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僕は眉間にシワを寄せる。
「私はここに死ににきました。けれど飛び降りるつもりはありません」
「じゃあなにしにきたんだよ? 屋上なんて飛び降りるためにしかこない場所だろ?」
「そんなことはないですよ。偏った思想を持ちすぎです」
「じゃあなにを?」
「考えをしに」
「考え?」
「ええ。ここは喧噪とも人間とも無縁の場所ですから。ひとりで考えるのにピッタリなんです」
「ふーん」
適当に相槌。
「でもやっぱり、死ぬなら飛び降りるのが一番だと思うね。痛みなく一瞬で死ぬのにそれ以上はない」
「そうでしょうか?」
少女は言う。
「たしかに痛みなく一瞬で死ぬことが目的ならそうでしょう。飛び降りるのが一番です。でも私は、死ぬために死ぬのではないので」
それは僕が知らずに取りこぼしていた考え方だった。
「無論人は一刻も早く死ぬべきです。でもそれはいつかくる不変の終わりとしての『死』を受け入れるのではなく、自ら終わり方を決めるためです。私は死ぬために死に方を考えるのではなく、自分で納得できる終わり方に至るために死に方を模索しています」
僕もそうだ。
「そうして考えた結果、飛び降りるのはナンセンスですね」
彼女は言う。眼下の地上を見下ろして。
「だって飛び降るってつまり、あのうるさくて醜くてぬかるんだ情念のひしめく世俗に墜落するってことでしょう? せっかく自分で自分の人生にケリをつけるのに、行き着く先がケリをつけられないでいる人間たちの待機所じゃあ、ちっとも勝った気になれないじゃないですか。この生というしがらみに」
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