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「えっと、同じクラスの渡良瀬、くん?」
教室の隅でだんまりを決め込んでいる私のことさえ彼女は覚えてくれている。
「科学部に興味が、なんてないか。私に何か用?」
「いや、たまたま通りかかったら音がして、それで」
たどたどしい私の言い訳を彼女は優しく聞いていた。それだけで私はなんと言葉を継げばいいかわからなくなってくる。
「もし暇なら見学していかない? 実験やってるんだけど、一人じゃ寂しいから」
「そうするよ」
試験管やビーカーが並んだ机の向かい側に座る。薬品を使うならば顧問がいないといけないはずだが、その姿はない。私にとっては好都合だ。君島冴歌は真剣な表情で何やら器具を弄っている。授業でやったものくらいなら私も覚えているつもりだが、彼女がやっている実験の内容は理解できなかった。
何かを話そうか、と考えて彼女の真剣な表情を見ていると、ただ黙ってその所作を見つめることしか出来なかった。
「ふう」
「成功した?」
「うーん、まぁそれなりかな」
それなり、というのはどういうことか。
「どう、楽しかった?」
「途中から全然わからなかったよ」
苦笑いを浮かべながら素直に答える。やはり彼女は理不尽だ。こうして私に越えられない壁を見せつけながら私に優しく微笑みかけるのだ。
「もしよかったらまた遊びに来てくれても」
そこまで言って彼女は言葉を止めた。
「ゴメン、やっぱり嫌だよね。私なんかと」
儚げに逸らした横顔に夕陽が差して一瞬彼女の顔が見えなくなった。今どれほど辛そうな顔をしているだろう。それでもこの光が収まる頃には彼女はまた気丈な微笑みを浮かべて私にさよなら、と別れの言葉をはっきり告げるだろう。
その強さはあまりにも理不尽だ。
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