう」 と、紙の束を留める針と糸を取り出し。 消毒薬代わりの酒に浸すと、伸ばした親指から中指ぐらいまでの長く裂けた傷を、手早く縫い付けた。 夕方の朱色が、海を染め出す頃。 「いいぞ~、リュリュ。 北にぶっ飛ばせ」 全員を乗せた前の船にリュリュが立ち。 後ろの船に舵を取るKが乗り。 満員と成った船が、風に押されて海上を走り出す。 背後には、船体の船底に穴を開けられ、沈み行くシーフランク号が見えていた。 ただ…。 オリヴェッティは、非常に心配する事項が脳裏を過(よぎ)った。 (お客さんと船員の方々・・耐えられるかしら。 この揺れに…………) モンスターや肉食の魚類に襲われない為にも、有る程度の速さで行く必要が在る。 疾風の如く走り出した船からは…。 「ひゃああああーーーーーっ!! 落ちるぅぅぅーーーーーーっ!!!!」 「うおおおおおおーーーーーっ!!!!!!」 「怖いよぉーーーーっ!!」 と、様々な声が上がった。 ま、Kは、無視したが。       ★ 夜に海が染められて深い藍色の闇に染まった水面には、満点の星空から降り注ぐ光が淡く届く頃。 「帰って来たぁーーーーーーーーっ!!」 クラウザーの乗る船の甲板で、松明を持った下働きの船員が、戻って来たK達の船を見て一声を上げた。 直ぐ様その一声は、空洞の金属パイプである連絡菅を通じて、ブリッジである操舵室に響いた。 全てに於いて半信半疑のカルロスは、その一報に肝を冷やしたものだ。 何故なら、 “K達が逃げたんじゃないか…。” とか。 “幽霊船なんか嘘じゃないか・・” と、陰口を言っていたのが。 誰でも無いカルロスだったからだ。 盛大なパーティと音楽。 そして、真剣勝負のカジノや、数字当てゲームに沸いていた地上部の船内には、その船員の上げた一声も聞こえていなかっただろう。 助けられたシーフランク号の客や船員を見たのは、無料配布の食事を受け取りに来た最後の地下乗客の一部のみ。 クラウザーは、食事配布の頃合を早めにしたのが、そうゆう形に成った。 さて。 助けられた客は、地上部後方の非常用ドアから船内に入り、バーラウンジの片隅へ抜ける。 そのまま客など通りの殆ど無い通路を通って、宿泊が出来る客室の広がるに階層に上がり。 クラウザーの用意した各部屋へと、船員に案内された。 クラウザーは、Kの戻った事を聞くや。 カルロスを呼んで、後の事やパーティーなどを仕切らせる傍ら。 足早にウィンツの顔を見に行った。 やはり、内心では心配して堪らなかったのだろう。 怪我をしたジョベックを救護室に運んだウィンツは、医師と僧侶に手当てを任せて廊下に出た。 5階の別室である救護室から出たウィンツは、伸びた廊下の向こうから来るクラウザーを見て。 「嗚呼、嗚呼…」 と、クタクタと身を崩し、その場の床に平伏する。 そんな彼の目の前まで来たクラウザーは、嘗ての弟子を見た。 (コイツめ、久しく見ない間に随分と疲れて…………) 人の顔には、苦労が滲み出るものだ。 ウィンツの姿を見ただけで、人生経験の長いクラウザーは、その苦労の一抹を見抜いた。 何処と無く気力の萎えた雰囲気や膝を素直に折った様子は、クラウザーに弟子の苦労を教えるに足りる。 「ウィンツよ。 大変だったな」 クラウザーは、穏やかに、そして抱きしめる気持ちを言葉にして掛けた。 すると、俄かにすすり泣くウィンツは、顔を上げ。 「真にっ、真に、ありがとうございましたっ。 乗客と船員のいの・命をっ、まま・守れましたぁっ。 おやか・・いえっ。 クラウザー様には、なんとお礼をぉぉ………」 今の彼を見るまでのクラウザーの目には、嘗て意気揚々と。 “親方を超えて見せる” と、息巻いて言った若きウィンツの姿しかなかった。 だが、この目の前に居るのは、確かに苦労を重ねた愛弟子である。 「ウィンツ。 今更、ワシに“様”付けてどうする。 ワシも、お前と同じ雇われの身だ。 “親方”で構わぬさ。 さ、身を上げろ。 老い耄れに、いい年した船長が土下座なんかするな」 久しぶりに叱られた気のするウィンツは、汗と汚れの付いた顔を上げて。 「親方・・済まない」 ヨロヨロと立ち上がるウィンツにクラウザーは近づき、怪我などを確かめながら。 「怪我なんかは、ん…無さそうだな。 さ、上に行こうか。 後で、案内した船員達の部屋も教えておこう」 「はい。 助けてくれたお返しです。 次の街までは、自分に何でも言って下さい」 「ははは、助けられた今に、それを言うか? お前もまだ若いな」 笑うクラウザーを見て頭を下げるウィンツは、もう居ないKを思い返し。 「親方。 我々を助けたあのケイって人は、一体・・何者ですか?」 「フッ。 人間の分際で、化け物みたいに強い冒険者さ。 数年前に、チョイト縁が有ってな。 今回、お前を助けて貰った」 「そうですか…。 明日にでも、再度礼を言わせて貰いたい」 「ふはは、大して気にしない男さ。 大きな噂にしたがらないから、軽くでいいぞ」 と。 助けられ密かに客と成った者達は、酷い船酔いの様な状態の者が殆どだった。 そして、この船の船員達が生活する三階の奥。 乗組員共同生活場に連れられたウィンツの船に船員達も、客同様に殆ど潰れてしまった。 さて。 「所で、何処まで着いて来る気だ?」 秘密の隠し部屋に戻ったK達は、リュリュのマントに隠して連れて来たマキュアリーにそう言った。 「………」 神妙なマキュアリーは、どうにもウィンツが心配ならしい。 Kは、窓の傍に佇むマキュアリーを脇目に、どっかりとソファーに座ると。 「大丈夫だ。 クラウザーは、弟子を悪い様にするヤツじゃない。 寧ろ、アンタ等ハルピュイアは、一部の金持ちの男共からすると、性欲を満たす道具としか見られない。 余計な面倒を起こさない為にも、さっさと島に帰れよ」 Kの言っている事は、確かな現実だった。 だが、マキュアリーは黙っている。 リュリュは、ハルピュイアのマキュアリーをソファーから見て。 「ケライノアと似てるね~。 向こうは、翼が赤いけど」 Kは、リュリュに向き。 「お前、あっちの種族は知ってるのか?」 「うん。 たまぁ~~に、ママに逢いに来てるよ。 なんか、珍しいモノが手に入った~って」 「ほ~。 そんな交友あるのか」 「さ~。 ホラ、ママって風の神様みたいだし~」 「あぁ~、確かに、な」 そんな二人を他所に、疲れたオリヴェッティだが。 マキュアリーが非常に気に掛かる。 危険を冒してまで、この船に来たがったマキュアリーの事が、同じ女ながらに解りかねなかった。 (一体、どうしたのかしら…) 然し、Kは大体の理由を推し量れていた。 (全く…。 生き物ってヤツは、色恋沙汰から逃げられない定めなんかねぇ~) 静かに、しかも意地らしい娘の様なマキュアリー。 彼女が此処に居るのは、恋しい男に何かまだ言いたい事が有るのだ。 彼女をもう見ない包帯男は、それを薄々と素振りなどで解った。 だからか、もう一肌脱ぐ必要が有ると実感していた。 部屋に戻り、皆が一息着く。 魔法を遣い通しだったリュリュは、軽く菓子を食べる途中で寝てしまった。 別室の狭いバスルームで、身体を拭いたオリヴェッティ。 衣服を黒のドレス風ワンピースに改めると、Kの煎れた熱い紅茶を飲んで、ベットに入る。 ソファーに寝るリュリュに毛布を掛けたりしたKは、窓辺に立つマキュアリーに。 「ま、今夜はゆっくりしろ。 明日は、助けたオッサンにでも挨拶して帰れよ」 こう言い残し。 クラウザーの居る船長室の方に消えて行く。 「………」 斜めの視界にKを見送ったマキュアリーは、立ったままに顔を羽根の中に隠す様に眠るのだった。        ★ 船長室に上がったKは、クラウザーとウィンツが共に居るのを見つけた。 弟子が助かったからだろうか、随分と元気なクラウザーが居て。 「おう、カラス。 ウィンツを助けてくれて、感謝するぞ。 全く、嬉しいね。 航海中じゃないなら、ワインでも浴びたいくらいだ」 ウィンツは、Kに。 「本当に助かった。 他の船員に代わって、礼を言うよ」 と。 Kは、二人を見比べ。 「師匠より、弟子の方が礼儀を弁えてるな。 フッ」 と、鼻先で笑う。 Kの表現に、壁の無い笑みを浮かべた二人。 だが、Kは更に続けて。 「然も、弟子の方が色男だな。 連れ帰った女に、随分と惚れられてる。 まぁ~ったく、師弟揃って女好きだな」 と、余ってる客椅子に腰掛けた。 急に意味の解らない話になり。 クラウザーは、ウィンツとKを交互に見て。 「あ? 何の話だよ」 ウィンツも、Kを見てからクラウザーを見てやり。 「俺は、別に…」 と、イマイチ飲み込めず口を濁した。 ニヤリと笑うKは、そんなウィンツを見ながら。 「下の部屋で窓に佇む女は、“誰かさん”を慕ってて帰るに帰れない様だ。 人の欲望に晒されない為にも、何とかしてやったらどうだ?」 この話に、ウィンツは直ぐ意味が解り。 クラウザーは、全く解らなく成る。 「あっ、いや・・俺は、そそ・そんなつもりは・・・その」 気恥ずかしさから、しどろもどろの弁解を言い出すウィンツ。 そんな彼の脳裏には、マキュアリーの顔が浮かんでいたハズだとKは解る。 だが、Kは、此処で少し真顔に成り。 「ハルピュイアなどの種類ってのはな、子孫を残す為に、時として望まない男とでも交わる。 一昔前、鳥獣人と交友関係の有った村では、繁殖の道具として若い男を差し出す風習まであったそうだ。 だが、下に居る彼女は、望んで出来る。 アンタ、一肌脱いでやったらどうだ? 殆ど人間が虐げている彼女達だが。 偶には、人が幸せをくれてやってもいいんじゃ~ないか?」 彼にしては真面目な口調で、ウィンツを見て言う。 言い方は砕けているが、その語りは穏やかながらも、諭す様なニュアンスが含まれる。 一方で。 話を聞くクラウザーは、まだマキュアリーが居る事を知らない。 「おい、一体どうゆう事だ? “ハルピュイア”だって? この船に・・乗ってるのか?」 「あぁ。 下に居る」 クラウザーは、驚いてウィンツを見る。 「ウィンツ・・お前まさかっ?」 Kは、軽く笑って。 「ハッ。 おいおいクラウザー、ヘンな勘違いするなよ」 「なっ、だってお前ぇっ・・」 「どうやら、嵐で難破してたアンタの弟子の船を見かけたのは、若いハルピュイアらしい。 村で、二人は仲良くなったらしいな。 あのテリトリー以外の人を警戒するハルピュイアが、態々に航海路までの案内を買ってくれたとさ」 急に俯いたウィンツは、クラウザーに。 「・・そうです。 マキュアリーと云う、ハルピュイアの娘で。 幽霊船が来なかったら・・その。 俺達は、彼女の案内で一般航海路に戻れたでしょう。 俺達の命の恩人です」 クラウザーは、少し驚きながらも頷きを見せて。 「ほぉ~う、ハルピュイアになぁ~。 お前、そのお嬢さんにホレたのか?」 恥ずかしい事をストレートに聞かれたウィンツは、むず痒い顔で返答に困る。 様々な経験を積んだ人生の玄人であるクラウザーだ。 そんなウィンツを見て、この男も満更でも無いと読めた。 が。 それが解ると今度は、同じ男ながら弟子のウィンツが情けないと、困った顔をしたクラウザーである。 40を過ぎたウィンツを見てやり。 「何だぁ~、お前よ。 好きならそうと、彼女に言えよ。 俺の手の下に居て、学んだのは航海術だけかよ」 弟子のウィンツにしてみると、なんとも反論のし難い言われ様だ。 ウィンツは、自分が若くしてクラウザーに弟子入りし立ての頃は、一夜の浮夜を流す兄弟子が腐る程に居たのを思い出す。 懐に金が入ると、夜の酒場に繰り出しては、夜の女性とベットまで共にし。 毎朝、化粧の匂いを漂わせる強者が、それこそ一杯いた。 このクラウザーとて、それこそ結婚した後は身持ちも硬かったが。 その前までは、 “毎日、夜を過ごす女性の顔が違っていた” などと武勇伝を囁かれた男だ。 “酒と女は、海の男には付き物” と、囁かれる世界で生きたウィンツなれど。 彼は、どうも硬い性格の様だった。 Kは、少し緩い細目でクラウザーを見て。 「おいおい、クラウザーさんよ。 何だ、この晩生な弟子は。 師匠だろ? その辺も教えとけよ」 と、勝手な軽口を叩けば。 「あ? あんなモン、男が男に教えられるかよ。 女と夜の冒険するのは、男の醍醐味だろうが」 と、ぞんざいな口調でクラウザーが返す。 するとKは、ニヤリと口元を曲げて。 「ちげぇねぇな」 と、伝法に返した。 しかし、だ。 顔を神妙にするウィンツは、徐にクラウザーへ。 「だが、親方・・・」 と、マキュアリーの身の上や、ハルピュイアの生涯を語り。 「俺は・・未だ身体の何処かに、船長としての未練を残してる。 男親として一緒に居てもやれないのに、そんな無責任は出来ない」 と、言うのだ。 処が。 いきなりウィンツの話を鼻で笑って飛ばすクラウザーで。 「ハッ。 なら、定期的に船で逢いに行けばいい話しだろうが。 それこそ、ラブロマンスの出来上がりだぞ、ウィンツ。 お前、彼女に聞いてみろよ。 相手がどうして欲しいか、聞いてから考えろ」 言ったクラウザーは、冷めた紅茶のカップを手にすると。 急に顔を平静に戻して。 「お前に言っておくが。 俺の船には、下世話な金持ちも多い。 ハルピュイアなんぞ乗せてるのを知ったら、金ずくでも欲しがるバカも居るだろう。 早く、彼女を島に戻す事を考えるこった。 お前の恩人を、汚らしい欲望に晒させるのも気に食わん」 後を繋ぐKも。 「そうだな。 この船の金持ち連中と来たら、冒険者の女にやたら色目遣いやがる。 面倒が起きる前に、な」 「で・でもっ・・・」 と、途中からの言葉を飲んでは、俯くウィンツ。 クラウザーは、弟子の不甲斐無い姿に呆れ。 「おい、ケイ。 そうゆうのは、もっと早く言えよ」 呆れ笑い気味のKは、 「あ? 言ってどうなるよ」 と。 妙案でも在るのかと聞き返す。 「それならそれでよ、二人を個室にでも閉じ込めてしまえばよぉ~」 「お~、それいいなぁ~。 窓も出入り口も板で打ち付けちまうか?」 「おうよ。 どうせ改修するんだ。 こんな船なんぞな、派手に痛め付けてやっていいんだゼ?」 Kとクラウザーの会話は、なんともいい加減と言うか、奔放と言うか。 だが、その後に言うクラウザーは、また真顔で。 「ウィンツ。 お前、何時から人の気持ちを解らなく成った? 明日も、明後日も、手伝いは要らん。 そのハルピュイアの問題を解決するまで、船員として働くのはお預けだ」 Kは、そう言うクラウザーの顔が、何処か喜んでいると思えた。 久しぶりに、親方としての自分を取り戻しているのだろう。 (さぁ~て、どうなるやらなぁ~…。) ほくそ笑んだKは、自分も何処か楽しんでいると解る。 視線の先では、俯いているウィンツを見ていた・・。        ★ 次の日。 朝になり。 前日の盛大なパーティーで疲れた乗客達は、殆どが寝静まっているか。 部屋に篭っているかだった。 早朝が終り。 太陽が見上げる角度に向かっているのを、ウィンツは見晴らしのいい甲板後部の展望高台で見ている。 疲れで中途半端に眠っただけで、朝早くに起きてしまった。 (全く…、歳を取った所為だろうか。 親方も砕け過ぎてる) 先程、ジョベックの様子を見に行った彼は、起きて来ていたブライアンと会って話をした。 実は、クラウザーがマキュアリーの事を聞いた直後に、ウィンツだけ使わない客室に寝泊りを決めた。 人気の無い奥間に成る部屋で、4階の個室を宛がってしまった。 他の船員達と一緒で良かったのに、何とも驚きの処置である。 他人の姿の全く無い展望高台で、ウィンツはマキュアリーの事を思いながら海を見つめてると。 「ウィンツさん…」 その耳に纏わり付くのは、忘れられない声。 考えていたマキュアリーの物だった。 (はぁ…) ウィンツは、複雑な気持ちで振り返った。 「起きたか、おはよう」 目の前には、緑のローブを足元まですっぽり被ったマキュアリーが居た。 ウィンツは、彼女の全身を見て思わず。 「はは。 そうしていると、人の娘みたいだ」 と。 顔だけ見えているので、確かにそう言えた。 ニコっと微笑むマキュアリーは、ウィンツの横に来た。 「この船、おっきいですね。 こんな大きい船、初めて見ました」 「そうか? ま、一番大きい部類の船だからな。 俺でも、この船の船長はやった事ない」 海を見て、二人の沈黙が流れる。 何も話さない沈黙は、心を、言葉を、体中に溜め込む時間なのかも知れない。 そして…。 少しして、マキュアリーが。 「あの・・ウィンツさん。 お願いを・・・聞いてくれませんか?」 「あ? あぁ…。 命の恩人である君の願いなら、何でも聞くさ」 マキュアリーは、ウィンツを見て。 「私ね。 人間って、島の人以外・・・みんな怖いって思ってた。 お母さんを攫ったのも人だし…。 魚を買い付けに来る他所の人も、私を見る目が怖かった……」 「そうだな。 人間は、怖い。 我が儘な欲望で、・・掟や、法や、プライドを無くすと何でもする。 悪いモンスターの見本みたいかも知れないな」 処が、マキュアリーはウィンツを見て。 「でも、イイ人も居るよ。 私……見つけた」 「あぁ。 島の人達は、イイ人達だな。 ・・ん? “見つけた”? …誰だい?」 「うん。 ウィンツさん……」 素直にマキュアリーに言われ恥ずかしくなるウィンツは、しどろもどろの口調で。 「おっ、俺か? イイ人・・かな」 「うん。 カッコいい」 お世辞にも見栄えのする自分じゃないと、ウィンツは十分に解っている。 “カッコいい”などと言われ、むず痒い気持ちが身体を駆け巡る気がした。 「カ・カッコいいか?」 「うん。 私には……。 だから・・お母さんの事はいいの。 只・・・ね。 私、ウィンツさんとの子供が欲しい………」 こう言ったマキュアリーは、そっとウィンツの腕に寄り添う。 自分の胸辺りと同じぐらいで、背が低い、小柄なマキュアリーだ。 ウィンツは、可愛いマキュアリーを見て。 「俺の、か?」 「う・うん。 島では、みんな好き嫌い言う暇が無いから、年に一度の祭りで、若い村の人と……。 でも、私は怖い。 お母さんの事も有るから、好きな人以外は・・怖い」 堅い人間に見えるウィンツは、女性との経験が無い訳では無かった。 酔った勢いだの、寂しさから憂さを晴らす夜なら、今までに何度か過ごしている。 しかし、恋愛での情事は無かった。 だが、マキュアリーを泣かせる事は、男として嫌だった。 彼女の肩を抱いたウィンツは、吹っ切れた。 「いいぞ。 年に数度かも知れないが・・、俺が島に会いに行く。 俺も、君が好きだ」 と、自分の傍に引き寄せた。 そんな二人の姿を、高みの窓から見守っているのは……。 「なぁ~んだ、遣れば出来るじゃ~ないか」 と、K。 「おいおい、俺の弟子の中でも一番に出来るヤツだぞ。 バカにするな」 と、真面目な顔のクラウザー。 船長室の裏窓から心配したクラウザーが見ているうちに、Kが釣られて二人を見ていたが。 その顔を横のクラウザーに向けるKは、 「そいつは優秀な事で。 相手がハルピュイアって所も、新しいねぇ~」 と、意味深に笑んで。 クラウザーも、Kを見て。 「“新しい”って、何だ?」 「いんや。 ハルピュイアと人間のロマンスなんざぁ~そうそう無い。 天使種族やエルフ種族の様に、何れ共に生きる時代が来るかもなぁ~って・・な」 と。 Kは、ウィンツとマキュアリーの居る方に顔を振ったのである。 「フム、悪くない話だな」 クラウザーは、Kもイイ事を言うと微笑んだ。 Kは、其処で。 「さてと。 後は、お宝でも拝みますか~」 と、手を擦る。 「あ? あぁ、幽霊船の中に有った箱の事か?」 「そう。 箱の形状は、かなり古いものさ。 恐らく、超魔法時代の後期かも知れない」 「ほぉ~、そいつは拝みたいな」 「見るか?」 「勿論」 二人が秘密の隠し部屋に移動する時。 甲板の外では、ウィンツとマキュアリーが寄り添い歩いていた。
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