結髪

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奪ったのは妻の命だけではない。 兄夫婦の命-- こんな自分を、天国の兄夫婦はどう思うだろうか。いや、決まってる。 嘲笑っているだろう。 自身等を殺してトップに立った人間が、絶望し地面に崩れ落ちているのだから。 さぞ気持ちが良いだろう。 笑いたくば笑ってくれ、 所詮自分は、罪深い男なのだから。 人を3人も殺しておきながら、今こうしてのうのうと生き永らえている。 そんな、最低な人間なのだから。 誰か自分を殺してくれ-- そう願わずにはいられなかった。 早くこの罪の意識から解放されたい。早く自由になりたい。 自身の裡から溢れるように湧いて出てくる自殺願望が男の精神を奪っていく。 そして、 その強い願望は、思わぬ物が手助けしてくれた。 「ぐっ……!?」 突然首が締まり、我に返った男は何事かと辺りを見回した。 だが、前にも、後ろにも、横にも、人はいなかった。 触った感触で分かった。 首を締めているのは、 ・ 妻だった。 男が再度結んだ髪が、男の自殺願望に呼応するようにどんどん伸びてゆき、 その髪が、有り得ない程の力で男の首を絞め上げていた。 苦しみに悶える男。 段々と、意識が遠退いてゆく。 ああ……これが心中か。 男は店主の言葉を漸く理解した。 心中立てには段階があり、 その末路は 共に死ぬ事。 生涯誓った者達だからこそ成せる結末である。 男は安堵した。 これで死ぬということは、自分は妻とずっと一緒だという証。 妻に何一つしてやれなかった男が出来る、妻への唯一の贈り物。 それが出来ただけで、男は満足だった。 そして、男は意識を手放し、 いつの間にか店主が居なくなっていた店内に、 鈍い音が響き渡った。
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