結髪

14/15
前へ
/16ページ
次へ
暫くして、何故か男の目が開き、意識が戻った。 目の前には、あの理髪店の天井。 自分は確かに死んだ筈-- だが、手足を動かそうと思っても、手足は言うことを利かない。 やはり自分は死んだのだ。 ・・・ 肉体は。 ただ、精神がまだ消えてなかったのだろう。そんな事あり得るのか分からないが。 そんな事を考えていると、またも視界がぼんやりとしてきた。 あぁ、今度こそ終わりなんだな-- 二度目の死を覚悟した男は、最期に何か言葉を遺す事もなく、ゆっくりと瞼を閉じ、 眠りに就いた。 「おや、逝っちまったかい。」 暫くして、店主が中から戻ってきて、横たわる男を見て言った。          ・・ そして、床に落ちたそれを徐に拾い上げると、それを見て店主は少し驚いた。              ・ 「おやおや、こんな安らかな顔してるのは珍しいな。」 すると、店のドアが開き、誰かが入ってきた。 店主はそれを隠そうともせず、寧ろ堂々としていた。まるで、 その客を待ちわびていたかのように。 店主が手に持っているそれを見て、客が言った。 「やっと死んだのね。」 客は男の死を待っていたようだった。そして、死した事をこの上無く喜んでいた。 だが、同時に男の死を哀れんでもいた。 「けど、こんな死に方になるなんてね。」 「2回も此処に来たんだ。遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ。それよりお前、仕事ちゃんとやってるのか?」 「ええ。近くの美容院で働いてるわ。でもいずれ此処を継ごうかなと思ってるの。」 親しげな会話から、どうやら店主と客は特別な関係だということが窺える。 「どういう風の吹き回しだ?いつも儂を蔑ろにしていた癖に。」  ・・ 「叔父さん私ね、気付いたの。叔父さんの職業の素晴らしさを。だって、人を結ばせるのも、離れさせるのも、よくよく考えてみたら救いの手じゃない。私はね叔父さん、人の為にもっと働きたいの。」 『人の為』にと言う客。だがその目と口調からはとても人道を歩もうとするようなそれではなかった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加