第14章 『猜疑(さいぎ)』

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〔1〕          卓司は9月に入ってから久しぶりに私立探偵の仕事をしていた。とは言っても、『浮気調査』であるが…… 依頼に来た人の多くは、調査を頼めば結果が直ぐに出るだろうと考えているようだが、そう簡単ではない。納得の行く結果が出るまで最低でも1ヵ月はみておいた方が良い。それをまず依頼者に言うとみなびっくりするが、尻尾を簡単に出さない場合もあるから仕方がない。そして、その費用もバカにはならない。丸1日中、追跡しているから当然なのだが。 だから、最初に10日間という最低日数を決め、この間に証拠が出ない時は、依頼者にもう10日間延長するかどうかを尋ねる。納得が行かなければ続ければ良いし、そこで諦める人も多い。最初に見積もりは出すが、大体、1ヵ月で30万円~50万円は掛かる。 対象者(=丸対)は隣町に住む40歳の男性。はっきり言って良い男とは言えない。客観的に言えば、もてる要素がない。 妻の弁によれば最近帰りが遅くなったのと、急に家族へ、特に、妻に対して優しくなったとの事。で、これは怪しいと睨(にら)んでその奥さんが依頼して来た。 「…(ふあ~~っ。寝不足だ。ここ5日間、ろくに寝てないし、尻尾も掴めてない。帰りが遅いのは酒とギャンブル。あの顔だから、近づいて来る女もいないと思うのだが……)」 丸対の会社は新宿にある食品メーカー。今日は、同僚達と仕事後、駅近くの居酒屋で酒を飲んでいる。 「…(やはり、この仕事は1人ではきつい。真剣に誰か雇う事を考えないと……そうなると、どこかに事務所を借りないといけないが……う~~ん、金が……)」 卓司は丸対から少し離れたテーブル席で1人ビールを飲みながら焼き鳥をつまんでいた。ところが、対象者が急に帰り支度を始める。みなに別れを告げ、店から出て行った。 「…(まだ8時前だぞ?)」 会計を済ませ、気付かれないようにその男の後を追う。 店から出ると、男はタクシーに乗り込むところだった。卓司も急いでタクシーを捉(つか)まえる。
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