仮面の奥底に

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「吉岡さん」  背後から名前を呼ばれた。手を止めている時ではなくて良かったと思った。 「はい」  振り向くと文房具の仕入れ先である丸山文具の加藤が、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべ、立っていた。  猫背で、営業職を長年努めていれば大半の人間は悩みの種として抱えているだろうメタボ腹を突き出し、テカテカと光る程の整髪料を揉み込んだオールバックが彼の第一印象だ。 「こんにちは、この間の『ドクターシャープ』の売上はどうですか?」 「好調ですよ。パインロットさんのシャープは元々売れ筋ですけど、特にドクターシャープはCMの効果もあってかなり売れてます」 「良かった、もうワンセット追加しますか?」 「そうですね、お願いします」  すぐさま注文伝票を取り出し、商品名をスラスラと書いていく加藤は、思い出したかのように顔をあげ、「そういえば」とこちらを見上げる。 「どうしました?」 「そういえばですね、私、次でくまの書店さんを回るの最後なんです」 「えっ」  あまりにも加藤本人が何でもないような雰囲気で話すので、淳自身もリアクションに困ってしまった。
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