第4章 『事実』

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「わざわざどうもありがとうございました」 用事も済み、卓司はそう言って立ち上がろうとする。 「まあ、そう急がずに。もう少し詳しくお話を聞かせて下さいよ」 署長に言われて浮かした腰をソファーにもう一度戻す。 「今、どちらの方に?」 「住所は分かりませんが『西井』というマンションに……」 「そこはお知り合いか何かですか」 「いえ、暴漢に襲われて倒れていたところを助けてもらって、今でもその方の厚意に甘えているところです」 「そうですか。ところで、お話に寄りますと、黒部という名の人物が今回の依頼人という事ですが、直接お会いになったのですか」 「いえ、電話だけで……書類は次の日に別の人が届けに来ました」 「なぜ別の人間だと?」 「電話でそう言っていたのと、届けた人物が汚らしい身なりをしていましたので、そうではないかと……」 「書類は届けられなかったようですが、中は見たのですか」 「はい。届け先の『安田エージェンシー』が存在していなかったので、住所を確認しようと思いまして……あっ、その点は、602号室の『銀星』という雑貨商の人と一緒に確認しています」 「それで、その書類を盗まれた挙げ句に怪我を負い、昨日まで寝ていた、そういう事ですか」 「そうです」 「大体の所は分かりましたが、被害届けはどうします?」 「そうですねえ、黒部という人物に連絡を取れなければ意味が無いのですが、一応、出しておきます」 「分かりました。では、近藤と一緒に行って書類を作成して下さい」 「どうもお世話になりました」 立ち上がり、署長に向かって深々と頭を下げ、近藤と供に部屋を出る。
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