第1章

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もう30年以上も前の話だ。1982年に、私はアメリカのユタ州ローガンで中学教師をしていた。11月に入ると町中がクリスマス一色になり、ネオンで飾られた。ある日、子煩悩の理科教師アランがアジア人むけの支部教会に私を一緒に連れて行ってやろうということになった。   彼にはベッキーという小学四年生の娘さんがいて、母親が先に教会に行っているとのことだった。アランは 「これはベッキーへのプレゼントなんだ」  と嬉しそうに話していた。裕福な家庭ではなかったのでささやかなプレゼントだったが、赤いリボンで飾ってあったのを覚えている。雪が降っていた。教会についてパーティ会場に入るとアジア人の家族が数組みえた。その服装から遠くからでもアメリカ人でないことが分かるのだ。   私は当時、ローガン中学校の難民クラスで英語を教えており金髪娘と知り合うのであろうと思っていたら体臭のきついベトナムやカンボジアの生徒たちになつかれてしまいガッカリしていたものだ。彼らは見るからに貧しい服装をしていた。アメリカ人の中学生たちは「あいつら、臭い!」 と私にこぼしていた。   母親と一緒にいたベッキーはアランと私を見つけると笑顔で近寄ってきた。とても可愛い子だった。そして、すぐにプレゼントに気づいたようだった。ところが、アランは奥さんとベッキーの隣にいたアジア人の家族の方を見ていた。父親と母親と小さな女の子がいた。   そして、その小さな子に近づくと 「これ、さっきサンタさんにもらったよ。キミにだって」  と言って用意してあったプレゼントを渡してしまった。少女の父親は驚いて、困った顔をした。母親も黙って見ていた。私がベッキーが怒ってしまうと思い、ハラハラして横に立っていた。   小さな女の子は何事か分からないまま、赤いリボンの小さな箱を胸に抱きしめて「サンキュー!」と言った。 ベッキーは黙って目の前で起こっていることをながめていた。私はどうなることかと思ったが、そのまま何事もなかったようにパーティは終わった。   私は後日、アランの家に招かれたときにベッキーに 「どうして、あの時にアジア人のパーティで黙っていたの?」  と尋ねたら、 「だって、私のパパは世界一なんだもん」  と言った。私は驚いてしまった。 「こんなことが日本で起こるだろうか?」   ベッキーはあの夜に人を喜ばせることが、どういうことなのかを知ったのだろう。
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