結髪

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夫婦で父の見舞いが終わって自宅に帰る途中で、何者かに襲われ、遺体を川に流された。兄の遺体は発見されたが、義姉の遺体は、未だに発見されていない。 死因は絞首による窒息死。兄の首には絞めたベルトの跡があった。 凶器と犯人は見つからなかった。犯人の痕跡が見事なまでになかったからだ。 兄夫婦が亡くなって3年経つが、未だに犯人に繋がる手掛かりは見つかっていない。 そんな警察泣かせの事件。 画策していたのは、近所の住人でも、会社の社員でもない。 弟である男の妻であった。 女は、男の父が遺した財産が目当てだった。 その為には兄夫婦が邪魔だった。 見舞いの帰り際、気を抜いていた兄夫婦の背後から、男と共に首を絞め、車に遺体を積み、殺害現場から離れた場所にある河川に投げ捨てた。 防犯カメラがなく、通行人も居ない所で殺害し、使用したベルトは家に帰って処分した為、証拠は完全に消え去った。 計画的且つ歪んだ犯行。 だが、女は悪びれる素振りすらしなかった。寧ろ、自身の行いを正当化していた。 義兄は旦那を貶めようとしていた。それを阻止することの何が悪いのか、と。 そんな女とは対照的に、男は心を痛めていた。 何度喧嘩をしても、自身にとっては唯一無二の兄。それを失う事は、男にとっても辛いものだった。況してや、自身が兄を手にかけたのだから尚更である。 それに、男には兄の死以上に悔やんでいる事があった。 兄の妻の、義姉である。 気が弱く兄の言いなりになっていた義姉に、自分の境遇を重ねていた。それ故か、二人はすぐに仲良くなった。兄と妻には嫉妬されるため、二人の居ない時にちょくちょく会っていた。義姉は元々美容師として働いていた為、会った時に偶に髪を切ってもらったりもしていた。 互いの伴侶に対する愚痴から下らない事まで、気兼ね無く話せた。 楽しかった。時も忘れる程。 そんな優しかった義姉も、殺してしまった。 義姉を殺したのは妻だが、協力している時点で、自分が殺したも同然だ。 人を殺しておきながらのうのうと生きている自分は人間の屑だ、と男は自身を責め続けた。 そんな男の心情なぞ露知らず、女は次々と策略を練っていった。 全ては、社長婦人となり悠々自適な生活を得るために。
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