結髪

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「どうする?」 板に書かれた文字を見て、男が気弱な声で女に聞いた。 「どうするじゃないわよ。ここまで来たんだから、何としても私達が結ばれないといけないのよ。」 と、強気な口調で言う女。 女は男との早急に結婚したがっており、男はまだ早いと乗り気ではなかったものの、女に引っ張られここまで来た。 実に現代的な男女の様だが、女が結婚を急ぐのには、ある理由があった。 「いらっしゃい。」 店の中に入ると、60代くらいのお爺さんが渋い声で呟いた。この店の店主であろう。 中は、外観の古さを微塵にも感じさせないような、比較的綺麗な内装だった。綺麗とは言っても、昭和の雰囲気漂う、年期の入った内装だが。 「此処へ来るのは初めてかい?」 店内をキョロキョロと見回している二人に、店主が鋏の手入れをしながら聞いた。 「はい、そうです。」 と、女が男より率先して答えた。 嬉々として言う女に、店主はこう返した。 「そうかい。じゃ、二度目は来ない方が良いよ。」 二度目という言葉に、男は首をかしげる。対照的に女は、その意味を知ろうと店主に聞いた。 「どういう意味ですか?」 だが店主は答えてくれず、 「さぁ、二人とも座った座った。」 と、まるで少し急かすように二人を椅子に座らせた。 年だから早く終わらせたいのか-- そんな風に勘繰り、店主の態度に少し不満を持ちつつも、二人は言われるように座った。 赤茶色の古い椅子に座った瞬間、二人は妙な感覚に襲われた。 まるで心の裡から、何かが上がってくるような感覚、例えば、欲望が溢れて出してくるような-- 本来ならば座っていて落ち着いている筈なのに、二人の呼吸が段々と荒くなってきた。 このままじゃ、死んでしまう-- あまりの息苦しさに、我慢の限界に近い二人。 次の瞬間。 ザクッ……… 髪をバッサリと切る音が聞こえたのと同時に、二人の呼吸が次第に落ち着いてきた。 まるで、溢れ出す欲が理性によって断ち切られたように-- 「終わったよ。」 店主がぶっきらぼうに言い、何とか終わったと安堵した男が目の前の鏡に目をやった瞬間、恐怖で言葉が出なかった。 鏡の中の自分が、 首だけの姿だったからだ。
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