はるかぜ

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朝、仏間に泊まっている春風を起こしに行くと綺麗に布団を畳んだ後だった。 「おはよう」 襖を閉めて畳みに正座する。 春風は私の方を向いて頭を下げる。 それが彼のおはようなのだ。 びっくりしたのだけれど、彼は一時的に声をなくしたらしく、耳は聞こえている。 量販店で買った黒のタートルネックを着ている春風は文句無くかっこいい。 だいぶ伸びた髪の前髪が邪魔らしく長く綺麗な指でかき上げる。 そういう仕草ひとつとっても春風はかっこいい。 私が喋らないと二人の間に会話は無くて、静かだ。 「眠れた? 母さんがご飯出来てるからいつでもどうぞって」 私は正座の膝の上にある春風の手をそっと触る。 春風は払う事無く、じっと私の手を見ていた。 暖房の無い部屋で寝ていた春風の手はすごく冷たい。 じわりと冷たさが私の手移っていく。 春風は暖かくなっているかな。 顔を上げて春風を見る。 細めた目で私を見て、ほんの少し笑んでから空いた手で、伝わっているよと言う風に頭を撫でてくれた。 春風の指先に触れられる先から髪がすべすべになっているような気がする。 ほんの一ヶ月くらい一緒に居ただけで、私は、春風を好きになっている。 今思えば、あの雪の日一目惚れだった。 ひとしきり撫で終わると私は立ち上がり春風と一緒に居間に向かう。 居間では父が新聞を広げたまま私達を待っていた。 家では家を出る時間が同じ人達は同じ食卓につく。 祖母が春風を見てテレビを消した。 卓袱台の上には旅館の朝ごはんのような伝統的和食が並び、私達は隣通しに正座して座った。 父は新聞を畳むと春風を見て口ごもった声でおはようと言い、春風も頭を下げた。 この席に居ないのは仕事が不定期な姉だけで全員が揃ったところで母が炊飯器の蓋を開ける。 炊き上がったばかりの白米の匂いにすっからかんの胃が歓喜の声を上げた。 テレビが消えた居間は思いのほか静かで春風が来る前と比べると、朝食の風景はがらっと変わってしまった。 春風が来て三日後、私達は、こうやって朝ごはんを食べている時、春風の素性を、テレビで知ってしまったから。 彼は、 春風は、 十代に圧倒的人気を誇るグループ「Rain Empty」のヴォーカル、暁(あかつき)。 つまり、芸能人、だった。
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