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それはまるで、遊園地へ連れていってとねだる子供に、いつかね、とあしらう母親のような物言いであった。そして大抵、そういうごまかされた“いつか”が来ることはないのだ。
葵は時折、疲れ切ったような表情をのぞかせる。それは世の中すべてがどうでもいいというような、何もかもを諦めた絶望なのであった。そしてそんな彼の背負う絶望を結々が目にするたび、それは二人の間に壁となって現れる。帰りの電車がホームに滑り込んできて、行こうか、と振り向いた葵は、すでにいつもの物静かで優しい彼に戻っていた。彼の後ろについて電車に乗り込む直前、まだ底の方に残ったままのコーヒーを慌てて飲みほす。こめかみが痛くなるような鈍い苦みに、結々はひっそりと、詰めていた息を吐きだした。
「それであんた、藤宮先輩とはどこまでいってるの?」
唐突な絵美の問いかけに、結々は飲んでいたカフェオレを噴き出した。真っ赤になってむせるその過剰な反応に絵美は目を丸くして、うぶねえ、と形の良い唇で笑う。
「どこまでって……別にそんな……」
「とか言って、昨日デートしてきたんでしょう? ね、どんなだったのさ。結々そういうの全然教えてくれないんだもん」
「別に普通だよ、普通! 大体、なんでそんなこといちいち報告しなきゃなんないのさ」
「えー、だって、面白いじゃない。人の恋愛って」
あっけらかんと笑う絵美に、結々はおおげさにため息をついてみせた。
絵美は大学に入って最初にできた友達だった。学部は違うが、サークル見学の際、一人で校舎をうろうろしているところに声をかけられ、それがきっかけでよく話すようになったのだ。結々が入ることにした写真サークルに、「結々が入るなら私もここにする」と絵美も一緒に入ったのだが、一ヶ月もたった頃、「彼氏候補になるような人が一人もいないから」という理由でサッカー部のマネージャーと兼部すると言い出した。もちろん表向きの理由は別に用意してあったのだが。どうやらサッカー部にはお眼鏡にかなう人がいたようだ。もともとそれほど活動の盛んなサークルではなかったため、その要求はあっさりと受け入れられ、今彼女は時々こちらに顔を出しつつも、サッカー部で「彼氏候補」とやらに積極的にアプローチ中……らしい。気まぐれで噂好きで、派手な絵美とは性格こそ正反対であったが、なぜか二人は馬が合うのだった。
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