秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕

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 ≪船旅は続く そして、またマルタンへ≫ さて、本日のリュリュは何と、オリヴェッティとルヴィアの間で手を繋いでいる。 「るんるん~。 オネ~サンといっしょ~」 腹の減ったリュリュにせがまれ、一階のバーラウンジに降りたオリヴェッティ。 其処で、ルヴィアに出会った。 リュリュに礼を言ったルヴィアは、船酔いで死人の様に成ったビハインツの様子を語った上で、オリヴェッティやKに色々と話を聞きたいと申し出る。 オリヴェッティは秘宝の事は隠しながらも、或る学術的な遺跡を巡る旅をしていると云って、席に座って食べながらルヴィアと話し合って気が合った。 Kも怒らないだろうと、秘密の隠し部屋に彼女を連れて行く事にする。 これに喜んだリュリュは、二人の女性の間に入り。 手まで繋いでこの通りである。 さて。 タイプの違った美人二人と共に部屋に戻ったリュリュと、宝箱らしきボロ箱を開けようとしていたKとクラウザーのタイミングは重なる。 扉を開いたリュリュは、Kとクラウザーを見つけて。 「あ゛ぁーーーっ!!! ボクの居ないところで見ちゃうなんてずる~いっ!」 と、頬を膨らませる。 煩い声を聴いたKは、 「チィ。 なぁんだ、帰ってきやがったかよ」 と、舌打ちし。 クラウザーは、またも別の誰かを連れたオリヴェッティに。 「新顔かよ」 と。 Kは、顎でルヴィアをしゃくって見せ。 「アンタの弟子の船に乗ってた冒険者だ。 話したろ? ボウレイに殺されそうになってた二人」 「おうおう、ウィンツが言ってたあの二人の片方か。 中々の美人じゃないか…、女だろ?」 クラウザーの前に来たオリヴェッティとルヴィア。 そのルヴィアは、名の通ったクラウザーを見返して。 「あぁ。 私は、女だ。 名は、ルヴィアだ。 高名なクラウザー殿と直に会えるとは、光栄だ」 此処でKは、あえてツッ込まなかったが。 クラウザーは、ルヴィアの腰に佩く細剣を見て。 「いい鞘だ・・。 だが、その柄に掘り込まれた紋章は…、貴族か?」 と、言ってしまう。 その途端に、ルヴィアの顔がキュっと引き締まった。 Kは、宝箱を開けたがるリュリュを払いながら。 「クラウザー、他人の面倒を突っつくなよ」 と。 「おぉ、スマン。 それより、中を見ようか」 ルヴィアは、自分の詮索を止めさせたKを見て。 (そうか、彼も解ってたのか) 見抜かれていた事を察して心中で呟いた。 ムクれるリュリュを他所に、箱の鍵穴にナイフを入れてこじ開けたK。 開かれた中身が気になる皆は、テーブルに近づいて中身を見る。 「おぉっ、こりゃぁ~凄いっ!」 宝石と金で出来た宝剣の短剣を見て、感嘆の声を上げたクラウザー。 ルヴィアも、金と宝石で出来た記念メダリオンのガラッドが数枚見えて。 「何とっ、ガラット硬貨がこんなに……」 オリヴェッティは、魔力の篭った一品に目を奪われた。 銀の柄をした伸び縮み可能なステッキ型の発動体である。 他にも、初めて目にする数十枚の金貨に驚いた。 Kは、それぞれに。 「宝石は、どれもホンモンだな。 ホレ、クラウザー」 と、クラウザーに宝剣を渡し。 「超魔法時代のガラッドだ。 王国の紋章の他に、魔法を扱う魔術師が描かれてる」 と、ルヴィアにガラッドを渡し。 「随分長く放置されていても、力を失って無い様だ。 魔法の詠唱を助ける精神安定の呪術が吹き込まれてる」 と、オリヴェッティにステッキを。 そして、 「おい、リュリュ。 いいか、これが無いとメシ食えないんだぞ」 と、金貨をリュリュに渡す。 「わぁ~、次の街で、お腹いっぱ~い食べれるぅぅ~」 沢山の金貨を持って踊り出すリュリュ。 さて。 Kは、箱の底の片隅に見えた菱形の手の平に収まる水晶体を見つけ。 (記憶の水晶・・か) と、脇に向いて中身を確かめる事にした。 「………」 目を閉じ、水晶の中身を覗くと…。 (あ゛っ? なっ・なんじゃこりゃっ?!) 見えた記憶に、呆れと下らなさを覚えたK。 見進めたが、見えるのは似た様な光景ばかり。 (おいおい、も・もすかすて・・コレてよぉ~……) Kは、金持ちの金の使い方が陰気臭いと力が抜けて来た。 急に項垂れるKに、クラウザーが首を傾げるや。 「おい、それ水晶だろ?」 顔を抑えるKは、弱く頷いて。 「あぁ。 〔記憶の水晶〕と呼ばれるものだ」 オールドアイテムの代名詞を聞いたクラウザーは、童子の様な探究心を込めた目で。 「おいおい、凄いじゃないかっ 何が見えるっ? 歴史的な何か、こう・・凄いのが見えたかっ?!」 弱弱しく首を左右に振ったKは、 「いや・・。 別の意味で、凄いのは見えた」 と、彼らしくない。 そのKの言い草に、 「?」 意味の解らない顔を示す4人。 クラウザーは、女性二人を見てから。 「中身は、何なんだ?」 クラウザーに水晶を渡したKは、もう欲しくも無いと云った感じで。 「女の裸ばぁ~っかり」 「………」 オリヴェッティ、ルヴィア、クラウザーは、Kの言葉に目を点にし。 リュリュは、顔を赤くしてしまう。 水晶を見るクラウザーは、生じ男なだけに意味が薄っすらと解り。 「ハッ、長旅の間の慰みにってか?」 “恐らく”と、頷くK。 「何だよ、仕様が無いなぁ」 呆れたクラウザーは、その宝物に匹敵する筈の水晶が、酷く安物に見えた。 宝箱の内側に張られた赤い布が、一角だけ色褪せた部分を調べ始めるKで。 「大方、船の中でオネ~チャンを引っ掛ける勇気が無かったか…。 見てくれが悪いのを自覚してたか。 何れにせよ、エロっぽい女の色んな秘め事が続いてら。 見てるだけなんて、アホくせぇ~事だ」 クラウザーも、中身を見れないが疲れた顔に変えて。 「おいおい、こんなお宝持ってて、この水晶の中身はねぇ~だろうがよ」 そこに、リュリュが興味津々の顔で。 「クラウザーのおじちゃん、それ貸してぇ~」 Kは、ギロっとした目と顔をリュリュに向け。 「エロガキっ、調子に乗るなよっ」 「いいじゃんっ」 慌てたオリヴェッティはリュリュの教育に悪いと、クラウザーの後ろを通り抜けて記憶の水晶を取り上げる。 「あ?」 取り上げた彼女を見たクラウザーの目の中で、お姉さんぶったオリヴェッティが。 「リュリュ君っ、こんなモノを欲しがっちゃ駄目。 中身は、今直ぐに消しますわ」 調べの手を止めたKは、 「あぁ、好きにしろ。 ただ、記憶された内容は長いぞ」 と、だけ言った。 実は、記憶の水晶に刻まれた内容を消去するには、少し内容を見る必要が在る。 部分部分で見て区切る必要が在るのだ。 記憶を消そうとしたオリヴェッティだが。 突然、脳裏の意識に見えた男女の羞恥に塗れたベットシーンに。 「嫌だぁ・・・、なんて・・まぁ」 と、顔を赤らめて声を出す。 首を左右に振るKは、 (知らねぇ~ぞ、悶々して寝れなくなっても) と、苦笑いして調べを進めた。 Kは、宝箱の内側に隠された古い紙をも見つけた。 見ていたルヴィアは、Kがどうして紙を見つける事が出来たか・・より。 どうして探そうと思い立ったのか、それが聞きたかった。 だが、内容を読んだKは、見つけた紙の内容を誰にも教えなかった。 誰が聞いても、 “いずれ、教えるよ” と、しか。 クラウザーは、Kの態度から微妙な何かを感じ取ったのだろう。 一度聞いたきり、それ以上は何も言わなかった。 あの幽霊船の中に在った宝箱に入っていたのは、ガラッド硬貨8枚。 各国の一昔前の金貨80枚。 伸び縮み可能な上に、魔法を発動する時に精神の安定を得られる白銀のステッキと。 猥らな映像の入った記憶の水晶。 宝石を鏤めた宝剣に、指輪が二つ。 そして、紙。 Kは、もう所有者の居ない物だと、亡霊達と戦ったビハインツとルビアに金貨10枚をくれてやり。 ステッキを丁度いいからと、例の記憶の水晶と共にオリヴェッティに。 こうしたKの行動は、素早い。 紙の疑問を引き摺るオリヴェッティやルヴィアを他所に。 「クラウザー」 「ん?」 「アンタの弟子だが。 また、路頭に迷うのか?」 「ん、・・・鋭い。 多分、今回の一件で責任を取らされるだろうな。 アイツを雇ってる主は、海運商人の系列じゃ相当に意地汚い男らしい。 自分が行かせたのにも関わらず、責任は船長に押し付ける。 …そうゆう人間だと聞いた」 「だが、責任は重いだろう?」 「恐らく、な。 被害の責任は元より、乗客から預かった金を奪われた事に重きを置くだろうな。 負債を背負うのは、アイツだ……」 「んで? アンタは、それを肩代わりする気と?」 「フッ・・。 老い耄れの心配や気持ちを、人前で晒すなよ」 クラウザーは、リュリュやオリヴェッティやルヴィアの前で言われて、正直な処で苦笑いする。 Kは、クラウザーを見返し。 「船長ってのは、随分と不当な扱いを受けているモンだ。 アイツ、幽霊船から逃げ切ろうとした様子からしても、腕はイイのになぁ~」 と、Kは、此処で更にオリヴェッティに。 「オリヴェッティ。 君に残りのガラッド硬貨とゴールダーを預ける」 言われたオリヴェッティは、金貨50枚以上とガラッドを見て。 「えっ?!」 こんな大金を預かるなど、考えられない。 Kは、淡々と。 「君がリーダーだ。 基本的に、コノ手の収入物は君に預ける」 Kにこう言われるオリヴェッティは、Kの得た凄い物をお下がりで受け取っても嬉しくない。 寧ろ、いきなり財宝を与えられる様で、気分的に怖いぐらいである。 「あぁ、あ・私にはっ、こんな大金は…。 お金が無いなら、仕事を請ければイイ訳ですし。 だっ・誰かの為に……」 Kは、首を回らせて金貨やガラッドを見ながら。 「一文無しに成ったんだろう? これだけ有れば、ぜぇ~んぶ取り返せると違うか」 するとオリヴェッティは、真剣な顔をして。 「要りません。 新しい財産は、これから、私自身が作ります。 貴方がチームに居る間に、私自身が一つ大切な物を手に入れてから、自分で何とかします。 今の私には、他では決して出会えない貴方一人で、十分過ぎる宝物…。 リュリュ君や、クラウザーさんと一緒に冒険を出来るだけで、本当に十分です」 オリヴェッティは、ゴールダーとガラッドを見て。 「これは、私よりもっと必要な人に……」 Kは、少しだけ口元を微笑ませて、そして金貨とガラットを見ながら口を動かすと。 「んじゃ、その通りにしようかぁ。 ちょいと、面白い事考えた」 クラウザーは、苦い笑みで。 「おいおい、掻き回すのも適度にしてくれよ」 と、言えば。 Kは、ガラッドを一つ持って。 「恐らく、俺の目に狂いが無ければ……。 コイツは、マニアにはバカ高い値で売れる」 と、今度はクラウザーに顔を向け。 「クラウザー、弟子の事・・俺に任せてくれないか? その代わり、独り立ちして貰うがよ」 「どうする気だ?」 「アンタ、アハメイルに残ってるウォーラスを覚えてるか?」 「ウォーラス……。 懐かしい名前だな」 「だろうな。 アンタの、元ライバルだからな」 「ん。 だが、彼はもう……」 「あぁ。 前に直接会って、身体の事は聞いたよ。 だが、この金が有れば、色々とさ」 クラウザーは、Kが口にした“ウォーラス”という名前の男の今を知っていた。 だから、返って心配で。 「お前、何を?」 「いや、面白い事さ」 Kは、ゴールダー金貨を数枚取り。 「とにかくコイツは、オリヴェッティが持っとけ。 リュリュのエサ代だ」 家畜みたいに云われたリュリュは、プゥ~っと膨れて。 「“エサ”ってやぁ~だぁ~」 Kは、細めた目でジロっと見て。 「お前の猛食はっ、エサで十分だっ!!」 「ヒィ~」 Kに怒られて脅える素振りのリュリュは、ルヴィアの後ろに逃げてはお尻にピッタリと引っ付く。 「おっ・コっ・コラぁっ」 恥ずかしがるルヴィアが、嬌声の様な声を上げて急に女性らしくなる。 Kは、内心。 (女の方が喜ばれそうな…。 まぁ、誰にって事じゃないがな~) と、ガラッドを見て何かを考えた。       ★ それから、数日。 ウィンツは、マキュアリーと一緒に部屋へ入ったままだった。 部屋から出てくるのは、ウィンツだけで。 マキュアリーは、篭ったままに姿を見せない。 オリヴェッティは、リュリュを連れ、毎日部屋の掃除の仕事を無給で手伝ったり。 暇な時間は、Kが一緒に居たがらないので、ルヴィアやビハインツと一緒に居た。 三人の経験はそれぞれがバラバラで、お互いに話す経験談が新鮮だった事も有る。 まるで、一つのチームの様に一緒だった。 Kは、一人で甲板に居たり。 クラウザーに呼ばれて操舵室に居たり。 だが。 時として、顔を包帯で隠したまま。 望まれて、衣服を変えてカジノのディーラーをする夜も有った。 顔には、欠けたデザインの仮面を着けて……。 イカサマの必要が無い程に賭け事に強いKは、玄人のギャンブラーには好まれる。 Kが態と、ギリギリの試合を演出してやってる訳でも無いが。 強いKを相手にしようとプロじみた腕前が揃うから、中々ツキだけでは上手く行かない頭脳戦が展開し。 ギャラリーにも好評であった。 カードと云う有り触れたゲームで、金持ちの男女が四半日もカジノテーブルに釘付けに成るなど、中々滅多に無い事だ。 クラウザーが、自身の裁量で公開カジノを開くと、ディーラーのKと賭け事に慣れた者達が熱戦を魅せる。 冒険者達や旅人も加わるから、熱が入るとリアリティー溢れるステージショーの様な熱気が渦巻いた。 また、即興で様々な楽師や踊り子や旅芸人が協力し、大掛かりな演劇を披露する催しも行われていた。 長旅で疲れ出す頃の客達だが、その異質な雰囲気に疲れを忘れて楽しく過ごしていた。 さて。 明日には、ホーチト王国の王都で、交易都市でもあるマルタンに着くと云う昼過ぎ。 ハルピュイアのマキュアリーが、一人で船を去った。 夕方からは、雪が降ると云うのを聞いたウィンツは、マキュアリーの身体を第一に考えて昼過ぎにしたのだ。 天候の不順が無ければ、マルタンに到着するギリギリまで一緒に居たかった二人だろう。 見送りに出たのは、ウィンツだけ。 Kとクラウザーは、船長室の裏窓から見ている。 幸せそうに、何度もキスを交わして・・。 抱きしめ合った二人だが、一時なりとも別れなければならないのは、辛そうに見えた。 船に残ったウィンツには、まだしなければ成らない事が山積みに成っていたのも事実。 自分の雇い主に会い、今後の事を話し合わなければ成らない。 今、クラウザーを雇っている商人は、フラストマド大王国とマーケット・ハーナスに拠点を持ち。 それぞれの支店的拠点を、他の交易都市に構えている。 まぁ、海運商人の殆どが、このタイプだろう。 だが、クラウザーの様に最新式の船を乗れるのは、極一部の船長だ。 世界で金に物を言わせ、魔力水晶を乗せた船で船団を築く一部の商人達だ。 そして、彼らの使った船の中古払い下げが世に出回り出して。 まぁまぁの財力が有る商人や船長が使い出しているのが、今の現状でもある。 世界を走る船の総数から言うなら、風と海流に頼った船がまだ半数を占めているのも当然と言えよう。 そして、沈めてしまったウィンツの船は、云わば“改造船”だ。 壊れた船より動力の魔力水晶を安値で引き取り。 適当に修理したボロ船に積み込んだ、所謂の“マガイ物”と云っていい。 何せ魔力水晶体は、魔力を閉じ込める器だ。 だが、水晶体が損傷していると、魔力を貯め切れず壊れてしまう。 乗客や積荷の安全を考える真っ当な商人は、そんな継ぎ接ぎ改造などまずしない訳で。 航海法の網を金などで潜り抜け、荒稼ぎをする悪辣な商人がやる手法なのだ。 ウィンツの雇い主である商人は、今はホーチト王国に居る。 元はフラストマド大王国や、マーケット・ハーナスに店を構えていたらしき事も囁かれるのだが。 その素性や生い立ちが良く解らない不気味な男だった。 この説明を聞いても解る通り。 ウィンツを雇う商人とは、人を人と思う人間では無かった。 北風に吹かれて鈍い速度を維持したクラウザーの船は、クルスラーゲの交易都市を出港してから10日以上を掛けて、ホーチト王国の王都で、最大の交易都市でもあるマルタンに到着した。 そう。 此処は、嘗てKとポリア達が出会った場所である。 クラウザーは、此処でも4日の停泊を決定する。 寒波の影響で、マルタンが早々と雪化粧し。 フラストマド大王国へ行く海上が、大時化の状態が続くと連絡を受けたからだ。 船を下りる客達は、すっかり雪化粧したマルタンの街へと出て行く。 クラウザーは、船員達に船を任せ。 カルロスと二人で、雇い主の支店本部が有る港の出向所へと向かった。 まだ、薄っすらと雪がチラつく中だ。 丁度、昼を迎えた今。 街に出ようとするオリヴェッティとリュリュに、数日で仲良く成ったビハインツとルヴィアを加えた4人が、甲板から備え付けの移動階段を降りる。 後から出て来たKは、甲板に居るオーバーを羽織ったウィンツを見つけて。 「よぉ」 と、声を掛けた。 蒼白い冷め冷めとした冬の海を見つめていたウィンツは、厳しい顔をK向け。 「あ、あぁ。 そっちも、これから街に?」 Kは、ウィンツに歩み寄ると。 「まぁ、な。 そっちは、絞られに行くのか?」 事態を見透かされたウィンツは、苦痛の滲む笑みで。 「あ・・解っていたのか。 そうだ。 恐らくは、全ての責任と債務をこの俺は擦り付けられるだろうな」 同じく海を見るKは、声だけをウィンツに向け。 「アンタの雇い主、確か・・ジョンソン・マイランダーだったな?」 海を見るウィンツは、良く知っていると思って。 「ウチの雇い主は、有名人だなぁ……」 すると、Kは。 「あぁ、相当の・・な。 どれ、俺も連れて行ってくれないか」 ウィンツは、パッとKを見て。 「俺と・・一緒に、か?」 「ん」 「どうしてだ」 「俺はな、野郎がマーケット・ハーナスに居た頃に、顔見知りと成ったんだよ」 「ジョンソンを知ってるのか?」 「まぁ、な。 個人的に、一度は顔を合わせて話したい用が有ったんだが…。 勝手に、姿消しやがってな」 (此処で知ったが、いい頃合いさ) Kは、この一言を言わずに心で…。 鋭くなる彼の目には、不気味な光が宿っていた。 こうしてKは、オリヴェッティ達と別行動で、ウィンツの後を着いて行く事にする。 港に下りたウィンツは、乗って来た大型客船を見上げて。 「大きいなぁ…。 親方の下を飛び出した時は、いつかこんな船の船長をしたいって思ってたが。 自分の思い上がりで、それを台無しにしちまった」 同じく見上げるKが。 「仕方ないさ。 人生なんて、そんな誰でも上手く出来てない。 色々あるさ、色々と、さ」 「あぁ…、そうだな」 二人は、馬車などが荷物の上に雪を載せて行き交う港から、降りた乗客に混じって街中に向かった。 薄曇の寒空の下。 まだチラつく小雪の中を二人して歩く。 人が多く出歩く街中に入り。 ミンクやモグラなど動物の毛と皮から作られる帽子に、コートやオーバーを着た人々が集まる商店街を歩く中で。 「そう云えば…」 と、此処からウィンツは、少し照れながら。 「マキュアリーが、君に礼を言ってたよ」 と、Kに。 「あ? 俺が何かしたか」 「いや・・、そのぉ~何だ。 俺を…俺達を助けてくれた事に」 「あ~。 ホレた男が助かって、無事に一緒に成れたんだものな。 そりゃ~まぁ、確かに」 マキュアリーと熱い夜を過ごしたウィンツだ。 こう云われると、その記憶が甦る。 「おいおい、人前で言うなよ」 「はっ。 照れる必要あるかよ。 ま、あのハルピュイアには、アンタが必要だった。 アンタ無しだったら、一生人間に対して恐怖を抱いて生きたかもしれない。 良かったじゃないか、あんな可愛い女が出来て」 ウィンツは、その言葉が水の様に心へと流れ込むのを感じる。 マキュアリーは、一見するとシッカリしているいい娘だ。 だが、やはり母親の居ない寂しさを抱えていたのだろう。 二人で眠る中で、自分の胸に唇を押し当て。 互いに通わせる愛情を感じようとして離れなかった。 また、ウィンツも、そんなマキュアリーが愛おしく、離せなかった。 心に傷を負った二人だが、その求める相手が合致していたのだろう。 時間が経つのさえ忘れ、お互いに求むるままに、数日があっと言う間に過ぎていた。 だから、別れは怖い。 然し、ウィンツは、マキュアリーが離れて幸せで居るなら、自分にどんな災難が降ろうと逃げる気には成らなかった。 後は、責任を取らされるだけだとしても…。 斡旋所へと行く道の更に幾つか先。 生活用品などの店が立ち並ぶ、商店街通りに入り。 長々と様々な石造りの建物が乱立する街中の三叉路に、“ジョンソン海貿”は有った。 三階建てをしたの6角柱型の店舗であり。 “何処よりも安く、迅速が一番” 等と、窓には紙が張られていた。 Kは、藤の蔦をイメージした看板や、赤い外壁の建物を見回し。 「へぇ~、あの因業野郎め。 随分とコソコソする手口を覚えたな。 こんな感じイイ店を構えるたぁ~な」 ウィンツは、そう言うKに。 「この店は、元は別の者が所有していたものだったらしい。 俺の雇い主が奪ったとか・・取り上げたとかな」 Kは、呆れる素振りのままに頷き。 「はぁ~ん、ヤツらしい」 入り口の扉を開いたウィンツは、肩の雪を払って中へ。 後を行くKは、雪を何時に払ったのか。 「いらっしゃ・・・、あらっ、ウィンツさんっ」 受付に立っていた年配らしい雰囲気の男性が、ウィンツの顔を見て驚いた。 「………」 黙って中を見るKは、赤い絨毯や落ち着いた黒のインテリアを見て。 (ヤツの趣味じゃねぇ~な。 丸々と本当に奪いやがったかよ) 左隅の暖炉にくべられた薪が、パチパチと音を出す。 ウィンツは、受け付けに立つ正装をした痩せた男性に近づき。 「ジョンソン様は、上か?」 ちょび髭を鼻下に生やし、老け気味な中年と云う印象のヒョロ細い受付の男性は、何処か脅える様に頷き。 「あ・あぁ…。 また、変な女を借金で連れ込んでる。 アンタ、どうして帰って…。 船、な・遭難したんだろ?」 「もう、耳に?」 「当たり前さ。 クルスラーゲの灯台管理から、こっちの方に連絡が在ったよ。 魔法の伝達交信でも、船に乗ってた客から苦情が来てたって…。 近々、国の御偉いと会うとか云ってるゼ。 ……ヤバイよ、逃げた方がイイ」 声を押し殺して云う受付の顔は、どんどん何かに脅えたものに。 Kは、上に居る人物が、自分と関わった数年前と何等変わり無いままに生きていると思えた。 ウィンツは、Kに。 「先に、俺が行かせて貰う」 頷き返すKは、 「あぁ。 だが、俺が入ったら、何が在ろうと黙ってろ。 ま、先に報告してしまえよ」 と。 Kの言う途中の意味が解らなかったウィンツだが、素直に。 「解った」 と、受付の脇の壁に開いた階段へと向かった。 白い壁に挟まれた階段は、手摺が鋼鉄ながらに洗練された磨きとオブジェに模られた確かなもの。 職人が作ったものだと解る見栄えだ。 折れ曲がった階段を上り切ると、木の扉が正面に見える。 (さて。 殺されないだけでもマシ……だろうな) ウィンツは、そう思って深呼吸すると、扉をノックした。 すると。 「おう、誰だ?」 と、低い威圧的な男の声が聞こえた。 「ウィンツです。 只今、戻りました」 すると、一瞬の沈黙が流れた後に。 「…入れ」 と、声が掛かった。 扉を開いたウィンツは、 「失礼します」 と、声を掛け返した。 先ず目に入ったのは、上半身に分厚い装甲の鎧を着て、片手に長柄の戦斧を持った用心棒の姿だった。 口回りに髭を生やし、冒険者の傭兵の如く武装している。 「入れ。 ジョンソン様がお待ちだ」 と、声が掛けられた。 用心棒の前を抜け左に向き直ると、其処は広々としたリビングだった。 黒い絨毯が一面に敷かれ、右手の窓側は、通りに面した外を見渡せる。 窓の前には、壁に備わる引き出しを多く備えた台続きで。 花瓶やインテリアの置物などが見えた。 「おう、ウィンツ。 よくもノコノコと帰って来たモンだな」 ウィンツの目先、数歩先に、ガラスのテーブルを前にしたソファーがある。 そのソファーで、背凭れに片腕を預けて偉ぶった様な姿をして座る者が声を出した。 ウィンツの目は、その人物を中心に、周りの光景をも捉える。 ソファーに座るのは、黒い髪をオールバックにした中年男性だ。 鼻筋の通りはまずまず良い方で、鋭く釣り上がった目は、高圧的な気性の激しさを伺わせる。 褐色の肌をした顔は、なかなかふてぶてしい面構えと見れる。 首元が見えるモスグリーンのバスローブに似たガウンを羽織り。 下には、寝巻きの様な青いズボンを穿いていた。 だが、ソファーには、彼だけでは無い。 「ねぇ。 御主人サマァ~、お客さんの前で、恥ずかしいわぁ」 その座る男に、甘える女性が居る。 金髪の胸が大きい女性で、黒の透けた部分が多い下着のスリップに、下半身は何も着けず。 ガーターベルトに黒いストッキングのみという姿なのだ。 「おうおう、そうだな」 ウィンツに偉そうな態度を見せるそのソファーの上の人物は、膝などに掛けるチェック柄のタオルを手にし。 ウィンツにお尻を向けて、前を隠す様に甘えた女性の腰周りに掛けた。 「……」 女性の魅惑的な身体だが、人前と云う中でする格好では無いと思うウィンツは、視線を外しながら左右を見る。 部屋のソファーが有る両サイドの壁には、柱を背に剣を佩いた用心棒らしき若者と。 フードを被るローブ姿の杖を持った、人相の解らない人物がそれぞれに立つ。 恐らく、炙れていた無頼の冒険者なのか知らないが。 こんなに用心棒を雇うなど、普通の店では考えられない。 いや、露骨過ぎるのが返って不気味で、ソファーに座る人物の素性が怪しまれる。 ソファーに座り、勝者の如く偉そうに女性の腰を抱く男。 その前に置かれたテーブルを挟んで、間近に来たウィンツは、膝を折って絨毯に。 「ジョンソン様。 クルスラーゲで私は、こうなると言ったハズです。 もうあの船は、魔力水晶を使った動力が死んでいた。 古い船なら、マストやセイルがしっかりしているから航海も可能だったが。 あの船は、中途半端物…。 嵐の中を行けば、遭難するのは目に見えていた。 それなのに、俺に行かせた。 船が駄目なんだ、こうなるのは必然だった」 そう云うウィンツの話を、さも詰まらなそうに聞くジョンソンである。 「あ~ぁ。 俺の所為ってか? それなら、お前の裁量で出港を遅らせればイイ話さ。 少し出て、何処かで隠れてりゃイイ話だろう?」 ウィンツは、詭弁だと思った。 船に乗せるべく集められた乗客は、安い賃金で早く着くと云う振れ込みに集まった者ばかり。 だから、クルスラーゲの出張所に来ていたジョンソンの部下は、ジョンソンの命令を守って自分に伝えた。 “今直ぐに出港しろ。 期限内に、必ずマルタンに行け” と。 さて、ウィンツとジョンソンは、離れた場所にそれぞれが居た。 なのに、この二人が意見を直接交わす事など無理の様に思える。 実は、それを可能とする物が存在しているのだ。 各国の大きい交易都市の港には、魔法の力で交信の出来る施設が有る。 “記憶の水晶”と並ぶオールドアイテムの一つで、今はもう作れない物だとも云われている。 超魔法時代の産物とも、古代の神々が生み出したとも伝わる“以心伝心の秘書”が、それだ。 この物品は、斡旋所を運営する冒険者協力会の方が多様されている。 そう、斡旋所の正式なる主だけが持つ事を許されるあの本だ。 “以心伝心の秘書”は、そのオリジナルに成ったアイテムだ。 書いた内容が、基点となる場所で魔力の文字と成って。 魔法契約で結ばれた同じ本に伝わると云う仕組みに成っている。 この魔法アイテムを扱うのは、斡旋所以外では港の施設や国の重要な部署のみ。 港の伝書施設では、一回の使用で幾らか金を取られる上に。 使用する時間は、専用の砂時計が尽きるまでと定められており。 その管理は、斡旋所のみと決められている。 この書物は見つかった数も少ない事から、いまだに配置さてない国があるくらい。 もう少し、このアイテムの深い所まで語りたい所だが。 何れ、また何時か。 さて。 無茶な航海など、するだけ無駄と云うウィンツの抗議は、その以心伝心の秘書で度々ジョンソンに伝えられた。 だが、高圧的なジョンソンの意思は、似た様な性格の部下商人に伝えられ。 結局、ウィンツは行くしかなかったのだ。 他の雇われ船長達は、ウィンツにしか出来ないと皆逃げた。 ウィンツは、口調からジョンソンが自分に全てを被せるのだと解った。 ジョンソンは、腰を抱く女性に。 「ライナ、ベットに行ってな。 コイツとの話が終わったら、たっぷり苛めてやるから」 「はぁい、御主人サマ」 中々の低いイイ声を発して、淫靡な気怠さを携える金髪の美女は、胸を片手で隠してタオルを腰に巻いたままに立ち上がる。 そして、ソファーの脇を抜けて奥に行くと、左側の開かれたままのドアの中に消えて行った。 女性が居なくなると、ジョンソンは両足をテーブルの上に投げ出し。 「おい、ウィンツ。 捨てられたテメェを拾ってやったのは、一体誰だ? 大して使えもしねぇ手下の船員を、俺はぜぇ~んぶクビにしようとしてた。 だが、お前が船を動かして面倒見るって云うから、仕方なくクルスラーゲに向かわせたんだ。 俺に楯突くってならぁ、オメェが借金を全部払え」 ウィンツは、覚悟を決めた静かな物言いで。 「俺の借金は、船を修理した費用だ。 アンタの持ち船の修理費用を、云われるままに操る船長以下船員におっ被せるなんて、只の横暴だ」 ジョンソンは、そのニヤける顔に悪辣な雰囲気を漂わせると。 「おう~、そうかい。 だが、今回の全ての責任は、お前と船員に償って貰うゼ。 明日、港を管理する役人に会って、そう報告する」 ウィンツは、鋭い視線をジョンソンに向けると。 「船員には、関係無い話だろう?」 「フン。 なら、お前の肩にぜぇ~んぶ背負わすゼ」 ウィンツは、思った通りになったと思った。 ジョンソンは、無造作に指を折り始め。 「船の購入代金、駄目にした被害額に、他の船員に払う金。 ま、二・三十万は掛かるだろうな。 お前、無給で働いて貰う。 死ぬまでな」 この男がホーチト王国に来て、まだ3年にも満たないだろう。 だが、金の遣い様が上手いのか。 こうゆう問題を幾つ起こしても、ジョンソンには役人の手が伸びない。 寧ろ、ジョンソンの御蔭では、何人の船長が首を括り。 また、金を借りた者が身を破滅させただろうか…。 また、訴え出ようとした船長や船員は、何故か行方不明になっている。 黒い噂も絶えないジョンソンは、ウィンツを見て。 「逃げようなんて思うなよ。 お前の素性は、粗方解ってるんだ。 お前が逃げるなら・・、そうだな。 お前の元親方だったか? あの有名なクラウザーとか云う男に……」 ウィンツはグッと拳を握り。 「関係無いだろうっ!!」 「フン。 そうかな? お前の事を世間に言い触らし、駄目な船長を作った親方に責任を求めるだけだ。 関係無い訳が無いだろう?」 船長と云う家業は、人気や噂も影響する。 下手に変な噂が付いたり、役人の在らぬ嫌疑を掛けられても嫌われる所が在る。 また、世情が変わり、政治に国民が参加出来る世の中に進むにつれ。 商人と云う財界の世間と、貴族社会や政治が近くなり。 そして、まだその関係は曖昧で、陰湿な部分を含むだけに。 変な噂を流されるのは、非常に大変な事だ。 完全に上から人の足元を見るジョンソンと云う男に、ウィンツは怒りに任せて拳を握る。 悔しさや憤りが身体を満たし、殺されてもいいから目の前の男を殺してやろうかと思った。 その様子に、見ていた用心棒達が身を構えようとする。 だが、その空気は、一声で一変した。 「悪い、失礼するゼ」 と、急に扉が開いていて、Kが中に入って来たのである。 「あ? 誰だぁ」 ジョンソンは、包帯を顔に巻いたKに目を凝らした。 「おいっ、此処を何処だと思ってるんだっ?!」 突然の様に、Kが目の前に現れたと思う長柄の戦斧を持った用心棒は、断りも無く入って来たKに掴み掛かろうとした。 が。 「うわぁっ」 何処をどうされたものだろうか。 フワっと浮き上がった身体は、宙で一回転し、絨毯に敷かれた床に叩きつけられる。 「おのれっ」 「何者だっ」 剣士の用心棒が剣の柄を掴み。 魔法遣いの用心棒は、杖を構えて魔法の詠唱をし始めた。 だが。 “ゴトっ” と、音がして。 足元を見た魔法遣いは、自分の杖の先に備わった発動体の水晶が、何故か床に落ちたのを見て驚いてしまう。 ウィンツは、魔法遣いの脇の壁に、ダガーが深々と突き刺さっているのを見て。 (ケイが投げたのか? い・一体、何時?) と、その早業に言葉が出なくなった。 「この野郎ぅっ!!!」 用心棒の剣士は、一気にKへ向かって踏み込んだ。 剣を引き抜き、建物内なので突きを見舞うべく右に構えながら。 だが、更に早く、用心棒の目の前へ姿を現したK。 一瞬、消えた様になったKだ。 完全に目標として見失い、間合いを計れず立ち止まる用心棒に、Kは左脇から踏み込んで相対していた。 「フッ、遅いんだよ」 Kは、そう声を掛けるのと同時に、剣士の足を払って蹴倒す。 ドスンと背中から倒れた剣士は、もう気を失って白目を向いていた。 その剣士の着る軽鎧の胸部が、鈍器の様な物で殴られたかの如く陥没しているが原因だろうか。 余りの流れの速さに、驚くままに固まったウィンツとジョンソン。 Kは、奥の部屋からこっちを覗いてる女性をチラリと見る。 金髪で、20半ばから30頃の女性だが、その眼は悪い気性を寸部も無い。 この悪党みたいなジョンソンに靡くタイプには見えなかった。 ウィンツの見た様子の彼女と。 今、Kに脅える彼女の印象が、微妙に異なっている。 それをKが知っていたら…、一体どうなっていたか。 さて。 Kは、ソファー上に脅える男を見て。 「おい、ジョンソン。 昔の知り合いに、随分な対応だな。 オメェ、俺に殺し屋を200人近く嗾けた過去を忘れたのか?」 と、テーブルの上に足を上げる。 ジョンソンは、自分を威圧する様に見て来るKの話に、記憶を導かれてはハッとして。 ワナワナと震える口のままに、 「お前っ、まさ・ままま・・まさかかか……」 Kは、更に彼へと身を近づけ、完全に上から見下ろす様な態度を見せながら。 「思い出したか? まぁ、話が早くていいや。 んでな、お前の雇う船長か、この野郎」 と、ウィンツを顔で示すと。 「海の上で、俺の乗る船の近くまで幽霊船を案内しやがってよ。 御蔭で、関係無い船が沈没する大事に到る所だった。 話を聞けば、お前がボロ船を出させたって聞いたが? 本当か?」 ウィンツは、何がどうなっているのか解らない。 只驚き、見ているしかない。 だが、ジョンソンは別だ。 顔面を恐怖に脅える形相に変え、もう今にも逃げ出しそうな素振りなのだ。 「あわわわっ! そっ・そんなっ、滅相も無いっ!!! 俺・おおれはっ、頃合をみっ・見て船をだだだっ、だ・出せとっ!!!」 ジョンソンの言い訳を受けたKは、大仰に頷き。 「あ~ぁ。 んじゃ、コイツが悪い訳だ」 と、ウィンツを睨む。 「そっそそそそうだっ!!! 責任はっ、ぜっ・全部コイツにっ!!」 ジョンソンは、震える手でウィンツを指差す。 Kは、透かさず。 「だが、コイツの親玉はテメェだろうが。 大体、多額の借金まで有んだろう? 今、踏み込む前に聞こえたゼ?」 「いっ・いいっ!!!! 借金なんかナシだぁっ!! 今っ、コイツはクビにしたんだっ!!! あっ、ああ・アンタのすっ、すすす・しき・・・好きにしたらいいっ!!!」 つい少し前までは、クビなどにせず一生コキ遣うと言っていたのに。 Kの登場で、扱いが逆転した。 「あ~、そうかい」 確かめる様に言ったKに対して、ジョンソンはもう怯えて居て。 「そそそ・そうだっ。 アン・アアンタの・・じっ・自由だっ」 一部始終を見ていたウィンツは、どうしてこんなにジョンソンと云う男がKに脅えるのか、それが解らなかった。 ただ、顔見知りである事には違いないのだと、ジョンソンの素振りからも伺えた。 Kは、ウィンツを冷たい目で見ると。 「んじゃ~、この船長を貰って行くぜ。 煮るなり焼くなり、俺の勝手にさせて貰う」 「いいっ!! こっ・ここっ殺してくれて構わんっ!!!!」 Kは、確約を取り付けたとほくそ笑み。 「おう、船長。 さっさ立て。 お前には、色々とツラ貸して貰う所が有るんだからよ」 と、足をテーブルから下ろす。 ソファーから背凭れを支えにして立ち上がるジョンソンは、逃げ腰の笑った膝のままに。 「いけっ! い・行けっ」 と、ウィンツを追い出す身振りで指図をする。 其処で、Kはスッと動いた。 ジョンソンの胸に、指を突いたのだ。 途端。 ウィンツは、体当たりでも食らったかの様に、奥へと突き飛ばされるジョンソンを見た。 強い力でぶっ飛ばされたかの様なジョンソンの身体は、食堂として備わる奥間のテーブルに突っ込んだ。 机を破る音と共に、 「うぎゃっ!!!!」 と、ジョンソンの悲鳴が上がる。 「きゃぁっ!!」 際どい格好をしていた金髪女性も、テーブルを壊したジョンソンに驚いて声を上げた。 凄い音を立てて、木製のテーブルクロスの掛かったテーブルを壊したジョンソン。 そんな彼に、Kは 「おいおい、指で突かれただけで吹っ飛ぶなよ。 身体に気を付けな、特に……酒にはな」 と、踵を返した。
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