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そうして静まり返る編集部室。
そんな沈黙を破ったのは、真矢さんだった。
「川野先生の、アシスタント…?」
じとり。明らかに胡散臭いものを見る目だ。
俺はごくりと唾を飲み込んで、それに頷いた。
(……やっぱりこの設定、無理があるだろ…)
というのも、これは早瀬さんが編集部を訪れることを決心する際に、交わされた交換条件だったりする。
頑なに編集部行きを拒む早瀬さんに、その理由を聞き出したことがあった。
すると、
「…俺は、川野せせらぎじゃない。本当の川野せせらぎは…みほだ。俺じゃない」
そう、苦々しい表情で彼は言った。
みほ、とは彼の亡くなった妹さんだ。彼はその妹さんの後を引き継いで漫画を描き続けている。
本来芸術家を志していたであろう早瀬さんが、フィールド違いともいえる少女漫画を描いているのは、ひとえに妹さんのためだった。
"川野せせらぎ"という存在を守ることで、なんらかの感情をセーブしているようでもあった。妹を、家族を失った悲しみのブレーキになっている、そんなふうに俺は感じていた。
彼女の名前を口にするたびに、切なげに歪む早瀬さんの表情を見てしまえば、無理強いはできない。
そこで、俺は妥協案を提案した。
それが、川野先生本人としてではなく、川野先生のアシスタントととして、編集部に来てもらうというものだった。
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