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私の口から吐き出される白い息は止まることなどないのに、私の時間だけが止まったかのように動けなかった。
目の前には塗り壁みたいな白い板が立ちはだかり、ただの数字の列が図々しく見下ろしている。
周りの人たちは、受かっただの良かっただのと騒がしく、数字に泣き笑いしている。それに対し、私は涙を流すこともなく、ただ立ちすくんでいた。
やっと口に出来た言い訳は、誰かに届けられることなく消えていった。
大学受験なんてそんなものか、と。
「ただいま」
案の定、お帰りの言葉は返ってこなかった。靴を脱ぎ捨て、マフラーを畳みながらリビングへ向かう。
リビングには母が此方に背を向けてソファに座っていた。私が帰ってきたことに気付いたのか、少しだけ振り向いて、
「おかえり」
とだけ言った。
母は有名な製薬会社の社長を務めている。仕事で忙しいため、私に大した用がない限り帰ってこないのだが、ここにいるということは私に用があるのだろう。
淡々と報告だけする。
「大学落ちた」
「そう」
お互い話す事などなく、部屋に静寂が戻る。
しばらくして母がB5判の茶封筒を渡してきた。
「落ちたのなら、この学校に行きなさい。話は通してあるわ。採用だそうだから、明日現地に10時だそうよ」
「そんな勝手に…っ!」
母は反抗する私を無視して立ち上がった。部屋を出る間際に最悪の言葉を残して。
「それと、もう帰ってこなくていいわよ。この家も売り払いますから」
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