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あと、少し。
由宇がこの部屋を出るまで、もう少し待ってくれ。
「じゃあ、これで失礼しますね」
作った笑顔を張り付けたような顔をしている。
困ったんだろう。迷惑だったんだろう。
少し下がった左眉が、「困らせないで」と言っているようで。
俺の部屋なのに。居た堪れなくなった。
「間宮次長、」
もう少しだけ、耐えてくれ。グチョグチョと、心の中で渦巻く何か。
まだ、決壊しないでくれ。もし俺にも、ダムってヤツがあるならば。
「幸せになってください」
あと、少し。
「心から願ってます」
見るな。見るな。見るな。
俺を、見るな。
笑ってるつもりだ。
もう一度言う。笑ってる、つもりだ。
でも、絶対、笑えてない。
それでも、誤魔化せていればいい。由宇の足枷になっていなければいい。前に進もうとしている由宇の背中を、ちゃんと押せていればいい。
息が、荒くなる。過呼吸みたいだ。
デスクの端に手をついて、体を支えるのが精一杯だ。
気を緩めたら、何も知らない小さな子供のように、ワガママになりそうで。
一歩、二歩進んで手を伸ばせば、まだ触れられるけど。
俺には、そんな資格がないから。
左手の人差し指の腹を、気付かれないように強く噛む。
俺の最大のワガママが、飛び出してしまわないように。
寒気がする。震えもする。今、立っているのかどうなのかも、一瞬わからなくなってしまうような。
全ての感覚が、麻痺しているような。
初めての感覚。
ドアが閉まり、ヒールの音が遠ざかるのを確認する。
小走りだな、と考える前に、床にしゃがみ込む。
少しだけ、子供の気持ちがわかった。欲しくて欲しくてたまらないものがあるとき、大きな声をあげて、主張する。訴える。
俺は、声をあげることはしなかったけれど、手で覆っても漏れてくる嗚咽が行き場をなくして、深い息を吸うと同時に戻ってくる。
“幸せになってください”
「俺も…心から願ってる」
世界で一番、幸せになってくれ。
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