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天井の写真は右から初代、月下夜想(つきした やそう)、二代、月下夜空(つきした やくう)、三代、月下夜雲(つきした やくも)と人物名が書かれていて、写真の人物も氏とどこか似た面影がある。恐らくは明治の頃から今に至るまで画家として活動して来たのだろう――
「皆さん、お食事の準備が出来ました」
女中さんが慎ましやかに夕食を運んで来た。各々が赤や橙、紺や褐色などの暖色を基調とした和服を着ており、そこから覗く綺麗な白い肌が特徴的だ。まるで氏の春画に登場するような人達が数名姿を現した。
「夕餉はお鍋になります」
最初にやって来た女中さんは掘り炬燵の台の上に簡易式焜炉と一緒になった鍋を置くと、マッチで火を点けた。丁度外の寒さで冷え切っていた所だったので鍋料理とは有り難い。
「青菜がしなり始めて来たらお召し頃で、御座いますので今しがたお待ち下さいまし」
赤い着物の女中さんはそう言って私達に一礼すると、橙の着物の女中さんと入れ替わる。
台の上に人数分の鉢と、お洒落な箸置きに向きを揃えられた箸を用意し、徳利と御猪口を持った紺色の着物の女中さんと入れ替わる。
「お酌は熱燗に御座います」
御猪口に並々と熱燗を注いで台の上に配ると、最後に褐色の着物の女中さんと入れ替わる。重たげに木のお櫃を抱えている。
「銀シャリに鍋ものとは、今夜はご馳走だ」
出海さんは早速箸を構えた。私達の間では銀シャリと鍋料理は贅沢な食事だった。勿論、戦後間もない頃は、ばななやちょこれいとなどの殆どの輸入品も高級食材で“ぎぶみーちょこれいと”と日本人が欧米人にちょこをねだるなどの醜態を見せていた。
敗戦後、私達日本人は軍事的にも文化的にも西洋に大敗を喫していたのだ。
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