結髪

12/15
前へ
/16ページ
次へ
店主の言葉に男は安堵して席に戻った。 コロコロと表情を変える男に、店主は笑みを浮かべた。 店主の笑みに一瞬恐怖を覚えた男は、恐る恐るその笑みについて聞いた。その問いに、店主は縁結びの作業を始めながら説明した。 「あんたみたいに、旦那さんの狼狽する様はいつ見ても面白いんだよ。」 店主曰く、男の様に二度来る者は珍しくないという。しかも来るのは決まって夫の方であるらしい。そして店主の話を聞いて、誰もが狼狽えるという。 それはそうだ。心中立てを知らない者からしたら、男側も身を削らなければならないと思うのは仕方がない。 作業を終え、ホッと一安心している男に店主が先程の話に付け加えるように言った。 「あんたのように身を切らないで済むなんて安堵してる様も、面白いんだよ。」 店主の言葉に男が理解出来ずに茫然としたその時、男の携帯が鳴った。 妻の付き人からであった。 何事かと思い電話を出た時、付き人はまたも嗚咽を漏らし泣いていた。 男は悪い予感がした。 付き人は今日は朝から妻に付き添っている。つまり付き人の様子から、妻の身に何かが起きたという事だろう。しかも声の調子から明らかに嬉し泣きでない事は確実である。 男は恐る恐る聞いた。 何があった、と。 男の問いに付き人が答える。その回答は、男が予期していた、そして予期したくなかった事だった。 「奥様が 息を引き取られました。」 男はその場に立ち尽くした。そして、膝から崩れ落ちた。 自分のせいだ。自分が縁を切らなければこんな事にはならなかった-- 男は自身を強く責めた。 我が強く、男の悪口ばかり呟いていた妻。憎々しい時が多かったが、それでも男は、妻という存在に救われていたと、今にして思った。憎まれ口を叩かれようが、少しでも話す相手がいるだけで幾分か幸せだったのかもしれない。最近では無くなっていたが、ごく偶に話していた何気ない会話が、心地良かったのも事実である。 でも、それももう感じることは出来ない。 全ては、 自分が奪ったから。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加