はるかぜ

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それでもこうやって一緒に朝ごはんを食べているのは本人が出て行かないからで、家族が気にしないからと、幸福にもまだ春風の正体がばれていないから。 だから、まだ彼は『春風』で、居候なのだ。 最初に私達が気づかなかったのは一家揃って芸能人に疎かったことと、『暁』はもっと清潔で綺麗だけれど、『春風』はパーマが取れた前髪が目元まで伸び、染めている髪もまだらになっていたからだと思う。 もっとも、私が『暁』のファンだったら早く気づいたかもしれない。 祖母はその朝、今日と同じようにその場でテレビを消した。 その日からテレビを見ない日が続いている。 朝食を一番早く食べ終わるのは父で、箸を置くと同時に母はお茶が入った湯のみを父の前に置いた。 亭主関白というのは少々古いかもしれないけれど、父は我が家で二番目に偉い。 私は沢庵を噛み砕きお味噌汁と一緒に流し込むと、ごちそうさまと言い立ち上がった。 七時十五分。 この時間に出ないと電車は行ってしまう。 春風は半分ほど食べた所で、私を見上げた。 「行ってくる」 家族と春風にそう言って各々のいってらっしゃいを聞いた。 もちろん春風のは見上げた視線のいってらっしゃいも聞いた。 茶箪笥に立てかけてあった鞄を取り、襖を開ける。 ひやりとした廊下の空気。 廊下に足をつくと床が軋んで音を立てる。 片手で襖を閉め、玄関に向かうと、母が後から出てきて、割烹着で手を拭きながら、早く帰ってらっしゃいねと見送ってくれた。 言われなくてもそうするつもり、と、思いながら、うん、とだけ返事をして外へ出た。 鞄からマフラーを取り出し首に巻く。 まだ、春とは言え朝の外の空気は冷たくひんやりと寒い。 学校では連日のように『暁』の失踪について噂していた。 テレビでも毎日報道されているらしい。 「このままじゃ解散も視野に入れてるんじゃない?」なんて声もある。 噂話に聞き耳を立てながら思う。 春風はこんな風に皆が話してるって知っててどうするんだろう。 どうして、東京に帰らないんだろう。
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