結髪

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男には兄がいた。 1つ上で、男とは馬が合わず、会えばすぐ喧嘩する始末。 勉強が出来る男と違い、兄は全く出来なかった。 就職も、男はすぐ有名な大企業に入ることができたが、兄は3年かけてやっとこさ中小企業に入った。 兄は男を妬んでいた。才能がない自分より、才能がある弟が認められるのが、悔しくて堪らなかった。 結婚は弟よりも先に出来たものの、夫婦間で仲が悪かった為に、勝ったとは思えなかった。 十歩も百歩も先を行く弟に、兄はこれ以上我慢ならなかった。 兄は、弟に勝って弟を打ち負かしたい、蔑みたいが為、模索した。 そこで思い付いたのは、 社長の座、だった。 男の家は、どこの家庭にもあるように、代々長男が継ぐ形となっている。 先に生まれた兄は跡継ぎという戦いには勝てる。 だが、問題は会社だ。 家は継げても会社を継げるかと言われるとそうではない。会社は生活の要。能力の高い者がトップに据えられる。 家は自分が継げるが、会社は恐らく弟が継ぐだろう。そうなっては、勝ったことにはならない。 ならばどうするか? 判断の基準を、能力じゃなくすれば良い。 どうやって? 『ジャッジの目』を会社から遠ざけさせ、偽善者を演じ、心を掴む。 まず、兄は父にあらゆる策を仕掛けた。食事に発ガン性のある食べ物を使ったり、治療薬と称し、禁止薬物を与えたりした。 果たして父は身体を壊し、入院した。周囲からは妻を失ったショックであろうと考えられていたが、実は兄が仕込んでいたのだ。 父の容態は徐々に悪化していった。 これから父の心に漬け込めば--自身の父親が死に近づいているというのに、兄は笑っていた。 兄は毎日見舞いに来ていたが、弟は中々来られなかった。 それもそのはず、兄は家を継いでいたのですぐ来れたが、弟は九州で働いていたが為に、兄ほどには見舞いに行けなかった。 「お前は優しいな。」 父が寄り添う兄の手を握って、労を労うように言った。 兄は確信した。 父は落ちた、と。 自身の偽善が、父の心を掴んだと思い、兄はこの上ない喜びを感じた。 後は自分を会社の後継者にするよう言わせれば-- そう画策していた兄だったが、 ある日、遺体として発見された。
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