結髪

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男は急いで部屋にあったゴミ箱を漁り、探し出したあるものを手に取り、走って家を出て、ある場所へ向かった。 行き先は、 あの理髪店だった。 「いらっしゃい。」 古びたドアを開けたら、店主が片付けをしていた。 恐らく、もう店を閉めるところだったのだろう。 男は店主に駆け寄り、事の詳細を話し、自身の願いを伝えた。 妻との縁を もう一度結んで欲しい、と。 男はそう言い、店主に差し出す。 髪を解いた時に抜け落ちた 女の髪の毛を。 男の切なる要望に、店主は溜め息をついて言った。 「ホントに良いのかい?」 店主からの予想外の問いに、男は目が点になった。 男は意味が分からず、店主に聞いた。 それはどういう意味だ、と。 店主は再度溜め息をついて言った。 「二度目は来ない方が良いと言ったこと、忘れたのかい?」 確かに店主はあの時そう言っていた。その時、男はその言葉を重要視していなかった。 恐らく、この店は市に届け出を出していないままやっている為、バレたら捕まるという意味で言ったのだろう。その程度にしか思っていなかった。 その考えが甘かった。 店主の言った二度目とは、その予想を遥かに凌駕するほどの、恐ろしいものだった。 店主は男を椅子に座らせ、話をし始めた。 「『心中立て』って言葉、知ってるかい?」 心中立て--自身の忠義心を示す行為の事を言うが、その語源は、昔、男女が愛を確認するために行った事から来ている。 それがどうした、と男は呆れていたが、店主の話を聞く内に男は顔を真っ青にし、そして、二度目の言葉を理解した。 心中立てには段階がある。最初は切ってもまた生えてくる髪の毛だが、より愛を確かめる為に、どんどんエスカレートして行き、爪や指、果てには自身の肉体そのものを相手に差し出すという。 つまり二度目に来たときには、 自身の身体の一部、若しくは全てを差し出す事となるのだ。 男はそう推察するやいなや、慌てて店を出ようとした。 その様子に、店主は三度呆れた顔で言った。 「心中立ては基本、女が代償を負うもの。だからあんたからは何も取らんよ。 ・・ 儂は。」
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