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「そうですね、今の話は今回の事件には関係ないかも知れませんね。最近まで札幌の方においでという事でしたが……」
斎藤の穏やかな口調はここまで終始一貫して変わっていない。
「はい、弁護士廃業後は私立探偵をやっておりまして、高見が死ぬ二日前に仕事の依頼がありまして、それで札幌へ……」
「高見さんが亡くなった事は直ぐに気付かれなかったのですか」
「お恥ずかしい話ですが、現在、かなり生活に苦しんでおりまして、電話代を払えなかったものですから」
「それで連絡が取れなかった?」
「そうです」
「事件当夜は札幌のどちらに?」
「…(ここの記憶が無い…)」
卓司の沈黙に斎藤の右頬が『ピクリ』と動き、表情に変化が表れる。
「実は、札幌に着いたその日にひったくりに遭って…」
「ひったくりに遭ったんですか。何を盗られたんです?」
「届けるよう依頼された書類を…」
「それはお困りだったでしょう? という事は、荷物は届けれなかった?」
「はい」
「被害届けは?」
「一応、出しました」
「札幌丸山南署でしたね。確認を取らせて頂きます。鈴本 !!」
斎藤の指示で早速、鈴本が取調室を出て行く。
「それで、依頼人には盗まれた事を報告したのですか」
「それがですねぇ……(これで依頼人の黒部に会っていない事や『安田エージェンシー』が存在しなかった事を話すと、全部、俺の作り話となってしまう)」
卓司は困ったぞという風に腕組みをして下を向く。
「どうかしましたか、紺野さん?」
その様子を見て斎藤の語気がやや強まる。
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