第1章

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《人の住まぬ山奥に 百年に一度咲く花。》 《何処に咲くかは咲くまで誰にも、 どんなに鼻の優れた獣にさえ分かりません。》 《誰にも気付かれないまま 花はゆっくりと土から顔を出し、 鮮やかで美しいセルリアンブルーの花弁を一重づつ、開き、歌うのです。》 《その歌声は鳥の囀りの様であり 母の子守唄の様であり 聴いた者をとても心地いい幸せな気分にさせてくれるのだそうです。》 「…ふんっ」 と、鼻を鳴らしバタンッと本を閉じ、 赤鬼のみなしご『ギィ』は思いました。 そんな花、あるわけないさっ! ギィは乱暴に床を踏み鳴らし 外に出ました。 その音を聞いた鳥達は慌てて飛び立ち、 虫達は土の中や葉っぱの裏に隠れ、 辺りはシーンと静まり ギィの足元の葉っぱや花を蹴ったり踏んだりする音しか聞こえません。 嫌われ者のギィ。 誰も彼と話したりする者はいません。 誰も近付いたりもしません。 背丈は人間の子供と変わりませんが 鬼ですから、 力は人間の大人の何百倍。 大声を出せば、地震を起こし、 嵐を呼ぶのですから、周りの生き物達はギィが恐ろしかったのです。 ギィはいつもの様に川へ水を汲みにやってきました。 水面は日の光を受け 風の流れに揺らめきながら 穏やかに流れています。 ギィはこのキラキラ光る川を見るのが好きでした。 もう殆ど忘れてしまったお母さんの優しい瞳を ほんの少し思い出す事がでかるからです。 ーーーーかぁちゃん…。 ギィがそう呟いた時、 何処からか声が聞こえた気がしました。 ギィはその声が気になり 声のする方へする方へと 森をどんどん進みます、 どんどんどんどん進みます。 いつもならそこでたらふくになるまで木苺を食べ、昼寝をする ギィのお気に入りの「俺様の木苺園」と名付けた場所も 眺めのいい丘に切り株で作った椅子を置き、空の色が変わるまで 雲の流れを見ている「俺様の椅子と空」と名付けた場所も ぐんぐん通り過ぎて行きます。 イバラが まるで大きな壁の様に立ちふさがる場所に出てきました。 ギィはこのイバラが酷く面倒なので この先には行ったことがありません。 それでも声はそのイバラの向こうから聞こえてきます。
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