第2章 『記憶』

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〔1〕          「そう、書類もダメだとなるといよいよお手上げね」 その女性は如何にも残念そうな素振りを見せる。 「仕方がないので、一度東京に戻って連絡を待つ事にします」 そう言って卓司は立ち上がるが、若干の目眩(めまい)を覚える。 「…(あれっ?)」 「どうかしました?」 「いえ、なんでもないです。長々とありがとうございました」 「お役に立てずにごめんなさいね」 「いえ、いえ。では、失礼します」 卓司は深々と頭を下げて602号を出るが、今度は吐き気が込み上げて来る。 「…(う~っ、気持ち悪っ)」 そして、よろけながらもエレベーターの前まで何とか辿り着くも、ついには目も回り出した。 「…(取り敢えず、階段にでも座って気分を落ち着かせよう)」 そう考え、壁に手をつきながら階段の方向に歩き出した時、突然、後頭部に激痛が走る。 「うおっ !!」 卓司は呻き声を上げ、頭を右手で抱え込むようにしながら、そのままその場に崩れ落ちる。その瞬間、微かだが何か赤いものが目に飛び込んで来る。 「…(ハイ…ヒール !?……でも、なぜ !?)」 一瞬、女性のハイヒールを見たような気がしたが、あとは気を失って5階と6階の踊り場にそのまま倒れ込んでしまう。 「…(あ、頭が…割れるようだ)」 どれくらい経ったのか定かではなかったが、目を開けると見た事もない白くて綺麗な天井がそこにはあった。
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