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「そんなことないよ」
彼女の強さが心の奥を隠してしまう前に、私は机を叩いて立ち上がった。使い終わった実験器具たちがぶつかり合って高い音を立てる。
「今日はとても楽しかった。これからも時々遊びにきてもいいかな?」
「……うん」
気障りな台詞だったろうか。今言った言葉を頭の中で反芻するとどんどんと顔が赤くなっていくのが自分でもわかるようだった。幸いなのはこの化学室の中に私と君島冴歌の二人しかいないことだろうか。
「でも私と一緒にいても大丈夫かな?」
「大丈夫も何もないよ」
片付けをしている彼女の傍らでぽつりぽつりと会話を交わしていく。次第に顔から赤みが引いてきて自然と笑いあえるようになる。
「でも私、勉強できちゃうし、スポーツも得意だし、体も顔も細くて」
「そういうんじゃないんだ。僕は……」
誰もいない化学室でそっと彼女の手に触れた。
この世界は君島冴歌にとってあまりにも理不尽だ。
女というものは勉強なんてできない方が愛嬌があるという、運動が苦手な方が庇護欲が駆られるというし、太っている方が健康的だと喧伝されている。
そんなものはまやかしだ。
世の中で欠点だと言われていることなんて関係ない。今ここに存在する彼女に私の目が奪われているということにだけ意味があるのだ。
強く握り返された手を繋いで、私と彼女は並んで歩き出す。
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