第3章 『疑惑』

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卓司はアロハシャツとを着ると財布を手にし、狭い玄関で薄汚れた白の運動靴に足を入れる。そして、ドアノブに手を掛けようとした時に、左側面にある靴箱の中に赤のハイヒールがある事に気づく。 「…(これって?)」 『青戸ビル』で殴られて倒れ込む際に見たハイヒールに似ているような気もしたが、似たものはいくらでもあるだろうし、見たものが赤いハイヒールだと決まった訳でもなかったので、気を取り直し、ドアを開けて外に出る。玄関を出てみると同じような部屋が10室以上はある事が分かった。 「…(703か)」 赤いドアに貼り付けられてあるプレートで部屋番を確認し、右往左往しながらもどうにかエレベーター前に辿り着く。エレベーターが到着するまでの間、卓司は、なぜ自分が今の立場に置かれるようになったのか考えてみるのだったが、現段階では皆目見当がつかなかった。ただ、赤いハイヒールの事ははなぜか気にはなった。 そうこうしているうちにエレベーターが到着。無人のエレベーターに乗り込み1階のボタンを押す。エレベーターは10秒足らずで1階に到着。そして、エレベーターから下りて正面玄関のところに設けてある多数ある郵便受けで703を確認する。 「…(ちゃんと野村になってる)」 少し安心をし、自動ドアを抜けてマンション前の狭い通りに出る。マンションの敷地は高さ1メートル程の赤煉瓦のブロックで取り囲まれており、道路に面した塀の上に『スカイハイツ 西井』と彫り込まれた銀色の金属板があった。路上に立った卓司はマンションの方を振り返り、マンション全体を眺める。白い外壁に横長、高さもそこそこある大きなマンションであった。 「…(15階くらいかな? 建物には詳しくはないけれど一応、高級マンションと言って良いのかも……)」 向きを変え、歩き始めるのだが、どうにも足元が覚束ない。気力は回復してはいるものの、体力の方は全盛期の半分以下だから当然と言えば当然ではあった。 「…(東京に帰る前に、もう一度『青戸ビル』に寄らないとな)」 そんな事を考えなら、卓司は傷ついた体を労(いたわ)るようにしてマンションからゆっくりと離れて行った。               
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