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いつもの公園のベンチに座っていると、入り口に遅れてやってきた結々の姿が見えた。目が合った途端、彼女の顔が緊張に硬くなる。手を上げて反応すれば、駆け寄ってきた結々は小さく頭を下げて隣に腰を下ろした。
ここで何度も待ち合わせをした。二人で出かけるとき、結々が初めての場所へ行く場合はいつも、ここがデートの始まりだった。
呼び出しておいて一言も言葉を発しない葵に、結々は不安の目を向ける。葵はそれに気が付くと、一呼吸おいてはっきりと告げた。
「思い出したよ」
結々が目を大きく見開く。
「これまでのこと。全部思い出したんだ」
そう言って結々に目を向けると、彼女は体をこわばらせ、おびえたように視線を外した。結々は小さく震えるばかりで何も言わない。葵も何も言えず、ただ結々からの言葉を待った。
やがて、焦点の合わないまなざしがこわごわと葵を見上げる。と、葵を映す瞳が波立つ水面のように滲んだかと思うと、その揺れの中に大粒の涙があふれて、こぼれた。
「ごめんなさい……」
震える声で、力なくそう呟く。
「ごめんなさい。……ごめんなさい、ごめんなさい」
結々の肩が細かく揺れて、嗚咽を漏らす。ごめんなさいを重ねるたびにあふれる涙が結々の頬を伝う。
「ごめんなさい。嘘ついてごめんなさい。先輩が私のこと好きなんて……騙してごめんなさい」
そのままわっと泣き崩れた結々に、葵の瞳も苦しげに揺れた。
湧き上がる感情に胸がつぶれる思いがする。葵はそれらを押しこめるように唇をかむと、強く目をつぶって――結々の体を抱き寄せた。
「ごめん」
腕の中で、結々が息をのむのが伝わる。
「ごめん。鈴本さん、ごめん。ごめんね。ずっとずっと、傷つけてごめん」
結々は何も言わず、身じろき一つせず葵の言葉を聞いている。……と、絡まる糸がほどけるように一つ息をついたかと思うと、そのまま子供の様に声を上げてわあわあ泣き始めた。葵は抱きしめる力を強くする。
結々は感情のままに涙を流しながら、ごめん、ごめんと繰り返す葵の声を泣き声の渦の向こうに聞いていた。
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