プロローグ 偏執病の人造人間

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機械音を撒き散らす自動走行の車椅子に乗って現れたのは80代程の白髪の老人であった。スカーフェイスの名の通り顔の左目辺りに縦で切られた鋭い傷が走っている。初めて見る“怪我”というものに恐怖心を抱いて男は少し身構える。ただ自分のことをジャックと呼んだことにはとても興味が湧く。ライン工の流れ作業の如く読まされた本の中に“名前”という概念を知ることができる文献があり、名前がどういう物かは知っていた。ただ自分にも “名前”があったなんて驚きだ。 「ジャック…」 「そうだ 君の名前だ 気に入ってくれたかね?」  老人は笑顔を屑さないまま自分をずっと見つめている。施設の大人達が自分を見る目とは全く違う、愛でるような目。自然と男は老人への警戒心を解いていく。 「あなたはスカーフェイス…」 「ハハハ、ここの者達が影で私のことをそう呼んでいるのか。やめてほしいものだ。どうもその名は昔の悪友を思い出してしまうからな。そうだな、私のことは“ハリー”と呼んでくれ」 「ハリー…」 「そうだ。ここの生活も飽き飽きしてきただろう。トンネルを掘って脱出でもしようとは思わんかね。」 「…??」 「ははは、いいんだ。気にしないでくれ。」  老人は笑いながら右手で男の肩を叩いた。老人の手から伝わる人間の暖かさに男は“嬉しい”や“楽しい”という感情とは別の、それらを超越した感情が芽生えた。その感情に深く包み込まれるような気がし、突然の事で頭が付いてこれなかったのか意識が朦朧とする。決して離したくないような大事な感情の正体をサイケの海の中から暴こうと奮闘する。その刹那、部屋の扉が急速に開き白衣の大人が慌ただしく入ってきた。 「サイファー!、ソリダスの精神年齢が一瞬“3歳”にまで低下しました!それ以上の接触は!」 「やめんかね!彼の前でその“名”を使うのは」 「すいません、つい…」 「彼はジャックだ!…ジャックなのだ…」
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