嘘で自分を守る男

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それでも、やっぱり思い通りにならないのが現実。 由宇のベクトルが俺に向いているなんて、どうして思えたんだろう。 「この前言った、いい感じの男性です」 自惚れていた。 もしかしたら、なんて淡い期待を抱いていいわけない。俺には、そんな資格がない。 それでも、ほら。由宇の表情を“切なげ”だなんて、勝手に解釈してしまうおめでたい頭。 本当は、俺がいいんだって。俺と一緒にいたいんだって。でも、俺には婚約者がいるから、どうしようもできないんだって。 そんなことを考えてくれていたらいい、なんて。 「好きなの?そいつのこと」 だから、どうか否定してほしい。 「由宇、俺はね、」 認めたくなかった。一回り近くも年下の女に、翻弄されているなんて。 それでも、手放すぐらいなら、他の男にさらっていかれるぐらいなら、何の根拠もないプライドなんて捨ててもいいんじゃないかって。 そう思えたんだよ。 「大丈夫です!」 「…由宇?」 「次長がいなくても、実はかなり大丈夫なんだと気付きました」 この、無神経女。 「由宇、落ち着いて。ちゃんと話そう」 そう言う俺の声は、震えている。 でも、大丈夫。きっと、平静は装えていた。 「あたし…次長じゃないと駄目だと思ってました」 「いつか眞由美さんと一緒になるってわかってても、どうしてもやめられなかったんです。でも、勘違いだったんですよ」 俺だって、お前じゃないと駄目だって思ってる。 なあ。勘違いだとか、思い込みだとか、もう、そういう次元じゃないはずだろ? 「ほかの男の人と会ってもちゃんとときめくし、告白されたら嬉しいし、電話やメールもらったら、一丁前にドキドキして。そういうの…ちゃんとできるんですよ、あたし」 鼻から吸い込んだ息が、止まる。ゴクリ、と喉の音が、やけに静かな室内に響いた。 そんな気がしたのは、きっと、俺だけ。 告白。 その四文字が、心臓を抉った。俺が九年間ずっとできなかったことを、いとも簡単にやってのけた男がいる。 今から、全てが始まると思っていた。気持ちを自覚して、三十五歳の大人がやっとの思いで告白だなんて甘酸っぱいことをしようって。 もう、ジレンマに苦しむ必要もないって。 由宇だけを、大切にしようって。 俺は、そう思ったんだよ。
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