月下美人

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 優秀な新聞社の社員ならば私の他に何人かはいた筈だけれど、その中からどうして私が選ばれたのか、その理由を知りたかった。  「君はどうやって私の屋敷に辿り着いたのかな。電話では来てくれとは言ったが明確な住所は教えていない筈だが」  確かに。氏は電話を掛けて来た際に、住所は明かしてはいなかった。 だから私は、月下氏の春画の背景に描かれた植物や星座などが共通している事から同じ場所で描かれたものだと判断したのだが、 後で都心部の方では見掛けないものだと判り、図鑑を広げてどこに自生する植物か、どの位置で見える星座なのかを調べあげると、ここだと言うことが判り新聞社を飛び出した。 同時に彼は実際に見たものしか書けない類の、所謂写実主義の春画家だと言う事も推察出来た。  芥川龍之介の“地獄編”の良秀にも通じるそれは私から言わせると、描写の為ならどんな犠牲も厭わない危険思想とも言えるが。  「思い出したようだね。新城君は単身で私の屋敷へやって来これたいきさつを考えると、なかなかの推理力と行動力を持ちながらも、かなり仕事熱心な性格の持ち主だと言えるだろう」  「詰まりは新聞社を試していたと――?」  「そうだ。結果、君が合格した訳だが、どうやら新城君は優れた新聞記者にも関わらず抑圧された環境に身を置いている為に、それを発揮出来ずにいるようだね……」  抑圧された環境と言うのは恐らくは日日新聞社のことだろう。 女に学問は云々と言われ、男が働きにでるのが主なこのご時勢。女が働いて収入を得るのは珍しいとよく言われる。同時に縦社会の男の職場は女が意見することも。喋る事も禁止され、意見が出来るのは上の立場に立ってからだと言われている。 皆、昇進を目当てにつまならない記事の取り合いに精を出している。 だから私は、独立して何時か自分の会社を持ちたいと切実に思うのだが……
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