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眼下に広がる海は、夏の日の午後の陽射しを反射してきらきらと光っている。その上を白い帆をふくらませたヨットが一艘、すべるように横切っていった。いつ見てもあきない景色の中を、浅利太郎は汗をかきながら歩いていた。海からの風はさわやかだが、ぎらぎらと照り付ける強烈な太陽の光を浴びて死ぬほど暑い。おまけに道は上り坂で、ようやく丘の上に建つ、ツタでおおわれた白い壁と赤い屋根の古い洋館が見えたときは、ホッとした。
洋館の門の前で立ち止まって、ハンカチを出して汗を拭く。太郎の首くらいの高さの、白いペンキで塗られた両開きの木製の門は、いつもぴたりと閉じられていた。門柱には〈猛犬注意〉と書かれた札が下がっているが、一度もその猛犬にお目にかかったことはない。
門から家に続く小道の両側はまるでジャングルだ。バナナやパパイヤ、そしてマンゴーなどの熱帯の果物がぶら下がっている木や、風に揺れる椰子や背の高い羊歯が植えてある。
今にもオランウータンがゆらゆらと揺れる木の間から顔を出しそうな、まるで熱帯の庭である。玄関の前には道より一段高いポーチがあって、木の手すりで周りを囲ってあった。
ポーチに置かれた茶色いベンチの両側には、赤いゼラニウムの鉢がアクセントとして置かれている。太郎は自分の日常生活とはかけ離れたこの家のたたずまいに、日頃から強い憧れの気持ちを抱いていた。特に、今みたいなみじめな生活を強いられているときには、なおいっそう、この家に魅きつけられた。
太郎の父小太郎は、長く勤めていた会社をリストラされそうになり、うつ病になって一年前に自殺した。それ以来母親が、スーパーのレジの仕事をして家計を支えている。
私立中学に通っていた太郎は授業料が払えなくなり、二年生から地元の公立中学に転校した。私立から転向してきた太郎は、格好のいじめの標的になった。毎日学校に行くのが辛くてしかたがなかった。ようやく夏休みになりほっとしたが、やがてくる九月のことを考えると、とても楽しい気分にはなれなかった。
汗を拭き終わり立ち去ろうとしたとき、門柱に張ってある『猛犬注意』の札の下にもう一つ小さな札がぶら下げてあるのに気がついた。その札には『アルバイト求む(子供でも可)』と小さな字で書いてあった。太郎は文字通り飛び上がって喜んだ。
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