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「アーシェ!今日も聞きにきたのか」
「今日だから、聞きに来たんだよ!」
酒場の亭主は大声を上げて笑う。
厳つい体格と、強面の面構え。
しばらくは洗ってないだろう白髪は、オイルを塗ったように艶やかで、私はつい顔を顰めてしまう。
豪快に開くその口から飛び散る唾を避けるようにして、口元に手の甲を添えた。
捲り上げたベストから覗いた右腕には、4人目の花嫁のタトゥーが歪に笑っていて、それより上に掘られた前妻達の顔にはバツ印が付いている。
「よしよし。そうかそうか。もう少し待ってろよ。直にサラの出番だ!!ところでアーシェ。お前のアンサーズの印は、女神の神託が聞けるようになったのか」
「神託どころか、御託すら聞いたことないよ」
「がははは!そりゃぁそうだろう!そりゃ彫もんなんだからよ!!」
「彫ってないってば」
「アンサーズなんて忘れて、ウチで働けや。お前は腕っぷしも立つし、学者がいるとなりゃ、うちも安泰だ」
遠慮ない言葉節と、ガナリ声が疲れて帰ってきた体と頭に突き抜ける。
でも、私はこの亭主が嫌いじゃない。
「そりゃ、ごめん被るね!あたしは、この印で世界のすべてを知るんだから」
私と亭主の話を聞いて、とっくに盛り上がっている常連の連中が「はやく、その女神の御託とやらで、腹いっぱい食わしてくれ」と皮肉を込める。
私はべっと舌を出して見せると、吹き抜けのステージが見えるカウンターへ腰を掛けた。
入り口から右手に広がるカウンター。
ベルベットの階段は3階まで続いていて、この亭主に似合わないアメジストのランタンが天井に揺れている。
私のお気に入りの席は真ん中から2つ目。
金貨を3枚カウンターに投げると、大きなジョッキが勢いよく置かれて、泡が飛び散る。
「でかいよ」
「今日だからな」
亭主が笑った。
私は口元を上げて、カウンターに背を向けると両手でもったジョッキに一口だけ口をつけた。
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