仮面の奥底に

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「いやー、ちょっと田舎の実家に帰る事になりまして。それで退職することにしたんですよ。次回来る時は代わりの担当も一緒に来るので、その時挨拶します」 「急、ですね」 「そうですね、いや、1ヶ月前には分かっていたんですが、バタバタしていて言うのを忘れてしまっていました。あぁ、でも次来る担当も他のルートを回っていたので新人ではないですし、きちんと引き継ぎもしていますから、大丈夫ですよ」 「はぁ」 「では、こちらの伝票控え確認お願いします」 「あ、大丈夫です」 「これ、今回のクツノさんのカタログです。それじゃぁ、またよろしくお願いします」  テカテカ光ったオールバックの後頭部が見えるぐらいのお辞儀をし、加藤は普段通り帰っていった。  本当はお世辞でも残念がるだとか、寂しくなるだとか伝えた方がいいとはわかっている。どうもその切り出すタイミングが難しい。結局次回で最後になるであろう加藤に気の利いた事も言えなかった。  自分はいつもそうだ。要領が悪い。  事務室で店長と話している加藤はもっと楽しそうに会話を弾ませ、淳に見せる嘘くさい笑顔はどこにもない。これから加藤は事務室にも挨拶に行くだろうが、そそくさと帰る事はないだろう。  分かってはいても、去った加藤を追いかけてまで、別れの言葉を惜しむ気にはなれず淳はまた什器の組立に戻った。
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